【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
みなさんお待ちかね(?)のあのお時間でございます。
「ギュアアアアアアアアアア‼︎」
「ギギギギギギギギ……‼︎」
「キシャアアアアアア‼︎」
闇の中でうごめく無数の影、吐き気を催す醜悪な姿を晒した異形の群れが牙を鳴らし、その喉奥から吐き出した気色の悪い咆哮を少女たちに浴びせかける。ギラギラした赤い目と、血塗られたような赤い爪が月光に反射し、闇の中で光る。
カサカサと硬い表皮が奏でる怖気を感じさせる音は、住居の陰から忍び寄るかの黒い害蟲を彷彿とさせ、フェイトもユーノも背筋をぞくりと震わせた。通常目にする個体でも十分な恐怖感を煽るというのに、それが成人男性並みの巨大さで、しかも大群で押し寄せてきているのだ。とても正気ではいられまい。
「こ……これは……‼︎」
ユーノはなのはの前に立ちはだかるようにし、それでも顔を真っ青にしながら目を見開く。
突如現れた、地球上の生物とは思えない凶悪な外見の怪物の群れ。そんなものを前にして、逃げ出さないどころか腰を抜かさないだけで大したものであった。
そんな中、ブルブルと震えているユーノを一瞥したアインが小さく口を開いた。
「ユーノ、広域結界発動」
「は、ハイ‼︎」
小さくも、はっきりとした声にユーノはようやく我に帰り、言われた通りに魔法を発動する。感知している怪物を全て囲うように結界を発動すると、怪物たちのざわめきがより大きく聞こえてくる気がした。
徐々に落ち着きを取り戻してきたユーノは、アインに守られながら思考を巡らせる。相手が何者なのか全くわからないが、とにかく危険な存在であることは肌で感じる。こんな奴らを放置するわけにはいかないと、結界を強度に張り巡らせた。
「ん……んぅ?」
その時、気を失っていたなのはが周りの音に気づいたのか、小さな呻き声を漏らしながら眉を寄せる。ピクピクと痙攣する瞼をゆっくりと開いた彼女は、ぼんやりとしたまま体を起こし、見慣れない森の中の景色に首をかしげる。
そして何度か瞬きした後、自身を取り囲むように輝いている異形の赤い複眼と目があった。あってしまった。
「ひぃやぁぁああああああ⁉︎」
たまらず上がったなのはの悲鳴が火蓋を切った。
髪を猫のように逆立てた少女に刺激された異形たちが、恐ろしい咆哮を上げて一斉にアインたちに襲い掛かった。闇の中で赤い目が軌跡を描き、咆哮と羽搏き音が津波のように重なって鼓膜を震わせ、生理的な嫌悪感を生じさせた。
艶のある赤く鋭い爪が空を切り、最初に到達した異形がなのはに迫った、その寸前。
「オオオオオ‼︎」
獣のような咆哮とともに、アインの強烈な回し蹴りが異形の横腹に突き刺さる。見た目よりも重量のある体はくの字に折れ曲がり、汚らしい唾液を吐き出させながら吹き飛んでいく。木の幹に激突した異形は苦しげな鳴き声を漏らすが、すぐに興奮したような叫び声を上げて立ち上がった。
アインはチッと舌打ちし、すぐさま姿勢を落として背後からの攻撃を躱す。地面に手をつくと、頭上に躍り出た異形の顎を蹴り上げて仰け反らせ、逆立ちしたまま両足を回して胴を蹴り飛ばす。続いて向かってきた異形の顔面を蹴りつけると、空中へ飛んで別の異形の顔面に襲撃を食らわせる。
「ギギギギィィィイイイイ‼︎」
「ギシャァァアアア‼︎」
暇なく襲いかかる異形の群れをかたっぱしからなぎ倒していくアインだったが、倒した先で起き上がり、再び群れてくる異形に忌々しげに顔を歪める。闘争路を探すも、次々に現れる異形が道を塞いでそれも不可能となってしまった。
なのははそれを、恐怖に支配されたまま凝視する他にない。今まで何体かジュエルシードの暴走体に相見えたなのはだったが、この異形を前にしては勇気を奮うことはできなかった。
暴走体よりも凶悪で醜悪な、本能的な恐怖感を煽る外見、アインの攻撃を受けても立ち上がる不死性、そしてそれが大群で押し寄せてくるという現状に、なのはの足は立ち上がる力を失いかけていた。
近寄ってくる異形を蹴り飛ばしていたアインは、震えて硬直しているなのはに背を向けながら声を発した。
「なのは……今すぐにユーノと共にここから離れろ。今すぐにだ」
「あ、アインさん⁉︎ で、でも……!」
「こんなやつらの前に置いていくわけには……‼︎」
向かってきた異形を投げ飛ばし、別の異形にぶつけながらアインは命じる。なのはとユーノに一切の危害が加わらないよう、アインはその身で異形の魔の手から彼女たちを守り続ける。
だが、なのはにはその命令には素直に従えなかった。どんなにアインが強くとも、周囲を覆い尽くすほどの数の異形の中にアインを置いていくことなど考えられなかったのだ。これではまるで、彼女を犠牲にして逃げろとでも言われているようではないか。
しかしアインはギロリとなのはを睨みつけ、突き放すような形相で怒鳴りつける。
「早く行け‼︎ お前を守りながらではこの数は相手にできん‼︎」
「…………‼︎」
迷い、ためらい続けていたなのはだったが、アインの凄まじい形相に後ずさり、意を決したようにその場から飛び立った。ユーノをすくい上げていくことを忘れず、なんども後ろめたそうに振り返りながら猛スピードで異形の包囲網から離脱する。
アインはなのはの姿が夜空の闇の中に紛れていく様を見届けると、次に上空で止まっていたフェイトの方を見据えた。
「お前もだ! さっさとどこぞにいる使い魔を連れてここを離れろ‼︎ 死ぬぞ‼︎」
「……‼︎」
フェイトは未だジュエルシードのことを諦めきれないのか、アインを悔しげな目で睨みつけ、そのまま逃走を開始した。なのはよりも冷静で、堅実な思考のためかなのはよりも潔く、その姿は見る間に遠くなっていく。
弟子と少女が離脱したことに安心したようにアインが呟き、異形の方を向く。
すぐに射殺すような鋭い視線を向ければ、異形たちは先ほどよりも警戒を強めている様子で、より強い殺気が辺りに充満していた。
「……一応聞こうか、虫ケラども。お前たちは一体どこから現れた? 何者だ?」
「ギギギギギ……ギシャァァァァァァァ‼︎」
「……答えるわけもないか」
隙をうかがうように蠢いていた異形のうちの一体が威嚇の咆哮を放つと、つられて周りにいた異形も吠え出す。背筋に寒気が走るようなおぞましい声がいくつも重なり、大気を震わせながらアインに浴びせかけられる。
しかし、常人ならば失神していてもおかしくない怪物たちの合唱の中にあろうとも、アインは涼しい顔のまま異形たちを睨みつける。その手が懐に伸び、封印していた代物をそろそろと取り出した。
それは、銀色の箱状の機械の塊と一枚のカードであった。
無骨でありながら、余計なものを一切排除したデザインの機械の
それを取り出し、アインはしばし目を伏せる。
(……すまん、リンディ)
尾錠ーーーブレイバックルを強く握りしめ、眉間にしわを寄せながら、アインはここにはいない友に謝罪する。
ブレイバックルの表面にあるスリットに、CHANGEと刻まれたカードを挿入する。すると、スリットの反対側の穴から無数の赤いカードが連なって現れ、長く空中に伸びていく。
カードはアインの周囲を囲むように連なり、ブレイバックルを引っ張るようにしてアインの周りで旋回する。そして、バックルが腰の真正面に張り付いた瞬間、バックルの端から伸びていたカードが繋がり、一本のベルトへと姿を変える。
(あとでいくらでも叱られよう、あとでいくらでも罰を受けよう……だから頼む)
甲高い金属音のような、美しい音がバックルから規則的に奏でられるのをよそに、アインは左腕を腰に添え、異形たちのいる前方に右腕を伸ばす。まるで挑発するように指を曲げ、奏でられる音の中でアインは足を広げて構えを取る。
幾度となくくぐり抜けてきた刀槍剣戟の中、なんども繰り返し行ってきた儀式のような構えを。
(あの子たちを、守らせてくれ)
「変身‼︎」
勇ましい掛け声とともに、右腕と左腕を入れ替えるように構えを変え、右手でバックルの右側についたハンドルを引っ張る。
バックルの中の機構が動き、スリットにはめられたカードがバックルの中に取り込まれる。バックルの前面が反転することで、内側にあったスペードの紋章が露わとなり、金色の煌めきを夜の闇の中に残す。
【TURN UP】
野太い男性の電子音声が鳴り響くと同時に、バックルの紋章から青い光が前方に向かって射出される。光が急速に長方形に展開し、スクリーンのような光の壁となってアインの前にそびえ立つと、前方にいた異形の何体かをまとめて弾き飛ばした。
「おおおおおおおおおお‼︎」
どよめく異形たちをよそに、その表面にカードと同じ甲虫の絵柄が描かれた光の壁に向かってアインが駆け出した。
風のように走るアインの体が光の壁を突き抜けた瞬間、光の壁がアインの体に纏わりつくようにして、その身に銀色の装甲と藍色の装いを生み出していく。
豊満で長身の体はぴっちりとしたインナーに包まれ、はち切れそうな肉体を藍色の衣服が覆う。スリットが入った長いスカートとジャケットは革のような触感を感じさせ、打ち込まれた鋲が頑丈さを示す。
その上に、分厚く鈍い光を放つ銀の鎧が張り付いていく。両肩と胸にスペードをもした甲冑が生まれ、四肢にはカードを並べたような装甲が張り付く。最後に額に長く伸びた甲虫の角のような鉢金が巻きつき、全身が月光を反射した鈍い金属の光を見せつける。
その姿は、まさに騎士。優美さも華美さもない、戦うことに全てを捧げた戦士の姿であった。
「さぁ、私が直々に胸を貸してやろう‼︎ 泣いて喜べ虫ケラども‼︎」
フェイトと相対した時よりも、さらに獰猛な笑みを浮かべたアインは腰に下げた片刃の剣を抜き、猛然と異形たちに躍り掛かる。
異形たちもおぞましい咆哮を上げて爪を剥き出し、真正面から向かってくるアインに迫っていく。隆々とした体躯を持つ異形が、数え切れないほどの群れをなして荒波のように迫っていく光景は、誰がどう見てもアインには勝機が見えないと断じるものだった。
しかしアインに臆する様子は微塵もない。片刃の剣に魔力が通り、バチバチと帯電し始めた片刃の剣を高く掲げ、アインは気合とともにそれを力強く薙ぎ払った。
「ウェエエエイ‼︎」
その瞬間、凄まじい勢いで青い雷が剣から発し、刃となって異形たちに向かって食らいつく。刹那の間に閃光が異形たちの体に突き刺さったかと思うと、一瞬だけ遅れて凄まじい轟音と衝撃が辺りに駆け抜けていった。
青雷の斬撃を食らった異形たちは、雷の放つ熱によって真っ二つに焼き切られ、直後に真っ赤な炎を上げて断末魔とともに爆散する。致命傷を避けた個体も体の一部を欠損させ、傷口から黒煙を上げてのたうちまわることとなった。
直撃を食らわずに済んだ個体も、衝撃波によって周りの木々とともに吹き飛ばされ、苦悶と憤怒の声を漏らしながら身悶えする。
アインは立ち止まることなく、片刃剣の鐔の部分を扇のように展開し、内部に収められていたカードのうちの2枚を抜き取る。別々の絵柄が描かれたそれらを片手に持つと、片刃剣の刀身に刻まれた溝に刺してスライドさせていった。
【THUNDER・SLASH. LIGHTNING SLASH】
読み込ませた二枚が青い光を放ち、最初の一枚と同じような光の壁となって空中に映し出される。雷を纏う角を持った鹿、そして刃の尾を持つトカゲの姿が映し出され、それらはアインが逆手に構えた片刃剣の刃に吸収されていった。
直後、片刃剣の刀身に先ほどよりも凄まじい威力の雷が発生し、夜の闇の中で目映い閃光を放つ。アインはそれを大きく振り上げ、懲りずに向かってくる異形たちに鋭い目を向けながら駆ける速度を上げた。
「ハァァァァァァァァ‼︎」
森の中を走り抜けながら、すれ違いざまに異形の一体を袈裟懸けに斬りつけ、一撃で真っ二つにする。続いて迫ってきた一体の胴を横薙ぎ一閃で斬り捨て、固まって向かってきた数体ををまとめて力尽くで叩き斬る。
常人であれば一体だけでも相手にもできないほどの脅威だが、異形にとっては彼女は相手が悪すぎた。どんなに硬い表皮に覆われていようと、どんなに数を揃えていようと、全く意に介さないだけの力量の差が彼我にはあった。
膨大な魔力に強靭な筋力、優れた動体視力に物怖じせぬ度胸、戦士に求められる素質の全てを兼ね備え、極限までそれを育て上げた彼女に、異形たちの狂刃など一切届くはずがなかった。
【THUNDER・KICK, LIGHTNING BLAST】
「でやああああああああ‼︎」
新たなカード、宙を飛ぶバッタの絵が浮かぶカードと鹿のカードを剣の溝に挿し、今度は己が身に力を取り込んだアインが剣を地面に突き立てる。剣の柄頭を足場に空中に高く飛び上がると、グルンと勢いよく一回転し、異形の群れに向かって右足を突き出す。
強烈な雷の力を宿した蹴撃が異形たちに炸裂し、木々を粉砕しながらまとめて吹き飛ばされていく。遠くなぎ倒された異形たちは断末魔の叫びをあげ、次々に爆発して塵と化していった。
だが、明らかに戦況が不利なはずの異形たちがアインの前から逃げ出す様子などなかった。
味方が死ぬことも、己が死ぬことも恐れぬように、アインに向かって無謀な突撃を繰り返すばかり。さらに困ったことに、倒しても倒しても異形たちの数が減る様子はなく、それどころかより多くアインの方へと集まってきているように見えた。
「くそッ‼︎斬っても斬っても湧いてくる……面倒だな」
「ーーーアインさーん!」
忌々しそうに表情を歪めながら異形を切り捨てるアインの元に、嫌な声が届いた。
まさかと思って振り向いてみれば、ユーノを肩に乗せたなのはが猛然と飛んできている光景が目に入った。
「馬鹿者‼︎ なぜ戻ってき……⁉︎」
叱りつけようとしたアインだったが、すぐに様子がおかしいことに気がついた。
「助けてくださぁぁぁぁい‼︎」
「うにゃああああああ⁉︎」
まるで悲鳴のような甲高い叫び声を発しながら、なのはとユーノはアインの頭上を通り過ぎていく。余波で起きた風圧でアインの髪が揺らされ、ぽかんと固まった表情を撫でた。
「……は?」
思わず、戦闘中にも関わらず呆けた声を漏らし、なのは達の飛んでいった方向に振り向く。一体何が起こっているのかと思えば、バタバタというやかましい音の直後に一瞬だけ彼女の頭上を黒い大量の影が覆い隠した。
背中から黒い羽を生やした異形の群れが、アインの頭上を通り過ぎていったかと思うと、アインには目もくれずになのはの後を夢中で追いかけ回している。なのはは涙目になり、肩にしがみついたユーノとともに悲鳴をあげながら飛び回り、真っ黒な塊のようにうごめく異形の包囲をなんとか躱し続けていた。
かと思えば、遠く離れた方から凄まじい雷が落ちる音が響き渡ってくる。木々の隙間から透かして見ると、なのはと同じく異形に囲まれたフェイトが戦斧を振りかざし、雷撃を浴びせかけている姿が目に入った。
「くっ……!」
苦戦しているようで、アインの異常な聴覚がフェイトの漏らした苦しげな呻き声を捉える。無数の雷は確かに異形に対しての有効打になっているようだが、数の差に狙いが分散し、致命傷を与えられずにいるように見えた。
異形達はフェイトの攻撃の合間の隙を探すように飛び回り、じわじわと相手が疲弊するときを待っているかのように徐々に包囲を狭めていた。
アインは思わぬ事態に戸惑い、眉間にしわを寄せて思案する。
異形の危険性を知るゆえになのは達を離脱させたはずなのに、
「あいつら……まさか」
思考する時間すらも許さないとでも言うように、異形達は現在もアインを狙って鮮血色の爪を振り下ろしてくる。わらわらと鬱陶しい異形達を片手間で排除しながら、アインは縦横無尽に飛び回るなのはと雷刃を振るうフェイトの方を睨む。
「ブルースペイダー、ビークルモードスタンバイ」
【Yes, sir. Vehicle mode】
寄ってきた異形の一体を蹴り飛ばすと、アインは胸元から相棒を取り出し、一言命じてから空中に放る。使令を受けたスペード型のペンダントは青く発行し、倒れた異形を踏み潰しながらバイク形態へと移行する。
アインはひらりと座席に跨るとギアを回し、爆音を響かせながら後輪を高速回転させる。地面を抉りながらブルースペイダーは後輪を滑らせ、なのはの穂飛んで行った方へと方向転換してから疾走を開始した。
不規則に立ち並ぶ木々を高度な操縦技術によって軽々とかわしながら、アインはなのはの向かった方へと全力で向かう。
アインを狙っていた異形達も、他と同じように虫の羽を生やして夜の闇の中を滑空し、アインを追跡する。闇の中でギラギラと光る光が徐々に集まり、横一文字の光の線のように見えた。
なのはの方も同じで、まっすぐに飛んで逃げているなのはの周囲で黒い影と赤い光が横一文字に広がっている。その姿に、アインはある確信を持った。
「レイジングハート! お前の所持しているジュエルシードをこちらに預けろ‼︎」
「ふぇ⁉︎」
なのはのほぼ真下にまで追いついたアインからの指示に、なのはは涙目のまま思わず間抜けな声をこぼす。肩にしがみついていたユーノはあからさまに驚愕していた。
「あ、アインさん⁉︎ 一体何を……」
「やはりな。どうやらこいつら……強力な魔力に反応しているらしい」
「魔力って……だからってジュエルシードを⁉︎」
「あれならこいつらを釣るいい餌になるだろう⁉︎ いいから言う通りにしてくれ‼︎」
「ふぇ……で、でも!」
そう言われても、先ほど殿にすることにさえためらったのに、囮にすることなどなのはには考えられない。
しかしアインは、そんななのはをまっすぐに見つめ、強い眼差しを向けてきていた。
「構わん……私を信じろ」
思わず見とれてしまいそうな、自信と男気に溢れた表情。
そんな表情をまっすぐに目にしてしまったなのはは何も言い返すことができず、レイジングハートの中から光を放出させる。レイジングハートもアインの策に渋々同意したのか、わずかなためらいだけを見せてジュエルシードを預けて見せた。
片手で魔法の宝石を受け止めたアインは、そのままハンドルを傾けてバイクの方向を思いっきり変える。
アインの急速な方向転換に、異形達は一瞬だけ迷うようなそぶりを見せてから羽を傾けた。今度はなのはの方を見向きもせず、最初からアインが目的であったかのように標的を変え始めたのだ。
アインを追っていた異形の群れに、なのはを追っていた異形の群れ、そしてフェイトを襲っていたはずの異形の群れまで加わる。
「……? 一体、何が……あの人!」
襲撃が止んだことに、フェイトは荒い呼吸のまま不思議そうな表情で眉をひそめる。ふと視線を向けた先で、一台のバイクと、それを追う大量の異形の群れの塊を目にした。
湖の中心に向かって水面上を疾走するバイクを駆り、アインが異形達を引き連れてなのはやフェイト達から離れていく。木々などの障害物がなくなったおかげで、制限なくアインを追う異形達が徐々に距離を詰めていく中、湖のちょうど中心でアインはバイクを停止させた。
「……お前達は私を追い詰めたつもりだろうが、餌にかかったのはお前達の方だ」
異形達が、アインから逃げ場を奪うようにあらゆる方向から迫ってくる。数千か数万、たとえアインにどれほどのスタミナがあろうとも対処しきれないほどの数が、一斉にアインを仕留めようと向かってくる。そんな絶望的な状況下で、アインは水面上でバイクから降り、視界を覆う無数の異形を見上げながら、不敵な笑みを浮かべて一人たたずむ。
ブブブブブ、と耳障りな羽音が聴覚を刺すのも気にせず、アインは腰から再び片刃剣を抜き、肩に担ぐように両手で構える。すらりと伸びた、美しい意匠の施された刀身が月光を反射し、銀色の輝きを放つ。
その瞬間、アインの足元の水面に丸く波紋が生じ、風が吹き荒れ始める。アインを中心として生じたその風は、徐々に勢いと威力を増しながら渦をなし、アインの放つ雷を纏って眩い光を発し始める。
「ギィィィィィィィ‼︎」
異形達の咆哮があちこちから聞こえてくる中、ゴキゴキとアインの剣を支える腕と肩から筋肉が盛り上がる音が鳴り響く。大きく足を開き、重心を下げたアインは、次の瞬間蓄積した全力を解放し、天に向かって刃を振り向いて見せた。
「ウェエエエエエエエエエエエエエイ‼︎」
轟、と。
刃の軌跡が残像となる程の振りにより、湖の中心に風が吹き荒れた。ただの風ではない、斬撃による鋭い切れ味を持った
突如自分たちの真下から生じた風の災害に、深い意図もなく本能のままに集まった異形達はなすすべもない。斬撃により塵のように細かく切り刻まれ、雷撃によって焼き尽くされ、跡形もなく消滅させられていく。
これはアインの持つ切り札。
あまりの威力と攻撃範囲のために味方を巻き込んでしまう可能性があり、乱戦では全くもって使えない禁じ手。
しかし今回のように開けた場所で、大多数を殲滅するために使えば戦況を個人でひっくり返せるほどの奥義となる。
その名を。
「
手加減なしの全力で発動された大規模殲滅用剣術奥義が、ユーノの張った結界の中で荒れ狂い、異形達を根こそぎ滅ぼしていく。
人間の手によるものとは思えない、天災というべき暴風が湖の水をも巻き込んで天高く昇り、周囲の木々から木の葉を剥ぎ取っていく。
「うにゃあああ⁉︎」
「うわっ⁉︎」
「くぅ……ぐっ……‼︎」
空中にいたなのは達は、呑み込まれそうになる体をその場に止めることで精一杯で、きつく目を閉じたまま動くことができなかった。何が起きているかも把握できないまま、突如起こった大災害に身を守ることしかできずにいた。
しばらくすると、風の勢いが唐突に大人しくなる。嬲られていた髪がふわりと降りていくのを肌で感じたなのはがゆっくりと目を開けてみれば、目の前に広がっていた光景に言葉を失う。
「……‼︎ う、嘘……」
そこには、何もなかった。
空を埋め尽くすほどに飛び回っていた異形も、その残骸すらも何も残ってはいなかった。まるで最初から何もなかったかのように。
だが、湖の中心に佇んでいるアインと豪雨のように降り注ぐ水飛沫が、先ほどの暴風の残滓であることは確か。アインは雨音だけが響き渡る中、静かに片刃剣を下げ、腰元に収めていった。
「こ……これ、あの人が……⁉︎」
なのはは目を見開き、信じられないといった様子だったが、目の前の現状がその考えが命中していることを表している。
驚愕により動くこともできずにいるなのは。その代わりを勤めるように、フェイトが音もなく飛翔し、アインのすぐ近くにまで近づいていった。
「……一応、助けてくれたことには礼を言います」
「そりゃどうも」
不本意そうに眉を寄せながら紡がれた感謝の言葉に、アインはぶっきらぼうに答える。フェイトもそれ以上の反応を求めていないようで、わずかに目を細めただけであった。
見ているのは、アインの手の中にある封印済みのジュエルシード。しかしそれを奪うだけの余力はないようで、若干名残惜しそうに見つめるだけでそれ以上近づこうとはしなかった。
「……そのジュエルシードは、しばらく預けることにします」
「そうしてくれると助かるよ」
アインはそういって、ブレイバックルのハンドルをもう一度引っ張る。バックルのエンブレムが内側に収納されると再び光の壁が出現し、アインの体を通過して元の格好へと戻した。
「……貴女の目的がわからない。管理局員であることは認めているのに、私たちを捕らえようとしない。実力の差は明らかなのに、そうしない」
「言っただろ。休暇で来ているって」
「それは理由にならない」
「なるさ」
フェイトが何を訪ねても、アインははぐらかすばかりでまともな答えを返さない。視線も合わせずに佇んでいるアインに、フェイトは嘆息するように目を伏せ、背を向けた。
「……伝えておいてください。今度は、止められても容赦しないって」
「承った。……っと、そういえば」
なのはに対しての言葉だろう、未熟な相手に対しての見下した言い方に苦笑していたアインが、ふと思い出したように呟いた。
何事かと横目を向けるフェイトに、アインは苦笑まじりに答える。
「いや、何。まだ君の口から名を聞いていなかったと思ってな」
「…………」
訝しげに見つめてくるフェイトだが、アインは真剣な目で見つめていた。
名を聞いたのは、彼女の使い魔が呼んでいた時だけで、本人からはフルネームも聞いていない。そのことを思い出し他アインが訪ねてみれば、フェイトは少しだけ迷いながら口を開いた。
「……フェイト。フェイト・テスタロッサ」
どういう心境の変化であろうか、すでに知られているであろうに意外と素直に答えてくれたフェイトに、アインは満足げに微笑みを見せた。
「……
「…………」
何気なく呟かれたアインの言葉に、フェイトの表情が若干ほころぶ。名前をもらったことが嬉しかったのだろう、などと推測しているうちに、フェイトはその場から音もなく飛び立ち、時期に見えなくなってしまった。
「……アインさーん!」
しばしフェイトが消えた空を見上げていると、我に帰ったらしいなのはとユーノが呼ぶ声が聞こえてくる。振り向けば、どこか小僧気味に息を切らせた二人は不安げな表情をアインに向けていた。
「だ、大丈夫ですか⁉︎ どこか怪我とか……」
「さっきの怪物は……⁉︎」
「問題ない。こちらこそ悪かったな。あれを残らず殲滅するにはああするのが手っ取り早かったんだ」
「い、いえ! そのおかげで助かりましたし……」
頭をさげるアインに慌てたように手を振るなのはだが、ユーノはそれとは別に心配そうな眼差しを向けてきていた。
気になったアインが目を向ければ、ユーノはためらいながら小さく口を開いた。
「……あの、良かったんですか?」
「何がだ?」
「デバイスの使用のことです。偉い人たちに嫌われてて、デバイスの使用許可が出ないって言ってたのに、あんなに暴れちゃって……」
「ああ、そのことか」
以前の戦闘時に、そんなことを説明していたが、大事なことを言わずにいたことを思い出す。それは今回のような事態が起こるなど思わなかったためであり、教える必要がなかったためであった。
「確かに私は現在、個人の裁量でデバイスを使用する権限がない。……だが」
腕を組み、気だるげにため息をつくアインは自身に科せられた面倒な制約を思い出す。
「多人数の人命の危機、及びそれに該当する脅威と遭遇した場合のみーーー私はデバイスの使用が特例で認められているんだ」
「! それじゃあ……」
「ああ……皮肉な話だ。あいつらが今後も関わってるようであれば、特例が適用される」
ユーノは安心するが、同時に不安も抱く。
地球に来て、遭遇するとは思えなかった危険な謎の生命体。異常な不死性と数の暴力性を持っていたかの異形が、もしかしたら今後も群れをなして立ちふさがるかもしれないのだ。ただでさえ困難を極めているジュエルシードの捜索に、暗雲が立ち込める感覚を覚える。
あれらが何者なのか、知っている様子らしいアインはどこか不機嫌そうに見える。なんとなく、詳しくは聞いてはいけないのではないかと思い、ユーノは例えようのない不安に襲われるのであった。
だが、そんな中にか細く弱々しい声が届いた。
「……ごめんなさい」
うつむき、レイジングハートを握りしめたなのはが痛々しい表情で声を漏らす。
どんよりとした雰囲気を漂わせている彼女の姿に、ユーノはハッとした目を向けた。
「……私が先走ったせいで、私ならなんでもできるって、調子に乗ったせいで……ジュエルシードも」
「そんなことないよ! それを言うなら、何もできなかったボクの方こそ……」
「でも、そのせいでアインさんの足手まといになって‼︎ それに……さっきの子にも負けそうになって……私の、私のせいで……」
かつてないほど落ち込んでいるらしいなのはに、ユーノはかける言葉が見つからない。なのはも何かを言われてしまうことを恐れてか、暗い表情で俯いたまま涙がこぼれそうになるのを必死にこらえていた。
そんな中、厳しさを感じさせるはっきりとした声が響く。
「ならば君は、この後どうする?」
心に確かな傷が残ってしまったらしい少女だったが、不意にかけられた言葉に身を震わせた。
それを言ったアインは、ユーノの咎めるような目も気にせずになのはの目の前に立ち、視線を合わせて跪く。
「反省するだけなら猿にもできる。大事なのは失敗から何を学び、どう改善するかだ。……君はいま、それを身を以て学んだ」
まっすぐに見つめてくる赤い宝石の瞳を見つめ返し、なのはは潤んだ目を見開く。
アインは決して慰めてはくれなかった。真実を告げ、それを突きつけたまま相手に自分で気持ちを変えさせようとしている。答えを、自分の中から探し出させようとしている。
安易な慰めを与えない厳しくもあり、なのはが問題を解決できると信じているような、そんな優しさがあった。
「それを忘れずにいればーーー君は今よりもっと強くなれる」
「……アインさん」
なのはの表情が、先ほどよりも明るくなっていく。まっすぐに見てくれているアインの言葉で、自分の中の勇気を取り戻したのだろう。
それに安心したアインは立ち上がり、なのはの手を取るとジュエルシードを手渡す。察したレイジングハートが光り、宝石を自身の内部に収納していく。
「さ、帰りなさい。士郎達も心配しているだろう。後処理は私がやっておこう」
「……はい!」
もう大丈夫と言うように元気よく返事を返すなのは。ユーノはその姿を空元気のように感じながらも何も言わず、二人でアインに向かって頭をさげてから飛び立って行った。
旅館の方に消えていく小さな背中を見送っていたアインは、しばらくしてから鋭い表情で周囲の森を睨みつける。
「なぜ、あいつらが……いや」
なのはには決して見せない、確かな憤怒と困惑が混ざった複雑な表情になった彼女は、異形達が現れた闇の中を見通し、眉間にしわを寄せる。
驚きのあまり思わず名を呼び、ユーノに余計な心配をかけさせてしまったようだが、考えれば考えるほど信じられないという気持ちが大きくなっていく。
なのに奴らは現れた。だが同時に、一目見たときから感じた違和感が頭から離れない。
「違う。あいつらじゃない……あいつらは白くなかった」
記憶の中にある異形の姿とは違う、確かな変化。それがなぜか異常なほどの不安を沸き立たせ、アインの心をざわめかせる。
「なら、何だ……? 姿形は同じなのに、色だけが違う……まさかそんな
情報が足りない、ピースが揃わない。
答えの出ない思考の渦の中に飲み込まれそうになり、アインは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「……考えても仕方がないか」
ぐるぐると渦を巻いていた思考が切り替えられ、集まった欠片を一旦脳内に保管するに止める。それを組み立てるのは、もっと情報を集めてからだ。
この先現れないに越したことはない、もしまた現れても、その時はまたなのはとユーノ、フェイトを離脱させて仕留めるだけ。頭を使うのは得意ではないゆえに、〝彼女〟の丸投げするのが最善であろう。
そこまで考えて、今後のことを考えてアインは憂鬱になる。
「……さて、ユーノにはああ言っておいたが、どうしたものか」
手を抜くつもりはない。親友に誓った以上、少女たちは自分が必ず守り抜く。何があろうとも、この手の中の剣で向かってくる障害も敵もすべて薙ぎ払っていく。
しかしそのために立ちはだかってくるであろう問題のことを考え、アインは頭を抱えてため息をついた。
「また始末書に埋もれるんだろうな…………ハァ、憂鬱だ」
疲れ切ったサラリーマンのように、アインは情けないため息をつくのだった。
やっとこさ主人公に変身させることできました。うちのヒロインってなかなか変身させられないんですよねぇ……脚本に無理があるのかな。
ゴ○ブリの大群に襲われたらトラウマになりますよね。ブレイドはよく戦いましたと思います。
アインの必殺技は、ワンピースのゾロをモデルにしています。
魔力を発動せずに放つのが三十六煩悩鳳、魔力ありで出すのが百八煩悩鳳レベルの威力です。飛ぶ斬撃はデフォルトです。
ジャンプ漫画のインフレやばいっすよね。
感想、待ってます。