【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

21 / 98
6.解かれた封印

「っっっだぁぁぁぁああああやってられっか‼︎」

 

 ガンッと半分以上を飲み干したビールのジョッキを机に叩きつけ、アインは荒ぶる感情を丸々表に出して荒れる。

 平静を取り繕ってはいたものの、ふつふつと湧き上がっていた不満は消しきれず、こうして時折酒の席で発散するのが通例となっていた。

 友人の仕事時とプライベートのテンションの差に苦笑しながら、リンディはアインに困ったような笑みを向けた。

 

「ふ〜ん、それで今呑んだくれてるわけねぇ……」

「ああ……! 飲まなきゃやってられんだろうが!」

「でもあなた、ウワバミだから呑んでも酔えないんじゃなかったかしら?」

「雰囲気に酔うんだよ雰囲気に。というか言うな、虚しくなる」

 

 大概付き合いで一緒に飲み続け、酔い潰されてから家まで送られているリンディは、この勢いなら明日も二日酔い決定であろうなと覚悟しながらもジョッキを口に運ぶ。長い付き合いだ、それぐらいの無茶ならたまに付き合ってやるのも友人というものだと、無理やり自分を納得させながらだが。

 

「あの局長め……新顔だからかなぜかは知らんが、一方的に小娘と侮りおって! しまいにゃほんとに欺瞞で逮捕してやろうか……!」

「やめなさいよ。あなたらしくもない」

 

 つまみの漬物をバリバリと咀嚼しながら、行儀悪く片膝を立てるアインの言動を注意するも、アインの表情に変化はない。当然本気で言っているわけではなかったようで。

 ぐいっとジョッキを煽って飲み干すと、アインは先ほどとは打って変わって、疲れ果てたような乾いた笑みを浮かべてリンディを見つめた。

 

「お前だけだよ、リンディ。気軽にこんな愚痴をこぼせるのは……事情を知っている知り合いの中でも特に口が固いからな」

「任務に守秘義務があるのって、大変よねぇ。一緒に飲める人にも限りがあるんだもの」

「あと店にもな。ほんとはもっと汚くても安い店で楽に飲みたいのに、そんなところで話してたらどこから話が漏れるかわかったものじゃない。お気に入りの店にも最近顔が出せんのだ、全く」

「あなた、ほんと難儀な仕事してるわよね……それにしても」

 

 友人の今の仕事の不満に相槌を打ちながら、リンディは端末に表示したページを見やる。今話している、アインの仕事場に関する記事だ。

 

「人類基盤史研究所、通称BOARD(ボード)……人類がこの世界の覇権を握るに至ったルーツを解き明かす、って言われてもね」

「私も最初に聞いたときはそう思った。今だに目的がよくわからんのだ、あの職場は」

 

 アインもまた胡乱げにリンディの端末の表示画面を見たり、不審げに眉を寄せる。

 一般に開示している主な研究内容はリンディが言った通りで、次元世界的な生物学の権威であるビスタ・ヘヴンズロードがとてつもない財力で管理局を動かして設立させた研究機関である。

 しかしその内容の秘匿性は過剰なほどに高く、一部の関係者以外には研究所の所在も非公開のまま数回移転を繰り返し、その上厳重なセキュリティを通過しなければならないほどの徹底ぶりである。重要な役割を背負っているはずのアインでさえ、閲覧できる情報は限られていた。

 

「それがなんであんな化け物どもと毎日毎日格闘せねばならんのやら……こういうのは武装隊の役割じゃないのか?」

「武装隊も武装隊で、今は人出不足が深刻だしねぇ……」

「ああ、そういえば前にレジアス隊長……じゃなくて陸佐が愚痴っていたな……えらく不機嫌に」

「そのせいで私まで睨まれてるのよ? 嫌になっちゃうわ」

「その辺は今は仕方がない。改善されるまで我慢しろ」

「あぁん……もう、いけずなんだから。いいでしょ? 私もあなたに愚痴ったって」

 

 互いに軽口を叩きながらも、いえばいうほど抱えている問題の多さにため息の数も多くなってくる。息抜きのつもりで集ったというのに、余計にストレスがたまっている気がして嫌になった。

 

「それに、長年連れ添った相棒が使えんのは痛い。渡されたデバイスはクセが強すぎるし、相棒は今や〝足〟だ。笑うしかないだろう」

「ブルースペイダーはそこんところどうなの〜?」

Regrettable(誠に遺憾).】

「そうよね〜」

「お前には苦労をかけていると思っているよ」

 

 誇り高き青き女騎士の剣が、いまではただの移動手段としてこき使われていることにリンディは同情する。自分はインテリジェントデバイスを持ってはいないが、長年連れ添った相棒の隣に新顔が横から割って入ってくる心境というのは相当腹が立つのだろうと苦笑した。

 アインも相棒に精神的負担がかかっていることに思うことがあるのか、どこか申し訳なさそうにそっぽを向きながらジョッキを傾ける。

 別の話題で気分を変えさせようと視線を外していると、ふとあることを思い出してリンディの方に視線を戻した。

 

「……そういえば、お前今度結婚するんだったか? 相手は確か……クライド? グレアム提督の部下だったか」

「えっ……ちょ、ちょっと……もうなんで知ってるのよぉ‼︎」

 

 急に話を振られたリンディは一瞬言葉を失い、すぐにリンゴのように顔を真っ赤に染め上げてブンブンと顔と手を振った。

 恥ずかしがりながらも嬉しそうに口元を歪め、いやんいやんと体をよじる友人にいらっとしたアインはジト目を向け、今だに相手も交際経験もない自分と比較してけっと冷笑した。同い年のはずなのにどうしてここまで差がついたのだろうか、と世の中の理不尽を呪いながら。

 

「噂になってるぞ。所構わずいちゃつくバカップルがいるって。あれお前らだろ。彼氏なしの独身女子どもを嫉妬で燃え上がらせてるってのお前らだろ? あーあー! 毎日毎日始末書に追われて男っ気の全くないわたくしどもには羨ましい限りですなぁ奥様⁉︎」

 

「ヤダもう〜! 奥様だなんて気がはやいわよこの〜!」

「あ、だめだこれ。皮肉もきかん。というか都合のいいところしか聞いてないわこれ」

 

 嫌味を言ったつもりだったのに、逆によく聞いてくれましたと言わんばかりに始まったノロケ話に、アインは激しい後悔を感じながらうんざりする羽目になった。

 とはいえ、友人の吉報を喜ばない友などいない。鬱陶しいくらいにはしゃいでいる友人の奇行も今ぐらいは目を瞑り、追加注文で運ばれてきたジョッキを掴んで高々と抱えた。

 

「あぁもう、構わん! 今日はとことん飲むぞ‼︎」

「いいわよ〜じゃんじゃん持ってきて〜♪」

「リンディ……後悔しても知らんぞ……」

 

 すでに良いで正常な判断がつかなくなり始めているリンディにジト目を向けながら、アインもぐいっと再びジョッキを煽るのだった。

 

♠︎ ♦︎ ❤︎ ♣︎

 

「うっぷ……酔わないからといって、さすがに飲みすぎたか……腹が重い……」

 

 チャプチャプと中で音を立てる腹を押さえながら、アインは青い顔で夜道を歩く。酔う酔わない以前に、人間が飲み干せる水分量の限界を失念していたことを恥じるほかになかった。

 だがそれも仕方がなかった。酔いが回ったリンディが、自分の結婚相手との日々を聞いてもいないのにのろけだし、全く解放してくれなかったのだ。

 馴れ初めからデートの思い出、相手の男のいいところや惚れた理由、挙げ句の果てには初体験についてまで赤裸々に暴露され、皮肉のつもりで話題を振ったことを激しく後悔した。そんな微塵も自分の身にならないトークなど聞かされていては、飲む以外にやっていられなかった。相手に悪意がないのが余計にたちが悪い。

 

「あいつめ………私に男っ気がないからと言ってバカにしやがって。…………まぁ、事実だが」

 

 このまま家に帰っても誰もいないことを思い出し、つい最近まで考えたことのなかった独り身の寂しさというものを痛感する。

 同期の女性局員たちを差し置いて一足先に妻に、そしていずれは母親になるのであろう友人の笑顔を思い出すと、アインの足取りは次第にゆっくりになり、やがて止まった。

 

「……家族か」

 

 自分で言葉にしてみても、自分にはその温もりというものが微塵も予想できないことに気づく。辞書や書籍でその単語の説明を読むだけのような、無機質な感想しか持てないことに少し落胆する。

 近いうちにそれを新しく手にするという友人の笑顔を見ても、アインの心はどこか乾いたままだった。自分には全く関係のない、例えるならテレビの向こう側の遠い物事のようにしか、アインは感じられなかった。

 漠然とした物寂しさを感じるアインの元に、不意に通信が入る。ハッと我に返ってデバイスを手にしたアインは、それが研究所の職員からの通信と気づくとすぐさま頭を仕事モードに切り替えた。

 

「! どうした?」

 

 研究所から連絡が来る場合など、アンデッドに関わる事柄以外にない。出動要請と思って戦闘体勢に入るアインだったが、聞こえてくる音声に違和感を覚えた。

 普段ならオペレーターたちのクリアな声が聞こえてくるはずなのに、通信から届くのはノイズだらけの耳障りな騒音ばかり。その上ノイズの合間に聞こえてくるのは、職員たちの悲鳴や断末魔の叫び声。

 明らかな異常事態に戦慄するアインの元に、ようやく判別できる声が届いた。

 

【……ょう、アルデブラント曹長‼︎ 助けてください‼︎ BOARDが……研究所がアンデッドの襲撃を受けているんです‼︎】

「なんだと……⁉︎」

 

 切羽詰まった悲鳴混じりの声に、アインも表情を変えて言葉を失う。

 拠点を何度も変え、秘匿を重ねてきた研究所が突然敵に襲われたなど、すぐには信じられなかった。ましてや相手は人を襲うだけの不死の怪物たち。隠された拠点を探し出して襲撃するだけの思考能力があるとは思ってもみなかった。

 

【早くっ……早く助けーーーあ、ぁああ、きゃあああああ‼︎】

「おい、しっかりしろ! おい‼︎」

 

 甲高い悲鳴とともに通信がぶつりと切れる。ノイズと「No communication」の文字が浮かび上がり、アインの拳がギリギリときつく握りしめられていった。

 どこの何者か、なんの目的があって研究所を襲ったかは知らない。

 だが自分の仕事場に、そしてともに戦ってきた同士たちに危害を加えられるなど、自分の縁をこれ以上奪われるということは、アインには許容できなかった。

 

「ブルースペイダー‼︎」

【Yes, sir!】

 

 スペード型のペンダントを放り投げ、同時に走り出すと高く跳躍する。

 ペンダントが光を発しながら無数のパーツを生み出し、空中で組み合わさって一台のバイクに変貌して着地する。地面に降り立ったタイヤが高速で回転し、勝手に走り出したバイクにアインがタイミングを合わせて飛び乗る。

 後輪を滑らせ、土煙を巻き上げながらアスファルトの上を爆走し、アインは研究所の方へと急ぐ。交通法規などいまは気にしている暇などない、手遅れになる前に敵の元へ向かわねばならなかった。

 

 

 けたたましい警報ベルの音が鳴り響く。研究員や管理局員たちの悲鳴がこだまする。しかしそれらの声はやがて一つずつ途切れていき、耳障りな壊れた警報ベルだけが反響するだけになっていく。

 門をバイクに乗ったまま蹴破り、内部に突入したアインはその光景に絶句する。

 煙をあげる計器などの機械は無残に叩き潰され、激しい火花があちこちで発生して薄暗い中を照らし出す。白い壁は跡形もなく破壊され、研究員や職員のものと思わしき夥しい量の血痕がこびりついていた。サンプルが入っていたガラスケースは粉々に割れ、中の肉塊が腐臭を放ちながら溢れ出ている。

 それはただ獣が暴走しただけではなり得ない、悪意を持って暴れまわった下手人の存在を思わせる惨状であった。研究者たちの努力を嘲笑い踏みにじるかのような、施設と研究者に対する敵意を感じさせる跡が、まだはっきりと残っていた。

 アインはよろよろと惨状を前にしてよろめきながら、すぐ近くに倒れている白衣の研究員の元にしゃがんで体を揺さぶった。

 

「おい‼︎ どうした、何があった⁉︎」

 

 返事は、なかった。

 どろりと粘っこい鮮紅が研究員の体の下から広がり、膝をつくアインの足元にまで届く。ぐったりとしたままの体は冷たくなりかけていて、命の炎が当に尽きてしまっていると嫌でもわからせてきた。

 

「なんなんだこれは……⁉︎」

 

 蘇る、自身の中のトラウマ。幾百もの戦いを超えてきたものが必ず経験する、同士との永遠の別離。

 何度経験しても慣れることのない、慣れることを許さない、体の奥底に冷たい氷塊が入り込むような、心にぽっかりと穴が空いて冷たい風が吹き抜けるような嫌な感覚が、アインの中に再び芽生えていた。

 

「しっかりしろ‼︎ おい‼︎」

 

 片っ端から倒れこむ職員たちに呼びかけ、目覚めさせようと声を張り上げ続けるアインだが、誰一人としてアインに声を返してくれるものはいない。

 勤務後に冗談を交えて笑っていた者も、同じ店で飯をともに食った者たちも、時に意見を対立させてぶつかり合った者たちも、誰も二度と目を覚ますことはなかった。

 

「……畜生」

 

 がくりと項垂れ、悔しさに険しい表情を浮かべるアインは、思わず床を殴りつける。

 手のひらに食い込んだ爪が皮を破り始めた時、アインは惨状の中に残るかすかな呼吸音に気づいた。慌ててそれが聞こえる場所に急ぐと、自分のオペレーターが血を流して倒れている姿が目に入った。

 自分の衣服が血に濡れるのも構わず、アインは女性を抱き上げて顔を近づける。溢れ出る血はすでに致死量に達し、小刻みに繰り返される呼吸はか細く、心音も徐々に弱くなってきている。医者でなくとも、あと数分の命であることは察せられるぐらいの重症であった。

 

「…何があった」

「アン、デッドが……! アンデッドが……襲ってきて……‼︎」

 

 オペレーターは未だ襲われた恐怖の中にあるのか、それとも血が足りていないのか青ざめた表情で、気を逸らせたまま必死に説明を試みる。

 アインはオペレーターの体をきつく抱きしめ、なだめるように背中を叩く。その甲斐あってか、狼狽気味の彼女は徐々に勢いを落ち着かせ、言わねばならないことを少しずつまとめていく。

 それでもその表情は、恐怖と驚愕に彩られたままだった。

 

「でも……でもまるで……マンダリン陸尉がッ……操ってるみたいで……」

「そんな……まさか⁉︎」

 

 信じられない報告に、アインは思わず腕の中のオペレーターの顔を凝視する。今際の際にある彼女に詰問しても意味がないことはわかっているが、それでも先ほどの言葉はすぐには鵜呑みにはできなかった。

 しかし女性の呼吸は荒々しく、隙間風のように乾いた儚げなものになって行く。目も焦点を外して虚ろになり、光がみるみるうちに失われていった。

 

「まだ……まだあいつが……‼︎」

 

 アインではない、別の何かの影を幻視したらしい女性は不意に言葉を途切れさせ、やがて糸の切れた人形のようにがっくりと力を失った。

 だらりと垂れ下がる腕を凝視したアインは言葉を失い、ややあってからオペレーターの体をそっと廊下の隅の横たえさせる。恐怖の形に固まった顔に手をかざし、見開かれたままの瞼をそっと閉じると、体温を失っていく手をきつく握りしめた。

 

「…………クソッ」

 

 特別仲が良かったわけでも、長い時間を過ごしたわけでもない。しかしつい数時間前までは確かに同じ時間を過ごし、言葉を交わし合っていた相手が二度と動かなくなった姿を目の当たりにし、アインの心には癒えない傷が刻まれる。

 二度とごめんだと思っていた冷たい感覚が蘇り、アインはしばらくの間その場から動けなくなっていた。

 そんな時だった。どこからか耳障りな昆虫の羽音が、無数に重なり合って聞こえてきたのは。

 ゆっくりと虚ろな視線を上げれば、バッタのような昆虫が何百匹も群れをなし、それらが集まって一つの塊となり、徐々に人に似た姿に変貌していく光景が目に入る。

 昆虫の外殻を思わせる刺々しいシルエットに、普通の生き物では考えられないほど無機質で冷たい複眼が、アインをあざ笑うかのように見下ろしていた。

 

「貴様か……」

 

 向けられる異形の見下されるような視線に、アインの目に光が戻る。熱く、そして冷たく燃え上がる怒りと憎しみの炎が、愕然としていた女騎士に凄まじい活力を与える。

 自分から縁を引きちぎった凶賊を許すまじと、アインの深い悲しみまでもを力に変換していった。

 

「貴様がみんなを……よくもっ‼︎」

 

 アインの怒りに、ライダーシステムが自動的に従う。ラウズカードが挿入されると、デバイスの端から射出された真紅のカードが帯となり、アインの周囲を旋回する。

 腰の前に尾錠が張り付き、アインの腰にベルトが巻かれると同時に奇妙な音が響き渡る。アインはそれを聞き流しながら、右手を前方に差し出す例のポーズをとり、勇ましく吠えた。

 

「変身‼︎」

【TURN UP】

 

 尾錠の全面が反転し、スペードの紋章(シンボル)が露わになると、アインの前方に半透明の青いスクリーンが排出される。アインは甲虫の姿が描かれたそれに向かって突進し、貫きながらその身に騎士の鎧を装着した。

 

「ウェエエエエエイ‼︎」

 

 腰に提げた醒剣ブレイラウザーを抜きはなち、バッタの異形に向かって躍り掛かる。自身の魔力が溢れ出し、紫電を纏う長い刃が異形の甲殻に食らいつき、深い傷跡を刻みつけた。

 アインは獣のような雄叫びをあげながら剣を振るい、自身の憤怒を叩きつけるかのように追い詰めていく。激しい雷の斬撃により不死の怪物の皮膚は灼け爛れ、煙と焦げ臭い匂いがあたりに立ち込めていった。

 無論異形もやられてばかりではない。しかしアインの怒涛の攻撃を前に反撃の隙も見つけられず、徐々に徐々に研究所の外にまで追いやられていく。照明も破壊され、炎だけが照らす暗い庭園に弾き飛ばされ、異形は苦悶の声を漏らしながら芝生の上を転がっていった。

 追撃を重ねようとしたアインだったが、不意にその足が縫いとめられたかのように止まる。

 

「―――! マンダリン陸尉⁉︎」

 

 暗闇の中、建物の陰から半身を覗かせる見覚えのある鎧を目にし、アインは思わず剣を下ろして言葉を失った。

 ライダーシステム・ギャレンの装甲を纏う銃士、サクソはそんなアインにも答えることなく、ただただじっと動揺する剣士を見つめるだけであった。

 

「そこで何をやっているんですか⁉︎」

 

 呼びかけても、数歩近づこうとしても何も答えない。何を考えているのかもわからない緑の複眼を向け、ただそこに立ち尽くしているだけであった。

 アインに敵対する様子もなく、ましてや手助けをする様子もない。アインの戦いを観戦しているかのような様子に、アインの中で疑念がさらに膨れ上がっていった。

 

「…………仲間じゃ、なかったんですか……⁉︎」

 

 そう問いかけるアインの元に、起き上がった異形が再び襲いかかってくる。硬い甲殻と足の筋肉を使った蹴撃を振るい、アインをも餌食にしようと向かって行った。

 アインはそれを紙一重で躱し、反対にすれ違いざまに斬撃を食らわせる。邪魔をするなと言わんばかりに振るわれる刃が異形に深々とめり込み、おびただしい量の緑色の血液を撒き散らす。牙の並ぶ口から漏れる甲高い絶叫も、アインには耳障りでしかなかった。

 戦闘の最中、サクソは興味を失ったかのようにアインに背を向け、夜の闇の中に姿を消していく。その行動そのものが、アインへの拒絶をはっきり表しているかのように見えた。

 

「なぜだ陸尉…………なぜなんだぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 理解ができないゆえの迷い、行き場のない怒り、見捨てられたという悲しみ、あらゆる感情が己の中で混ざり合い、アインの剣を徐々に鈍らせる。信念を失いかけ、芯を失いつつある剣は(なまくら)へと堕ちかけていた。

 

「あああああああああああああああ‼︎」

 

 怒りのままに、アインは剣に自身の持つ魔力をありったけ注ぎ込む。嵐の落雷のごとき威力を纏った刃が轟きをあげ、空気を振動させる。

 もはや技術も何もない、やけくそのような魔力の奔流が辛うじて斬撃の形を成し、異形を丸ごと飲み込んでいく。異形は叫び声をあげる間も無く光と熱の渦の中に消えていってしまった。

 一瞬の閃光の後、焼け焦げた芝生の上に黒焦げになった肉塊が倒れこみ、だくだくと緑の血を吐き出して転がる。そんな姿になっても異形の体は再生を始め、焦げ臭い匂いと黒い煙を上げながら元の形を取り戻そうとジュクジュクと肉を蠢かせていた。

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 アインは剣の柄を展開し、表面に何も描かれていないラウズカードを抜くと、ピクピクと痙攣している異形に向けてそれを投擲する。

 カードが突き刺さると、異形は緑の光に包まれながらぐにゃりと体を歪め、平面の中に吸収されていく。その姿が完全にカードの中に消えると、それはクルクルと回転しながら宙を舞い、アインの手の中に戻ってきた。

 先ほどまではなかった、一匹のバッタのモンスターが描かれたラウズカードを見下ろし、アインは険しい表情で歯を食いしばっていた。

 

 

 ほぼ完全に崩壊した研究所の中で、数少ない機能を保ったままのPCの中身を確認し、アインは眉間にしわを寄せる。

 職員や研究者たちが長い時間をかけて収集してきたデータがほとんど吹き飛んでしまっている。辛うじて残っているのは、所内の監視カメラの映像や、異形ではなく所内の人間に関わる一部の情報だけであった。

 

「……残ったデータは、これだけか」

 

 残されたデータの中には、サクソと所長の姿が映った監視カメラのものがあった。

 アインも報告に訪れたことのある部屋で、何やら大声で口論を繰り広げる様子のサクソとケインズ。ノイズが酷く、話している内容もほとんど聞き取れないが、サクソがケインズを糾弾している様子なのはわかった。

 そのほかに残っていたのは、鎧を纏ったサクソがケインズを気絶させ、どこかへと連れ去っていく映像。理由はまだわからないが、サクソに何か思惑があることを表している。

 もしこの後異形の襲撃があったのなら、その要因にサクソが関わっているというオペレーターの目撃情報とも一致する。

 

「……嘘だと言ってくれ。陸尉……」

 

 疑う余地はない、しかしそれでもアインは、ともに戦った上司のことを敵だと断定することはできなかった。できれば目の前で、関係などないと断言して欲しいのに、もう彼はどこにもいない。

 残された血と煙の匂いが、アインの精神を蝕んでいくかのように感じられた。




感想、待ってます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。