【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
ジュエルシード争奪戦の翌日の早朝、高町家にて。
リビングで桃子たちが談笑している中、なのはの部屋の自分の寝床に入ったユーノは、破損しひびが入ったレイジングハートを見つめていた。
レイジングハートほどの高性能なデバイスがここまで破損したところは見たことがなく、本来ならば頭を抱えている場面だがなのはの手前冷静でいなければならない。幸いレイジングハートには自動修復機能があるため、無茶を重ねることがなければ破損がひどくなることはないはずだ。
「なのはは大丈夫……?」
「うん……レイジングハートとアインさんが守ってくれたから」
なのははその破損さえも自分のせいだと思っているのか、重く沈んだ声で答える。
自分のミスのせいで傷ついた相棒を見下ろし、悲痛な表情で目を伏せた。
「……ごめんね、レイジングハート」
心配するなというようにちかちかと光る赤い宝石。しかしその光は、いつもより弱々しく見えた。
ユーノはその様に難しい顔で眉をひそめ、今後の動向を大きく軌道修正する必要があると判断した。
「魔法の練習やジュエルシードの捜索は……レイジングハートが修復されるまで控えたほうがいいかもしれない。きっと機能のあの子たちのデバイスも相当ダメージを負ったはず……すぐには行動できないよ」
「そっか……うん、そうだよね」
「問題は……アインさんだ」
ユーノがためらいがちに言うと、なのはの表情がより重く沈む。言えば言うほどどんどん自分自身を責めて傷ついてしまいそうだったが、あえて伝えなければならないとユーノは自分でも覚悟を決める。
巻き込んでしまったのは自分も同じで、責任は自分にもあると思っているために二人に表情はどんどん暗くなっていった。
「レイジングハートを損傷させる威力の魔力暴走に直接ぶつかるなんて……腕が使い物にならなくなっていてもおかしくないのに、あんな無茶を……」
「……私のせいだ。私がもっと、もっとちゃんとできていれば……アインさんが傷つくことも、ジュエルシードが暴走することもなかったのに……私のせいで、私のせいで……」
「なのは、それは……」
違う、とユーノが言いかけた時だった。
〔何をバカなことを言っているんだ君は〕
心底呆れているようなその声に、なのはとユーノは思わずビクッとその場で背筋を伸ばした。若干蔑んだ冷たさも感じるその声音は、今まさに二人が無事を心配していた人物のものであった。
「あっ、アインさん……⁉︎」
とっさに立ち上がってきょろきょろと辺りを見渡しながら、つい大きな声を出してしまったなのはだが、すぐ隣や下の部屋に家族がいることを思い出して慌てて口を閉ざす。一人で大声で喋っているとでも思われれば、別の心配をかける羽目になりそうだ。
周りに耳を澄まし、特に聞かれていないことを確認してホッと息をつく。そして今度こそ周囲に気を配りながら、念話に意識を向ける。
〔だ、大丈夫ですか⁉︎ 今になって痛んだりはしていませんか⁉︎〕
〔馬鹿者。私はそんなヤワな鍛え方はしていない。それにな、心配するなら先に暴走に突っ込もうとしたあの少女の頭を心配しておけ。いつか死ぬぞ〕
ユーノの心配も適当にあしらい、もう一人の対象に向けて皮肉をぶつける。
しかしすぐにトーンを下げ、念話越しにもわかるほど沈んだ様子が伝わってきた。
〔……なのは。今回の暴走は私のミスだ。心配をかけてすまなかったな〕
〔え……? それはどういう……〕
いつになくしおらしいアインの様子になのはは戸惑うばかりだ。いつもならかったるそうにしながらもなのはの戦いの成果を評価し、プロの立場から修正点を指摘してくるのに、今回はそれがない。
それだけ、今回のジュエルシードの暴走が予想外で、由々しき事態だったと言うことだ。
〔今回の失敗は、ジュエルシードをただ願いを歪めて実現させる程度の障害程度にしか認識していなかったために起こったものだ。この場合、君には責任は……そんなにはないよ〕
〔で、でも……〕
〔くどい。まぁ、君にも一応ロストロギアの近くで戦闘に入ったという危険行為について咎めるべき部分はあるが……〕
〔う……〕
〔だがそれも仕方がないことだ。君は。あの子と話がしたかったんだろう?〕
自分に非があることを認めながらも、的確になのはの行動の問題点を指摘し安堵を許さないところは健在だった。
だがそれを理解しながらも、アインはなのはがフェイトに抱く気持ちを優先させることを見逃した。それが可能な事態だとたかをくくっていたからだ。
〔わかりあうためには、多少は傷つくのを承知の上でぶつかり合う必要もある。……少し、複雑な事情があるようだったがな〕
アインの、そしてなのはの脳裏にあの使い魔の言葉が蘇る。
―――優しくしてくれる人たちのトコで、
ぬくぬく甘ったれて暮らしてるような
ガキンちょになんか……何も教えなくていい!
あれは、歩み寄ろうとするなのはを完全に否定する言葉だった。
彼女らに何があったかは知らない。しかしいまのなのはやアインでは理解してやれない深い闇が、フェイトとアルフにはあるのは確かだった。
それを知らない限りは、両者の間にある壁を越えることは叶わぬだろう。
〔……はい。私……やっぱりあの子のことが気になります〕
考えるだけで遠く険しく思う道、しかしなのははそれでも歩み寄ろうとする努力をやめないつもりのようだった。
アインもまた、このままでは終わらないつもりであった。自分の信条を裏切るつもりはさらさらなく、中途半端に関わったまま引き下がるのも性に合わない。
〔……フェイト、だったか〕
〔あの子、なんだかすごく……寂しそうな目をしてたんです〕
なのはの言葉を、彼女はちゃんと聞いていたように思う。
目と目を合わせ、フェイトの心の奥底まで知ろうとしたなのはが抱いた印象は、冷酷になりきれない儚い人形のような少女だった。
〔すごく強くて、冷たい感じもするのに……だけどなんだか優しそうで……なのに、なんだかすごく悲しそうなの……〕
アインの感想も同じだった。
ただしなのはほど優しい評価ではなく、背後にある何者かによって操られる、ただの哀れな人形という厳しいもの。瞳の奥に感じる強迫観念のようなそれは、事故の意思を塗りつぶしているかのように思えた。
〔それに、前に私を撃った時、『ごめんね』って言ってたんです〕
〔…………〕
〔きっと、理由があると思うんです。戦ってでも、ジュエルシードを集めたい理由が……〕
〔その根底にあるものが、人に聞かれたくないものでも、か?〕
〔……はい〕
躊躇いながら、しかしはっきりとした意志を感じさせる声で、なのははアインに告げる。
アインは念話越しに低いうなり声を漏らし、どう答えたものかと迷うようなそぶりを見せる。強く反対されるかもしれないと身を強張らせるなのはは、それでも意志を変えるつもりはないと唇をきつく食いしばってアインの反応を待つ。
〔…………好きにしたらいい。私は、君たちの問題には手を出さないよ〕
返ってきたのは、諦観に似たため息交じりの言葉だった。
呆れられているように聞こえたが、なのははその言葉からアインの信頼を感じ取る。彼女なりになのはの努力を認め、真剣な思いを汲み取ってくれたのだろうと察した。
すると、気分を変えるように息をついたアインが、声の調子を変えて尋ねてきた。
〔ところでなのは。君の家、確か地元のサッカーチームのオーナーじゃなかったか?〕
〔え……? あ、はい…そうですけど…〕
〔今日は確か、その練習試合の日じゃなかったか?〕
アインが聞くと、なのはは彼女がそれを知っていたことに驚きの表情を浮かべる。その感情が伝わってきたのか、アインは苦笑するような息遣いをしてからなのはの疑念に答えた。
〔……桃子がな、以前店に行ったときに話してくれたんだ。祝勝会ができると楽しみだってな〕
〔そうだったんですか……〕
一瞬、身の回りのことまで調べられてるのではないかと少し心配になったなのはだったが、そういうことならと肩の緊張を解く。
時折、なのはや高間チケの近くには常にアインがいるのではないかという考えがよぎってちょっと背筋が冷えたのだが、早とちりだったと反省する。気遣いを疑うなどもってのほかだ。
「サッカー?」
「私とアリサちゃんとすずかちゃん…みんなで応援したいね、ってお話ししてたの」
ユーノが尋ねると、なのはは楽しみな様子を見せる。父のサッカーチームの試合にはよく応援に行っていて、アリサやすずかと一緒に行って精一杯の声援を送るのがが恒例だった。
だがふと、その表情が曇る。いつも一緒に応援に行っていた親友たちとは、まだまともに話し合えていなかったからだ。
〔……ちょうどいい、行っておいで。君は十分頑張っている。あの子のことが気になるのは分かるが、いまの君に必要なものは十分な休息だ〕
〔僕もそう思うよ。きっとアリサちゃんやすずかちゃんも……なのはと会いたいんじゃないかな?〕
〔……うん!〕
なのはの迷いを感じ取ったらしいアインや、なのはの心身を第一に案じるユーノがアドバイスを送ると、背中を意された少女はどこか肩の荷が少し降りたように表情を和らげる。
アインは調子を取り戻しつつある少女の返答に、満足げに微笑みをこぼして念話を切る。
「じゃあ…行こうか、ユーノ君」
「うん、なのは……でも今日はとりあえずゆっくり休んだ方がいいんだからね?」
「うん。無理はしないよ」
しつこいくらいに身を案じてくるユーノに微笑みを返しながら、なのはは携帯電話を手に取ると画面を見下ろす。
連絡先に登録してある友人たちの名前をじっと見つめると、寂しげに眉を寄せながら不安の気持ちを口にした。
「アリサちゃん…すずかちゃん……お返事くれるかな?」
このまま話せなかったら、自分たちの友情が消えてしまうのではないか。
そんな後ろ向きの気持ちを言葉にして、改めて後悔を感じながらなのははタッチキーに触れていた。
「……あー、もう、無理だ。限界、だ……」
なのはとユーノとの念話を切ったアインは、草むらの上に寝転びながら気だるげな声を漏らす。外で寝るには肌寒く、震えが走るほどの冷気の中アインは天を仰ぐ。
星空は煌々と輝きを放ってはいるものの、所々に漂う雲がそれらを隠してしまっている。徐々に分厚くなっていくそれらは、アインの瞳に映っている輝きさえも飲み込もうとしているようだった。
「…………寝るか」
押し寄せる睡魔に抗うことはできず、アインはゆっくりと瞼を閉じると春先の冷たい風を大きく吸い込み、意識を手放すのだった。
「勝ったらお祝いに
士郎の宣言に、翠屋JFCのユニフォームを纏った少年たちが歓声をあげる。オーナーの店のスイーツは男子たちにも人気で、昂ぶっていたやる気がさらに上昇していた。
なのはは芝生の傍でそれを眺めながら、母から預けられた父への愛妻弁当を抱えて走る。その向かう先には、会話をしているアリサとすずかの姿もあった。
「おはよー」
「おはよう、なのはちゃん」
「おはよう! アリサちゃん、すずかちゃん」
すれ違いによるぎこちなさはずいぶん薄れたのか、以前とほぼ同じ調子で挨拶を交わす三人だが、アリサはずいっとなのはの顔を覗き込むと眉間にしわを寄せた。
「……今日は……元気よね?」
「ふぇ?」
自分では気づかない表情の変化を見られたなのはは、何を言われているのかわからず戸惑ったように目を瞬かせる。困惑する少女に、もう一人の親友が耳元に口を寄せて説明してくれた。
「アリサちゃん、素直になれないだけで…本当はなのはちゃんをずっと心配してるんだよ。最近少し、元気がなかったから」
「あ……」
「もし心配事があるなら、話してくれないかな、って…」
なのははその言葉を聞き、激しい後悔の念に苛まれる。今まではただ、隠し事をしていることを申し訳なく思い、それが原因で怒らせてしまったことを悔やむだけであった。
だが親友たちは、そんなことを気にしていたのではない。問題を一人で抱え込もうとしているなのはを心配し、日常生活にも支障をきたし始めていることを案じ、自分たちでは力になれないことを憂いていたのだ。
例の少女のことを、自分のことだけを気にしていたなのはは、ようやくそのことに気がついて自身を恥じる他にない。
「アリサちゃん、すずかちゃん…心配かけてごめんね…、…今は……二人には何も言えないんだ…」
言葉を選びながら、なのはは告げる。本当は全て打ち明けたい、しかし魔法という途方も無い壮大な真相を話してしまえば、より心配をかけることにも、力を貸せない無力感を与えることになる。
なのはは今度は、思いを隠すことなく伝える。真実は教えられなくても、自分の思いを余すことなくまっすぐに伝える。それしかできなくても、二人には知っていて欲しいから。
「でも! アリサちゃんもすずかちゃんも大切なお友達だから…! なのはにとって大事なお友達だから、きっと…! 言える時が来たらちゃんと伝えるから…‼」
だから、誓う。二人の元に戻ってこられるように、元どおりの日常に帰ってこられるように。
「…うん、待ってるから。…ずっと応援しているからね、なのはちゃん」
「その…いろいろともどかしいけど、あんたが決めた事なら仕方ないじゃない。…でも! 心配くらいさせてよね! あたしにとってもあんたは大事な友達なんだから!」
「うん…うん! ありがとうアリサちゃん、すずかちゃん…!」
アリサはどこか不服そうながら天邪鬼にそっぽを向き、すずかは静かになのはの思いを受け止めるように微笑む。思いを届けることができたなのはは「えへへ…」と笑みをこぼし、抑えきれなかった喜びと安堵が涙とともに溢れ出す。
なのはの目尻に光る雫を見たアリサは思わず息を呑み、自身も涙を溜めながら声を張り上げた。
「なに泣いてるのよ! あたしが泣かせたみたいじゃない!」
「ふふふ、アリサちゃんたら」
問題が解決したわけでは無い。しかし新たな誓いを立てた少女たちの距離は、以前よりも近づいて見えた。
「さーて……応援席も埋まってきたようですし、そろそろ試合をはじめますか」
「ですなー」
娘やその友人たちの様子を伺っていた士郎は自分の懸念が杞憂だったことを悟ると、相手チームのオーナーに呼びかける。
様々な少年少女たちの思いが交差するサッカーコートに、試合開始のホイッスルが甲高く鳴り響き、天に向かってサッカーボールが蹴り上げられた。
翠屋JFCの練習試合の翌日、なのはは自宅の縁側でまだ明けていない空を見上げる。
家族や友達に囲まれ、幸せな暖かさを改めて感じると、あの使い魔に言われたことが蘇ってきた。
確かに自分は恵まれているのかもしれない、いや、あの使い魔にとっては恵まれているのだろう。父母がいて、兄姉がいて、友達がいて、愛し愛され、信頼されている。
もしあの少女や使い魔がそうでなかったのなら、その悲しみをわかってあげることは自分には不可能なのだろうか。
「ん? あれ……なのは…?」
物思いにふけっていたなのはの元に、ランニング姿の姉が顔を見せた。自分よりもずっと早くに起きていることに随分驚いている様子だ。
「あ…お姉ちゃん」
「どうしたの…? いつにもましてすっごい早起きさんだ」
「うん。ちょっと目が覚めちゃって…。あれ…お兄ちゃんは?」
「うん、今朝は父さんと一緒に少し遠くまで走りに行ってる。母さんは朝ご飯の支度だね。今朝のご飯も張り切ってるみたいだよー」
「お姉ちゃんはこれから鍛錬だよね?」
「そうだよー。父さんと恭ちゃんが戻ってくるまで、少し慣らしておこうかなって」
「そっか、がんばって」
笑って送り出そうとするなのはに、美由紀は手を振って走り出そうと踏み出した。
しかし庭を出る前に、ふと足を止めた美由紀がなのはの方に振り向いた。ためらいがちに口をもごもごまごつかせたかと思うと、意を決したように唇を噛んでなのはの方に歩み寄ってきた。
「……ところで、なのは?」
「なぁに?」
「あのさ…最近、アインさんとはどんな感じ?」
美由紀の質問の意図が読めず、なのはは困惑気味に首をかしげる。前に似たような質問を受けた気がするが、今だにその真意を知ることはできていなかった。
「えっと…どんなって聞かれても、いつも通りだったかな…どうして?」
「んー。最近お店に顔出さないからさー。なんかあったのかなー…って思っちゃってね」
ぽりぽりと気まずげに頬をかき、美由紀は虚空を見上げて答える。高町家との因縁というか、過去の関わりについては一度聞いたものの、それだけを聞くにはここまで関係がこじれるとは思えなかった。
まだ姉は、そして父母や兄は自分に何かを隠している、そう思わずにはいられなかった。
「恭ちゃんのこともあるからあんまり大げさにはできないけど……父さんも母さんも気にしててね。そっか…いつも通りか…」
「…あの、お姉ちゃん」
安堵のような、反対にどこか寂しそうな表情の姉になのはは呼びかける。
困り顔で振り向く姉の目を見たなのはは言葉につまり、やがてふるふると首を振って苦笑を浮かべた。
「ううん…、何でもない」
「うん…こっちもごめんね。変なこと聞いちゃって。じゃ、行ってきます」
この空気の中から逃れるように、美由紀は駆け足で裏口の門を抜けて行く。たったっと軽快な足音が遠のいて行くのを見送ったなのははため息をつき、なかなかあの姉の様子の真意を問えずにいる自分に落胆する。
質問する機会はいくらでもあるだろうに、肝心なところで二の足を踏んでしまうなど情けなかった。
視線を向ければ、明るみ始めた東の空が見える。夜明け前の紫紺の空は、アインのバリアジャケットの色を思い出させた。
「…………私、まだアインさんのこと……何も知らないんだな」
いつも近くにいる騎士を思い、なのはは朝練の時刻になるまで放心し続けていた。
感想、待ってます。