『芭蕉ガ恋』   作:暁美ホームラン

2 / 2
第2話

『芭蕉to十(たすいち)』

 

 

 

「ふんふんふふ〜〜ん♫」

 

とある、まだまだ夏と呼ぶには早い、春、麗らかな午後の事。

教会の裏にあるキル姫達の宿舎の自室にて、芭蕉扇は、のんびりムラマサに借りた本を読みながら、午後の微睡みを楽しんでいた。

あの嵐の様な夜から丁度一週間が経った日の事である。

 

 

あの翌朝、目の下にクマをつくった怨めしそうな顔をした方天画戟に連れられて、芭蕉扇が向かった食堂には、やっぱり方天画戟と同じ様に目の下にクマを作ったキル姫達が、げっそりとした顔で並んでいた。

そんなキル姫達を見て、「寝不足かしら?夜私の召喚騒ぎで起こしちゃって申し訳なかったわね。」

と、一人つぶやく芭蕉扇に、食堂中から一斉に驚きと非難の表情が集まるが、芭蕉扇本人は、とんと不思議顔である。

 

そんな中、芭蕉扇は一人のキル姫に目を止めた。折良く丁度食堂に入って来た刀姉妹を捕まえて芭蕉扇は尋ねる。

 

「あら、マサムネ?あの白い髪の子、私を見て何か不思議な感じに手を叩いたけど、何かしら?」

「……ああ、あちらは八咫鏡様にござるな……」

「……あれは『天の逆手』にございまふよ、ばしょ上殿ぉ……」

 

少しやつれた顔を気丈に引き締め答えるマサムネと、次いでやつれ顔を隠すそぶりすらみせずヘロヘロ顔で舌を出していたムラマサが答えた。

 

ーーーふぅん?日ノ本の風習かしら?

 

と、芭蕉扇が考えていると、横をまた別のキル姫が通り過ぎながら、四人に声をかけてきた。

 

「あら〜おはようございます〜。ばしょ〜さん、ほ〜てんさん。ムラマサちゃん〜。それと、マサマサちゃん〜。今日は、いいお天気ですね〜」

「おはようございまする。ぬぼこ様、マサマサは、昨夜死に申した。マサムネとお呼びくだされッ」

「あらあら〜ぬぼこは〜好きでしたよ〜?マサマサちゃん。残念だけど〜わかりました〜マサムネちゃん〜あらためて、おはようですね〜」

 

くっころ顔のマサムネに、気を悪くした風な顔も見せず、目の下にクマを付けず、のほほんとした顔を見せながら、ぺこりと芭蕉扇たちに頭を下げて八咫鏡の元へ手を振りながらパタパタとかけて行くぬぼこ。

「ぬぼこ殿は元来のご気性に加え、命型にございますからなぁ…さては普通に二度寝出来たのでございましょうなぁ。羨ましい」

とはムラマサ。

 

「あれが、やたのかがみ…ちゃん?で、あれがぬぼこちゃん…」

と、顔と名前を一生懸命一致させようと扇で指さす芭蕉扇を見て、マサムネが声をかける。

 

「安心召されよ、芭蕉扇。食事が終わり次第、敷地の案内を兼ねて、拙者が各々の部屋を紹介廻りに付き合う故…さすれど先ずは……」

 

食堂から一斉に声があがった。

 

『芭蕉扇の部屋の防音改造工事ッ!!!』

 

「ぼぅ……ぉん????」

 

 

 

と、まぁ、そんな感じに。

芭蕉扇に割り振られた部屋は、3階建ての宿舎の3階一番東端、隣と下は何故か空室であった。

 

『殲滅第一』と書かれた黄色いヘルメットをかぶった方天とムラマサ率いる、日ノ本ぶれぃく工業なる面々がトンテンカン、トンテンカンと床板やら壁を剥がして中に綿(石綿は使ってないでござるよ!!byムラマサ)やらを敷き詰めて、あっと言う間に防音改造工事をしてくれたのが一週間前の事。

 

そんな、夏は湿気がこもりそうだけど、宿舎で一番高い階層でもあるので、芭蕉扇としてはまぁ満足。な自室で本を読みながら微睡みを楽しんでいたところが今回のお話のはじまりはじまり。

 

自室のベッドで読んでいた本がキリのいいところだったので。栞を挟んで伸びをして、壁掛け時計に目をやって芭蕉扇は呟いた。

 

「あら、もうこんな時間、今日は私が夕飯の当番だったわね」

 

と。書き手と読み手に大変優しい独り言を呟いて。

そうして、殆ど服の入ってないクローゼットよりパンダ柄のエプロンと、机の引き出しより小瓶を取り出し、部屋を出る。

因みに、芭蕉扇の部屋の家具や衣類は、下着等を除けば殆ど教会の共有財産としての家具やら衣類であり、先のエプロンもその一つである。

 

教会から配布される衣類とは別に、マスターが決まったキル姫達が、全部は持ってけない私物を教会の次のキル姫に、と置いていった物資が積もり積もって倉庫に埋もれてあり、それを有り難く拝借した次第である。

 

マサムネの話だと、この教会は代々日ノ本所縁のキル姫を多く排出しており、次いで中つ国、だいぶ間を空いてインドに中東といった具合らしく、倉庫に残された家具や衣類も確かに、だいぶ西より東由来に偏っていた。

 

そんな具合で、この芭蕉扇ではない芭蕉扇やら、今は居ない青龍偃月刀もかつては居たのだろうか。幸いにして、この芭蕉扇があまり家具やら小物に困る事はなかった。

と、いうより教会の属する町(町というより村といった規模)の店の品揃えと見比べると、むしろ大助かり、万々歳ではあるのだが。

 

 

ーーーまぁ、町のお店に可愛い下着が無かったのは残念だけど、田舎町だから仕方ないわね。マサムネ達の話だと、奏官行商人なるマスターが、たまに色々教会同士の連絡網を兼ねて人民区からの物資を持って売りに来てくれるらしいから、それに期待しましょ。さて、しからば…っと。

 

エプロンをつけ小瓶を抱えて部屋を出た芭蕉扇は、一階の食堂の調理場迄降り、あらかじめ決めておいたメニューに沿って料理の腕を振るうのだった……。

 

 

 

 

「さて、まぁこんなものかしら?」

 

今日のメニューは青椒肉絲をメインにライスに卵ベースの中華スープ、大皿に盛ったポテトサラダに、後はマサムネやらムラマサやらぬぼこがつけたお漬物を添えて、といった具合。

芭蕉扇が腕を振るったワリに質素なのは、農耕区の教会故仕方ないところ。

芭蕉扇の腕が無いのではなく、物資が無いのである、単純に。

 

 

ーーー青椒肉絲は後は炒めるだけにしておいてっと。夕飯までまだまだ時間はあるし、もう少し近くなったら炒めましょ。なんなら大した数じゃないし、食堂にくる時間も一斉ってワケじゃなし、一人一人来てから温かいものを出せる様に、テーブルについた順に炒めてあげてもいいわね?本当はライスを炒飯にしてあげたい処だけど……するのは簡単だけど、私の当番で食材使い切っちゃうのもポンコツよね?明日以降当番の姫の事も考えなきゃ。後はお茶っ葉もそれ程良くは無いけど、私が淹れればそれなりの味は出せる!要は腕よね腕。

 

 

と、なんだかんだこの芭蕉扇。

滅茶苦茶気が効いている。

これで、出された料理が残念な味ならポンコツなのであるが、そんな事はどうやら無い様で調理場の排気口からは良い香りが確かに流れていた。

 

そして、芭蕉扇はイスに座るとため息混じりに呟いた。

 

 

「ハァ、マサムネが献立苦労するって言ったのわかるわぁ……コレ。見回り担当のキル姫に持たせてあげるおにぎり?だっけ?一つとっても、おかかも、こんぶも、鮭も、ツナも作れないんだから……。まぁ、裏を返せば、中つ国のキル姫ならではの食の万里の見せどころよね?頑張りましょ!目指せ!才色兼備の良妻賢母!ハッピーサマーウエディングっ!」

 

と。

天上界には海が無いのである。

繰り返す。

天上界には海が無いのである。

 

塩はどうしているのだろうか?

岩塩とでも言うつもりなのだろうか?

おそらく、天上界では岩塩は化石化した海水では無いのであろう。

あるいはきっと都合よく塩湖が在るのだろう。

 

頭でかんがえてもしかたない、きっと

今の天上界では。

泉で塩が採れるのであろう。

 

 

さて、閑話休題。

 

そんな感じがそんな感じに。

夕飯の支度を終えた芭蕉扇はエプロンを脱ぐ事はなく、部屋から持って来た小瓶をテーブルの上に置き、何時もの扇と、なにやら見慣れぬ銅で出来た円盤を何処からか取り出すと。

 

「さて、と♫」

 

芭蕉扇は調理場の上の天井の、そのまた向こうにある、見えない空を見据えて、笑顔で扇を二度振り鳴らした。

 

ーーーパン!パン!ーーー

 

と。かつてムラマサの尻を打った時に用いた風の平手を持って、調理場の上の空に風掌をニ手生み出し打ち合わせると。

空に響いたその二拍の拍手の音は教会中へ伝わった。

その後、芭蕉扇は紐のついた銅の円盤を指でぶら下げ、中心目掛けて指で弾いた風球をぶつけると。

 

ーーーゴォーーーン!ーーー

 

と、打ち鳴らされたそれはそのまんま。

銅鐸であった。どうやらこれも教会の倉庫にあった物らしい。いや、ならバチで叩けと。

はて、これは夕餉の時間を告げる芭蕉扇流の合図なのかと思いきや、どうやらそれとは少々違う模様。

 

さて、二拍一音を打ち鳴らした芭蕉扇は、満足気に一人、呟いた。

 

「さぁて、私の可愛い可愛い妹姫ちゃんは、何秒で来るかしら?いーち……」

 

楽しげに。嬉しげに。手元の小瓶を転がしながら、カウントダウンを始めた芭蕉扇の前に、突然。

2を数えるまでもなく。

調理場の天井板の一枚が音もなく外れ、上から逆さ吊りの生首が、ポニーテールをぶらりと下に垂らして、一秒で現れた。

生首は、笑顔で言った。

 

「お呼びでござるかァ!ばしょ上どのォ?」

 

芭蕉扇は笑顔で返した。

 

「ムラマサァ?お主のぉぉ!!ことではぁぁぁ!!ござらぬよぉお???素人はだまっとれぇにござるわッ!!」

「はぁぁぁぁん!?!?」

「だって、アンタは汚い方の妹じゃない?」

「うわぁん!あんまりにござる!拙者まだ何にも悪い事してないのに!この言われよう、あんまりにござるッ!!」

 

まぁ、自分が来て欲しかったキル姫でないのは確かではあったのだが、ムラマサの言い分も尤もであると思った芭蕉扇は、苦笑しながら、ムラマサに優しく声をかける。

 

「ま、ムラマサ、貴女でもいいわ。ちょっと今から料理をするから貴女手伝……」

「拙者ァ!忙しいのでこれにてドロンでござるッ!」

 

元気に叫んだ生首は、ピシャリと天井板を閉めて姿を消した。

 

「………だと思ってたわよ」

 

ハァ。とため息をつく芭蕉扇の耳に、ふとパタパタと調理場に急ぎ向かい来る小さな足音。

どうやら彼女の本命は此方だった模様。

パタパタと駆けてくるキル姫をみて花のような満開の笑みを見せた芭蕉扇は。

 

「おっそぃわよぉッ!!!」

と笑顔で悪態をつき、両足裏を小気味よく板床に叩きつけ、生まれた風球を即座に割って、突撃跳用となし、猛スピードでそのキル姫にタックルをかましながら、謝るキル姫に構わず芭蕉扇は叫んだ。

 

「も、申し訳ありません、芭しょ…ふぁぁ?!」

「チェーストォーーーん♫」

「ふわっ!?あわっ!?たわわっ??!!」

 

それは正しくチェストで持って、自慢の86センチ砲をその顔面に惜しげも無く押し付けられて。芭蕉扇には珍しい、否、この教会唯一とも言える、熱烈歓迎中華牌聴されているこのキル姫こそ。

 

「ふわぁ、芭蕉おねーさま、あのぉ、よいちは、ちょ〜っと、息をしたいといいますか、苦しいといいますか〜。このままではよいちは、五つ数えぬ内に、南無八幡大菩薩ならぬ、南無三してしまい……たわわぁ……」

「よっ、いっ、ちぃ!!!」

 

と、その姫こそ、かつていにしえの源平合戦の折活躍した、日ノ本が誇る弓聖、那須与一その人が引きし弓。与一の弓をキラーズに持つ、キラープリンセス与一であった。

 

さて、遠距離同士故の仲の良さなのだろうか?と、誤解されぬ内に、少々遡りまして、二人の馴れ初めを簡単にご紹介。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「さて、芭蕉扇。此方が日ノ本きっての弓取り、那須与一の弓をキラーズに持つ与一殿にございますれば」

 

ーーーふぅん?何だか垢抜けない、イモっぽい姫ねぇ?これが日ノ本一の弓使いなの?ふぅん。

 

と。食堂にて約束した通り、マサムネとムラマサに連れられ何人かのキル姫の部屋を回った後、芭蕉扇が案内されたのがこの与一の部屋であった。

 

「まぁ、遠距離武器同士、短い間かもしれないけど、よろしく頼むわね、与一さん?」

 

と、握手の手は出さず口だけで、値踏みする瞳はやめず、明らかなお愛想の笑みを隠す事なく浮かべる芭蕉扇を見て、何となく察したマサムネは苦笑しながら二人に助け舟を出したのだった。

 

「あ、いや、芭蕉扇。この通り与一殿は覇気や殺気をひけらかす類の姫ではござらぬ故、されど、腕は確かにござれば、どうかひとつ……って、ほれ、与一殿!お主も何とか言ってくれねば、拙者も……む?与一殿?これ、与一殿?!」

 

与一の眼前を、マサムネが手のひらでサッサと振るが、与一はそれには目もくれず、ポカンとアホの子の様に小さく口を開いて、芭蕉扇の顔を見て、これまたアホの子の様に小さく吐息を漏らした。

 

「ふわぁぁぁぁ」

 

と。

ーーーこの子もぬぼこちゃんの様な気性なのかしら?それとも私の魅力に見惚れたの?

 

と、芭蕉扇が思案しながら、自分を見つめるアホの子の視線を追うと、何やら違う。

 

ーーーあら?この子?

 

素早く、元来の勘の良さで、その視線に気が付いた芭蕉扇は、口元を隠していた自身の扇を、つい、と口元から左にゆっくり動かすと。

 

「はわぁぁぁぁ」

と、アホの子は右に視線を動かしながら、小さく鳴いた。

 

ーーーしからば、お次は右に。

 

芭蕉扇が今度は左から右に扇を、つい、と動かすと、またそれに釣られるように。

 

「ほわぁぁぁぁ」

と、やっぱり、アホの子は鳴いたのだった。

 

『どういう事?』

と、言うような芭蕉扇の視線を向けられて、ようやく気が付いたムラマサはポンと手を叩き説明してくれた。

「ああ、姉上、与一殿はほれ、好きなものが……」

「ああ、得心いった。芭蕉扇。この与一殿は好きなものが扇なのでござる。されば、今もお主のその扇に見惚れておるのでござろうよ」

 

ーーーはぁん、そういう。し、か、ら、ば?

 

パシリと扇を全て広げて顔を隠した芭蕉扇はそのまま扇で顔を隠したまま、与一にスルスルと近づき、扇を挟んで吐息がかかりそうな近くまで寄ると。

 

「はわぁぁぁ」

と、吐息を漏らすアホの子に向けて。

パシリ。と閉じた扇の裏から、満面の悪い顔でもって、いないいないばばぁを決めてご挨拶。

「ばぁ!」

「?!」

「ふぅん?持ち主より扇に見惚れるなんて、なかなか大層なご挨拶ね?与一さん?」

「はわぁぁ………??!!?ど、どぇぇぇ!?与一どぇすかぁ!?た、確かに与一どぇすねぇ!?はぁぁぁぁっ!!も、申し訳ございません!申し訳ございません!芭蕉扇様殿ぉっ!?」

 

1メートルばかり腰を抜かしたまま後ろにすっ飛び、ぺこぺこと頭を下げながら謝る与一を見て、漸く。ふふんと満足気な顔をした芭蕉扇は、機嫌良く言うのであった。

 

「まぁ、扇はわたくしの分身みたいなものですし?本体より分身に目が行くのは癪ですけど、なかなか見る目はあるのね?与一さん、貴女?」

「はぁっ!申し訳ございません!申し訳ございません!!」

 

ぺこぺこと頭を下げる様に溜飲を下げた小姑のような口調の芭蕉扇は。悪戯そうな笑みを浮かべながら、自身の扇をちらつかせ、左右ちょっと悩んだ末、左の扇を開いて、端の方を持ち、持ち手を差し出しながら悪魔は囁いた。

「どう?与一さん、そんなに扇が好きなら、ちょっと持ってみる?」

と。受けて与一は、パッと瞳を輝かせながら応えた。

「えっ?!よろしいのですか?はいっ!はいっ!それはもう、是非に!」

 

と、素早く飛びついた与一は。両手でおし頂く様に芭蕉扇からそろそろ扇を受け取ると、首を左右に傾げながら、ふわぁ、はわぁと吐息を漏らしながら嬉しそうに眺める与一。

それを見て尋ねるムラマサ。

 

「ばしょ上殿お?それ、いきなりビュンとつむじ風起きたり、竜巻起きたりはしないでござるか?」

「ええ、多分大丈夫じゃないかしら?魔銃の姫が持てばそれなりに使えるかもしれないけど、合わない姫が、魔の素養がない姫が振っても精々普通の扇よりちょっと強い風が吹くぐらいね?」

「はぁん、なるほど、しからば、ばしょ上殿?拙者が風呂焚き当番の時、その扇を借りてもようございますか?」

「ムラマサ、代わりにアンタの刀で薪を割ってもいいなら貸すけど?」

「なるほど、これは大変失礼したにござる」

 

素直に引き下がるムラマサを見て、刀は武士の魂。きゃつも流石にキル姫だったのかと、得心する芭蕉扇に。

 

「しからば、次の風呂焚き当番の時は、拙者が刀で薪を割ります故、ばしょ上殿には扇で火の塩梅を任せるとして。」

「するなっ!魂で風呂焚くな!!」

 

すごく熱そうではある。

 

「ああ、風呂焚きは置いて置いてですな、ばしょ上殿。折角ですしお近付きの印に与一殿にその扇、手入れお頼み申しては?拙者も姉上も時折頼むのでござるよ!」

「え……?」

 

流石にそれはどうなのだろうと渋い顔をする芭蕉扇を見て、マサムネは背を押した。

 

「いや、案ずるな、芭蕉扇。ムラマサの言う通り与一殿の目と腕は確かでな?存外刀工には気付いても流す綻びも見抜いてくれる故、普段は手入れは自分でやり申すが、年に四度季節の変わり目には、拙者も与一殿にお頼み申しているのでござるよ」

「はぁ……マサムネがそういうのなら、まぁ来てから一度しか使ってないし、お掃除ぐらいならお願いしようかしら?与一さん、良いかしら?」

 

それを聞いた与一はパッと嬉しそうな顔をして、「かしこまりました」と応えるや否やーーー。

 

ーーーズドドドドドッーーー

 

と、何処から取り出したのかと、さながら空飛ぶ靴の調律師のごとく。

様々な皮の工具袋を床にズラリと並べた与一は、パッとそれらを開くと、耳かきの綿のついた棒のような物やら、筆のようなハケやら、鳥の羽のような箒を手際よく並べて、「では!」と、真剣な顔で手入れを始めるのだった。

 

ーーーはぁん、すっごいムラマサの時のデジャブだけど、この子も中々……ね?

 

くるくると前から後ろから心配そうに眺める芭蕉扇を気にした風もなく、与一はテキパキと作業を進めていく。

 

「とりあえずは、固拭きにて湿気を取るようにっと、芭蕉扇様、普段扇を仕舞われてる箱は?」

「えっ?あっ?特にないですけど?」

「では、この教会はラグナ大陸の東にございまして風土は日ノ本と似てます故、夏は湿気が大変こもりますので、炭を底に薄く敷いて布を被せた桐箱をご用意いたしますね。夏だけでもお使いください。」

「あっ、はい」

「あと、とのこを使いまして少々扇の下の部分を磨かせていただきますが?」

「との??え、えっと、与一さんにお任せします。」

「あ、とのこ、とは砥の粉の事にござって糸鋸の事ではないにござるから、ご安心くださればしょ上殿〜」

「はぁ……」

 

ーーーよくよく考えたら、マサムネとムラマサも正宗と村正という刀工の知識も多少なりある訳よね?それでも与一に任せるなら、まぁ、餅は餅屋に任せましょうか?

 

 

と、手持ち無沙汰に待つ事、数分。「できました!」と嬉しげに見せる与一から扇を受け取ると、なるほど、確かに手入れは完璧に行き届き、心なしか風も編みやすい。文句は付けようもなかった。

 

「あの、芭蕉扇様?よろしければもう片方も……」

と、申し出る与一に、すんなりもう片方の扇を渡してから、『あっ。しまった。そっちは真……』と芭蕉扇自身も思い出したのだったが……。

 

「おや……?これは……?」

と、はてな?と首を傾げながら、扇を眺める与一を見たムラマサは。

「???何でござるか?はてなの茶碗にござるか?」

「いや、流石にムラマサよ、与一殿のご時分には落語はのうござるよ?」

と、言うムラマサムネに構わずに与一は芭蕉扇にピシャリと尋ねた。

 

「なるほど、もしや芭蕉扇様?此方の扇が利き腕用にございますか?」

 

と。

受けて芭蕉扇はデジャブ。又も完全に舌を巻く。

 

ーーーぴえっ!?そこまでバレる……の?

 

さても用心深い芭蕉扇が、先ほど左右悩んで先に左の扇を渡したのは、そういう理由。

よもや、分かるまいとタカをくくった芭蕉扇は、鷹を射抜くが仕事と言わんばかりの与一にあっさり見抜かれて、天井を仰いだ。

 

「はぁん………ムラマサァ?貴女は区別つく?」

と、天を仰ぐシャフトポーズで。先に与一から受け取った扇をムラマサに差し出しながら、芭蕉扇はムラマサに問うた。

ムラマサは応えた。

「触っても良いでござるか?ばしょ上殿?」

「ええ、良いわ」

「では。拝借」

と、丁寧に受け取ったムラマサは、ムムム、と両の扇をかざしたり、振ったり、左右くるくる持ち比べたりしながら、暫し見比べた後。

「ダメにござる、『入札鑑定』なら負け申さぬが、扇はさっぱりわからんでござる。というか、どっちがどっちだったか、もう既に分からなくなり申した」

と、とりあえず二扇とも芭蕉扇に返し、受け取った芭蕉扇は即座に片方を、利き腕用の方を与一に差し出した。

「そうよね、そらそうよね。良かった。日ノ本のキル姫はみんな化け物かと思ったわ。ありがとう、ムラマサ、貴女で分からないなら普通は分からないのでしょうね。与一が特別なのね」

 

と。

受け取る与一を見ながらムラマサは尋ねた。

 

「はぁ、さても与一殿ぉ?与一殿は何故其方が利き腕用だとお気付き召されましたか?」

「はい、此方のが少々隙間が大きく羽根も若干柔らかく軽めになっておりまして、対する先の扇は隙間が少なく羽根も固めでしたので、此方の利き腕の扇で細やかな風を編み、反対の扇は少々乱暴に扱っても平気な丈夫な固めの風を編む防壁用にお使いになられてるのでは?と。与一も矢の羽根は風によって使い分けますゆえ……」

「はぁ、ばしょ上ぇ?如何にございます?」

「ふ、満点よ、まーんーてーん」

「では、早速此方もお手入れいたしますね」

 

と、ニコニコ手入れを始める与一を、未だシャフトポーズのまま見つめる芭蕉扇の目は、最初に与一に向けていたものとは明らかに変わっていた。

それを認めたマサムネは嬉しげに一人うんうん、とうなづくのであった。

 

 

そして、再び「できましたっ!」と与一から差し出された扇を受け取った芭蕉扇は、二扇をパッと開きくるくると回し、軽く舞う様に扇いだ後、与一の方にキッと向きなおり、まずは神妙な面持ちで右手をさし出した芭蕉扇。

 

『握手でしょうか?』と首を傾げながら出された手を握ろうとする与一を見て、慌てて引っ込め、反対の手を出し、与一が又も受けようとすると慌てて引っ込める。

そして、キョトン顔の与一を放置し、暫しアゴに手を当てて、よし。と一人、得心にいたった芭蕉扇は。

パッとバンザイするように両手を挙げると、そのままに与一へとパタンと倒れ込んだ!

 

「ふぁーーーっ?!ふぁーーーっ?!」

「百点満点ン!!嗚呼、なんて可愛いのこの子ッ!?腕も良くて好きなものが扇だなんて、もう私の為にいる様なキル姫じゃない!きゃー!よいちー!!よっいっちー!!今日から私の事は芭蕉おねーさまと呼ぶが良いわッ!!私が許す!今決めた!私とよいちのめくるめくレコンキスタはこれからよぉっ!!」

「アーーーーッ!?!?芭蕉扇様ぁっ!?おやめください!あっ!芭蕉扇様殿ォ!?」

「よ、い、ち?ごいっしょに、はい!おねーさま。芭蕉おねーさま、はい、りぴーと、あふたー、みー?」

「レコンキスタの意味わかってるでございますかぁ?ばしょ上おねーさま殿ォ?」

「うるせぇ!貴様は引っ込んでなさい!ムラマサァ!」

「ふわぁぁぁん!!」

「ふぁーーーっ!?」

 

と、タヌキとキツネとヨイチのやり取りを、傍目で楽しげに見ていたマサムネは。

 

「……さても、那須与一の殺し技。『扇通しの三妙』はキル姫になってもご健在であられまするか」

 

と、一人うなづく様を、少し本編から離れて、少々語らせて頂くならば。

 

 

さても、毛利元就の『三矢訓』や『弓の三死』に『源氏の三与一』の如く、日ノ本所縁の弓矢話には、何かと三と縁の多き事にございますれば、先にマサムネが挙げた『扇通しの三妙』もその一つ。

 

さてさて、今更ながら、那須与一と言えば、屋島の戦いにて敵方の平家の舟に立てられた棒の上に結わえた扇を、見事一矢でもって射抜いた話で、大変有名ではございますが。

この話はその様を隣の別の小舟で見ていた敵方平家は三人の男侍が語った話。

 

さて、その様を見ていた三人の男達が、あなや!と叫びながら、まずは口火を切ったのは一人目の男。

 

「さても、恐ろしきは那須与一の弓矢の腕前よ、風も波も寸分違わず読み切ってまっつぐ射抜かれた、たいした腕前ぞ。」

 

と。受けて、『いやいや、違う』と水を差したのは、続く二人目の男。

 

「さても、お主は道理の分からぬ男よ、まっつぐではない、あれはほんの扇の上を通り過ぎる矢であった、されど、されどぞ?某の見立てによれば手前でツイと下に落ちおった。何故か?それは那須与一の腕もさる事ながら矢よ。矢が主人に恥をかかせまいと、まるで命あるかの様に飛んだものよ。さすれば与一と弓矢、共に褒めるが道理であろう」

 

と。

聞いた一人目の男は、成る程!と膝を叩いて三人目の男に問うた。

『お主にはどう見えたか。』と問われた三人目の男はこう答えた。

 

「はい、某も(二人目の方と)同じ様に見え申したが、少しばかり違うのは、それでも本来ならば、扇には当たらぬ様に見え申した。されど見事矢は的中し申した。何故か?某には最後に落ちる矢に向かって、ツイと扇の方から当たりに行った様に見え申した。さても那須与一殿の腕の妙、弓矢の主君への忠義の妙、この二妙揃いし時、敵方である扇の方まで、思わず自ら当たりに行ってしまう魔力(あやかし)の妙。これこそ、合わせて、那須与一の『扇通しの三妙』なのではございませぬか?」

 

と。

聞いた残りの二人もあなや!と膝を叩いて大いに与一を褒め、またこれからそんなバケモノと戦わねばならぬのか、と大いに震えたとのお話。

 

これぞ那須与一が『扇通しの三妙』と、この場に持ち出すのは、いささか少々戯言にはございますが。

 

そんな感じがそんな感じで。

地の文の口調と文体を戻して、ついでに時間も戻すなら。

まぁ、芭蕉扇には知る故も無いけれど、そういう理由もあってか、なくてか、気がつけば与一の魅力にメロメロになっていた芭蕉扇が、調理場に与一を呼び出したところから、お話を再開再開。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「よっいっちぃ♫」

86センチ砲でもって与一を十分に圧殺した芭蕉扇は、満足気に躰を離すと、「はいっ」と与一に向かって手のひらを差し出した。

「はぅぅ…」

と、恥ずかし気に手を取ろうとする与一に、ピシャリと釘をバールで先手で刺す我らが芭蕉扇。

「よいちー?握り方はもちろん〜?」

「は、はい、こ、こいびと繋ぎにございますね?」

「是!よいちが、らぶらぶぎゅー繋ぎって呼びたければ呼んでもいいわよっ?」

「ひぇっ!こいびと繋ぎ!よいちはこいびと繋ぎでよろしゅうございますです!芭蕉おねーさまっ!」

 

と。書き手に優しいよい、よいち。

 

さて、文面だけなら、芭蕉扇に振り回される哀れな与一に見えなくもないのだが。

意外や意外。

与一の方も満更ではなく、初日こそ『芭蕉扇様殿上姫ねーさま』と、あわあわ、どこぞの風の谷の姫様の様に呼んでいたものの、二日目からは、先刻のような突然のボディーランゲージを食らわぬかぎりは、「はい、芭蕉おねーさま。かしこまりました、おねーさま」と案外すんなりと順応していたのだった。

むしろ、与一としては

『はぁ、あの方天さんを吹き飛ばし、マサムネさんを精神崩壊まで追い詰めた、芭蕉おねーさまにこんなに優しくしていただいて、与一なんかが、おねーさまの妹でよろしいのでしょうかぁ…?』

と、脳内思考ですら、ナチュラルにおねーさま呼びしているので、さても恐ろしきは、与一の末っ子力か、はたまた崑崙山の至高の美貌力か。

 

因みに芭蕉扇の他姫からの評価は、いつものメンツとぬぼこ等の例外を除けば

『あの方天を吹き飛ばし、あのマサムネを精神崩壊させた敵に回すとヤベー奴』

とされており。

面白い事に、付随してムラマサ迄もが、

『あの方天マサムネの両名がやられても、いつも通りヤベー奴だったムラマサが一番ヤッベー奴』

と、一部の姫はムラマサの事を≪ヴェルタース≫と呼んでいるのは、あまりにあまりゆえ閑話休題。

 

さて、恋人繋ぎで調理場までの短い間を歩いた二人。

名残惜しそうに手を離した芭蕉扇は、与一の胸元を見てスッと手を伸ばし、リボンを直してのたもうた。

「あら、タイが曲がっていてよ?よいち」

「はい、おありがとうございますっ。芭蕉おねーさま」

 

と。マリ見てごっこを素面でやる芭蕉扇。

受ける与一も心得たもので。

『はい、それは先ほどおねーさまのおむねで乱れたものです』

などと口答えしようものなら。

『まぁ、イケないお口ねぇ』

 

と、ヨイチのハジメテ・キッスがキリステ・ゴーメンされるのはホノオ!を見るよりアッキラカー!なので。

こうして賢い与一は上手い事、回避していたのでした。

 

さて、流しで手を洗い調理場にあったエプロンをつけ、何を手伝いましょうか?と首を傾げる与一に芭蕉扇から差し出されたものは。

 

「お芋……ですか?」

「そ、よいちはまずは、それをむいてちょうだい」

「はいっ、わかりました」

「包丁で指を切らない様にね?」

 

半分心配、半分期待の舌舐めずりをした芭蕉扇は、よいしょよいしょと真剣にぎこちないながらも、まぁ上手な手付きで芋を剥く与一を眺めながら、うっとりとした表情を浮かべて夢想する。

 

ーーー嗚呼、よいちってば何てお芋が似合うのかしら、まるでお芋神様が生み出した芸術姫よねぇ。この愛らしさがわからない、よいちをイモっぽいとか言うキル姫は、誰も居ない竹林とかで一人異族にやられて死んでしまえばいいんだわッ!

 

投げて地球を一周したブーメランを後頭部に刺しながら、目は与一の方を見ながらも手は別に完璧に動かす芭蕉扇は。

先ほど自室から持ち込んだ小瓶の中身を、小さなフライパンにあけて弱火でコロコロと炙る様に焼いていた。

そして、芭蕉扇は白や薄い赤や水色をしたそれを、良い焼き色になったものから竹ぐしで刺すと、ふーふー、と冷まして与一を呼び止める。

 

「はい、よいち、あーん?」

「はいっ、おねーさまっ。あーん!」

「お味はいかが?」

「はいっ、とっても甘くて美味しいですっ」

 

あーんと口に入れられたそれを、ハフハフしながら食べる与一に満足気な表情を見せ、どんどん、ひょいひょい、芭蕉扇は与一の口へとその菓子を運んでいく。

そして、フライパンに残る菓子が4つばかりとなった時の事であった。

 

 

パァン!と突然、調理場の天井板が開き、ポニーテールをぶら下げた生首が飛び出すと、生首はクルリと宙返りして10点満点の着地を決めて、ポニーテールは与一と芭蕉扇へと叫びながら詰め寄った。

 

「アイェエエエ!!ナンデ!!ばしょ上殿ォ!ナンデ!?」

「あら、ドーモ、ゴブサタデス、ムラマササン、芭蕉扇デス」

「ゴテイネイニ、ドーモ芭蕉扇サン、ムラマサデス。って!違うにござるっ!!」

 

ポニーテールを振り回し、プンスコ詰め寄るムラマサを適当にあしらいながら、フライパンの菓子を三つ竹串に刺し、三色だんごの様になったそれを一度に与一の口に運ぶ。

 

「美味しゅうございますね、おねーさま」

「ああっ!?!?」

 

悲し気な声を上げるムラマサに気にした風もなく、残り1つになった菓子を串に刺し、ムラマサの鼻先にちらつかせながら、空いたフライパンに片手で今度は砂糖を入れ煮詰め、何やら違う料理を作りながら、芭蕉扇はムラマサに問うた。

 

「ムラマサァ?今何時だったかしら?」

「はいっ!あっあっ、美味しそう……えっと、三時にございます、ばしょ上殿ォ!」

「そう、三時、おやつの時間よねぇ?」

「さ、さすれば与一殿ォ!?先ほどから与一殿が召し上っていたソレはぁっ!?」

「はいっ、ムラマサどの、与一がいただいてたのはマシュマロ。焼きマシュマロにございますよ?」

「はぁぁぁぁん!?なにそれぇぇえ!!リアルマシュマロタイムぅ?!」

 

最後の一個が刺さった焼きマシュマロを存分にムラマサの鼻先にちらつかせた後、ぱくりと自分の口に運んで芭蕉扇は答えた。

 

「アーーーーッ!アーーーーッ!」

「あら、美味し。悪いわね、ムラマサ。このマシュマロは二人用なの、ムラマサの分はないわ」

「はぁん!!差別にござるかッ!村八分は良くないでござるよッ!ばしょ上殿ォ!」

「はぁ?誘ったのに逃げたのは貴女でしょ?」

「ウッ……だ、だって!芋を剥いただけで、三時のおやつが貰えるなんて甘い話とはつゆ知らず!それならそうと先に言って欲しいにござるッ!」

「はい、大変甘うございましたよ。ムラマサどの?」

「与一殿ォ………」

 

すんすんと泣き崩れるムラマサに気にせず、次の菓子を作る芭蕉扇、その菓子は砂糖のみで作られていた。何やら煮詰めた砂糖をおたまにすくい、重曹を入れ炙ったおたまの中でゆっくり膨らんだソレはーーー。

 

「ああっ!ばしょ上殿ォ!それ!それっ!」

「ああ、わかりました、おねーさま。『カルメ焼き』にございますね?」

「是、流石私のよいち、正解よ♫」

 

と、日ノ本のマカロンと言うには少々大仰ではあるが、砂糖のみで作られたその菓子はまさしく、カルメ焼きであった。

エプロンをひらりと可愛いらしく振りながら、出来上がった菓子を菜箸でサクサク切りながら芭蕉扇は言う。

 

「本当は芭蕉扇様・特製マーラカオ辺りを作ってあげてもいいんだけれど、正直物資も潤沢じゃないし?ほら、この教会って日ノ本のキル姫多いじゃない?貴女達、かりんとうとか好きだし、ウチの国、中つ国の『三盆糖』を使ったお菓子……日ノ本だとたしか『和三盆』って言うんだっけ?好きでしょ?流石に一週間もかけてらんないから、今日のところはお手軽なコッチで♫」

 

てへっ。手ぬきでゴメンなさいね?

と恥ずかし気に、照れ臭そうに舌を出して、当たり前のようにやってのけてるが。

要するに、この芭蕉扇、物資さえ潤沢ならば中つ国由来の料理なら、日ノ本に渡ろうが、有名どころからマイナー料理まで、私に作れぬ物は無し。と言っているのだ。

 

食の万里の片鱗を見せつけられ、負けタヌキは吠えた。

 

「ばしょ上殿ォ!!!拙者にござるぅぅぅ!祝言あげてくれぇぇぇ!!にござるぅぅぅ!」

「嫌よ、ムラマサ。せめてマサムネぐらい、女を磨いてから出直してらっしゃい?」

 

と、楽しそうに笑うと、芭蕉扇は大口開けて叫ぶ負けタヌキの口に、ひょいと出来上がったばかりの切り分けたカルメ焼きを投げ入れてやる。

 

「?!?!えっ?えっ、あ?へ?」

投げ入れられたお菓子を反射的に咀嚼しながら、ポカンとするムラマサに芭蕉扇は問うた。

「どう?ムラマサ?熱くは無いでしょうけど、お味はいかが?」

「あっあっ、熱くはござらぬが、咄嗟のことで味が…あの…その……」

「あら?そう?じゃあもうひとかけ」

 

ひょいと、唇には触れぬようムラマサの口に入れてやったカルメ焼きを、今度はきちんと味わうムラマサ。

 

「はい、あの…甘うて大変美味しゅうござるが…拙者……」

「あら?足りないかしら?後ふたかけだし、食べてくれないとおたま空かないから、次作れないのよ。ほら、口あけなさい」

「あっ、はい………」

 

ござるを忘れて、少し困惑しながらも素直に食べるムラマサに背を向け、芭蕉扇は「次はよいちのね?」と、おたまに砂糖を入れ、また次のカルメ焼きを焼き始めた。

 

「あっ、あの、ばしょ上ぇ……あの…」

「大丈夫よ。腹が風風船のように膨れたり、髪が回りだしたりはしないわ。安心しておあがりなさいな」

「いえ、そうではのうて……拙者何にも……お手伝い……」

 

背中ごしに、振り向かず、ムラマサの困惑を手に取るように見透かした芭蕉扇は、小さく微笑み、ワザと気取った口調で流しを指さしのたもうた。

 

「ムラマサ、アンタは後からより、先に食べさせた方が裏切らず働きそうだから?ほら、わかったら、さっさと手ェ洗ってよいちの剥いたお芋を切って?面倒だから、フライドポテトにするわ。切るのと揚げるのはアンタに任せたわ」

 

「は、はいっ!!分かり申した!ばしょ上殿ぉっ!!」

 

と、振り返らずとも、何となく今どんな顔をムラマサがしているか悟った芭蕉扇は、少し楽しげに、嬉しげに、与一の分のカルメ焼きを焼くのだった。

そんな芭蕉扇とムラマサを見た与一も優しく小さく、けれど声には出さずに『よかったですね』と、微笑むのでした。

 

 

 

数十分後、揚げたポテトも三人で仲良く食べ終わり。

『五時の食事までまだ時間があるからちょっと腹ごなしの散歩に』という芭蕉扇に、ムラマサが『さすれば油の片付けと洗い物は拙者がやり申す故、行ってらっしゃいませ!』と受けて。

 

かくて、芭蕉扇と与一は仲良く手を繋ぎ、調理場を後にする。振り向くとムラマサは楽しげに鼻唄を歌いながら洗い物をしていた。

そんなムラマサを見た与一は歩きながら隣で微笑む芭蕉扇に言ったのだった。

 

「ムラマサどのもご満足されたご様子で、ようございましたね?おねーさま」

「ん、そうね。ムラマサの口にあったならよかったわ」

「はいっ、ムラマサどのも嬉しそうなお顔でしたね、おねーさまとムラマサどのは、本当に仲良しなのですね」

 

と、与一が笑顔で芭蕉扇に言うと芭蕉扇はピタリと足を止め後ろを振り返った。

調理場からはムラマサの洗い物の音がしている。

 

「仲良し…ね……」

 

芭蕉扇はポツリとつぶやき。

与一に向き直り、彼女が向けた顔は。

 

『困り顔』

 

しょうがないわねぇ、という困り顔ではなく。

心底困ったわ、悲しいわ、という困り顔。

ともすれば泣きそうな。

とてもとても悲しげな、困り顔で微笑んだ。

 

そんな顔を見せた芭蕉扇を見て。

『えっ?』と、さては自分が何かまずい事を言ったのでは?とオロオロする与一。

そんな与一の頭を、芭蕉扇は優しく撫でて、小さく首を振り。

「違うわ」とつぶやき、与一の耳の高さまで口を落とした芭蕉扇は、調理場のムラマサには決して聞こえぬ様に与一にそっと耳打ちをした。

 

「違うわ、よいち。あの子はね?ムラマサはね?本当に本当に。心の底から、私の事がキライなのよ」

 

 

と。

 

「頑張ってるんだけどなぁ……」

と、小さく呟いた芭蕉扇の横顔と。

繋いだ与一の手をちょっと強く握る姿を見て。

そんな彼女に与一は、それ以上は何も言い返せず、言ってあげられず。

だから、ちょっとだけ強く、与一が芭蕉おねーさまの手を握り返すと。

 

芭蕉扇はほんの少しだけ救われた様に、小さく微笑み、二人はまたてくてくと、廊下を静かに歩くのでした………。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

さて、時は大分過ぎて、季節は春から秋。

芭蕉扇がこの教会に来てから、半年が過ぎたか過ぎなかったかの頃のお話。

 

いつものように変わらず仲良しな扇弓姉妹の二人は、教会の敷地の外れに旧日ノ本ぶれいく工業の面々が建てたお手製の道場へと来ていた。

この道場は日ノ本のいわゆる剣道場のような装いをしており、横の小部屋に詰められた畳によく似たマットを床一面に敷けば、柔術の組手を出来る柔術場に、また、壁を兼ねている木戸を横に開けば一転、弓道場になる大層優れた都合の良い作りをしている。

 

そんな道場も今日は二人の貸し切りなのだろうか、二人以外の姿はなく、木戸を開き弓道場と為したそこで。

与一は弓を引き絞り、大分離れたところで自室より持って来たおざぶを、木床に敷いた芭蕉扇は与一の稽古を眺めながら、静かに扇を扇ぐのであった。

 

季節は秋、風ひとつない穏やかな秋の昼下がり、真剣な表情で的のど真ん中をいただく与一と、傍目で優しげな表情を浮かべ無言で見つめる芭蕉扇。

 

さて、意外や意外という程に意外な話でもないかもではあるが、この芭蕉扇、基本一切与一の稽古の邪魔をする事は無い。

 

きゃあ!よいち!と嬌声を上げる事もなく。

特別弓の構えに口を出す訳でもなく。

終わった後に感想を述べることもなく。

ただ、遠くで、しかし近過ぎず遠過ぎず。

与一の集中力に一切の影響を与えぬ側で、静かに扇を扇ぎ見ているだけ。それが芭蕉扇と与一の稽古時のいつもの所作であった。

 

だから、その日もいつもの様に。与一が稽古をやり終え、片付けも終えた与一に。おざぶを小脇に抱えた芭蕉扇は、はい、と手を差し伸べると。

これまたやはり、いつもの様にらぶらぶぎゅー繋ぎで返した与一と芭蕉扇は、仲良く道場を出て、寄宿舎へと続く吹き抜けの渡り廊下へと向かう途中の事であった。

 

「?!?!きゃあ!?」

 

土間でのんびり靴を履き替え座る芭蕉扇より、先に出て歩いていた与一のスカートが、かなり激し目の秋一番に煽られて捲れた。

 

「あらあら、困った風ねぇ?」

「ーーー!!ば、芭蕉おねーさまっ!」

 

ちょっと怒った顔をする与一に気にした様子も見せず、自身はしっかりおざぶでスカートをガードし、短い渡り廊下を渡り室内へと入った芭蕉扇と与一。

しかし、与一は納得がいかぬ様子で芭蕉扇に詰め寄った。

 

「芭蕉おねーさまっ!先ほどのはあんまりです!!いくら与一の鍛錬が足りないとはいえ、不意打ちで、スカートを!……その……」

 

後半こそ弱気になったものの、与一にしては強めな口調で言った文句を、芭蕉扇はとんとどこ吹く風で受け流す。

 

「あら?さっきの風は私の起こしたものじゃないわよ?元から吹いていたわ」

「で、でも!先程まで与一が稽古していた時は…た、確かに風ひとつない陽気でしたのに!」

 

ーーー季節は秋、風ひとつない穏やかな秋の昼下がり、ーーー

 

確かに与一も地文も語る通り。

先程まで、一切の無風であった事は確かであった。そんな釈然としない与一に向けて芭蕉扇は当たり前の様に言い放つ。

 

「だから、そっちのそれは、私が風を止めていたからよ。無風にしたの。」

「……とめ…て?」

「扇一扇・起ノ段『凪』って呼んでいるわ」

「おうぎいっせん…凪…」

「風を止めると書いて凪。単体だと、与一の弓の稽古のサポートぐらいにしかならないんだけれど、これで中々加減が難しいのよねぇ。ちょっと疲れちゃった」

 

『吹かせるよりも、留める方が難しいのよねぇ』

とぼやく芭蕉扇に、成る程。と納得しそうになる与一は慌てて首を振り思考を振り払う。

「で、でも何故その様な事を。風はあったらあったで、ちゃんと稽古になりますのに」

「あら?でも、よいち、貴女今日は強風用の装備じゃないでしょう?それ?弦も矢羽根も?」

「え、あっ…はい、それは…」

「だから、折角のよいちの貴重な稽古時間を部屋に戻って張り直させるのに費すのは、勿体無いかなぁって。御節介だったならあやまるわ。ごめわんなさいね」

 

何時ぞやの意趣返しではなしに。

ぺこりと深々頭を下げる芭蕉扇を見て、漸く全てを理解した与一はさっきのは本当の事故だと気が付き、慌てて謝り返す。

 

「い、いえ、芭蕉おねーさまっ、頭を上げて下さい、与一の勘違いでございました。おねーさまの配慮に気が付かず、与一の方こそ申し訳ありません!」

「怒ってなぁい……?」

「も、もちろんです、与一にできる謝罪でしたら、何でもいたしますから、どうかお顔を上げて下さい、おねーさまっ!?」

「ん……?今何でもするって言ったかしら?」

「!?!?」

 

『アッーーー!!』

と、与一が思った時には、時すでにお寿司。

にやりと頭をあげた芭蕉扇の顔は案の定、悪い顔。

私のターンと言わんばかりに、詰め寄る86センチ砲の前に79センチ小銃はなす術もなく、後ろにドロー。

壁際まで追い詰められた与一に、ダメ押しの壁ドンを叩き込み、女狐はのたもうた。

 

「さ、て、と?まぁ、誤解は解けたのはよかったのだ、け、れ、ど?まさか愛しのよいちに、妹のスカートをめくって下着を見る趣味があるおねーさまだと思われてたのは、正直悲しいわ。海よりも深く傷ついたわ。」

 

と。全然そうは見えない恍惚の笑みを浮かべながら詰め寄る芭蕉扇から、されど与一は視線を切らない、切れない。

「(こ、これは……め、目を逸らしたらヤられますッ!!)」

「あ、あの……ごめんなさぃ…おねーさま…そうですよね、おねーさまがそんなことなさる訳ないですし、おねーさまは与一の下着に何て興味は……」

「わりとあるわ?」

「えっ…?」

「でも、私が見たいのは与一の子供っぽいくまさんパンツじゃあ無いのよねぇ。」

「しかも、さっき見てらした!?!?」

 

おねーさまだってわりと子供っぽいしまパン愛用してるじゃありませんか!と喉まで出かかった台詞を何とか押し込めて。

では、与一はどうすれば…と尋ねる与一に女狐はのたもうた。

 

「じゃあ、とりあえず、よ、い、ち?スカートバーって自分でめくって、おねーさまにスマイルして見せてっ!時間は三分、いちにの、はいっ!」

「はわっ!け、結局与一のくまさんが見たいんじゃないですかっ!むぅりぃ!!むぅりぃですおねーさまっ!!さ、三分は長すぎます!せめて、どうにか一分ほどにはまからないもので……」

「いいわ。一分で」

「本当ですか?では与一は一分間自分でスカートをめくって、下着を見せながら、おねーさまにスマイルするだけでいいのですね?よかったぁ……」

「与一が喜んでくれて私もよかったわ?」

 

いや、全く何も良くは無いのだけれど。

嬉しそうな表情を浮かべる与一に、満足気な表情を浮かべる芭蕉扇。だが、芭蕉扇は笑顔で更に追撃を放つ。

 

「でも、よく考えたら、よいちの今日の下着はさっき見たし、それにお風呂場でいつでもわりと裸は見せ合ってるのよねぇ」

「べ、別に与一は見せ合ってるつもりはないのですけれど……言われてみれば、お背中流したり流されたりはしてますねぇ」

「と、いう訳で、私が選んだ下着をよいちに贈るから、よいちにはそれを履いて見せてもらいましょ、私とお揃いの奴」

「はぁ……おねーさまと同じものですと、よいちはちょ〜っと、荷が重いと言いますか〜、比べられる自信が無いと言いますか〜。でも、おねーさまと下着選びデートもそれはそれで楽しそうではありますねっ!」

「でも、何処かで言った気もするけど、近くの町には可愛い下着無いのよねぇ」

「はぁ、それは確かに」

「と、言う訳で、次に行商奏官の彼女。青い髪の、何て言ったっけ?彼女が来たら頼んでおく事にするわ、こういうヤツ」

「はい、アミィ小奏官なら女性ですし、下着の類いも頼みやす……って、待ってください!おねーさまっ、今こういうヤツって…虚空に扇で描いた、その!!線が二本、て、Tの字になさった、え?それあの?どぇぇぇえ!!よいちが履くんですかぁ!?Tてぃーー!!」

「大丈夫、私も履くわ?」

「お、おねーさまが大丈夫でも!よいちは大丈夫じゃないですっ!せ、せめて布を増やすとか〜、一本線を増やすとか〜!!」

「あら?そう?じゃあこういうヤツにするわ。一本線を増やすわね」

「はい〜そうしていただけると……おや?おねーさま?その、よいちは其れ程下着には詳しくは無いのですけど、横棒一本に人の字を描かれた、丙の字の下の四角を外した様なデザインは一体どの様な意匠なのでしょう?」

「そうね、まずこんな感じに三本の紐があるでしょう?」

「はい、紐がございまして?」

「以上!布は無いわ」

「なるほど!以上!布は無いのでございます………ねぇぇぇえ!!!!ちょっ……えっ?それっただの紐ぉ?!どぇぇぇえ!?よいちがですかぁ!?そぉんなぁ!!」

「大丈夫、安心なさい。私も履くし、もちろん上下揃えるから上もあるわ、上も布は無いけど」

「どぇぇぇえ!!!」

 

悲痛な叫びを上げる与一を満足気に眺めた芭蕉扇は、くるくると回りながら舞う様にステップをスキップで踏んで。

与一にちょっとだけ希望を持たせる様に、にっこり微笑んで言ったのだった。

 

「でも、次に行商奏官の彼女、アミィが来るまでに数ヶ月あるし、来て頼んでまた次来るのが数ヶ月後なら、下手すれば半年はかかるわね?」

「はいぃ……確かにそれは…紐…半年後に…あうあう……」

「だから、安心なさい。案外半年以内に私達のどちらがマスターが見つかって、教会を出て行く事になるかもじゃない?そしたら、お別れなんだし、間に合わなかったら約束は無しでいいわ?」

「あ………」

 

それはそれは、考えてみれば考えるまでもなく当たり前の事。

この二人は同じ教会に籍を置いているのである。

この二人は同じ部隊に籍を置いてはいないのだ。

だから、与一はこうして当然の様に芭蕉扇と擬似姉妹を楽しんでいるけれど。

いつ別れが、もしかしたら明日にでも、芭蕉扇にマスターが現れたのなら、この関係は終わってしまう。

 

縄と呼ぶにはあまりに細い。

紐の様でタイトロープな姉妹関係。

 

ついぞ、頭の中の片隅にも入れた事の無かった現実を叩きつけられた与一は。

どうしていいか分からなくなった与一は。

 

「ーーーッ!芭蕉おねーさまあっ!!!」

 

と、只々目の前の、自分より後にこのラグナの地に立った年下の姉に、まだ、たった半年間の付き合いしかない偽物の姉に、飛びついて、すがるように、逃がさないように、ひっしと抱きつき泣き叫ぶのだった。

 

受けて、優しく妹の頭を撫でて姉は言う。

 

「もぅ……よいちは甘えんぼなんだから。もしもの話じゃない?むしろ、下着の心配をしたら?」

「でも、でも!よいちはまだまだ、おねーさまと一緒に居たいです!!よいちはもっともっとおねーさまと色々遊びたいですし、色々教わりたい事があるんです!だから、だからッ!!」

 

優しく頭を撫でられて、目を潤ませて、すがる妹に姉は言う。

 

「よいちは、よいちで、よいちらしければ、それでいいのよ。私はきっと貴女には戦い方も使えるスキルも、何一つ教えてはあげられないわ。私自身は器用だけど、物を教える才はないの。ほとんどが貰い物とは呼べない借り物だから。それに、風と氷は、炎と雷は、近いようで遠い鏡写しの平行線。だけど、だからこそ、反対側にいる私だからわかる事もあるのよ?」

「わかる……こと……?」

 

それは、初めて出会った時から気が付いていた、芭蕉扇が見抜いて密かに育てて来た与一の才は。

 

「よいち、今はまだ分からないかも知れないけれど、きっと貴女は兵として戦う姫じゃない。将として戦う姫。よいち、貴女は私とおんなじタイプの姫なのね。」

「将……それはつまり、隊の隊長、リーダーとして……?で、でも、おねーさまッ、よいちは自信……んっ…………ふぁ…………ぁ…」

 

自信が無いとは、皆まで言わさず口封じ。

唇ではなく、右手の人差し指でもって、たっぷり三秒。

なかを這わせた人差し指をゆっくり名残惜しそうに抜き、与一の両目の下に溜まった雫をその指でもって拭った後、まるでメレンゲに混ぜたクリームを味見するかのように、当たり前のように自分の口に含んで微笑んで、芭蕉扇は言ったのだった。

 

「だからよいち、私が貴女に伝える、伝えられる技は、修行は、生き様は、たった一つのシンプルな事柄。『貴女は私だけを見ていればいいの』マサムネでもなくムラマサでもなく方天画戟でもなく、よいち、貴女は私だけを、私だけに見惚れなさい?弓矢が的を、扇を見据えるのは当たり前の事なんだから!それだけで、貴女は私と違ってきっと外さない、外れないわ。それが道理、よ?」

 

 

と。

それはそれは、後から見れば、いささか時節が早すぎた宣言ではあったのだけれど。

彼女には知る由もなかったのだから、仕方はないのだけれど。

結果から言ってしまえば、序章で述べた通り半年経ってもこの芭蕉扇のマスターは見つからず。

結局、この教会に顕現から二年と半年、方天と刀姉妹が出て行っても、与一と居続ける事になる芭蕉扇ではあるのだけれど。

 

今は半年が過ぎ、残り二年。

この後、芭蕉扇は先の宣言の通り、見た目上は、与一に何を与えるでもなく、奪うでもなく。

躰を重ねる事はおろか、キスをする事すらなく。

最後は与一に、旅出の別れの言葉を口で告げる事もなしに、教会を一人抜け出す事になるのであるのだけれども。

 

されど、その後残されたこの与一は、師曰く『ラグナ大陸随一の劣等奏官』と評される、本来奏官適正0の奏官のファーストプリンセス、初めてのキル姫として、契約する事になる。

そして、与一はそこで芭蕉扇とは異なる戦い方を世に見せつける。

 

受けの芭蕉扇に対し。

躱しの与一として。

正しく芭蕉扇の読み通り、将器を発揮する。

 

されどされど、やっぱりそれは、また別の後のお話で。

だから、今はもう少し、この二人の偽物な姉妹の物語を語るなら。

 

 

「ほら、よいち?こんなとこで泣かれてちゃ、私がいじめた見たいに見えるじゃない?行くわよ?さ、手?出しなさい?」

「ぁぅ……は、はい、わかりました、芭蕉おねーさま、で、でも、どちらにですか?」

 

与一は尋ね、ゴシゴシ左手で目を擦り、芭蕉扇に右手を差し出して、何時もの繋ぎで手を繋ぐと。

芭蕉扇は優し気に与一に微笑み、右手を頬に当て考えるような表情を浮かべてのたもうた。

 

「そうね?とりあえず、私の部屋にある服や下着を合わせてー?アミィにオーダーするカラーとか決めとかない?色よ色。紐の」

「ぁぅ…ひ、紐からはよいちは逃げられないのですね?」

「だ、か、ら、私のマスターが決まればチャラよ?嫌なら神にでも祈りなさいな?」

「ぅ……では、おねーさまに、素敵なマスターが決まるよう…で、でも、出来ればもう少し、もう少しだけは見つからないようにと、八幡大菩薩様にお祈りいたします…ね」

「ま!呆れた、姉思いのあるんだか無いんだかわかんない子ねぇ、よいちは。でも、まぁいいわ。それで紐の色合わせが終わったら〜?」

「ひ……い、色合わせが終わりましたら?!」

「そうね……時間もちょうど良く三時だし、私のお部屋でおやつの時間は如何かしら?」

 

と、自分の()()()()()()を、桜色の柔らかそうな、マシュマロの様な唇にぷにぷにと当てながら、目を細め、ほんの少しだけ悪そうな顔で微笑むと、姉の意図を察した妹は。

 

「……かしこ…まり…ました。それでは、次はよいちの番ということで……」

 

と、小さく南無八幡大菩薩と唱えると。

いつもの握りで、手を握ると、芭蕉扇の部屋に向けて、とことこと二人階段を登るのでした。

 

 

ーーー今は半年が過ぎ、残り二年。

この後、芭蕉扇は先の宣言の通り、見た目上は、与一に何を与えるでもなく、奪うでもなく。

躰を重ねる事はおろか、キスをする事すらなく。ーーー

 

 

あの、竹林まで二年と半年。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。