【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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お久しぶりでございます。
この後、物語は若干オリジナルの展開を挟んで行き、原作を離れ始めることとなります。
お楽しみください。


第Ⅲ章 金刃の黒き死神
1.金色の大鎌


「……結界は、まだ張っていないか。無作法な」

 

 色彩の変わっていない空を見上げ、アインはしかめっ面でため息をつく。

 まだ聞こえてくる人の声に頭痛を感じながら、アインは名乗りもせずにデバイスを突きつけてくる少女の方を睨みつけた。

 見れば見るほど整って見える、人間離れした美貌を持つ少女だ。まるで作られた人形が命を吹き込まれたかのような、そんな印象さえ抱かせる儚げな魅力がある。

 そんな少女が鈍い光を放つ戦斧を携え、肌を大きく露出した戦闘装束を纏っている姿は、あまりに異様に見えた。

 

「なぜこんなものを集める? 確かに見た目はまあまあいいが、こいつはロクなものじゃ……」

「話すことはない、と言ったはずです」

「……冗談の通じない子だな」

 

 一言聞いてから、早々に説得を諦めて目をそらす。

 この少女の瞳からは強い意志の力を感じる、というか人のいうことを聞かず、己の意思を曲げない頑固な雰囲気を感じさせている。何を言おうと、止まることはないだろう。

 そう悟ったアインは、少女から目を離して辺りを見渡す。足元に転がっていた適当な長さの鉄パイプを拾い上げ、パンパンと表面を叩いた。

 

「じゃあ……これでいいか」

 

 アインはそれを軽く振るってから、剣を持つように持ち直す。

 その行為に、金色の少女はむっと眉間にしわを寄せた。

 

「……何のつもりですか」

 

 先ほどよりも数段低くなった声にアインは気だるげに振り向き、少女を半目で見据えた。

 

「何がだ?」

「そんなもので戦うつもりですかと聞いてるんです」

「あいにく、得物が使えなくってね。これで我慢してくれ」

「ふざけないで‼︎ 私を、舐めているんですか……⁉︎」

 

 明らかに怒りに震えた様子で、少女はアインを睨みつける。感情の昂りによって溢れ出した魔力が電流となって少女の肌に走り、パチパチと閃光を放って路地裏の闇を照らし出す。可愛らしい顔立ちは、アインへの怒りによって恐ろしげに歪んでいた。

 

「身の程を知らない小娘には、これぐらいで十分だと思ってな」

 

 アインのその言葉は、少女の堪忍袋を引きちぎったようだった。

 目尻を釣り上げた少女の持つデバイスの魔力刃が一際強く発光し、破裂音とともに電流を放つ。少女は大鎌に変形させたデバイスを頭上に振りかざし、力強くアインに向かって跳躍した。

 

「バルディッシュ‼︎」

【Scythe slash】

 

 少女の声に、デバイスがダウナーボイスで応える。雷電を纏った三日月型の刃が奇跡を描き、アインの意識を刈り取るために襲い掛かる。その速度はまさに雷光のごとく素早く、常人ではまず反応することすらできないものだ。

 

「はあああああああああ‼︎」

「ほっ」

 

 しかし、雄叫びとともに繰り出された渾身の斬撃は、アインの気の抜けた声とともに軽々とかわされてしまった。曲芸師のごとく空中に跳んだ真下を刃が通過し、虚しく空気を切るだけにとどまる。

 少女はすぐさま刃の方向を変え、勢いを殺さぬまま追撃を行う。細い路地の障害物を利用して、あざ笑うかのように跳躍するアインを追って何度も魔力刃を振り回すも、攻撃は全て紙一重で躱され、掠ることさえなかった。

 

「いい腕だ。よほどいい師に恵まれたのだろう……まだまだ荒削りだがな」

「くぅっ‼︎」

 

 苛立ちまじりに振るわれた横薙ぎを跳躍して躱したアインは、そのまま壁を蹴って上に登っていく。想定以上の身軽さに少女は目を見開くが、すぐさま自身も飛行魔法を用いてアインの後を追った。

 ビルの上にたどり着いた少女の前で、アインは鉄パイプを肩に担いで飄々とした態度で佇んでいた。

 

「ほら、好きにかかってこい」

 

 ひょいひょいと軽く鉄パイプの先端を揺らすアインの挑発に、フェイトの表情はわずかに歪む。だが怒りは胸の内に、頭は氷のように冷静なまま大鎌を構え、一歩を踏み出す。

 そしてその一歩は、一瞬のうちに少女の体をアインの背後へと運ぶ。音を置き去りにした魔法による移動方法・ソニックムーブを使用した少女の大鎌が、空中に三日月型の軌跡を描きながら振るわれた。

 視界の外から振るわれた一撃を防ぐ術などなく、アインの意識を刈り取る、かに思えたが。

 

「そして、申し分ない速さだ。だが、まだ遅い」

 

 フェイトに一瞥もくれることなく、アインは鉄パイプを魔力刃に向けて掲げ、斜めに斬撃を受け止めた。

 鉄パイプの表面を滑るように魔力刃は流され、少女の斬撃は虚しく空を切ってしまう。それだけではなく、空中で体勢を崩した少女の脇腹に向けて、アインの強烈な回し蹴りが繰り出された。

 

「あぐっ⁉︎ うわあああ⁉︎」

 

 カウンターに重い衝撃をくらい、少女の軽い体は軽く撥ねあげられる。しかしキッと鋭くアインを睨みつけ、すぐさま体勢を立て直すと大きく距離を取る。そしてすぐに、雷のごとく疾走した。

 狙いを定めさせないためにジグザグに左右に移動しながら、アインの死角を狙って大鎌の刃を振るう。

 しかしアインの目は、常人では追いつけない少女の姿を確実に追いつき、振るわれる金色の刃を受け止めて見せた。魔力刃と鉄パイプの間に火花が散り、夜の闇の中で金属音が反響する中、両者はまるで舞うように剣戟を交わしていく。

 

「このっ‼︎」

「甘い」

 

 少女の刃を鉄パイプで受け、弾き受け流すといった単調な作業を繰り返すアインに、疲労の色は全く見えない。

 少女は自分の攻撃がことごとく躱され、受け流されることに次第に焦りを見せ始め、戦況が長くなっていくごとに狙いが甘くなっていく。速度と正確さを追求した、相手を撹乱し一撃で仕留める戦法が通用していないことに、少女は戦慄の感情まで抱き始めていた。

 

「ウェエエエイ‼︎」

「ぐっ……⁉︎」

 

 ここで、今まで防御に徹していたアインが攻勢に出始めた。

 大鎌の刃にわざと鉄パイプを喰らい付かせ、刃を固定させることで反対に少女を振り回す。身長差のある少女の体は軽く持ち上げられ、遠く放り上げられてしまう。

 かろうじて着地し、身構えるもアインの怒涛の連撃を受け止めることしかできない。反撃どころか、躱すだけで手一杯だった。

 

(どうして……⁉︎ あんなただの鉄パイプなのに、どうして突破できないの⁉︎)

「くっ……‼︎」

 

 幾度となく自分のデバイスの刃を受けているはずなのに、鉄パイプは未だ健在である。削れて磨耗していてもおかしくないはずなのに、未だ剣の代わりとしてアインの猛攻に加わっていた。

 

「そらそらどうした⁉︎ こんなもので終わりなのか⁉︎」

「うっ⁉︎ ぐっ、あうっ‼︎」

 

 挑発気味にアインが吠えるが、少女にはもはや口を聞いている余裕はない。

 迂闊だった。感じられる魔力の低さや武装を施していないこと、そしてなによりこんな僻地の世界にいる魔導師だからと、相手を甘く見たことが仇となった。

 抵抗するならば多少の怪我は仕方がないと覚悟していたが、これではまるで立場が逆であった。

 

(そこらにあったものを、技術だけでまるで本物の剣のように操るなんて……⁉︎)

「あああああああ‼︎」

【Arc saber! 】

 

 焦燥に駆られた少女は、魔力刃から分岐させた光の刃を生み出し、アインに向かって一斉に撃ち放った。三日月型の光の刃が高速回転し、四方八方からアインに喰らい付こうと襲い掛かる。

 アインは刃が向かってくる刹那の間に、腰を落として鉄パイプを腰元に構える。まるで抜刀術のような構えをとり、鉄パイプの表面に満ちてと逆の手を添え、小さく口を開いた。

 

「ライトニング……スラッシュ」

 

 その直後、アインの周囲にかすかな風が起こり、甲高い音とともに少女の放った刃がまとめて砕け散った。

 少女は目を見開き、自らが放った魔法が粒子となって霧散する光景を凝視する。アークセイバーが、ひとりでに砕け散ったようにしか見えなかったためだ。何をしたのかさえ、少女には全く見えなかった。

 

「見所はあるが……やはり、まあまだ未熟者だな、小娘」

 

 アインは素直に少女の実力の高さを褒めながら、自分にはまだ及ばないということを仄めかす。

 怪物でも見るかのように凝視してくる少女をよそにアインはその目を鋭くし、ダラリと両手を下げた。

 

「ではいい加減ーーー終わらせようか」

 

 そう鉄パイプを構えたアインが、()()()()()()()()()呟いた。

 

「⁉︎」

 

 少女は一瞬だけ驚愕のために硬直しながら、本能的な判断でデバイスを前に構える。その直後、凄まじい衝撃によってデバイスごと強く揺さぶられ、勢いよく吹き飛ばされた。

 

 人間は基本、一つのものに集中し続けることはできない。注目し続けていたとしても、必ずその最中に意識のブレが生じる。

 このブレを見極め、相手の無意識の中に入り込むことで、あたかも瞬間移動したかのように移動し相手の懐に侵入することができる。「だるまさんがころんだ」をやるように、相手に意識が向いていない中での移動法が存在するのだ。

 これを、縮地という。

 

「あぐっ⁉︎」

 

 受け身も取れず、盛大に転がっていく少女は激しく体を打ち付け、苦悶の表情で体を丸める。

 何をされたのか、少女には全く理解が追いつかない。ただ漠然と、自分が認識できないうちに強烈な一撃を与えられたのだということだけはわかっていた。

 痛みをこらえ、体を起こす少女は混乱したまま思考を巡らせようともがく。

 

「い、今のはいったい……⁉︎」

「よそ見してる場合か?」

「‼︎」

 

 至近距離からかけられた声に、とっさにその場から飛び退く。

 その直後、振り下ろされた鉄パイプをかろうじて転がって躱し、火花を散らせるアインの足元から距離を稼ごうと立ち上がる。

 しかしその時にはアインは再び少女に肉薄し、鉄パイプによる刺突を繰り出そうとしていた。

 それを躱すことができたのは、単に少女が足をもつれさせ、転倒したからに過ぎなかった。

 

(ソニックムーブ……⁉︎ いや、違う! そんな生易しいものじゃなかった!)

 

 飛行魔法で低空を飛行し、さらなる追撃を躱す少女は、アインの持つ非常識なほどの実力に戦慄の表情を浮かべる。魔法を一切使っている様子もないのに、少女は手も足も出せていないなど信じたくはなかった。

 

(魔法の扱いじゃない、純粋な剣術の腕がものすごく高い‼︎ なんでこんな人がこの世界に来ているの……⁉︎)

 

 魔力量の差を物ともせず、そして氷のような冷静さで鉄パイプを振るうアインに、疑問が尽きない。

 しかし考えることも許されず、少女は横薙ぎに振るわれた一閃によって跳ね飛ばされ、地面に伏せることとなった。なんとかデバイスでガードし、直撃は避けたが衝撃は殺せなかった。

 意識が朦朧としたまま、屋上の壁に叩きつけられて息がつまる。

 

「あうっ‼︎」

 

 がっくりと項垂れる少女にはもう、起き上がる力さえ残ってはいない。

 ジュエルシードを確保しなければならないのに、逃げることすらままならずにいる。相棒(デバイス)を持つ手も震えるばかりで、全く力が入らなかった。

 

(だめだ……この人、強い……ううん、そんなものじゃない)

 

 あまりにも、彼我に戦闘能力に差がありすぎる。まるで台風に真っ向から立ち向かうがごとく、なすすべ全部が跳ね除けられ、屈服させられてしまう。

 わずかな攻防の間に、少女の心は折られかけていた。

 

「……見事だ、今のを反射だけで防いだか。だが、脳を揺らした。しばらくは動けまい」

「くっ……うっ……」

 

 反論すら少女にはできる余裕はなく、残った全力でデバイスを持ち上げ、威嚇するように突きつけることしかできない。

 アインは表情を変えず、ゆっくりと少女の元へと歩み寄っていく。疲労の限界に達した少女をとらえることなど、簡単なことだ。

 その時、アインの目がわずかに細められ、その足が止まった。

 

「それと……殺気がダダ漏れだぞ、犬コロ」

 

 そう口にすると同時に、アインの持つ鉄パイプが真横に振るわれる。

 立ち尽くすアインに向かってオレンジ色の影が襲い掛かるが、ぎらりと光る爪がアインに突き立てられるよりも前にメキィッと鈍く嫌な音が響き、襲撃者は苦悶の声をあげた。

 

「ギャン⁉︎」

「アルフ⁉︎」

 

 不意打ちの途中に、予期せぬ一撃をわき腹に受けたオレンジの髪の女は吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がりながら壁に激突する。少女の味方だったらしく、悲痛な叫びが響いた。

 

「ぐはっ⁉︎」

 

 背中からまともにぶつかったオレンジの髪の女は盛大に咳き込み、涙目になりながら腹を抑える。

 肌を露出したヘソ出しルックに籠手と足甲を備え、マントを羽織ったさらなる乱入者。アルフと呼ばれた女の側頭部からはイヌ科のものと思わしき三角形の耳が、臀部からはふさふさとした尻尾が生えていた。

 

「……使い魔か。まだ若いな、数年といったところか」

 

 普通の人間には見られない特徴的な異形の特徴に、アインは目を細める。

 獣を素体とした儀式から生まれる、魔導師のサポート行うために存在する魔法生命体、使い魔。

 奇襲を易々と見抜かれ、反撃を食らった使い魔アルフは戦慄の表情を浮かべながら、鈍く痛みの残る体を叱咤して体を起こす。

 素体となった獣の性質が色濃く残るゆえに戦闘、特に狩猟能力が優れているため、彼女の気配はほぼ完全に遮断されていたはずだった。

 しかしこの騎士はそれに気づいただけではなく、全く狼狽した様子を見せずに攻撃を躱し、急所を微妙に外した一撃を加えてきたのだ。まるで攻撃が来ることをわかっていたかのように、淡々と反応して見せた。

 その反射神経と危機察知能力、そして度胸はまるで人間とは思えなかった。

 

「ば、化け物かいこの女⁉︎」

「失敬な。……まぁ、間違いではないか」

 

 痛みをこらえつつ、アインを睨みつけるアルフ。

 アインはそんな彼女にしかめっ面を見せてから、すぐに居心地悪そうに目を反らして頭をかいた。

 するとアインが視線を外した一瞬のうちに、脳を揺らされたショックから立ち直った少女が魔法を発動し、アルフの元へと移動する。だが音速の移動中、アインがひょいと差し出した足に引っかかり、少女はあっけなく半ばで転ばされてしまった。

 

「フェイト!」

 

 主人の危機に立ち上がろうとするアルフだが、うつぶせに倒れた少女ーーーフェイトの首元に突きつけられた鉄パイプを目にして動きが止まる。憎々しげにアインを睨みつけ、握りしめた拳を震わせるアルフだが、アインはフェイトから目をそらさず表情も変えない。

 人質のような扱いになっていることに気づき、悔しげに歯をくいしばるフェイトは、それでも使い魔の方へ心配そうな目を向ける。

 

「アルフ……‼︎ 大丈夫……⁉︎」

「ぐっ……私は大丈夫さ。それより……」

「うん……手を、出しちゃダメ……この人、すごく強い」

 

 もう刃を交えなくとも分かる。二人掛かりであろうと通用しない、それほど彼我には戦闘能力に差がある。

 何より今、二人に向かって降り注いでくる圧倒的な覇気が、反抗する気力を奪い去っていた。

 

「最初からここまで本気で向かってくるということは、私が管理局員だとわかってのことだろうな?」

 

 襲撃されて今更だろうが、一応の確認としてアインは二人に尋ねる。現行犯として捕らえておくこともできるが、情報はあったほうがいい。そう考えて、アインは鋭い目を二人に向け、嘘偽りを一切許さない上で質問する。

 しばらくの間無言が続いたが、やがてアルフの方から唸るような声が届いた。

 

「……知ったこっちゃないよ。あたしはフェイトのためなら何だってやるだけさ」

「見事な忠義だ。改めて君たちの名を聞こうか」

「……名乗っても、意味はない」

 

 獲物を首に突きつけられながら、フェイトの声からも屈した様子はない。どんなに不利な状況であっても、譲れない目的があるのだろう。

 アインは素直に、二人の意志の強さに感心した。

 

「いい心がけだ。馬鹿正直に名乗るやつならこんな大それた真似はしまい」

 

 そう答えたアインの持つ鉄パイプに、パリパリと雷電が走る。威力は弱いが、人一人を昏倒させるくらいは簡単にできる程度の電流が、フェイトのすぐ至近距離で迸った。

 

(私じゃこの人には……勝てない……‼︎)

 

 詰みの状況に、フェイトは悔しさに顔を伏せ、表情を歪める。目的をまだ何も果たせていないのに、手も足もできずに組み伏せられている現状が、鋭い刃となって心に突き刺さっていた。

 

「フェ、フェイト‼︎」

「大人しくしてろ、ワンコロ」

 

 主人を救出しようと踏み出したアルフだったが、直立のままのアインに一瞥もくれられずに蹴り飛ばされる。

 まともに立ち上がれないほどのダメージを負った相手は、もはや脅威とは言えなかった。

 

「ギャウッ⁉︎ い、犬じゃない‼︎ 狼だコラっ……痛ぅ‼︎」

 

 聞き捨てならない言葉に抗議するアルフだが、二度もけられた腹部を抑えて悶絶してしまう。

 行動不能に陥った使い魔に目をやったアインは、冷たい双眸を目下の少女に向ける。

 

「さて……覚悟はいいか?」

「ぐっ…………‼︎」

 

 肯定の答えなど帰ってくるわけがないが一応の礼儀として確認し、苦悶と悔しさの混じったうめき声だけを聞き取る。

 アインはせめて痛みのないように終わらせてやろうと、帯電する鉄パイプを高く掲げて構える。ここで気絶させ、詳しく話を聞くために別の場所で拘留するつもりだったが、使い魔にはそうは見えなかったらしい。

 

「うわあああああ‼︎ やめろぉぉぉぉ‼︎」

 

 主人の命の危機と思い込んだ、悲痛な悲鳴が響き渡る。

 アインはそれを無視し、いったんの終止符を打つために得物を振り下ろそうとした、その時だった。

 

「ーーーごめん、なさい。母さんーーー」

 

 か細く、消えそうな声で紡がれたその言葉に動きが止まる。

 フェイトの首筋の寸前で止められた、今もなおパリパリと帯電する鉄パイプに、フェイトは驚愕に目を見開く。わずか数ミリの距離で静止している一撃に、少女は混乱していた。

 

「……やめだ」

 

 同じくぽかんとした表情で固まっているアルフの前で、アインはだらりと脱力し、持っていた鉄パイプをぽいっと傍に放り捨てた。

 アインが場から気だるそうにどくと、フェイトはすぐさま体を起こして離れ、警戒したまま困惑の眼差しを送る。

 先ほどまで凄まじい覇気を放って退治していたというのに、今は全く気迫が感じられない。まるで抜け殻のようだ。

 グリグリと肩を回したアインはため息をつき、その場からさっさと歩き出し始めた。

 

「興が冷めた。今日はもうここで失礼するとしよう」

「あっ、えっ……⁉︎」

 

 急に言われて、フェイトは混乱する。

 今日はここで失礼? 見逃された? なぜ?

 一瞬前までとの行動の関連性が見つからず、間抜けな顔を晒してぺたりと座り込む他にない。

 

「え……え……?」

「フェイトォ‼︎」

 

 呆けたままの主人に、アルフが心底暗視した表情で飛びつく。動く気力もない少女はなすがままになり、抱擁やら頬ずりやらを受け入れる。

 

「うわああああ……よかった、よかったよぉ……」

 

 安堵から泣きじゃくるアルフをなだめながら、フェイトは遠くなっていくアインの背中を睨みつける。

 見逃されたことは喜ぶべきなのかもしれないが、理由が分からなければ納得はできない。まさか、自分たち程度の相手などいつでも捕まえられるという自慢の表れなのだろうか。

 そんなことを思っていたフェイトの元に、不意に何が放り投げられた。

 慌てて掴み取ってみれば、手のひらの中に落ちてきたのは発動前のジュエルシードであった。

 フェイトとアルフは目を見開き、ますます訝しげな表情でアインを凝視した。

 

「ど、どうして……」

「それはやるよ。もともと私一人が持っていても仕方がないからね」

 

 気だるげな表情でそう告げたアインは、バリバリと頭を掻いて虚空を眺める。その横顔からはなぜか、面倒なものを任せて安堵するような感情が見えた気がした。

 

「それに、私だけでは封印できんからな。手間が省けた」

「なっ……」

「ではな。あまり妙なことはするなよ?」

 

 そう言うが早いか、アインはひらひらと手を振ってフェイトたちの前から立ち去っていく。

 フェイトもアルフも呆気にとられたまま見送りそうになるが、アインが屋上の端にたどり着いた時点でやっと我に返った。

 

「あ、アンタ……一体どういうつもりだい? 管理局員なんじゃ……⁉︎」

「休暇中のな。生憎休みを返上してまで次元犯罪者を捕まえようとは思わん」

 

 振り返ることもなく、本気で面倒くさそうに返すアインの背中は、先ほどの鬼神のごとき強さを誇る戦士とは全く思えない。いつのまにか別人と入れ替わっていたと言われても納得してしまいそうだった。

 

「じゃあな」

「ま、待って!」

 

 アインが屋上から飛び降りようとした時、フェイトが大きく声を上げて呼び止める。

 立ち止まってくれるとは思っていなかったために一瞬呆けるが、すぐさま表情を真剣なものに改めてじと見つめる。

 

「……あなたは、いったい何者なんですか」

 

 彼女は、フェイトにとってはあまりに不思議すぎた。

 自ら管理局員であると名乗り、圧倒的な力量の差を見せつけながら、急に手のひらを返したように手を引くと言う。行動が読めず、理解が追いつかない。

 そんなフェイトに、アインはニヤリとずるそうに笑って見せた。

 

「アイン・K・アルデブラント。……まぁ、通りすがりの騎士さ」

 

 その直後、アインの姿がフェイトとアルフの前から消える。

 するとまるで嵐がさった後のように、どっと疲れと安堵が二人の方にのしかかったように感じた。最初から最後まで引っ掻き回されたようで、精神的に非常に疲れてしまった。

 

「……何だったんだい、アイツは」

「わからない……でも確かなのは、あのままだと私たちは負けていたってこと」

「うっ……」

 

 最悪の事態を夢想し、アルフは苦い表情で肩を落とす。誇張や冗談ではなかった。

 鉄パイプで向かってこようとした時には頭にきたが、あれはあくまで最低限のハンデであったのだ。

 もし彼女がちゃんとしたデバイスで向かってきていたらまず間違いなく、なんの抵抗もできずに無力化されていたことだろう。考えただけで、ゾッとする。

 

「……次に会ったら、必ず」

 

 だが、ここで終わるわけにはいかない。

 幸い、理由は知らないが現在の彼女にはデバイスを使用できない事情があるらしい。その間に対処する手段を取らなければならない。

 自分とアルフを歯牙にもかける様子がなかった、一人の女騎士の顔を思い浮かべたフェイトは固く拳を握りしめ、肩を静かな怒りで小刻みに震わせるのだった。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

 夜道を一人歩きながら、アインは物思いに耽る。

 その顔は、まるで剣のように鋭く、そして冷淡であった。

 

(……事故で流出したジュエルシードを狙う、おそらくはユーノや私と同じ世界から来た魔道士……)

 

 先ほどの攻防を思い出し、眉間に皺が寄る。

 アインにとってはまだまだ未熟であったが、一般的な武装局員にとっては間違いなく脅威となる実力者であった。あれは相当な腕を持つ師に鍛えられ、訓練を重ねてきた賜物であろう。

 それゆえにわからない。なぜそんな人物が、この世界にここまで早くたどり着き、ジュエルシードを求めるのか。

 

(タイミングが良すぎる……少なくともこの地球にジュエルシードが落ちることなど、予測できるはずがない……)

 

 考えれば考えるほど、この一件には疑問が生じる。あらゆることに疑念が生じ、何を信じればいいのか全くわからない。

 事の始まりは、ユーノの一族が手配した輸送船の事故。そしてそこから地球に流出し、手に入れようとする者が現れた。

 

(果たして次元船の事故は本当に事故だったのか……それとも……?)

 

 一体どこから人為的な意図が混ざり始めたのか、あるいは初めから何者かの悪意が混ざっていたのか。ろくに制御もできないロストロギアを求めるなど、危ない橋を渡る目的は一体なんなのか。

 全貌を見渡すにはまだまだピースが足りず、空欄を想像で補うことしかできないが、それでもまだ真相が見えない。

 そこでアインは、いつの間にか自分がこの一件の奥深くにまで浸かってしまっていることに気がついた。

 

「……あぁ、いつのまにか仕事モードに入っていたようだな」

 

 ため息をつき、本来の目的を思い出すアインは肩を落とす。

 休むつもりでこの世界に来たというのに、知らないうちに仕事をする気になっていた。これではまるで、事務の局員たちと同じ社畜のようではないか。

 日々ゾンビのように書類に向き合っては呻き声を漏らしている同僚たちを思い出し、アインの目が腐っていく。少し前まで自分も同じところにいたことを思い出し、げんなりしてしまう。

 

「はぁ、私は休暇で来たはずなのに……なんでこうなるんだろうな」

 

 頭上を見上げれば、憎たらしいくらいに月が煌々と光を放っている。

 世界を超えても心労が絶えないことを察したアインは、再び大きなため息をついて肩を落とすのだった。




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