アークエンジェルを討伐する。そういう指令を受けたのに出撃はシンのみ。ルナマリアとレイはミネルバで待機。なんて理不尽なとシンは思った。
青い翼に白いシルエットを持つフリーダム。他の友軍たちが武装解除されていく中で、その被弾はゼロ。それもコックピットを狙わずにだ。何度も攻撃を仕掛けても、サーベルは簡単に受けられ流されるし、ビームも避けられる。強い人だと本能的に悟った。その瞬間、シンの思考はクリアになる。目の前のフリーダムを倒したい。ハイネが殺されたのはこの人の所為ではないけれど、それでもこの人を倒したいと。
『シン、深追いはだめ!』
そんなメイリンの声が遠くに聞こえていた。既に他の友軍は落とされている。戦っているのはフリーダムとシンのインパルスだけ。このままいけば海に出てしまう。逃げられてしまう。無我夢中だった。
(この人はコックピットを狙わない。絶対に……なら――)
それは賭けだった。相手の癖を利用した一か八かの賭け。ほんの一瞬だった。インパルスにビームサーベルが迫っていた。それを意図的にフリーダムは避ける。その時、インパルスの刃がフリーダムへと突き刺さった。
「あ……」
そう声に出した時、インパルスは海へと落下していた。フリーダムと共に。
落ちたと思った。シンはカメラの先にいる、近くに落下していったフリーダムを見る。一瞬の出来事だったが、あの時フリーダムは意図的にインパルスへの攻撃を避けた。否、違う。何か途中で止まったようにも見えた。フリーダムはそのまま落下していく。気絶でもしたのだろうか。シンの攻撃はコックピットの傍だった。そのことに気づき、シンは動揺した。
アークエンジェルを討つ。その理由はなんだ。戦場を混乱させたから。ただそれだけが討つ理由になるのか。本当に……?
「……っ」
シンはフリーダムのような戦い方はしていない。倒すべき相手ならばどこに向けてでも討つ。そうして戦ってきた。でもフリーダムは違う。
フリーダムはアークエンジェルをたった一機で、たくさんの攻撃から守り続けていた。カガリの機体は出てこなかった。
「なんで、だよ……どうして、あんたは……っ」
気が付いたらシンはフリーダムを追いかけていた。近くに四角いものが見える。それが切り離されたコックピットだとすぐにわかった。どうしてかはわからない。だが、シンはその箱を確保し、次に周囲を確認した。
「アークエンジェル……ミネルバ……」
どうすればいいのだろう。この人をどこに連れて行けばいいのか。そう困惑していると、別の機体が近づいてきた。何度もみたオーブの機体。カガリの機体だ。
『おまえ……それっ』
「……」
シンは何も言わずにカガリにそれを押し付ける。よくわからないけれど、ミネルバに連れて行かなくて済むならそれでいい。なんとなくその方がいいと思ったから。
「っ……あ、こっちもやばい」
『シン!』
画面を見れば、既にエネルギーが切れつつある。この水圧の中、浮き上がれるかどうかは危ういと言ったところだ。そこまで気が回らなかった。
『お前も来い!』
「え?」
『キラを早く出してやりたいんだ。だから――』
「……わかった」
ここで問答をしている時間はそうない。そんなことよりも早く助けてやりたいとカガリは必死だった。既にインパルスはフェイズダウンしている。動くことは動くがミネルバまで帰艦することは不可能だろう。だからこれは仕方ないことだ。そう言い聞かせることにした。
アークエンジェルの格納庫に搬入されたシンは、インパルスを降りる。先ほどまで敵対していたMSがいるというのに、その場にいた人たちはシンに見向きもしない。それもそのはず、フリーダムのパイロットの方が優先されるからだ。
「キラっ!」
「っ……」
「医療班!」
「は、はい!」
待機していただろうストレッチャーに乗せられていくキラと呼ばれる人物。パイロットスーツからは出血しているのが見えた。間違いなくその怪我を負わせたのは自分だ。
「キラ……」
「大丈夫です、カガリ様。キラ様ならば」
「うん……わかっている。今は、先にやることがあるって……」
不安そうな顔で運ばれていった先を見ていたカガリ。流していた涙を乱雑に拭ったところで、シンの下へとやってきた。
「久しぶり、といっていいか?」
「……はい、その……俺……」
「いいんだ。わかっている。それが作戦なんだろうってことも」
「え?」
「グラディス艦長から、秘匿事項だと受け取っているが、パイロットには伝えていないから、可能ならば撃墜されたように見せかけてほしいと」
「え……?」
「だから、シンは悪くない……理解はしているんだが」
この人は一体何を言っているのだろう。撃墜されたように見せる。誰を。フリーダムとアークエンジェルを。そのためにシンは出た。キラはだからおかしな動きをしたというのか。あの場面で、命を落とすかもしれないという場面で。
「な……んでそんなっ」
「……そういう、やつなんだあいつは。無茶ばっかりして……ほんと、心配ばかりかけて」
再びカガリの瞳が揺れる。涙が溜まっていく。ミネルバで見た姿とは全く違うその様子に、シンは何も言えなくなった。
「ごめん……ミネルバのことなら、あとでラミアス艦長が教えてくれるはずだ。すまない……私はキラのところに行ってくるから」
「あ……」
謝りながらカガリはかけていった。心配でたまらないと言った様子で。キラという人がカガリにとってそれほど大事な相手なのだろう。その相手を討ったのはシンだ。けれど、シンを責めることはなかった。格納庫にいる人たちも、誰もシンを責めることはない。冷たい視線を向けられることもなかった。
「おい、坊主」
「っ⁉」
乱雑に声を掛けてきたのは、整備担当であろう人だった。突然の声かけに、シンは肩を震わせながら驚く。だが相手は気にすることもないようで、笑みを浮かべていた。
「お前さんのMSだけどよ、ダウンしているみたいだがエネルギー補給とかはどうしてんだ?」
「え……えっと」
インパルスのことだろう。パワーがない状態であれば、戦うことはできない。供給しようにもその原理がわからなければしようがないので確認してきたということらしい。そもそも供給しようとしているのか。シンはザフト軍で、インパルスはそのMSだ。ましてやキラを落とそうとした当人である。
「まぁいい気はしないな、確かに」
「だったら――」
「けど、ならどうして坊主はキラを助けてくれたんだ? カガリ嬢ちゃんが行く前にキラを拾ってくれていたんだろ?」
「そ、れは……」
キラを討った。それは許せることではない。でも、シンはキラを助けてくれたと。
「俺は……ただなんでって思って……あの人を倒さなきゃって思ってたのに、あの人は俺を倒そうとはしてなかった。それに気づいて……助けたかったとかじゃなくて、気が付いたら手を伸ばしていて」
「そうか」
ただそれだけのことだ。シンとてわからない。そう答えたシンを見て、その男はポンと肩を叩いた。
「何はともあれ、ありがとよ」
「え?」
「俺たちアークエンジェルにとって、あいつは特別だからな。カガリ嬢ちゃんだけじゃない、俺たちも坊主には感謝している」
「……」
「悪いって思ってるなら、その気持ち忘れんなよ。今はそれだけで十分だ」
礼として整備くらいやっておいてやるとインパルスへと向かっていく。シンはそれはまずいのではと慌ててその背中を追いかけていった。