ストラテジスト・オブ・フィアーレス~無才の少年~ 作:鋭角マニア
第1話 日常謳歌
目を開けると深い穴の淵に立っていた。落ちれば二度と這い上がることは出来ないような、そんな深い穴の淵。
そこから声が聞こえてくる。何と言っているのか分からない。老若男女も分からない。こちらを誘う、恐ろしくも愛しい声。
誘われるままに手を伸ばすと、誰かに引っ張られる。
『行ってはいけないよ。』
優しくこちらを止める声。しかしそれには有無を言わさぬ力もある。
『なんで?僕は向こうへ行きたいのに。』
子供のように駄々をこねる俺に、彼女は悲しそうに微笑みかける。
『まだ早い…まだ早いんだよ』
彼女はしばらく黙り込んだ後、突然小さな俺の体を持ち上げこう言った。
『けど、もうしばらくの辛抱だよ』
そして突然にこりと笑い、俺の体をあらぬ方向へと投げ飛ばした。
『ちょっとぉ!?』
『あはは!またね、蒼夜!』
薄れていく意識、しかし心地よくもあるその感覚に、俺は素直に意識を手放した。
「…うな?」
目が覚めると、布団の上だった。どうやら相当ひどく寝返りを打ったらしく、寝た時とは頭の位置が逆。そのうえ掛け布団は体から遠く離れている。恐らく寝返りを打った時に蹴り飛ばすか何かしたのだろう。
寝起きのまだ本調子ではない頭で、畳の目を数えながらそこまで考えてふと思い出す。
(久しぶりに見たな…あの夢。いつぶりだっけな…)
もう何年も前のことだけど、一時期頻繁にあんな夢を見ていた頃があった。幼いころに母が死に、母方の祖父母に引き取られてからしばらく、さっきの夢に似たものを見続けた。きっと慣れない環境に不安だったのだと思う。
(あれ?けど最後に放り投げられた事って有ったっけ…?)
「…どうでも良いや、ご飯ご飯。」
そう呟いて彼、『
同年代から比べると若干高い背。その背の高さが引き立てる体の細さ。一時期シベリアンハスキーと呼ばれていた程度には吊りあがった目。好きではない自分の容姿を見て、もう一度冷や水を顔にかけた。
「冷たっ…」
「おはよー、じい様ばあ様ー」
居間に入ってきた蒼夜の態度に、偏屈そうな老爺は顔をしかめる。
「蒼夜、いつまでも子供では無いんじゃぞ。」
「まあまあ、いつものことじゃないですかお爺さん。」
蒼夜の態度を咎める老爺に、それを宥める老婆。いつものことなので、手を洗いすぐに席に着く。
「いただきます」
3人の挨拶が同時に居間に響き、朝食は始まる。これが狐塚家の毎朝だった。
しばらく朝食を食べ進めていると、老爺が不意に口を開く。
「ところでお前さん、そろそろ大会じゃなかったかのう?」
【大会】その言葉に蒼夜は少し顔をしかめる。
「…折角忘れてたのに、なんで思い出させてくれるかな。」
蒼夜の言葉に耳を貸さず、老爺は質問を続ける。
「どうじゃ、今度はいいとこまで行けそうかの?」
「…まあ団体は…」
「個人のほうはどうなんですか?」
老婆の言葉に「うっ…」と声を詰まらせるが、何とか答える。
「ま、まあぼちぼちって感じかなー…あはは」
「なんじゃその歯切れの悪い答えは…確かにお前には魔術の才は無い。」
「はっきり言いやがったこの爺。」
「爺言うな。しかし魔術師の強さはそれだけでは決まらん。それは肝に銘じておけよ…」
「…はい。精進します。」
狐塚蒼夜。彼の魔術のレベルは、同年代の中でも高くはなかった。
早朝、自転車を飛ばしながら山から駆け下り学校に向かう。こんなことが出来るのも田舎だからこそ。対向車もなく、人通りも少ない。失敗しても、精々自分が怪我をする程度。これはある意味役得かもしれない。
そんなことを考えていると、正面で良く見知った友人がこちらを見ているのを見つけてしまう。…非常に面倒くさい。
「よう蒼夜、奇遇だな!」
中肉中背、毛先の黒い金髪を無造作ヘアってやつにしている。人懐っこそうな目と馬鹿っぽい雰囲気も相まって、友達の多そうなタイプに見える。
そいつは、(一応)友人である『
「おう、朝っぱらからテンション高いな。」
「今日は待ちに待った実技試験だからな!」
「そうだったな…実技実技…だっる」
嫌いなんだよな、実技試験……世界が俺を苛めてくる…
「そんなあからさまに嫌そうな顔すんなよ!勝負しようぜ、成績勝負!」
「それは座学も含めてか?」
「うんにゃ、実技だけ。」
「なんでだよ、俺が圧倒的に不利じゃないか!」
「えー、良いじゃーん。」
「やだ。」
「けち。」
そう、圧倒的に不利なのだ。
何故なら実技においてこいつに並ぶもの(少なくとも県内には)は居ない。
魔術は才能だ。その点紫雲には才能が有った。それもとびきりの。
学校に着くと、ちょうど予鈴が鳴った。
「やっべ、遅刻したらまた操に切れられる!急ごうぜ!」
頷き、紫雲と一緒に教室へと走り出す。
ここは早乙女中学。至って普通の、田舎の公立中学校だ。生徒数は212名。そのうち201名が普通科、11名が魔術科に在籍している。俺と紫雲は、数少ない魔術科の三年生だ。魔術科の三年はもう一人居るが、それは追々。
ところで先ほど、魔術は才能だと言った。それは本当のことだ。
なら何故魔術科の生徒数が少ないか?理由は、魔術を本格的に習いたいものは市内の私立や、都会の名門に通うからだ。ここに通っている魔術科の生徒の多くは、家庭の都合など、その他諸々の事情で設備の整った学校には行けない者ばかり。かく言う俺も、家庭の都合で行けなかった口だ。まあ、一部
全力疾走で三分。ようやく教室に入って息を整える。
「セーフ!ギリギリ間に合ったー!」
続いて紫雲も教室に滑り込み、そこで本鈴が鳴り響く。危ない、本当にギリギリじゃないか…
「何やってるのよ二人とも。また遅刻ギリギリじゃない!そんなんだからいつまで経っても子供なのよ!」
明るい赤色の髪をサイドテールでまとめていて、母親のように口うるさいのは
「いやー、話しながら歩いてきたらついついこんな時間になっちゃいまして…」
「そうそう、操は幼児体型だなーって話してたんだよな!」
「誰もそんなこと言ってないだろ!?」
「あ゛?誰が何だって…!?」
「だから言ってないってば!?北条さん!?椅子の使い道はそうじゃないよ!?」
いきなり爆弾を投げつけてくる紫雲、慌てる俺、切れる北条さん。先生はそんな光景にも慣れたもので、淡々と出欠確認を取り始める。とは言っても三人しか居ないのですぐなのだが。
「で、本当は何の話してたのよ。」
一通り俺に罰を与え終わると、北条さんは話を戻す。ていうか分かってるなら何で俺こんなにぶたれたの…いつもの事だけど…
「いや、だから幼児t」
「お前もこれと同じ目に遭いたいのか?」
「さーせん。」
再び煽る紫雲を、北条さんは足元の俺を指さし黙らせる。
「いや、大した話じゃないんだけどさ。今日実技だけだし、学校早く終わるじゃん?だから終わったら蒼夜の家でいつものとこ行こうって話になってさ。」
【いつもの】その単語に北条さんが反応する。
「…行くの?」
「「勿論。」」
紫雲と俺が同時に答える。ちょっと恥ずかしい。
「じゃあ私も行く。良いよね、蒼夜?」
「良いですとも。」
「よし、じゃあ飯食ったら一時に蒼夜の家集合な!」
そしてその後、実技試験を受け。それぞれ家路についた。試験の結果?…聞くな。