【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
アインが目を覚ましたのは、吹き抜けた生ぬるい風が肌を撫でたからだった。
鈍い痛みが身体中から感じる不快さに顔をしかめながら、ぼやけた視界に見える薄暗い空間に眉を寄せる。
「……ここは、どこだ?」
かすかに反響するその空間は、無数の石柱が規則的に立ち並ぶ異様に広い空間であった。見上げれば天井は暗くて見えず、おそらく数十メートルはあるだろう。前後左右を見ても、あまりに暗く端が見えない。
以前聞いたことがある、都市には洪水や水災時に激流を誘導・排出する特殊な地下施設があるという話を思い出したアインは、空間の広さからこの場が地下であると判断した。
同時に、この空間へ出入りでき、アインを置いて行った黒服の連中が普通では無いことを察した。
「リンディ! おい、どこに行ったリンディ⁉︎」
同時刻に襲撃され、同じ車に乗せられたことは覚えているため、アインは姿の見えないリンディを探して声を張り上げる。声がこだまのように反響し、帰ってくるまでのタイムラグが空間の途方も無い広さをさらに強調する。
しかし、視界の遮蔽物は石柱だけだというのに友人の姿は見当たらず、アインの中に焦燥が生じていった。
「なんだここは……一体誰が何のためにこんなところに連れてきたんだ?」
いつまでもその場にとどまっていては仕方がないと、アインは険しい表情のまま歩き出した。
もしかしたら、暗がりの方に何か人の痕跡かリンディの居場所の手がかりがあるかもしれない。そうでなくても、ここから一旦脱出する目処が立つかもしれない。
「おい‼ 誰かいないのか……⁉」
苛立ち混じりのアインの声がこだまし、虚しく消えていった時。
アインは闇の中でうごめく影に気づいた。
「!」
立ち止まり、すぐさま身構えるアイン。
感じ取れる気配は明らかに、人間のものではない。人間に対する明確な敵意を孕んだ眼光が、暗闇の中からアインを射抜いていた。
低いうなり声を上げて現れたのは、堅固な甲殻で全身を覆った盾と刃を備えた
三種の種族の祖たる怪物が、アインに対して同程度の敵意を向け、じりじりと迫ってきていた。
「アンデッド…⁉︎ クソッ! こんな時に…‼︎」
それぞれが備えた武器の切っ先が自身に向けられていることを察し、アインはすぐさま懐からデバイスとラウズカードを取り出す。
それを戦闘の意志ありと判断したのか、三体の異形は耳障りな雄叫びをあげてアインに襲いかかった。
アインはその場で大きく跳躍すると振るわれた斬撃を躱し、遅れたトリロバイトアンデッドの頭を足場に大きく距離を取ると、腰に巻いたバックルのレバーを引いて振り向いた。
「変身‼︎」
【TURN UP】
バックルの中心から飛び出した青色のスクリーンが三葉虫の異形を弾き飛ばし、後ろにいた二体を巻き込んで後退させる。
アインはスクリーンに向かって突進し、その身に紫紺と銀の鎧を纏うと、腰に佩いた剣を抜いて猛然と斬りかかった。
「ウェアアアアア‼︎」
トリロバイトアンデッドの硬い殻に刃が食らいつき、激しい火花を散らせてトリロバイトアンデッドがたたらを踏む。
剣を振り抜いたアインの左右から虎と彪の異形が襲いかかるも、身をかがめたアインの頭上をすり抜け、反対に背中に手痛い一撃を食らう。
しかし不死の異形の耐久力は凄まじく、たった一撃食らわせた程度では封印できるほどの負荷は与えられない。彪の蹴りと獅子の拳、反射的に向かってくる反撃をくぐり抜け、弾き、跳ね返し、アインは襲いくる三体の異形をたった一人で抑え込む。
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎‼︎」
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎‼︎」
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎‼︎」
しかしそれでも、迫り来る全ての攻撃は防げない。咆哮をあげて襲いくるアンデッドたちに連携など頭にないだろうが、アインに対する警戒からそうなっているのか、互いに攻撃の合間を開けないように次々に迫るようになっている。
以前の彼女であれば、猛獣を相手にするのと同程度の攻撃をいなし続けるなど造作もないことのはずだった。しかし今、絶え間無く振るわれる異形の刃はアインの肌を擦り、小さくも確かな傷を残している。
「あああああああ‼︎」
自分が思うよりも動いてくれない体に、アインは徐々に焦りを覚え始めていた。
「……やはりあの女、万全のコンディションと言えずとも人間のスペックをはるかに超えている……体に何か特殊な処置でも施しているのか? いや………判断するにはまだデータが足りんな」
暗い暗い闇の中、モニターや計器の光だけが照らし出し不気味な雰囲気を醸し出す一室。
孤軍奮闘し続けるアインが大きく映し出されたモニターの前に陣取る男が、興味深そうにアインの戦いぶりを眺めていた。すぐ隣の計器にはアインの身体能力を算出したものと思わしき画像が映し出され、常に数値が変動し続けている。
高性能なコンピュータでも表しきれないアインの戦闘能力の高さに唸りを上げ、男は満足げに、あるいは物欲しげにアインを眺めていた。
「やはりライダーの戦闘データを採集するには……より強大な相手との闘争が必要不可欠のようだな―――なぁ、騎士殿」
男がちらりと、自身の背後の闇の中に視線を向ける。
闇の中、ただ無言で佇んでいるその男の目はどこか虚ろで、異様なほどの生気の薄さが不穏な雰囲気を醸し出している。
一瞬マネキンか何かに見間違いそうなほど動きを見せない彼に、男はアインを写したモニターを見下ろしながら愉しそうに口を開いた。
「さぁ、行くがいい。君の使命は、まだ何も果たされてはいないだろう?」
「……ああ、その通りだ」
初めて発せられた声は無機質なようであり、同時に言い表し用のない欲望のようなものを感じさせた。
【THUNDER】
「ウェエエエエエエイ‼」
雷を纏ったアインの拳がトリロバイトアンデッドの顎を捉える。強固な殻に覆われていようともアインの強烈なアッパーの衝撃は凄まじく、脳を思い切り揺さぶられた異形は体をゆっくり傾がせていく。
左右に割れたベルトを見たアインは、投げるのも面倒だと直にラウズカードの角を突き立て、二次元空間の中に封印する。
緑色の光が完全に封じ込められると、背後から迫るジャガーアンデッドの爪を躱し、新たに手に入れたカードと剣の中から抜き出した二枚のカードを合わせて、剣の溝でスライドさせた。
【THUNDER, KICK, METAL.
右脚が鋼の硬度を持ち、その上でバチバチと雷電が纏わりつく。拳を振り上げて向かってくるライオンアンデッドをアインはその場で高く跳躍して流すと、体をまっすぐに伸ばしたままひねりを加えた宙返りを行う。
跳躍と回転によって慣性の力を増したアインは、振り上げた右脚をライオンアンデッドの脳天に向けて叩き落とした。
「ウェエエイ‼︎」
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎‼︎」
頭蓋が陥没するほどの一撃を食らったライオンアンデッドは悲鳴を上げて後ずさり、夥しい量の緑色の血を噴き出させながら膝をつく。
バックルが割れた異形に向けてカードを放り投げ、封印されていく光景に背を向けながら、アインは残るジャガーアンデッドに相対した。
ジャガーアンデッドはアインに対して威嚇の咆哮をあげると、おもむろに体勢を低くして四つん這いになる。鋭い爪が地面にしっかりと固定されるのを確認するように踏みしめられると、次の瞬間ジャガーアンデッドの姿は消え失せていた。
「なっ……がはっ⁉︎」
後ろ手にライオンアンデッドを封印したカードを受け止めていたアインは、驚愕の表情を浮かべた直後に吹き飛ばされる。金属同士が激突する、大きく鈍い音があたりにこだまし、アインの意識が混濁した。
わけもわからないままに地面に這い蹲らされたアインは、鍛え上げた目が視界の中で高速で動き回る物体の存在に気づく。
「くっ…!」
アインはかろうじて、腕で顔と胸を守ることで防御の姿勢をとるが、ジャガーアンデッドは一瞬で背後や側面に回り込み、鋭く早い一撃離脱の攻撃を加えてくるために防ぎきれない。
脇腹や背中に斬撃を食らいながらも、自らでは追いつくことのできない敵の猛攻を前にアインはある戦法をとることに決める。
【THUNDER, BEAT.
剣に新たなカードの組み合わせを読み込ませると、アインは剣を地面に突き立て、雷を纏った拳を構える。わずかに一瞬だけ聞こえてくる足音に耳を澄ませると、アインは深く息を吸い込みながら目を閉じた。
知覚できる情報の一つを自ら封じたことで、残る感覚を一時的に強化する。
武器を捨て、動きを見せなくなったアインをジャガーアンデッドは前後左右から執拗に斬りつけ、数えきれない数の傷をつけていく。
肌が切り裂かれ、どくどくと血液が噴出してアインの周囲を汚すも、青き騎士は決してその場から動かず抵抗の意図も見せない。
為すすべのない騎士を甚振るように周囲を走り回っていたジャガーアンデッドが、トドメを刺すようにアインの死角に回り込み、大きく爪を振りかぶる。
だがその時、アインの流した血を踏みつけ、高速で移動していたジャガーアンデッドの動きが一瞬ずれた。視覚できないほどの超高速戦闘を見せつけていた異形の姿が、一瞬だけアインの目の前に現れたのだ。
「おおおおおおおおおお‼︎」
アインはその決定的な隙を見逃さない。コンクリートが陥没するほどに地面を踏みしめ、全身の筋肉を奮わせ一気に拳を振り抜く。
バランスを崩したジャガーアンデッドは反射的に爪を振るうが、鋭い鋒はアインの頬を切り裂くだけで素通りし、硬く握り締められた拳がまっすぐに鳩尾に突き刺さる。
ゴパッ、と口から多量の血を吐いたジャガーアンデッドは吹き飛ばされ、ビクビクと痙攣しながら倒れこむ。
アインは空のラウズカードを引き抜き、気だるげにジャガーアンデッドに向けて投げつける。流れていた緑の血ごと平面の中に封じ込められ、ジェットを背負った彪の絵が表面に描かれたカードがアインの手元に戻った。
その瞬間、アインの視界がぐにゃりと歪み、体が倒れかけるのを必死に立て直す。捨て身の戦略のせいで流石に血を流しすぎたと、アインは険しい表情で舌打ちした。
「ハァ……ハァ………くそっ! リンディは無事なのか……? 巻き込まれていなければいいが……」
地下空間を支える柱に手をついて体を支え、アインはまた暗がりに向けて歩き出す。正直今すぐにでも気を失いそうなほど疲労しているが、友人の無事も確認できないままではおちおち眠ってなどいられなかった。
「リンディ………どこにいる」
ふらふらと覚束ない足取りとかすむ視界の中、朦朧とする意識を必死に保ちながらアインは歩き続ける。ぼたぼたと絶え間無く流れ落ちる血を止めることもせず、足を引きずりながら前へと進み続けるその姿はあまりにも痛々しい。
しかしそれでも、友人の無事を確認するまでは立ち止まるまいと意地を張り、引っこ抜いた剣を引きずりながら暗がりへと進んでいった。
その時、不意にアインの耳に砂を踏みつける音が届き、アインはすぐさま剣を構えた。
「‼」
血に濡れた手で剣先を音のした方に向けるが、切っ先はふらふらと揺れて頼りなく、暗闇を見据える視界もグニャグニャと歪んでいて気持ち悪い。
「何者だ‼ 今私はむしゃくしゃしているんだ……これ以上ちょっかいをかけるつもりならよそへ行け‼」
大きな声で、できる限りの闘志を併せて吠えるも、すでにアインは自分がまともに戦える状態ではないことを自覚していた。全力での戦闘を行うには血を流しすぎていて、無理な動きをしようものなら即座に意識が途切れる可能性もあった。
はったりをきかせて退けば問題はないが、それでも向かってくる場合には覚悟を決めなければならないと考えていた。
すると、アインの目の前で金属音と何かが擦れる音が響き、見覚えのある青い光が照らし出される。暗闇の中から飛び出した光は大きな青いスクリーンとなり、闇の中から歩み寄ってくる人影を迎える。
【TURN UP】
鍬形虫の紋章が刻まれたスクリーンに人影が重なった瞬間、青い光が纏わり付いて一着の甲冑を生み出した。
赤いボディスーツに銀の甲冑を重ねた、トランプのダイヤを模した仮面をつけた銃士が現れたことで、アインは完全に闘志を霧散させてしまった。
「陸尉…?」
再会して別れたばかりの、それも戦闘行為に対して恐怖感を抱いていた上司が、自らの意思で再び鎧を纏っていることに疑問を抱きながら、アインは彼から感じる異様な気配に身を硬くする。
何かがおかしい、そう気付いた時には、サクソはアインに向けて腰に下ろした銃を構え、引き金を引いていた。
大きく目を見開いたアインはとっさに左へ飛び、多少ふらつきながらも剣を構え、サクソを睨みつけた。
「陸尉! 何のつもりですか⁉」
「うおおおおおおおおお‼」
同志に銃を向けるとは何事か、とアインは怒気を含めながらサクソに叫ぶが、サクソは全く耳を貸す様子もなくアインに襲いかかる。まるで手負いの獣のように暴れまわり、アインに殴りかかるその姿はとてもまともには見えなかった。
「正気を失っている…? まさかこれが、陸尉の言っていたライダーシステムの欠陥…⁉」
振るわれる拳打を躱し、アインはサクソに摑みかかる。
「陸尉! お気を確かに! あなたほどの武人が何を惑わされているのですか⁉ クロスボード局長を恨むお気持ちは察しますが、それで我々が争う理由などないはずでしょう⁉」
「おおおおあああああ‼︎」
なんとかサクソを押さえつけようとしがみつくアインだが、サクソはもはや言語にさえなっていない雄叫びをあげるだけで、アインのことを見てもいない。
ただ単に、アインを己を縛りつけようとする煩わしそう枷のように血走った目で睨みつけ、押しのけ引き剥がそうと容赦なく殴りつける。
反撃の意思を見せないアインは、サクソが正気に戻ることを信じてしがみついていることしかできなかった。
「陸尉!」
『無駄だよ、アイン君……今の彼は闘争本能の塊。説得は意味をなさないものと思う方がいい』
「っ‼ 誰だ‼」
突如空間に響き渡った声に反応し、アインはサクソをつかむ手を離してしまう。分っと投げ飛ばされるように押しのけられ、疲労もあってふらつくアインは思わず頭上を見上げて眉間にしわを寄せた。
聞き覚えのない声は、明らかにアインを嘲笑っている。味方のはずのサクソを前に手を出せず、みるみるうちに弱って行く姿を見てほくそ笑んでいるのが丸わかりな声であった。
『私のことか? そうだなぁ……今は、イストと名乗っているよ』
「……ふざけているのか」
『私は至極真面目さ……それよりほら、余所見をしていては危ないぞ』
イストと名乗った男の言う通り、アインが必死に押さえつけていたサクソが激しくもがき、アインの拘束を振り払って顔面を殴りつける。
ふらついたアインの腹に向けて回し蹴りが叩き込まれ、アインは軽く嘔吐しながら後ずさり、がくりと膝をついた。鈍い痛みと気持ち悪さに必死に抗いながら、アインはどこにいるともしれない敵に殺気を向ける。
「陸尉……‼︎ 貴様、陸尉に何をした⁉︎」
『別に彼を操っているわけではないさ……私はただ、傷ついた彼にそれを補う力を与えただけのことだよ。そして、戦いを選んだのは……彼の意思だ』
まともに答える気のなさそうなイストに、アインは舌打ちすると腰を浮かせる。
サクソに何が起こっているのかはわからないが、このままでは問いただすよりも先に自分が討たれてしまう。口惜しいが、この場は退く他になかった。
しかしアインの考えは読まれていたのか、イストは思い出したと言わんばかりに付け加えた。
『別に逃げてもいいが……君のお友達がどうなっても知らないぞ?』
「⁉ 貴様……貴様がリンディを‼」
この場に連れてこられたときから姿の見えない友人が敵の手中にあることに、アインは焦りを抱きながら怒りも覚える。
婦女子を拐かしただけでは飽き足らず、味方同士を戦わせるための人質にするような卑劣な考えに正気を疑う。闘争本能をむき出しにして襲いかかってくるサクソも、イストとやらの手によってなんらかの干渉を受けているのだろう。
姿の見えない敵に対して憎悪の炎を燃やしながら、アインはなおも雄叫びとともに殴りつけてくるサクソに向き直った。
「陸尉! 聞いていたでしょう⁉ あなたを操る存在が何者なのか走りませんが、こんな戦いは間違っています‼ あの男は、この状況を楽しんでいるだけですよ⁉」
飛びそうになる意識を保ち、獣のようにがむしゃらに向かってくるサクソに呼びかけ続け、紙一重で攻撃を躱していく。
我を忘れているような今の彼に傷をつけるのは躊躇われ、アインは剣を放り捨てて懸命に説得に励む。
「こんなのはあなたが信じていた正義など程遠い‼ 我々は、殺し合いなんてしていてはいけない‼」
いまの彼とは似ても似つかない、人々を守る己の戦いに誇りを持っていたかつての彼の姿を思い浮かべ、アインは叫んだ。
もう一度サクソの両肩を掴み、鈍い光を放つ仮面を覗き込みながら呼びかける。
「目を覚ましてください…陸尉‼」
その時、ガチャリとアインの腹部から金属音が響く。
目を見開いたアインが真下を見下ろせば、サクソの持つ銃の先が自分の腹部の中心に向けられていることに気づいた。臍の上、肋骨の少し下という人体で最も弱い部分に、冷たい銃身が突きつけられていたのだ。
サクソの肩を掴んだまま呆然と立ち尽くすアインの目の前で、サクソは過剰に膨らんだ闘争心で歪み、罅割れた声を放った。
「殺、す……敵は………殺す‼」
ドォン!と凄まじい破裂音が響き渡り、アインの体が一瞬空中に浮かぶ。
アインの背中から噴水のように鮮血が吹き出し、ピンク色の細かな肉片とともに背後の地面に飛び散っていく。それはまるで、殺風景だったコンクリートの地面や柱に紅色の花の模様が施されたようにも見えた。
「………あ、え…?」
よろよろと後ずさるアインはサクソを見つめ、白い煙を吐く銃身に信じられないといった表情を浮かべる。
痛みは一瞬で、後に続いたのは火で直接炙られているかのような熱さ。なのに体の芯は徐々に冷たく感じられていくという、気味の悪い感覚に苛まれ始めた。
「陸尉……」
何も口にすることなくただじっと見つめてくる、信頼していた上司に震える手を伸ばし、アインはか細く途切れそうな声で呼ぶ。
白んでいく景色にサクソの姿を映したアインは、ぐるりと己の意思に関係なく頭上の暗闇が映るのを最後に、仰向けに倒れた。
まとめていた髪が解けて大きく広がる中、じわりじわり血広がる鮮血がアインの体を汚していく。その姿を見下ろしていたサクソはおもむろに背を丸めると、天に向けて勝利の雄叫びをあげてみせた。
「うおああああああああ‼︎」
そこに、自分の部下を殺したことに対する悲しみも怒りもない、ただただ己が獲物を屠ったことに対する喜びと満足だけが迸っていた。
同じように、イストも堪えきれないとばかりに笑い声をこぼしていた。自分の想定していた以上の結果を目にできたような、望むものを見られた歓びに満ちた声で、倒れたアインを嘲笑し続けていた。
誰もいない地下空間に、サクソの雄叫びとイストの嘲笑だけが響き渡る。
だがその時、閉じられた空間であるはずのその場所に、一陣の風が吹き抜けた。
「⁉︎」
サクソは急に自身に襲いかかる風に雄叫びをやめ、イストも予想外の事態に目を瞠り、モニターに向けて身を乗り出す。
アインとサクソの間でその風が壁のように吹き抜ける中、ある一つの声が響き渡る。
「―――手間をかけさせる…」
あきれた様子のその声の直後、風はひときわ強さを増すとアインの体を覆い隠し、一瞬にしてその場から消してしまう。
普通では考えられない風とともに消失したアインを探し、サクソがうなり声をあげながら辺りを見渡し始める。自分の獲物が、勝利の証である屍が無くなってしまったことに苛立ちを抱き、鼻息荒く地面を踏み荒らしながら咆哮をあげた。
一方で謎の風の正体に思い至ったイストはモニターから離れ、忌々しそうに虚空を見上げてため息をついた。
「奴か……余計なことを。まぁ、あれではもう助かるまい。懸念材料が片付いたということでいいか…」
現場に残された、夥しい量の結婚を見やりながら、イストは先ほどの悲劇的な光景を思い出し、恍惚の笑みを浮かべるのであった。