無事にカーペンタリア基地へとたどり着いたミネルバ。ザフト圏に来たということもあって、クルーたちはようやくひと心地つくことが出来た。
シンも自由行動を認められたが、その姿は基地の外ではなく未だミネルバ艦内にあった。
「あ、シン」
「メイリンか。アーシェは、どうしてる?」
「……うん、ちょっとやっぱりショックを受けているみたいで。ふさぎ込んじゃったまま、何も言わないの」
「そう、か」
オーブから攻撃を仕掛けられた。その事実は、オーブとの関りがあったアーシェにとって大きな衝撃だった。操縦舵を握る手も震えていたという。最終的に逃れることは出来たものの、その後部屋にこもったままシンでさえ顔を見ていない。
「シンは、大丈夫?」
「……まぁ、俺は……」
銃を向けられたことは、正直どう思っていいのかわからない。裏切られたという想いもゼロではないが、シンはそれよりシリウェルの方が気になっていた。それはミネルバにオーブより離脱するように指示があったと聞いたからだ。
もしかするとシリウェルは、全てわかっているのではないだろうか。あの時、前の戦争の時のように。オーブが大西洋連邦に屈することを。その上で彼が何もしないのならば、それが避けられるものではなかったということではないだろうか。どういう理由が考えられるのかはわからない。ただシンからすれば、シリウェルが知った上で行動しているということだけで、不安がなくなるのだ。今は自分がすべきことを、ただ進めばいいと割り切ることが出来る。
「アーシェの様子を見に行ってくる」
「うん、お願いね」
メイリンと別れて、シンはアーシェの部屋へと向かった。訪問のためにベルを鳴らすが、返事はない。開けないことを予想して前もってメイリンから鍵を貸してもらっていたので、それを使って中にはいる。
「アーシェ?」
室内を見回すと、片方のベッドに横になったままのアーシェがいた。布団を被っているので、その姿は見えない。シンはそっと傍に腰を下ろすと、その身体を抱き締めた。
「……悲しかったのか? それとも……」
「わか、らない……の……どして……オーブが……」
「アーシェ」
随分と泣いていたのだろう。声は掠れてしまっていた。肩が震えているのがわかる。
「どうして……オーブが兄様に、銃を向けるの……? 私たちは……もう、あそこに……いてはいけないの……?」
「……」
シンには答えられない。何もわからないのは同じだ。ただシンはアーシェよりも冷静だっただけ。それはシリウェルが全て分かっているからだ。
「俺には、何もわからないよ。悔しい気もするし、ムカつくようにも思う。けどさ、何があってもアスハ家の人たちは違うんじゃないか?」
「……」
「ファンヴァルト家の人たちから聞いた。アスハ家で働く人も、シリウェルさんを大切に想っているって。曹兵の人だって敬意を払うほどだって。だから、えっと……アーシェが知っている人たちは、そんなこと思っていないって」
話をしていて、シンは改めて思った。オーブでのアーシェの立ち位置がどうなのか知らないということに。シリウェルは、アスハ家の血を引いていて、あのカガリの従兄だと聞いている。兄妹であってもアーシェは養子だ。どういう風に過ごしているのかなど知らない。当てずっぽうのようなものだが、それでもそうであるとシンは思っている。
「だからさ……」
「そう……そうだよね。きっと仕方なかった、んだよね」
「うん、そうに決まっているさ」
シンが断言する。すると、アーシェはやっと顔を見せてくれた。真っ赤に腫れてはいるが、それでも精一杯の笑みを浮かべて。
「ありがとう、シン。少しだけ、安心した」
「そっか」
暫くして落ち着いたのか、顔を洗ったアーシェと共にシンは基地内を出歩くことにした。途中でショッピングを楽しむメイリンらに会うと、アーシェは気を遣ってくれたメイリンへお礼を伝えに行った。
アーシェは、シリウェルの妹として注目を浴び続けてきている。アカデミーでも予想通りで、色眼鏡で見て来る人たちは多かったし、その都度比較されてきた。それでも、このミネルバに配属された同期たちは、今ではアーシェをシリウェルの妹ではなく、ちゃんとアーシェとして見てくれている。
「シン!」
メイリンたちと別れて、駆け寄ってくるアーシェ。まだ目は赤いけれども、それでも精一杯の笑顔を浮かべて来る。今はシリウェルが傍に居ない。だからこそ、この笑顔を守るのは自分だと、シンは強く思っていた。そこにある想いが何なのか。この時のシンはわかっていなかった。
その後、アーシェと海近くをバイクで走っていた時のことだった。アーシェが海の傍にたたずむ人影が落ちるのを見たという。急いでバイクを向かわせると、誰かが溺れているのが見えた。
「あ!」
「待って! 俺が行くから、ここで待ってて」
「シンっ!」
助けようとアーシェが前に出るのを引き留め、シンは自ら海へ飛び込んだ。それほど深くはないが、泳げないのだとするとパニックになっても仕方ないだろう。
「死ぬのいやぁ‼」
「ちょっ⁉ 落ち着けって!」
漸く近づくことが出来たものの、少女はパニックが治まらず暴れるだけ。死ぬつもりだったのかと怒ったら、更に暴れ出す。もうどうしようもないとシンは、強く少女の身体を抱き締めた。
「大丈夫だからっ! 落ち着いて! 君は死なない!」
「……しなない?」
理由はわからないけれども、死ぬことに対して何かがあるのだろう。大丈夫だと何回も繰り返せば、漸く安心したように止まった。アーシェを見ると、彼女も安堵したように笑っている。このままじゃ戻ることも出来ないが、まずはこの少女をどうにかしなければならない。
「シン! あそこに休めるところあるよ」
「わかった。ほら、君も」
アーシェの誘導に従って、シンは少女の手を引きながらゆっくりと水の中で足を動かす。
「ずぶ濡れになっちゃったから、このままだと風邪をひいちゃう」
「流石にこのままでは戻れないなぁ」
「シン、この子の服を乾かしたいから、ちょっと外向いてて」
「……あ、あぁ」
アーシェが甲斐甲斐しく少女の世話をする。着ていた服を脱がして絞るが、濡れている服が直ぐに乾くことはない。アーシェは来ていた上着を少女に着せていた。
「これでよし。寒くない?」
「うん。アーシェ、ありがと」
「どういたしまして、えっと……貴女、名前は何ていうの?」
「……ステラ」
ステラと名乗った少女は、じっとアーシェを見つめている。流石に怪訝に思ったのか、アーシェがステラに問いかける。
「ステラ、どうかした?」
「匂い……懐かしい匂いがする。アーシェから……アーシェじゃないけど、なんか……」
「??」
ステラは何を言っているのだろう。シンはアーシェと顔を見合せた。彼女が一体誰なのか。この時は深く考えなかった。衝撃的な再会をすることも。そしてステラの正体が一体どういうものだったのかも。
シン視点です。