【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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8.彼らは舵を取る

「…………ずいぶん、懐かしい夢を見たものだ」

 

 爽やかな潮風に包まれる心地よさを堪能しながら、アインは目を覚ました。

 気だるさが残る体を起こし、コキコキと首を鳴らして肩をすくめる。疲労が抜けきっていないのか、今だに夢の中にいるかのような曖昧な感覚の中で、ぼんやりと虚空を眺める。

 少しの違和感に視線を下ろせば、そこには以前と変わらない自分の右腕が目に入った。

 

「…………ようやく、半分元どおりだな」

 

 何事もなかったかのように自分の肩から生えている腕を目の前に掲げ、アインはため息をつく。最近はあれほどまでの損壊を受けることなどなかったために、自分の中の感覚がずれていたらしい、と苦笑する。

 異常な現象を当然のように見上げていたアインは顔を覆い、余計な時間を使ってしまったことを後悔する。

 今になって、もっと他に取れる手段があったのではないかと自問した。

 

(余計な時間を費やしてしまった……まぁ、あいつらもデバイスを破損させていたのは不幸中の幸いだったか)

 

 自分の今の教え子と、敵方にいる少女のことを思い出し、それほど離れてはいないことに安堵する。

 ジュエルシードの反応がここ最近現れなかったことも不幸中の幸いで、時の運に感謝する他になかった。

 

「……いや、もっと警戒すべき連中がいたな」

 

 だが安心ばかりもしていられない。前回と今回、二度に渡って現れた蟲兵の存在が頭から離れない。

 なのはやユーノにはまだ詳しくは説明していないが、あれはこの世界に、いやどこにも存在しているはずのない異形たちだ。出現した理由も目的も定かではない以上、油断は命取りになる。

 アレの出現が自然現象なのか人為的なものなのか、それともただ似ているだけで、偶然この世界に迷い込んだものなのかもわからないため、アインの懸念は尽きることはなかった。何かとてつもない自体が動き出そうとしているのではないか、そんな虫の知らせのような予感がが、アインの中で耳障りなほどの騒ぎ立てていた。

 

I'm sorry the place of tired.(お疲れのところ申し訳ない。)

「なんだ?」

 虚空を睨みつけていたアインに、ペンダント状態のブルースペイダーが遠慮がちに話しかけてきた。

 普段ならもっとフランクに報告も連絡も相談もこなす相棒の様子の変化に、アインは眉を寄せながら視線を向けた。チカチカと光るスペード型の宝石はなおも躊躇っていたかと思うと、意を決したように重い声で報告した。

 

【……It has received an incoming call from Ms,Lindy.(リンディ女史から通信がきている。)

「おおぅ……」

 

 アインは相棒が言いづらそうにしていた理由を察して頭を抱える。

 色々な自体が重なったり、自分の調子が悪くなったりで忘れていたが、アインは今回かなり無茶な行動をとっていた。

 その報告をせずに何日も彼女を放置していたことに気づくと、とてつもない嫌な予感で体が震えるのがわかった。

 

【……Are you sure you want to ignore ?(無視するか?)

「……繋いでくれ」

 

 心なしかブルースペイダーも怯えるような雰囲気を出している。機械の人工知能でありながらも、主人の友人がキレたらどうなるか知っているために、恐怖を感じずにはいられなかった。

 アインは観念し、相棒に通信をとってもらうことを了承する。しかしデバイスからなるべく顔を離し、耳を思いっきり外らせようとするアインの元に、予想以上の怒号が響き渡ってきた。

 

【―――あなたは一体何を考えているの⁉︎】

 

 思った通りの凄まじい剣幕の友人に、アインは申し訳なさそうに苦笑する他になかった。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

「…………それで、言いたいことはそれだけですか? アルデブラント陸士殿」

 

 天井も壁も真っ白な、つなぎ目ひとつ見つからない空間。

 ミントグリーンのロングヘアーを苛立たしげにかきあげ、青い軍服のような制服をまとった女性は震える声でそう画面越しに尋ねた。

 シミひとつない肌に大きな瞳、柔和な性格が現れているはずのその表情は眉間に皺がよって険しくなり、ギロリと鋭く尖った目によって台無しになっている。頬の筋肉もヒクヒクと痙攣し、近寄りがたいほどの怒気が垂れ流しになっていた。

 

『ああ、嘘偽りは一切ない。全て私が独断でやったことだ』

「あなたのやったことは、重大な違反行為よ。そんな説明で納得できると思っているのですか?」

『納得も何も、私の現場の判断は全て間違っていない。そう言っている』

 

 無表情で勝手なことをのたまう同僚に、リンディは血管が浮き出そうになるのを必死に押さえつける。ただでさえ息子に好物のことで欲求を押さえつけられがちだというのに、ストレスで体調に悪影響が出れば目も当てられない。

 この友人は昔からこうなのだ。使える縁はとことん使い、多少迷惑がかかろうが気にせず我が道を突き進むばかり。それで助かったことがほとんどだが、それでも理不尽に巻き込まれた記憶は薄れることはなかった。

 

「デバイスの無断使用、戦闘行為、民間人への参戦示唆……挙げればきりがないのですよ」

『示唆はしていない。現状、それ以外にいい方法がなかったからそうしただけだ。だが批判やそしりは甘んじて受ける』

 

 画面越しにリンディは友人の顔を睨みつけ、二人は互いにじっと対峙する。矢のように突き刺さる視線を、柳のごとく受け流すアインも口を開かず、重い沈黙が降りていた。

 先に根をあげたのはリンディの方だった。心底呆れた表情でため息をつくと、両手を上げて視線を逸らした。

 

「……はぁ、わかったわ、わかったわよもう。なんとかこっちで書類を作っておくから、そっちはそっちでちゃんと子供達を守ってよね?」

『無論だ。……いつもすまんな、リンディ』

「……でも、本当ならとんでもないことよ。ダークローチが再び出現するなんて」

 

 改めて自分で口にしたアインの報告に、リンディは表情を変える。

 それはあり得ない状況のはずだった。アインが幻覚や嘘をついているのでなければ、自分の耳と正気を疑いかねないほどの。

 

「あなたの立場も危うくなるわよ」

『今とどう違うんだ、それ。大した違いはないだろう』

「大違いよ‼︎」

 

 楽観的な様子のアインに、リンディは再び怒りをぶつける。どう見てもこの友人は自分の状況をわかっていないように見えてしまう。ことの大きさを理解しながら、それが自分にどれほどの影響を与えるか、その結果自分がどんな目に会うかを全く理解していない。

 いや、理解はしているのだろう。しかしそれに対して何の感想も抱いていない。もはやそんなこと、どうでもいいというように。

 

「あなたがあの時結果を見せたから、上はあなたを首輪付きで飼い慣らすことで妥協したのよ⁉︎ その前提が崩されるなら……あなた今度はどんな罰を受けるか……⁉︎」

 

 険しい表情でリンディは警告し、その間も友人の未来を想像して青ざめる。

 体が震えるのを止められない。アインの背負った罪と、それが導く罰がもたらす結果がリンディの心にとてつもない恐怖を刻み込む。

 

「いいえ、罰なんてものじゃない。あなたが何も言えないことをいいことに、もっと理不尽な目にあわされるかもしれない。そうなったら……私は……」

『リンディ』

 

 取り乱すリンディをなだめるように、アインは静かに語りかける。

 ハッと我に返ったリンディは、アインの穏やかな表情に言葉を失う。全てを諦めたかのような、悟ってしまったかのような、そんな凪いだ波のような表情を前にして、リンディはなにも言えなくなってしまった。

 彼女は、何もかもをわかっている。この一件が解決しようがしまいが、己を待っている結末に代わりがないことを知っていてなお、剣を捨てようとはしていないのだ。

 

『言うな、何も』

「…………‼︎ バカ……‼︎」

 

 苦しげにリンディが罵倒すると、アインは困り顔で苦笑する。

 俯いてしまったリンディをじっと見下ろしていたアインは、やがてその表情を無に戻した。

 

『では……こっちで待っているぞ』

 

 リンディの返事も聞かず、一方的にアインは通信を切る。ブツッと音がして、室内には空調の音だけが響く静けさだけが残された。

 もう誰も聞いていない通信画面に半目を向けたリンディは、不満と怒りがないまぜになったような目を向けて唇を尖らせた。

 

「……ほんと、バカ」

 

 ガックリとうなだれたリンディは深いため息をつき、気分を変えるように顔を軽く左右に振る。サラサラと長い髪が揺さぶられ、少しだけ気分が晴れたリンディがホッと息をついた。

 髪をかき、身だしなみを整えるとリンディはアインの友人としての表情ではなく、一人の管理局員としての表情に戻る。自分の感情を見せるのは、ここまでだ。

 

 

「みんな、どう? 今回の旅は順調?」

 

 先ほどの取り乱しようが嘘のように、リンディは穏やかな表情で艦橋(ブリッジ)に入り、クルーの全員に問いかける。

 次元航行船〈アースラ〉のクルー達は各々のモニターに向きながら、地球とは異なる文字で書かれた数値を読み解いて観測結果を報告する。

 

「はい。予定に遅れはありません」

「現在、第三船速にて航行中……目標次元にはおよそ160ベクサ後に到達の予定です」

「前回の小規模次元震以来、目立った動きはありません。ですが、二組の捜索者が再度衝突する危険性は高いです。……それと」

 

 一人のクルーが言いづらそうに言葉を濁し、視線に暗いものをにじませる。唇を引きむすんでいて心なしか、嫌悪感のようなものを感じさせる様子だった。

 それに気づいたリンディは、ちらりとそのクルーの横顔を伺って眉を寄せる。周りを見れば、クルーのうちの何人かが同じような昏い表情を浮かべていて、艦内の空気が若干重くなっていることに気づいた。

 

「……〝彼女〟が再び力を使う可能性も」

「……そうね」

 

 半ば予想できた反応に、リンディは他のものに見えないように拳を握りしめる。だが艦長として部下にそんな姿を見せるわけにもいかず、リンディは湧き上がる感情を豊かな胸の奥に必死に押さえ込み、自分の椅子についた。

 

「失礼します、リンディ艦長」

 

 背もたれに身を預けるリンディの元に、お盆に湯呑みを乗せた茶髪の少女が近づいてくる。小動物的な可愛らしさを持つ部下の一人、エイミィ・リミエッタが艦長専用の緑茶を運ぶ。

 

「はい、お茶です♪」

「ありがとう、エイミィ」

 

 湯呑みを受け取ったリンディは礼を言いながら、一緒に持ってきてもらった角砂糖をぽちゃぽちゃんと湯飲みの中に投入する。クルーの何名かがさっと視線をそらすのも気にせずに、リンディは暑くて甘い緑茶をさもうまそうにすすった。

 リンディの奇行に、エイミィはいつものことだと表情こそ変えなかったが、リンディが気づかないぐらいには距離を離していた。

 

「事件の中心人物と思われる2名の魔導師も、アルデブラント陸士も現在は活動を停止しているようです」

「そうね……ちょっと、厄介だものね。管理外世界での小規模なものとはいえ……次元震の発生は見過ごせないわ」

 

 今は友人の件はひとまず置いておき、リンディは顎に手を当てて状況を把握する。本来大した危険性のないものとして放置されていたジュエルシードという代物だが、今回これほどまでの数値を叩き出す暴走を引き起こした。

 放置するには火種が大きすぎるため、件の世界へと急ぐ必要があった。

 

「そうよね、クロノ執務官?」

 

 リンディは期待を込めた目で、エイミィの反対側で待機している黒衣の魔導士に問いかける。

 髪もバリアジャケットも黒い、中世的な顔立ちの少年魔道士は静かに頷き、鈍色の輝きを放つデバイスに手のひらを沿わせた。

 

「はい……わかってますよ、艦長」

 

 自信と実績を感じさせる落ち着いた声で、クロノ・ハラオウン執務官は艦長の問いを肯定する。若干14歳ながら執務官を務める彼の実力は確かなもので、アースラのクルー達は彼に絶大な信頼を抱いていた。

 

「迅速に解決しましょう。そのために僕はここにいるんですから。……たとえ、彼女が敵に回ろうとも」

 

 嫌悪感をにじませる声で、クロノは特定の人物を敵視していた。その言葉に意見を挟むものはおらず、むしろ何処か同意するような表情を見せている。

 部下の大半が自分とは真逆の感情を抱いていることに、リンディは深い心の痛みと同時に虚しさを感じ、わずかに眉間にしわを寄せて目をそらす。

 ただ一人、エイミィだけが心配そうに苦痛の表情を浮かべるリンディを見つめ、クロノ達に聞こえないように耳打ちした。

 

「仕方ないっちゃ、仕方ないんですよね……? あのままだと、魔導師の少女だけでなくもっと被害が拡大した可能性もあるんですから……」

「……エイミィ、そういう問題ではないだろう」

 

 だが、なるべく声を抑えて話したはずなのに聞こえてしまっていたらしい。咎めるようなクロノの視線に、エイミィはごまかし笑いを浮かべながら後ろに引いた。

 彼の騎士に対する認識に隔たりがあることを知りながら、クロノは楽観的な同僚に呆れたため息をつき、改めて言い聞かせる。

 

「確かに彼女の功績は大きい……だがそれはあくまで結果だ。彼女には我々に対する逆心があるかもしれないのに、信じるなんて……」

「ごちゃごちゃやってねぇでよォ……シンプルに言っちゃくれねぇか?」

 

 困り顔で下を出すエイミィに忠告していたクロノを、別の気だるげな声が遮った。

 冷たい見下したような目でクロノを見ているのは、茶色い制服を着崩し、椅子の上で足を組む背の高い青年だった。顔立ちはかなり整ってはいるが、ニヤニヤと歪んでいる口元や野犬のように鋭い三白眼が性格の悪さを滲み出させていて、非常に良くない第一印象を与える。

 隣の椅子にはもう一人、青年と同じ制服を纏った少女が座っているが、こちらもどこか人を見下すような冷たい眼差しを見せる、近寄りがたい雰囲気の少女だった。眉間に寄ったしわやつり上がった眉が、気の強さを表していた。

 

「邪魔するやつらはみんな力尽くでぶっつぶしゃいいんだろ?」

「……フン。面倒ったらないわね」

 

 階級で言えば、彼らの方がクロノよりも下である。しかしそれを微塵も気にしていないような遠慮のない話し方に、思わずクロノの表情がこわばる。

 今回のために急遽追加された部隊の人員であるが、聞いていた通りなかなか癖が強いのだと理解する。しかしクルー達にとっては、自分たちの上官を軽く見られているような態度に思うところがあり、艦橋の空気が一気に悪くなり始めた。

 立場を分からせる必要があると、注意しようとしたクロノだったが、それは艦橋に新たに現れた男女に制された。

 

「口を慎め、お前たち」

 

 厳しい口調の男の命令に、青年と少女はチッと舌打ちしながら目を逸らした。横柄な彼らであっても、彼の言うことは渋々ながらもちゃんと聞くらしい。

 サングラスをかけた、中年ながら鍛え上げられた肉体をのぞかせる男は、咎めるように青年達を見下ろす。

 

「気を引き締めろ。これはやり直しのきく訓練ではないのだぞ」

「わーってますよォ、隊長」

 

 面倒臭そうに青年が応えると、少女も罰が悪そうな表情で目をそらし、小さく頷く。

 どうにか二つのチームの空気が落ち着いたことに安堵したリンディは、その原因となった二人の教育不足への皮肉も込めてサングラスの男を軽く睨んだ。

 

「あなた方にも、尽力していただきますよ。……三頭狼(ケルベロス)の皆さん。今は仲間内で争っている場合ではありません。管理局員としての職務を全うできるように努めてください」

「ええ。わかってますよ」

 

 リンディの警告に、残る最後の一人が笑顔で答える。

 長い黒髪を三つ編みにした、快活ながら真面目そうな印象を抱かせる少女は、先ほどの仲間の無礼を詫びるように頭を下げ、自信と自負にあふれた笑顔をリンディに向けた。

 

「我々管理局は、正義の味方なのですから」

 

 二人とは真逆の礼儀正しい様子の少女に、リンディはやっと安堵のため息をついて椅子の背もたれに体を預ける。

 そこでふと、リンディは気づく。

 少女のその顔が、誰かに似ている気がしたことに。




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