【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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5.紫紺の騎士

 それは、忘れられないほど忌まわしく―――同時に忘れられないほど愛おしい記憶。

 

 けたたましいエンジン音とともに、砂漠に一筋の轍が刻まれていく。冬の風が前から叩きつけられる中、それを物ともせずに突き進む影がある。

 枯れた地を踏んでタイヤを回すのは、青いスペードをモチーフにした装飾の目立つ一台のバイク。そしてそれを操るのは、銀色のヘルメットに黒に近い紺色のライダースーツ、バイクと同じくスペードを模した銀色の鎧を身に纏った妙齢の女性だった。

 背は高く、ライダースーツによって強調された豊満な肉体が振動によって揺れる。胸鎧に覆われた西瓜ほどもある胸元が上下左右に大きく揺さぶられ、鎧とライダースーツの光沢がその綺麗な形を誰にともなく見せつける。

 

〈アルデブラント曹長、目標地点まで7200mです!〉

「了解した!」

 

 バイクによって繋げられた通信に、女性は仮面の中から答える。すでに最大速度に達しているギアを強く握り、自分が討つべき敵が待つ目的地へと急ぐ。

 未だ遠いその場に急ぐ中、通信越しにオペレーターから焦燥じみた声が上がった。

 

〈急いでください! マンダリン陸尉が苦戦しています!〉

〈マンダリンを救ってくれ。急げ、アルデブラント〉

 

 まだ経験が浅いせいか、緊張と焦りを見せるオペレーターの女性とは対照的な落ち着いた声、初老の男性の声が響く。騎手の女性はヘルメットの中でキッと視線を鋭くし、愛馬の心臓(エンジン)を力強く唸らせる。

 

〈曹長、目標が北へ100m移動!〉

 

 情報を受けた騎手は大きくハンドルを傾けさせ、砂地をタイヤで深く穿ちながら方向を変え、砂塵を巻き上げながら加速した。

 

 

 暗い暗い洞窟の中。自然の力に淘汰された古代の人類の痕跡が所々に残る天然のトンネルの中で、二つの影がぶつかり合っていた。

 片方は赤いライダースーツに銀色の鎧を纏い、腰のベルトからは一丁の銃を下げ、トランプのダイヤと鍬形(クワガタ)を模したような仮面をつけた銃士。分厚く重いそれを紙か何かのように軽々と着こなし、もう一方の相手に向かって拳を振るう。

 銃士が相対しているのはまさに異形であった。悪魔のように醜くゆがんだ顔からは鋭い牙が伸び、青紫色の体はしなやかながら厚い筋肉の鎧に覆われている。手からは長い指が生え、その間には皮膚のような膜が広がっている。蝙蝠(コウモリ)の特徴を有した人間型の異形が、銃士に襲いかかっていた。

 

「ふっ!」

 

 戦いは、銃士の方が押されているように見えた。体格も力も互角だが、銃士の得物は腰の銃。接近戦よりも遠距離からの狙撃に特化した武装であるためか、最大火力を叩き込めない体勢になっているようだった。

 蝙蝠の翼に殴打され、徐々に追い詰められているダイヤの銃士。

 彼が壁際まで追い詰められた時、けたたましい爆音とともに青い影が乱入した。

 洞窟の闇の中を劈く光とともに、スペードを模したバイクのヘッドが蝙蝠の異形に突撃する。意識外からの乱入者に、蝙蝠の異形はなすすべなく弾き飛ばされ、ダイヤの銃士が解放される。

 その場から後ずさって距離を取りながら、銃士は乱入した青いスペードの騎士に目を向けた。

 

「マンダリン陸尉! 無事ですか⁉︎」

「アルデブラントか!」

 

 騎士、アインはその場にバイクを停め、腰に佩いた片刃の剣を抜いて片手で構える。バイクのヘッドライトに照らし出された銀の刃が、蝙蝠の異形の目を射抜いた。

 

「ギィィィ―――‼︎」

 

 敵が増えたことで不利を察したか、蝙蝠の異形は大きく腕を羽ばたかせる。その瞬間異形は無数の影に分かれ、通常サイズの蝙蝠に変化して飛び立ち始めた。

 驚愕するアインたちの間をすり抜け、蝙蝠の群れは一つの塊になりながら洞窟の奥へと逃げていく。一瞬視界を奪われ、隙を疲れたアインたちはすぐさま異形の方へと方向を変えた。

 

「レッドランバス!」

「ブルースペイダー!」

 

 銃士が懐から指輪を、待機形態のデバイスを呼び出し、一声命じて目の前に突き出す。指輪は強い光を放つと宙に浮き、無数のパーツを生み出して一台のバイクへと形を変えていく。

 アインの持つ青いスペードのバイクと、銃士の呼び出した赤いダイヤを模したバイクが並び立ち、逃走する異形を追って爆走を開始する。

 やや狭い洞窟の中を、異形は我が物外で自在に群れの形を変えながら飛んで行く。その後を追う二人の騎士もまた、障害物を恐れることなく乗り越え、猛スピードで突き進んでいく。

 視認できる距離まで近づくと、銃士はベルトからダイヤの意匠が施された銃を抜き、飛び回る蝙蝠の群れに向けて発砲する。無数に分かれていても痛覚は共有しているのだろうか、銃弾が数匹に命中すると蝙蝠たちは目に見えて苦しみ始めた。

 

「ギギィィィ――‼︎」

 

 耳障りな咆哮をあげ、統制を失った蝙蝠の群れが失速する。バタバタと苦しみながら速度を落とした群れは一箇所に集まり、また一体の蝙蝠の異形になって立ち上がった。

 蝙蝠の異形は憎々しげに自身の体を流れる緑色の血を見下ろし、ついですぐ目の前にバイクを留める騎士たちを鋭く睨みつける。

 鋭い視線を受けながら、バイクから降りたアインは剣を逆手に持ち替え、鍔の部分を扇のように展開させる。その中に入った一枚の赤いカードを抜くと、剣に刻まれた溝に挿してスライドさせた。

 

TACKLE(タックル)

 

 野太い声が響くとともに、剣の腹に備わったのカウンターに数字が浮かぶ。カードに込められた力が数値化して表示されると、使用されたカードが光となって浮かび、アインの鎧に吸収されていく。

 

「ハァァァ……‼︎」

 

 (イノシシ)の祖たる不死の魔物の力がアインに宿り、突進力が強化される。体の内から湧き上がる力を全身に漲らせ、青い騎士が異形に向かって走り出した。

 逆手に持った剣を携えながら、地面を踏み砕きながら凄まじい勢いで突撃するアインの一撃が決まるかと思われたが、蝙蝠の異形は横から張り手のように腕を振るい、それを防いだ。

 

「うぐぁっ‼︎」

 

 不意の横からの攻撃で、アインの突進は勢いをそらされて不発に終わり、盛大に洞窟の中で転がる羽目になる。

 ダイヤの銃士はあまり動揺せず、勝利の雄叫びをあげる異形を見やって自ら前に出た。

 

「まだお前の手に負える相手じゃない、か。なら見ていろ!」

 

 銃の撃鉄部分を展開し、ホルダーの中の二枚のカードを抜き出してカードリーダーにさし、素早くスライドさせる。

 

FIRE(ファイア), DROP(ドロップ)

 

 尻に炎を灯す(ホタル)の祖と硬い頭部を誇る(クジラ)の祖の魔物がカードの中で蠢き、二枚のカードが光となって銃士の鎧に吸収される。

 

BURNING DROP(バーニング・ドロップ)

 

 炎の元素の力と、キック力強化の能力が銃士に付与され、銃士の身体に力が漲っていく。

 デバイスの音声とともに、銃士は洞窟の天井すれすれの空中へと躍り出る。高く跳躍した先でくるりと前転すると、突き出した両足に業火が宿り、蹴撃の威力が大幅に増した。

 

「ハァァァァァァァ‼︎」

 

 雄叫びとともに放たれる、火炎を纏った踵落としが異形の両肩に決まり、異形は爆炎に飲み込まれた。

 蹴りを放った反動で宙返りした銃士が着地すると、炎に包まれて倒れる異形のベルトのバックルがガチリと左右に分かれた。

 銃士はそれを確認すると、ベルトのバックルから一枚のカードを抜き、異形に向かって投げ飛ばす。異形の胸にそれが突き刺さると、緑色の光に包まれた異形がみるみるうちにカードに吸い込まれていく。

 その姿が完全にカードの中に消えると、カードはクルクルと回転しながらひとりでに宙を舞い、銃士の手の中に収まった。

 

「カテゴリー8か……」

 

 それまで何も描かれていなかったカードの表面に、顔がスコープになった蝙蝠の魔物の姿が描き出される。二次元に封じられながらも蠢いているそれを、銃士は銃のホルダーの中に収納した。

 アインは吹き飛ばされた際にぶつけた肩をグリグリと回し、顔をしかめながら銃士の元へ近づく。その姿を見て、銃士は苦笑するように肩を揺らした。

 

「技術は十分、いやそれ以上だがまだそのデバイスには慣れんか。アルデブラント」

「……そのようです」

「だが助かった。礼を言う」

 

 銃士はそう言い、ベルトの中に入っていたカードを抜く。するとベルトの表面の紋章から半透明のスクリーンのようなものが現れ、銃士の体をすり抜けていく。

 鎧が解除され、現れたのは一人の背の高い男性だった。服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体を持つ、整った顔立ちの中年男性は、戦闘を終えてもなお鋭い視線をアインに見せる。

 男、サクソ・マンダリン陸尉に倣ってアインも鎧を解除すると、残ったベルトを見下ろして首を傾げた。

 

「どうにも、このデバイスの機能はしっくりきません。はっきり言って戦いづらいとしか……」

「アンデッドに唯一対抗できる力だ。今は慣れろとしか言えん。それにお前の加入は急な話だったからな、慣れないのは仕方がないだろう」

 

 先ほどの戦闘、それはアインにとって納得の行くものではなかった。

 通常の魔道士が身につけるバリアジャケットとは異なる甲冑、攻撃の発動に必要なプロセス、見た目からして人間離れしている異形など、これまでアインが相対してきた問題とは毛色の違う相手に戸惑いが生じ、その祖語の積み重ねがアインの不調を招いていた。

 不満げにデバイスを見下ろすアインに、サクソはふっと不敵な笑みを浮かべる。

 

「だがそれを使いこなした時、お前はいずれ俺を超えるライダーへと進化するだろう……その時が楽しみだ」

「……マンダリン陸尉にそう言っていただけて、光栄です」

 

 ピッと背筋を伸ばして答えるアインに苦笑すると、肩の力を抜けとばかりにぽんぽんと肩を軽く叩く。この女騎士はストイックなのはいいが、少々肩を張りすぎる傾向にあるのがたまに傷だった。

 

「先に戻る。報告は任せておくぞ」

「ハッ!」

 

 軽く手を振り、バイクの方へ戻っていくサクソを見送ると、アインは先ほど異形を封印した場所を見やる。そこにはもう異形が暴れていた跡など何もなく、まるで幻か何か出会ったかのように静寂が漂っている。

 しかし、アインの手は握った剣の感触を覚えている。人間の力では到底及ばない、恐るべき異形と相対したという実感は、未だアインの中でうずいていた。

 

♠︎ ♦︎ ❤︎ ♣︎

 

 ある、大学の構内に似た建築物の中を、アインは一人歩いていく。

 二人の警備員に守られる職員専用の門をパスを提示して通ると、その奥にあるもう一つの扉で立ち止まる。まずは相棒(デバイス)を台にかざし、その次の台に手をかざし、最後に門柱のカメラに自分の瞳を見せる。

 デバイス・指紋・網膜パターン認証の三つの厳重なセキュリティをくぐり抜け、ようやく開いたドアを抜けて進むと、それまでとは意匠の異なる廊下へと繋がっていた。

 無数のパイプの通る天井、何十も並ぶ密閉された部屋、照明を極限まで減らした廊下。そこで行われているのは、彼らが相手取ろうとしている異形のサンプルを用いた実験と研究だった。

 ボコボコと泡を立てる試験管やケースの中には、いびつな形状の生物の断片らしきものが浮かび、何本ものチューブや電極が取り付けられている。

 全身を防護服で覆った者は水槽の中にゴム手袋を突っ込み、特殊溶液内でサンプルを切り分け、小さな試験管やシャーレの中に移し、密閉しラベルを貼って日付別に分別する。

 電気ショックの反応や薬分を投与し、その反応を観測しては記録を取っていく。計器から吐き出されるデータが積もりにつもり、ちょっとした山のようになりつつあった。

 

「……いつ見ても慣れんな、この光景は」

 

 そこにいる職員の格好や扱っているもの、暗さが相待ってマッドサイエンティストの集団が怪しい研究をしているようにしか見えず、アインが通る際いつも渋い顔になってしまっていた。

 なるべくそれらを見ないようにしながら、研究施設を超えていくと、アインは分厚い執務室の扉の前へとたどり着いた。

 

「失礼する」

 

 コンコンコンとドアを叩いて中に入ると、そこにはすでにデスクの椅子に座る壮年の男と、デスクの前で初老の男性を見下ろしているサクソと制服を着た女性がいた。

 妙に重苦しい雰囲気があったが、アインは気にせずにその空気に割って入り、初老の男・BOARD局長ケインズ・クロスボードを見つめた。

 

「……これで、今月で3体目です」

 

 黒光りする洒落た両袖机の上に、サクソの手によって蝙蝠の意匠のカードが置かれる。

 一日かけてようやく封印した魔物がうごめくそれを、制服の女性、アインのオペレーターが興味深そうに覗き込んだ。

 

「どうして……こんな怪物がこの世界に……?」

「さぁな……どうせ碌でもない連中の思惑だの、面倒臭い事情があるんだろう。私たちに分かることなどあるまいよ」

 

 自然現象であろうが、人の手によって生み出された存在だろうが、人に危害を加えかねない異形がうろついているなどはた迷惑にもほどがある。

 そして、そんな相手を極秘のうちに対処しようとしていることに疑問を抱いているのか、サクソは目の前の壮年の男を鋭い目で見下ろしていた。

 

「なぜ、この一件を公表しないのですか。今の所民間人の被害は出ていませんが、このまま終わるとは私には思えません」

「まだほとんどのことが判明していない現状、パニックを起こすのは得策ではない。人間はお前ほど強くはない」

「何を言っておられるのか! アンデッドの情報は、すでに一部の民間人には漏れているのですよ⁉︎ 何を今更……」

「陸尉、その辺で。ここで熱くなっても事態が好転するわけではありますまい。落ち着いてください」

 

 激昂寸前の上司の肩を引き、アインが局長との間に入る。

 サクソは不満げに目を細めてアインを睨むが、彼女の言葉にも一理あると判断したのか潔く引き下がった。不信感があってもそれを抑えられるほどには落ち着いていたようだ。

 オペレーターは口論が起こらずにすんでホッとしたのか、胸をなでおろして状況を見守るだけにとどめた。

 

「……だが、我々はまだ知るべきことを知れていないことは確か。それを教える義務を怠っているのではあるまいか?」

 

 先程とは打って変わって、冷たい覇気を背負ったアインがサクソに代わってケインズに問いかける。

 サクソの怒りとは真逆の、殺気を伴った冷たい感情にさらされ、背後にいるオペレーターは顔を青ざめさせ、歴戦の戦士であるサクソも一筋の冷や汗を流した。

 しかし、その殺気をまともに受けているはずのケインズの表情に変化はなかった。

 

「はっきりと聞かせていただきたい。―――アンデッドとは、一体なんですか?」

 

 隠し事も誤魔化しも、そして何より嘘を許さないと鋭い視線で語り、アインはケインズの目を見つめ続ける。

 冬の冷たさとは明らかに異なる、背筋の中から冷え切る冷気の中、女騎士と局長はじっと睨み合う。

 沈黙を先に破ったのはケインズの方だった。

 

「君たちが知る必要はない。それについては、我々が調査を進めている」

 

 これまでと同じ、アインたちに対して何も教えないスタンスを貫き、ケインズはデスクの上で指を組み合わせる。アインとの壁を表すそれを見つめ、女騎士は深いため息とともに視線を伏せ、殺気を収めた。

 

「……いいでしょう。この場は退きます。ですが、もし私に対して虚偽を働こうものなら、私は一管理局員として厳しく追求させていただきます」

 

 一歩引き、ケインズとの距離を取り直す。

 しかしすぐにキッと険しい顔でケインズを見据え、一公務員としての姿で釘を指す。

 自分は命を、そして剣を預ける立場にあるのだ。重要な情報を秘匿されたままではそれを預けたままになどできはしない。ましてや多くの人々の命がかかっている状況で。

 普通の人間であれば動けなくなるほどの殺気を二度に渡って受けたケインズは、深いため息をつくと肩をすくめる。

 

「方針は局長である私が決める。……その殺気を抑えろ、老体には響く」

「……失礼します」

 

 最後まで殺気を身に纏ったまま、アインは敬礼するとケインズに背を向ける。

 かつかつと音を立てて歩き去っていくアインをオペレーターが慌てて追い、ややあってからサクソも後に続く。最後にケインズを睨みつけてからサクソが退出すると、ケインズは無言で椅子の背もたれに体を預け、大きなため息をつくのだった。

 

 

 セキュリティゲートをくぐり、研究所を後にするアインたち。

 ずんずんと怒りをにじませて歩いていくアインの背中を見つめていたオペレーターの女性は、ためらいがちに口を開いた。

 

「……さっきのは言い過ぎだったんじゃない?」

「甘い。これほどの事態が起きているというのに、未だに詳しいことを秘匿したままなど納得がいかん」

「そりゃそうかもしれないけど……あんな、局長を疑うみたいに」

 

 口を尖らせるオペレーターだが、アインも自分の感情であれほど問いただそうとしたわけではない。

 場所も役割も違えど共に戦う者、命を預ける相手として最低限の役目を果たしてもらおうと、きつい口調で確認しようとしただけだ。何よりも、ただ使われるだけの存在ではないとわからせる必要もある。

 すると、アインの斜め後ろを歩いていたサクソが、眉尻を下げた申し訳なさそうな表情で話しかけてきた。

 

「アルデブラント……すまんな」

「なんの話ですか?」

 

 とぼけた調子で聞き返すと、サクソは苦笑しながらアインの前に出て、その足を止めて向かい合う。アインが立ち止まると、自分の頭半分下にあるアインの目をじっと見つめた。

 

「お前が言わなければ、俺が局長に怒鳴りかかっていたかもしれん。……俺もお前と同じ気持ちだ」

「…………お心遣い、感謝します」

 

 軽く頭を下げ、アインは同じ気持ちの同志がいることに安堵する。

 同時に、関係者にここまでの不信感を抱かれるこの研究所に不安を感じる。隠し事をされたまま顎で使われるのは、どうにもアインの気性に合わなかった。

 

「今日は助かった。……次もこの調子で頼む」

「はっ!」

 

 気持ちいいくらいに背筋が伸びた敬礼を向けると、アインに向かい合ったサクソも敬礼を返す。アインのような生真面目さを感じさせる硬いものではなく、歴戦の経験が生む余裕のようなものを感じさせる礼だった。

 

「では私は、地上本部に報告に戻ります」

「ああ……では、また」

 

 アインに背を向け、サクソは研究所の出口の方へと去っていく。

 その背中にどこか迷いのようなものが見えた気がしてアインは首をかしげるが、やがて勘違いとでも思ったのか自分も踵を返した。

 

「お前も早めに帰れよ。じゃあな」

「あ、うん。またよろしくね。今度はもっと落ち着いてオペレートするから!」

「期待しないでおくよ」

「あっ! それひどいんじゃないの?」

 

 オペレーターの慌てっぷりを思い出し、苦笑するアインに彼女が抗議する。それほど付き合いは長くはないが、オペレーターの持つ気安さと距離感の近さがアインにも心地よく、オフの時は砕けた調子で語り合えるくらいにはなっていた。

 

「私だってねぇ、管理局最強の女騎士様がベストコンディションで戦えるようにっていつも頑張ってるんだからね? バカにしないでよ!」

「最強ね………その称号に一体どれほどの意味があるのやら」

「あるでしょう? だからこそ〝ブレイド〟に選ばれたわけだし」

 

 アインは彼女の言葉に、懐からバックル型のデバイスを取り出して無言で見下ろす。

 かの異形に唯一対抗できる力を行使できる特別なデバイス、ベルカともミッドとも異なる術式により起動するこのデバイスを、アインはまだ使いこなすことが出来ていない。魔法に似た効果を発動させるまでにラグが生じ、相手に隙を与えてしまうことが多々あった。

 最強だのなんだのと言われても、剣を振り回すことしか能がないと自覚している彼女にとって、今はその称号は重荷でしかなかった。

 

「……まぁ、やれるだけやってやるさ」

 

 ずっしりとした手の上の重みと、肩にのしかかっているように幻視できる重圧(プレッシャー)に苦笑しながら、アインはぐっと強く手を握りしめた。




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