【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
新暦41年3月、ミッドチルダ西部エルセア地方にある一件の喫茶店の店先で箒を動かす男、アイゴ・ハジメと名乗った彼はいた。
まだ店を開けていない早朝とはいえ、無心に埃や塵を集める彼の表情には全くと言っていいほど親しさが感じられない。整った顔立ちをしているだけに、冷たい人形のような印象を抱かせた。
「……なんというか、無愛想なやつだな」
そんなハジメを物陰から覗く、いや監視するアインはそう呟き、雰囲気を出すために購入したアンパンと牛乳を胃に流し込む。なぜかは知らないが、張り込みや見張りにはこのメニューが定番、というかお約束なのだとある知人から聞かされていた。
その後ろで腕を組み、おもたそうな胸を二の腕で持ち上げるリンディが呆れた目で見つめる。店からは見えづらくても、後ろからは丸見えという間抜けな格好にため息をついた。
「アイン……あなたいくらアンデッドの反応がないからって、一般人のストーカーなんてやってていいの?」
「……ストーカーとは人聞きの悪い。監視だ」
「だからなんでアンデッドとは無関係の一般人を監視する必要があるのかって聞いてるのよ」
朝も早よから叩き起こされ、理由を聞かされることもなく連れ出された先で始まった張り込みに、リンディはどうにもやる気が出ない。
馬鹿馬鹿しいとばかりに肩をすくめ、塀に背中を預けてダレているリンディに、アインは微妙に剣呑な表情を浮かべて目を伏せた。
「無関係、な」
関係ならば少しはある。以前天文台で出現したアンデッドを謎の騎士が討伐した直後、避難所に訪れていた彼のことがアインは記憶から離れなかった。
確かにこうして見る分には、無愛想で子供以外にやや冷たい面を見せる他には何もおかしなことはなく見える。むしろリンディには、ストイックな部分に好感を抱かせている。
だがアインはそうは思えなかった。長年現場にいた、敵と命のやり取りをしてきた彼女だからこそ、ハジメから感じる冷たい気配を見過ごすことができなかったのだ。
「……」
その時、わずかな気配と視線を感じ取ったのか、ハジメは掃除の手を止めてアインたちのいる方を鋭く睨みつける。
気づかれた、と一緒に覗き込んでいたリンディが身をすくめたときには、アインがリンディを引っ張り込み、塀の影の中に身を潜めていた。
ハジメはしばらくじっとアインたちが隠れている場所を睨みつけていたが、やがて視線をそらすと掃除道具を片付け、店の中に戻っていった。
「……! びっくりした……」
「勘は鈍くないらしいな。一般人というには、ずいぶん物騒な目をしたやつだ」
「それはあなたが監視しているからじゃないの?」
未だドキドキと早鐘を打つ豊満な胸に手を当てるリンディが、アインをなじるようにジト目を向ける。
微塵も悪びれた様子のないアインは、ハジメの入った店をじっと見据えて考え込む。その脳裏に蘇るのは、あの謎の騎士がアンデッドに向けてこぼしていた〝言語〟だった。
(あの時聞こえたやつの声……アイゴ・ハジメ、あいつとは会話らしい会話はしていないが、やはり同じものに聞こえた)
騎士の発した声とハジメの声、どちらも判断材料としては聞いた時間が短すぎたが、それでも確信が持てるほどに近い声であったとアインは記憶している。
しかし、本当にアインの想像した通りだとすれば、さらなる疑問が胸中に浮かび上がった。
(あの騎士がアイゴ・ハジメだったとしたら……あの時会話していたように見えたのはどういうことだ?)
片や人を襲う不死の怪物、片やライダーシステムに酷似した鎧を纏い彼らを狩る謎の騎士。なのに両者は同じ言語を交わし、何らかの関連性をうかがわせる。
謎ばかりが放置され、真相が全く見えてこない状況の中、アインは自分の中の嫌な予感がどんどん膨れ上がっていくのを感じていた。
(……私の予感が当たっているにせよ外れているにせよ、気を抜くことはできんだろうな)
胸に下げたスペードのペンダントと箱型のデバイスに手を伸ばしながら、アインが己の判断を再確認していたときだった。
リンディの持っていた端末に振動が入り、慌てて画面を展開して通知内容を確認する。するとリンディの表情が驚愕に変わり、すぐさまアインに緊張の目が向けられた。
「! アイン、反応が出たわ!」
「……わかった」
アインは名残惜しそうに喫茶店から視線を外し、リンディの端末の情報からアンデッドの位置を把握する。
手にしていたペンダントを宙に放り投げ、バイク形態になるように命じるとアインはすぐさまそれに跨り、エンジンを噴かせる。轟音を響かせてから、アインは地面を蹴って己が騎馬を発進させた。
視界の端で、喫茶店の扉を慌ただしく開けて飛び出していくハジメの姿を捉える。店の外に停めていたバイクに飛び乗ると、ハジメもまた爆音を響かせて走り出していく。
その方向は、奇しくもアインと全く同じであった。
(やつも気づいた……?)
予感が確信になりつつあることを察しながら、アイン己の敵が待つ場所へと相棒の前輪を向け、全力疾走を開始するのであった。
そこでは、嵐が吹き荒れていた。
まだ若葉が生える前の寒々とした森の中、淡い青色の雷光があちこちに枝を伸ばしてはその鋭い枝先を刹那のうちに突き刺している。まるで乱気流の中であるかのような雷の暴力が暴れまわっていた。
その中心に立っているのは、広く伸びた鋭利な角を有する鹿に似た異形。筋肉質な二足歩行の体を支えにし、頭蓋から伸びた枝のような角から凄まじい勢いで電流を放出している。その威力たるや、木々を熱で断ち切り岩盤さえも一撃で砕いてしまうほどだ。
「くっ……!」
そんな自然の脅威そのもののような異形を相手にして、流石のアインも苦戦を強いられていた。ただでさえ電流を通す鋼の鎧と剣を有しているのに、四方八方へと伸びる雷の槍がアインの接近を許してはくれないからだ。
ゴロゴロと枯れ葉の絨毯を転がりながら、アインは襲いくる雷撃の雨の中を紙一重で抜け続ける。速さで撹乱し、一旦物陰に隠れると、アインは剣を展開して一枚のラウズカードを引き抜いた。
前回のBOARDの襲撃の際、現れたバッタの異形―――ローカストアンデッドを封印したことで手に入れた新たな力だ。
アインは数回深呼吸を繰り返し、張り詰めた筋肉を少しだけほぐして、呼吸を落ち着かせる。そしてアインは意を決して物陰から飛び出し、
【
ローカストアンデッドのカードを剣の溝に挿してスライドさせ、封じられた力の一端を解放させる。強靭な脚から繰り出される蹴撃の力がアインの右足に宿り、それによりアインから気迫が迸る。
ディアーアンデッドは向かってくるアインに危機感を覚えたのか、放電の方向を一箇所に集めて撃ち放つ。砲撃のように収束された雷撃が、真正面から向かってくるアインを貫こうと襲いかかった。
だがアインはその瞬間、ブレイラウザーを投げつけ、雷の砲撃にぶつけた。金属である剣は避雷針のように雷撃を吸収し、まるで関係のない方を向いている
「ウェエエイ‼︎」
一方向にのみ雷撃を集中させ、他の方位が無防備となったディアーアンデッドに向けて、アインが勢いよく跳躍し、右脚を突き出した。
同じアンデッドの力が込められた一撃を胸の中心に食らい、ディアーアンデッドは衝撃とともに吹き飛ばされていく。その瞬間、ディアーアンデッドのベルトのバックルが音を立てて展開された。
アインはそれを見逃さず、ディアーアンデッドに向けて空のラウズカードを投げつける。カードが胸の中心に突き刺さると、ディアーアンデッドは緑色の光を発しながらカードの表面に吸収され、自ら回転してアインの手元に戻っていった。
「スペードの6……
地面に突き刺さった自分の剣を引き抜き、アインは回収したカードをその中に収める。
辺りを見渡し、たった一体の異形が作り出した惨状に顔をしかめる。これほどの被害をもたらす相手があと50体近く存在しているという事実に、柄にもなく不安を感じてしまっていた。
その時、そんな不安定な精神状態が影響したのか、背後から急速接近する蛾のような影に気づくのが遅れてしまった。冷や汗を流しながら、アインが迫り来る
【
電子音声とともに、モスアンデッドの体に無数の蔓がまとわりつき、その体を縛り上げる。自由の効かなくなった体でもがくモスアンデッドが苦悶と怒りの咆哮をあげた。
その時、突然の事態に言葉を失うアインの目に、彼女が待ち望んでいた存在が目に入った。
「お前……!」
「オオオオオオオオオ‼︎」
弓の先端から蔓を伸ばした謎のハートの騎士はアインに視線を向けることなく、モスアンデッドをきつく拘束したまま全力で疾走し、弓の弧の刃を振りかざして雄叫びをあげた。
刃が蔓ごとモスアンデッドを斬り裂き、緑色の体液を噴き出させて吹き飛ばす。悲鳴をあげるモスアンデッドに、謎の騎士は容赦無く追撃を加えていった。
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎‼︎」
だが、モスアンデッドもただやられるだけではなかった。自身の大きな羽根をばたつかせると、猛毒を含んだ鱗粉を撒き散らし始めたのだ。
騎士は冷静に、鱗粉ごとモスアンデッドを貫こうと矢を放つ。しかし放たれたその一撃はモスアンデッドにあたる直前で弾かれ、見当違いの方向に跳ね返されていった。
「◼︎◼︎◼︎‼︎ ◼︎◼︎◼︎◼︎‼︎」
「‼︎」
「うわ⁉︎」
何かをまくし立て、挑発するような声を発していたモスアンデッドの口の中から、毒々しい色の液体が吐き出される。
嫌な予感がしたアインと騎士は咄嗟に左右に分かれて跳び、撒き散らされる液体を躱す。地面の枯葉にかかったそれが、白い煙を上げて地面を腐食させていく光景を目にすると、騎士は仮面の下でじっとりとした冷や汗をかいた。
再度二人を狙って毒液を吐きかけるモスアンデッドの攻撃を躱しながら、アインは騎士に鋭い目を向けた。
「お前には、聞きたいことが山ほどある! お前は一体何者で、どこでそのライダーシステムを手に入れた⁉︎」
「………答える義理はない」
吐きかけられる毒液に向けて、切り飛ばした木の枝を投げつけて盾にし、騎士がモスアンデッドに接近する。しかし振り抜いた刃はモスアンデッドが飛翔したことで空を切り、さらに遠距離から毒液をはきかけられてやむなく後退を強いられた。
「俺は俺のなすべきことをやるだけだ‼︎」
未だモスアンデッドに凄まじい敵意を向ける騎士に、アインは困惑混じりの険しい表情を浮かべる。騎士に答えるつもりはないようだが、それでも騎士の言い分は奇妙に聞こえた。
「アンデッドと戦うことがお前のなすべきことか⁉︎ アンデッドと会話をしていたお前が、アンデッドを狩るというのか⁉︎ 笑わせる‼︎」
「敵と語らうことの何がおかしい……現に敵である俺とお前も会話をしているじゃないか」
「少なくとも私は、問答無用で武器を向けてきたお前よりは、平和的に話しかけたと思うぞ‼︎」
モスアンデッドが吐き出す毒液の散弾により、森が恐ろしい勢いで死んでいく様を見ながら、アインは騎士に対して皮肉をぶつける。
遠距離からの攻撃は当たらない。しかし毒液のために近づくこともできず、向こうからの攻撃を躱し続けるしかない不利な状況に、二人の騎士は苛立ちを募らせていた。
「俺が戦うのは、これこそが俺に定められた宿命だからだ。お前のように軟弱な意思によるものではない」
「なっ……」
不意に騎士から告げられたセリフに、アインは状況も忘れて硬直した。顔を向けることもしない、何処の馬の骨ともわからない騎士からの罵倒に、アインの頭には一気に血が昇っていった。
「私が……軟弱だと? ふざけるな‼︎ 私だって使命を受けてここにいる‼︎ 友を……これ以上大切な人を失わないためにこの剣を振るい続ける‼︎ それが軟弱だというのか⁉︎」
「……己のためではなく、他者のために力を使うというお前の意思が、根本的に軟弱そのものだと言っているのだ」
過剰に激昂するアインに向けて、ハートの騎士は仮面の下からでもわかるほど冷たく蔑んだ目を向けてくる。
その声はアインの信念を馬鹿にしているのではない。迷うことなく、しかしあらかじめ用意されていたかのようなその言葉を口にした彼女を、憐れんでいるかのようだった。
「お前の使命はお前自身が決めたものか? 組織に従うだけで、己で道を選んだわけでもないくせによくもそこまで大きな顔ができるものだ……使命という言葉を言い訳に使うなよ」
辛辣な騎士の言葉に、アインは咄嗟に反論することもできずに絶句する。それは決して図星だったからではなく、認めたくはない、しかし心のどこかで納得してしまっている自分自身に愕然としていたからだ。
「だが……だがそうだとしても、私は自分の意思で友を守るために……!」
「お前はその他者のために戦い続けて―――一体いくつのものを失った?」
その言葉が、アインの胸に突き刺さる。
アインの脳裏に蘇ってくるのは、襲撃によって儚く命を散らされたBOARDのメンバーたち、いまだに行方がしれないサクソとケインズ。
そして、かつてともに戦っていた戦友たちの最期の姿ーーーその顔が、今力を貸してくれているリンディのものに変わった。
「―――ああああああ‼︎」
まるで悲鳴のような雄叫びがアインの口から放たれる。湧き上がった衝動のままに木陰から飛び出したアインは、そのままモスアンデッドに向かって勢いよく突撃を開始する。
フェイントも策も何もない、無防備な格好のカモとなっているアインに向けて、モスアンデッドは毒の散弾を吐きかけていく。
しかし毒液が鎧にかかり、腐食させボロボロにしていってもアインは止まらない。肌が露出し、痛々しく焼け爛れても足を止めず、モスアンデッドの口に向けて剣の切っ先を突き出した。
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎⁉︎」
「おおおおおおおおお‼︎」
喉奥を貫かれ、緑色の体液を吐き出しながら痛みに後ずさるモスアンデッド、その口からは、もはや毒液を吐き出すことはできない。舞い散る鱗粉も、接近戦では微塵も役に立ってはくれない。
毒液の散弾による妨害がなくなった今、騎士たちを止めるものはもう何もありはしなかった。
【
【
手に入れたばかりの雷の力と蹴撃の力、そしてもう一人の騎士が操る竜巻と手刀の力。それぞれが組み合わされ、不死の怪物を討ち取る必殺の奥義が発動しようとしていた。
「ウェエエエエエエイ‼︎」
「フッ!」
示し合わせたわけでもない、しかし完全にタイミングの一致したそれぞれの一撃が炸裂し、爆発とともに異形の体が吹き飛ばされる。
自らが殺してきた森の残骸の上に投げ出されたモスアンデッドのベルトのバックルが、カチリと音を立てて展開した。
するとアインよりも先にカードを抜いたハートの騎士が、モスアンデッドに向けてカードを投擲する。緑色の光に包まれて消えていく異形を見届けてから、アインは剣呑な眼差しをハートの騎士に向けた。
「……今ようやくわかった。私は貴様が嫌いだ…………顔を合わせているだけで不愉快だ」
「奇遇だな、俺もだ」
武器を互いに向け、アインとハートの騎士が睨み合う。相入れぬ想いは今この時、両者の間に大きな壁となって立ちふさがっていた。
アインはいまだ、この騎士を敵とは認めてはいない。しかし分かり合えぬ相手であることは、先ほどのやり取りから察してはいた。
「もし私の友に手を出してみろ。その首即座に撥ね飛ばしてくれる」
「そんなつもりはないが……面白い。できるものならやってみるがいい」
どこか戦いそのものを求め、異形の血に濡れることに酔っている様子のある騎士に、アインは強い嫌悪感を抱く。
できれば目に入れることも遠慮したい相手であるはずなのに、この騎士を放置することは許されない気がした。危険性だけではなく、自分の中の言い表せない感情から。
「お前もいずれ始末するつもりであったが……少し興味が出た。その甘い覚悟がどこまで通用するか見届けてみるとしよう……じゃあな」
「余計なお世話だ」
剣を下ろすアインに背を向け、ハートの騎士は自らが呼び出したバイクに乗ってさっさと走り出してしまう。
その背中をしばらく睨みつけていたアインは、その姿が見えなくなるとようやく肩の力を抜き、深いため息をついて目を伏せた。
と、その時、アインの携帯端末に着信が入り、アインはすぐに空間ディスプレイを展開する。案の定それは、切羽詰まった様子のリンディであった。
『アイン! 別の場所からもアンデッドの反応が出たわ!』
「……わかった」
これ以上あの騎士にかまけている場合ではない、と自分を納得させ、アインは再びブルースペイダーにまたがり、発進させる。
あの騎士を探す手がかりはある。次に出くわした時には今度こそ化けの皮を引き剥がしてやるのだと、アインは心に決めていた。
だがそんな激しい感情は、長くは続かなかった。
リンディのナビゲートでたどり着いた洞窟についたアインは、激しい戦闘の後をうかがわせる破壊された岩場を目の当たりにする。
「これは……」
すでにそこは静まり返っていて、戦闘は終わってしまっていることを理解したアインは、その中心で立ち尽くしている人影に大きく目を見開いた。
封印された異形の絵が描かれたカードを持って俯いているその騎士、ダイヤをモチーフにした銃士を、アインは凝視してしまっていた。
「……陸、尉?」