【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
それが体の中を駆け巡ったのは、朝日が昇る寸前の明け方のことであった。
虫の知らせと言うべきか、己の体の奥にある本能的なものが警鐘を鳴らし、アインの目を強制的に覚まさせた。
「………⁉︎」
勢いよく体を起こすと途端に全身に、特に腹部に強く走る激痛に顔をしかめ、小さく背中を丸めるが、どうにかそれを押さえ込んで目を開ける。
周囲を見渡してみても、特に自分の害になるものは見当たらない。敵の殺気を受けたのであれば、もっとはっきりとした感覚を覚えるはずであるが、それとは異なる感覚であった。
「なんだ、今のは……!」
かけられていたボロ布を外し、膝立ちになるアイン。直ぐ近くには燃え尽きた焚き火の跡が残っていたが、昨晩までその前に腰をおろしていた男の姿は見えなかった。
アインは小さくため息をつくと、痛みをこらえながら立ち上がり、首から下がったままのスペード型のペンダントを手にする。異常がないことを確認すると、合図をするように相棒の表面を叩き、何もない砂利の方に向けて放り投げた。
「…世話になったな」
意味もなく、この場にいない恩人に対して礼を言うと、アインは一瞬のうちにバイクへ変形した相棒の上にまたがり、発進させる。
あっという間に遠く離れていく、つい先日まで重症で動けずにいた女騎士の背中を見やり、木陰に身を隠していたハジメは深いため息をついた。
「……すでに死んでいてもおかしくない体でも戦おうというのだから、あの女には呆れる他にないな」
実に愚かしいという感想とともに、そうでなければ面白くないという安堵が彼の中にはあった。
ミッドチルダ中心部、クラナガン。
地上本部がある都市は今、多くの人々の悲鳴が響き渡っていた。本来は賑やかに人が闊歩しているはずの往来のど真ん中には、背中から黒い翼を生やした異形の姿があったからだ。
金の皮膚の上に漆黒の鎧を重ね、猛禽類特有の鋭い目と曲がった嘴の仮面をつけた、大柄な人型の異形。両腕には二列に並んだ巨大な刃を備え、人々を追い立てるように堂々と歩む。
悠々と歩く異形の前半身で突如、色とりどりの魔力の弾丸が炸裂する。道路を塞ぐように陣取り、ストレージデバイスを構えた武装隊の魔導師たちが、どう見ても人間に友好的とは思えない異形に対して攻撃を行っていた。
すでに非殺傷設定の解除の許可は降りていて、人間であれば一撃で仕留められるほどの威力の魔力団が一斉に襲いかかる。しかし鷲に似た異形には動じた様子もなく、体の表面で始める魔力の爆発に目を細めた。
「……鬱陶しい」
苛立ちのこもった声で、
魔力弾の雨を真正面から受けながらおもむろに片手をあげると、降り注ぐそれらを振り払うように薙ぎ払う。途端に発生した暴風が魔力弾をかき消し、斬り裂き、局員たちを木の葉のように軽々と吹き飛ばした。
「ぐわああああああああ⁉︎」
「貴様等に用はない……失せろ人間ども」
一気に隊列が崩れ、局員たちはそれぞれ天高く巻き上げられ、周囲の建物の壁や屋根に叩きつけられ、昏倒させられていった。運良く激突を免れた者も盛大に地面を転がされ、平衡感覚を失って立ち上がることもできなくなった。
何よりも魔法の一切が効いた様子のない怪物を前にして、若く経験の浅い局員たちはすでに逆らう意思を失ってしまっていた。
そこに颯爽と現れたのは、青いスペードの意匠のバイクを駆る背の高い女性のライダー。ヘルメットを脱ぎ捨てた彼女は、ついに首都付近で被害を出し始めた異形に向けて怒りの眼差しを向けた。
「アンデッド……またあの男の支配下か!」
幸いまだ、民間人に被害が出ている様子はない。しかし訓練された武装隊員たちがこうもあっさりと鎮圧されている光景に、アインは焦燥に近いものを感じる。
己の体はまだ全快とは言えないものの、ここで引けばいつまた民間人に被害者が現れるかわかったものではない。移動中にもずっと激痛が走っていた四肢に叱咤し、苦痛を誤魔化しながらアインはデバイスとカードを取り出し、腰に装着した。
「変身‼︎ ハァアアア‼︎」
レバーを引き、目前に現れたスクリーンを通り抜けて鎧を纏ったアインは、雄叫びとともに剣を振りかぶる。静かに佇んでいるイーグルアンデッドが構えた刃と激突すると、武装隊員から引き剥がすように一気に突進を開始した。
地面に倒れ伏し、かろうじて意識を保っていた武装隊員の一人は、自分たちを守るように背を向けている紫紺の騎士の姿に目を丸くし、ついでチラリと見えた横顔に大きく見開いた。
「⁉︎ ケンザキ⁉︎ お前こんなところで何やって……‼︎」
同じ地上本部に勤務する、しかしここ最近は別の部署に移ったとかで顔を見ることがなくなっていた同僚が、見たことのないデバイスを使って異形と戦っていると言う光景に戸惑いの声をあげる。
イーグルアンデッドと鍔迫り合いになりながら、見知った顔ぶれにどう説明したものかとアインは顔をしかめる。
唇を噛んで黙り込むアインの前で、イーグルアンデッドは小さく唸り声をあげたかと思うと、先ほどのような暴風を巻き起こしてアインをはじき返した。
「どわあああああ⁉︎」
不意打ち気味に暴風に巻き込まれた局員は、為すすべもなく空を舞って街路樹の葉の中に突っ込む。気を失ったのか、彼はそのままピクリとも動かなくなってしまった。
一方で暴風の直撃を真正面から受けたアインは、吹き飛ばされないように地面に剣を突き立てて耐えていた。地割れのように剣が引きずられてできた溝をみれば、イーグルアンデッドの放った暴風の威力の凄まじさがわかると言うものである。
退場することなくその場にとどまっているアインの姿に、イーグルアンデッドは多少の興味を持ったようだが、冷たく見下すような視線が変わることはなかった。
「邪魔だ女……怪我をしたくなければさっさと去れ」
「…⁉︎」
アインは不意に耳に届いた声に大きく目を瞠る。今のは間違いなく、目の前の異形の口元から聞こえてきた
これまで戦ってきたアンデッドに対して、アインはただの人に似た形の化け物と言う認識しか持ち合わせていなかった。
しかしそんな印象を軽く吹き飛ばすほどの事実が、目の前の存在によって示された。明らかにこの異形は、他の異形とは格が違うのだと実感させられた。
「出てこい、ジョーカー……決着をつけようぞ」
呆然と立ち尽くしていたアインは、イーグルアンデッドが口にした聞きなれない
思い浮かぶのは、ライダーシステムに使用されるアンデッドを封印したラウズカード。デバイスとともに渡されたそれらは確か、トランプに似たデザインになっていた。
ジョーカーと呼ばれる人物か存在は、ラウズカードと何か関係があるのだろうか、そんな考えが頭に浮かんだ。
「お前たちは…何を求めている? 何をしにここへ現れた」
「なんのためだと? 知れたこと……以前の借りを返し、奴と再戦するためだ!」
呼吸も荒く尋ねるアインに、イーグルアンデッドは冷笑しながら高らかに告げる。気高き翼を宿した異形は、まだ見えぬ再戦の時を待ち望むように、あるいは天に座す力を渇望するように天を仰ぎ、よく通る野太い声で吠えた。
「この大戦、今度こそ我が血に支配者の力を取り込む! 邪魔をするのなら……お前も倒す!」
「ハジメの言っていた、バトルロイヤルというやつか……」
嘘か本当かはわからない、太鼓の昔にあったという世界の支配者を決めるために執り行われた殺し合い。半ば伝説か何かのようなその話は、どうやら少なくともハジメだけが知っている与太話ではないようだ。
アインは眉間にしわを寄せながらも、やがて口元をニヤリと不敵に歪める。アンデッドがその殺し合いに参加する資格を持っているというのなら、彼らを何体も封印してきた自分にはないのは如何なものかと。
「生憎だがお前の相手は私だ…なぁに、落胆はさせんさ」
「……邪魔だと言ったはずだ」
剣の切っ先を向け、挑発的な笑みを浮かべるアインに、イーグルアンデッドは苛立ちを込めた目を向ける。種の存亡をかけた殺し合いに神聖さを求めているような人格ゆえ、本来部外者であるはずのアインが挑戦しようとしていることが気に食わないのかもしれない。
完全に自分を邪魔者としか認識していない異形を前にしながら、両手で剣を構えたアインは全身から闘気を迸らせた。
「支配者の力とやらがどんなものかはよくわからんが……とりあえずお前たちが争い合うのは何かしらの報酬目的のようだな。私はその辺の事情に疎いんだ……是が非でも聞かせてもらうぞ‼︎」
「ほざけ!」
ついにイーグルアンデッドは激昂し、アインに向けて鋭い二列の刃を薙ぐ。大気が斬り裂枯れる甲高い笛のような音が響き渡り、刃がアインが掲げた剣と激突した。
激しい火花を散らせ、アインは剣を構えたまま吹き飛ばされる。本来であれば耐えられたはずの威力も、傷を負って衰弱したいまの彼女では受け流すこともできなかった。
冷や汗を流しながらも、足を滑らせて踏みとどまったアインに、イーグルアンデッドは次々に斬撃を浴びせかけていく。金属同士がぶつかり合う嫌な音が響き渡り、連続する衝撃にアインの表情も険しくなり始めた。
「がふっ⁉︎」
限界を迎えたのか、剣を弾かれて構えを解かれたアインの腹にイーグルアンデッドの膝が食い込んだ。軽く宙を浮いたアインはさらに殴り飛ばされ、建物の壁に激突してうつ伏せに倒れこんだ。
痛みにうずくまるアインの肌を覆う包帯から、じわりじわりと赤い染みが広がっていく。たった二発で傷が開きかけている女騎士を横目に、イーグルアンデッドは面倒臭そうに鼻で笑った。
「フン…鈍に用はない。なんだお前のその剣は? 外見ばかり取り繕って肝心の芯がないではないか! こんな粗末なものでお前は俺の前に立っているというのか⁉︎ 笑わせる‼︎」
自信満々に自分の前に立ちはだかったかと思えば、見てくれだけ立派なただの雑魚であったことに心底落胆させられていた。
イーグルアンデッドは苛立っていた。女騎士が秘めた力は本物だ、しかしそれを操る魂が翳ってしまっている。そんな不完全な状態で無様に命を取らそうとしている女騎士が、聖なる戦いを侮辱しているようにしか思えなかったのだ。
「そんな鈍を振り回して何を望む⁉︎ 何を理由にそんな無様な様を晒し続ける⁉︎ 俺の邪魔をするというのなら、答えてみせろ‼︎」
イーグルアンデッドの言葉に、アインは答えない。
血の滲む体を無理やり起こし、剣を杖代わりに突き立ててよろよろと立ち上がる。生まれたての子馬の方がよほど頼もしく見えるほどに弱り切ったその姿は、痛々しいだけであった。
「無いと言うのなら…………ここで果てろ」
ギラリと陽光を反射する凶刃を前にして、アインは前髪で顔を伏せたまま立ち尽くすだけであった。
突如始まった女騎士と鷲の異形の戦いを、椅子とは少し離れたビルの上で面白そうに観察していた。
邪魔と判断し、信頼する上司に無情に始末されたはずの女が、満身創痍の状態で再び戦場に姿を現したのだから。そのような状況に、狂人であるイストが興味を抱かないはずがなかった。
「おお、あの女あれだけの負傷を負いながらまだ立つか。実に興味深いな……あの男よりもあの女の方が駒として役に立ちそうだ」
つい最近捨てた役立たずの人間のことを思い返し、比べるのもおこがましいほどの大きな力を持った女に羨望の眼差しを送る。
苦戦してはいるが、今の所カテゴリーJのイーグルアンデッドを相手に目立った傷も負うことなく生き延びている。負傷による膂力や機動力の低下を自身の経験で補っているのだろうか、格上を相手によくもあれだけ渡り合えるものだと感心するばかりであった。
「あれだけの力……そしてあれだけの美貌……年甲斐もなく欲しくなってしまうじゃないか」
しかし仲間の喪失や上司の裏切りにあっても保たれている強靭過ぎる精神は邪魔だった。あの女騎士の心を折り、屈服させない限りは思うままに操れる手駒は作れそうにない。
どうしたものかと首を傾げ、しかしどれだけ残忍な手で痛めつければうまく行くかと楽しそうに考え込む人間に化けた異形。
その表情が不意に、不機嫌そうに歪められた。
「……今更君が何の用だ。牙の折れた獣に興味はないんだけどね」
「……お前になくとも、俺にはある」
背後に音もなくたった覚えのある気配に、イストは面倒臭そうにため息をついた。
何やら大事そうに守ろうとしていた女を目の前で処分し、逆らう気も立ち上がる気もなくなるぐらいに精神を責めてやったつもりだったのに、まだ向かってくる意思があったのか、と呆れる他にない。
「……しょうがないな」
実に億劫そうに、イストは立ち上がって背後に立った男、サクソに向き直る。異形の姿へと変わりながら、気だるげに持ち上げた剣で肩をトントンと叩いた。
「壊れるまで遊んであげるよ」
向けられる残虐で冷酷な目を前にしながら、サクソは無言のままデバイスにカードを挿入し、腰の前に当てて装着する。不思議な音を奏でさせ、騎士はゆっくりと構えを取る。
今の彼には何も無い。無くして奪われて壊れて、そしてついには自分で捨ててしまった。数え切れない傷と痛みを抱えた彼は心も体もボロボロで、立っているだけでも奇跡のような状態であるのに。
異形に向けられる彼の目は、まだ死んではいなかった。
「変身」
【TURN UP】
デバイスのレバーを引き、射出された鍬形虫が描かれたスクリーンがサクソを待つ。ゆっくりと足を踏み入れた彼の体にスクリーンがまとわりつき、その体に分厚く無骨な鎧を装着させる。
赤い血潮の色のライダースーツに、機械的でありながら神々しい輝きを放つ銀の装甲。天に向かって伸びる二本の牙の下には、どこか悲しげに垂れた翠の眼が並ぶ。
硬き
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎」
その拳に、以前のような迷いは一切混じっていなかった。
無数の金属音が鳴り響き、血飛沫が舞う。大量の紅とそれに微量に混じる緑が辺りに飛び散り、周囲の地面や壁にグロテスクな模様をあしらう。
刃で大きく撥ね飛ばされながら、アインはひび割れた地面を跳ねて体勢を立て直し、再び剣を構えて突撃した。
「………なぜ立ち上がる」
突き出される剣先を防ぎながら、イーグルアンデッドはわずかに目を見開いて呟く。
かれこれ十数分は、そして数十回はこの攻防は繰り返されている。その間にアインについた傷は数えきれず、流れた血の量も計り知れない。イーグルアンデッドの体にも傷はつけられていたが、アインのものに比べれば微々たるものである。
とうに限界を超えているはずなのに、未だ己の足で立ち上がって向かってくる人間の女を前に、イーグルアンデッドは驚愕よりも恐怖を感じていた。
「それほどの恥を晒し、血反吐を吐き、死にかけの体を引きずり、なぜお前は立ち上がる⁉︎ 何がお前をそこまで駆り立てる⁉︎ そうまでしてなぜ戦う⁉︎」
アインの横顔を張り倒し、荒い呼吸のために肩を上下させながら、イーグルアンデッドは戦慄の眼差しを向ける。
この女はただの人間ではない、得体のしれない何かを抱えた化け物のような女だ。アインの中にある底知れない何かがわからず、イーグルアンデッドは先ほどとは打って変わって必要以上の警戒を向けていた。
ブルブルと震える膝を押さえつけ、立ち上がったアインはやがて小さく口を開いた。
「私が………戦う理由」
その問いは、いつだったか別の相手に尋ねられたことがあった。裏切られ、奪われ、失くし続けてきたというのに、なぜ自分の体は立ち上がろうとするのか、戦おうとするのか、あやふやなまま剣を降り続けてきた。
それはこれまでのアインにとって、呪いのようなものだったのかも知れない。信じてきたものが壊れ、積み重ねてきたもの全てが否定された自分自身を保つための、一種の現実逃避のようなものだったのかも知れない。
「―――そんなもの決まっている」
だが、今は違った。ハジメに問われた時から求め続けた答えが、今はすぐ目の前に見えていた。
見下ろしてくるイーグルアンデッドに向けて、アインの渾身の斬撃が襲いかかる。鋭く急所を狙ったそれは片腕の刃で防がれたが、その威力はイーグルアンデッドの巨体を浮かせ、真後ろに後退させるほどであった。
「私は全てを失った……!」
驚愕で大きく目を見開くイーグルアンデッドに向けて、次々に刺突が食らいつく。弾丸のように無数に放たれる鋭い突きはイーグルアンデッドの防御を易々と抜き、夥しい数の傷を刻み込んでいく。
「信じるべき正義も! 大切な仲間も! 帰る場所も! なにもかも‼︎」
たまらず後ずさるイーグルアンデッドだが、それを追うアインの方が何倍も早かった。地面を踏みしめ、高く跳躍したアインの右脚が大きく振り上げられ、イーグルアンデッドの首に叩きつけられる。
人間相手であれば容赦無く骨をへし折っていたであろう一撃を受け、イーグルアンデッドは耐えるだけでせいいっぱいになっていた。
「だが……こんな私にも、まだ残っているものはあったんだ」
ブレイラウザーを握りしめるアインの手がブルブルと震える。
戦うことしか脳がないのに、大事なものを守ることができなかった役立たず。肝心なときに務めを果たせないこの体に果たして価値はあるのかと自問することさえあった。
それでもやはり、立ち向かわないわけにはいかない。己が守るべきものは、救い出すべきものは残っているのだから。
「私の大切なものは……これ以上誰にも奪わせない‼︎」
怒涛の斬撃の嵐がイーグルアンデッドに襲いかかる。つい数分前とは段違いの威力と速度の剣が振り抜かれ、異形の外皮を切り裂き毒々しい緑の血飛沫を飛び散らせる。
まるでブレていた芯がまっすぐに張り直され、より強固に固定されたかのような安定した力が、今のアインからは解放されていた。
「これ以上この手から取りこぼしたりはしない‼︎」
必死に応戦するイーグルアンデッドは気づく、アインの目の眩しいほどの強い輝きに。他の何ものも自分の瞳に映すことはなく、イーグルアンデッドだけを討ち取るべき敵と見据えていた。
「私は、私が後悔しない未来を選ぶ‼︎ その道を阻むものは、纏めて薙ぎ払う‼︎」
アインの激しい感情が荒ぶる雷を発生させる。全身から迸る雷電は剣へと収束し、嵐のように渦巻いて徐々に威力を増していく。
周囲の風までもを巻き込み、アインを中心とした暴風が生み出され激しい雷鳴と風切り音を轟かせた。怒りによる暴走などではない、己の意思によって現れた雷を剣へと集めた、アインの持つ奥義の一つだった。
「これが、私の答えだ‼︎」
立ち尽くすイーグルアンデッドに向けて、大規模な砲撃魔法にも匹敵する威力の雷の暴風が放たれる。地面のアスファルトさえも砕くその一撃が、真正面からイーグルアンデッドを飲み込んだ。
凄まじい威力を誇る暴風の発現を、離れた建物の影から見守っていたハジメが息を呑みながら凝視する。瞬きをも忘れさせるほどのその力は、以前のアインであれば考えられないほどの強さを秘めていた。
「……愛……それがお前の強さか、ケンザキ」
それを為させたアインの中の力の源を、ハジメは真剣な表情で察する。確かな強者の力を見せたアインに向けられるハジメの眼差しは、少しずつ変わり始めていた。
それは、彼にとっても同じであった。
「……鈍が、ようやくまともに切れ味を取り戻したか」
全身に傷をつけ、緑の血を流しながら立っているイーグルアンデッドもまた、アインをまっすぐに見つめ返していた。
下等な種族と見下すことも、戦いに横槍を入れる邪魔者と蔑むこともない、ただ一人の戦士として、アインと真正面から相対していた。
「いいだろう……貴様を我が敵と認めてやる! 我が名はイグニス・プラトー、誇り高き翼の種の祖‼︎ 名乗られよ‼︎」
「時空管理局陸曹長、アイン・
「来い‼︎」
互いの得物から滴り落ちた赤と緑の雫が、足元にできた血だまりに波紋を生じさせたのを合図に、騎士と異形は激突した。
「うおおおおおおおおお‼︎」
凄まじい雄叫びとともに、サクソの拳がピーコックアンデッドの頬に突き刺さる。魔法の付与もラウズカードによる威力の底上げも行われていないにもかかわらず、騎士の放った一撃はたやすく異形の巨体を吹き飛ばした。
口から緑の血を吐き、盛大に地面を転がるピーコックアンデッドは驚愕に目を白黒させ、追撃を加えようと向かってくるサクソを凝視していた。
「くっ……これは、どういうことだ⁉︎」
すぐさま立ち上がって拳打を受け止めるが、込められた拳の強さに押されて防御が崩され、また胴体に重い一撃を食らわされる始末。
心を折られ、再起不能になった役立たずどころか、薬に頼っていた以前の状態をを上回る力を発揮しているサクソに、ピーコックアンデッドは訳もわからずやられるだけであった。
「貴様はもはや戦う力などもうないほどに落ちぶれていたはず! 薬の反動で日常生活さえまともにこなせなくなるほど弱っていたはず……なのになぜ⁉︎」
理解の範疇を超えた状況に、ピーコックアンデッドはもはやまともな思考など働かない。かろうじて不死の体が猛攻を受け止めてはいるが、おそるべき勢いで攻め立ててくるサクソの拳を前にしては紙の鎧を纏っているも等しかった。
―――……君との思い出は数えるほどしかないのに、
君を思い出させるものは……数え切れないほどある。
そしてなにより……なにより―――君の笑顔が忘れられない。
拳の一撃一撃が異形の体を撃ち抜くたびに、サクソの脳裏には懐かしい記憶と、当時の素直な感情が蘇ってくる。
衰えていく己の力を目の当たりにし、精神的に衰弱し始めたサクソを検診的に励まし、見守ってくれていたたった一人の女性。彼女の笑顔が、頭から離れない。
巻き込んでしまう形で、その命を儚く散らしてしまった彼女は、最後までサクソを案じながら事切れた。
―――遅いかな……今頃になっていうのも。俺は……俺は―――
そんな彼女に、いつしかサクソは特別な感情を抱いていた。
しかしそれを認めるには彼は非常に不安定で、受け入れることに対して臆病になっていた。また、失うことが怖かったから。
しかし、それを恐れる気持ちはサクソの胸の内のどこにも残ってはいなかった。
サクソには見えない位置で、アインは剣を振るい続ける。もう二度と大切なものを奪わせない、その覚悟を示すために。
失い続けてきた二人の騎士は、一度はくじけかけながらも再び立ち上がった。鈍へと堕ちた自らを情念の炎で熱し、打ち付ける逆境の金槌を受け入れ、鍛え直した。
もう一度、スタートラインに立つために。
「あああああああああああああ‼︎」
「オオオオオオオオオオオオオ‼︎」
相対する異形を殴り飛ばし、アインとサクソはそれぞれの武器を展開させ、三枚のラウズカードを抜き出す。
スロットにカードを差し込み、切り裂くようにスライドさせ、まだ試したことがない新たな力の組み合わせを発動させた。
【
【
サクソの体が
アインは剣を地面に突き立て、剣の柄を足場にして高く跳躍すると、イーグルアンデッドに向けて稲妻を纏う右足を突き出した。
その時、奇しくも高く跳躍した二人の姿が交差し、互いに背後を預けながら己の敵を担うかのような構図が出来上がっていた。
「ウェエエエエエエエエエエエイ‼︎」
「サテラァァァァァァァァァァァ‼︎」
それぞれの覚悟の雄叫びとともに、騎士たちの全力全開の一撃が炸裂する。アインの飛び蹴りがイーグルアンデッドの胸を貫き、サクソの踵落としがピーコックアンデッドの両肩を叩き折る。
稲妻と業火が二体の異形を貫き、凄まじい力で飲み込んでいく。肉が裂け、焼き焦がされる嫌な音が辺りに響き渡り、異形たちは大きく体を震えさせると、やがて仰向けに倒れた。
「見事だ……アルデブラント」
自らが認めた好敵手の一撃を、イーグルアンデッドが讃える。敗北はしたものの、全力で望む戦いを全うできた誇り高き異形の戦士はどこか満足げに見えた。
しばらくもがき続けていたピーコックアンデッドも、やがてその表情に酷薄な笑みを浮かべて力を抜いた。彼が見つめる先にいるのは、空のラウズカードを抜いたサクソだ。
「ああ、実に楽しみだ…光を取り戻した君が、再び絶望に落ちていくその瞬間が」
アインとサクソが同時に投擲したカードが、それぞれの担うアンデッドの胸に突き刺さる。緑色の光に包まれ、吸収されながらもピーコックアンデッドーーーイストの顔から、気味の悪い笑みは消えることはなかった。
「近くで見られないのが残念だ………‼︎」
その姿が完全に消え去り、役目を終えたカードがひとりでに騎士たちの元へと戻っていく。難なく受け取ったアインは、そこでようやくいつの間にか同じ場所で戦っていたサクソに目を向けた。
最後に会った時とは違う、理性を保ったまま立ち尽くしているサクソの姿を見て、アインの胸中に様々な感情が湧き上がる。安堵、怒り、喜び、疑惑、様々な感情が混ざりあっていて、どれもがうまくまとまってくれない。
「……陸尉……」
しかしそれを伝える暇もなく、アインの意識は唐突に闇に飲まれてしまった。血を失いすぎたのか、疲労が限界に達したのか、あるいはその両方か、アインはゆっくりと体を傾がせながら、静かに目を閉じた。
「! ケンザキ!」
「アルデブラント!」
駆け寄ってくる二人の男の声を最後に、アインは意識を手放した。