【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
目の前にいるダイヤの銃士の姿に、アインは思考すらも凍りつかせて立ち尽くす。ずっと姿をくらませ続けていた男が、思いもよらない場面で何の前触れもなく現れたことに、理解が追いつかなかった。
見ればあたりはところどころ焼け焦げていて、サクソがギャレンのライダーシステムを使用して戦闘を繰り広げていたことがわかる。そしてその手に挟まれている一枚のラウズカードを目にし、その勝者がどちらかも理解できた。
『アイン……? どうしたの? 何があったの?』
通信機越しに、反応のなくなったアインを心配してリンディが声をかける。
そこでようやくアインは我に返り、慎重にサクソの方に近づきながら様子を伺った。
しかしアインは徐々に、サクソの様子に違和感を覚える。彼ほどの男ならすでにアインの気配に気づいていてもおかしくはないのに、立ち尽くしたままずっと動こうとしなかったからだ。
「陸尉、なぜあなたがここに……いや、そんなことはもうどうでもいいです。一体今までなにをやっていたんですか⁉︎」
やや声を荒げ、振り向きもしないサクソを問い詰めるアインだったが、それでもサクソは微塵も反応を見せない。少しずつ嫌な予感を覚え始めたアインは、そこでようやくサクソの発する覇気が微弱なものになっていることに気づいた。
「陸尉…?」
戦士としての気配を失いつつあるサクソの元へ、ゆっくりと近づいていくアイン。
すると不意に、サクソの体がぐらりと傾ぎ、声も発さずに勢いよく倒れた。直後、サクソのベルトから放たれた半透明の壁がサクソを包み込み、ボロボロにくたびれた制服姿へと変えた。
「……! 陸尉!」
慌てて駆け寄ったアインによって抱き起こされても、サクソは反応を示すことはなかった。
まぶたに突き刺さる日の光に魘されていたサクソは、少しずつ意識を浮上させていく。
ぼんやりとしたまま目だけを動かし、自分がどこか見覚えのない場所で寝かされていることに気づく。妙な民芸品が並べられ、異国の雰囲気を放つ内装に改造されているその場所を見やると、サクソはのろのろと体を起こした。
上半身を起こしても、サクソはまだ朦朧としていた。自分の中の力が根こそぎ奪われてしまったかのような、そんな脱力感に苛まれたまま無言を貫く。
そこへ軽いノックの音が響き、サクソの返答を待つことなく扉が開かれる。無遠慮に入室したアインは、すでに目を覚ましているサクソを前にして安堵の表情を浮かべた。
「お気づきになりましたか」
「……アルデブラント」
平坦な声でサクソが名を呼び、アインの後ろにいる見慣れない緑色の髪の女性を見つめる。いや、よく見れば知っている顔だった。
局でも能力の高さや見目麗しさで有名な女性局員であったことをようやく思い出し、ついでサクソはなぜそんな者がアインと一緒にいるのかと訝しげに眉を寄せた。
「ここは…一体どこだ」
「私の友人の家です。……あの時から、拠点として世話になっています」
「……前に聞いていた、ハラオウンか。
「ことは、もう海だの陸だの言っている場合ではないと思いましたからね」
やや警戒気味に距離をあけているリンディがサクソを見つめるも、サクソは視線を外して俯く。
アインもその緊張感は察しながら、小さく咳払いをして気分を切り替える。両者に確執はあろうが、互いにやっておかねばならないことがあるのは確かだ。
「……マンダリン陸尉、一体何があったんですか? 今まで…どこにいたんですか?」
「………」
「何とか言っていただけませんか? 場合によっては、あなたには軍法会議での詳しい尋問が必要になるかもしれませんよ」
きつい眼差しを向けるリンディが、黙り込んだまま動かないサクソに対して詰問する。リンディのサクソを見る目は明らかに敵意を孕んでいて、歩み寄ろうとか説き伏せようという意志が微塵も感じられなかった。
アインは渋い表情でリンディを見やるが、この場合ある意味間違った行動ではない。
サクソも地位と責任を持った管理局員であり、その行動の全てには常に注意が求められる。任務を放棄し、報告も連絡も相談もなく行方をくらませていた相手に対する遠慮など、あってはならないものであった。
「陸尉、お願いします。あなたが何かを抱えていることはわかっています……そしてそれが我々にとって不都合なことであることも」
アインもサクソの動向へ疑念を抱いているがゆえに、真剣な表情でサクソを見つめる。
実力も経験も豊富で、信用に値する騎士であった彼の突然の行動の真相を知らなければ、アインは自分の中の信念の揺らぎを修正することはできそうになかった。奇しくも、以前ハートの騎士に言及されたように。
「ですが今は、どんな些細な情報であっても無視できない状況なんです。奴らのことももちろん、BOARDのことに関しても…」
真摯な態度で頭を下げるアインに、サクソはやはり視線さえ向けずにうつむいたままだった。
しばらく沈黙が続き、我慢の限界に達したリンディが険しい表情で怒鳴りつけようと息を吸い込みかけたときだった。
「俺はクロスボードを探していた……あの男は、重大な事実を俺達に隠していた」
観念したように、もしくは堰き止めていた感情が溢れ出すように、サクソは唐突に話し始めた。アインは口を聞いてくれたことにも安堵し、リンディは憮然とした態度で耳を傾ける。
向けられる二つの視線を気にかけるわけではなく、ただの独り言のようにサクソは虚ろな声で語って聞かせた。
「俺とお前が使い続けてきたライダーシステム……こいつには欠陥があった。使用するたびに装着者に悪影響を与え続け、いずれはその体を蝕む」
「なっ……」
「本当はお前にはもっと早く伝えるつもりだった……俺と同じで、戦う度に無自覚のうちに壊れて行くお前を見るのが忍びなくてな。俺はクロスボードを問い詰め、口を割らないやつを連れ出し尋問するつもりだった、だが……」
そしてサクソは思い出す。忌々しいあの日の夜のことを。
幾日も続く任務の最中、サクソは自分の体に表れ始めた異変に気付き、一度ケインズを問い詰めた。しかし返答は『ライダーシステムに不備はない。あるとすれば使用者の精神状態が性能に反映されることによるものである』というもの。サクソは納得できないものを感じながら、初めはケインズを信じて引き下がった。
しかし異変は収まらず、それどころか日常生活にも現れるほどに症状は悪化を始めた。日に日に増す恐怖心、まともに言うことを聞かなくなっていく体、その兆候はついに任務にも現れるようになっていった。
精神的にも疲弊し始めていたサクソは、ついに行動に出てしまった。ケインズの元を強襲し、力尽くでシステムにおける不備の真相とを責任の追及を行おうとした。それでも口を割らないケインズを気絶させ、隔離した後で尋問しようとBOARDを離れようとした時だった。
予想外のアンデッドの出現により、BOARDが壊滅したのだ。
サクソが話し終えると、リンディの私室にはしばらくの間沈黙が降りた。誰も口を開かず、しかし話し始めることを促すような空気が流れる。
居心地の悪い微妙な雰囲気を最初に破ったのは、大きなため息をついたアインだった。
「…あの襲撃はやはり、陸尉の手によるものではなかったのですね」
「その騒動の最中、俺はクロスボードを見失った。奴には今回の案件の責任の一端がある………俺はやつを許さない」
「……だったら」
肩の力を抜くアインの背後で、押し殺したような低い声が響く。
アインがハッと振り向いた先には、鬼のような形相でサクソを睨みつけるリンディの姿があった。ざわざわと風もないのに髪が蠢いているようにも見え、悪鬼羅刹のごとき迫力を醸し出していた。
親友の見たこともない姿に、アインは思わず顔をびっしょりと汗で濡らしながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「だったらなんで、アインの元に現れなかったのですか? アインはずっとあなたのことを気にかけて、それでも懸命に戦い続けてきたんですよ……なのにあなたは、自分の復讐のためにアインを見捨てたんですか⁉︎」
「リンディ…落ち着け。頼むから落ち着いてくれ」
「あなたがもっと早くアインの前に現れていれば、傷つく人がもっと少なく済んだかもしれないのに‼︎ それでよく、騎士なんて名乗れたものですね⁉︎」
うつむいたまま何も答えないサクソに、リンディ初乗りに募った不満をここぞとばかりに叩きつける。
アインに巻き込まれた腹いせやら、重大な事件に関わる羽目になった不安やら、恋人と最近なかなか会えなくなっている不満やら、様々な負の感情が溢れて止められなくなる。
しかしそんな嫌な感情を全て抑えて最初に頭に浮かぶのは、自分以上の不安と悲しみ、怒りに苦しんでいるアインの慟哭であった。
「なんとか言ったら…!」
無言を貫くリンディだが、ふとした拍子にその表情が固まる。
力なく組み合わされ、膝の上に乗せられているサクソの両手。長期間銃型のデバイスを使い続けてきたことにより、いくつものタコができたその手は、震えていた。
「……もう、俺には時間がない。以前ほどの戦いは…この先できなくなっていくだろう」
恐怖か、システムの不備による副作用かはもはやわからない。しかし今、アインの頼れる先輩であった戦士はここにはおらず、ここにいる彼は心身ともに弱りきったただの憐れな男にしか見えなかった。
戦いこそ己の生きる糧、そして守り救うことこそ己の生きる理由。
そのための手段を徐々に失っていく恐怖に、サクソの心は耐えられなかったのだ。
「俺の体は…ボロボロだっ……‼︎」
嘆きのような声を発し、サクソは急に立ち上がる。
その際に見えた顔を見たリンディは、激しい後悔を表情に浮き立たせながら視線を逸らした。
「……邪魔をしたな」
誰とも視線を合わせることなく、サクソは荒々しい足取りでリンディの部屋を飛び出した。
呆然としていたアインが我に返り、慌てて遠く離れていく背中を追うものの、扉の外に出たときにはすでにサクソの姿は見えなくなっていた。
「陸尉!」
ドアから飛び出し、道に出てサクソの姿を探すものの、人目を避けるかのようにサクソは足早に去った後で、見つけることは叶わなかった。
悲痛な表情で立ち尽くすアインは、自身の中に芽生えた喪失感とサクソから話を聞かされたことによる不安で頭がいっぱいになる。触れた胸の奥に巣食ったその負の感覚は、簡単には取り除けそうになかった。
「……あれが世界の命運を背負った戦士の成れの果てか。見れたものではないな」
不意に背後から聞こえた声に、アインは眉間にしわを寄せる。
ギロリと咎めるような視線を向ければ、声の主はそれを面倒臭そうに見やってため息をついた。
「アイゴ・ハジメ……」
「一度は騎士として名を馳せた者が、朽ちていく自らの体を前にしてなんと脆いことだろうな……所詮はただの人間か」
「黙れ‼︎ 貴様に何がわかる‼」
戦士と生きることに誇りを持っていた尊敬すべき人物が、自らが手にした武器のせいでその力を失いつつある。本来の自分を失っていく感覚がどれほどの恐怖かなど、アインには想像もつかない。
なによりも、人間を見下す傾向のあるこの男にサクソを馬鹿にされるのは我慢ならなかった。
しかしそこでふと気づく。単純に人間嫌いならわかるが、ハジメの発言にはところどころ違和感を覚える。嫌うというよりもこの男は人間に対して、人間がウジやハエなどの害虫に対する嫌悪を抱くような、そんな感情を向けている気がするのだ。
「……お前さっき、妙なことを口にしていたな。まるで自分が人間ではないような、どういうことだ」
「答える義理はない。面倒だ…」
「そういわれてはいそうですかと納得できるはずもないだろう」
剣呑な光を瞳に宿したアインが、自身のスペードのペンダントと懐のデバイスに触れる。
煌めく青い光に対して、ハジメも鋭い光を目に宿しながら身構えた。
「……ならば死ぬか?」
「……もういっぺんやりあってもいいんだぞ」
突発的に高まる敵意が、周囲に対して圧を放つ。まともにそれを受けた窓ガラスはビリビリと震え、そのうちのいくつかには小さく罅が入っていく。
気の弱い人間ならば実際に死にそうなほど凄まじい殺気を互いにぶつけあわせながら、アインはデバイスにラウズカードを挿入し、ハジメは一枚のラウズカードを取り出す。
互いのカードに描かれた
「ちょっと…やめなさいよあなた達‼」
間に割って入ろうとしたが、リンディの介入に一切目もくれない二人の殺気に押されてそれ以上近づくことができない。どうしたらいいのかと、困り顔で天を仰いだ時だった。
リンディのすぐ後ろに一台の車が止まり、後方の扉から何人もの黒服の男たちが雪崩出てきたのだ。デバイスらしき銃と実弾銃を装備した、覆面を被った怪しい集団は一直線にリンディに迫った。
「な、なに⁉ きゃあっ⁉」
「リンディ!」
明らかに正規の組織ではない雰囲気を放つ彼らは、無言でリンディを捕らえると車の後部座席に引き摺り込んでしまう。抵抗するリンディであったが、背後に回った一人が口元に布をかぶせた直後、がくりと意識を失ってしまった。
すぐさまアインがデバイスを起動しようとするが、男たちはアインにも襲いかかり、武器を手にする暇を与えようとはしなかった。
「チッ…」
「‼ オイ、どこへ行く……がっ⁉」
状況がかなり怪しくなってきたことを察知し、ハジメが舌打ちしながらその場を離れる。
アインはそれに目もくれず、自分の友人が乱暴され、物のように担ぎ込まれたことに声を荒げる。
するとそれが大きな隙となってしまい、アインは利き腕を掴まれ、地面に押さえつけられてしまう。その力は容赦がなく、一瞬呼吸が困難になるほど強く叩きつけられた。
背中に両手を回され、手錠か何かで拘束されながらも必死に抵抗するアインは、どうにか首を回して犯人の顔を覚えようともがく。
「くっ、貴様ら……何者だ⁉︎」
しかし覆面をした彼らの顔を確かめることはできず、後頭部を掴まれた挙句地面に押し付けられ、リンディに使われたものと同じ布を嗅がされてしまった。
「………‼」
急激に襲いかかる睡魔にアインは危機感を覚えるが、完全に関節を決められた彼女に抗う術はなく、アインは静かにうなだれた。
荒ぶっていた呼吸が徐々に穏やかになり、完全に動きを止めたことを確認した男たちは、アインを荷物のように抱えて立ち上がり、リンディと同じように車の後部座席に放り込んだ。
それを確認した黒服の集団の一人が、無線のような機械を取り出して波長を合わせると、冷淡な低い声で通信の向こう側に告げた。
「……アイン・K・アルデブラント、およびリンディ・ハラオウン確保。先に誘導したサクソ・マンダリンとともに、これより移送する。送れ」
『―――ああ、よくやった』
通信の向こう側にいる人物は、何がおかしいのか機嫌よく答えた。耳にするだけで生理的な嫌悪感が芽生える、気味の悪さを感じさせる声を聞きながら、男はただ次の指示を待った。
『丁重にもてなせ……絶好のコンディションを保ってもらわねばな』
男は頷き、仲間たちと目標二人を乗せた車に自らも乗り込み、運転席に向けて合図を出す。
現れた時と同じく、タイヤの擦れる音だけを響かせながら、黒服の集団を乗せた車は猛スピードで走り去って行った。
その光景を一人、いち早く危機を察知して離脱したハジメが眺めていた。その表情はかなり険しい。
戦いの邪魔をされたことへの苛立ちもあるが、突然何処の馬の骨ともわからない奴らに自分の敵を奪われたことに対する怒りも、いまの彼の中には熱く燃えていた。
タイヤの跡だけが残った現場に近づき、しゃがんでその近くを観察してみると、数滴の血痕が残されていることに気づく。おそらくは先ほど、アインが顔を地面に押さえつけられた際にできた傷から垂れたものだろう。
ハジメは気だるげに立ち上がり、車が走り去った方向を見やると、大きくため息をついた。
「……気に入らないな」
人間のやることに興味などない。あるのは自分の戦いに関連することだけ、人間が死のうが殺されようがどうでもよかったはずだった。
しかし攫われたのは、自分を殺すと豪語した数少ない人間。そしてそれを実行できうる実力を持った、人間離れした逸材。何が原因かは知らないが、今の彼女の剣は鈍ってしまっているものの、何かしらのきっかけがあればいずれもとの鋭さを取り戻すであろう、そんな期待を抱かせる存在。
そんな感想を抱かせる、ハジメが初めて見るタイプの人間であった。
「このまま見殺しにするのは惜しいな」
そう呟き、ハジメは自分のすぐそばに黒いバイクを呼び出し、ヘルメットをかぶって座席に跨る。エンジンを噴かし、残されたわずかな痕跡をたどりながらアインを連れ去ったものたちの追跡を開始する。
この時、彼は気付いていなかった。
アインを失うことが惜しいという感情。それは決して、闘争本能からくるものだけではなかったことに。すでにアインを、そこらの有象無象と同じただの人間と認識していなかったことに。
残された痕跡を探ることにのみ集中している今の彼は、自覚していなかった。