『芭蕉ガ恋』   作:暁美ホームラン

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第1話

『芭蕉to焉』

 

ラグナ大陸、外壁の外。

農耕区クレナイ。

 

その西域にある名もなき竹林に一人。

彼女はあった。

 

自慢の髪は乱れ、スカートの裾は破れ。

二の腕と腿からは致命傷ではないものの、普通の人間ならば思わず目を逸らす。

直視に耐えぬ傷を負い、血を流し、それでも。

 

彼女は、笑うように。睨むように。

彼女を取り囲む『敵』を見つめていた。

 

辺り一面を、その敵達と自身の血でもって、朱に染め、なお。

彼女は敵から決して目を逸らさなかった。

 

彼女にはこののち援軍が来る算段も。

この現状を打破し得る策も。体力も。

何れも一切合切が皆無であった。

 

退かず。

媚びず。

 

決して敵から視線は切らぬ彼女であったが。

ただ一つ。

今、彼女が抱いた感情を。

有り触れた有り体に言語化するならば。

 

『省みる』

 

ひかない、こびない、けれど、彼女はかえりみた。

 

彼女は省みた。

そもそもにして、本来なら自分のテリトリー、あるいはホームグラウンドとも言える『竹林』で1人、ボロボロになるハメになった、今までの道筋を。

あの日、小奏官の彼女の勧めを保留にした事を。

教会を1人飛び出した、あの夜明けより瑠璃色な朝の事を。

更に遡るなら、このラグナ大陸に自身が顕現したその日の事を。

 

ぐるぐるぐるぐる。

 

思考を回転させる脳内と、じりじりと狭まる敵の輪と、撃てもしない銃口を向ける力すら入らぬ己の右腕と。

 

四面に楚歌は流れずとも、絶対に絶命を覚悟する。

そんな万事が休した彼女が、ポツリと思わずこぼした願いのそれは、『本来』エントロピーを凌駕するものではなかったのかもしれない。

 

それは、ある意味とてもとても、つまらない一言だったのかもしれない。

 

けれど、確かにそれは。

彼女の口からこぼれ出た。

 

 

「あーぁ。私も欲しかったなぁ………旦那様」

 

 

と。

旦那様と書いてマスターと読む。

マスターと読んで奏官と書く。

 

自慢の茶色い長い髪は乱れ。

もとより短かったスカートはさらに切れ。

銃を持つ事も、扇を構える事すらままならぬ。

ただ敵の。

『異族』のトドメをまつだけの、彼女の名前は言わずもがな。

 

『芭蕉扇』

かつていにしえの。

崑崙山が生み出した至高の美貌。

牛魔王が本妻にして、地仙羅刹女の愛扇。

一振りで山火をも消し去る膨大な魔力を孕む中つ国が誇る風の魔扇。

 

それが芭蕉扇。

 

その名を持つ彼女こそ、このラグナ大陸に数多いる伝説の武器の名を持つ者にして物。

キラープリンセス芭蕉扇。

 

そして、その彼女には、先の自身のつぶやきの通りマスターがいなかった。

はぐれた訳でも、死に別れた訳でもない。

 

最初から、いなかった。

最後まで、見つからなかった。

 

このラグナ大陸の農耕区の小さな教会に彼女が顕現して三年。

待てど暮らせど現れなかった。

いつまでたってもバイブスの適合する主人が現れない彼女。

そんな彼女を口さがない誰かが嘲ってつけた渾名が

 

『行き遅れの後妻(五歳)芭蕉扇』

と。

 

ーーー誰がごさいかッ!そもそも前も無いのに後があってたまるもンですか!それにまだ私が来て五年もたってない!三歳だ!何も知らない無知蒙昧の汚らわしい猿どもめッ!

 

そんな怒りを口にしても始まらない。

 

ーーそもそも?それで適合するマスターが現れて私の物語が始まるなら?後妻でも五歳でも、この際もうなんでもいいわ?確かに三年現れなかったんだから?後二年なんてあっと言う間かしらね?あははっ、可笑しいこと。……ほんと……おかしいわよ…ね?

 

そして、彼女は農耕区西域の竹林にて、今まさにその命を終えようとしていた。

 

季節はうだるような暑さの夏。蝉の声だけが煩くとも、けれど青々と生い茂った竹林の中は別世界のように涼しげだった事は、彼女にとっては救いといえば救いだったのかも知れない。

 

そんな別世界の竹林に。

いつの間にやら、うっすらと天気に似合わぬ霧が立ち込めて。いつの間にやら蝉の声は消えていた。

そんなことにも気は向かず。

じりじりと詰め寄る異族達を、笑うような怒るような顔でなお。芭蕉扇は睨みつけている。

 

もしかしたら、笑っていたのかも知れないし。

もしかしたら、怒っていたのかも知れない。

 

けれど彼女がしている表情も、豊かな胸に重く抱える感情も。

 

今、目の前に迫り来る異族達に向けられたモノでは決してなかった。

 

彼女のそれは常に。

芭蕉扇が自身に向けた笑みと怒りであった。

 

そんな行き遅れの後妻にすらなれない三歳。

自笑と自憤に塗れた彼女。

そんな芭蕉扇の始まりとこれまでを。

今、語ろう。

 

 

 

『芭蕉to猿』

 

既に語った通り、彼女はラグナ大陸は農耕区の小さな教会に三年前、キラープリンセス芭蕉扇として顕現した。

これまで主に中つ国と日ノ本所縁の姫を多く輩出していたその教会に、彼女が引き寄せられるように顕現したのは、ある意味必然と言えば必然だったのかも知れない。

 

だが、彼女にはこれまでその教会で生まれ落ちた他のキル姫達とは少しばかり異なる点がひとつあった。

それは彼女が顕現した日の事である。

 

まだ夜明け切らぬ明け方未明、彼女が顕現した瞬間、その教会を治める司祭と、そこに所属するキル姫の全ては、一斉に夜の眠りから、なかば強制的に目を覚ました。

 

圧倒的マナの奔流、そして収束。

それは司祭を含むキル姫達、皆が未だ嘗て感じた事の無い感覚。

そのマナの動きから彼女らキル姫がシンプルに悟った事柄は二つ。

 

『誰かが今、この教会に召喚された。』

『そして、その誰かはとてつもなく強い。』

 

故にキル姫達の多くは、寝間着姿のまま教会の礼拝堂へとキラーズの本能で駆け出した。

ーーー敵か味方か。

少なくともそのマナに気づいて、素知らぬ顔で寝ていられる程、皆愚鈍ではなく確かに戦士であった。

 

だから、最初のキル姫が。

礼拝堂のドアを蹴破る勢いで開き踊り入ったその刹那。そのキル姫はステンドグラスから差す月明かりに白く照らされ、悠然と入口の方へ振り返る芭蕉扇の姿を目にしたのだった。

 

コツコツとヒールを鳴らし、段差を数段数歩降り。

その豊満な胸を片腕で抱え、扇を携えたもう片手を口許にあて。

目を細めながら笑うように、値踏みするように。芭蕉扇は、その一番乗りしたキル姫へと高らかに口上を述べた。

 

「ごきげんよう。わたくしの名は…」

「ほぉおおおてぇん!がげきぃいいいい!!」

 

………否。述べられなかった。

芭蕉扇は一瞬、段差を踏み外しそうになる足を何とか押しとどめ、改めて再び会話の主導権を握ろうと口許の扇をパシリと閉じ言い放つ。

「そう、最初に自分から名乗るなんて、中々見上げた心がけね、いいわ方天画戟、わたくしの名……」

「オレと勝負だ!!ばっしょーせぇええんッ!!!」

 

ぇえええん…ぇえええん…ぇえええん。

静かな礼拝堂にビブラートするがなり声。

 

やっぱり、主導権は握れなかったし、もしかしなくてもコレは会話すら成立していないのかも知れない。

頭を大げさに抱えながら、大きなため息をつき、それでもなお芭蕉扇は健気に目の前の猿と会話を。コミュニケーションを取ろうとする。

既に主導権を、会話のマウントを取る事は一旦諦め、彼女が目指したのはまず話、ともかく対話であった。

「いいわ。わかった。オーケー。アンダースタン、方天画戟?貴女の言う通りわたくしの名前は芭蕉扇。崑崙…」

「ああ!コンロさんが産んだ嗜好の秘房でオレを酔いしれさせてくれよ!勝負だ!芭っ蕉ぉ扇!!」

 

プチンと見えない糸が切れ、プチンと聞こえない音が確かに聞こえた。

 

「んあああああああッ!この猿ッ!ゴリラアァんッ!!頭のネジのどこをどう外したら、人の口上をよくも、まぁ、そんな最低最悪に間違えられるのよッ!!崑崙山が生んだ至高の美貌ッ!!何よ!秘房って!!勝手にエッ……ぼ!房中術みたいにしないでくれるッ!?それから次!コンロさんじゃなくて崑崙山!!由緒正しき仙界の総本山を何だと思ってるワケ?!はい!猿ッ!復唱!!崑崙山が生み出した至高の美貌超絶可愛い芭蕉扇様っ!!はいッ!!」

「え?えっと、おう。こんろんしゃ(カリッ)」

「………………」

「む、難しいな?ちゅーごく語って奴ぁ…」

「母国語尾尾尾阿ッ!!猿!其貴女乃母国語尾尾尾阿ッ!」

大仰に仰け反りながら言語を崩壊させ、それでも健気にビシリと目の前の猿を扇で指差す芭蕉扇の姿は、非常に哀愁漂うそれであり。

その目尻には薄っすらと涙すら浮かんで居たのだから、この時の彼女の悲しみはいわんや、推して図るべきであろう。

 

さて、芭蕉扇にとって最初に目にしたキル姫がこの方天画戟であった事が、彼女にとって幸か不幸かは今はさておき。

 

ーーー少なくとも、『話が早かった』事だけは確かであった。ーーー

 

わなわなと震える芭蕉扇に、なんら遠慮することなく、どこ吹く風で方天画戟はマイペースに言い放つ。

 

「なぁ、芭蕉扇。せっかく来たばっかで申し訳ねぇとは思うがなぁ、アンタが自分で自分の事がわかってるかどうかはオレには分かんねーけどさ。オレはさっきアンタが来た時に電みてーに走ったマナの奔流を確かに感じた。だから、オレには分かるんだ。アンタはツエーって事がさ。方天画戟の名にかけて間違いはねぇよ。」

 

「…………」

刹那、芭蕉扇の柳眉がピクリと震えた。

 

「遠路はるばるお疲れのところ、誠に誠にすまねぇとはァ思うがよ?芭蕉扇?アンタオレとひと勝負受けてくれるよなぁ?こう見えてオレぁこの教会じゃあ腕利きで慣らし……」

 

ーーーパシッ

 

と。扇を。慣らしに鳴らし返して今度こそ。

芭蕉扇は待望の主導権を握る。

 

「はい、結構。もう、結構。実に結構だわ、そこな猿。お生憎様。この高貴なる私に猿語の教養はないのだけれど。だから猿山のボス猿決めにとんと興味もないのだけれど。キラープリンセスとしてここに呼ばれた以上、武器の名を持つ姫としてなら、同じ国のよしみでなら。貴女の申し出、受けてあげてもよろしくってよ?『方天画戟』?」

 

扇をはためかせ尚も続ける芭蕉扇。

 

「それにね方天画戟?貴女は既に踏んでいる。猿並の蒙昧さで踏み抜いたの。貴女はさっき、アンタがわかってるかどうか分かんねーけどオレにはわかる。とか何とか知った風な口を叩いてくれたけれど。无用!!要らないわ!私は貴女に分かられなくて結構!私を理解するのは。私を理解して私を敷っていいのは私自身と、いつの日か結ばれる私の旦那様だけで万事が漸次、十全なのよ!」

 

なおも彼女は見得を切る。

 

「だから、方天画戟。貴女が私を知ったとかいうその吐き気をもよおす、その妄想。貴女が方天画戟の名をかけたその妄言を。妄と断されたくなければ、今直ぐ疾く疾くかかってらっしゃい。吹き飛ばされたいの?と不粋は問わないわ。不是と言っても吹き飛ばしてあげる。私の名前は芭蕉扇!!崑崙山が生んだ至高の美貌で酔わせて酔い潰して叩き潰して目ェ覚まさせてあげるわ!」

 

今度は方天画戟がポカンと口を開ける。

けれどそれは、ほんの一瞬。

浴びせられた言葉を脳内で咀嚼し、理解した彼女は。幼子の様に何のてらいもなく、満面の笑みを浮かべてこう言った。

 

「オレぁアンタも、もううっすら分かってるだろうけど、そんなに頭ァ回る方じゃないけどさ、最後の最後のだけはわかったぜ!?それってつまり、勝負。受けてくれるんだよなぁ!魅せてくれるんだよなぁ!アンタの本気のフルコースを!!ばっしょうセンセェ!?」

「うっすら??はん、そんなのまるっと全部、上は日輪の際から、下は金輪の際までハッキリとお見通しよ。けれど先生って呼び方だけは、それほど耳触りは悪くは無かったから。だから最期に教えてあげる。私の本気は『フルコース』なぁんて呼び方じゃあ、全に然を重ねても足らないって事を!」

 

かつて、欧州はフランスで生まれた、粋を究して極めた酒と料理のもてなしの総結集を。

『フルコース』と呼ぶのなら。

中つ国の料理は、かの国よりも。

はるか遠き昔に高みに至り通り過ぎている。

 

曰く、食の万里は中華に有り。

故に、彼女の本気を評すなら。

 

やはり『満漢全席』と呼ぶべきなのだろう。

 

 

「折角、この私がもてなしてあげるのだから、最後の〆の飲茶迄と無茶は云わないけれど、精々喰らい付いて御覧なさい!!」

「応ッ!そんじゃあ、方天画戟ッ!いざ!罷り通るッ!!」

「吃吧!(召し上がれ!)」

「うぉー!あい!にーーー!!」

 

吠えて、方天画戟は腰を落とし槍を構える。

受けて、芭蕉扇は体を半身傾け、右手の扇を水平に後ろに引き、突き出した左手の扇を逆手垂直に眼前に構えた。

 

最初から最後まで。

出身国以外、なにひとつ噛み合わないこの二人が。

初めて噛み合ったのは、いざ戦闘体勢に入ってからの事であった。

 

到底舌戦とは呼べぬ応酬の後、獲物を構えた芭蕉扇と方天画戟が共に選んだ最初の一手はそれぞれ自身の後方へ。

一足跳びで全く同じタイミングでのステップアウトであった。

 

当然、方天画戟が猪突猛進に突っ込んで来るものと踏んでいた芭蕉扇は。一瞬とも言えぬ寸刻、おや?と目を見開くものの、直ぐに目を絞り、これ幸いと彼我の現状の把握と確認へ意識を回す。

 

ーーーさて、此方は銃は無しの獲物は扇が二扇。対する彼方は槍…詳しくはわからないけど、形からして投げも踏まえて動きましょうか?加えて礼拝堂の広さ。射程は相互に同等、室内なら投げれば何処も槍の的中範囲ね。ただし当然、球数は此方が圧倒的有利で、地の利は慣れ親しんだ向こうに有り…と。

 

対峙する相手から視線は切らず、値踏みする様な瞳もやめず、口元には笑みを浮かべつつも。芭蕉扇には一切の油断も無ければ慢心も無かった。

 

芭蕉扇にとって本来、この戦闘は望んでいた結果ではない。

さりとて、先に方天画戟が踏み抜いた地雷に対する怒りの過程に、偽りも無ければ撤回の気も毛頭ない。

 

けれど、武器を構え立つ彼女の思考には、最早怒りも無ければ呆れも無い。

全身全霊。

彼女の満漢全席には手抜きも無ければ、抜かりも無い。その証左に、芭蕉扇が先刻水平に引いた右手の扇は先刻から既に。常に。

風を、編んでいた。

 

半身に構えた肢体をたゆらせながら、左手に逆手で持った扇でもって彼我の間合いを図りつつ、寝かせた8の字を描く様にゆったりと廻し続けた芭蕉扇の右手の扇には。

拳より一回り小さい透明な緑がかった球体が、表裏にそれぞれ一つづつ、恒星の様に付かず離れず纏わり付いていた。

 

ーーーまぁ、なんて事ないエアロボール。風球なんだけど?はてさてこの双子球。お客様にどうお出しましょうか?セオリーなら一つを薄めて、もう一つを濃く見せての二連打とか……なぁんでしょうけど、却下、だってそんなの芸がなさ過ぎるわ。だからまずは駆けつけ三杯ならぬ、先付けをもう一品……。

 

芭蕉扇はにんまり口端を吊り上げて、肢体は先のリズムと変わらぬ様にたゆらせながら、左手の逆手に構えた扇をごく微細な動作で左右に扇ぐ。刹那、右扇の風球と同じものが、今度は左扇。芭蕉扇に見える側の面にのみポワンと浮かび上がる。

 

驚くべきは、この三つの風球全て、方天画戟の側からは扇と芭蕉扇の豊かな尻に隠れて一切見えぬのである。

故に、何も知らぬ者が方天画戟の側からこの光景を目にしたのなら、踊り子が暴漢に襲われる刹那の絵と読み違えたとしても、せんなき事であろう。

されど、もしこの場に芭蕉扇の背後から彼女の様を見た者がいたのなら、七言全てを絶句したとしても、やはりそれも、せんなき事なのであろう。

 

ーーーはい、これでまずは三品、続いて今度は見える一品と見えない一品をご用意。更に、次の皿に入る前のお口直しの軽めのお酒を小さく二杯……っと。

 

芭蕉扇は更に更に口端を吊り上げて、左右の足首をそれぞれ一回くるりと回し、両の踵をタンと小気味好く石床に叩きつけて、その後小首を傾げ、綺麗な唇を小さくすぼめ、チュッと唇だけの投げキッスとウインクを方天画戟に投げて見せる。

 

「うっ…………げぇぇぇ……」

応じて直ぐに方天画戟の口から漏れ出た呟きは、決して芭蕉扇の投げキッスが不快だった由来のものでない事は、方天画戟の視線を見れば……否、見なくても解る事だろう。

 

方天画戟が視線をやった芭蕉扇の両足首には。それぞれ、土星の輪のような薄い風の円輪が三つ。フラフープの様に自転しながら不規則に回り出していた。

その輪は回りながら芭蕉扇の足首をすり抜けながら動き続けていたが……

 

「オメー、それアレだろ、アレ。オメーは触っても大丈夫だけどオレが触ったらスッパリ持ってかれる類いのアレだろ?その風のチャクラム?円月輪?なぁ、ばっしょセンセ?」

「んふー?さて、どーかしら?試してみる?いらっしゃいな、ほーてんちゃん?」

 

チュッ、と、今度は擬音で二度目の投げキッスを投げる芭蕉扇に。

ゲロゲロ、と、今度は動作に対する悪態を擬音で返す方天画戟。

そんな方天画戟に目を細めて、芭蕉扇が脳内で返した回答は。

 

ーーーざーんねん。30点。そりゃあ切れますけど、そこじゃあないのよね……。二回も見せたんだから、気付いてくれてもいいのだけれど。

 

さて、仮に芭蕉扇の後ろから芭蕉扇を眺めた者がいたならば、とした先の仮定を再び続けるならば、その者は今度は、果たして気付けただろうか?

風チャクラムとは別に、芭蕉扇の両足踵の裏に小さな風球がシャボンの様に生まれ踵を小さく浮かせていた事を。

そして、仮に気付けたとしてもそこまでであろう。この二つは芭蕉扇の言葉を借りるなら、次への口直しの小さな二杯。

 

ならば、見えないもう一品とは。

彼女の眼前を薄っすらと覆う風の幕。先に投げキッスを模して吐息で生み出した、吹けば飛ぶ様な薄い防壁。されどこの壁。吹けば飛べども突けば止まる。

 

ご覧の諸君は追えて居るだろうか?

筆者は追えて居ない。

故に纏めよう。

 

右手に2発左手に1発足首に左右6発。

眼前に見えない守壁1枚、足裏に左右どちらも割れば跳べる逃げの風風船が2発。

攻9守3。

 

ーーー3:1で割ってお呑みくださいませ。極上の高級酒ですわ方天画戟さん?もちろんここまでのセットが壱ノ皿。前菜デスわ?

 

さいdeathか。

 

渋面を浮かべ槍を構える方天画戟と。

対す芭蕉扇の口角はどんどん釣り上がる。

凄惨な笑みを浮かべ戦うのが基本性のキラープリンセスとはいえ明らかに、芭蕉扇は心根より楽しんでいた。

後もう少し間があれば、彼女の鼻唄も聴けたかもしれない程に。

 

 

然れど、間、無し。

 

それは正に神速。音速、光速。

インパルスは走った。

一瞬目を瞑り、見開きニカリと口を開け笑う、方天画戟のそれは豪快なれど正しく美しく、キラープリンセスのそれであった。

故にキラープリンセス方天画戟は前に跳ぶ。

 

ーーー先手必殺ゥ!

ーーー後手確殺ぅん♪

 

受けて芭蕉扇はソレを待って居た。

方天画戟の突撃(ステップ)を。

いち、にの、さんでは遅すぎる。

だから、いち、にで撃ちましょう、と。

それは正しく成功した、方天画戟の二歩目に併せてキッチリと。

先ずは右扇の二球を。

初球は下から上がるアッパー気味に。

次球をコンマずらして右フック気味に。

 

が、合っていたが故に大きくズレる。

方天画戟も伊達ではない、雷槍に偽り無し。

芭蕉扇の予想を大きく外し、方天画戟は一歩目で自身のトップスピードを出して居た。

 

「おおおおおおおおおぉぉ!!!」

 

ーーーッ!!!!

芭蕉扇の笑みが一瞬歪む。

芭蕉扇は己の予想より十歩近く速い初球の着弾予想位置を見て、左扇の発射予定をコンマ数秒早めようと動きながらも、されど視線は方天画戟から切らない、切れない。

 

ーーー疾ッ!?アイツ本当に猿ッ?!?!疾っやッ!!恐らく初弾は槍柄の石突の少し上でいなされるわ!打ち返して来るでしょうけど、私の身体目掛けて返す必要も可能性も無いわね、だって打球よりも速いんだから!となればフックの二球目は易々屈んで躱されるッ!是!!いいわッ!ならこの左扇の子はーーー!!

 

敵は猿者。されど芭蕉扇とてさる者。

コンマでキッチリ読み切り、次策を瞬時に練り込み、実行に移そうとした、正にその時の事である。

芭蕉扇の読み通り。槍の石突少し上の柄でキッチリかっちり風球をジャストミートせしめた方天画戟は吠えた、そして結果から言ってしまえば『転がった』。

 

「おおおおおおぉぉぉぉ!!!……ぉぉおん????」

 

柄に綺麗にヒットした地を這う風球は、打ち返されるどころか柄に当たっても勢いを緩める事なく、本来の予定通りジャイロ気味に天井へと柄ごと引っ張りあげる。

たまらず左手を槍から離した方天画戟が後悔しても後の祭り、アフターフェスティバル。

 

残された右手が唯一の支柱となった方天画戟のその槍は、テコの原理かはたまた風車のカラクリか。風球に巻き込まれるように跳ね上がった槍の下柄は、そのまま主人の頭から首筋に吸い込まれるようにめり込んだ!!

 

「!?!?!?」

 

超速で駆けた方天画戟。超速故に完全に予期しなかった自身の槍による後頭部への打擲で左方向に吹っ飛びながら、意識を失いかけた方天画戟が、慌てて意識を絞った時には既に眼前に石畳があった。

おかげで二球目のフックの風球を回避する事には成功したが、初球で落ちれば意味もなければ世話もない。

されど、諸君、忘れてはいけない。

たとえ己が槍に裏切られても。

方天画戟にはアレがある。

隠しの二槍。

 

左右併せて93センチ砲は伊達ではないッ!!

 

そしてそれは主人を裏切る事なく機能した。そして、裏切らなかった故に方天画戟は敗北する。

 

「ーーーヒェッ!!」

 

見ていた芭蕉扇が戦闘を忘れ思わず叫ぶ程。

方天画戟の手のひらより顔面より先に、石畳へと至った、双の93センチ砲はザシュッと痛々しい音を立て、南半球から頂点までを犠牲に主人の身体を傷付ける事なく完全に衝撃を吸収した上で、バインとボインは礼拝堂に並ぶ礼拝者が4.5人は並んで座れる樫の木で出来た硬い硬い長椅子へと主人を背から超速で叩き送ったのだった。

 

ドンガラガッシャーン!!!

 

使い古された効果音を醸しながら、後にその時の光景を語った者の言葉を借りるなら。

 

『コントをライブで観ている様にござりました!!』

 

わけがわからないよ。

とは便利な言葉ではあるが、それで済ませてしまってはあまり故。

ここはかつていにしえの英雄カエサルの言葉を借りて、この満漢全席のコントを振り返ってみよう。

 

カエサル曰く

来た、見た、勝った。と。

ならばこれはどうだろうか。

 

来た、見た、撃った、打ち返した、打ち返し切れず槍がゴインと当たった、ズルっと滑って、バインと胸で弾んで、ビューンと飛んでき、バキバキっと着陸、チーンと終幕。

 

やっぱりわけがわからないよ。

 

されど、やっぱり、やっぱり、もっと訳が解らないであろう当事者がそこにいた。

 

「はぁぁぁぁぁん!?もぅお仕舞い?!」

 

礼拝堂の数段高い壇上から、今にも泣きそうな声をあげる芭蕉扇。足のチャクラムと風の防壁は既に消していた。然れど諦め切れない彼女は左扇の風球をゆさゆさと逆に揺すり、こぶし大ほどからビー玉大くらいまで小さくした後、フッと可愛らしい唇をすぼめ息を吹きかけると、ふよふよと。

そのビー玉大の風球は、かつて長椅子だった今は瓦礫の山に、頭から突っ込み、桃の様な尻だけ突き出してる水色のしまパンを履いた死体へとゆったり飛んで行き、頭上でピタリと静止した。

 

「破ッッ!」

壇上の芭蕉扇が虚空で扇を下に振る動作をすると、そのビー玉も習って下にヒュンと落ちコツンと水色しまパンを履いた死体の頭に当たりパチンと割れた。

「………グェッ」

水色しまパンは小さく返事をした。

 

へんじはある。

されど(猿の)しかばねのようだ。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

本日何度目か数えるのもすでに億劫な。

クソデカため息をついた芭蕉扇は、腹いせに自身の閉じた扇をハァッ!と裂帛の気合いと共に地面に叩きつける。

 

然れど流石は芭蕉扇、いくら怒れども自分の分身とも言える扇を、無残無策に地へと貶める訳は無いのである。

 

先に地面に貼って置いた風球に当たった扇はパシンと割れた風球にゴムボールの様に弾んで弾かれ、投げた高さまで跳ね上がった。

それを右にくるりと半回転しながらパシリとキャッチし、もう一丁!と、反対側の扇を地面に叩きつけ、風球がパシン、ポヨンと弾き返した扇を左にくるりと半回転して受け止めて、両の手の扇をパッ!と開きながら。

 

「オーッホッホ!芭蕉扇!ラグナいちィ!」

 

と優雅に高笑いしながら舞の様にくるくる回る姿はとてもとても優雅にて可憐。雛の様に美しく愛らしい姿なのであったのだが。

 

何だろう。この芭蕉扇。

全国一億ニ千万の芭蕉扇ファンの皆様に失礼を承知で穿った比喩をさせて貰うなら。

 

腕によりをかけて作った料理を前に、旦那様からの、今夜は社内泊のラインを受けて、お仕事頑張ってくださいとハートスタンプで返した後。目の前の料理をもぐもぐと。

『あぁ美味しい!流石は私ね!』と半泣きで平らげる様な、そんな新妻芭蕉扇に見えてしまうのは。果たして筆者のエゴだろうか?

 

はぁ、つら。はぁ、可愛い。はぁ、すこ。

 

どこかで

『ババァ!俺だ!結婚してくれェ!』

と聞こえた気がした。

 

カラスが鳴いたら帰りましょう。

タヌキが泣いたら進みましょう。

 

さて、閑話継続。

 

先に記した通り、芭蕉扇の隠し球はとりあえず全て消化された。

故に一切の徒手空拳でもって、方天画戟こと水色しまパンのそばに、つかつかと芭蕉扇は歩を進めたのだった。

 

これで、油断したな!と言わんばかりに水色しまパンが襲いかかって来れば、哀れ芭蕉扇一巻の終わりではあるが、当然。

そんな事はなく。

しまパンは動かぬしまパンのままであった。

そんな動かぬしまパンの側に来た芭蕉扇はそっと優しくそのしまパンの体を起こし、瓦礫の山に背を預ける様に寝かせ、さっと優しくしまパンの前髪を掻き分ける。

「ううん。」と小さくしまパンは唸るが目を回したまま目覚める気配はない、が、どうやら命に別状もない様だ。

 

ホッとひと安心する芭蕉扇。当然と言えば当然だが、顕現した日に教会付きの(今後同僚になる)キル姫を手にかけたとあれば、如何に才があっても処分は免れないかもしれない。

 

故にしまパンの生存に。

天使の様な優しげな表情を見せながら。

悪魔の所業を繰り出すのが、流石は我らが芭蕉扇!俺たちにできない事をやってのける!そこにシビれる憧れるぅ!

 

「こるらぁ!!!ちょっと!!起きなさいよ!!猿!しまパン!!方天画戟!!!おら!はやく!!起きて!!夜よ!つづきは!?どうするの?ギブアップ!!??」

 

ビビビビビッ!

 

と、古き良き時代の擬音を立てながら、馬乗りになって、満面の笑みを浮かべながら、扇で敗者の頬を張り飛ばす、キル姫の姿がそこにはあった。

と、言うか今作のヒロインだった。

 

10数度張り飛ばして、満足げに馬乗りをやめ離れてそこで、ふと方天画戟の胸元に目を向け初めて気付く芭蕉扇。

 

「あらあら……我ながら酷い有様にしちゃったわね。」

 

石畳に叩きつけられた方天画戟の93センチ砲を守る布は、哀れ。敗れ破れたその布は、原型を大きく留めてはおらず、また寝間着ゆえか、しまブラの影も形も最初から見受けられなかった。

要するにまぁ、丸見えである。

 

ここで初めてメロスは、否。芭蕉扇は少し顔を赤らめて、心底優しげに微笑むのだった。

 

「んもぅ、そんなナリでも一応、方天画戟。アンタも女の子なんだから!気絶しながらでも、気!遣いなさいよね?」

 

気を絶やすと書いて、気絶して居る相手に、気を遣えと無茶を道理で言うこの女。

口調はキツ目に、されど表情は優しげに。

 

芭蕉扇は衣装の腰の辺りの、左右に付けた赤地に黄色の図案が入った丸いポーチのうち、左のポーチを外し、その下に縛り付けられている赤い腰布(くす玉が付いてる紫の方ではないわよ?は?アレ取れるんだ!って?当たり前じゃない!じゃあ貴方どうやって洗うつもりよ!)をスルリと取り外し。

 

さて、胸元にかけてやろうかしらと、パッと広げたその刹那!

 

「あいや!待たれよ!勝負はつき申したとお見受けいたす!さすればこれ以上無益な戦をお望みならば!拙者!このマサムネが代わってお相手仕るッ!!!」

 

 

『芭蕉to忍』

 

 

「あいや!待たれよ!勝負はつき申したとお見受けいたす!さすればこれ以上無益な戦をお望みならば!拙者!このマサムネが代わってお相手仕るッ!!!」

 

バンと礼拝堂のドアを開け、腰に刺した大刀の柄に指をかけながら、大股でつかつかと歩み来た姫こそ。先に自身が名乗った通り。

かつていにしえの日ノ本に数多存在した名刀正宗の集合体をキラーズに持つキラープリンセス。マサムネである。

 

ーーーマサムネ……ねぇ、知らない名だわ。猿じゃなかった、方天画戟でもない、しまパンの時みたくピンと来るものもないし、響きから日ノ本のキル姫かしら……なんか、面倒くさそうねぇ。

 

とりあえず手元の赤い布をマタドールよろしく笑顔でヒラヒラ振って見るが、当然モウ!とマサムネが突っ込んで来る事はなく、寧ろ表情は険しくなった所を見ると当たり前だが逆効果だったらしい。

 

つかつかと二人の間に入り、方天画戟を見て芭蕉扇を見たマサムネは、「何と!」と小さく呟きカチリと刀の柄に手をかけ、怒気を隠す事なく芭蕉扇へ詰め寄った。

「さては、芭蕉扇殿!これは一体如何した事にござるかッ!!」

 

ーーーあっちゃー。まぁ、そうなるわよねぇ、ここで相手してあげてもいいのだ、け、れ、ど?日ノ本のキル姫で剣士でしかも火っぽいし、この距離でしょ?既に死線よね?かわす?よける?んー少なくともチャイナ服バッサリやられて自慢の86センチ砲振り乱しながら半裸で闘う展開よね?コレ?流石にそういうヨゴレは私はイヤかなーーって思うわね。し、か、ら、ば♫

 

顔を扇で隠し裏でマサムネに見えぬようニヤリと悪い顔をして、扇をパタンと閉じた時には泣きそうな困り顔に早変わり。

芭蕉扇は大げさに、さも、言葉が分からぬ、喋れない、と、言わんばかりにジェスチャーを始めた。

 

方天画戟を指さし(これ!)

自分を指さし(私に!)

指で人差し指をクロスさせながら(戦線布告!)

自分を指さしバッテン印(私は断った!)

方天画戟を指さし拳を振り上げて(でもこいつキタ!)

自分と方天画戟を指さし銃を撃つマネ(だから私撃った!)

ジャンプしながら喜びを表現(私勝った!)

ちょっとしょんぼり顔で指さし(でも、彼女…)

方天画戟の胸元を指さし恥ずかしそうに顔を隠して(おっぱいプルンプルン!カワイソね!)

手元にある赤い布を見せマサムネを指さし頭にツノを指で作る(私彼女に布かけてあげたい!でも貴女怒る。)

虚空を見つめ立てた指を頬に当て小首を傾げるぶりっ子ポーズ(これ、イケナイことデースか?)

 

と、かくかくしかじかならぬ、ジェスチャーで。芭蕉扇は全てを表現したのち、だめ押しでたどたどしく喋ってみせた。

「わーかーるーりーます?ムーネカークス、おーけー?マーサムーネサン???」

 

そんな芭蕉扇のジェスチャーをじっくり見ながら、自身も同じように律儀にジェスチャーを二度再生して見たマサムネは、ポンと手のひらを叩くこれまた古臭いジェスチャーをしたのち、自身の額をペシリと叩き、刀を瓦礫の山に立てかけ芭蕉扇に向けて大きな声で叫ぶのだった。

 

「アイ、ヤーーー!シェイシェイ、シェイシェイ!芭蕉扇どのぉお!分かり申した!おうけい、にござるよぉ!さてもこの方天画戟、拙者の友人……あーぱんやお?ぽんよぉにござりますれば。然れどこやつは戦闘ぐるい、シグルイ、あー?狂戦士…いや、通じぬか……えぇい方天すまぬ!拙者の語彙が貧弱故、許せ!猿!もんきぃに御座候!!芭蕉扇殿失礼つかまつった!此奴に代わり謝りもうす!申し訳のうござった!!あいむそぉりぃにござるよッ!!」

 

今度は芭蕉扇がポカンと口を開ける、だが平身平頭、友人の罪を自らの事の様に謝る真面目そうなマサムネの姿を見てるうちに、ついに堪え切れなくなった芭蕉扇は、自らの服が汚れるのも構わずにゲラゲラとゴロゴロと床を転げ回りながら笑うのであった。

 

ポカンとしたマサムネを尻目にひとしきり笑い転げた芭蕉扇は。

身体のホコリを払いながら、マサムネを手で制しつつ言うのであった。

 

「いいわ。貴女良い人ね。マサムネさん。大丈夫、私はちゃんと言葉は喋れるにござるよ?安心召されよだわ。」

 

なんと!と驚くマサムネを、なおも手で制しながら続ける芭蕉扇。

 

「まぁ、けどそこの方天画戟が止めても突っかかって来たのは事実だから、もしかしたら2番乗りして来た貴女もそうかしらって身構えたってワケ。騙す様な真似して悪かったわね、マサムネさん。あらためまして、私の名前は芭蕉扇。崑崙山が生み出した至高の美貌。そうね、芭蕉扇でいいわ。マサムネさん、貴女となら対等にお付き合いできそうだから。如何?」

 

そう言って今度は真実の。裏表無い優しい笑顔を見せ手を差し出した。マサムネは間をおかずその手を受けた。

 

「委細承知致した、芭蕉扇。さすれば拙者の事もマサムネでよい。時折殿を取れぬやもしれぬが、それは拙者の未熟ゆえ、堅苦しい喋り方も性分故、合わせて許されよ。じきにお互い慣れようぞ。お主の力量を先程見れぬは残念至極にござるがまたいずれ。これからよろしくお頼み申す……ただのう…」

「ただ?何かしら?」

 

一息に喋って、最後に少しどもるマサムネを見て。手を握りながら小首を傾げる芭蕉扇を見て、恥ずかしそうにぽりぽりと頬をかきながら、少し誇らしげに芭蕉扇の背後を指さしてマサムネは言った。

 

「先ほど芭蕉扇。お主は拙者の事を2番乗りと申したが、それは間違いにござるよ。拙者は3番乗り。そして、ほれ、あれに見えるが……」

 

さて、賢明な読者の方は既にお気付きいただけているだろう。

ここまでの文中に明らかに時節のおかしい一節があった事に。(と、いうかおかしく無いとこを探す方が難しくないかしら?おかしいとこだらけだわっ!!特にメインヒロインの扱い!!!by芭蕉扇)

 

はて、それが此方。

 

ーーー使い古された効果音を醸しながら、後にその時の光景を語った者の言葉を借りるなら。

『コントをライブで観ている様にござりました!!』ーーー

 

と、更に文字数稼ぎに自文引用するならば。

 

ーーーされど、もしこの場に芭蕉扇の背後から彼女の様を見た者がいたのなら、七言全てを絶句したとしても、やはりそれもせんなき事なのだろう。ーーー

 

まぁ、要するに居たのである。

芭蕉扇としまパンの戦いの全てを見ていた者が。

 

さて、閑話再開。

 

 

「先ほど芭蕉扇。お主は拙者の事を2番乗りと申したが、それは間違いにござるよ。拙者は3番乗り。そして、ほれ、あれに見えるが……」

 

芭蕉扇が振り返ると、誇らしげにマサムネが指さした先には、先ほどまで自分が陣地に戦って居た礼拝堂の壇上と女神像が一つ。

その女神像の裏より、スッと現る影一つ。

その影は元気一杯高らかに、口上をのたもうた。

 

「天知る、地知る、お味噌汁ッ!いつもニコニコ、姉上のお側に這い寄る妖刀!マリア様が見てずとも、拙者が見申すッ!!忍者剣風ムラマサー!!お呼びとあらば!即参上!!とぉっ!!!」

 

くるくるとポニーテールを振り回し、罰当たりにも女神像を蹴って宙返りをしながら10点満点の着地を決め、両手で両目に横のダブルピースをキメながらアホ顔笑顔をしたキル姫がそこにはあった。

 

「………それは紛れもなくマサムネ。貴女の妹さん……でいいのかしら??」

誇らしげな笑顔を貼り付けながら、口はしをひきつらせるマサムネを覗き込む芭蕉扇。

そんな芭蕉扇にマサムネは、応えた。

 

「……あれに見えるは…赤の他剣にござるよ。ムラマサ?そんな子居ましたっけ?にござるな。」

「なんとぉぉぉおおお!!!」

 

叫び、質量のある残像を残しながらぴょんぴょんと。先の方天画戟とは質の違った素早さを見せつけながら、ムラマサは長椅子の上から上を軽やかに飛び回り、最後にしまパンの頭をむんずと踏み付け両腕を広げマサムネへと抱き跳んだ!

 

ーーーしまパンを踏み台にしたッ!?

と、突っ込む間も無く。受けてマサムネは、はじめて芭蕉扇の手を放し、笑顔で両腕を開きムラマサを抱きとめ、二人の目と目が重なり真剣がキスする5秒前!抱きとめた勢いそのままにゴロリと後ろに倒れ込んだマサムネは吼えた。

 

「チェストォォォオ!!!」

「そこ!腹にござるゥゥゥウ!!」

 

それはそれは綺麗な両足巴投げを決められたムラマサは。バシンと背から礼拝堂のドアに叩きつけられながらも、辛うじて受け身を取り、頭上のヒヨコゲージを片手で払いながら怨めしそうに叫んだ。

「あーねーうーえー!!腹を蹴るのはいささか酷いでござるよ!拙者これでも女子故!姉上との子が産めなくなり申したらどう責任取るつもりにございまするかっ!腹はマズイ!顔にしとけ顔にしとけーにござる!!」

「たわけっ!拙者に妹は居らぬッ!貴様など姉でも無ければ妹でも無いわッ!」

 

聞いてムラマサは嬉しげにぴょんとポニーテールを弾ませた。

 

「姉でも妹でも無ければ、さすればそれすなわち夫婦!遂に姉妹の垣根を超えためくるめく合法百合の世界に!!拙者達のレコンキスタはこれからd……」

ストンと小気味よい音を立て。宙を舞ったマサムネの大太刀が。ムラマサのポニーテールと耳の間の隙間を縫う様に、礼拝堂のドアに突き立った。

「ぁーーー、や、やはりいきなり百合はいささか、不味かったにございますな?さすれば先ずはお友達から始めましょうぞ!マサムネ氏〜!!」

一切めげること無く、よいしょよいしょとドアからマサムネの大太刀を抜き取り懐から取り出した懐紙で持って丁寧に刀身を磨き、大事そうにマサムネの刀を胸に抱き、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら側にあった鞘へとパチリと綺麗に仕舞い。ニッコリ微笑みながら。

 

「はいっ、姉上っ♫」

 

と笑顔で刀を返すムラマサを渋面で見返しながら、大きなため息をついたマサムネは、刀を受け取りポンとムラマサの頭に手を乗せて。

「これなる口の減らぬ小娘は。拙者の不肖不徳の妹刀。ムラマサにござる……ほれ、ムラマサ。ちゃんと自分で芭蕉扇殿に自己紹介せよ。」

「はい!古今東西!古今東西!拙者生まれを発しまするは甲斐国!砥石城は城主!かつていにしえの忍び集団!真田十勇士をすべりまするは真田左衛門佐幸村が、先の大戦関ヶ原にて愛刀として振るい申した妖刀。村正より取りまして名をムラマサ!姓を正宗と申しまする!以後お見知りおきをにございまする!正しくは真田信繁にござるがぁ、真田幸村のが通りが早い故そこは一つご容赦を!!」

「はぁ……なるほどねぇ。」

オタク特有の早口に気圧され、思わず納得しそうになる芭蕉扇を慌てて止めるはマサムネ。

「これ!ムラマサ!あまりに自然に嘘を混ぜるでない!!姓は正宗ではなかろう。あぁ、いや、左衛門佐のご主君は正宗も村正もお持ちだった故、あながち嘘ではござらぬが……ううむ…」

「因みに、姉上は真田左衛門佐幸村殿の事を左衛門佐殿とお呼び申すし、拙者は幸村殿とお呼び申すがどちらも一緒にございまする〜!」

と、ニッコリ微笑んだ後、少し表情を曇らせ続けるムラマサ。

「と、申しましても姉妹刀と言い申すが、拙者達はヤグルシアイムール姉妹と言うより、グラムバルムンク姉妹に似てます故……幸村殿の所ぐらいでしか正宗、村正両方振るわれた記憶がろくにのうございましてな。正宗に比べ村正は本数の少ない刀でした故。後妖刀でござるし……うぅっ」

 

と、悲しげに呟くムラマサを見て、名の挙げられた武器の事はとんと知らない芭蕉扇も、何だか少し可哀想になる。

そんな芭蕉扇を見たムラマサはパッと笑顔を見せて言うのだった。

 

「でも、今はこうしてほれ!姉上がお側におります故寂しゅうは無いにござるよ!ですので姉上に習いまして、拙者も芭蕉扇殿の事は芭蕉扇!と呼びますので、芭蕉扇は拙者の事はムラマサ殿か呼びにくかったらムラマサ様と呼んでくれて結構ですぞ!!」

 

と。様を付けろよ、とのたまうデコスケの頭を叩こうとしたマサムネを手で制し、芭蕉扇はマサムネに問う。

 

「マサムネ?悪いけど、ソレの折檻。私が受けた無礼の分は今後、一切、私の采配で姉がわりにやってしまって構わないかしら?」

「はっは!愚問にござるな!拙者が許す、無礼不届き、理由あらば、存分に召されよ!」

「恐悦至極」

 

芭蕉扇はニッコリ微笑み、目の前の虚空を上から下へパンと扇で振るうと、少し離れたムラマサの頭上に薄い風のゲンコツがゴツンと落ちた。

 

「ほげぇぇ!属性は勝ちもうしておりますが、それでも魔は痛い!痛うござりまするよ!!芭蕉扇殿ぉ!!!」

「はっは、やったなムラマサ。姉上が増えたでござるぞ?」

「はぁん?!こんな凶暴な鬼姉上!ごめん被るでござ……はぅん!尻ッ!!尻はやめるでござる!芭蕉扇殿ぉ!」

 

スパァン!スパァン!と小気味よい音を立てながら、逃げ惑う小娘を満足気に眺めに眺めた芭蕉扇は。

「さてと。」

と虚空を扇で打つのをやめ。ひんひんとベソをかきながら、自身の尻を撫で、しゃがみこむポニテのムラマサ部分をつまみ上げ起こして問うた。

「で、ムラマサ?貴女いつぐらいから隠れて盗み見てたワケ?」

と、尋ねる芭蕉扇を怨めしそうな表情で見返したムラマサは。

 

(ははぁん、さては、芭蕉扇殿気付いてござらぬかったな?いばり散らして置いて存外大した事は、ござら……びょえぇぇ!!芭蕉扇殿ッ!頰は!頰は不味いでござる!!尻の二の舞三の舞はごめんくだされぇぇ!!)

 

と、脳内で悪態の対価をソロバンで弾いた後。扇害あって一利無しと判断したポニーテールは。観念した様に精一杯の抵抗に、怨めしそうな表情を浮かべたまま答えた。

 

「はい、えーっ……拙者の記憶が確かなら……崑崙山が生み出した至高の美貌超絶可愛い芭蕉扇様っ!!はいッ!!あたりからにござりますよ、超絶可愛い芭蕉扇殿。」

「スパァン!」

「ひょえっ!!」

虚空は扇で打たず、口で脅して。頭を抱え込みながら、しゃがみ震え脅えるムラマサを文字通り正しく上から目線で見つめながら、顔には出さずに、芭蕉扇はこの口の減らない小娘に内心で舌を巻く。

 

ーーーひょえっ!!はこっちの台詞よねぇ。戦闘中なら女神像の辺りは背を向けてたし、二扇の領空外だから解るけど。わりと最初から居たのこの子?ニンジャ?シノビ?要するに中つ国で言う影の者、の事よね?はぁ。存外マサムネよりムラマサの方が私との相性的に手強かったりしそうねぇ……し、か、ら、ば?

 

『忍法勝負をいたしましょう。』

と、心の中で一人唱えた芭蕉扇は。

口だけニッコリと目はいつもの値踏みする様な目を向けてムラマサに言った。

 

「いいわ、ムラマサ、じゃあ貴女が見た私と方天画戟の戦いを、見ていなかったマサムネに教えてあげてくれる?貴女が見えた所まででいいわ、忍なら情報収集も大事なお仕事なのでしょう?」

 

と。受けてチラリとムラマサは。マサムネの方を伺うように覗き見る。対すマサムネも少々表情を改めムラマサに命じた。

 

「構わぬ、ムラマサ、お主が見たものをそのまま申せ、これも修行ぞ。しかと答えよ。」

再び受けて、ムラマサは緩めていた表情をキリッと改め、『さすれば』と二人を見比べながら語り始めた。

 

「はい、まずは対した双方互いに間を取り、壇上に芭蕉扇殿、段下に方天殿が、陣取り、様子を伺う方天殿に対し、芭蕉扇殿は右に二球左に一球の見えぬ風球を展開、然るのち、方天殿の挑発を兼ねてわざと足元に見せの左右六輪の風の円月輪を展開。されどこれはフェイク、囮に御座いますれば、足裏に突撃跳用の風球を二球、さらに口内より口臭を使い毒霧を見えぬ様に展開、以上の攻9守3の布陣を張り申し、受けた方天殿が突撃するに併せ右の二球を放ちましたところ、策を使い切る事なく初球にて方天殿は落ち申した。」

 

「なんと、方天はつまり一撃で!?直撃したと申すか?」

 

「いえ、打ち返し申したが返しきれず、結果風に巻き込まれたご自身の槍柄による打擲による自滅。おそらくはあれらの風球は全てクロスブラストを変化させたもので、初球のみ更に上の練り固めたブラストダインを使い申したものかと思い申す。更に加えて拙者が勝手ながら推測する所により申せば、多分、芭蕉扇殿の『条件付け』は恐らく風。風を紡げるか否かが肝要にござるとお見受けし申す。先の唇、足首、踵、全て共に、吹く、回す、踏む、などの風が微量なりとも動く動作が見受けられ申した。とどのつまり、芭蕉扇殿は扇を使わぬとも、素手でも団扇の様に手のひらを振れば手のひらから風球を出せ申すし、逆に静止した状態の肘からは風の刃等は出せ申せぬが、肘も振れさえすれば風の刃を出せ申せるのでは?と、お見受け致しましたが……如何にございまするか?芭蕉扇殿?」

 

ふざけた様子は一切無く真面目な顔でハッキリと答えるムラマサ。

今度は、芭蕉扇は表情に出してムラマサの分析力に舌を巻く。

 

ーーーはぁん。いいわ。面白いわ。この子。

 

隠す事なく目を大きく開いた後、ツカツカと、ムラマサの側に芭蕉扇は歩む。

それを見てひぇっ!と反射的に逃げようとするムラマサの頭にポンと手を乗せると、わしゃわしゃと、円を描く様に芭蕉扇は優しく撫でたのだった。

 

「いいわ、ムラマサ、80点。合格よ、流石マサムネの妹。伊達にマサムネを姉に持ってないわね、すごいわマサムネ、貴女の教えがいいのね。マサムネ貴女やるわね。」

と、口では8割方マサムネを褒めながら、それでも手はわしゃわしゃと、円を描く様に厚めのムラマサの髪に風を含む様に撫ぜ続ける芭蕉扇。

受けてムラマサは

「えへーえへへー芭蕉扇殿も中々素直じゃない褒め方にございますなぁ。されど構いませぬ、拙者、拙者が褒められるのも好きにございまするが、姉上が褒められるのはもっと好きゆえー!!ゆえー!!」

 

芭蕉扇が手を離し背を向けた後も、まだ撫でられているかの様に、笑顔で頭をくるくるふにふに揺するムラマサ。

そんなムラマサを見たマサムネの視線にハッと驚きの色が混じる。

その姉の視線を機敏に感じとったムラマサはふと、己が頭上に違和感を覚え上を見上げ、声にならない声を上げ、叫ぶのだった。

 

「アーーーーーッ!!!殿ーーーッ!!!!芭蕉扇殿ーーーーッ!!!回転が!!!拙者の髪が!ぽにぃてぇるの回転が止まらないでござるぅぅぅ!!アーーーッ!!殿ーーーーッ!!芭蕉扇殿ォ!さてはお主拙者の髪に!つむじに!頭に何をし!アーーーッ!!止まらない!!回転ッ!!」

 

見上げたムラマサの頭上では彼女のポニーテールがタケコプターの様にブンブンと旋回せしめていた。

 

受けて、壇上に向けて歩いていた芭蕉扇は、振り返り、楽しげに悪く微笑むとムラマサに向かってのたもうた。

「さっき、頭を撫でた時にちょっと旋毛に風を作らせて貰ったわ。」

「アーーッ!回転!アーーッ!!回転!!さすれば、もうオチは何となく分かり申したが!!これも武士の習い故!一応念の為に聞いておくにござるよ!!殿ォ!!その風はどんな風にございますかぁッ!!アーーッ!!回転!!」

「御名答。ほんの、つむじ風よ。」

「アーーッ!やっぱり!それ、全然上手くないでござるからなーー!!アーーッ回転……あっ?でもこれ、痛くは無いし存外楽しくなって来たにござるな?むしろ、髪の重さがないぶん普段より高く跳べ申すな???あっ、身体が軽い!こんな気持ちで跳ぶのは初めてにござるよ!!」

わぁい、わぁいと、身体と心がぴょんぴょんするムラマサを楽しげに壇上から見つめながら、芭蕉扇は彼女に優しく語りかける。

「どう、ムラマサ?楽しい?」

「はいっ!なかなかに!!」

「そう、良かった。今はいっぱい楽しみなさい。その風が。そのポニテが止まった時、連動して貴女の心臓の鼓動も止まるのだから……。」

 

ぴたりとポニテに付属した、ムラマサ部分の動きが止まる。

 

「ははっ、いくら芭蕉扇殿といえどそのような無体……ははっ、う、嘘にござるよね?ねっ?!嘘だと言ってよ!バーショウ殿ォ!!」

「ごめんなさい、ムラマサ、口から口臭で毒霧を出すぐらいしか能のない姉上でごめんね?貴女と過ごした6分ぐらい、とっても楽しかったわ。きっと私は貴女と過ごした10倍の時間は貴女の事を忘れないと誓うわ。だから。『安心して逝きなさい。』」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!めちゃくちゃ根に持ってるし、こやつ姫一人殺しておいて1時間ポッキリで忘れる気にござるよ!!!ねぇ姉上ぇ!姉上ぇ!!」

「ダメな姉上でごめんなさい、せめて楽に口臭の毒霧で送ってあげるわ………クスン。」

「お主のぉぉ!!ことではぁぁぁ!!ござらぬよぉお!!!素人はだまっとれぇにござるッ!!マサ上ぇ………。」

 

すんすんとマサムネの大きな胸にすがりつきながら、泣き声をあげるムラマサ。

くるくると回るポニテがペチペチとマサムネの頬を打つが気にした様子もなくマサムネはたしなめる。

 

「これ、狼狽えるでない、見っともない。さても芭蕉扇殿が変幻自在の真剣奇術師と言えど、最期の一葉でもござらぬし、お主のキラーズは村正ぞ?お主の本体は、ぽにぃてぇるではござらぬ。なんの因果があろう?」

「けれどマサ上ぇ、髪は女の命と申しますし、お言葉にござるが、戦場に置いて一切傷を負わなんだ、かの東国無双、本田忠勝殿も晩年木彫りの小さな仏像を彫っていた際、うっかり小刀で指にご自身にとって初めて傷を負ったところ、なんの因果ものうござるのに、一週間もせずに死期を悟ったかのように、眠る様に息を引き取ったのは、あまりに有名な話にございます故。さすれば拙者のとれぇどまぁくのこのポニテ。動きを止めた時こそやはり拙者の最期なのでわぁ……マサ上ぇ…拙者まだ死にとうないでござるぅ……。」

「あいわかった、わかったぞムラマサ。しからばこの姉が、お主のその不安を切り捨ててやる故な。なに、ぽにてがなくてもムラマサ、お主は拙者の妹刀ぞ?」

 

そう囁くと、マサムネは優しくムラマサの頭上の、その扇風機の羽根を掴むと髪をポニテに足らしめて居た髪紐をするりと解いた。

 

すると、途端に。今まで回って居たのが嘘だったかのようにムラマサの髪は動きをとめ。ふわりと今はロングヘアーになり下がったムラマサの髪は文字通り。

正しく自然に重力に従い、下へと垂れた。

勿論、ムラマサの心臓は止まることなく動いている。

呆然とする妹のおでこに自身の額を当てたマサムネは、優しくたしなめるようにのたもうた。

「そら、見たことか?全く、お主はしょうもない奴よのぅ。簡単にたばかられおって……されど案ずるなムラマサよ、ぽにてがのうなっても、お主はしっかとここにおる。」

トンと自身の胸を指で叩き、ムラマサの額をツンと指で叩いたマサムネは。

「はぅぅ。姉上ぇ……」

と顔を赤らめるムラマサに満足げにうなづいた後小さく呟いた。

 

「許せ、ムラマサ。話が進まぬのだ。」

 

そして、マサムネは。上着をバサリと投げ捨て、襟周りを緩め、スカートの腰回りをクルリと数回上に回して丈を短くし、ワイシャツのボタンを上から三つピピンと外し、ムラマサの髪からほどいた髪紐をクルリと自身の束ねた髪にちょうちょ結びで縛り付け、ポニーテールになったマサムネは。

 

壇上に居る芭蕉扇に向かって元気いっぱい、はつらつと、ぶんぶんと両手とポニーテールを振り回しいい放った。

 

「ばしょ上ぇ〜!!ムラマサがおると話が進まぬゆえ〜!!拙者マサムネがムラマサの分までやり申すぅ〜!このたわけは居らぬものと思い下さり話をすすめられよぉ〜!!なお、拙者の事はマサマサとお呼びくだされぇ〜!!」

 

両手をメガホンの用に口元に当て元気に叫び、芭蕉扇に向かって可愛らしくウィンクしながらてへぺろと舌を小さく出す、ポニーテールに白Yシャツミニスカートマサムネの姿がそこにはあった。

 

「!?!?……畜生ォ!持って行かれたた………!!姉上に!!全部持っていかれたにござるッ!!」

気付いたムラマサが後悔しても時既に遅し。それは、まさに。

巨乳ポニテ科、白Yシャツミニスカ属、ツヨカワ元気お茶目目、妹サムライ系ガールが。

ラグナ大陸市場における最強の妹、マサマサが、淘汰の果てに真理の扉の門を開き新たなキャラに目覚めた瞬間であった。

 

「うわぁぁぁぁぁ、がでなぃ!!!拙者がでなぃよぉ!!ごんなばげものにがでなぃでござるよぉ……ぽにぃてぇるのない拙者なんか、ポケットのない青狸にござる!!それに比べてあのぽにておねぃちゃん、もう主役にござる!!ひとりでマックスハートにござるもぉん!?絶対忠で覚醒する系の侍女子だもぉん!ぁあん!マサマサおねぃぢゃんがわいいよぉ……需要しかないでござるぅ……ラグナ市場のマサマサ株は空前絶後のストップ高にござるよァああ!!」

「待って!マサマサやめて!死んでしまう!私が完全に喰われる奴よ?それ!!!もとの凛々しいマサムネちゃんに戻って!!」

 

悲痛な叫びをあげムラマサは床にうつ伏せにデコから倒れ、芭蕉扇は壇上で頭を抱え腰を抜かした。

 

化かし合いをしていたタヌキとキツネの間に突如予想もしない角度から、割って入って奇襲をかましたイタチは。なおも容赦無く二匹を追い詰めた。

 

ムラマサには目もくれず、スキップ(スキップ!?)しながらマサマサは、壇上で腰を抜かしている芭蕉扇に近づき、壇上には登らず壇下から芭蕉扇を覗き込む様に、両腕を後ろ手に腰のあたりで組んでお尻を後ろに軽く突き出し、胸元は前に大きく突き出し、小首を傾げポニテをきゅるんと回してのたもうた。

 

「ふぇぇ〜ばしょ上ぇ〜?どぉしたのぉ?ほぉらぁ、邪魔者もいなくなったしぃ!はやくマサマサとお話の続きしょうよぉ〜にござるよぉ?!」

 

にぃ!と笑顔と白い歯を見せるマサマサ。

そんなマサマサを挟んで壇上と壇下から同時に叫び声が上がる。

 

「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!がでなぃぃ!!だおぜなぃぃぃぃょぉ!!!あの姉上ぇ!!ラグナの萌えるスゥイーツは化け物だぁ!!」」

 

 

【可愛い過ぎて恐い 〜キル姫のいる生活〜】

慌てたキツネはタヌキに停戦を申し込んだ。

受けたタヌキはイタチを挟んでキツネと叫びあった。キツネは言った。

 

「ちょっとぉ!ムラマサァ!貴女の姉上でしょう!?何とかならないのッ!?」

「そんなサスケェ!みたいに言われても無理なものは無理にござるよぉぉ!!ばしょ上ェ!!だって、この動きはヤグ!!ヤグルシ殿にござるもぉん!!倒したかったらアイムール持ってこぉい!にござるもぉん?!っていうか、だいたい何でマサマサおねぃちゃん今宵に限ってそんなパンツ穿いてるでござるのぉ!?!?いつもは赤フンにござろぅがぁ!!もぉ!!!むぅりぃ!!むぅりぃだよぉ!だってパンツまでヤグにござるもぉん!このマサマサァ!」

「え、パンツまでヤグ?!」

「そ、パンツまでヤグ!!」

「…………。」

「…………。」

「「むぅりぃ!!」」

「だ、だったら、ムラマサァ!アンタちょっとひとっ走り寝てるアイムール叩き起こしてここに持って来なさいよぉ!」

「むぅりぃだぁよぉ!ばしょ上ぇ!うちの教会にはヤグルシアイムールも居ないし、ついでにシユウも居ないにござるもぉん!」

「え、シユウはいない?!」

「そ、シユウはいない!!」

「…………。」

「…………。」

「「「シユウはいない」」」

「だ、だったら、もう三十六計逃げるに如かずしか無いじゃない!」

「アーーッ!殿ーーッ!芭蕉扇殿ーーッ!なりませんぞ!!ヤグルシ殿は好きなものが、おいかけっこ故、そのマサマサ!逃げたら喜んで地の果てまで追って来ますぞーーッ!!」

「そんなのもぅ、野生のクマじゃない!!」

「おねぃちゃぁん!もぉ、ひどいよぉ〜〜?クマじゃないよぉ?」

「「うわぁぁぁぁ!!出たぁ!!マサマサァ!」」

「……違うよぉ?」

「「……へ?」」

「じ、じゃあ、貴女はマサムネ?」

「い、いやムラマサにござるか?」

 

二人に挟まれ問われた少女は、薄ら寒い笑顔を浮かべて、ニコリと答えた。

 

 

 

 

 

 

「ヤグ………だよぉ?」

「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」」

【可愛い過ぎて恐い 〜キル姫のいる生活〜 了】

 

 

 

「…………いや、おい、テメーら?黙って聴いてりゃ、それ何とかって言う怪談噺じゃねーか、わかりずれーなァ?オイ?って言うかマサムネまで一緒になりやがってよぉ?!」

「「「!?!?」」」

 

 

『芭蕉to縁』

 

刹那、音あり。

さても、収集の付かなくなった礼拝堂を水を打った様に鎮めたのは、他でも無い方天画戟であった。ガレキの山から身体を起こした彼女は、側の長椅子に掛かってあった芭蕉扇の赤い腰布を手に取り、よいしょと自身の胸に巻きつけながら、みんなに向かってのたもうた。

 

「まぁ、つーワケで、だ?そいつが新入りの芭蕉扇だ。見ての通り色んな意味でとんでもなくヤベー奴だからよ?お前らの中に挑みたい奴が居たら止めはしねーけど、こうなる覚悟の上で行けや、な?」

 

ーーーお前ら?

 

と、楽しそうに悔しそうに、芭蕉扇とマサムネにムラマサを指さした方天画戟が向ける視線の先を、表情を固めたまま追った芭蕉扇とマサムネとムラマサの三人は。

腰を抜かしたまま今にも泣きそうな芭蕉扇と、両手の人差し指を自分の頬に当てて小首を傾げたマサムネと、マサムネが脱いだ上着にorzのポーズで顔を擦り付け鼻水とヨダレを撒き散らしたムラマサの三人は。

方天画戟が向けた視線の先を見て、先の姿勢と表情のまま、三人は完全に動きを静止させた。

 

四人の視線の先、礼拝堂の入り口には、司祭とシスターとキル姫を含めたこの教会の住人全員が、ポカンと口を開けて直立不動で勢ぞろいしていた。

 

わけがわからないよ。

と、声にならない、聞こえない数多の声が確かに三人の耳には聞こえた。

静寂だけが礼拝堂をつつんでいた。

されど、それも一瞬。

ざわざわと、次第に破られていく静寂の中に声三つ。

 

「うむ。しかし、あの方天の奴をああもボロボロにするとはのぅ……これ、そちはどう思う?」

「いや、それよりもマサムネの奴じゃろ!?わしは生まれてこの方マサムネのあのような、あけすけな、あられもない姿は見たこと無いわ!!お主はどうじゃ?」

「あらあら〜〜それよりも〜?わたしはムラマサちゃんのほうが、おかわいそうですねぇ〜?あんなにお顔をくしゃくしゃにして〜〜。」

「「いや、あやつはいつもあんなじゃろ?」」

「あら〜?言われてみれば〜。確かにそうかもしれませんね〜?ムラマサちゃんは、いつも、あんなだった気もしてきました〜〜。」

 

ざわめく姫達の声を聞きながら、いち早くバインドから抜け出した芭蕉扇は、すっくと立ち上がった。

そして、コツコツとヒールを鳴らし、階段途中で固まるマサムネを尻目に、段差を数段全部降り。

その豊満な胸を片腕で抱え、扇を携えたもう片手を口許にあて。

目を細めながら笑うように、ちょっと困ったように。芭蕉扇は、礼拝堂の入り口に群れる皆へと高らかに口上を述べた。

 

「ごきげんよう。私の名は芭蕉扇!でぇ、こっちがお友達のマサマサとヨゴレっ!!皆さんどうぞよろしくね♫」

 

「「殿ーーーーッ!!!芭蕉扇殿ーーーーッ!!」」

 

礼拝堂に響き渡る、自己紹介の踏み台にされた姉妹刀の切ない叫びをバックコーラスに。

スタイリッシュかつ、壮絶な入学デビューを決めた芭蕉扇は、恥ずかしげに、照れくさそうに、小さく舌を出して、裏表なく、それはそれは愛らしく微笑むのであった。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

さて、時は変わらず場所は変わって。

部屋の用意がないから、とりあえず、もう夜もあけるし今晩は相部屋で、との司祭の言葉に。芭蕉扇が連れていかれたその部屋は。

主人の趣味なのか、ハデな装飾品と武具に飾られて色気は一切無いが、とても綺麗に片付いた一室であった。

室内の灯を付けずとも、大きな窓から射す月明かりと、先の薄暗い礼拝堂でのやり取りは、室内を軽く見る程度には十分に、芭蕉扇の目を慣らしていた。

 

「へぇ、少しケバいけど綺麗じゃない?貴女中々いい趣味ね、方天画戟。」

「あんがとよ。」

 

方天画戟の後ろで少し離れてキョロキョロ室内を見回した、ともすれば不躾な芭蕉扇の感想を聞いて。

つまらなそうに返した方天画戟は、芭蕉扇に背を向けごそごそと、サイドボードからひょうたんと新しいグラスを一つ取り出して、なみなみと酒を注ぎ、芭蕉扇にすすめた。

「呑むかい?」

一瞬、芭蕉扇は宙を見つめ考え、断った。

「ありがとう、でもいいわ。」

「そうかい。」

別段気にした様子も無く、ならばとグラスを自分の口に一口やって方天画戟は渋面を浮かべる。

どうやら、先の衝撃で口内を知らぬうちに切っていたのか、その酒は今宵の彼女にはいやに染みるのだろう。

口に含んだまま、手早く赤い布を外し芭蕉扇に投げて返し、敗れて破れた寝間着のチャイナ服を脱ぎ、壁にかかった姿見を見るは、水色しまパン一丁になった方天画戟。

さて、胸元の傷口に吹きかけようと思ったのだろうか、何やら姿見と悪戦苦闘するが、南半球は酒を吹きかけるには位置が悪い。諦めゴクリと酒を嚥下し、ハァ、とため息をついてクローゼットから、新しい寝間着なのか、黒地にワンポイント金糸の刺繍の入ったシルクのチャイナ服を被るように着て、水色しまパンは黒チャイナになった。

黒チャイナはテーブルに飲みかけのグラスを置き、そのままベッドにゴロンと転がり窓の方を向き、芭蕉扇に背を向け、言った。

 

「ってワケで、オレは寝るから適当にベッド半分使ってくれ、嫌ならばっしょセンセは床で寝てくれや。」

と。

受けて、答えずに芭蕉扇は応えた。

「方天、アンタこのお酒、呑まないの?アルコールとんじゃうわよ?」

「いらね、染みンだよ、口の中。」

「ふーん、そう。じゃあ私がいただくわ。元々私に出されたお酒ですし?」

 

と、軽く月明かりに透かして、方天画戟が口をつけた側と反対側を見つけて、ぐびっと一息に芭蕉扇は呑み干した。

この二人、因みにどちらも酒はザルである。

 

「ごちそうさま♫」

「ソレさ、もしかして、オレが一服盛るとか考えたワケ?」

「ハァ?ソレ、怒らせたいの?それとも口下手?だったら、最初からマサムネ辺りの部屋に泊まると思わない?猿?」

「あーー、そっか、それもそうだわぁな。ワリィ、今のはナシで。」

「是。いいわ、お酒と一緒に流してあげる。」

言って、サイドボードから先程のひょうたんを主人に断り無く取り出して、芭蕉扇は手酌で注ぎながらひょいひょい器用に自分の服を脱いで行く、脱いだ服を足で一ヶ所にまとめるも、畳む所作が見受けられ無い所を見ると、存外この芭蕉扇、其れ程几帳面では無いのかもしれない。

床に靴とスカートと腰布に手袋にブラを固め、サイドボード横に髪飾り一式と扇を一扇置き、姿見を覗きながら髪を軽く手櫛で整え、前からは見えぬが後ろからは割と尻は丸見えな、上チャイナ、ハーフチャイナと厚手の白ニーソになった芭蕉扇は。

ひょうたんを小脇にグラスは片手、もう片手は扇を持ち、いつのまにやら窓から此方に向きを変えて寝ていた黒チャイナを気にした風もなく、自身の下着の桃しまパンwithパンダ柄。通称(通称?)桃しまパンダ尻を黒チャイナに見せ付けながら、ベッドに座り枕元に酒とグラスを置いて、さて、白ニーソを脱ごうとした所で、はたと気がついて、桃しまパンダは部屋の主人をアゴで使う。

 

「ごめん、方天悪いけど、窓少し開けてもらっていい?風と匂いはそっち行かないようにするから。」

「あー、あいよ。」

「うわぁ……だいぶね、コレ。まぁ、とりあえず、とばしましょ。」

 

手早く両のニーソを脱いで、足の親指と人差し指で器用に摘んで、先にまとめた服の辺りに、そぉい!そぉい!と、二回、二足けり飛ばし、少し、否、かなり顔を赤らめながら、両手で扇を持ってパタパタと自分の足指をふにふにさせながら扇いでごちる芭蕉扇。

 

「はぁ……ぅぅ……これだいぶヤバいやつね。汗かいちゃったからなぁ。」

「便利だな、その扇、匂いまでコントロールしてんのか…ああ、ちげぇか、風で匂いが来ないようにしてンのか、大丈夫だぜ、ばっしょセンセ、こっちには芳しいおみ足の芳香来てませんから。ご安心を。」

「うるさい!猿ゥ!!変に丁寧な形容するなッ!?余計恥ずかしいわよッ!!」

「まー、オレとの戦闘でかいた奴だし、明日シーツ洗うし、気にしなくてもいいぜ?」

「ごめん、悪いけど貴女じゃなくマサマサの方、ホントがっつりやな汗かいたわ……。」

「あーーーー。納得。」

 

よくわからない、ガールズトークとは決して呼べないキラーズトークをしながら、パタパタ足指を扇ぐ芭蕉扇を見て、方天画戟はふと気づいた様に尋ねた。

「あー、ばっしょセンセ、その目の隈取りは落とさなくていいのか?」

「だぁれが隈取り付けるかぁッ!?それを言うならアイシャドウ!ついでにこれはアイシャドウじゃなくて自前よ。天然物。」

「え、まぁじで?」

「そ、まぁじで。」

はぁん、と感心する黒チャイナを尻目にできたぁ!と歓声を上げる桃しまパンダ。

そして、桃しまパンダは黒チャイナに片脚を伸ばして、少し悪そうな笑みを浮かべてのたもうた。

「はいっ!猿ッ!芭蕉扇様の足指チェック!」

「誰が、嗅ぐかっ!」

パシンと払われた足首の勢いそのままに芭蕉扇は尻を軸にくるりと半回転して、回りすがら枕元のグラスをパシリと片手で回収しつつ。

黒チャイナと同じ方向に足を向けるとピタリと止まってコクンと一口グラスの酒をあおる。

「はぁ、器用でございますことで。」

「どうも、方天さん。貴女も中々お酒の趣味いいセンスしてるわよ。私好みね。」

「はぁ、芭蕉扇だけにってかい?」

「それは3点。落第よ。」

「へぃへぃ。」

 

ある意味で、とてもとても息のあった会話のボールを投げ合いながら、しばし沈黙が訪れる、グラスの酒が嚥下される音と窓の外から聞こえる葉ずれの音だけが静かに流れる。

先に沈黙を破ったのは黒チャイナだった。

 

「なんつーかさ、あんまうまく言えないけど、芭蕉扇。おまえちょっとちげぇよなぁ、もっとこう、高飛車?苛烈?んーちげぇな。なんつーか、こうしてベッドに一緒に横になるっていうよりはオレをけり飛ばして一人で寝るっつーかよぉ?わかるか?わかんねぇだろうなぁ、オレもなに言ってんのか、わかんねぇしよぉ。」

「ふぅん、そうねぇ………でも、私は最初からこんなだったわよ?」

「そうかねぇ……って、あれか、こういう知った風な決め付けが嫌いなんだっけか?確か。いやワリィ。」

 

特に怒った様子もなく返す桃しまパンダと、得心いかぬ様子の黒チャイナ。少しうーんと言葉を選んだ後、桃しまパンダは言った。

 

「猿、いいわ、足りない頭で順を追って思い出しなさい、今夜の話。まず挨拶しようとした私にアンタは?」

「遮って、名乗りを上げた。」

「そ、で、挨拶し直そうとした私にアンタは?」

「ケンカ売った。」

「そ、で、それでも会話しようとする私にアンタは?」

「やっぱりケンカ売った。」

「そうそう、で、それにキレた私の売ったケンカにあなたは?」

「ケンカ買った。」

「はい、いいわね、この場合悪いのは?」

「………アレ?もしかしてオレか?」

「もしかしなくても、アンタよ。」

「はぁん、こいつケンカの売り買いしかしてねぇな?ケンカ屋か?ああケンカ屋だったわ、ハッハ!!」

 

はぁ。とため息をついて、芭蕉扇は続けた。

 

「でも、猿、アンタのいう通りアンタがケンカ売って来なかったら、こうして一緒にベッドに座ったりはせず、案外アンタのいう通りベッドから蹴り出して独占してたかもよね。後、ついでに誤解の無い様に言うけど、私が一等嫌いなのは『私の事を何一つ知らない奴』が私のことを知った風に語るのが嫌いなだけ。多少なりとも見知った者が間違えたり読み違える事に特に目くじらは立てないわ?理解は人それぞれだし、間違え方も面白ければ点をあげる。程度にもよるけどね。

(まぁ、口臭毒霧はマイナス50点ぐらいだったけど?)」

「はぁん、なるほどねぇ、そう言う。」

 

受けて、「それじゃあ…」と、黒チャイナは尋ねた。

 

「って事は、さっきのアレで多少なりともオレとアンタは分かり合えたと、拳と拳で理解を深めあえた、だからアンタはオレに多少なりとも、まともと言うか、丁寧な対応をしてる、つー解釈でいいのか?」

「うーーん、まぁ、猿、アンタがそう思いたいなら私はそれでもいいけど。私の事じゃないし?」

「んだよ、煮え切らねぇな?違うならスパッと言ったらどうだよ?」

「あ、そ?じゃあ言うけど、さっきの戦いで猿、アンタはアンタ自身が全力出し切って私と五分で渡りあって、『渡りあった結果』私に負けた、分かり合えた、と?アンタがアンタ自身を自己採点して満点ではないけれど40点くらいは出したかな?と思ってるならそれでもいいけど?って言ってるの。」

「あーそれ分かりイイわ。サンキュ、じゃあダメだ、アレは0点だ、ワリィ、床で寝るわ。オレ。」

 

起き上がりベッドから降りようとする黒チャイナを扇で制して、桃しまパンダは言う。

 

「だーめ。寝ざめ悪いから、それは私が許さないわよ。そうね、とりあえず、今夜の所は私が20点あげるわ。で、このお酒で10点、赤点に足りない残り10点は今これから寝るまでに稼ぎなさい、ロスタイム、感想戦のお時間って事で如何かしら?」

「感想戦ねぇ……まぁ、色々聞きたいコトはあるっちゃあ、あるんだがよぉ……。」

 

とりあえず、ベッドからの退避を諦めゴロンと再び横になった黒チャイナに桃しまパンダは。

「いいわよ。今夜の満漢全席、さわりのレシピぐらいなら、答えてあげるわ?」

「あーー、んじゃよ?芭蕉扇、おまえ、処女?」

「………待って?あ、ごめん、やっぱり待たなくていい、私が出て行きます。マサムネの部屋、なんならマサマサでもこの際受け入れるわッ!あっ!コラ!!離せ!パンツ掴むな!猿ッ!!離しなさい!わ、私にその気は無いからッ!!きゃっ!嫌ッ!コラッ!!!」

「失礼、噛みました、だ、ばっしょセンセ。そう言う意味じゃ無いんだけど、そう言う意味ならオッケー、だいたい分かった。撤回するわ。」

「私はアンタの猿語が全然わかんないわよっ!?嗚呼、もう!次は無いからね?!」

 

扇でバシバシ叩いて、荒げた呼吸を整える様にグラスの酒をゴクリとあおる桃しまパンダに黒チャイナは問うた。

 

「………オレ、速かったかな?」

「ーーーーーーッ!!!!」

 

むせそうになる酒をなんとか、なんとか抑え嚥下する芭蕉扇。単体ならすっと入ってくるであろう質問がこんなにもアレなのは先の質問との食い合わせであろうか。

きゃつの南半球に向け風掌を放とうかと振り上げた扇を理性で抑え、努めて冷静に、芭蕉扇は回答した。

 

「そうね、あなたの初動、間違いなく速かったわ。サラマンダーよりはやーい。とは言わないけど、掛け値なしに、煽りは抜きに、本当に速かったわ。」

「んーーやっぱり、そうだよなぁ、オッケー、だいたい分かったわ。オレからは以上だ。」

「あら、そう?」

 

ちょっと、物足りなさそうに芭蕉扇は足をパタパタしながら、うーん、と小さく呟き、じゃあさ?と逆に問いかけた。

 

「逆に私からしたら、あの速さなら初球も少しコース逸らしたら楽々避けられたと思うんだけれど?速さをウリにしてるなら、風球を打ち返すより、スルーがスマートだったんじゃないかしら?」

「そりゃ、まぁ初撃だったからな、そら、明後日の方向に撃たれた矢をわざわざ受けに行くバカはいねーけど、戦場でも一合目はとりあえず一合で受け取るのが礼儀だろ?こっちから売ったケンカだしよ?」

「はーー、まぁそういうものかしらね、分からなくもないわね。」

「そういうばっしょセンセもあの手数の速さなら開始と同時に全弾発射とかも出来たんだろーけどしなかっただろ?そんな感じだ。」

「そうね、その気なら会話してる間にじわじわ、アンタの周りの空気を全然吸い上げて酸欠死とかも出来たわ?」

「うっげ、あーコレ朝起きたらオレ死んでるな?遺書かいとこ、犯人は芭蕉。っと。」

「ま、そういう事なのよね、お互い。」

「ま、そういう事でもねーけどな。お互い。」

 

今夜と言うには、まだあまりについさっきの事を。余韻にしたくは、まだ、ない余韻を。振り返りながら、それでもやはり、やっぱり、芭蕉扇は言わずにはいられなかった。

別にこのまま、なぁなぁに始めて、始まってしまっても、良かったのだろうけれど、やはりそれは、型あるいは形を重んじる、自分を曲げない、この芭蕉扇には、無い選択肢だったのだろう。

だから彼女は裾を正してベッドの上に正座をし、方天画戟に向かって言ったのだった。

 

「方天画戟、貴女にとっては楽しくない結果だったかもしれないけれど、私は、貴女と戦って、対峙してる間、次は何を仕掛けよう、どんな風に風を作ろうって、すっごくすっごくすっごーく楽しかった、心底楽しませてもらったわ。もし近い将来マスターが、旦那様が出来てお料理を作るなら、こんな感じなのかしらね、って。だから、このラグナ大陸に来て一番最初に腕を振るえたのが異族じゃなく貴女、方天画戟、貴女だったのは、存外悪くなかったのかも知れないわ。だから、これは感謝のありがとう。よ。」

 

と、彼女は三つ指ついて方天画戟に頭を下げた。

受けて方天画戟は頭をボリボリかいて返した。

 

「ったく、ソレはうちの国の作法じゃねーだろうがよぉ?全く、近い将来とか夢見てんじゃねーぞ?ツエー奴ほど案外マスター見つからなかったりするンだぜ?んじゃ、ま、ばっしょセンセの言う旦那様が見つかるまでは、とりあえず。不束猿ですがよろしくだ。な?」

 

と、ゴロンと横になったまま片肘で頭を支えて片腕を伸ばしニカリと笑った黒チャイナに、受けて足を崩し自身もゴロンと横になった桃しまパンダは、片肘つきながら片腕を伸ばし、サイテー。と小さく嫌そうな偽りの顔をし大きく舌を出し、黒チャイナの手を握ったのだった。

 

カチカチの口上をぶつけ合って始まって、だるだるな、なぁなぁの握手でもって終わった、さてもこの長い長い、決闘とも舌戦とも比武とも言えないこの一晩に名をつけて呼ぶのなら、やはり『じゃれあい』と言うのが正しいのだろう、と。

 

「んじゃ、寝るか、イビキとかねーだろうけど勘弁してくれよな?ばっしょセンセ?」

「はぁ?冗談は腕だけにしてくれる、猿?アンタその窓もう少し開けときなさい、うるさかったらそこから吹き飛ばしてやるわ?床じゃなく草の上でねかせて、あ、げ、る。」

「あー怖、せいぜい気をつけらぁ。」

 

と、そんな感じがそんな感じで、長い長い一夜はようやく終わりを迎えたのだっ……た?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後、教会内の一名を除いた全てのキル姫を含む司祭とシスターはすべからく。天光満つる処からではない、とある一室から鳴り響く、雷鳴でもって再び目を覚ました。

 

「うっそ…………だろ?」

呆然とする黒チャイナに意識の無い桃しまパンダは返事をした。

「ぐごぁぁぁぁ!!」

「はぁぁぁぁん!!??」

という方天画戟の叫びもかき消すその雷鳴の主はすやすやと寝ている。

「クソァ!ちげぇ!!やっぱりこの芭蕉扇なんかちげぇ!!!クソァ!」

腹立たしげに、スパァン!と黒チャイナに、桃しまパンダ部分を張られた桃しまパンダはそれでも、一切目を覚ますことはなく、とてもとても可愛らしい寝顔を見せたまま。

「ぐごぉぁ」

と、クソデカいびきでもって返事をするのであった。

 

 

 

 

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