カーリアンスは針路をプラントではない、別の宙域にとっていた。無論、プラントに向かうつもりではある。だがその前にやることがあった。
「ラクス」
「大丈夫なのですが、お兄様」
「あぁ……」
ユリシアを伴いつつ、シリウェルはブリッジへと顔を出した。まだ血が足りない気はしたが、そうそう休んでもいられない。ブリッジにはアークエンジェルから合流したラクスがいた。隣にはミーアもいる。
「ミーアも、アスランもご苦労だった」
「はっ」
「はい」
二人を労わりつつ、シリウェルはラクスの前に立つ。そしてその頭に手を置いた。
「シリウェルお兄様?」
「無事でよかった……悪かった、直ぐに気づくことが出来なくて」
正規軍のMSを動かされたと言うのに、それに気づかなかった。軍の最高責任者という立場に在りながら、在ってはならないことだった。データが改ざんされているのか、使用されたMSであるアッシュが地球に降下したというデータは残っていなかった。数が足りないということもないので、かなり前から動いていたということだけは確かだ。
「お兄様の所為ではありません。私も、まさかと思いました。銃を向けられるとは想定していませんでしたから」
「当たり前だ。お前の歌は今でもプラントに流れている。プラント国民にとっては変わらずラクスは歌姫なんだから」
誰もがそう思っている。ゆえに信じられないのも無理はない。ここカーリアンスのブリッジにいる面々だって信じられないのだ。ラクスが暗殺されかかったなどということは。それが自軍の陣営が行ったことなどと。
冷静に話をしているものの、ラクスとて衝撃だったのだろう。凛としていてもまだラクスは少女だ。どれだけプロガバンダとして使われていようとも、ラクスは公人ではないのだから。
「お兄様、私は知らねばなりません。プラントで、ザフトで何が起きているのか」
「ラクス」
「そう決めて、キラにもカガリさんにもそうお伝えして、私自身がそうする必要があると判断したからこそ、私はここに来ました。そのために、どうかお兄様のお力をお貸しください」
シリウェルが要請したからではない。ラクスはラクス自身の想いを持って、その望みのためにここに来た。ミーアを隠れ蓑にして、ラクスを連れまわそうとは思っていた。堂々とプラントに出入りすることが可能になるから。そうして守るつもりだったのだが、ラクスはラクスで確固とした信念をもってここに来たのだという。改めてラクスの意志を聞いたシリウェルは思わず笑ってしまった。
「お兄様?」
「隊長?」
皆が訝し気な視線を送ってくる。突然笑ったのだから当然だろう。それでもどこかそれがおかしく映った。
「シリウェル様?」
「いや、悪い。そうだな、お前はそういう奴だった」
「あら? しばらくお会いしない間にお兄様は私を忘れてしまわれたのですか? 酷いですわ」
全く責めるでもなく笑顔を見せるラクスに、懐かしさを覚える。家族同然だったラクスは、シリウェルの前では決してピンクの妖精でも歌姫でもなかった。ただのラクスだった。時折為政者のような風格を見せることはあるものの、それでも――。
「ユリシア」
「は、はい」
「頼みがある」
振り返ってシリウェルはユリシアへと身体を向ける。先ほどの会話もある。この船はザフトの船。そして恐らくラクスはこの船に残らないという選択をする。ここを離れ、万が一の時にと残しておいた力を振るうために動くだろう。
「これは俺の権限で動かせるパスだ。それをお前に預ける。そしてラクスと共に居てくれ」
「シリウェル様、それは」
「こうなったラクスは俺にも止められない。情報はどこにいようとも必要になる。ここでそれに長けているのはユリシアだ。だからこそ、ラクスと共に行ってほしい」
ラクスが移動するであろう船にユリシアも共に。カーリアンスと同様、危険がないわけではない。だが少なくともプラント側に知られる可能性は低くなる。
「……シリウェル様」
「頼む」
「わかりました」
名目上、シリウェルの名代のような恰好にはなった。だがユリシアはわかっているはずだ。どうしてカーリアンスからユリシアを遠ざけるのかを。言葉にせずとも。
承諾を得たシリウェルは格納庫への回線を開いた。
「聞いての通りだ。マリク、
『……承知しました』
「あの男と共に行くんだろ? あいつならばお前を任せられる。あとは思うように動け。無論、お前を落とさせるような真似はさせない」
どこに向かうのかは予想が付く。その上でザフトの監視を逃れるために細工くらいはしてやれるだろう。その上でどう動いたところで、この宙域に於いては手出しはさせない。レンブラントへと視線を向ければ、心得たと頷きが返ってきた。
「隊長、本国から通信が入っています。至急、閣下にお繋ぎしてほしいと」
「本国か……わかった。私室に繋げ、そちらに行く」
「はっ」
ユリシアをおき、今度はアスランの腕を引っ張った。ついてこいという意味合いを込めれば、アスランは頷く。視線をラクスにも向けた。何も言わずともそれだけでわかっただろう。ブリッジを出て、シリウェルは二人が付いてきて来ることを確認し、そのまま私室へと向かった。
室内に入り、ラクス、アスランが入ったところで扉が閉まる。向こう側から見られない位置に二人が立ったことを確認し、回線を開いた。
「ファンヴァルトだ」
『閣下、お忙しいところ申し訳ありません』
「何があった?」
『議長から急ぎ閣下へとお伝えするように言われました。近く地球にいる軍を動かし、ロゴスなる組織へ攻撃を仕掛けると』