【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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章の位置を変えました。
落ち着きがなくてすいません。


8.乙女の献身

 暗く陽の沈んだ川辺。地形の影響で無数の流木が堆積し、自然の手によるバリケードのようになっている砂利の上。

 パチパチと火花が弾ける焚き火に向き合い、大きめの丸い石の上に腰掛けるハジメは、かすかなうめき声とともに薄目を開いたアインに横目を向けた。

 

「………気がついたか」

 

 全身を包帯の代わりとして裂かれて作られた自らの衣服で包み、大きめの砂利を取り除いて作った寝床に横になったアインは、ぼんやりとしたまま夜空を見上げる。

 だんだんと自分の状況を思い出してきたアインは、傍で佇んでいるハジメに訝しげな視線を向けた。

 

「……なぜ助けた?」

「特に理由はない。強いて言うなら、気まぐれだ。おれを殺すと豪語した奴があの程度で倒れられては、張り合いがない……そのくらいのことだ」

「……そう言うところが気に入らないんだ」

 

 あれだけの出血の後だというのにこうして生きているなど、この男が何か手を加えたとしか思えない。

 自分の体を見られたことぐらいもう全く気にしないほど羞恥心は枯れていたが、勝手に体をいじられていたことについては文句をつけたくなる。

 だがそれでも、与えられた厚意に報いないということは許せなかった。

 

「………礼を言う、助かった」

 

 視線を逸らし、若干頬を染めながら小さく呟くアインに、ハジメはフッと鼻で笑う。

 小馬鹿にされていると察したアインだが、反論することなくそっぽを向いて唇を噛む。謎も多く、何かと癪に触る男だが、少なくとも悪人ではないことはわかった。

 

「あの後……陸尉はどうなった? リンディは?」

「さぁな。お前の仲間がどうなったかなど興味がない………だがあの男に何があったかはだいたいわかっている」

 

 眉間にしわを寄せ、何やら苛立ちを感じさせる雰囲気を放ち始めたハジメが、忌々しそうに虚空を睨みつけて語り始めた。

 初めて見るハジメのそういった表情の変化に、アインは少し意外に思いながら耳を傾けた。

 

「かつて起こった、世界の命運を分ける闘争。52の種族の祖が争い合い、世界の支配者を決定する頂上乱戦(バトルロイヤル)……しかし種族の中には、争いを好まない温厚な種族もあった」

「……待て、何の話をしている?」

「そんな戦いを拒絶する種族の祖を無理やり戦場へ引っ張り出すために、あるものが投入された。…生物の闘争本能を刺激し、対象を好戦的な性格に変貌させるという特性を持った藻を材料とした薬だ」

 

 ハジメはサクソからアインをさらった時のことを思い出す。サクソから漂ってきたその匂いは間違いなく、自分の腹立たしい記憶の中に残っているそれと同じであった。

 誇り高い戦いに水を差す無粋な邪魔者の匂いとして、ハジメはその藻の存在を疎い、持ち込んだ者に対して怒りを募らせていた。

 

「あの男はその藻の成分を投与されているのだろう……奴が別人でもない限りはな」

「……そういうことか」

 

 一種の薬物を投与されていたのだと解釈したアインは、少しだけ安堵のため息をつきながらも悲しげに目を伏せる。

 あれはシステムの不具合によるものではなく、装着者自身に投与された物質による暴走であったのだ。自分がいずれ同じような目に遭うという可能性は下がったことに、不謹慎ながらほっと息をつく。

 だがその場合、それを投与したことがサクソの意志であるという可能性に憂鬱な気分に陥る。自我を失い獣のようになる薬に手を出してまでアインを害そうと思っていたのならば、以前のサクソとはかけ離れた存在になってしまっているかもしれない。

 見捨てられたのだという事実は、アインの胸のうちにこれまで以上の傷をつけた。

 

「……その藻とやらの効果は、どの程度続くものなんだ? まさかとは思うが……ずっとあのままということは」

「それはない。あくまであれは一時的な処置にすぎない。…だがあれは、投与した者に驚異的な戦闘意欲の向上を促すものであると同時に、強力な中毒性を持つ代物だ」

 

 ハジメもアインの気の落ちようを目にしていたが、気遣う様子もなく淡々と語り続ける。

 重傷者に対して随分な態度に思えたが、アインにとっては下手に気を遣われるよりも気が楽に感じていた。

 

「戦いが終われば自分の心の弱さに怯え、戦闘が始まれば自我をも失う。……もうあの男に、かつての面影は残っていないだろう」

 

 語り終えたハジメの横顔は、どこか不満げというか失望したような雰囲気を放っている。どこか遠くを眺めるその目には、がっかりとしているような様子に見えた。

 アインはすでに、ハジメが謎の騎士カリスであると確信している。彼の騎士の言動を参考にするならば、ハジメは戦士同士の戦いに高尚な理想と信念を抱き、意義のあるやり取りを好み求めているように見える。

 優しくはない、しかし決して残忍なわけではないのだと、アインはハジメと出会ってから過ごした時間の中でで察していた。

 だからこそアインは思う。

 それほどまでに高潔な彼が、この事件に関しての知識を持っているのかと。

 

「だが、なぜ………そんなことを知っている。ハジメ……お前は何者なんだ」

「忠告しておくぞ。余計な詮索は命を縮めることになる……忘れるな」

 

 ハジメはそう言って、アインの体にかけられていた布をまくり、アインの体を外に晒す。

 鍛え上げられた体は今、痛々しく包帯がわりのボロ布に覆われていて、赤黒い染みが全身に広がっている。少しでも動けば、ふさがった傷口が開いて命はないということが、誰の目にも明らかな姿であった。

 

「そしてお前はもう、戦える体ではないことを覚えておけ」

 

 部外者であるはずの身元不明の男から告げられた戦力外通告に、アインは大きく目を見開き、固く唇を引き結ぶ他になかった。

 

♠ ♦ ♥ ♣

 

「ぐっ……あ……!」

 

 黒ずんだ壁に四方を囲まれたその部屋の中心で、一人の男がうめき声をあげながらベッドに横になっていた。

 露出した上半身には無数の血管が浮き出し、尋常ではない量の脂汗が噴き出してベッドを濡らす。食いしばった歯からは少量の血が滲み、ギシギシと嫌な音を立てている。

 そんな彼の額に、不意に冷たく濡らされたタオルが当てられると、サクソはハッと目を覚まし、目の前の女性を凝視した。

 

「す、すみません……うなされていたもので、つい……」

「サテラか……」

 

 余計なことをしたかと、サテラと呼ばれた女性がすぐさま手を引っ込めると、サクソは眉間にしわを寄せたまま体を起こし、ベッドの縁に腰掛けた。

 

「……なぜ、おれに構う?」

「…………」

 

 サクソの疑問に、濡らしたタオルを絞っていたサテラは手を止め、少し困ったような笑みを浮かべる。どこか寂しげなその笑みにますます不思議な気分に陥りながら、サクソはその鋭い眼差しで問いただし続けた。

 

「世界のために戦う戦士だと聞いていますから……微力ながら、お力になれれば、と」

「無駄なことを…」

 

 サクソが身を寄せる、イストと名乗る謎の男の研究所。その彼の下で看護婦として仕えているというこの女性は、どういうわけかそう親しくないはずのサクソに対して甲斐甲斐しく世話を焼こうとしていた。

 戦う力が失われていくなど、戦士としては絶望的な欠陥を抱えている男に献身するメリットがわからず、サクソはつい疑わしげにサテラを睨みつけてしまっていた。

 

「…ここにお前が来て、どれくらいになる」

「四ヶ月と少し……サクソさんと出会ってからは、もうじき二ヶ月半になるかと」

 

 

 それは、サクソが自分の不調に気づいてからそう経たないうちのことであった。

 調子を落とし続ける自分自身に恐怖を抱き、解決を求めていたサクソに接触してきたのがイストだった。彼は不調の原因が、ラウズカードと装着者を融合させるデバイスのシステムによるものだと診断し、ある特殊な薬の投与による解決策を提案してきた。

 異形の力を宿したカードは装着者の体内で徐々に毒性を放ち、精神を蝕み肉体に影響を及ぼし始めるのだとか。それを解消するには、カードの毒性を打ち消し、服用者の精神を飛躍的に高揚させる薬物を定期的に使用すればいいのだと、イストはサクソに語った。

 初めは半信半疑であったサクソも、衰えていく戦闘能力を憂いていたこともあり、薦められた薬物を試した。その結果、かつての成果を発揮できるとこがわかり、以来定期的にイストの元で摂取するようになっていた。

 しかしいいことばかりでもなかった。薬物の副作用により、日々サクソの体には激痛が走り、日常生活にも影響が及ぶようになった。

 そこで急遽当てられたのが、かつては管理局に属する病院に看護婦として勤務していたというサテラだった。

 

「まさか私が、あなたの担当になるなんで夢にも思いませんでした。管理局でも指折りの実力者とお聞きしていましたもの……怪我などとは無縁と勝手に思っていました」

「幻滅しただろう……無敵の騎士が、薬に頼らなければ立ち向かえないほどに怯えているなど」

「人間ですもの……傷つくのが怖いのは当たり前ですよ」

 

 背を向けるサクソに、サテラはせっせとタオルを動かして汗まみれの背中を拭う。サクソから向けられている嫌な感情を気にした様子もなく、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて疲弊した体を清め続けていた。

 視線をそらしていたサクソも次第に肩の力を抜き始め、背中に感じる心地よさを堪能し始める。

 すると、懸命に動かされていた手が止まり、サテラが肩からサクソの顔を覗き込んだ。

 

「少し、お出かけしませんか?」

 

 

 川沿いの並木通りは、心地の良い風が吹いていた。

 春が近づいているのか、上着が必要ないほどに温もった空気が肌に優しく、明るい日差しが髪を温める。空気でさえ、明るく澄み渡っているように見えた。

 木々の枝先についている蕾もまだ開きかけであったが、ちらほらと見える淡いピンク色の花弁が頭上を彩り、それを目当てに集まっている人の姿もあった。

 

「気持ちがいいですね!」

「……そうだな」

 

 数人がすれ違い、淡く色づき始めている並木の下を、サクソとサテラが連れ立って歩く。

 サクソは最初こそ険しい顔を浮かべていたが、サテラの満面の笑顔や予想以上の外の空気の美味さに、自然と穏やかな表情になるようになっていた。

 二人が並んで、並木の途中に設置されたベンチの上に腰掛ける。サクソは自分が暖かな風に包まれ、青空をぼんやりと眺めていると、自身の中に巣食う痛みが少し和らぐ気がした。

 だがやはり、その瞳の奥には例えようもない暗い感情が根を張っている。それに気づいたサテラは、悲しげに目を伏せて口を開いた。

 

「……後悔しておいでなのですか、あなたが部下を手にかけたことを」

「………」

「でもそれは、自我を失って襲いかかったことへの後悔じゃない…もっと早くそうできなかったことへの後悔、違いますか?」

 

 サクソはサテラを横目で見やり、少し苦しそうな眼差しを見せる。

 何も言わずとも、なぜそう思うのかという疑問に満ちていることがわかった。

 

「知ってるんですよ? あなたがあの人のために、わざと悪役になったってことぐらい」

「っ……」

「もうこれ以上、あの人に戦わせたくなかったんでしょう。自分のようになって欲しくないから……自分で自分を傷つける無茶を繰り返すあの人を、止めたかったんでしょう?」

 

 サクソは唇を噛み、サテラの姿を視界から外す。

 薬物の連続投与による暴走、そう見せかけて自らの意思でアインを手にかけたのは、確かだった。彼女を戦闘不能にし、この戦いから遠ざけるという意図もサテラの指摘通りであった。

 しかし側から見れば、負傷した相手に容赦なく銃弾を食らわせ殺しかけた狂人の所業でしかなかったはず。サテラのように好意的に解釈するのは無理があるはずであった。手をかけたアインにも、そう思われるようにしていたのだから。

 

「なぜ、わかる」

「これでも看護婦です。あれが急所を外していたことぐらいお見通しです。そして何より……戦っていたあなたはずっと、泣いていました」

 

 サテラは体を傾け、隣に座るサクソの肩にもたれかかる。震え続けている彼の手をさすり続け、慈愛に満ちた笑みを浮かべて優しく語りかけ始めた。

 

「もう…いいんじゃありませんか? ずっと他のだれかのために頑張ってきたんですもの、今くらいは……ご自分のために生きても」

「…自分のため、だと?」

 

 ぬくもりに気を取られかけていたサクソは、彼女を振り払うように立ち上がる。自分を案じる優しい声も、唾棄すべき所業を受け入れられることも、サクソ自身には受け入れられなかった。

 

「俺は戦士だ……戦い、守ることこそ俺の生きがいだ。そんな俺から戦いをとったら、一体何が残るというのだ」

「サクソ・マンダリンがいます」

 

 サテラの返答に、サクソはハッと目を見開く。背中に触れる柔らかく暖かな感触に硬直し、振り払うことができなくなる。

 サクソの大きな背中を抱きしめたサテラは、哀しみの混ざった笑みを浮かべてサクソをなだめる。どこか遠くへ行ってしまいそうな彼を、この場に引き止めるように。

 

「あなたは戦うためにここで生きているのではありません。人はみんな、生きるために戦うんです。……何も剣や銃を持って敵を倒すことだけが、戦うということではないでしょう?」

 

 サテラはサクソの正面に回り込み、戸惑うような複雑な表情を浮かべるサクソの首に手を回す。背の高い彼に、爪先で立って高さを合わせたサテラは、まるで母や姉が弟にやるように優しく髪を撫で付けた。

 

「疲れた時は………いつだって私が胸を貸してあげますから」

 

 かろうじてたち続けていたサクソの膝から力が抜け、サクソはその場に崩れ落ちる。

 どうにか涙は堪えるものの、しわくちゃになる顔はどうしようもない。おずおずといった様子で伸ばした手で、サクソはサテラの背中を抱きしめ返すと、サテラは満足げにサクソを受け入れた。

 

「……俺はもう、休んでもいいのか」

 

 甘美な誘惑に、サクソは徐々に惹き込まれていく。

 死んでいった仲間、いまもどこかでのうのうとしているクロスフォード、重傷を負ったアイン。背負ってきたものを全て投げ出してしまいそうになるほど、サクソの心は疲弊していた。

 その肩から、力が抜け始めた時だった。

 

「悪いがそれは遠慮してもらおう」

 

 場の空気を切り裂く、悪意に満ちたその声にサクソの表情が一瞬で変わる。サテラもビクンと肩を震わせ、サクソの体に回していた手に力を込めてしまっていた。

 

「余計なことをしてくれたものだ……せっかく都合のいい手駒になりそうだったのに、牙を抜こうとするとは。飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ」

 

 不機嫌そうに呟きながら、声の主であるイストはゆっくりとサクソ達の前に近づいていく。白衣のポケットに手を突っ込み、深いため息をついている彼は、道端のゴミを見るように冷たい眼差しを向けていた。

 サテラはやや顔色を悪くしながらも、サクソを抱きしめたまま庇うように体を前に出す。

 

「私はもう…この人に戦わせたくなどありません! この人がどうして、ここまで傷つかなくてはならないのですか⁉︎ ただ自分の誇りを胸に、必死に生きていたこの人が!」

「……君の意見などなんの意味もないのだよ」

 

 サテラの必死の願いを面倒臭そうにあしらおうとするイスト。もはや視界にも入れようとしない彼の態度に、サテラは怒りよりも深い悲しみを抱いた。

 無力感に苛まれている彼女をよそに、イストは相変わらずの得体のしれない笑みを浮かべてサクソを見つめた。

 

「サクソ君……君は私のようにもっと野心的な人間だと思っていたんだがね。戦う力を取り戻したかったのではないのかい?」

 

 サクソは確かめるようなイストの言葉に、気まずげな表情を浮かべて目をそらす。

 黙り込んだまま答えないサクソに、イストは心底落胆した様子で肩を落とした。目の前の人間から途端に興味が薄れ、同時にこれまで感じていた執着が消えて行く。そこらの有象無象と同じ価値に下がった男を見下ろし、イストはフッと嘲笑を浮かべた。

 

「……ハァ、しょうがない。君は本当に腑抜けてしまったようだ」

 

 イストが首をゴキゴキと鳴らし、何か体の中の枷を外すように背筋を伸ばす。その瞬間、イストの姿が大きく形を変えた。

 黒と瑠璃色に彩られた大きな体に、目玉のような模様を有した羽飾りを全身に生やした鳥の顔の異形。瑠璃色の鳥の爪を至る所から生やしたその姿は、これまで遭遇してきた不死の怪物達とは一味違う印象を与えた。

 クジャクを無理やり人型に変えたようなそのシルエットを見せつけ、異形と化したイストは鋭い剣を持ち出した。

 

「使えぬ札は……さっさと捨てなくてはね」

 

 光を反射し煌めくそれが大きく掲げられた瞬間、並木の下にいた人々がようやく異変に気づき始めた。一人が悲鳴を上げて逃げ出すと、他の人々も蜘蛛の子を散らすように走り出して行く。

 イスト、いや人間に擬態していたアンデッドの一体、孔雀の異形(ピーコックアンデッド)は彼らに目もくれず、悠々と態度でサクソとサテラに近づいて行った。

 アンデッドを前にしたサクソは震える体に叱咤し、行かせまいとするように抱き寄せてくるサテラを押しのけて前に出た。

 

「変身‼︎」

【TURN UP】

 

 デバイスを腰に当て、レバーを引いて鎧を纏うとサクソは雄叫びをあげながらピーコックアンデッドに向かって行く。

 素人目には勇ましく映るかもしれないが、彼の内心はすでに恐怖が渦巻いてしまっており、走る速度も以前とは比べ物にならない。先ほどの雄叫びも、自分の恐怖心を誤魔化すためのものでしかなかった。

 

「ウオオオオオオオオオオ‼︎」

 

 剣を携えて佇むピーコックアンデッドに振るう拳も蹴りも、硬い表皮を撃ち抜くには全く威力が足りていない。

 薬によって恐怖心が消えていたときとは異なり、気持ちが奮えていない今の彼の攻撃はどれもが不完全、避ける必要もないほどにとるに足らないものと成り果てていた。

 ピーコックアンデッドはそれを実につまらなそうに見下ろし、やがて鬱陶しくなったのか殴りつけてくるサクソの腹に膝を入れ、横に蹴り飛ばした。

 

「がはっ…‼︎」

 

 弱体化した彼はそれだけで倒れ、立ち上がれなくなるほどになっていた。システムが危険と判断したのか、自動的にベルトからスクリーンが射出されてサクソを包み込み、鎧を解除させる。

 ピーコックアンデッドはもはや振り向きもせず、青い顔で後ずさるサテラにゆっくりと近づいて行く。

 

「サテラ……! 逃げろ‼︎」

 

 サクソが必死に叫ぶも、恐怖に縛り付けられた女はまともに動くこともできない。

 カタカタと震えるその胸に、ピーコックアンデッドの剣の切っ先が突きつけられた。

 

「君の力は買っていたつもりだったんだがね……がっかりだ」

 

 そう、呆れたようにつぶやかれた直後。

 鋭く尖った剣先が、か弱き女性の胸をずぶりと貫いた。

 

「……っ、あ……」

 

 さしたる抵抗もなく、ゼリーでも貫くかのように軽く突き入れられた刃はサテラの心臓の中心をまっすぐに貫き、その機能を破壊する。

 逆流した血液がごぼりと口から漏れ、剣がめり込んだ胸にじわりじわりと赤い染みが広がって行く。胸元から腹部へ、足元へも垂れていくそれは、やがてサテラを中心に大きな赤い水たまりを作り出した。

 

「…フン」

 

 ピーコックアンデッドは無遠慮に剣を引き抜き、刃についた血液を振り払う。ドサリと倒れた元部下に一瞥もくれることなく、人間の姿に戻りながら億劫そうに元来た道を戻って行った。

 

「サテラ……サテラァ‼︎」

 

 薬でボロボロになり、激痛のやまない体を引きずり、サクソはサテラの元へ急ぐ。血だまりを気にする様子もなく這い寄り、赤く染められていく彼女の体を抱き上げた。

 ぐったりと力を抜いた彼女を揺さぶり呼びかけながら、サクソは必死に流れ出る血を止める方法を探る。しかし連絡手段を捨ててしまった現在、できることといえば、傷口に手を当てて流血を止めることぐらいだった。

 その時、伏せられていたサテラの瞼が薄く開かれた。

 

「……サク、ソ、さん」

「喋るな! 今病院に連れて行く!」

 

 か細い声で答えるサテラを抱き上げようと膝を立てるサクソだが、もはや女性一人抱え上げられないほど体は衰えてしまっている。

 人を守るべき騎士がこんなこともできなくなったのかと、サクソは自分自身を恥じ、それでも何もできないことを呪うばかりであった。

 そんな苦しみを察したのか、サテラは自身の方が衰弱しているにもかかわらず、血の気の引いた手を伸ばしてサクソの髪を撫でた。

 

「………貴方が力を求めたのは…きっと……誰も失いたくないから。力さえあれば……もっと多くの救えた人がいる。……そうやって貴方は、自分自身を責め続けた………貴方の剣が鈍ってしまったのは…きっとそのせい」

「もういい……今は…!」

 

 もう喋るなとサクソは言おうとしたが、サテラの焦点のあっていない目を視線が混じり、口を閉ざしてしまう。

 今、彼女の言葉を聞かなければ後悔すると、虫の知らせめいたものが彼の中で響いていた。

 

「そう……かもしれん。だから俺は………君を守れなかった騎士を名乗る資格など……‼︎」

「でも貴方は……私を救ってくださいました」

 

 サテラの目に、もうサクソの顔は映っていない。

 しかしその瞼には、最初に彼と出会ったときの姿が浮かび上がっていた。

 まだ管理局に入る前の、小娘でしかなかった時。家族と引き離され、炎の中を一人さ迷い歩いていた彼女の元に現れた、優しくて大きな騎士の姿を。

 

「貴方は覚えてないかもしれれないけど……私をその身で守ってくれたのは、他の誰でもない…貴方です」

 

 騎士として名を馳せた彼が、彼女に未来を与えた。

 彼の力になることが望みとなり、生きる理由になっていた。

 サクソ自身も覚えていない、それでも忘れられない〝初恋〟の思い出が、サテラの胸の中に蘇っていた。

 

「失った命は……確かにあります。でも…貴方が救った命も、確かにあるんです…! 数や重さなど関係なく……貴方は私たちを助けてくださいました………あの時、あの異形の魔の手から、私を救ってくださった貴方をーーー」

 

 細く血に濡れた手が、サクソの頬を撫でる。

 絶望の表情を浮かべる彼をなだめるように、サテラは優しく微笑みを浮かべて告げた。

 

「私はずっと……お慕い申し上げております」

「サテラ……! 俺は……俺は…‼︎」

 

 これ以上聞きたくない、と駄々をこねる子供のように首を振るサクソに、サテラは潤んだ瞳を向ける。

 もう目もよく見えなくなっている。あらゆるものが暗い闇の中に沈んで行くような感覚に陥りながら、さてらは一切の恐怖を表情に交えることなく微笑み続ける。

 自分の最期が、これ以上彼の負担とならないように。

 

「どうか……顔をお上げになってください。私の大好きな………騎士(ナイト)様」

 

 その言葉を最後に、サテラの手から力が抜けて落ちていく。慌ててサクソがサテラの顔を覗き込むと、彼女は微笑を浮かべたまま呼吸を止めていた。

 徐々に温もりが消えていく、氷のように青白くなっていく彼女の体を抱き寄せ、サクソはやがて嗚咽を漏らし始めた。

 もう、彼女はここにいない。乱暴な口調と態度で迎え、労うこともなかった自分に献身し続けてくれた彼女はもう、いなくなってしまった。

 激しい後悔と悲しみに苛まれ続ける哀れな騎士は、ポタポタと雫を垂らしながら震える声をこぼした。

 

「サテラァァ……‼︎」

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