カガリ視点となります。
第97話 潜む艦
アークエンジェルがザフト軍に狙われた翌日。カガリの姿は医務室にあった。椅子に座りベッドに横たわるキラを見つめる。身体にも頭にも包帯が巻かれている。酷い重傷ではないが、軽傷でもない。いま暫くの安静が必要ということだった。
「うっ」
「キラっ」
「……カ、ガリ……?」
ゆっくりとその紫水晶の瞳が開く。目が覚めた。命に別状はないと告げられていても、不安だった。しっかりとその顔を見ていたいと思うのに、視界がぼやけていく。
「キ、ラっ……よかっ、た……」
「……ごめん、心配かけたね」
持ち上げられた左手にも包帯が巻かれている。痛むのかわずかにキラは眉を寄せつつも、カガリへと手を伸ばした。目元に伸ばされた指がその雫を拭ってくれる。優しい手付きに再び涙があふれそうになるのを堪え、カガリは伸ばされた手を掴むとしっかりと握りしめた。
「心配した。本当に。お前なら大丈夫だとわかっていても、それでも……本当に心配したんだ」
「うん……ごめん」
「……お前だけは、いなくならないでくれ……お父様のように、私を、置いていかないでほしい」
「……カガリ」
困った顔を見せるキラにカガリは自分が何を言ったのかを自覚し、頭を振った。そうして笑って見せる。
「冗談だ。大丈夫、お前は戻ってきたんだし。すまない、ちょっと心配だっただけだから気にするな」
「……」
怪我をしたキラを見るのはこれまでなかったから、ちょっと感傷的になっただけ。本気にするなとカガリは笑う。キラから手を離し、目元を乱雑に拭った。
するとキラは何を想ったのか身体を起こそうとし、その痛みに眉を寄せる。慌ててカガリが背中を支えると、そのままキラに抱きしめられた。
「ちょっ、キラ⁉」
「ごめんね、カガリ……その約束は、できない」
「わ、わかっているって。だからキラ、ちょっと離してくれ」
常に前線に行き、誰よりも危うい場所に向かう。それがキラだ。物事に絶対はないことくらい、カガリとて理解している。戦場がそれほど甘い場所ではないことも。キラならば負けるはずはないと思っていても。それでも、衝撃だった。キラが、フリーダムが墜とされるその瞬間を見ることは。ただそれだけなのだ。キラを困らせるとわかっていたのに、つい口に出してしまっただけで。
だというのにキラはカガリを放さなかった。優しく抱き寄せる腕にカガリはされるがままになっている。
「僕は戦いに行く。それがどのような場所でも、カガリも、オーブも、ラクスも……みんなを守りたいから」
「うん……」
「心配かけることはわかっているけれど、それでも今は……それが僕に出来ることだから」
「……うん」
キラがいるだけでどれだけの人が心強く思っているか、安心しているか。カガリにもわかっている。フリーダムはただのMSではない。キラという最強のパイロットが乗る機体だ。その姿を見るだけで、カガリだけでなく、たくさんのオーブ軍の者たちが安堵する。それだけの力がキラにはある。カガリが不安だからと、それを引き留めることはできない。それはラクスとて同じだろう。送り出さなければならないのだ。どのような状況でも。それが死地だとしても。
「情けないこと言って、すまない」
「いいよ。だって僕はカガリの姉弟なんだから」
「……そうだな」
「僕にはちゃんと言って。他の誰にいえなくてもいいけど、せめて僕には甘えてよ。今だけかもしれないけど」
今だけ。アークエンジェルにいる時だけ。確かにそうなのだけれど、それはそれで寂しく思う。仕方のないことだとわかっている。オーブに戻れば、カガリは代表首長として動くつもりだ。政権を取り戻す。セイランたちから。そのために行動をする。その時、隣にキラがいてくれたらどれだけ心強いか。でも、キラを巻き込むことをカガリは望んでいない。だから今だけなのだ。
「別にいいよ、カガリ」
「え?」
「
「それは……でも!」
キラは何を言い出すのだろう。カガリは改めて周囲を振り返った。治療中だったはずの捕虜の一人、ネオと名乗った彼はいまは治療のため不在だった。ここにはカガリとキラの二人しかいない。そもそも、カガリは何も口にしていないはずだ。先ほどのことも。
「なんとなくね、わかる。カガリが考えていること、双子だからかな」
「そういうものなのか?」
「わからないけど、便利だしいいんじゃない?」
「何でもない風にいうなよ……」
便利とかそういうものじゃない。確かに楽ではあるけれど、それはカガリの思っていることが筒抜けという意味ではないか。
「僕を利用してもいいよ、カガリなら」
「キラ!」
「嫌なんだ。僕もさ」
「え?」
「……あの時、手紙でカガリの状況を教えられた時、僕は僕が許せなかった」
「キラ……」
手紙でセイラン家との結婚を知った。カガリがそんな状況に追い込まれているのに、キラには何もできなかった。立場もなく、権利もない。キラにあるのはただカガリとの血の繋がりだけ。それも表沙汰にできない事情を含んでいるため、大々的に名乗ることもできない。わかっているけれど、カガリが必死に戦っているのに何もできないことに苛立ちを感じた。キラはその時のことをずっと後悔しているという。
「だからカガリ、僕を利用して」
「っ……でも、そんなことをしたらお前はっ」
「そんなことよりも、カガリを一人で戦わせる方が嫌なんだ、僕は」
そっと腕を放したキラ。カガリはキラを見上げる。大丈夫だと、キラは微笑んでいた。
「私の隣に立ってくれるのか?」
「あー……それはアスランじゃない?」
アスラン。どうして。と首を傾げるも、その意味するところにカガリは顔を真っ赤にした。そういう意味で言ったつもりではないが、そうとも取れる発言だった。
「そ、そういうことじゃない! そもそもお前にはラクスが――」
「はいはい。わかっているけど、その言い方だと誤解されるから」
「キラ!」
面白がっているだろうと責めるように名を呼べば、キラは肩を竦める。その動作にも痛みが走るのかわずかに眉を寄せたけれど。そもそも怪我人だったとカガリはキラから離れる。
「ゴホン、その悪かった。まだ怪我しているのに、騒いでしまって」
「別にいいよ」
「よくない! 全くお前は……」
「あはは……」
「全く……けど本当に、いいんだな?」
「うん」
念を押すようにしてキラに確認をする。キラはただ頷いた。どこまで公表するのかは後ですり合わせるとして、キラを正式にオーブ代表首長の身内として招く。カガリが養子であることは事実だし、首長家において養子というのは珍しいことでもない。公表しているわけではないし改めて公開するつもりもないので、どちらかが養子であるくらいに収まればいい。
既にオーブ軍でもアスハ家でもキラがカガリの弟であるというのは知られていることだ。更にフリーダムのパイロットでもあるのだから、さして難しいことでもない。キラの心情を別にすれば。でもそれも、キラが望んでくれた。傍にいてくれると断言してくれた。今のカガリにとって、何よりも心強い言葉だ。一人じゃない。この先も。
「キラ」
「なに?」
「ありがとう」
「……どういたしまして」