この先のための布石、かな
アークエンジェルに保護された形となったシンは、直ぐにミネルバと連絡が取ることができた。
『申し訳ないけれど、いまはそちらに待機しててちょうだい。オーブ潜入後に合流を頼むわ』
「わかりました……」
秘匿回線というものでタリアと連絡を取った。だがその結果、まだアークエンジェルに乗っていろという指令が下されただけで何も変わりはない。正直に言えば居心地が悪い。先ほどまで戦っていた相手の艦だ。敵対関係だった。その艦に乗っていることなどどう考えても異常だ。
「キラ! 安静にって言われたじゃない」
「大丈夫だよ、ミリアリア。そんなに心配しなくてもさ」
輪をかけて異常だとシンが思うのは、まさにこれだ。シンも顔合わせはした。自己紹介もされたし、シンも挨拶をした。戦った相手なのに、キラは柔和な笑みを浮かべて「よろしくね」と言ったのだ。まるで戦っていたのが嘘のように。本当は彼ではない人がフリーダムに乗っていたのか。そう思ってしまうが、運ばれる姿はこの目で見た。彼で間違いない。なのに、キラはシンを一度もそういう風に扱うことはなかった。敵として睨まれることもなければ、攻撃したことを責めることさえない。
「怪我、痛まないんですか?」
「え?」
シンがそう呼びかけると、ミリアリアの肩に腕を回した状態のキラから何を言っているの?みたいな顔を向けられた。歩き方がぎこちないし、包帯は丸見えだ。オーブ軍の制服だって羽織っているだけで、どうみても安静にしていた方がいい状態である。隣にいるミリアリアは呆れたように重いため息を吐いている。
「痛くないわけありませんよね? そもそもその状態で歩き回ることはよくないと思いますけど」
「……そうだね、ありがとう」
「べ、別に礼を言われること言ってませんけど」
「心配してくれたんでしょ? だからありがとう」
感謝されるようなことを言った覚えはない。心配をしたわけでもない。ただ、居た堪れないというか、怪我をさせてしまった原因はシンにあるから放っておけないだけだ。
「でも、そうやって気遣ってくれているのは君がそう思うからで、そのことが僕は嬉しいから」
「っ……変な人、ですね、キラさんって」
「そうかな?」
「そうです!」
あんなにアークエンジェルにもフリーダムにもイライラしていたのに、なんであんなことをしたんだって怒鳴りつけてやりたいくらいなのに。シンに向けて憎しみでもなんでもぶつけてくれれば、そうやって言い返せるのに、彼らは何も言わない。戦ったことも、フリーダムを墜としたことさえ、シンを責め立てることはない。
「なんで……俺を責めないんですか? 俺があんたを墜としたのに、どうして」
「……君が戦ったのは僕じゃない。敵でしょ?」
「敵……」
「そう」
敵と戦った。キラではなく、フリーダムでもなく。シンが戦ったのは敵だと。
「でも、実際に戦ったのはキラさんで」
「その時の君は、僕を知らない。ただの敵でしかなかった。違う?」
「……」
何が違うのだろう。同じはずだ。だってキラはフリーダムのパイロットなのだから。
「シン、君が戦ったのは敵だと示された相手であるフリーダムだ。僕という個人じゃない。フリーダムを敵だと判断したのは君じゃない。ザフト軍だ」
「……あの、どういう意味、ですか?」
「君が言う敵って誰?」
「え?」
敵が誰か。それはザフト軍と戦っている相手だ。攻撃をしかけてくる大西洋連邦だし、それに組したオーブ軍だ。けれどこの答えがキラの求めるものではないのだろう。キラは言った。
「俺には、答えられません……だって敵だって言われて撃ってきたから」
「そうだね。それが戦争だ。敵だと与えられて、示されてから撃つ。それじゃあもう一度聞くよ、君が戦ったのは僕だった?」
シンが戦った相手はキラだった。今はそうだけれど、確かにあの時の敵は、シンが倒そうと思い描いた敵はキラではなかった。
「違い、ます」
「ただの敵でしょ?」
「……はい」
「それだけの話だよ」
淡々とキラは告げる。相手を討つことで迷い混乱した日もあった。けれど今は別の意味で混乱している。キラが話していることの意味。もう一度フリーダムやアークエンジェルと遭遇したら、彼らを見て、シンはそこに乗っている人たちを思い浮かべるだろう。フリーダムをキラとみるだろう。そして彼らを簡単に討つことはできない。それが知るということだと。
「どうして、キラさんはそんな風に」
「色々あったから。それに……銃を持つからこそ、それを向ける相手を誰かに委ねたりはしたくない」
「え……」
「何と戦うのか。誰と戦うのか。それを誰かに決められて、決められるままに行動したくないから。敵なんて、そんな言葉で戦う相手から目を逸らしたくないんだ僕は……
どこかで聞いたことがある言葉だった。そう、クレタ沖での戦いを終えたシンにレイが言った言葉だ。誰かに決められるのではなく、自分の意志でと。それがキラにとっては戦場だと。
「キラ! お前また出歩いて!」
「カガリ?」
「ちゃんと寝てないとダメだって言っただろ! ほら、戻るぞ。ミリアリアもありがとな」
「ちょっ、カガリ」
「はいはい、ほらキラ戻りなさい。今度はカガリを怒らせるわよ」
「わ、わかったから……」
乱入してきたカガリによって、問答無用にキラは連れていかれてしまった。嵐のように過ぎ去った三人に、シンはただ茫然とその様子を眺めていることしかできず立ち尽くしていた。
もう二度と、そんなことはしない。その言葉が示す重み、それはつまり、以前は違ったということなのだろう。何があったのか。あんな顔で話せるようになるまでキラに何があったのか。知りたいけれど、彼は話してくれないだろう。シンに話をしながら、キラには踏み込ませない何かがあった。