【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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6.お人好し

「広域サーチ、第四区終了……っと。なかなか上手くいかないもんだねぇ」

 

 温泉地での騒動があった夜から少しして。

 ビルの間の空間にて、人気のなくなった公園のベンチに座り、目の前に広がっている光のスクリーンに目を通す狼の耳と尾を持つ女性、使い魔のアルフの姿があった。

 周囲にいくつもの光のモニターを浮かばせた橙色の髪の女、アルフが狼の耳をピクピクと動かしながらつぶやき、眉間にしわを寄せて唸る。

 街のいたる場所が映し出されたそれは、ジュエルシードの反応を探るためのセンサーである。個人で魔法も発動していないジュエルシードを探すには、地道に一箇所ずつ探す他にないのだ。

 

〔アルフ……お疲れ様〕

「フェイト♪」

 

 別のモニターが映し出され、顔を出してくれた主人にアルフは笑顔を浮かべ、パタパタと尻尾を振る。

 

〔少し邪魔が入ったけど……大丈夫だったよ。夜遅くまでごめんね、そっちはどう?〕

「ごめん。まだ一つも見つかってないんだ。あ、でも今夜中にはこの辺一帯はサーチできると思うよ」

〔ありがとう……私もまだ成果はないんだ〕

「……あのバケモンだね?」

 

 アルフが聞くと、フェイトは深刻な表情でうなづく。

 以前温泉地に現れたという無数の異形の群れ。あの時点だけではなく、その後にも現れては封印を終えたフェイトを狙ってきたのだという。

 同じ姿をした怪物が無数に迫ってくる様は、まるで前回の生き残りか、また同じ個体が蘇ってきたかのように見えたものだった。異様な光景であることは確かだった。

 

「なんなんだろうねぇ、あの連中は。攻撃もまともに効かないから逃げるしかないし、数も多いししつこいから逃げるのにも一苦労だし……聞いてないよ」

〔原生生物……とは思えない。あんな危険な存在がいるのに、この世界の人たちが知ってる様子はないし〕

 

 あれほど危険な存在が知られているのなら、もっとそれに対応する措置が取られているはずである。なのにそれがなされていないということは、あの怪物はこの世界の人間にとって全くの例外の存在であるということである。

 フェイトは画面越しに、不安げな表情のアルフに申し訳なさそうな眼差しを向けた。

 

〔ごめんね、アルフ。いつもそっちに迷惑かけちゃって……本当なら、わたし一人でも〕

「あたしは、フェイトが行くところに何処へでもついて行くだけだよ」

 

 使い魔の、家族の優しさに目が潤む。正直に言ってかなり危険な綱渡りをさせていることに、ひどく罪悪感を感じていたのだ。使い魔といえど、もう逃げたいと言われても仕方のないことだとも。

 それを選ばないというアルフに、フェイトは感謝しても仕切れなかった。

 

〔……ありがとう、アルフ〕

 

 フェイトの胸の内に、また炎が猛る。予想外の事態に不安が足を搦め捕りそうになるが、引きちぎって進んでいける。

 そう思ったフェイトが、アルフとの通信を切ろうとした時だった。

 

「よう、精が出るな」

 

 聞こえてきた声に、フェイトとアルフはびくりと肩を震わせて凍りつく。

 いつの間に、どこから、そんな疑問が湧き上がるよりも早くアルフが振り向き、魔力で伸ばした鋭い爪の切っ先を向けて構える。瞳孔が縦に裂け、髪と尾の毛を逆立たせて牙を剥く。

 

「ーーー!」

 

 フェイトもまた、画面越しに映る金髪の女性の姿に目を瞠る。以前二人掛かりで相対し、手も足も出せずに無力化させられた女騎士の姿を目にし、緊張で背筋に寒気が走るのを感じた。

 二人の視線を受けるアインは気だるげな表情のまま、脱力した体勢のまま佇んでいる。一見すると隙だらけに見えるが、以前の結果を体が覚えていて、不用意に手を出せば返り討ちになると確信していた。

 

〔ま、まさか……⁉︎〕

「あんた……‼︎」

 

 アインは震える声を漏らす二人に向かって歩き出し、ジッと視線を固定している。アルフはその場に縫い付けられたかのように動くことができず、思わずその場にはいないフェイトのモニターの前に立ちふさがっていた。

 

「……フェイト、来ちゃダメだ‼︎ 今すぐ逃げるんだよ‼︎ アイツが……アイツがとうとうここを嗅ぎつけやがった‼︎」

 

 アインの異常なほどの強さを目の当たりにしているアルフが自ら殿となることを選ぶ。使い魔としては当たり前で、高潔とも言える選択ではあったが、アルフをただの使い魔ではなく家族として大切にしているフェイトには聞き捨てならない言葉だった。

 

「あたしが時間を稼ぐ、早く‼︎」

〔そ、そんなことできるわけない‼︎〕

 

 首を振るフェイトだが、アルフは近づいていくアインを見据えたまま動こうとはしない。同時にフェイトを写していたモニターが「SOUND ONLY」の画面に切り替わり、周囲の景色と一緒に映らなくなってしまう。主人の居場所を特定させないためのアルフの処置のようだった。

 その直後、身構えていたアルフの手首が掴まれ、異様な膂力で押さえつけられる。抵抗しようにも、押すことも引くことも許されないほどの力で空中に固定されてしまい、アルフは歯を食いしばって眉間にしわを寄せた。

 

「おい。いきなりそんなふうに身構えんでもいいだろう」

「んなっ⁉︎ クソッ、なんて馬鹿力だよアンタ‼︎」

「失敬な。……まぁそう言われても仕方がないが」

 

 掴んでいる手を引き剥がそうとするアルフに、アインは呆れた目を向けて嘆息する。

 アルフはなおも高速を外そうともがきながら、顔の見えなくなった主人に声を張り上げる。

 

「フェイト、たのむ行っとくれ‼︎ あたしがコイツを押さえておくから‼︎」

〔だ、ダメ……そんなことできない‼︎〕

 

 フェイトは懇願するように叫ぶが、アルフはまともに返事を返すことなく通信を切ってしまう。

 

 

 向こうの状況が全く分からなくなってしまったフェイトは焦り、肩を震わせながら後ずさった。

 カタカタと奥歯がなり、最悪の想像が脳内を埋め尽くしていく。

 以前ぶつかった時は、よく分からない気まぐれで見逃された。だが今回は向こうから向かってきたため、圧倒的な実力差がある彼女からアルフが逃げ切れるとは思えない。

 アルフが捕らえられ、二度と会えなくなるかもしれない。そんな想像が湧き上がっていた。

 

(そんな……そんなこと絶対ヤダ……‼︎)

 

 迷うことなくフェイトは飛行魔法を行使し、アルフのいる場所に向かって全力で飛び立った。隠密など頭の中から抜け落ち、人目など気にすることなく街の上を飛ぶ。

 フェイトの脳内は、アルフを救い出すことだけでいっぱいになっていた。

 思考を飛行に全て振り切ったためか、いつもよりも早く風邪をきることができ、アルフのいるエリアへとたどり着くことができた。上空に一旦留まったフェイトは、使い魔との繋がりを使って居場所を探す。

 そして、一角にある公園の中央にその存在を捉えた。

 

「アルフ‼︎」

 

 すぐさま急降下し、囚われの身となっているアルフの元へと向かった。が。

 

「まぁまぁ。そんなに荒ぶるな」

「いだだだだだだだ⁉︎」

 

 そこにあったのは、相変わらずの気だるげな表情でため息を漏らすアインと、アインに蛇のように絡みつかれて苦悶の表情と声を漏らしているアルフの姿だった。それがコブラツイストと呼ばれるプロレスの技であることを、フェイトは知らなかった。

 

「……え、えっと?」

 

 苦しそうではあるが、命の危機ではなさそうなアルフの切羽詰まった表情とうんざりした顔のアインに、フェイトは先ほどまでの焦燥も忘れて呆けてしまう。これは、一体どういう状況なのだろうか。

 すると、フェイトが来たことに気づいたアインが顔を上げて口を開いた。

 

「よぉ、フェイト。顔色悪いな、ちゃんと食事を摂っていないだろう。ダメだぞ」

「痛い痛い離しなよ‼︎」

「そう思うならまずこっちに噛みつこうとするな」

 

 ガチガチとかを噛み合わせているアルフの顔を押さえつけるアインに、フェイトは肩から力が抜けるのを感じた。色々といやな想像をしてしまったが、取り越し苦労だったようだ。

 

「とりあえず私に交戦の意思は……だからやめれ」

「あうっ⁉︎」

 

 あまりにもしつこく噛み付こうとするアルフの頭をはたき、その辺にぽいっと捨てるアイン。なぜだか扱いが以前よりもおざなりに感じた。

 解放されたアルフはすぐさまフェイトの元に駆け寄り、涙目で彼女にすがりついた。

 

「クッソォ……ゴメン、ゴメンよフェイト……!」

「アルフ……無事でよかった」

 

 使い魔として主人を守れなかったことに、アルフは悔しさから涙を流す。反対にフェイトは家族に怪我がなかったことに安堵の表情を浮かべ、次いで危害を加えようとしていたアインをキッと鋭い目で睨みつけた。

 しかしアインは困ったような顔でぽりぽりと頬をかき、呆れたようなため息をつく。もとより手を出すつもりはなかったのに、アルフがあまりにも敵意満々で向かってくるから軽く拘束していただけだというのに、と。

 

「私は悪魔か何かか? さっきから悲鳴をあげるやらお涙頂戴の芝居を繰り広げるやらなんなんだ一体」

 

 射抜くようなフェイトの目を機にすることなく、アインはスタスタと軽い足取りで二人の方に近寄っていく。

 後ずさって距離を稼ごうとする二人の前に、背中側に回した手で取り出したモノを突き出した。

 

「人がせっかく飯を持って来てやったのに」

「……は?」

 

 目の前に差し出されている布袋に、フェイトトアルフは間抜けな声と見開いた目を向ける。飾り気のない巾着袋の中には箱らしきものの影が見え、狼の嗅覚を持つアルフには僅かながらも食べ物の匂いを感じ取った。

 

「あ、アンタ。あたしたちを捕まえにきたんじゃないのかい?」

「そんな真似、この間とっくにできただろう。何より休暇中にまでそんな荒事をするつもりはない」

 

 過剰なほどに警戒しているフェイトとアルフに嘆息するが、なのはとユーノの手伝いをしている自分は確かに敵か、と思い直して視線を逸らした。任務中にそのような輩にあったなら確かに警戒する、絶対に信用しないだろう。

 恐る恐る巾着袋を受け取ったアルフは、慎重に袋の口を開ける。中に入っていた地味な金属製なケースからは、さっきよりも強く食べ物の匂いがした。それもかなりいい匂いだ。

 

「本当に弁当だよ……ていうかどうやってここを探り当てたんだい?」

「魔力を追った。以上」

「…………ハナから逃げ場所なんてなかったってことか」

 

 なんということはない、とでもいうように告げたアインに頬を引きつらせるアルフ。自分の鼻よりも感度の高い五感を持っているアインに、自信が砕かれる気がした。

 ようやく力の入っていた肩から気が抜け、フェイトとアルフから警戒心が薄れる。なんというか、この女を相手に気を張ることが馬鹿らしく思えてくるから不思議であった。

 

「……アンタ、お人好しにもほどがあるだろ。なんの得があるってんだい?」

「なに、ただの自己満足さ」

 

 アインはそこらの段差に腰掛け、気だるげに首を鳴らすと二人を見つめる。

 視線を向けられているフェイトとアルフも目を合わせ、少しだけアインと距離をあけてから腰を下ろす。なんとなく、彼女の好意を無下にする気にはなれなかった。

 

「君のような子らを見ているとね、どうしても体が先に動いてしまうのさ。理屈じゃなくてね」

「…………」

「ホラ、心配なら私が食うぞ。毒など心配しないようにな」

「……別に、いい。」

 

 手でくいくいと促すアインから弁当箱を遠のけ、二人で分けて蓋を開く。中身はハンバーグやポテトサラダといった、ちゃんとした手作りのおかずが詰められていて二人の腹がキュゥとなった。冷凍食品ばかりの食生活であった二人には、初めて見るものであった。

 付属していたフォークを使って、小さめに切られたハンバーグをひとくち口に入れてみれば、フェイトとアルフの表情がパァッと明るくなった。

 

「うまっ⁉︎ 肉が少ないのとか野菜が少ないのとか色々言いたいけどそれはともかくうんまっ⁉︎」

「本当だ……美味しい」

「アルフ、お前からもご主人様に言ってやれ。もっとちゃんと食わないとどんどん顔色が悪くっているって」

「……うん、それはいつも口を酸っぱくして言ってるつもり」

「うっ……アルフ」

 

 アインが前々から気になっていたことを口にすれば、二人ともばつの悪そうな顔でそっぽを向いた。ジュエルシードの捜索に集中するあまり、私生活が雑になっているという自覚は確かにあるのだろう。アルフはそれを指摘しながらも改善できていないことに、フェイトは心配をかけていることに。

 このままでは余計なことにまで口を挟まれてしまうと思い、アルフは無理矢理話題を変えさせようと思考を巡らせた。

 

「……と、ところで、こんなのどこで習ったんだい? アンタ、騎士だろ?」

「友人に叩き込まれた。ま、昔取った杵柄というやつだ」

「?」

「要するに昔の経験だ」

 

 地球の言葉が伝わらなかったことに苦笑し、アインはすぐに言い直した。

 

「以前、難民キャンプで炊き出ししたりする機会があってな。作っても作っても足りんもんだから自然と腕も上がった」

「ふ〜ん。あんたも色々苦労してたんだねぇ」

 

 鬼神のような尋常ではない強さといい、そつなく料理もできることといい、それなりに経験を積んでいることはわかっていたアルフが感心したような声を漏らす。

 アインはもぐもぐと無心で弁当をからにしていくフェイトを満足げに見下ろし、口元に笑みを浮かべる。

 

「自分のやるべきこと、やらねばならないことが大切なのはわかるが、そのためにはまず自分のことを大切にしろ。お前が倒れたら、悲しむ奴がいるんだからな」

 

 アインの言葉に、手を止めて黙り込んでしまうフェイト。よく似た見た目といい、立ち位置から見ても、今の二人の姿は母親と叱られる娘といったように見えた。

 そう思ったアルフは、自分でも気づかぬうちにつぶやいていた。

 

「……なんか、お母さんみたいなやつだね、アンタ」

「…………」

 

 何気なく呟かれた言葉に、アインの表情が固まる。浮かべていた微笑が消え失せ、見開かれた目は虚ろになる。

 雰囲気の変わったアインにアルフは訝しげな目を向けるが、表情の消えた顔からは何も伺うことはできなかった。怒りも悲しみも、なんの感情も浮かんでない無の表情だった。

 

「お母さん、か」

「……?」

「すまん。なんでもない」

 

 訝しげに見つめてくるアルフにそう返し、アインは不意に立ち上がった。

 

「では、私はこれで失礼するぞ。弁当箱は……今度会った時でいい」

「ちょ、ちょっと待ちなよ!」

 

 いきなり席を立ってしまったアインを呼び止めようとするアルフだったが、向けられたアインの背中を見てその声が止まる。立ち上がろうとしたフェイトも、アインの方を見てハッと表情を変えた。

 一瞬だけ見えた女騎士の横顔は、すべての感情が凍りついたかのように冷めきった冷たいものだった。先ほどまでフェイトに向けていたような、かろうじて残っていた慈愛の眼差しは、濁った目の奥に消え去ってしまったように見えた。

 そのまま歩き去ろうとするアインだったが、ふと立ち止まってその場で口を開いた。

 

「……フェイト」

 

 背を向けたまま、訝しげに首をかしげる少女に声をかける。

 

「……母親のことは、好きか?」

 

 唐突な質問にフェイトは戸惑うが、答えに迷う必要などなかった。

 自分の覚悟は、戦いは、すべてあの人のためにあるのだから。

 

「うん……大好きだよ」

「……そうか」

 

 質問の意図も読み取れないうちに、それだけ聞いたアインはその場から無言で立ち去って行っってしまう。

 以前はとても大きく、はるか高い壁のように見えていたアインの背中は、今はなぜか、弱々しく脆い枯れ木のように見えてしまっていた。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

 日が暮れ、夜になってもなお喧騒の中にある都市の交差点にて、アインは一人たたずむ。

 人混みの中にあろうとも、他の女性達よりも頭一つ背の高く、人間離れした容姿を持つアインは目立つ。時折チラチラと向けられる女性からの軽い嫉妬や羨望、あるいは男性からの紅色や劣情の眼差しを受け、アインの眉間にしわがよる。

 いつもなら、そんな視線など全く気になどならない。だが今日はなんだか虫の居所が悪く、苛立ちが表情に出てしまうのが止められなかった。

 

「ねーママー、きょうのばんごはんなーに?」

「う〜ん、何にしようねー」

 

 不意に、横断歩道を挟んだ向かい側から声が聞こえてくる。ベビーカーを押す若い母親と、その母に甘える幼い男の子が、信号が青に変わるまでの短い時間を待って、楽しげに話していた。

 

「はいはい! じゃあオムライスがいい!」

「えー? 一昨日もオムライスだったじゃない」

「だっておいしいんだもん。ねー?」

「んー♪」

 

 非常に中が良さそうに、男児は弟妹らしきベビーカーの中の乳児に話しかける。意味が伝わっているわけではないだろうが、乳児は話しかけられたことに嬉しそうに反応していた。

 

「そうねぇ……ま、いっか♪」

「やったー!」

「あぅー!」

 

 わずかに困った顔をしていた母親は、満面の笑みを浮かべて男児に頷く。要望がかなったことを喜ぶ男児が声をあげると、わかってはいないだろうが乳児もまた同じく声をあげた。

 微笑み合う母親と子供たちは、まさに理想の親子の姿。誰もが見ているだけで微笑ましくなるであろう美しい姿だ。

 だが、アインはその姿を直視することができなかった。

 

「…………」

 

 いつのまにか信号の色が変わり、歩き出した人々に押されるようにアインは歩き出す。親子も歩き始め、アインの方に向かうように進んでくる。

 対岸にいた家族とアインは目と鼻の先までに近づき、すれ違い、背を向けて離れていく。親子はアインに全く注意を向けることはなく、自分たちの時間を過ごして歩き去っていく。

 あっとうまに離れ、見えなくなっていく理想の家族の姿に、アインはなんとも言えない物悲しさを感じた気がした。

 

「……何を今更後悔している。お前が選んだ道だろう、アルデブラント」

 

 誰にも聞こえない小さな声でそう呟きながら、アインは先ほどフェイトやアルフと交わした会話を思い出し、自己嫌悪に陥る。

 お前に誰かを恨む資格などない。妬む資格などない。羨む資格などない。全て己の意思で選んだ道なのだから。

 お前はフェイトとアルフに、何の関係もない子供達に勝手にかの者の虚像を、己の失ったものを当てはめて心の隙間を埋めようとしているだけなのだ。とうの昔に失った許されぬ想いを勝手に抱き、押し付けようとしているだけなのだ。

 何という、醜い存在か。唾棄すべき、質の悪い女か。

 そう己自身を蔑み、憎み、嫌悪する。

 

「自己満足、か……私は、間違っているのか」

 

 人の流れから離れ、誰もいない路地裏に入り込んだアインは呟く。

 虚ろな目を空に向け、雲のない空に孤独に浮かぶ月を見上げる。光の強さによって周囲の星の輝きを塗りつぶしてしまい、ただ唯一のものと化してしまっている、哀れな光だ。

 

「なぁ、ハジメーーー」

 

 その声は、誰にも届かなかった。




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