カーリアンスからミネルバでの引き渡しが終わったと連絡を受けたシリウェルは、すぐにプラントを出発した。カーリアンスも直に宇宙へと上がってくる。ステラという少女の容態を鑑みれば、それほど悠長にしていられる時間はない。
シリウェルはシャトルに乗って港を出た。同乗者はマリクのみだ。
「マリクは本部に残っていても問題なかったんだが」
「お一人で行動されることの方が危ういでしょう。それに……議長の声に惑わされない者たちだっています。閣下と共にいる者たちならば大丈夫です」
「……そう、だな」
国防本部のいる人間は元ザフト軍所属である人間が多かった。その中で先の大戦でパトリックに従ったものも少なくない数がいる。それでもマリクが信頼できるというのは、ある意味でウルスレイの所為だともいえる。
ウルスレイがシリウェルのことを盲目的にではないが、信奉していることは皆が知っていることだ。その上で議長のウルスレイよりも優先されるべきだと公言もしていた。それをシリウェルは否定している。そういった場面に何度も遭遇しているがゆえに、ウルスレイの言葉には裏があり、彼女の言葉をそのまま受け取ることが危険だということは身に染みているのだ。最高評議会議長がいったからと、ただそれに従うことが何を意味するのか。先の大戦で思い知ったということも多分に影響しているだろうが。
「評議会も一枚岩ではありませんが、どちらかといえば議長寄りの人間が多いので、あちらは警戒すべきでしょうが」
「あぁ」
逆に現最高評議会はそういう意味で危うい。ウルスレイの言葉を信じる者の方が多いだろう。それは議長への信頼。シリウェルとの関係も表向き良好であるからこそ、疑念を抱くことさえない。誰かが信じているから、その誰かが言ったから、突き放すような言い方をすれば判断することをすべて自分ではない誰かに押し付けているだけだ。自ら考え判断するということをしない。避けている。そうすることで自らを守っているのだ。誰だって責任を負いたくはない。それが戦争という場であるならばなおのこと。それを意図的にではなく、半ば当たり前のように行っているから質が悪いのだろう。自覚していないのだ。彼らは。
時期に合流地点、その座標が見えてきた。まだカーリアンスの姿は見えないが、なるべく早く到着させると連絡は受けている。その時だった。
「っ……」
「隊長⁉」
胸に不快感が沸く。これは間違いなく、あの時と同じ感覚だ。そしてカーリアンスが近づいているという証拠でもある。
「大丈夫ですかっ」
「……マリク、カーリアンスの座標は……?」
「今、出します!」
画面へ視線を向ける。やはり近づいてきているようだ。この不快なものは、間違いなくその強化人間に反応している。
「いそいでくれ、マリク。時間がないっ」
「は、はい」
カーリアンスにシャトルが収容される。シリウェルはマリクに支えられるようにしてシャトルから出てきた。その姿に格納庫にいた整備担当の者たちがざわめく。
「マリク、俺は大丈夫だ」
「……わかました」
納得したわけではないが、周囲の視線を鑑みて渋々といった様子で手を離した。不快感が消えたわけではない。今も胸には痛みに似た何かがくすぶっている。それでも急がなければならない。
「ファンヴァルト隊長!」
「アスラン、どっちだ!」
「こちらです」
途中で合流したアスランに案内されたのは医務室だった。中から叫び声のような悲鳴のような声が聞こえてくる。これがその強化人間である少女の声なのだろう。扉を開けば、想像通りに暴れている少女がいた。拘束されているものの、あれでは身体を傷つけてしまうだろう。
「っ……アスラン、彼女の名は?」
「ステラ、だそうです。ミネルバに乗っていたシン・アスカから聞きました」
「ステラか」
名が分かればいい。シリウェルはゆっくりとステラへと近づいた。
「閣下、危険です!」
「いい。手を離してやれ」
「しかしっ」
「離せ」
固い口調で告げれば拘束していた手が離れていく。拘束具はつけられているのでステラが自由になることはない。それでも人の手で押し付けられているよりはいいだろう。シリウェルは再度様子を伺った。そしてその手首に触れる。
血の気を失った顔色、荒い呼吸に、低い体温。何よりも、どこかで得体のしれない気味悪さがシリウェルを襲う。
『やめてっ』
『実に面白い遺伝子をお持ちだ』
『おい、いいのか? この子どもはプラントのファンヴァルト家の』
『バレなければいい。ナチュラルでもないコーディネーターでも見られない特異遺伝子だ。利用できるかもしれないだろう?』
過去の記憶がシリウェルの中に浮かんでくる。どれだけ忘れようとも忘れられない記憶。それはまだ幼いシリウェルが受けた非道な所業だ。
『忘れたのか? 君が何をされたのか⁉』
かつてラウはシリウェルにそう言っていた。忘れたことなどないとシリウェルは答えた。だが厳密にいえばそれは違う。忘れられないのだ。シリウェルには幼少期の記憶の全てがある。どれだけ忘れたくても忘れられない。だから知らないフリをしていただけだ。そうしなければ、両親が傷つくことを知っていたから。あの後、シリウェルが
「ファンヴァルト隊長⁉」
「……本当に、やってくれたよ……こんなところで、あの連中の結果を知ることになるとは、な」
吐き気がする。だが今はまず目の前のステラをどうしかしなければ。シリウェルは処置をするために置いてあったメスを手に取った。そして手首に当てる。そうすれば血が流れてきた。
「な⁉ 閣下⁉」
「悪い、ステラ」
シリウェルはその血を口に含むと、ステラの口元につけられていた呼吸器を外した。そうしてそのままステラの唇に己のそれを押しつける。そのまま口に含んだ血を押し流すようにして注ぎ込んだ。暴れるばかりだったステラだが、無理やりにでもそうされれば自ずと飲み込まざるを得ない。喉が動いたことを確認したシリウェルは身体を離し、今度は手首の切り口をステラの口元に持っていく。一度覚えたのであればこうしても受け取れるはずだ。
「……すぅすぅ」
どれだけ飲ませたかわからないが、ステラの顔色が変わったことを確認してからシリウェルは手首を放した。
「閣下⁉ すぐに手当てを」
「っ……」
目の前が暗くなる。血を与えすぎたか。それでもそうしなければステラは助からなかった。己の所為で巻き込まれただろう少女。せめて救いたかった。たった一人でも。それがシリウェルの自己満足に過ぎなくても。視界が暗転していき、己を呼ぶ声が遠くから聞こえてくる。既に意識を保つことはできなかった。
「っ⁉ ここ……」
「気が付かれましたか?」
「ユリシア?」
気が付いた時、シリウェルは横たわっていた。見慣れた天井であるこの部屋は、カーリアンスにおけるシリウェルの私室だろう。どうやらユリシアが付いていてくれたらしい。上半身を起こそうとすれば、酷い眩暈が襲ってきた。起き上がることはできずに再びベッドに倒れてしまった。
「無理をなさらないでください。まだ安静にしていなくては」
「……ステラ、あの連合の少女は?」
シリウェルがそう尋ねるとユリシアは、少しだけ目を逸らした。その態度に何か起きたのかとシリウェルは無理にでも身体を起こそうと力を入れた。
「シリウェル様⁉」
「ユリ、シア……あの子は」
「大丈夫です。今は、まだ眠っていますが……危機は脱したと」
「……そう、か」
ユリシアの手がシリウェルを支える。ようやく起き上がったが、まだ目の前がくらくらしていた。血が足りないのだろう。当然だ。
「聞いても、宜しいでしょうか?」
「……」
何をなどと尋ねるまでもない。ステラとシリウェルのことだろう。
「俺は……異質なんだ」
「シリウェル様?」
「ステラは、おそらくその犠牲者だ。もしかすると、連合のパイロットたちは皆がそうかもしれない」
正確にはザフトから奪ったMSを動かせるパイロットはとなるだろう。どれほどOSの書き換えに長けた者でも、コーディネーターが操作することを前提とされたMSを即座に戦場に投入できるほど、優れた技術者がパイロットの中にいるとは思えない。あの時、奪ったMSはすぐに実戦投入された。それを踏まえても、少なくともあの三機についてはステラと同じだと言える。
「ブルーコスモス……本当に碌なことをしない連中だ。昔から」
「恨んで、おられるのですか?」
「……いや、ただ」
「ただ?」
「一生理解できない連中だろうとは思っている」