【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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4.かつての戦友たち

 三人の姿が見えなくなると、アインは静かに息を吐いて足を崩す。けだるげであったその目が、次の瞬間には鋭くリンディに向けられていた。

 

「………リンディ、お前」

 

 アインには一つ引っかかっていることがあった。それは先ほどリンディがなのはに向けて口にしたことで、よく考えれば違和感を覚えさせるものだった。

 

ずるくなった(・・・・・・)な」

 

 アインの厳しい一言に、リンディは優しい笑みに憂いを混じらせる。自分自身の汚さを自覚しているかのような、儚げで自嘲じみた笑みを浮かべた。

 本当になのはの身の安全を考慮するなら、何が何でも彼女を関わらせない対処をとるべきであった。法に則ってデバイスを取り上げるなり、頷くまで根気よく説得するなり。

 リンディはそれをせず、なのはたちに猶予を与えた。自ら協力するという選択肢を、口にはしないままに提示したのだ。

 

「あの子達は、きっと来るぞ。あれは異様なほどに頑固な子だ」

 

 クロノが聞けば、きっと激昂しながらアインのセリフを否定しただろう。管理局の正義を盲信している傾向にある彼にとって、組織の中でも重要なポストについている母がそのような選択をとったなど信じようとしまい。

 しかし現に、リンディは否定も肯定もせず、乾いた笑みを浮かべながら物憂げな表情で虚空を眺めているだけであった。

 

「昔のようにはいかないわ………二十年前のようには。あなたの……あなたたちの黄金時代のようには」

「………そうだな。あの頃のようにはいかないよな」

 

 汚い大人になってしまった二人の女は、そう言って遠い目になる。

 気高く綺麗な理想を掲げていたリンディと、決して折れぬ固い信念を持って生きてきたアイン、当時の自分たちが今の自分たちを見れば、きっと幻滅するだろう。

 そういう生き方しか選べなかった未来を、きっと厭うだろう。それほどまでに、彼女達は世間の波に揉まれ、空気に穢され、変わり果ててしまった。

 アインは首を振り、暗い感情を払いのけるようにしてリンディに向き直り、別の強い眼差しを見せた。

 

「……それで、ハジメは?」

「まだ見つかっていないわ。というか、まず間違いなくこの世界にはいないはずよ」

「そうか…どちらかといえば、その方が話が簡単だったんだがな」

 

 己の半身ともいうべき男がこの世界にいたのなら、これまで起きてきた数々の現象にも説明がつけられた。

 しかしそうでないのならより謎が深まるばかりで、アインはつい皮肉げに苦笑してしまっていた。

 

「この世界には、何かと縁がある。……我々の不始末のせいで傷つけられた者達が、悲しみを与えてしまった者達が大勢いる。疫病神は、我々の方かもしれん」

「縁……?」

 

 まるでこの世界で起こったあらゆることに関わりがあったとでもいうようなアインのセリフに、リンディは眉を寄せて詰め寄る。

 友人としてではなく、一人の管理局員としてもその言葉は見過ごせなかった。

 

「何を知っているの……あなたは」

「……それは」

「お前がかつて、この世界で果たした任務のことか?」

 

 凍りついたように顔色を悪くするリンディと虚空を見つめるアインの元に、一人の男の声が割って入った。

 聞き覚えのある声にアインは目を見開き、その方向に振り向いて声の主を凝視する。

 管理局の制服にいくつも勲章をつけた、背の高い中年の男性。黒いサングラスをかけたその男を前にして、アインはどこか切なげな表情で硬直していた。

 

「……マンダリン、陸尉……」

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

 目前に広がる、マーブル模様の空。

 いい景色とは言い難い、少しばかり気味の悪さを感じさせるそれを眺めながら、アインと男性―――サクソ・マンダリン一等陸佐は並んで立っていた。

 

「陸尉…いや、今は陸佐でしたか。随分、老けましたな」

「アルデブラント…久しいな。そう言うお前は変わらんな……お前を見るたびに時の流れを忘れそうになる」

 

 十代後半の姿のまま肉体が固定されているアインに比べて、サクソは時の流れの影響を受けていた。

 サングラスに隠れた目尻には深いしわがいくつも刻まれ、よくみれば肌のあちこちにシミができている。しなやかな筋肉で覆われていた肢体にはさほど変わりはないものの、ほとばしる覇気にはわずかにほころびが生じていた。

 戦士としての全盛期を越え、サクソは今緩やかに老い始めていた。

 

「もしかしてムーヴもここに?」

「ああ…。お前がいると聞いて、自ら志願してきた」

「……大きくなったことでしょうね」

「……もう随分とな」

 

 幾度か話題を差し示してみるものの、どうしても業務連絡のようになってしまい話が続かない。互いが相手に壁を作ったまま向き合っているために、空気が和らぐことはなかった。

 傍観者に徹していたリンディもこの空気には堪え兼ね、乾く喉を潤すために自分で入れた砂糖入り緑茶を数杯飲み続けていた。

 

「……ところでどうですか、あなたが今育てているという新人たちは」

「見ての通りだ。優秀なのはいいが、その分失敗を知らずに育ってきたために誰にでもあの態度だ。……どうやら俺には、戦技はともかく人を育てる素質はなかったらしい」

「…心中、お察しします」

 

 長く局に勤めているアインに対する礼儀など、全く持ち合わせていなかった3人の騎士のことを思い出してアインは苦笑する。今更敬語など使われても居心地が悪いだけだが、少なくともそれはどの場面であっても胸の内に隠しておくべきものだ。

 サクソの態度を見る限り、あれがデフォルトの態度なのだろう。そう思うと、彼らを指導しているサクソの苦労がうかがえた。

 逆にサクソは、アインに対して羨望じみた眼差しを向けていた。その脳裏に浮かぶのは、優しくも芯の強さを持った純白のバリアジャケットの少女の姿だ。

 

「お前の教え子はいい子に育っているな」

「あれは元からです。…私の手がなくとも、いずれもう一人の師が立派に育ててみせたでしょう」

「それでも曲がらずに育ってきたのは、お前の功績もあるだろう。そう自分を卑下する必要は………」

「私は、誰にも必要とはされぬ存在です。そしてここにいることも忌避されるべき存在です…気遣いは無用」

「…………そうか」

 

 はっきりと、しかし無機質に言い切るアインにサクソは何もいえずに黙り込む。悔しさや自分の不甲斐なさを嘆くでもなく、他人事のようにただ事実だけを述べているようなアインの言葉に、サクソもリンディも悲しげに目を伏せていた。

 

「思えば、あの頃よりお前も俺も歳をとったが、変わっていないのはお前だけのようだな」

「……確かに変わっていないかもしれませんね。今も昔も、私はこの世で最も醜く忌まわしき化け物です」

「そういうことではない………俺が言いたいのは」

「私はずっと……自分のことしか考えられない、くだらない女ですよ」

 

 虚空を見つめたまま、無気力な様子で佇むアインに対して、サクソはそれ以上の言葉を見つけられない。

 慰めも同情も、アインにとってはなんら意味のないことのようで、どんなに言葉を重ねても彼女は自分への評価を変えることはないように思える。

 思い沈黙が降りる中、アインはややあってからサクソの方に体ごと向いて目を合わせた。

 

「……それよりも、例のダークローチに似た連中について」

 

 急な話題の変化にサクソは口をつぐみ、ついで大きくため息をつく。かつての戦友としての時間は、もうこれで終わりのようだ。

 仕事としての表情に戻ると、サクソは以前送られてきた報告にあった情報を思い出し、眉間に深いしわを寄せた。

 

「ああ……記録は見た。色は確かに異なるが……確かにあれは」

「いまだに信じられません。あの異形達はあの時……確かに消滅したんですから」

 

 険しい顔になるサクソの動揺に同意するように、当事者であったリンディもまた、ブルリと背筋を震わせながら目を伏せる。

 一度世界の終焉を目の当たりにしかけて、間一髪で救われた者にとって、今回の事件はまさに悪夢の再来のようにも感じられた。もう二度と会いたくないと思っていた異形の兵士たちが、今度は別の世界に現れるなど、予想だにしなかった。

 

「酷似した何か……と言う可能性は?」

「ただ似ているだけならなんの問題もありません。問題は……奴らがどこから来て、何のために現れたのかです」

「お前がここにいる時点で〝バトルファイト〟が再開されたと言うのは考えにくい……偶然の自然現象でもないとするならば」

「……人為的な物、と言うことですか?」

「その可能性はある」

 

 真剣な表情でサクソが口にした可能性に、リンディはかぶりを振って否定する。隣のアインが黙り込むのにも気付かず、想像するだけで恐ろしい予想を論破すべく理由を脳内に列挙していった。

 

「それこそ考えられませんよ。あんな怪物を無数に……そもそもあの不死の力を人間が再現できるだなんて思えません。研究自体、あまりの難易度に遅々として進まないまま凍結されたという話じゃ……」

「だがそれ以外に……」

 

 もう二度と悪夢を見たくないリンディと、悪夢の再来の可能性を否定できないサクソが反論し合おうとした時、それまで黙っていたアインがためらいがちに口を開いた。

 

「……その可能性は、あります」

 

 アインの口にした一言に、リンディとサクソは大きく目を見開いて振り向く。考えうる限り最悪の可能性を、かの事件の際たる当事者に肯定されてしまったのだ。

 特にリンディの狼狽ぶりは凄まじかった。無の表情で佇むアインの横顔を凝視し、どうか聞き間違いであってほしいというような、すがるような眼差しを送っていた。

 だがアインは、そんなリンディに申し訳なさそうに首を振り、深いため息をついて語り始めた。

 

私の(・・)細胞を使い、人工の生物を生み出そうとした科学者がいました。その目的は極めて個人的なものでしたが……その成果はあらゆる面で無視できない精度を誇っていましたよ」

「何ですって……⁉︎」

 

 思わずリンディが声を漏らし、青い顔で口元を手で覆う。気を抜けば悲鳴がこぼれてしまいそうなほどの恐怖が、リンディの胸中で膨れ上がっていた。

 硬直しているリンディに鞭打つ気分になりながら、アインはさらなる事実を告げる。自分自身の心の傷を、自分で抉りながら。

 

「……試作品(トライアル)シリーズ。そう呼ばれた生物兵器と、私は相対したことがあります」

「……お前の、細胞を? だが……そんな話は」

「でしょうね……管理局の研究部門にて厳重に管理されているはずの情報が外部に漏れていたなど、到底公表できるものではありませんから」

 

 アインの手が、自らの二の腕に触れる。当時の感覚の全てが蘇ってきそうなほど、アインは自分で話しながら緊張を覚え、鳥肌がたつ肌をさする。

 ぎゅう、と自らの腕を締め付けるその姿は、己への戒めか罰のようにも、溢れそうな痛みを抑え込んでいるようにも見えた。

 

「事態が片付いた折には、関係者には緘口令がしかれました。……首謀者と思われる人物はすでに死亡していたため、関連する事件のほとんどの原因であると記録され、事件は処理されたと聞いています」

「己の失態を隠し、程のいい生贄を矢面に立たせる……なるほど、らしいやり方だ」

「何をわかりきったことを……」

 

 サクソの吐き捨てるような言葉に、アインは小さく鼻で笑う。

 サクソもわかっているというようにアインの肩に手を置き、ついで呆れと苛立ちの混じったため息をついた。かつて共にいたときは組織の末端でしかなかった彼らにとって、上の連中に使い捨て扱いされることは少なくなかったからである。

 リンディは今だに信じられないといった様子で険しい表情を浮かべていたが、やがて大きく肩を落とすと視線を外した。諦観にも似たその感覚は、随分昔にアインに味わわせられたものによく似ていた。

 

「…わかったわ。あなたの情報をもとに調べてみる……でも期待はできないわね」

「深入りしすぎるなよ。……この一件、思った以上に闇が深い」

 

 アインの警告に、リンディはいつかと同じように手を振って答える。かつてとは比べ物にならないほどの無茶振りを背負ってしまったが、それを聞いて放置できるほどリンディは楽観的ではなかった。

 少しだけ、昔と同じ関係性に戻ったように見える二人を見つめていたサクソは、目を伏せるアインに向かって尋ねていた。

 

「……お前は、恨んではいないのか」

 

 サクソには、かつてアインがとった選択を責められなかった。地位、信頼、栄誉、己の持つ全てのものを犠牲にしてでも、彼女は自分の守りたかったものを守り抜いた。

 正義の使者たる時空管理局局員としては認められない行為であっても、その選択の結果彼女は多くの人間を救ったのだ。

 しかし体面を顧みた局の上層部によって情報は改竄され、嘘の事実に踊らされた世間はその行為を讃えることなどせず、多くの人間を危険に晒したとして蔑み、憎しみの対象とした。自らの命の恩人を、恥知らずにも憎悪したのだ。

 サクソはそんな上層部や市民を嫌悪しながら、同時に何もできずにいた自分自身を恥じるほかになかった。

 

「お前に、それほどまでの重荷を背負わせた俺たちを……恨んではいないのか」

「微塵も」

 

 静かに見つめてくるサクソの眼差しに、アインは無表情で即座に答える。

 その声には怒りも悲しみも、いかなる感情も宿ってはいなかった。

 

「私は私の意志で―――この十字架を背負うことを決めました」

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