【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
「ーーーうん。ここだとよく見える」
旅館からほど近い、海鳴市の夜景を一望できる展望台に赴いたなのはが、手摺りから少しだけ身を乗り出して呟く。風呂から上がり、浴衣に着替えた彼女は就寝する前に、外の空気を吸おうと抜け出してきたのだ。
胸元からレイジングハートを取り出し、手のひらの上に乗せて語りかける。
「ねぇ、レイジングハート。聞こえる?」
【
「ごめんね、ほったらかしにしちゃって」
家族の前でレイジングハートに話しかけるわけにはいかない。そのため放置する形になったことが申し訳なくなったが、相棒は気にしないでいてくれていたようだ。非常に気遣いのできるデバイスである。
ちなみにユーノは美由紀に捕まって布団の中に連れ込まれている。恨み節が聞こえてきた気がするが、なのはは苦笑して謝るだけであまり気にはしなかった。
「レイジングハートともお星様を見たいなって思って……一緒に付き合ってくれる?」
【All right.】
了承してくれたレイジングハートに微笑みを返しながら、なのはは展望台の淵を歩き始める。高く設けられた地面の上から、自分の住んでいる街を俯瞰的に眺めてみた。
普段の生活で見る街の光とは違う風景に、なのはは不思議な気分になる。自分があの場所にいた時は光の中にいるようで、身近でそこにあることが当たり前のような感覚がしていた。
だがこうして遠くから見ると、自分の元にはない光を他の誰かが持っているような、自分以外の人々の暮らしというものがありありとわかるような気がする。漠然と感じていた〝誰か〟というものが、目で見て感じられる気がした。
「……このあたりにも、ジュエルシードの反応はなさそう?」
【
「そっか……油断はできないんだね」
思わずレイジングハートを握りしめ、こみ上げる気持ちに息を呑む。ユーノやアインには気にするなと言われてしまったが、やはりジュエルシードの捜索を休んでしまったことに気が咎める。
もし今、この時にあの街の光に中でジュエルシードが発動したら、間に合わなかったら、そんな思いが頭をよぎってしまう。今は自分たちだけがあの街に巣食っている悲劇の
「21個のうち、封印できたのは5個。残るは16個……まだまだたくさん残ってる」
4分の1も問題は解決していない、そのことを改めて口にし、なのはは真剣な表情で夜空を見上げる。
この街を、世界を守れるのは自分たちだけ。そんな実感もわかないような大きな責任を背負うつもりで、なのはは天に拳を強く突き出した。
「ユーノ君を助けるために、頑張らないとね!」
相棒を、そして自分自身を鼓舞するように力拳を握り、己の意志を改めて口にしたその時だった。
ドクン、と。
目には見えない、常人には聞こえない確かな力の波動が脈動のように大気を走り、なのはのもとにまで響き渡ってきた。
これまで幾度も感じたことのある、この冷たい氷を背中に押し付けられたかのような感覚は間違いない。自分たちが追っている魔法の宝石が目を覚まし、世界に向かって鋭い牙を剥こうとしているのだ。
〔ユーノ君!〕
〔うん、なのは! ジュエルシードだ!〕
ユーノに確認するように、叫ぶような勢いで念話をつなぐと間髪入れずに肯定の返事が帰ってくる。
そう聞いた瞬間、なのはは浴衣の裾がまくれ上がり、乱れていくのにも意を介さずに走り出した。着替えに戻ることなど全く考えず、行動を繰り返すジュエルシードの元へとただ急いだ。
レイジングハートを介してなのはの声から心情を察したユーノは、慌てて呼び止めるために再び念話をつなぐ。
〔待ってなのは! ボクが行くまで……!〕
〔ダメ……待てない!〕
ユーノの制止も聞かず、なのはは走り続けた。運動が苦手なせいですぐに息が上がりそうになるが、胸の内で燃える感情が体に力を与える。
「また誰かが巻き込まれちゃうかもしれない!」
なのはの中には焦燥感があった。今すぐに向かわなければ、まただれかの涙が流れることになってしまうかもしれない、そう思っていた。
最初は、自分に力がなかったためにユーノが傷つき、次には対処が遅れたためにアリサとすずかが嫌な思いをさせられてしまった。ユーノやアインの手助けがなければ、もっとひどいことが起きていたかもしれない、そう思うと背筋に冷たいものが走った。
今抱えているこの気持ちは、かつて父・士郎が倒れた時と似たものだ。大切な人が目の前で傷つき、泣いているのに自分の小さな手は何もつかむことができず、ただその場で小さくなることしかできない。この気持ちは、その時と同じ種類の無力感だった。
「この間はちゃんとできた……! 魔法だって、アインさんやユーノ君といっぱい練習した! レイジングハートも一緒にいてくれてる! だからきっと大丈夫!」
何度も口にし、恐れる心を押さえつけ走り続ける。今すぐに向かわなければ、間に合わねば、そんな強迫観念のような思いに背中を押されながら、なのははレイジングハートを握りしめる。
「レイジングハート、セーットアーップ‼︎」
光に身を包み、戦闘装束へと姿を変えるなのは。
そんな彼女の視界の端で、森が動いた。
光が、森の中で輝きを放つ。
膨大な魔力を秘めた魔法の宝石がある個体の意識を察知し、その願いを叶えるために動き始めた。それも、誰も望んだわけではない歪んだ形で。
数本の木々が立ち並ぶ、湖畔の陰。周りの樹よりもひと回り太く大きな樹の根元で、一組の男女が持った宝石が強い光を放つ。身を隠すように入り込んだ大樹の根元で浴衣を着崩させ、密接に体を絡み合わせた二人の男女が願ったのは、『このまま二人で永遠に一緒になる』こと。
悲痛な表情で女性を抱きしめる男性と、同じくらいに悲しげな顔で涙を流す女性。どういった経緯でそんな願いを抱いたのかは知る由もないが、とにかく非常に強い思いから生まれた願望であったこと、そして強烈な負のエネルギーが発せられていたことで、ジュエルシードはこれまで以上に歪んだ形でその願いを叶えようとした。
二人一緒になりたいのなら、心も体も一つのものに。永遠を過ごしたいのなら、外界からの干渉の一切を拒絶する力を。そしてそれを邪魔するものを、容赦無く排除する力を与える。
そうして生まれたのは、周囲の木々をも巻き込んで構成される植物の怪物。
枝が男女を覆い隠す巨大な繭を創り出し、放出された樹液によって二人を閉じ込め、時間を固定してしまう。ざわざわと枝や葉が茂り芽生え、数本の幹が集まって強靭な肉体に変えていく。ちょっとしたビルも超えるほどの高さまで育ち、そこからさらに頭上を覆い尽くさんとするほどに枝が広がっていく。
伸びた枝はまた数本が束となり、めきめきと形を変えたかと思うと、鋭い牙を持つ大蛇のような蔓へと変貌する。目のない、しかし鋼鉄並みに硬い生木の蔓は咆哮を放ち、中心にいる男女に近づこうとする獣や鳥を排除しようと蠢き始めた。
「ギュオオオオオオオオ‼︎」
大気が揺れるほどの巨大な咆哮に、木々に止まっていた鳥たちが一斉にバサバサと飛び立ち、獣たちが逃げ出していく。
さっきまで何事もない平和な森であったのに、突如として危険な怪物が暴れ始めたことにパニックを起こし、森は一瞬で地獄と化した。飛び交う鳥は薙ぎ払われ、獣たちは蔓の蛇に丸呑みに、あるいは噛み付かれ締め上げられていく。強大な魔物に、地球の獣たちはあまりに無力であった。
木々の根元で丸まり、眠りについていた3匹の子猫もまた、突如始まった地獄に尻尾を丸め、カタカタと小刻みに震えていた。非力な彼らに対抗する力などあるはずもなく、逃げ出すための勇気も失われてしまっている。
そんな格好の獲物に、蔓の蛇はにたりと笑うように顎門を開き鋭い牙を剥き出しにして襲いかかった。
「ギャオオオオオ‼︎」
哀れな3匹の子猫は、恐ろしい咆哮に縮こまる他にない。3匹で一つになり、襲いかかるであろう痛みを覚悟して目を背けるだけであった。
だが、子猫たちの肉が裂ける音も、血が噴き出す音もしなかった。
代わりに周囲に響き渡ったのは、落雷のような強烈な破裂音と鈍い衝撃だった。
「⁉︎」
蔓の蛇が大きく顎門を開いたまま、空中で止められている己自身に驚愕する。鋭い牙は子猫に届くことはなく、目前に展開されている帯電している金色の光の盾に防がれている。ばちばちと電流が蛇の体にも走り、焦げ臭い匂いが辺りに立ち込めていく。
これはなんだ。意識とも呼べない機械的な思考で、蛇は目前の状況を分析する。
己に向けて雷光の盾をかざしているのは、同じ金色の長い髪を持つ幼い少女。幾何学的な模様の入った円形の盾を展開する黒いワンピースの少女は、黒のリボンでツーサイドアップにまとめた髪を揺らしながら、年齢に似合わぬ殺気のこもった表情で、赤い宝石のような瞳で睨みつけている。
ただの一撃で壊れそうな薄い盾だというのに、蛇は全くそれを破壊することができない。それどころか、電流による麻痺のせいで全く動くこともできなくなっていた。
「バルディッシュ」
動きを止めた蛇の前で、少女が凛とした声を発する。すると、少女の手の中にある三角形の金属のかけらが低い声を放った。
【Get set.】
その瞬間、少女の展開する光の縦が光を強め、とてつもない衝撃と電流が蛇に襲いかかった。強化されているとはいえ、所詮は植物である蛇はその威力に耐えられず、わずかな抵抗だけを残して電流の本流に飲まれ、消滅してしまう。
張り巡らされた触手の一本が破壊されたことを察したジュエルシードの暴走体の本体は、自身を破壊しうる力を持った少女を最優先に排除すべき〝敵〟と認識した。
暴走体は自身をじっと睨みつけるようにして佇む少女に向けて、他の蔓にも突撃の命令を下す。他の邪魔者を排除するよりも先に片付けねば危険と判断した蔓の動きは素早く、暴走の影響下にない他の木々をなぎ倒しながら、少女の小さな体を叩き潰そうと一斉に迫った。
だがそれよりも先に金色の少女が動く。天に向けて、手のひらの中にあった金属片を掲げ、光をまとい始めたのだ。
【Barrier jacket set up.】
金属片の声が発せられると同時に、少女の衣服が光の粒子へと変わる。黒のワンピースに包まれていた真っ白な肌が晒され、息をのむほど美しい肢体があらわとなる。余計な肉のついていない四肢、ほのかに膨らんだ胸部と臀部、すらりと長い足が次の瞬間には光ん粒子に包まれていく。
電流とともに形成されていくのは、体にぴったりと張り付く水着のような衣装。体のラインを思い切り強調するようなそれをベルトのような装飾が締め、方からはマントが垂れ下がる。
幼い見た目でありながら、どこか蠱惑的な魅力を放つ彼女がそれをまとえば、常人にもいかがわしい気分に陥らせることであろう。
【Axe form.】
最後に少女の持っていた金属片が浮き上がり、無数のパーツが合わさって一本の斧になっていく。黒く硬い重厚感を感じさせる戦斧を携え、少女ーーーフェイトはキッと鋭く蛇の蔓の群れを睨みつけた。
「はあああああ‼︎」
勇ましい咆哮とともに戦斧を振りかざすと、愛機・バルディッシュの宝玉が光を放ち、空中に斬撃の軌跡を描き出す。
三日月のような円弧を描く無骨な刃が大気を切り裂き、襲いかかる蛇の胴体を次々に両断し、地面に転がしていく。魔力で強化されているとはいえ所詮は植物である蔓はたやすく両断され、汚らしい樹液を垂らしながらぼとぼとと雑な輪切りにされて落下していく。
しかし両断された蔓の一部はその動きを止めず、わずかな間のたうちまわったかと思うと、やがてそれぞれで1匹の蛇のように形を変えてフェイトに飛びかかっていく。独立した個体となった蔓が牙を剥き、蛇の蔓の群れを叩き斬るフェイトに喰らいつこうと鎌首をもたげ、一斉に飛びかかっていく。
フェイトはその場から大きく跳躍し、曲芸師のように宙返りをしながらその場を離れて、蔓や蛇からの攻撃を躱していく。蛇と蔓が集まったところで、フェイトはバルディッシュを構え先端から雷を放出した。
バリバリと眩い雷光に荒らされた蔓はほぼ一瞬で焼き尽くされ、いびつな形の炭となって地面に転がり、ボロボロと崩れていく。生木で水分が豊富であるため、炎で焼くよりも感電させた方が効果が高いらしく、予想以上に広範囲の蔓が薙ぎ払われた。
「ギュオオオオオ⁉︎」
しかし暴走体もただやられるだけではない。自身の根を地中から伸ばし、死角からの不可視の攻撃を加えようとうごめき始める。近づいてくる気配に、フェイトが鋭い表情で戦斧を構えた時。
「てえええええええ‼︎」
突如、全く予想しない方向から幼い少女の声が響き渡ってくる。フェイトはハッと振り向区と後方に向かって跳躍し、枝の結界をぶち破りながら迫ってくる桜色の閃光を前にして、眩しさに目を手で遮った。
上空からジュエルシードの暴走体の姿を発見したなのはが、索敵に引っかかる前に渾身の砲撃を放ったのだ。フェイトの周囲にあった蔓は一瞬で蒸発し、地面も抉って根まで焼き尽くされると、枝が埋め尽くしていた場所にぽっかりと空間が生じる。
自身が撃ち抜いた穴を通り、本体の目前にまで到着したなのはは、男女を取り込んで脈動するジュエルシードの光を見据える。レイジングハートの砲口を向けて構えると、再び強烈な封印砲を放とうと自分の魔力を収束させていく。
「ジュエルシード、封印……!」
桜色の閃光が放出されるその直前、動きを止めていた暴走体が不意に動き出した。なのはを新たな敵と認識し、排除するために新たな枝と蔓を伸ばすと、ゴキゴキと不気味な音を響かせて攻撃を再開し始めた。
「うにゃっ⁉︎」
今まさに発射しようとしていた魔力砲はなのはが離脱したために霧散し、縦横無尽に襲いかかる枝に逃げ惑うことになる。シューターを発射して迫り来る攻撃を相殺するも、物量の違いによって徐々に押され気味になっていた。
その時、なのはが苦戦している間に、フェイトが再び動いた。迫り来る蔓に向かって自ら向かっていったのだ。
当然好都合とでも言うように大量の枝と蔓が向けられるも、加速した少女にかすることも叶わなかった。わずかな間に攻撃のパターンを学んだ少女は、完全に攻撃の全てを予測し回避していく。不可視のはずの地中からの根の妨害も、さしたる蝋梅も焦りもなく対処し、一気に本体に向かって突入していった。
「ギュオオオオオオオオオ‼︎」
まるで焦るように、暴走体がさし向ける枝と蔓の数が増大する。まるで壁のように向かってくる攻撃を、フェイトは雷光のごとき速度で攻略し、男女を包む繭の目前にまで到達した。
「ジュエルシード、封印!」
【Scythe Form.】
バルディッシュの刃が展開し、魔力刃を備えた大鎌の形態へと変わると、少女はそれを頂点からまっすぐに振り下ろす。
中心にいる男女を引き離すように繭が斬り裂かれ、眩い光がその裂け目から放たれる。溜め込まれていた膨大な魔力が裂け目から吹き出し、爆発となると轟音と衝撃をあたりに撒き散らした。
元凶たるジュエルシードが強烈な魔力攻撃を受け、力の供給が絶たれたことで周囲の枝も勢いを失い、しおしおと弱々しく元の普通の木々へと戻っていく。
光が徐々に収まり、静かな森へと戻った湖畔のほとりには、解放された男女が並んで横たわる。その真上にはジュエルシードが浮遊し、男女たちに取り憑くように未だ怪しい光を放っていた。
フェイトは無言でジュエルシードに近づき、バルディッシュの宝玉をさし向ける。すると、宝玉に触れたジュエルシードがバルディッシュの中に吸い込まれていった。
【Receipt No.16.】
凄まじい先頭の後であったにもかかわらず、フェイトの表情に疲労の色は見えない。軽い運動程度のようにわずかに呼吸を早めているだけで、それだけで彼女が鍛えられているということがよくわかった。
目的のものを回収し、愛機を見下ろすフェイトの元に、なのはが恐る恐るといった体で近づいていった。
「……あ、あの、待って……!」
「それ以上近づかないで」
いきなり大鎌型のデバイスの刃を突き付けられ、話をしようと歩み寄ろうとしたなのはの足がピタリと止まる。自身の目をまっすぐに射抜く、金髪の少女の目の鋭さにひるみ、なのはは口を開くことができなくなった。
「……‼︎」
今まで人に向けられたことのない、はっきりとした敵意に晒されたなのははごくりと息を飲み、冷や汗を流しながらフェイトを見つめる。不安げな表情でレイジングハートを胸元に抱えるも、目をそらすようなことはするまいとぐっと耐えていた。
「あの……あなたもそれ、ジュエルシードを捜してるの……?」
意を決し、鋭い視線に慄きながらも尋ねるなのは。緊張のせいか怯えのせいか、少しとんちんかんな質問になってしまったように思うが、今のなのはにはそこまでの余裕はない。口を開けただけでもよくやった方だ。
返事はなく、フェイトは魔力刃を突きつけたままじっとなのはの方を見据えてくる。まるでフェイトの存在そのものが冷たい刃のようで、年はそう変わらないはずの少女に恐怖感を感じるほどだった。
「あの、お話ししたいだけなの……! あなたも魔法使いなの、とか……なんでジュエルシードを探してるの、とか……」
なのはの問いに、フェイトは一切答えない。おもむろに動いたと思えば、片手で突きつけていた大鎌を両手で構え、月光に漆黒の光沢を反射させた。先ほどよりも強く感じる敵意に、なのはは慌てたように後ずさった。
それでもなお対話を促すなのはだったが、彼女がさらに口を開くよりも先にフェイトの姿が消える。
いや、なのはが反応できないほどの速度で接近し、デバイスの魔力刃を振り抜いてきたのだ。
「⁉︎」
とっさに身を引けば、胸のすぐ前を金色の魔力刃がかまいたちのように通り抜け、空気を切り裂いていく。まず間違いなく自分を仕留めるつもりで放たれた攻撃に戦慄するなのはは、すぐに厳しい表情に改めてフェイトに向き直る。
再び視覚から大鎌を振りかぶり、迫ってくるフェイトを見つけると、なのははレイジングハートを前に構え、斬撃をかろうじて防ぐ。
ギチギチと金属同士が噛み合う嫌な音が耳に届き、腕にかかる負荷と一緒になってなのはの眉間に皺がよる。少女の細腕からは想像できない膂力により徐々に押し切られそうになるが、なのはも負けじと押し返し、両者は自然と見つめ合う形となった。
「待って! 私……戦うつもりなんてないのに‼︎」
「だったら、私とジュエルシードに関わらないで」
「だから……! そのジュエルシードはユーノ君の……」
フェイトはなのはと問答をするつもりは全くないようで、命令するようにはっきり告げるだけで会話にならない。
なぜそこまでの敵意を持てるのかわからず、なのはは若干の怯えを抱きながらもフェイトの目を見つめ返す。
フェイトはそんななのはを拒絶する冷たい眼差しを送ると、無理やりバルディッシュを振り抜くことでなのはを振り払い、魔力刃を振りかぶる。
【Arc saver, Saver explode.】
【Protection.】
レイジングハートが自己の判断で障壁を張った瞬間、なのはに向けて金色の円弧状の魔力刃が射出される。空を裂いて飛来した魔力刃は障壁にぶつかると、強烈な衝撃を放つ爆発を生み出した。
「きゃああああぁっ‼︎」
障壁によってダメージはないものの、爆発の勢いでなのはの体は軽々と吹き飛ばされる。体勢を整えることもできず、また我に帰る暇もなく、目をつぶって悲鳴をあげるなのはに再びフェイトが肉薄する。
反応すらできずにいるなのはに向けて、周囲に多数の雷の球体を並べたフェイトが小さく口を開いた。
「…………ごめんね」
その小さな声に、意識が飛びかけているなのはは思わず薄目で少女の方を見る。その瞬間に見えた表情に、なのはは胸が締め付けられるかのような感覚に襲われた。
だがそれを確かめる間もなく、落下していくなのはに向けていくつもの雷球が襲いかかる。激しく放電する雷球が一斉に迫り、なのはの視界が金色の光に覆われた、その瞬間。
「……子供の喧嘩にしては、少しばかりおいたがすぎるんじゃないのか?」
そんな声とともに、雷球が一斉に弾け始める。周囲の大気を轟かせる爆発のような放電が発生し、一瞬だけ辺りが真昼のように明るくなる。フェイトの所にまで爆風が及びんで長い金髪がなぶられるも、フェイトはその場から全く動くことなく爆心地を見据える。
轟音が響き渡る中、フェイトの目が鋭く細められる。
煙が晴れ、なのはが落下した場所がようやく見えるようになっていく。そこには、気を失ったなのはを抱きかかえた背の高い女性の姿があった。いつか、自分と相棒を片手間のごとく圧倒したあの騎士だ。
魔力弾の直撃を受けたはずのなのはに、目立った外傷は見受けられなかった。おそらく彼女が攻撃を防いだのだろう、脇に味方を抱えながら。
「……また、あなたなの……?」
なのはよりも警戒心をあらわにしながら、フェイトがアインに向けて呟いた。予想はしていたが、アインがあの少女の味方であることに若干の落胆を感じる。見逃された恩のようなものがあるが、やはり敵なのだ。
そう思うと、なぜか胸の奥がぎゅっと苦しくなるような感覚を覚え、フェイトの表情がやや暗くなる。首を振ってその思いを振り払っていると、真下からアインが声をかけて来た。
「よく会うな。このあいだの使い魔は元気か?」
「…………今は来ていない。ここには私だけ」
「そうか」
返事があったことが嬉しかったのか、騎士はその口元にわずかに笑みを浮かべる。敵であるのにこの気安さを保ったままというのは、フェイトには理解できず険しい表情になる。
だがすぐにアインの足元で横になっているなのはに目を向け、きつい口調で口を開いた。
「今度は手加減できないかもしれない……ジュエルシードは諦めて」
「あいにく、そんな脅しで引き下がるほど肝は小さくないんだよ。私も、この子も」
アインはなのはに呆れたようなため息をつくと、目を細めてフェイトの方を向く。以前感じたことのある、彼女の殺気が離れていても伝わって来た。
「まだやると言うのなら、私がまた相手になるぞ。それでもいいのなら……いつでもかかってくるといい」
「…………」
冷や汗を流しながら、フェイトはアインを見つめる。
この場で彼女を一人で相手をするのは得策ではない。しかし目的を果たすためには、騎士が守っている少女が持っているものが必要になるのだ。そのことを思えば、このまま引くという選択肢は選ぶ気にはなれなかった。
往くことも退くこともできず、膠着状態に陥ろうとしていた時だった。
どろり、と。
背中を伝うねっとりとした感覚が、アインたちを襲った。
「‼︎」
アインは鋭く目を見開き、殺気を纏わせながら振り返った。一瞬だけであったが、確かにこちら側に対して害意を持つものの視線を感じ、警戒を強める。それも単体ではない、複数の気配がアインとなのはを取り囲むようにして突然現れたのだ。
フェイトもまた、不意に向けられた視線を感じ取って身構える。巧妙に隠された、しかし確かな悪意のような感情を肌で感じ、二人は険しい表情で周囲を見渡す。
「……なんだ、この気配は」
地球で向けられるとは思っていなかった嫌な視線に、アインは懐に手を忍ばせながら眉間にしわを寄せる。
その時、茂みや草をかき分けて、ユーノが姿を現した。小さな体でようやくここまでたどり着いたらしい。
「アインさん! 気をつけてください! 半径100m内に、未確認の魔法生命体の反応が……‼︎」
「なんだと……⁉︎」
ユーノからもたらされた報告に、アインは目を見開いて警戒をさらに強める。
地球に魔法文化はない、その上生物が魔力を持つことは非常に稀なはずである。なのはという例外は確かにあるものの、地球でそのような存在が確認されることはまずないのが常識であった。
なのにそんな存在がいくつも確認されるというのは、納得できるものではなかった。真っ先に魔法の知識を持つ何者かの干渉を疑っていたアインだったが、森の陰から姿を現したものたちの姿を目の当たりにし、言葉を失った。
「…………バカな」
ギチギチと、カサカサと、気味の悪いは音や声を響かせ、それらは姿を現す。
艶のある、節くれだった外骨格に鋭い爪、薄く広い羽。不快な匂いを帯びた鎧のような皮膚を携え、長い触角を揺らして気味の悪い動きを見せつける。細く長い四肢でありながら中には詰まっているような張りがあり、膨張した筋肉の脈動がその中から確かに感じ取れた。
その姿はちょうど、どこの家庭にも潜んでいる黒光りする悪魔に似ていて、その場にいたものは誰もが不快感を催されることとなった。
「ダークローチ、だと……⁉︎」
信じられないといった心境で、それらの名を呼ぶアイン。
その表情は他の誰でもない自分自身が、それらの存在を受け止めることができないようであった。
感想、待ってます。