【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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7.ハートの弓士

「ふ〜ん。それで行くところをなくして、私のところに転がって来たってわけね?」

 

 とあるマンションの一室。地球の和室のような装飾の施された部屋で、座布団の上に座ったリンディがこたつの中で足を崩し、同じく座布団の上にあぐらをかくアインを見つめる。

 棚の上におかれているししおどしやらダルマなどを物珍しそうに見ていたアインは、心配の色を濃く見せるリンディに申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 

「すまんな。お前も忙しいだろうに」

「まぁ……あなたは色々と敵が多いものね。他に頼れるところがないのは仕方がないとは思うけど」

()の私と仲良くしてくれるお前には感謝している」

 

 リンディはアインと自分の前に湯呑みを置き、急須からとぽとぽと緑茶を注ぐ。ほくほくと湯気を立てるそれをアインは一気に飲み干し、未だ混乱の中にある精神を幾分か落ち着かせることができた。

 熱湯を何のためらいもなく飲み干したアインに、リンディはひくひくと頬をひきつらせる。対する彼女も角砂糖を次々に緑茶の中に放り込んでいる様にジト目を向けられているが、互いに普段通りのことであるために特に何も言わなかった。

 

「それで、BOARDは結局どうなっちゃったの?」

「……それが妙でな。研究施設の跡地は夜明け前には局の者に占拠されていて、関係者のはずの私も入らせてくれなかったんだ」

「何それ……確かに変ね」

「上の方で何か働きがあったようなのは確かだがな」

 

 憎々しげにそう吐き捨て、アインは腕を組んで壁に背を預ける。何から何まで今回の襲撃には謎が多すぎた。

 拠点を転々として情報を極限まで秘匿し、謎多き資産家ヘヴンズフォードが出資し、管理局が人員を向かわせることで組織として成り立っていたBOARD。不意の襲撃の直後にしては管理局のその後の動きは非常に早く、まるで壊滅を予測していたかのような迅速な対応だった。

 アインが自分の立場を提示して侵入しようとしても梨の礫で、何か都合の悪い事実を秘匿しようとしている様子に嫌でも疑問が深まる。

 

「まぁ……仕方がないから私も、使えそうな資材を探して拝借させてもらったがな」

「ブッ……⁉︎」

 

 してやったりといった笑みを浮かべて鼻を鳴らすアインの言葉を聞き、リンディは砂糖ましましの緑茶を思わず噴きこぼす。

 聞き捨てならないことを聞いたが、できれば聞き間違いであって欲しかった。何を正義の組織の一員がとんでもないことをやらかしてくれちゃっているのだろうか、この最強の剣士様は。

 

「あなたそれ……重大な違反行為じゃないの⁉︎」

「バレなければ犯罪ではない。それにな、私はれっきとした関係者で、アンデッドを狩れる数少ない戦士だ」

「……あなたって人は」

 

 リンディは心底呆れ、ガックリとコタツの上でうなだれる。

 多少問題を起こしたところで、この女騎士は一向に気にしないだろう。自分の信じた道を迷わず突き進むと言う表現は耳に心地よいが、実際目にしてみれば我の強い嵐のような人間である。

 上司の不正が関わっていようが、自分の首がかかっていようが御構い無しに、周りを巻き込んで暴れまわる剛の女なのだ。リンディもその性格に振り回されることがしばしばあり、矯正や自重などはとうに諦めている。

 なによりも、それでしっかり結果を見せ続けていると言うのがタチが悪い。アインのいまの地位も昇進と厳罰を積み重ねた結果で手に入れたものだった。

 

「それで? その機材はどうしたのよ?」

「どうも何も、この部屋の前に置かせてもらっているに決まっているじゃないか」

「…………え?」

 

 アインの何を言っているのかと言わんばかりの表情に、てっきり自分の家でも運んだものだと思っていたリンディは、嫌な予感がしてその場で凍りついた。

 一瞬頭が真っ白になるが、気合を振り絞ってアインの方に視線を向ける。錆び付いた人形のようにぎこちない動きで、不敵な笑みを浮かべているアインを凝視した。

 

「ま、まさか……あなた!」

 

 戦慄の表情を浮かべ、こたつから抜け出して後ずさるリンディに、アインはにっこりと満面の笑みを浮かべた。

 女騎士の向けるそれは世にも珍しい明るく爽やかな笑顔であったが、リンディにとっては悪魔の微笑みにしか見えなかった。

 

「君のような勘のいい友人は大好きだ♡」

「いやあああああああ⁉︎」

 

 頭を両手で抱えて天を仰ぎ、リンディは全力の絶叫をあげる。

 膝をついて天を仰ぎ、両手で頭を抱えるその姿は、天から何かしらの通告を受けて絶望する罪人のような雰囲気に見えた。

 

「今朝うちに来た時から嫌な予感はしてたのよぉ‼︎ ああこいつ絶対面倒ごと押し付けに来たってぇ‼︎」

「日頃の信頼の賜物だな、はっはっは」

「笑い事じゃないわよぉ……!」

 

 打ちひしがれながら、リンディは恨みを込めた目でアインを睨む。が、何を言っても無駄であると察してガックリとうなだれてしまった。

 長い緑の髪を垂らして顔を隠し、しばらく黙りこくっていたリンディだったが、やがてどこか吹っ切れたようなため息をつき、顔をあげて髪をかきあげた。その表情には、完全な諦観が浮かんでいた。

 

「……はぁ、もういいわよぉ。やればいいんでしょやればぁ」

 

 微笑みながら、アインは内心でほっと安堵する。ここまでの事態に協力してもらうなど、開口一番に断られる可能性が多々あったために強引な手段を取ってしまったことを申し訳なく思う。

 それに、長い付き合いの友人を巻き込むことに躊躇いがなかったわけではない。だが頼りが他になかったことも事実だった。

 

「それで? 一体どんな機材なわけ?」

「ああ。アンデッドサーチャーと言ってな、アンデッドの出現場所を直ちに知らせてくれる優れものだそうだ。ただし、アンデッドが暴れ出した時にしか機能せんがな」

「要するに、オペレーターの代わりをやれってことなのね……はいはい、了解」

 

 リンディはもはや全て諦めたかのように肩を落とし、幽鬼のような足取りで部屋の外に向かう。

 アインもそれについていき、自分が積んでおいたダンボールの山を崩して中身を取り出していく作業を始めた。

 

 

「どうだ? 使えそうか?」

「……うん。重要な部分は傷ついてない。使い方もそこまで複雑じゃないし、いけるわ」

 

 数十分後、リンディの部屋の一部を借り、BOARD跡地から拝借した機材を指示通りに組み立てたアインは、リンディにプログラムの再構築を行なってもらっていた。

 渋々ながらも、リンディも初めて見る装置を興味津々に凝視し、無事なプログラムを立ち上げてなんとか使える程度まで仕上げて見せた。

 

「はぁ、これで私も犯罪者の仲間入りね。嫌になっちゃうわ」

「すまんな。手間をかける」

「いつものことでしょ?」

 

 リンディが皮肉をこぼすとアインは苦笑する。局に入ったばかりの頃から自分たちはよく関わり、互いを頼ったり頼られたりしながら多くの事件に首を突っ込んできた。

 命に関わる事件も数多く、相手を巻き込んだ割合も圧倒的にアインの方が多いものの、その結果は二人とも満足できるものが多く、この関係に悪い気はしていなかった。アインとリンディにのみ許された絆が、それを可能にしていた。

 

「今の所は反応はないわね。……とりあえずあなたは、シャワーでも浴びて来てちょうだい」

「ん? ……ああ、別にいいよ」

「あなたは良くても私は気になるのよ! ほら! さっさと行って来なさい!」

 

 しっしっと野良犬でも追い払うような仕草で追い出されたアインは、困り顔でその部屋を後にする。

 デバイスや機械にそこまで通じていないアインではそれ以上の手伝いはできない。巻き込んだ側なのに任せっきりになってしまうことを内心で詫びながら、アインはリンディの言葉に甘えてシャワールームへと向かった。

 

(……あいつには、気を遣わせてばかりだな)

 

 リンディも本当にアインの汚さを指摘したわけではあるまい。研究所を追われて、上司の裏切りを目の当たりにし、休む間も無く着の身着のままで自分の元を頼ってきた友人に対する、せめてもの配慮なのだろう。

 戦闘によって若干の汗を吸った衣服を脱ぎ捨て、適当にたたんで床の隅に置く。一人分のスペースのシャワールームに入ると、蛇口をひねってノズルから噴き出す温水を頭から勢いよくかぶる。

 豊満ながら引き締まった長身の肌と、長くボリュームのある蜂蜜色の髪を余すことなく濡らし、アインはじんわりと広がってくる熱に安堵の息を吐く。

 適度な暖かさの流水で洗い流されたお陰か、だいぶはっきりとものを考えられるようになって来た。

 

(あの人は一体、なんのためにこんなことをしでかしたんだ…?)

 

 ぐちゃぐちゃになっていた脳内の情報から、自分の感情からくる余計な主観が削ぎ落とされていく。裏切りによる悲しみと怒り、仲間の喪失による恨みと苦しみ、そして予想できない事態への不安と迷いが洗い流され、自分の目で見た情報だけがそこに残される。

 だが極限まで情報を秘匿してきた組織の末端でしかないアインには、その情報を有効に活用できるほど事態を把握できていなかった。

 

(奴らは……一体何処から来たんだ。何をしに現れたんだ! 何のために存在しているんだ⁉︎)

 

 ごつん、と壁のタイルに頭をぶつけ、アインは俯いた。

 是が非でも所長から真実を聞き出していなかったことが悔やまれる。いずれ、そのうちと問題を先送りにした結果、多くの大切なものを失い、指針さえ見失うことになってしまった。

 その選択をしたのは自分で、その結果こんな事態を引き起こしたのはーーー自分だという事実に吐き気がした。

 

「私は…………何の為に戦ってきたんだ」

 

 自問しても、答えは帰ってこない。道を見失った選士など、戦う理由を見失った騎士の剣など、不安定なただの凶器でしかない。

 流れ続けるシャワーの湯に濡れながら、アインは歯を食いしばり、拳を握りしめて激情を発散させるしかなかった。

 その時だった。

 

「アイン! アンデッドサーチャーに反応が出たわ!」

「!」

 

 リンディの興奮気味な声に、アインは弾かれたように顔をあげてシャワー室を飛び出した。体を拭くことも忘れて機材を運び込んだ部屋に入ると、目を瞠るリンディの後ろからアンデッドサーチャーの画面を凝視した。

 地図が描かれた画面の一点に、点滅する円が表れている。強い反応を示しているそれは、これまでアインが追い続けてきたものたちの同類と同じ反応であった。

 

「どこだ⁉︎」

「天文台……この近くね!」

「すぐに行く!」

「ええ……ってまずは服を着なさい‼︎」

 

 生まれたままの姿で突撃しようとするアインを必死に止めるリンディだが、無駄に力の強い友人を止めるのは予想以上に力が必要だった。

 

♠︎ ♦︎ ❤︎ ♣︎

 

 小高い丘の上にある天文台は、すでに地獄と化していた。

 計器などに影響を及ぼしかねない電波などの影響を遮るために、街から離れて設立されたそこは自然が多く、夜空だけではなく遠足や行楽目的での利用者も多く訪れていた。

 そんな彼らは今、ピクリとも動かずものも言わぬ骸と成り果てていた。

 施設の壁にはべっとりと鮮血がこびりつき、大勢の人間が積み重なるように倒れ伏している。苦悶の表情のままうつ伏せになっているものもいて、その凄惨さが一目でわかった。

 それを見下ろしているのは、緑と赤に彩られた植物のような人型の異形。全身に巻きつく棘の生えた蔦や、花びらのような突起はバラを思わせ、触れるだけでその身を傷つける危うさを感じさせた。

 凄惨な殺人現場を悠々と歩く異形は、どこからか近づいてくる機械音に気づいて足を止める。危険生物がいる場所に、好き好んで近づいてくる愚か者はそうそういないはずだと、異形自身も理解していた。

 そして異形が待ち構えるその場に、坂道をバイクで駆け上がってきたのは、BOARDのジャケットを羽織ったアインとその後ろに乗るリンディの二人だった。

 

「よぉ……出たな、化け物」

「……あんな怪物が、この世界に」

 

 脱いだヘルメットをリンディに預け、アインは目当ての怪物を睨みつける。対する植物の異形も乱入者を忌々し気に見据え、シュルシュルと体中の蔦を伸ばして威嚇を始めた。

 リンディが離れた場所に避難したのを確認し、ベルトとカードを取り出しながら、アインは自身の中で激情が燃え上がるのを感じる。BOARDが壊滅した時よりも大きく熱く燃える怒りが、雷となって周囲に漏れ出すのを尻目に、女騎士は鋭い視線で敵を射抜いた。

 

「よくもまぁ、好きなだけ暴れてくれたものだな……その首、おとなしくよこせ」

「―――――‼︎」

 

 アインの目が、下等な人間が向ける目が気に入らなかったのか、植物の異形は声にもならない咆哮を放ちながら自身の蔦を勢い良く伸ばす。矢のように鋭く速く、あるいは鞭のようにしなる蔦が一斉にアインに襲い掛かる。

 アインはそれらの攻撃を最低限の体運びで交わし、腰の前にカードを装填したバックルを装備してレバーを引いた。

 

「変身‼︎」

TURN UP(ターン・アップ)

 

 バックルの全面が反転し、アインの前に半透明なスクリーンが出現して盾となる。蔦の猛攻を弾くそれに向かって突撃し、アインはその身に騎士の鎧をまとうと、腰に佩いた剣を抜いて猛然と斬りかかった。

 

「ウェエエイ‼」

 

 襲い掛かる蔦を片っ端から切り捨て、細切れにしながら植物の異形に斬りかかる。無数の蔦がアインを絡み取ろうと伸びてくるが、鋭い刃や鍛えられた膂力によってそれらは悉く引きちぎられ、アインの勢いは全く止められない。

 通常の魔法攻撃では相手にならない異形の表皮も、アインのライダーシステムの力は有効なようで刻まれた破片が周囲に積み重なっていく。

 異形の目前にまでたどり着いたアインの刃が異形の表皮を切り裂くと、緑色の体液を吹き出してたたらを踏む。正面切って戦う力よりも、相手を拘束する力に長けているらしく、異形はアインの猛攻に太刀打ちできずにいるようだった。

 このまま畳みかける、そのつもりで剣を振るい続けていたアインだったが、視界の端に入った者と聞こえてきた声に、その動きを止めてしまった。

 そこには、一人の幼い少女がへたり込んでいた。母親らしき、意識のない女性の傍らに座り込み、目をぬぐいながら盛大な泣き声を上げていた。母親に庇われたのかその身に目立った外傷はなかったが、その声はあまりに目立ちすぎた。

 

「しまっ……!」

 

 異形の目が少女の方を向いていることに気づき、アインは焦る。一瞬にやりといやらしい笑みを浮かべたように見えた異形の首元から、勢いよく蔦が伸びるのを目にした時、アインの体は思うよりも先に動いていた。

 少女のもとに蔦が向かうより先に、その直線状に体を割り込ませる。蔦は標的を変更し、アインの首に巻き付くとギリギリととてつもない力で締め上げ始めた。

 

「ぐっ…あああ‼︎」

 

 頸動脈を決められ、呼吸が止まりかけてアインの意識が遠のく。額や首筋に血管が浮き立ち、アインの表情が苦悶にゆがむ。

 異形はその様を実に愉しそうに見下ろし、蔦にさらに力を込めていく。バタバタともがき苦しむアインの長身が持ち上げられ、自分の体重までもが圧迫の苦痛を強めていく。

 泣き叫ぶ少女と倒れた女性のもとに駆け寄ったリンディは、予想外の苦戦をするアインを見ると悲痛の表情を浮かべる。自分の知る中で最も強い剣士であるアインでも歯が立たない相手など、他の誰もかなうとは思えなかった。

 

「アイン! もう無理よ! 一旦出直しましょう!」

「……それが、できればっ………苦労は、しないっ‼」

 

 少女を抱きかかえ、撤退を薦めるリンディだが、アインにはそれどころではない。今ここで異形を抑え込んでいなければ、標的は戦えないリンディたちの方へ向かう。

 だからこそ今この場で体を張っているが、止まりそうな呼吸で自分も限界に達しかけている。その葛藤さえも異形は楽しんでいるようで、アインは悔しさと憎たらしさに一層顔を歪める。

 蔦と剣の柄を掴む腕から、徐々に力が抜け始めていた。明確な死の予感よりも先に、自分が倒れた後に狙われるリンディたちのことを案じながら、アインの意識が離れようとしたその時だった。

 

「変身‼︎」

CHANGE(チェンジ)

 

 聞きなれぬ声が聞こえたかと思った直後、アインの首を絞める蔦が何者かに両断された。

 突然の事態に戸惑いながら、アインは異形が怯んだ隙に距離を取って後退し、首に巻き付く蔦を無理矢理引きちぎる。そして、目の前に立っている存在に瞠目した。

 黒いライダースーツを身にまとい、その上から鎧をまとった男性らしき騎士。金色の模様が入ったその甲冑を支えているのは、分厚く鍛え上げられていると一目でわかる逞しい身体で、圧倒的な存在感を見せつけている。腰に巻かれているのはハートを模した装飾のついたバックルで、アインのベルトとよく似た印象を抱かせる。

 顔を覆うのは赤いハートの形をしたバイザー、額からは昆虫の触角のような突起が生えている。物々しい形相は、凶悪なカミキリムシを思わせるものであった。

 その手に下げられているのは、銀と金、紅に彩られた弓。持ち手の左右につけられた緑の宝玉と弦の部分が片刃の剣のようになったそれが、鋭くも美しい輝きを放っていた。

 

「■■■■■■■……‼」

 

 ハートの弓士は何か、アインには聞き取れない言語のようなものを発し、植物の異形を睨みつける。ハートの弓を構え、まるで脅しつけているように見えた。

 対する植物の異形はそれに激昂したように肩の部分を怒らせ、弓士に向かって蔦を伸ばす。言葉こそわからなかったが、弓士が異形に対して何か不都合なことを告げたのだという事はわかった。

 ハートの弓士はその攻撃をやすやすと躱し、伸びた蔦を弓の刃で切り裂く。そして、ベルトのバックル部分を取り外すと弓の先端に装着し、ベルトのホルスターから一枚のカードを抜き出し、バックルの中心のスリットに差し込んでスライドさせた。

 

TORNADE(トルネード)

 

 アインのデバイスと全く同じ野太い電子音声が飛び出すと同時に、カードが光となって弓に吸収される。力を吸収させた弓がその先端に風の矢を作り出し、ハートの弓士はそれを植物の異形に向けて構えた。

 

「……お前はもう、眠れ……‼」

 

 そんな声が聞こえると同時に、弓士は備えた矢を異形に向けて放つ。鋭く尖った風の鏃が異形の胸の中心に突き刺さり、その体を射抜く。

 

「―――――!」

 

 強烈なダメージを負った異形は絶叫を上げ、それでも死ねない苦悶を表すように悶えながら後ずさる。その直後、異形の腰に巻かれていたベルトのバックルが左右に分かれ、緑色の光が漏れ出し始めた。

 弓士はそれを確認すると、ベルトのホルスターからもう一枚のカードを抜き、異形に向かって投げる。空中を切り裂くように回転しながら飛ばされたカードは、異形の胸の中心にナイフのように突き立てられる。

 するとこれまでアイン達がやってきた時と同じように、異形が緑色の光に包まれながらカードの表面に吸収されていく。その体が完全に平面の中に封じ込められると、カードは勝手に弓士の手元にまで戻っていった。

 異形を封印したカードをホルスターに戻すと、弓士はその場から興味を無くしたように視線を外し、アイン達に背を向ける。だが、その足をアインが「待て!」と呼び止めた。

 

「お前、何者なんだ? 私たちと同じライダーなんだな?」

「…………」

 

 カードを媒介に力を使い、不死の異形を封印する。

 それができるのは自分を除けばサクソだけであるはずなのに、目の前の戦士はさも当然のようにその戦い方を熟知している。アインにはそのことを見過ごすことはできなかった。

 

「私たちの味方なの―――」

 

 問いかけるアインに向けて、弓士が動いた。アインの方に爪先を向けすたすたと速足で近づきながら、バイザー越しに鋭い眼差しを向けてくる。

 警戒するアインのすぐ目の前まで彼は迫ったかと思うと、突如ハートの弓士は自分の弓を振りかぶり、アインに刃を叩きつけた。

 

「ぐあっ⁉︎」

「アイン⁉」

 

 アインの鎧に火花が散り、衝撃でアインの体が吹き飛ばされる。先の攻防による負傷もそうだが、完全に意識外の攻撃をまともに受けてしまい、受け身もうまく取れずに地面に転がされる。

 倒れこんだアインのもとにリンディが駆け寄るが、アインはその手を押しのけて弓士を睨みつける。路傍の意思でも見下ろすような目に、アインの中の疑念と怒りが膨れ上がった。

 

「何を……する⁉︎」

「全てが俺の敵だ……お前もな」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、弓士はアインに背を向けて歩き出す。

 そのそばに、一台の黒いバイクが停車する。弓士と同じデザインの単車は、自ら意思を持っているかのように弓士のもとに付き従い、彼の前で待機する。

 無言でその座席に座った弓士はもうアインの顔を見ようともせず、何より戦えなくなった女のことなど気にも留めず、アクセルを噴かせるとさっさと惨状を後にしてしまう。

 残された二人は、その背が見えなくなるまで呆然と立ち尽くすほかになかった。 

 

「アイン! 大丈夫なの⁉︎」

「ぐっ……くそ‼︎ あの野郎……ふざけやがって……‼︎」

 

 ぶつける相手を失った怒りを抱えたまま、アインは口汚く罵倒の言葉を漏らす。

 幾つもの謎と新たな邂逅を終えるも、先の見えない闘いの日々は始まったのだった。

 

♠︎ ♦︎ ❤︎ ♣︎

 

「うぐっ……」

「じっとしてて………すぐにすむわ」

 

 顔をしかめるアインをなだめ、リンディは手早く包帯を巻いていく。

 異形の魔の手から生き延びた負傷者たちを誘導し、二人は丘のふもとの病院に世話になっていた。

 異形による蹂躙の被害は思ったよりも大きく、病院の席に全員が座ってもまだあまりが出るほど。それだけ生き残ったと言えば聞こえはいいが、それだけしか守れなかったというのがアイン達の正直な感想であった。

 手当てを終えたアインは包帯をさすりながら、唯一意識を保ったままあの場にいた少女の方へ向かった。

 

「では、改めて話を聞かせてもらおうか? あそこで君は何を見た? 思い出せることはなんでもいい、言ってくれ」

「! うぅ……」

 

 じっと強い目で見つめられ、茶髪で一、二歳のかわいらしい女の子は怯えたように首をすくめ、同じく手当てを終えた母親に縋りついた。

 母親に申し訳なさそうに頭を下げられ困惑するアインだったが、ふいにその頭にリンディの拳骨が落とされた。

 

「こらアイン! あんたってば取り調べじゃないんだから……」

「ムゥ……」

 

 不満げに唇を尖らせながら、アインは渋々リンディに場所を空ける。

 すっかり委縮してしまった少女に、アインに変わってリンディが優し気な微笑みを浮かべて向き合った。

 

「お嬢さん、お名前はなんていうのかしら?」

「……エイミィ」

「エイミィちゃん……いい名前ね。ごめんなさいね? このお姉さんは目は怖いけど、中身は無害だから怖がらないであげてね?」

「うるさい。一言余計だ」

 

 アインの低い声に、少女はまたびくっと体を震わせる。

 リンディは今度はゆっくりと微笑を浮かべたまま振り返り、アインをじっと見つめる。しかしその目は笑っておらず、ゆらゆらと揺れる髪が異様な迫力を醸し出していて、アインは思わず居住いを正した。

 リンディは怒りを収め、再び少女に向き直ると、今度は二枚の紙を取り出して尋ねる。バリアジャケットを纏ったアインとサクソの鎧のスケッチだ。

 

「エイミィちゃんを助けてくれたのは、この人?」

「ううん。おかおがはぁとのかたちをしてたよ」

「……奴だな」

「ええ……ほかに、思い出せることがあったら教えてくれる? お姉さんたち、その人にちゃんとお礼を言っておいてあげたいの」

「うん! わかった!」

 

 リンディの質問に、少女はどこか興奮気味に答えてくれた。広く知られた正義の組織である管理局員の力になれることがうれしいのだろう。

 時々話が脱線しそうになるのを、リンディはうんうんと微笑まし気に頷きながら、内容を事細かにメモしていく。

 集められていく情報を見ながら、アインは険しい表情で唸った。

 

「……私の知らない、ライダーか」

「ねぇアイン。ライダーシステムって、いくつ用意されていたの?」

「私とマンダリン陸尉のものを合わせて……3つだったはずだ。もう一つは確か適合者が見つかっていなかったとかで、見たことはないが……」

 

 めぼしい情報を聞き終えたリンディが尋ねるも、アインには心当たりが全く見つからない。

 結局、謎がまた増えただけで何もわかったことはなく、状況は全く好転していないことに落胆するほかになかった。

 そこへ、ズイっと無遠慮に包帯が付き出され、アインは目を見開いて振り向いた。

 

「……これ、追加の包帯です」

「あら、ハジメ君……ありがとう。もう休んでいいのよ?」

「いえ、まだほかにも負傷者の手当てが残っているので」

 

 そう答えるのは、背の高い一人の青年だった。線の細い顔立ちながら、逞しい体つきをした若い男が、仏頂面でエイミィの母に包帯を届け、傷口に包帯を巻きつけていった。

 先ほどまでは見ていなかった男の登場に驚きながら、アインはふと母親に尋ねる。

 

「……彼は?」

「最近この辺に住むようになった、ハジメ・アイゴくん。うちの子供たちの面倒も見てくれるいい人よ?」

「へ〜。……どっかのお姉さんとは大違いね?」

「黙れと言っているだろうに」

 

 いちいち茶化を入れないと気が済まないのかときつく睨みつけるが、リンディは舌を出しておどけるだけで気にしている様子はない。

 彼女なりの場の和ませ方だとはわかってはいるが、他はともかく今の自分にされては腹が立つだけだという事を分かってほしかった。特に、不甲斐ない自分にもだが、こんな状況になっても動く気配のない管理局に対する憤りも感じる自分には。

 

「それよりもリンディ。本局の動きはどうなっている? 民間人への被害が出始めているというのに、動く気配が全くないようだが?」

「私にそんな目を向けないでよ。ちゃんと報告したわ。……でも、まだ動いたという話は聞かないわ」

「一体何をやってるんだ、あの連中は……」

 

 不機嫌に顔をしかめ、ぼやくアインだがそんなことで状況が好転するわけではない。局の連中の腰が重いのはいつものことで、入局当初からわかりきったことだからだ。

 ひとまずこの場での役目を終える必要があると、アインは負傷者全員の目に留まるように立ち上がり、声を張り上げる。

 

「皆さん! 現在、例の怪物についての調査、および今回の事件の真相については我々が追及していきますが、皆さんもどうか注意していてください……念のため、なるべく外出は控えてください。…この度は、我々の対処が遅れて多大な迷惑をおかけしてしまったことを謝罪します。申し訳ありませんでした」

 

 どこにいるかもわからない異形に、現れたら即座に対処するだけで手一杯ではあるが、市民にとってはそのような事情など関係がない。巻き込まれただけの彼らにとっては、口先だけの謝罪など何の意味もない。現に今生き残っている者以外に、亡くなった者が大勢いるのだから。

 しかしそれでも、怒りのはけ口としてアインは深く頭を下げる。それにリンディも続き、不満や怒りを可能な限り受け止める覚悟を見せた。

 罵倒や八つ当たりの声はなかった。しかし負傷者の大半は、局員が立った二人しかこの場にいないことに思うところがあるようで、冷たい視線を二人に向けているのが見ずとも分かった。

 

「……では、我々はこれで」

「あ、あの!」

 

 避難の視線を背中に受け止めながら、アインがリンディの背中を押してその場を後にしようとした時、椅子から立ち上がって呼び止める音が響いた。

 振り向いてみれば、エイミィの母が申し訳なさそうな表情でこちらを見つめてきている。エイミィはどこか、周りの大人たちに不安げな目を向けていたが、やがて真剣な表情でアインを見つめ、やがて深々と頭を下げた。

 

「この度は……本当にありがとうございました!」

「おねえちゃんたち、ありがとう!」

 

 母親の、他の感情を押しのけて送られた感謝の言葉と、エイミィのまっすぐな想い。

 思わぬ言葉を受けたアインは面食らったように硬直し、すぐに気まずげに目をそらして背を向けた。

 背後でぶんぶんと手を振る少女も見えないふりをし、気恥ずかしさと情けなさから早歩きになるアインを、リンディは苦笑しながら追いかけた。

 

「……ありがとう、か」

 

 くすぐったい気持ちになりながら、アインはその言葉を反芻する。

 その言葉を求めていたわけではないが、避難さそしりを覚悟していた時にそんな言葉を受け取ると、心が満たされるような不思議な感覚に陥ってしまった。

 だがふと、それとは別のことが思い浮かぶ。

 

「アイゴ…ハジメ、か」

 

 なぜだかアインには、その男のことが気にかかって仕方がなかった。

 彼の目には、人を寄せ付けまいとする壁のようなものを感じた。実際アインやリンディに対しての目は友好的なものではなく、反対に敵意に似た拒絶の意を感じるのも確かだった。

 正直アインも、近寄りたいとは思わなかった。しかしそれでも、放っておけないような、近くにいなければならないような、そんな気がしていた。

 

 

 これが二人の、初邂逅(ファーストコンタクト)だった。




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