カーペンタリア基地にて停泊しているカーリアンス。アスランの顔を知っている者たちからは歓迎の声を掛けられたり、腫物のように扱われたりと、色々と複雑だった。長居をするつもりはないし、用が済めばさっさと立ち去る場所だ。当たり障りない程度に会話をとどめて、さっさと艦へと戻った。
物資搬入などの確認を終え、ようやく出航となる。レンブラントも既にブリッジで待機しているが、アスランは確認作業として格納庫にいた。そこで作業着を着ている者たちに声を掛ける。
「おまちしていました、バルトフェルド隊長」
「なんとか紛れ込めたといったところかな」
「ありがとうございます、アスラン」
帽子をかぶっている男性と女性。一人はバルトフェルド、そしてもう一人はラクスだ。その髪色はウィッグを被っているため、傍目には黒髪の女性に見えるだろう。髪色というだけで誰の目に留まるかわからない。念のためミーアを歩き回らせていたものの、念には念をということだ。
「アスランさん」
「わかっている。二人ともこっちへ」
ミーアに声を掛けられ、アスランは彼女の先導に従うようにして二人を格納庫から連れ出した。この先、二人の素性はカーリアンスの乗員でもあっても最低限にするようにとシリウェルから言われていた。身内を疑うということほど、辛いものはない。だがそうする必要があるのだ。
アスランに与えられている部屋は個室だった。フェイスとしての権限を持っているので、そこは誰も文句をいうことはない。加えてシリウェルの私室の隣でもある。色々と都合がよかった。そこでミーアとラクスの二人を入れ、アスランはバルトフェルド共に部屋の外で待つ。暫くして出てきたのは、髪色を戻したラクスと逆に黒髪になったミーアだった。ラクスは今までミーアが身に着けていたものと同じものを身に着けている。髪型も今までのとは変えていた。長い髪は一つにまとめられ、あまりラクス自身には見られない姿だった。すべてミーアが整えたらしい。
「どうでしょうか、アスランさん」
「……確かにこれならミーアと同じに見えるな」
ミーアをカーリアンスに残したままとし、ラクスをミーアとして国防本部でシリウェルが連れ歩く。当然、国防本部の者たちにも最高評議会にもバレるわけにはいかない。そもそもミーア自身が最高評議会に出向く回数は多くないので、平議員たちならば欺ける。問題は議長だ。
「細かい指示はファンヴァルト隊長と合流してからになる。それまではミーアと共に動き、ある程度の知識と癖などを知っておいてくれ」
「わかりましたわ」
本当ならば誰かとすり替わるなどということをさせたくはない。しかしこれもラクスを守るためだ。ミーアもわかっている。というよりも、自分がラクスの役に立てるということで意気揚々と引き受けていた。どこか楽しそうに見えるのは見間違いではないのだろう。シリウェルと共にいる時は、どこか緊張感をもった振る舞いだったのだが、それとはまるで別人のように嬉しそうだった。
「バルトフェルド隊長は別行動ということでしたが」
「あぁ。宇宙に出たらあとはこっちで何とかする。俺のことは構わなくていい。歌姫のこと、ファンヴァルトのことは任せた」
「はい」
まだ宇宙に出るまで時間がある。その間は身をひそめながら動くという。バルトフェルドは自分で何とかするだろう。アスランはミーアに扮したラクスと共にブリッジへと向かった。
「これは……さすがに予想外でした」
「いかがでしょうか、レンブラント艦長?」
ブリッジの皆はシリウェルが最も信頼する者たち。だからこそ議長よりもシリウェルの言葉を優先する。クルー全員がそうだと思いたいが、そうも言っていられない。とはいえ全員に伏せていることもできない。ということで、ブリッジクルーにはラクスがミーアに扮するということは伝えられていた。
実際にミーアと並んでいるラクスを見て、クルーたちは双方を比較するようにして何度も見ている。それほどに違和感がないということだろう。
「ラクス嬢、とこの場では呼ばせていただきますが……ここから出る際にはヴァストガルと呼ぶことになります。ご了承ください」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
「既に艦はマルマラ港に向けて出ていますが、どうやら議長閣下はディオキアにまだ滞在なようです。あちらの方が距離的には近いとはいえ、接触することが皆無とは言えません」
最高評議会議長としての立場ならば、議会があるプラント、アプリリウスに戻るべきだろう。それがいまも尚地球に残っている。ユニウスセブン降下による影響、と対処のためということらしい。無論、それも必要なことだろう。何より今はプラントにシリウェルがいる。不測の事態が起きても対処可能だと判断しているのかもしれない。
「これは閣下も知っていることですが、ウルスレイ議長は閣下のことを特別視しておられます。信奉者と言えば良きようにも思われるかもしれませんが――」
「シリウェルお兄様のためだと銘打って、暴走する可能性も含んでいるということですわね」
「はい。閣下もそれを危惧しておられます」
アスランにとっては耳に痛い話だ。ユニウスセブン落下の原因となったザフトの脱走兵。それがパトリックの信奉者だった。それが唯一だと信じ、それ以外をすべて切り捨てる。己が正しいかどうかなどもはや関係がない。こちらの説得は届かない。時としてそれは厄介な火種となる。それをよくわかっていた。
「どのような理由があろうと、お兄様の意志はお兄様だけのもの。他の誰であろうと、それを肩代わりすることなどできはしません」
「ラクス……」
「私も、一度はシリウェルお兄様への想いが揺らいでしまいましたので、このようなことを申し上げるのは卑怯かもしれませんが」
オーブの別邸が襲撃され、正規軍にしかないMSを持ち出されて、まさかと一瞬でも疑ってしまった。それをラクスは悔いている。
「あの状況であれば、それも致し方ないでしょう。閣下もそうおっしゃっておりました」
状況証拠しかなかった。その上で判断するなら、仕掛けた人間として第一候補がシリウェルだった。そうシリウェル本人も認めている。だからラクスが気負う必要はない。誰であっても可能性として掲げて当然だから。
「なればこそ、貴女は閣下と会う必要があります。ラクス嬢、どうか閣下の力になっていただきたい」
「私にできることがあるならば喜んで」
動くことを決めたラクスは強い。その姿を見ながらアスランはアークエンジェルのことを想った。
大西洋連邦とザフトの戦闘に介入したという話は聞いた。オーブが戦うことを止めたかったのだろう。無暗に戦場を混乱させるだけだということを、キラが理解していないはずもない。結果としてザフトに目を付けられることも想定済みだ。だがそのお陰もあり、ラクスはこうしてカーリアンスに合流できた。この先もアークエンジェルは苦難が広がる。表向きフォローすることもできない。自分で決めた道だが、それでもどこか不安が残る。
「アスラン? どうかしましたか?」
「いや……もしウルスレイ議長がファンヴァルト隊長をとラクスを狙ったとすれば、と考えて」
「カガリさんを狙う可能性もある、と?」
「もしくはオーブを……だな」
思えばミネルバに同乗させてもらった際、カガリに対して友好的な態度ではなかった。それ以前の極秘会合でも呆れたような態度を取っていた。カガリが理想ばかりを語っていると思っていたのかもしれない。だがもし、そこにシリウェルの従妹であるカガリに含みを持っていたとすれば。その先にカガリやオーブがあるとすれば……。
「……カガリ、キラ。頼んだぞ」
信じるしかない。今は。二人を、アークエンジェルを。アスランは強く拳を握りしめた。