警戒体制は解かれておらず、アラートはイエロー。しかし、パイロットであるシンたちにやることはない。今のうちに休憩ということで、シンは交代で休憩に入ったアーシェと共に艦内を散策していた。本来的ならば、式典にて見ることが出来た筈だが突然の出撃となり叶わなかったのだ。
「各個人の部屋は、大体が相部屋だけどシンはレイとだったよね?」
「ん? あぁ、アーシェは誰と何だ?」
「私はメイリンだよ。同じブリッジ要員だし、寮でも同室だったから気分的には楽だと思う」
「そっか……」
アカデミーから一緒にこのミネルバに配属されたのは、シンたちの同期が多い。新造艦ということもあるのだろうが、ザフト軍において沢山のルーキーを投入することは、珍しくはなかった。戦争当時なら、当たり前に前線投入され殉死することも少なくなかったらしい。
ミネルバの搭乗員の構成は、ベテランのパイロットはいない。しかし、ブリッジ要員やメカニック要員はベテラン勢が多くを占める。これは、先の大戦の戦死者がパイロットに多くあったということを指しているのかもしれない。
「……なぁアーシェ」
「どうしたの?」
「これから……また戦争が始まると思うか?」
「シン……そう、だね。未確認だけれど、恐らくは大西洋連邦の仕業だろうし……被害も出てるから、可能性はあると思う」
先のアーモリーワンの件。あれがどういった勢力によって行われたのか。シンたちは知らされていない。あの襲撃で、アーモリーワンは大きな被害を被った。人的被害もゼロではなかったに違いない。出撃してしまったシンには、想像することしかできなかった。
「……シン、大丈夫?」
「ん? あ、あぁ。大丈夫。ちょっと、気になっただけだから」
「うん……なら、良いけど」
「ほら、食堂に行って何か食べてこようぜ」
「シン……うん、そうだね!」
曇っていた表情から笑みを見せるアーシェ。何も解決はしていないが、シンに出来ることはない。ただ、求められた役割を軍人としてこなすだけだ。
そうして食堂に向かう前に、格納庫の前を通った時だった。
「──あぁ、頼む」
「はっ、承知しました、シリウェル様」
「シリウェルって……まさかっ」
聞いたことのある声。そして、呼ばれたその名を聞いてシンは駆け出し、格納庫へと急いだ。
「シリウェルさんっ!」
「兄様っ!」
姿を捉えて大きな声を出す。白い指揮官服を着ているシリウェルがそこにいるのだ。
シリウェルも呼ばれた声に振り返り、シンとアーシェに気づく。
「アーシェ、それにシン?」
「兄様~~っ!」
ドンっと勢いのままアーシェはシリウェルに抱き着いた。格納庫には重力がないため、シリウェルは抱き着かれた勢いのままに浮遊する。
「元気そうだな、アーシェ」
「はいっ! 兄様は……その……少し疲れてますか?」
「……そう見えるか?」
「はい……」
アーシェの言葉に苦笑するシリウェル様だが、シンから見てもその顔色は優れないように見えた。アカデミーを卒業したばかりの新人であるシンたちとは違い、シリウェルは軍のトップに立つ要人でもある。気苦労も多いのだろうから、疲れていること自体は不思議ではない。だが、アーシェは少し違うらしい。
「兄様……大丈夫、ですか? 何か──―」
「問題ないさ……心配するな」
「でも──―」
「それよりも、半年振りになるか……アーシェ」
言葉を遮るようにシリウェルが重ねる。話題を不自然に変えてきたということは、これ以上触れない方がいい話題なのかもしれない。徐々に降りてきたアーシェとシリウェルはシンの元へと来る。シンが手を伸ばし、アーシェを降ろした。
「シンも……久しぶりだな」
「……はい、シリウェルさん」
「アーシェ、シン……ちゃんと顔を見て言ってなかったな。アカデミー卒業おめでとう。二人とも優秀だったと聞いているよ」
アカデミーへと入学してから、シンもアーシェもファンヴァルト邸へは帰宅していなかった。同期の中には帰省をしている人もいたが、シンたちが帰ってたとしてもシリウェルは屋敷へ戻ってきてもゆっくり話す時間さえない状況だった。それならば、アカデミーにいた方が会う機会もあるかもしれないと、二人とも帰省を選ばなかったのだ。どちらにしても、顔を合わせたのが半年ほど前のアカデミー内の講義であり、会ったといえるほどではなかったので、手紙ではなく顔を見て話をするのは本当に久しぶりだった。
「ありがとうございます、シリウェルさん!」
「兄様、ありがとうございます。でも……私はシンほど優秀じゃありませんでした。赤服も着れませんでしたし……兄様の妹なのに、すみません」
「……謝る必要はない。ここは前線だ。ミネルバにいる……それだけで軍人としては優秀だという証。軍服の色だけで、優劣は決まらない。それに……」
シリウェルはポンとアーシェの肩に手を乗せ、微笑んだ。
「お前が赤を着ていないこと、俺は嬉しい……兄として、だがな」
「……兄様」
「だから、シンが赤を着ていることは少し複雑だ」
「えっ」
次にシンに視線を合わせ、シリウェルが苦笑する。シンは思わず声を出してしまう。アーシェはともかく、シンに対してそんな風に思っているとは思わなかったからだ。単純に喜んでくれていると思っていた。
「……そこまで驚くことではないと思うが」
「いえっその、すみません……」
「シン……例え君が家を出ても、俺は君の保護者のつもりだ。アーシェと同じく、守る存在だと。だから……守るべき人が己の手を離れていくという点に於いては、寂しさを感じている。と同時に、軍の責任者としては誇らしい。だから、複雑なんだ……お前を……戦場に送る指示を、俺が出さなければならないからな」
「あ……」
言われて、シンは今回の出撃の時のことを思い出した。回線で告げられたのは、シリウェルからの指示だったはずだ。
「シリウェルさん……」
「公私混同はしない。だから、これからも俺はそうするだろう。それがどのような戦場であっても……」
ミネルバは現時点で、戦場にいる。いつ戦闘になってもおかしくはない。否、対象を追っているという点では、こちらから仕掛けているとも言える。そうすることを認めたのはシリウェル。従うのは軍人となることを選んだシンたちの責務だろう。
わかっていてシンはこの道に来た。だが、指示を出す側となるシリウェルの苦悩まではわかっていなかった。
シンは拳に力を込めた。
「シンそれにアーシェも……お前たちは新人だ。不用意に力を振るわないこと。戦いに正義を求めてはいけないこと。ただ、指示されるだけの軍人とならないこと。これを忘れないでほしい」
「兄様は正しいのではないのですか? だって、兄様はプラントの英雄で、国防委員長です。だから……」
声には出さないがシンもアーシェと同じ気持ちだった。これまでもずっと、シリウェルはシンにとって正しい道を示してくれる賢人だ。戦いに正義を求めないということは、シリウェルが行っていることは正しくないと言っているようなものだった。
しかし、シリウェルは首を横に振る。
「俺とて人間だ。人は過ちを犯す生き物であり、俺も例外ではない。出来るだけ最善の道を選んでいるつもりだ。アーシェ、シン……俺に盲目的に従うなよ」
「あ……」
「兄様、それはどういう……」
困惑しているシンたちの頭を撫でると、シリウェルは微笑んでそのまま機体の元へと帰っていった。そこには、女性が一人待っている。
そのまま女性の手を取り機体のコックピットへと入るのを、シンたちは黙って見送った。