今回はラクス視点のお話です。
アニメでいうところのラクス暗殺、ですね。
長くなりそうなので、原作で描かれているところは略しつつです。
ユニウスセブンが落下した影響で、ラクスたちはアスハの別邸へと避難してきていた。多くの破片が落下したことで、海に囲まれたオーブでは津波の被害が起きていたのだ。海辺に近い場所で暮らしていたラクスたちがいた家も例外なく、被害に巻き込まれてしまった。
誰一人欠けることなく避難し、こうして別邸で生活を過ごすことが出来る。これはひとえにカガリのお蔭だ。だが彼女に感謝すると同時に、このままでいいのかと言う焦燥感が時折ラクスを襲っていた。
「シリウェルお兄様……」
部屋の窓から見える空には、時折赤く光るものが降ってきている。未だ小さな欠片は降り注いでいるのだろう。この状況、世界がどう動くのか。それは考えるまでもない。ユニウスセブンを破壊したのは、ザフト軍であるという情報も聞いている。ラクスがこうしている間にも、世界は動いているのだ。そしてその中心にいるのは、ラクスの家族にも等しいシリウェルであった。
こうして考えてしまうのは、アーシェに会ったからなのだろうか。それほど言葉を交わしたことは多くないが、それでも彼女はシリウェルの妹。大切な兄の家族だ。そのアーシェから冷たい視線を注がれてしまったことに、自分が考えている以上の衝撃を受けていたのかもしれない。
「私は……」
それでもこのままキラと共に在りたい。そう願ってしまうのもまたラクスの本音だ。こうしてここにいれば、世界とは離れた場所でただのラクスとして在ることが出来る。シリウェルはそれでもラクスを責めることはないだろう。彼はそういう人だから。
「今は考えても仕方ありませんわね」
そろそろ眠る時間だ。ベッドへと顔を向ければ、すやすやと眠る子どもたちの姿がある。この子たちの未来が平和であることを願う。そう思いながら、ラクスはベッドへ上がると子どもたちの傍で眠りについた。
ドカン。
物音ところではない大きな音がして、ラクスは目を覚ます。堪が告げていた。速く逃げなければと。
「皆さん、起きてください!」
大きな声を出して、子どもたちを起こす。急がなければならない。服を着替えて、子どもたちを急かしながら部屋を出た。そこには既にバルトフェルドとマリューがいる。その手に銃を持って。ただならぬ気配にキラとカリダも起きてきていた。やはり、これは襲撃なのだろう。ラクスは子どもたちを守ることだけを考えた。
シェルターはそれほど遠くはない。だが、その道のりがいつになく長く感じるのは、それだけの危機をラクスが感じ取っているからなのだ。
「さぁ皆さん速く」
シェルターの扉が開き、マルキオ導師と子どもたちを先に中へと向かわせる。最後の一人が中へ無事に入って安堵したその時だった。
「ハロハロ」
「ラクスっ⁉」
「え……」
銃口が向けられたと気が付いた時には、キラに庇われていた。そのままキラに手を引かれてシェルターの中へと入る。マリューやバルトフェルドが入ったところで、シェルターの扉が閉まった。
「……コーディネーターだわ」
そう相手はコーディネーターだった。それもかなりの手練れ。そしてその目的は……。先ほどの銃口の矛先がどこに向けられていたのかを考えれば容易に想像がつく。
「マリューさん、バルトフェルド隊長……狙われたのは、私なのですね」
「……」
「ラクス……」
無言は肯定。流石のラクスにとっても衝撃的なことだった。コーディネーターということは、ザフト軍ということである。プラントがラクスを襲ったということなのだ。信じたくはないが、ザフト軍人がラクスを狙ったということは事実。それも確実にラクスを殺すために、銃が向けられているのだ。
「どうして、私が……」
「っ」
声が震える。そんなラクスをそっと優しくキラが抱きしめてくれた。プラントに未練がないというわけではない。未練がないのは、権力だ。ラクスが望めば、プラントで歌姫としてだけれなく、彼らの旗頭として権力を手にすることが出来た。だがそれをラクスは拒んだ。シリウェルもそれを受け入れてくれた。だというのに、どうして……何故……
「お兄様っ……」
シリウェルにはラクスが不要だというだろうか。だから彼がラクスを殺そうとしたのか。涙が流れそうになるのを必死でこらえる。すると、地響きが鳴りシェルターを再び恐怖の波が襲った。
「狙われたというか、まだ狙われてるな」
「……」
バルトフェルドの堅い声色。それが安心できる状況ではないことを物語っていた。ではどうするべきなのか。このまま何もわからず、知らないまま死ぬことは出来ない。どうしたらよいのだろう。
「ラクス……鍵は持っているな?」
「あ……はい。いえでも……」
鍵。それが意味することが何か。ラクスは痛いほど知っている。それを出せばまた同じことになる。愛する人をそこへ追いやってしまう。傷つけてしまう。まだ深い悲しみへと誘う鍵。示すことに躊躇いが先に来てしまう。そんなラクスへバルトフェルドが諭すように告げた。
「仕方あるまい。もうそれしか方法はない」
「っ……」
「ラクス? バルトフェルドさん?」
ラクスらの会話が理解できないのはキラ一人。全員が固唾を飲んで見守る中、キラが周囲を見回していた。シェルターの中に在る一際大きな扉。堅く閉ざされたそれにキラの視線が向けられる。その先に何かあるのか、彼にはわかったのだろう。
「ラクス、鍵を貸して……なら、僕が開けるから」
「いえ……でもこれは」
「大丈夫。僕は大丈夫だから」
「キラ……」
見上げればキラは真っ直ぐにラクスの瞳を射抜いた。彼はただ穏やかに笑っている。いつものように優しいだけでなく、そこに意志が込められているのをラクスは感じ取った。
戦場へと送る決意が出来ないラクスを、キラはそっと優しく抱きしめてくれる。
「このまま君たちのことすら守れずに……そんなことになる方がずっと辛い」
「キラっ」
「だから鍵を貸して」
言い聞かせるように告げられた言葉。そっと身体を離してキラを見上げる。彼が守りたいと望んだ。その時が来た。彼だけが扱える自由の翼を。ラクスはハロを差し出して中を開ける。そこには二つの鍵が入っていた。左右が対になった鍵。それをバルトフェルドとキラが手に取り扉を開けた。キラは振り返ることなく、真っ直ぐ中へと入る。その後ろ姿を見送ったラクスは、再び振動が届いたことで更に奥のシェルターへと逃げ込む。
衝撃音が収まったことで、襲ってきた連中が沈黙したことがわかる。ラクスたちはシェルターの奥から外へと出た。破壊された家、瓦礫の塊とMSらしき破片、その中にたたずむ一機のMS。キラの翼たるフリーダムだ。
「キラ……」
再び力を使わせてしまった。それを申し訳なく思うと共に、キラが戦わなければならない状況に陥ってしまった現実を想う。この先、自分たちはどうすればいいのだろうか。
現実に困惑しながら朝を迎え、ラクスはキラとバルトフェルト、マリューと共に現状の整理を始める。プラントへ引っ越しを考えていた矢先のことだったが、この状況では見送らざるを得ない。だが、オーブは大西洋連邦との同盟を締結する意志を示している。プラントを討つために。
プラントへも、オーブへもいられない状況。前が見えない暗闇の中に置かれたようなものだった。
「まぁまぁまぁ」
「キラ! ラクスも、一体これはどういうことだ⁉」
悩みの中に届いたのは、困惑するマーナとアスランの声だった。
「アスラン! マーナさんも」
「キラ様」
マーナはカガリの乳母であり、幼い頃からカガリを知っている。キラと双子の兄弟であることも知っていた。それゆえにキラの事を「キラ様」と呼ぶ。最初は断っていたキラだが、マーナが頑として譲らないのでキラの方が折れるしかできなかった。そんなマーナがアスランとここへ訪れた。心なしか二人とも顔色が悪い。
「どうかされたのですか、アスラン?」
「……いや、まぁその、な」
「カガリ様のことなのです」
「カガリの?」
「カガリさんに何かあったのですか?」
カガリの近況をマーナから聞かされる。大西洋連邦と同盟を結ぶにあたって、カガリはセイラン家のユウナ・ロマと結婚をするというのだ。既にセイラン家に入り、カガリとはマーナでさえもあまり話が出来ない状況だという。
「アスラン」
気づかわし気にアスランの名を呼ぶキラだが、アスランは口元を引き結んで応えることはなかった。誰よりも納得していないのはアスラン自身だからだろう。だが、カガリはオーブの国家元首。アスランはその護衛に過ぎない。国としての判断だと言われてしまえば、その先へ踏み込むことなど出来ないのだ。
「……本来ならこのような真似認められないのです。カガリ様の結婚については、若君の判断を仰がねばならないのですから」
「え……」
アスランでもマーナでもない声に、その場にいる全員が驚いた。その声の主は、先程アスランらが姿を見せたところから現れる。ラクスたちに面識はない相手だった。
「皆様お初にお目にかかります、アスハ家に仕えておりますサクヤ・ハマラと申します」
彼女はアスハ家の侍女の一人ということらしい。ただの侍女にしては落ち着き過ぎているようにも感じる。ラクスは彼女が唯者ではないとどこか確信めいたものを持っていた。
「マーナさん、彼女は――」
「キラ様、そしてラクス様、バルトフェルド様、アスラン様も、どうかオーブより退避するようお願いしに参りました。ここは貴方方にとって安全ではない場所となります」
「……まぁそうだろうがな。だがどうする?」
「……」
安全ではないことはわかっている。だがラクスたちにはもう安全と言える場所などない。オーブにも、どこにも。ラクスは両手を胸に上で握りしめた。すると、それを見ていたキラがラクスの手を両手で包み込む。
「キラ?」
「ラクス、アスラン、バルトフェルドさん、マリューさんも」
「……行くのか?」
「はい。今ここで何が起きているのかも、今の僕たちに何が出来るのかもわかりません。けれど……今ここで動かなければ後悔する。これまでカガリだけに押し付けてのうのうとしてきた僕が言っても説得力はありませんけれど、それでも今何もしなければもう何も出来ない」
キラの手は震えていた。悲しみからではない。きっとそれは彼自身への怒りだ。
「キラ君……そうかもしれないわね」
「だな」
マリューもバルトフェルドもキラの判断に頷く。残りはラクスとアスラン。キラが決めたのならばラクスとて異論はない。
「私も参ります。何よりも私自身も知らなければなりません。この世界がどう動こうとしているのかを。シリウェルお兄様が何をお考えになられているのかも」
「うん」
「……シリウェル様が、とはどういうことですか?」
サクヤが驚いた様子で尋ねて来る。話すべきか迷ったが、この現状を見られては素直に説明するしかない。説明をしていると、サクヤの表情が険しさを増していく。
「状況から判断して、プラント正規軍がラクスを狙ったと考えるのが妥当でしょう」
「つまりは若君が指示をした、と?」
「あくまで可能性の話に過ぎんがな。そう取られても仕方あるまい。いまファンヴァルトは国防委員長閣下だ。正規軍のトップにいるのだからな」
「……ありえません」
「え?」
奥から絞り出すような声は、サクヤの怒りを示しているようだった。アスハ家に仕えていたということはシリウェルとも面識があるはずなのだから、信じられなくても無理はないだろう。受け入れたくないのはラクスとて同じだ。
「ラクス様は、若君のことを疑っておられるのですか?」
「それは……私は……」
受け入れたくない。けれど目の前の物をみて、否定できるほどの根拠がなかった。ラクスはシリウェルをよく知っている。幼い頃からの付き合いだ。それでも、感情だけで判断してはいけない。戦場は容易く人を変える場所。ラクスはそれを理解している。シリウェルだけが例外だとは断言できない。
「私が断言いたします。若君がラクス様を害することなど、絶対にありえません。あの方は、ご自分の立場が悪くなろうとオーブを守りたいとお考えるほど、情に厚いお方です。今回だって、若君がどれほど憤っておられることか」
「サクヤさん……」
「ユニウスセブンの落下さえなければ、若君ならば今回の事にも介入できたのです。けれど、現状では若君も手を出せません。落としたのが既に離反しているとはいえ、ザフト軍兵士だったのですから」
握りしめた拳が震えている。それほど怒りを感じているのだ。ユニウスセブンを落とした彼らに。その為に身動きが取れなくなっているシリウェルを想い、窮地に立たされているカガリを想って。
「何があろうとも、カガリ様の婚姻は認められません。ウズミ様が若君の許可なくしては出来ぬよう、遺言も残されております。誰であろうとも、これに異を唱えることはできません。たとえ、オーブが大西洋連邦と同盟を組んだとしても」
「その通りです。絶対に、認めません。私たちは……」
マーナを筆頭に、アスハ家の人々は皆が異論を唱えている。カガリが言うからこそ黙っているだけで、心の中では行動を起こしたくて仕方ないようだ。
「皆様が出立されるのであれば、オーブはお任せください。プラントへ移動されるのであればと、シャトルも用意させておりましたが、それは持ち帰ることにいたします」
「え? シャトルを、ですか?」
「はい。ですが今のお話を聞く限り、プラントへは向かわない方が宜しいでしょう。若君が知らぬところで、何かが起きている。ということは、いずれにしろ安全な場所ではないということですから」
サクヤの言う通りだ。ラクス襲撃がシリウェルの指示でないというのならば、誰かがシリウェルの知らぬところで動いている可能性があるということ。シリウェル以外でそれが出来る人物ということは限られてくる。もしかするとそれは……。
「プラント最高評議会議長、ですか」
「……断言はできませんが、お気をつけください」
何かが起きている。シリウェルの傍でも。そして恐らくはシリウェルはそれに気づいていないのだろう。ならば慎重に動かなければならない。この先、自分たちが成すべきことを見定めなければ。