食堂に座り、シンとアーシェは食事を摂っていた。次にいつ戦闘が始まるかわからないため、動けるうちに摂ることにしたのだ。
だが、食事の手はあまり進んでいない。
「……」
「さっきの……どういう、ことかな……? ねぇ、シン」
アーシェの困惑は、シンにも理解出来た。シンとて、シリウェルの意図がわからないからだ。シリウェルは正しいはずで、その彼がすることならシンは従うつもりでいる。しかし、それはシリウェルが望むものではないようだ。
「わからないよ……俺にも。でも……それでも、俺はシリウェルさんに従うと思う。あの人がそうすると判断したなら……」
「うん……そうだよね……それで、いいんだよね」
「……」
それはシリウェルが望むことではないのかもしれない。だが、今のシンにはわからなかった。シリウェルが懸念していることが何なのか。
会話少なく食事を終え、シンとアーシェは食堂を出た。そろそろ休憩も終わりだ。アーシェはブリッジに行かなければならない。
ブリッジへと移動していると、アーシェがある部屋の前で止まった。
「アーシェ?」
「……シン、ちょっといいかな。その……せっかくだから姉様に会っておきたい」
「……オーブ代表のところにか?」
「うん……あの戦争の後から、会っていないし」
「……わかった。一緒に行くよ」
相手は一国の代表だ。シンが会える相手ではないが、無意識かアーシェの手はシンの軍服を掴んでいるので、付いてきてほしいのだろう。いるだけで、何かをするわけではないのだから。
アーシェは相手を呼び出すため、部屋のボタンを押す。
『誰だ?』
「えっ……あ、あの私……カガリ姉様は、居ますか?」
『姉様? 君は……』
声は男のものだった。カガリが出てくると思っていたアーシェは、困惑しながらカガリを呼ぶ。
「私、は……アーシェ・ファンヴァルトです」
『ファンヴァルト? ……そうか、ファンヴァルト隊長の……わかった』
ファンヴァルト隊長。即ちシリウェルの妹だと分かったのだろう。程なくして、扉が開くとそこには見覚えのない相手が立っていた。
「え……?」
「すまない、入ってくれ」
「……は、はい。シン、もいいですか?」
「? ……あぁ」
「失礼します」
アーシェと共に招き入った部屋。そこにはベッドに腰を掛けているカガリがいた。アーシェがほぅと安堵の息を漏らす。
「……久しぶりだな、アーシェ。本当に無事で良かった」
「……カガリ姉様。すみませんでした。何の連絡もせず、それに……お礼も言っていませんでした」
「君は私にとって従妹だ。遠慮はいらない。気にするな」
「姉様、ありがとうございます」
頭を下げるアーシェに、笑みを見せるカガリ。やはり、身内なのだなとシンは改めて認識した。
ふと、横を見れば先程の男と目が合う。何となく気まずくて、シンは直ぐに目を逸らしてしまった。
「そう言えば、彼は?」
「あ……彼はシン・アスカです。私と同期で同じく、ここに配属されています。ね、シン」
「……シン・アスカです。宜しくお願いします」
「アスカ……もしかして、君は……」
シンの名前に反応するカガリ。アスカという名前はプラント国民としては珍しいものだ。逆にオーブであれば、ありふれたものだろう。カガリは、そう感じたはずだ。だから、シンは答えた。
「そうです。俺は……オーブ国民でした。今は、プラントに居ますし、これからもそれは変わりません」
「そう、か……」
暗にオーブへは戻らないと言っているのだ。レイからオーブ代表はプラント移住者に帰還を求めているという話を聞いている。カガリがその代表だ。だから、シンは何かを言われる前に牽制のつもりで伝えた。
「姉様、そちらの人は……その」
「……あ、あぁ。彼は」
「俺は、アスラン・ザラだ。今は、カガリの護衛をしている」
「アスラン・ザラ……と言うことは、その……ザラ議長の」
「……あぁ、息子だよ」
シンにとっては、それほど馴染みはない名前だ。しかし、アカデミーにいた頃には聞いたことがある名前だった。射撃を始めとした戦闘技術、パイロットとしての技量は、アカデミー内でも歴代トップレベルだった元エースパイロット。記録だけではあるが、シリウェルと同等がそれ以上の腕前だと言われている。それだけで、シンからしてみれば気にくわない存在だった。
「あんたが……あの」
「とても、優秀な方だと聞いています。兄様と同じかそれ以上だと……」
まさにシンが考えていることをアーシェが口にする。どう反応するかと、シンたちが見ているとアスランは困ったように笑った。
「あくまで成績の話さ。……実際、ファンヴァルト隊長に敵うとは思っていない。あの人は、俺よりも広い世界を見ているし、指揮官として沢山の人を救ってきた。単純な対人ならば、俺に軍配が上がったとしても……そんな人に俺が敵うことはない」
「アスラン……」
シンは実際にシリウェルが戦っているところを見たことはない。勿論、アスランもだ。確かにアスランの言うとおり、成績の上での話で教官らが勝手に話していただけのこと。
「えぇっと、その……もうプラントには戻られないのですか?」
「今は、その方がいいと思っている」
「アスラン?」
「君と同じさ、シン」
オーブからプラントに来たシン。プラントからオーブへと渡ったアスラン。戻らないという点については、シンもアスランも変わらない。
「そうですね……」
「あぁ」
別に、シンはアスランが戻ろうと関係ない。アーシェもただ話題として聞いてみただけだろう。
あまり長居してもダメだろうと、シンが動こうとすると、その前にアーシェが口を開いた。
「あ、あの! 姉様は、兄様に会われたのですか?」
「えっ!」
「先ほど、兄様と艦内でお会いしました。だから、すぐ側に──―」
「シェルお兄様になら、会った……」
「えっ……」
アーシェの言葉を遮り、カガリは今までとは違う固い口調で告げた。
「……けれど、私にはお兄様の考えている事がわからなかった。それで……叱られてしまったんだ」
「カガリ姉様……」
「お兄様に叱られたことなんて、数えることしかなかった。だから……ショックも合って……」
「カガリ……」
カガリは俯き、膝の上で組まれた手を握りしめていた。以前、アーシェがアカデミー入学に反対された時にも同じように震えていたことをシンは思い出す。身内に対してシリウェルが怒るということは、恐らく本気で相手を思っているからだ。間違いなく、カガリに対してもそうだろう。
「……怒ってくれる相手がいるならいいと、俺は思いますけどね」
「えっ……?」
「ちょっ、シン?」
「だってそうだろ? シリウェルさんが何も考えずに怒るわけないし……あんたが大切だから怒ったんじゃないですか」
カガリを何で呼べばいいか困り、敬称をつけるのが癪で名前を避けてしまった。噂だけで気に入らないとは思っていたけれど、やっぱりシンはカガリを好きにはなれなかった。その態度が言動には現れている。
「シン……えっと、姉様、シンは」
「いや、いいんだ。きっと彼の言う通りなんだろう。……あれは私の為の言葉だ。お兄様が、世界を憂いていないはずがないのだから……やはり私にはまだ見えていないものがあるということか……」
「姉様?」
それ以上、カガリは続けることはなかった。時間的にもう戻らなければならない。シンは未だにカガリを気にするアーシェを引っ張るように部屋を出ていくのだった。