【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
拙作にここまでお付き合いいただき、皆様どうもありがとうございました!
1.再始動
ジュエルシードが暴走し、なのはたちの探索が一時中断されてから数日後のこと。
学校からの帰路についていたなのはの前に、脇道の影からひょっこりと小さな影が顔を出した。それが自分の魔法の師であることに気づき、その口に咥えられている赤い宝石に目を見張る。
「ユーノくん! レイジングハート…直ったんだね、よかった」
【Condition Green】
出会った時と同じ、傷一つない輝きを放つ相棒の帰還になのははほっと安堵する。
しかしなのははまた不安に苛まれる。前回は自分の判断ミスで負担をかけ、レイジングハートに苦しい思いをさせてしまったことが悔やまれる。そんな自分にまだ愛想をつかしてはいないだろうかと、恐る恐ると言った様子で撫でる。
「また…一緒にがんばってくれる…?」
【All light…my master.】
レイジングハートは、微塵も気にした様子はない。機械音声とは思えない優しさを感じさせる声音で告げられ、なのはは思わず照れくさくなって頬を赤くする。
「これからもよろしくね、レイジングハート…」
未熟な自分をここまで信じてくれる相棒と師匠に囲まれ、なのはは満たされるような温かい感覚に包まれるのだった。
まだ淡い西の太陽の光に向けて手を伸ばし、手のひらを透かしてみせる。あいにく流れているのは真っ赤な血潮ではないが、目の前には以前と何も変わらない自分の右腕があった。
これを見て、つい数日前に魔力暴走を押さえ込んで、黒焦げになって崩れ落ちたなどと思うものはいないだろう。
「……ようやく、元通りか。私も向こうも………」
ぐっパッと握ったり開いたりを繰り返し、感覚のズレを修正する。数日休むとかなり身体や戦闘の勘が衰えるというが、この程度であれば今日中には元に戻るだろう、と見当をつける。
そこでふと、異様な状況なのにそれに微塵も違和感を抱いていないことに苦笑する。何度も繰り返し目にしてきたためか、感性が常人とは大きくズレてしまったようだ。
「つくづく化け物だな。こんな短期間で、しかも失った四肢が再生するなど………まぁ、散々
自分自身の体に呆れながら、アインはこの姿をなのはやフェイトに見られなかったことに安堵する。
きっと彼女たちであっても怯えるだろう。自分のすぐ近くに、ここまで異常な化け物が存在し、何食わぬ顔でそばに居続けたなど悪夢以外の何物でもあるまい。
今更誰かに嫌われ、恐れられ忌避されることなど怖くはない。しかしなぜか、なのはたちに
(………ジュエルシードの反応はまだない……。だが、必ずこの町のどこかに存在している。発動する前に抑えられるのが最適なんだがな……)
もうしばらく草の上で寝転がり、流れてゆく雲を眺めながら考え込む。
発動するまではただの宝石であるジュエルシードを捜索するのは、砂漠で一粒の砂金を探し出すような試練と同等の難易度を有する。できれば管理局のものたちの到着よりも先に決着をつけたいものだが、場所も特定できていないために難しいと判断する。
今だに半分近くのジュエルシードの行方もわかっていないというのは、アインにとっても痛かった。
〔……あの……アインさん?〕
その時、ためらいがちに届く念話に意識を現実に引き戻す。数日ぶりに聞く新しい教子の心配そうな声に、アインは彼女がまだアインの体調について気にしているのだと察する。
〔……どうした?〕
〔ア、アインさん! …もう、大丈夫ですか?〕
〔? ………ああ、そういえば君への連絡もずいぶんしていなかったな。すまない、ちょっとボーっとしていてな〕
余計な気遣いとも思うが、何日も顔を出していなければ確かに不安にもなるだろう。悪いことをしたと内心で反省しながら、アインは起き上がって座り直した。
草の上であぐらをかくと、ゴキゴキと骨を鳴らして体を伸ばす。ほとんど気絶するように眠っていたため、体が鉛のように重かった。この辺りもあとで解消しておかねばなるまい。
〔レイジングハートの調子はどうだ?〕
〔もうすっかり大丈夫みたいです。これからもよろしく…って〕
〔そうか………何よりだ〕
なのはの声のトーンからそこはかとなく喜びが感じられる。
〔さて、今晩からまた君へと訓練をつけるとしよう。……とはいっても、ユーノからもう聞いているとは思うが〕
〔あっ、はい…アインさん、魔法使えないって……〕
〔その癖にずいぶん偉そうだったと思うだろう?〕
〔い、いえいえいいえ‼ ただちょっと…ユーノくんのいた世界から来たって言ってたから、意外だなって……〕
なのはの感想に苦笑する。彼女は魔法の世界の住人はみんな魔法使いと思っていたのだろうが、現実はそこまで甘くはない。
膨大な魔力を持つ人間がいれば、反対に平均以下の魔力量しか持っていない人間、魔力はあっても使う才能がない人間、才能があっても持て余している人間と、個性によって様々なのである。
地球と同じく、すべての人間にはそれぞれ得意不得意分野があり、それを伸ばせるかどうかは本人の努力次第なのだ。
アインはその中でも、落ちこぼれといわれる部類にいた。
〔生まれつき、魔法に関する才能がからっきしでね……かろうじてできるのは魔力の放出と蓄積ぐらいか…大規模封印砲から
〔そ、そんな大げさですよ……私なんて…〕
〔謙遜するな……君には、天賦の才能があると私もユーノも感じているぞ? なぁ?〕
〔はい。ボクが通っていた魔法学院でも、こんなにめざましい成長をする魔導師は見た事がないよ〕
顔は見えないが、まっすぐ目を見つめながらべた褒めされるような恥ずかしさを感じて、なのはは頬を赤くしながら苦笑する。
自己評価がやや低めの彼女には、その称賛はお世辞ぐらいにしか思えないのかもしれない。しかしそれでも才能があると言ってもらえて、自分が認められたような気がして嬉しいのだろう。なのはの表情は、実に明るいものであった。
今はまだ眠れる力、それを宿す少女に、アインはその未来の姿を幻視した。
〔――いずれ君は、素晴らしい魔導士となるだろうな。いかなる困難をも超えて行ける、どんな人の元にもその手が届く……そんな魔導士に〕
アインの声に混じっているのは、どこか羨望じみたものを感じさせる、そしてそれを必死に隠すかのような複雑な感情。一言では表せない様々な思いが混ざり合ったそれは、幸いにもなのはに届くことはなかった。
ただ師が自分にそれほどまでの期待を寄せ、あるいは将来を確信してくれているような言葉が嬉しく、思わずなのはも表情を綻ばせる。
「……そっか、この力でたくさんの人を助ける事が出来るかもしれないんだ……」
ずっと彼女が欲しかった力、ずっと彼女がなりたかったものが近づいているような気がして、高揚する気持ちが抑えられない。体の奥底がムズムズするような感覚に陥るなのはを、ユーノが肯定するように深く頷く。
言葉にもならない喜びの感情は念話では伝わらないが、アインは容易になのはの様子を想像する。照れ臭そうに笑う教え子に向ける表情は、やはりどこか苦しそうであった。
「……本当に、羨ましい」
その本音は自分の胸のうちに隠し、アインは気持ちを切り替える。あまり褒めすぎるのも考えものであるため、飴の時間は今打ち切った。
〔…そういえば、私の魔力やユーノくんの魔力って、色が違いますよね? なんでですか?〕
照れ臭さを取り払いたかったのか、それとも単に話を変えたかっただけなのか、唐突な疑問を口にするなのは。
アインは訝しげな表情を浮かべるが、自分やユーノにとっては当たり前のことでも、異なる世界の一般人であるなのはにとっては未知のことであると考え直し、簡単な説明を考える。
〔基本的には、個人の魔力波長の違いによって異なる。単に波長の違いによって示されるだけの色で、魔導士や魔力性質そのものにはあまり関連はないんだ。まァ、魔力の高い人間なら、髪の毛の色にそれが表れる場合もあるがな〕
〔あっ……そういえばフェイトちゃんは金色だ〕
〔……ああ、そうだな。だが私は、君の桜色もユーノの緑も優しい色で好きだぞ〕
〔…ありがとう、ございます〕
また褒められるとは思っていなかったのか、不意打ちを食らったなのはがまた真っ赤になって黙り込む。アインは余計なことを言ってしまったと反省し、ごほんと咳払いをして切り替える。
〔さ、まずは遅くならないうちに帰りなさい。鍛錬はそれからだ〕
〔はい! 今日もよろしくお願いします!〕
元気よく返事するなのはとの念話が切れると、アインは己の顔を覆ってまた仰向けに倒れる。眩しいからでも疲れたからでもなく、自己嫌悪による恥のためだった。
なのはにとっては褒め言葉に聞こえただろうが、アイン自身にとっては皮肉とも取れる意味を持つ。
なのはの持つ才能の高さ、彼女自身の心の美しさと純真さ、そして未だ何も描かれていない空白の未来に、アインは嫉妬していたのだ。彼女自身に何も非はないのに、それを持っていることが羨ましくて仕方なく、勝手に口をついて出ていた。
そんな自分がどうしようもなく浅ましく、醜く思えたのだった。
「……私のなりたかった存在に、あの子が一番近いのかもしれんな」
迷いながら、何度も立ち止まりながら歩いてきた自分の道に後悔はない。
しかしその先に、自分が本当に行きたかった未来があったとは、口が裂けても言えなかった。
乱れた呼吸を落ち着けさせようと、なのはは大きく肩を上下させる。陽もすでに落ち、公園の明かりだけがなのはの周りをぼんやりと照らしている暗い夜の闇の中、風が汗で濡れた体を冷やす。
度重なる魔法の行使によって、なのはの膨大な魔力も徐々に残量を削られ、半分を切っている。魔力をここまで使い果たしたことのない彼女にとって、自身を襲う虚脱感や意識のブレは未知のものであった。
しかしどんなに疲弊していようとも、勝機が見えずとも集中だけは欠かすことはできなかった。一瞬でも気を抜けば最後、目の前に下げられている刃によって自分の意識は簡単に刈り取られるであろうからだ。
「ひぃん⁉︎」
それでもわずかに意識がそれた瞬間を容赦なく狙われ、なのはの首筋を銀色の刃が掠る。情けない悲鳴をあげながらもなんとかそれを躱し、なのはは涙目で気を引き締め直した。
「止まるな‼︎ 泣こうが喚こうが向こうは待ってなどくれんぞ‼︎」
「ごっ、ごめんなさっ……にゃああ‼︎」
話をする間も無く、アインが繰り出す刺突がなのはのバリアジャケットを小さく切り裂く。パックリと裂けた袖にゾッと顔を青く染めるも、なんとか硬直しかけた思考を働かせて魔力弾を生成する。
膨大な魔力を使った数十発の魔力弾を惜しげも無く発射し、
が、アインが振るった斬撃によってそれらは皆消し飛ばされ、同時に生じた衝撃波が刃となってなのはの顔面に迫る。なのはが悲鳴をあげて仰け反ると、風圧で巻き上げられた前髪が数センチ自身から切り離された。
「いまっ‼︎ 今おでこをチッて‼︎」
「安心しろ。薄皮一枚とも切れてなどいない……止まるなと言ったはずだぞ」
「ひぃいい‼︎」
「あわわわわわ……」
修羅の形相で襲いかかるアインになのはは恐怖し、様子を見守っていたユーノもガタガタと体を震わせる。
なのはもこれまで何度か攻撃したものの、渾身の砲撃も牽制も陽動もうまくいかず、アインの怒涛の攻撃に逃げ惑うしかない。一切の隙を見せることなく、見せたかと思えば罠であったり、隙を作ろうとしても全く動じなかったりと、なのはは次第に人間を相手にしている気がしなくなっていた。
一体どれほどの修練と経験を積めばこうなるのか、アインはまさに怪物のような強さを見せていた。
だがその時、アインのベルトに付けられていたタイマーが音を鳴らし、アインは剣を振り下ろそうとしていた手を止めた。
「よし、そこまで」
待ちに待った制止の声を聞き、安堵の表情を浮かべたなのははその場に大の字に倒れた。
ちょっと心配になるほど勢いよく倒れた彼女の元に、ハッと我に帰ったユーノが慌てて駆け寄っていった。
「なのは!」
「フェイト・テスタロッサの先日は基本的には白兵戦による近距離攻撃だ。あの速度を捉えるには並の動体視力では話にならんぞ」
「は……はひ…」
パクパクと死にかけの魚のように口を開けることしかできないなのはが、アインの厳しい評価にかろうじて返事をする。
立ち上がろうとしてもなぜか体に力が入らず、草の上で寝転がったまま動けないことに、なのはは悲しげな呻き声を漏らした。貧血や立ちくらみでも起こしたかのようだ。
「あ、頭がぼーっとします……なんでですかぁ」
「典型的な魔力欠乏の症状だよ。なのははまだ細かい魔力放出の調整ができないから……」
「今後はなるべくそこにも気をつけろ。あまり一気に魔力を使いすぎると、死ぬぞ」
「えー…」
アインの容赦ない言葉になのはは頬をひきつらせる。
魔力というものは全ての魔導師が体内に持っているリンカーコアから生成されるもので、その総量は生まれながらに決まっている。
なのはの持つ膨大な魔力量は確かにすぐには減ることはないものの、一度に大量に放出してしまえば体にも不調は生じる。まさに大量に血を抜きすぎてしまったかのような症状を起こしてしまうのだ。
その限界まで魔法を行使する訓練に、ユーノは疑問を抱かずにはいられなかった。
「あの……この訓練本当に意味があるんですか? なのはの得意分野とは真逆の戦い方ばかりで、負担が増えるばかりなんじゃ……」
「……生易しいことばかり言えなくなってしまったからな。せめて効率のいい魔力運用を体で覚えてもらわなければ」
「それは確かに……そうですけど」
「だ……大、丈夫……だよ、ユーノくん。私……まだ、頑張れるから…」
「いまにも気絶しそうな君が言っても説得力ないよ、なのは……」
ユーノの目には、いまにも気を失いそうなほど衰弱したなのはの姿しか見えない。頑張り屋な彼女のことはいつも心配だったが、今は呆れの方が強かった。
「私はこれまで通り、あの異形の相手に専念する。局の連中が到着し、奴らの正体を突き止めるまでは、私の君への手伝いは
「…………」
「……この間と意見をひっくり返すようで悪いが、私にはこのくらいのことしか教えられんのだ。魔法も使えない、ただ敵を斬り刻むしか能がない、三流魔導師なもんでな」
アインがなのはに求めているのは、必要な魔力『のみ』を放出する戦い方だった。
魔法に触れて間もない彼女では仕方がないだろうが、一つの魔法を発動するために余分な魔力を消費してしまっているという弱点がある。
本来砲撃を放つために10%の魔力が必要な場合に、なのはは15%の魔力を放出している。単純な計算で考えると、10発打てるはずなのに6発しか撃てないとなると、どれほど不利になるかは一目瞭然である。
もし、なのはとフェイトの魔力の量が同じだったとすれば、向こうの方が手慣れている分多く魔法を放てると言うことになるのだ。
その問題を解決するには、
「……あの、以前教官のようなことをしていたと聞きましたが……その時は?」
「無論、実戦形式のガチバトルだ。それ以外は私にはできん」
予想以上に脳筋な返答に、ユーノは必死に表情は隠しながら、内心で頭を抱える。この人に任せるのが不安になってきてしまった。
「……今日はここまでだ。これ以上は体を壊しかねん」
「は〜い……」
ある程度動けるまでには回復したと判断したアインが、なのはの腕をとって立ち上がらせる。
ふらふらとゾンビのようにおぼつかない足取りながらも、なのはは言われた通り急いで家路につく。あまり遅くなればまた心配をかけてしまうと、よろけながらも早足になっていた。
「士郎や桃子に、よろしく頼む……」
アインの声に答える気力も残ってないのか、今にも倒れそうなまま手を振って応える。
ユーノがその後を追い、二人の姿が完全に見えなくなってから、アインはガックリとうなだれると天を仰いだ。
実は、隠していたつもりらしいユーノの本音はある程度察していた。実はあまり頭が良くないのではないかと言う蔑みの眼差しを受け、アインの心には決して小さくはない傷が刻まれていた。
まさか、かつての教え子と全く同じ目を向けられようとは。
「……本当に私は、無能な教官だよ。クロノ……」
虚しさと切なさがないまぜになったようなつぶやきは、瞬く星空に吸い込まれて消えていった。