【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
そこはまるで、SF映画の中のような空間であった。
未知の素材でできた真っ白な通路をクロノの先導で歩き続けていると、時折見つける窓から見える外の景色に何度も驚かされる。
一面極彩色でマーブル模様の空が広がり、少し不安を抱かせる雰囲気を漂わせていて、なのはは思わずアインの服の裾をつかんでいた。
〔ユーノくん……ここって一体?〕
〔時空管理局の次元航行船の中だね。ええと…、簡単に言うと、いくつもある次元世界を自由に移動するための船〕
〔はぁ……あ…、あんまり簡単じゃないかも…〕
聞きなれない単語が押し寄せ、なのはは困り顔で頬を痙攣させる。
違う世界から来たというユーノの話は聞いていたものの、ファンタジーの設定を聞くような気分であったために、いきなりSFの世界観を聞かされても困惑するばかりであった。
見かねたアインがフゥと小さくため息をつき、ユーノの説明にたとえ話を加える。
〔そう難しく考えるな。…例えるなら次元が海、地球や他の世界が陸だ。人間は単体では
〔それぞれの
〔そうなんだ……?〕
まだなんとなくわかっていないというか、スケールが大きすぎてその全貌を把握しきれずにいるなのはに苦笑し、アインたちは通路を進む。
するとその途中、ふと立ち止まったクロノが振り返り、なのはの服装に目を向けた。
「ああ、君。バリアジャケットとデバイスは解除して。いつまでもその格好というのも窮屈だろう」
「あ、はい…それじゃあ…」
「君ももとの姿に戻ってもいいんじゃないか? ……そっちが本来の姿じゃないんだろう? 趣味でないなら解除してほしいね」
「あ……そういえば、魔力節約の非常措置としてずっとこの姿でいたから…忘れてました」
ハッとした様子で顔をあげたユーノが、慌ててなのはの肩の上から降りる。
バリアジャケットを解除し、普段着に戻ったなのはが訝しげな眼差しを向けていると、その変化は突如現れた。
小さなユーノの体が光に包まれ、その中にあったシルエットがみるみるうちに大きくなっていく。薄い黄土色の毛並みは淡い金髪に変わり、細い手足が伸びて通路にしっかりと二本足が立つ。
一見少女にも見える整った顔立ちを彩る翠の瞳が開かれると、少年は柔らかな微笑をなのはに見せた。
「ふう…」
大きく目を見開き、凍りついたように硬直しているなのはには気付かず、ユーノはどこか照れ臭そうに首を傾げた。
「なのはにこの姿を見せるのは久しぶり…だっけ?」
「え――――――――っ!!!???」
無機質な通路に、少女の絶叫が響き渡る。
前触れなく上がる大きな声にアインもクロノも眉をひそめるが、ユーノはなぜかキョトンとした様子でなのはを見つめていた。
なのはは人間の姿に戻ったユーノと、今しがたまでフェレットとして存在していた彼の高さを交互に凝視し、激しい狼狽をあらわにする。初めて魔法に出会った日も、ここまでの慌てぶりは見せなかっただろう。
「ええっ⁉ だって……うそ、ええええ⁉ ユーノくんって……普通の男の子だったんだ…?」
「ん? なんだ気づいていなかったのか…使い魔でもないのに喋る獣はそういないぞ」
「お、教えてくれてもよかったじゃないですか⁉︎」
「いや、聞かれなかったし…」
本当にユーノをフェレットだと思っていたのかと思うと、アインは小一時間なのはに説教したい気分になる。
地球の物語では喋る生き物はポピュラーなのかもしれないが、流石に自然界にそこまで知能の高い生物はいるはずがない。というかたとえそうでもユーノに対する扱いには色々と物申したいと思われた。
「え⁉ ええ…あれ、ボクは最初にこの姿を…」
「いや、私も見たことがないんだが…」
「……君たちの間で…何か見解の相違でも?」
思わぬ騒動にクロノは目を丸くしているが、なのはとユーノにとっては説明している暇さえない。徐々に自分たちの間で認識が間違っていたことがわかり、恥ずかしさで顔から火が出そうになっていた。
「それはそれとしてだ……」
そんな中、アインがじっとりと粘着的な目を向けながら、ユーノの肩をつかむ。
え、と困惑するユーノは、アインの手にかかる力が徐々に強まっていくのを感じる。なぜだろうか、逃げられないという感想が自分の中で浮かんだのは。
奇しくもユーノのその感想は、この状況において正解であった。
「ユーノ………お前、小動物の姿をいいことに女風呂入ってたな」
「‼︎ あ、あれは断る間も無くなのはに連れてかれちゃったからで………‼︎ ってアインさんもわかってたんなら助けて……」
「いや、かまわんかまわん。年頃の男の子だもんなぁ…だから強く拒否しなかったんだろう?」
「だから誤解で………」
不名誉な濡れ衣に抗議の声を上げるユーノだが、アインは知ったような顔でいやらしい笑みを浮かべたまま、それでもがっちりとユーノの肩を掴んで離さない。
このままではとんだ汚名を着せられてしまうと危機感を抱いたユーノは、これまでずっと一緒に頑張ってきた少女に救いを求め、期待のこもった目を向けた。
「ゆ、ユーノくんとこ、ここ混浴……⁉︎」
しかし、思わぬ事実に少女はすでにパンク寸前に陥っていた。
ずっと小動物扱いしてきた相手が実は同じ年頃の男の子だったと知り、そのうえ日常生活まで長らくともにしていたという事実に脳の処理が追いつかずにいる。
今思い返せばとんでもないことをしていたという思いによって、なのはは顔どころか耳まで真っ赤にしながら固まってしまっていた。
硬直するユーノの肩に、ポンとアインとは別の手がおかれる。
「君、ちょっと向こうで詳しい話を聞かせてもらおうか」
振り返った先にあった、クロノの厳しい目を目の当たりにして、ユーノは足元がガラガラと崩れていく気がした。
なお、誤解を解くまでには数分を要した。
紆余曲折ありながら、クロノに案内されて次元航行艦の奥へと進んできたなのはたちの前に、大きな空間が広がった。
まるで豪邸の庭かと見間違わんばかりに広いその空間では、清らかな水が人口の池のように溜まり、中心に橋のような台座が設けられている。
橋の中心にはなぜか
「艦長…来てもらいました」
「……」
クロノが動揺していないところをみるに変わったことではないのかと、突然和風な世界が用意されていたことに驚いたなのはとユーノは目をパチパチと瞬かせる。
一方でアインはじとっとした目でリンディを睨みつけ、深いため息をついた。
「……リンディ。お前仕事場に趣味を持ち込むなよ」
「あら、どこかおかしいかしら?」
「なのはの顔見てみろ。呆気にとられているぞ」
思い切り立場を利用しているようにしか見えない、思い切った改造にアインは頭を抱える。以前彼女の部屋に上がった時も同じような感想を抱いたが、その時よりもひどくなっているのではないだろうか。
ふとクロノの方を見れば、アインに同意するように小さくうなずいている。彼なりに物申したいことがあるようだ。
「お前も大変だな、クロノ」
「いえ……はっきり母さんに言ってくれて助かります」
しかし今更片付けさせるわけにもいかず、なのはたちは黙ってリンディに向かい合う位置に座り、大きな和傘の下に入った。
「なるほど…そうですか…」
事件に関わるまでの経緯を本人たちの口から聞き、リンディは思わず声を漏らした。
通報を受けた時点であらかたの説明は受けたものの、通報した本人がさっさとジュエルシードを追っていってしまったために、詳しい情報を手に入れられなかったのだ。
「あのロストロギア…ジュエルシードを発掘したのはあなただったんですね」
「はい…それでボクが回収しようと…」
「立派だわ」
「だけど同時に無謀でもある」
リンディはユーノに過剰な心的負担をかけまいと、優しい微笑みを見せながら聞き取り、本心から少年の勇敢な行為を好ましく思う。
しかしリンディの優しさとは裏腹に、クロノの反応は厳しい。勇気と無謀は違うもので、少なくともその結果に次元震が発生してしまっていることは見過ごせなかった。
「それはもう言った……ところでここまで対処が遅れた理由は、ちゃんと用意してくれているんだろうな?」
お前たちが叱るのはお門違いだ、というようにアインが咎めるような目を向けると、クロノは苦虫を噛み潰したような、リンディはやや困ったような笑みを返した。
そこで、不穏な雰囲気を感じ取りながらも、気になる単語が聞こえたなのはが話に割って入った。
「あ、あの……ロストロギアってそもそもなんなんですか?」
「んー……遺失世界の遺産…って言ってもわからないわね…、ええと…」
魔法文化に疎いなのはにもわかりやすいように説明せねばと、リンディがまず言葉を選ぶ。
それより先に、アインがなのはに横目を向けた。
「…次元空間の海の中には、いくつもの世界が島のように存在している…とさっき説明したな?」
「あ…はい」
「それぞれに生まれて育っていく世界…その中には、良くない形で進化しすぎてしまう世界がある。進化しすぎた技術や科学が自分たちの世界を滅ぼしてしまって…そのあとに取り残された危険な遺産、それらを総称して『
そう説明を受けて、なのはは昔読んだ本やテレビの内容を思い出して当てはめてみる。
よくあるのが、アトランティスだのムー大陸だの、高い文明を誇りながらも滅びたとされる伝説の国を舞台にしたSF作品であろうか。現在よりもはるかに優れた技術を巡って、世界の存亡に関わる物語が展開して行くのだ。
「じゃあ例えば、マンガとかアニメに出てくる古代兵器みたいな危ないものとか、そういうことなんですか?」
「危険性もピンからキリまであるから、一概にそうとは言い切れんが…簡単に言えば、滅びた世界に遺された技術などをロストロギアと呼んでいる」
あぐらをかいていた彼女の目が、鋭い光を発する。
膝の上に乗せられていたアインの右腕が、痛みを思い出したようにブルブルと震え始めた。
「そして、今回我々が相対してきたジュエルシードは……特に危険な部類に入るロストロギアだ」
アインの口からこぼれた低い声に、なのはとユーノは思わずゴクリと唾を飲み込み、アインの横顔を凝視する。
思えばあの暴走以来、彼女の指導は激しくなった。アインの中でのジュエルシードの危険度が大きく変動したがためなのだろう。
「使用法が不明…だが使いようによっては世界どころか、次元空間さえ滅ぼすほどの力を持つことさえある危険な技術…」
「そう…、私たち管理局や保護組織がしかるべき手続きをもって、しかるべき場所に正しく保管していなければならない品物…あなた達が捜しているロストロギア、ジュエルシードについてもさっき調べたわ」
神妙な表情で、リンディはなのはたちをじっと見つめる。彼女たちが関わってきたものがどんなものなのか、いかに危険なものであるかを本当に知ってもらうために。
先ほどの柔和な印象から一転したリンディの圧に、なのはとユーノは背筋を伸ばした。
「あれは次元干渉型のエネルギー結晶体……流し込まれた魔力を媒介として、次元震を引き起こすことのある危険物。最悪の場合、次元断層さえ巻き起こす危険物…」
「君とあの子がぶつかった際のあの震動と爆発……あれが、次元震だよ。たった一つのジュエルシードの全威力の何万分の一の発動…それでもあれだけの威力があるんだ。複数個集まって動かしたときの影響は計り知れない」
クロノもリンディも、観測した情報からでも容易に想像できる最悪の未来に内心で背筋を震わせる。多くの事件に関わってきた彼らは、救えた世界の平和よりも救えなかった世界の悲惨さを強く記憶していた。
「大規模次元震やその上の災害…次元断層が起これば世界の一つや二つ、簡単に消滅してしまうわ…」
「聞いたこと…あります…。旧暦の462年…次元断層が起こったときのこと」
「ああ……あれは…酷いモノだった」
「隣接する並行世界がいくつも崩壊した…歴史に残る悲劇………そんな事態は繰り返しちゃいけない、防がないといけないわ」
次元世界を守る者として、悲痛な表情でかつての悲劇を思い出し、決意を口にするリンディとクロノ。
噛みしめるように呟くリンディの目が、そのまま静かに横に向けられる。咎めるような鋭さを持ったその視線は、これまでの会話に我関せずといった様子で黙り込んでいるアインに向けられていた。
「どっかの誰かさんは、そんな危ないものを素手で抑えつけようとしてたけどね」
「………」
ジロリとリンディがアインを睨むが、アインはどこ吹く風といった様子で気にも留めていない様子だった。
リンディは答えを返さないアインにあきれた様子でため息をつき、用意した湯飲みに角砂糖を数個入れていく。中身はコーヒーなどではなく、緑茶である。
ギョッと目を見開くなのはに気づかず、美味しそうにそれを飲み干すと、リンディは困ったように眉尻を下げて目をそらした。
「でも確かに、あの状況じゃあれしかなかったって、経験豊富なあなたなら言うんでしょうけどね」
「経験…ほうふ?」
リンディのセリフの意味がわからず、我に返ったなのはが訝しげな表情で首をかしげる。なんの経験があると言うのだろうか。
疑問の視線を受けたアインは少しの間黙っていたが、やがて観念したように口を開いた。
「…私のそもそもの仕事は、そういった普通の人間の手に余る代物を回収することなんだ。今回のようなジュエルシードや、人命に関わる危険な古代の遺物、またはそれに相当する技術やデバイスなんかをな」
「それでもあなたの選択は問題です…魔法に触れたばかりの素人にここまで手伝わせるなんて」
「……反省している」
なのはがさっき思い浮かべたSF小説の中で、古代兵器を主人公や悪人たちが奪い合う展開が思い出される。その主人公の顔が、なのはの中でアインのものにすげ変わった。
なるほどと納得する一方で、なのはの脳裏にある疑問が湧く。
アインは封印術式どころか魔法もろくに使えない体質だと言う。なのにジュエルシードのような危険な魔法の遺産を扱う役目を担っていると言うのは、どうにも違和感があった。
考え込むなのはをよそに、リンディはじっとアインを睨みつけていたが、やがて深いため息とともに視線を逸らした。
「…これよりロストロギア『ジュエルシード』の回収は私達、時空管理局が全権を担当します」
リンディが下した決断に、なのははハッと目を見開いて我に返ると、真剣な眼差しで見つめてくるリンディを凝視した。
しかし困惑しているのはなのはだけで、ユーノは悔しげにうつむいたまま、アインは目をつむったまま反論せず、黙々とリンディの決定を受け入れているようだ。
「君達は今回のことは忘れて……それぞれの世界に戻って元通りに暮らすといい」
「でも……そんな…⁉」
「やめておけ、なのは。本来の形に戻るだけだ……」
「そう…次元干渉にかかわる事件だ。今までが特例だったに過ぎない」
「でも…」
クロノやアインに諭されるが、なのはは納得などできない。
これまでずっと、ユーノやアインとともに頑張ってきたのだ。それは確かに、命に関わる危険な事態に巻き込まれていたことはわかっている。
しかしこの数日間は、全てに自信が持てなかった自分自身が、これまでで一番輝けた時間、人の役に立てたと実感できる掛け替えのない時間であったのだ。
「まあ、急に言われても気持ちの整理もつかないでしょう。今夜一晩…ゆっくり考えて二人で話し合って。それから改めてお話をしましょ」
なのはの葛藤を察したリンディがそう提案し、ようやくなのはは小さく頷く。どうしても彼女には、今この場で決断することなどできそうにはなかった。
ニッコリと微笑むリンディを意味深に見つめるアインには気づかず、クロノが立ち上がってなのはとユーノを促した。
「…おくっていこう……元の場所でいいね」
「はい……」
気落ちした様子で従うなのはとユーノが、クロノの後に続いてその部屋を離れる。
その際、立ち上がる気配のないアインに気づいてなのはが眉を寄せた。
「あ、あれ? アインさんは…?」
「彼女はもともとこちら側の人間だ。今回のことでいろいろと事情を聞かせてもらう必要もあるから、しばらくはここに留まることになる」
それを聞き、なのはは慌てる。急な別れになるとは思っていなかったからだ。
ずっと一緒にいたために今後も同じ関係が続くものだと勘違いしていたが、ユーノとは違ってアインはこの組織の一員。本隊が到着した時点で、その行動は全て管理局の指示によるものと入れ替わるのだ。
狼狽していたなのはは、アインが軽く目配せをしてきたことで落ち着きを取り戻す。何も、今生の別れというわけではないのだ。
「あ、あの…アインさん! ありがとうございました!」
悩んだ末になのはが取ったのは、これまでの感謝を伝えることであった。最初に助けてくれたこと、魔法戦闘について教えてくれたこと、いつも話を聞いてそばにいてくれたこと、その全ての感謝を伝えた。
アインはそんな彼女に苦笑しながら、ひらひらと手を振って答える。
なのはは目元が潤むのを感じながら、深々と頭を下げると駆け足でクロノとユーノの後を追って行った。