【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
「……まさか、貴様がまた立ち上がるとはな」
パチン、と火花が弾ける。ハジメは昨晩使っていた河原の一角で火を焚き、傍にアインを寝かせてあぐらをかくと、無言で座り込むサクソと向かい合う。
それとなくアインとの距離を取らせているのは、サクソに対する信用度の低さによるものか。それとも別の負の感情によるものか、向けられる視線はかなり厳しいものであった。
「どういう心境の変化だ」
「………もうこれ以上、失いたくないと思っただけだ。いや、これより後ろに引けなくなったと言うべきか」
「不退転の覚悟か……潔いが、こう遅いと少々情けないな」
「……わかっている。気づくのが、あまりに遅すぎた」
サクソは憑き物が取れたかのような穏やかな表情ではあるが、行き過ぎて自嘲気味な笑みが浮かんでいるように見える。理由があろうとも、自分の部下を戦線離脱させるために散々痛めつけた事を気にしているらしい。
その理由も、やむを得ない事情ではなく自分の心の弱さに起因するもの、本来であればこうして再び向き合うこともできないはずであった。
「………アイゴ・ハジメ…だったな」
「ああ」
サクソは皮肉げに自分自身を鼻で笑うと、アインを守るようにそばに控えているハジメに訝しげな視線を向ける。彼の顔はまだ見たことはなかったが、イストのもとで得た情報から彼が何者かは検討がついている。
目的も明らかにせず、アンデッドとの戦いに自ら身を投じる彼がアインを案じている理由がわからず、首をかしげる他にない。
「……お前は、なぜこの戦いに身を投じる? イストは確か、この戦いに勝ち抜くための手駒が欲しいと言っていた。戦いとは誰とのものだ、勝ち残った先で何がある?」
「お前たちはどうも、余計な詮索が大好きなやつらのようだな」
深いため息をつき、ハジメは目を細めてサクソを睨む。今すぐに戦闘を開始するほど敵意に溢れているわけではないようだが、相変わらず人間に対してはいい感情は抱いていないらしい。
しかしすぐそばで眠り続けるアインにちらりと視線を向けると、しばらく考え込んでから肩をすくめた。
「……この女の根性に免じて、一つだけ教えてやる。俺は報酬が欲しくて戦うのではない、本能のままに敵を欲しているだけだ。……まぁ、好敵手のうちの一体はこいつに取られてしまったがな」
この女が無理をしたために開いた傷はもう塞がれているようだが、流れた血はすぐには戻らないために、数日は目を覚まさないだろう。
アインの顔にかかっている前髪を優しくどかし、仕方がないなという風にため息をつくハジメに、サクソは戸惑ったように眉を寄せる。
ハジメがアインに向け始めている感情を察しかけた時、ハジメは立ち上がってサクソに背を向けた。もうその横顔にアインに向けていたような穏やかさは消え、覇気で張り詰めた冷たい表情を浮かべていた。
「そして心しておけ。お前たちが正義を自称する管理局とやらの騎士であることを貫くなら……いずれ俺とは殺しあう仲だ」
「……それは、どういう」
「いずれ分かる。………じゃあな、その女には、次に会うときまでには傷を癒しておけと伝えておけ」
そう言い置き、ハジメは夜闇の中に姿を消していく。砂利を踏みしめる足音が徐々に聞こえなくなっていくのを見送りながら、サクソは神妙な顔でアインを見やった。
アインの窮地を救い、偉業との戦いに身を投じる彼の男が残した不穏な言葉。それがサクソの中で何度も繰り返され、胸の内に波紋を生じさせる。
最強と謳われるアインでさえも苦戦する異形が暴れまわるこの事態に、さらに何が加わるのだろうか。
「……一体この世界に、何が起こると言うのだ」
「私も知りたいですねぇ…?」
何気なしに呟かれたサクソの言葉。虚空を見つめて座り込んでいたサクソはしばらく黙っていたが、その場にあるはずのない声にハッと目を見開いた。
ブワッと冷や汗が吹き出し、背後に感じる何者かの気配にガタガタと肩を震わせる。聞き覚えのある声は、恐ろしいほどの冷気を伴ってサクソを包み込んでいた。
「誰かさんの当て馬をおびき寄せるために人質にされた挙句親友を殺されかけて、その上今の今までほったらかしにしてまでしなければならない大事なお話について……‼︎」
闇世の中で、キラリと焚き火の光を反射する緑の瞳。口元はにっこりと笑みを浮かべているのに、光を放つその目は微塵も笑ってはいなかった。
慌てて振り向いたサクソは、すぐ目の前で佇んでいる緑の髪の女がゆっくりと片手を振りかぶるのを目にし、ギョッと息を飲んだ。
「ま、待……!」
狼狽しながらも、両手のひらを前に出して言いつくろおうとするサクソだが、もう遅い。
その数秒後、空気が破裂するような乾いた音が闇世の中でこだました。
「……すまなかった、ハラオウン嬢」
頬に大きなモミジの模様をつけたサクソが、むすっとした表情で座るリンディに頭を下げる。
明らかに不機嫌さを隠そうともしないリンディは、奇しくもハジメと同じようにアインとサクソの間に入って、壁役となっている。恐ろしい勢いでサクソの信用が落ちていた。
「アインの容体は……どうなんですか」
「命に別状はないが、しばらくは動かない方がいいだろう。…俺が言うのもなんだが、こいつはあまりに傷を受けすぎている」
不安げな表情でリンディが尋ねると、サクソは眉間にしわを寄せてアインの容体を伝える。自分が傷つくことに、死ぬことさえも躊躇わないような突撃を繰り返す部下など、サクソにとっては頭痛の種でしかなかった。
リンディもアインのそう言う欠点を熟知しているのか、悲しげに目を伏せて唇を噛んでいた。
「ホント……仕方がない子なんだから」
「…………今回ばかりは言い訳のしようもないよ、リンディ」
その時、何気無しに呟かれてリンディの声に、不意に答える声があった。
ハッと目を見開いたリンディは、薄く瞼を開いたアインが虚ろな目を向けてきていることにようやく気づいた。視界が定まっていないのか焦点がずれているようだったが、少なくとも意識ははっきりとしているようだ。
「アイン……!」
あっけにとられていたリンディは、やがてその目に涙を溜め、感極まった様子でアインにすがりついた。抱きつかれて痛みが走るアインだったが、心配をかけた側として黙ってその痛みをこらえ、抱擁を受け止めた。
しばらくするとリンディは、泣きじゃくりながらアインの胸を叩く。八つ当たりでもするように、ゴスゴスと自分の怒りや苛立ちをぶつけ始めた。
「このバカ! こんなにボロボロになって……私のことなんか放っておけばよかったのよ!」
そう痛くはないが体に衝撃が響く不快感に顔をしかめるアインは、リンディの口にしたやや無茶苦茶なセリフに目を細める。
「そんなことを本気で言っているのなら、私はお前と絶交するぞ」
「ええいいわよ絶交で! こんなにボロボロになるくらいなら友達なんてやめてやるわよ!」
「……悪かった。嘘だ」
「バカ……」
降参とでもいうように肩をすくめると、アインはリンディの手を借りて上半身を起こす。体は異常にだるいが、寝転んだままでは会話もしづらかったために少しだけ無理をした。
サクソは関係者がようやく集まったことを確認し、改めて二人に向き直った。
「それでハラオウン、どうやってイストの元から逃げ出せたんだ? もう奴は封印したとはいえ、警備も厳重だったはず……」
「…………」
「ハラオウン?」
サクソが尋ねても、リンディはそっぽを向いたまま貝のように口を閉ざしている。単に聞いていないのではなく、サクソの話を微塵も聞く気がないようだった。
戸惑うサクソに代わって、リンディの心境を察したアインがため息をついてから口を開いた。
「リンディ、どういうことか説明してくれ」
「助けてくれた人がいるのよ……その人が、この事件についてかなり詳しいことを教えてくれたの」
神妙な顔で、リンディは自分に起こったことを思い出す。
アインを戦場に縛り付ける枷として捕らえられ、暗い独房に入れられていた彼女は、なんとか脱出する方法がないかと試行錯誤を繰り返した。
しかしもともと戦闘向きの魔導師ではない上、自分がいる正確な位置も把握できずにいたために逃げることができなかった。
そんな時、独房の壁を破壊して現れた人物がいたのだという。警戒するリンディに対しいて彼は忠告だけすると、リンディを安全な場所に連れ出してどこかへ去ってしまった。
その時に言われたことこそが、事件の根幹に関わる重要な情報であったのだ。
「それは一体どんなことだ⁉︎ 頼む! 教えてくれ!」
「…………」
「リンディ、そろそろ陸尉をいじめるのはやめてやれ」
「……こんな人、無視してもいいじゃないの」
「駄目だ。重要な関係者の一人なのは間違いない……まぁ、私も許してはいないが」
唇を尖らせてぼやくリンディにアインは苦笑しながら促す。問答無用で殺されかかったことに対する怒りはもちろんあるが、今は私情よりも優先すべき事柄がある。
暗い顔で視線を背けるサクソを見ないふりをし、アインはリンディに向き直った。
「で? その助けてくれた人というのは……」
「ここにおられたか」
尋ねかけたアインの耳に、聞き覚えのない声が届いた。
思わず身構えるアインやサクソの目に、暗闇の中から姿を見せた一人の男の姿が映った。大柄ながら、穏やかな印象を抱かせる顔つきの民族衣装に似た格好をした男は、アインたちの警戒を察してか少し距離をとって立ち止まった。
すると男の顔を見たリンディは、ホッとした容姿で肩の力を抜いた。
「シーマさん…」
「……ということは、彼が?」
先ほど聞いた恩人のことを思い出し、アインもまた警戒と緊張を解く。
サクソはまだデバイスに手をつけていたが、アインやリンディの視線を受けて渋々手を離す。敵意が薄まったことで、シーマと呼ばれた男はようやく近づき、焚き火の前で腰を下ろした。
「お初にお目にかかる……私はシーマ。クロスボード氏に依頼され、遣いとしてやってきました」
「遣い? お前が局長の?」
毅然とした態度のまま名乗ったシーマという男に、アインとリンディは思わず眉を寄せる。ケインズの名を聞き腰を上げかけたサクソほどではないが、行方不明のままのケインズが寄越したと聞かされては不審感も生じるものである。
シーマは三人の反応を予測していたのか表情を変えることはなく、深いため息をついて目を伏せた。
「私が何者なのか……これをご覧になれば分かるはずです」
覚悟を決めたように顔をあげたシーマがそう言った瞬間、彼の姿がぐにゃりと歪んだ。ざわつくアインたちをよそに、シーマの影がみるみるうちに変化していく。
刺々しい紫の体を黒い外殻が覆い、肩甲骨のあたりからは左右に二本ずつの突起が生える。黒と橙のそれはまさしく蜘蛛の脚であり、同じようなものが右手首からも生える。兜のような外殻を被った顔は悪魔のように凶悪な形相をしていて、バイザーのような半透明の膜が覆っていた。
異様な迫力を醸し出す姿へと変わったシーマは、見た目とは裏腹の穏やかな声を発した。
「これが私の本来の姿ーーータランチュラアンデッドとしての姿です」
「タランチュラ……アンデッドだと⁉︎」
アインたちと敵対しているはずの異形、それもイーグルアンデッドやピーコックアンデッドのような上位の力を感じさせる存在を前にし、アインたちは迂闊に間合いに入られたことを後悔していた。
しかしシーマは彼女たちを安心させるようにすぐに人間の姿へと戻る。それでも警戒を解けないアインたちを前に、シーマは堂々とした態度で座ったままでいた。
リンディやサクソは顔を強張らせたまま身構えていたが、敵意がないことを察したアインは深い息をついてから緊張を解いた。構えもしないシーマの度胸に圧されたのかもしれない。
「……なぜアンデッドの貴様が、人間であるクロスボードの依頼を受ける?」
「私はもともと戦いとは無縁の性格ゆえ………この戦いをできるだけ平和的に終結させられるよう、クロスボード局長に協力しているのです」
リンディとサクソが険しい顔でシーマを睨む。先ほど見せられたアンデッドとしての姿が頭から離れないようだ。あれだけ凶悪な格好から温厚な性格とは思えないのだろう。
アインも思わず眉間にしわを寄せて唸ってしまったが、ふと以前にハジメが口にしていたことを思い出した。
―――しかし種族の中には、争いを好まない温厚な種族もあった。
「……そうか、お前は非戦派の輩だったやつか」
サクソに使われた薬物と同じものを投与され、無理やり戦いの場に引き摺り出された者、あるいは駆り立てられたものがいたという話を思い出し、アインは少しだけ納得する。
するとシーマは信じてもらえるとは思っていなかったように目を見開き、戦いについての情報を知っているアインに訝しげな視線を向けた。
「私について何か知っておられるのですか?」
「ああ、さわりだけな。無理やりバトルロイヤルに参加させられたんだろう? 陸尉と同じように」
「一体それはどなたから……?」
「アイゴ・ハジメ……私たちとは異なるライダーシステムを使う黒いハートの騎士だ」
ほれ、とアインは自分の記憶を頼りにデッサンしたハートの騎士の顔をシーマに見せる。はっきり言って子供の落書きとそう大差はない出来で、リンディたちは呆れた視線を向けていたが、ある程度の特徴は捉えられていたために何も言わなかった。
シーマはやや苦笑していたが、見せられた絵を見て大きく目を見開くと、険しい表情で考え込み始めた。
「なんと…まさか」
「何か不都合なことでもあるのか?」
様子の変わったシーマに、アインは何かまずいことでも聞いたのかと焦りながら尋ねる。得体の知れない相手であることは確かだが、アンデッドの一体がここまで取り乱すほどの相手だったのだろうか。
その時、リンディがアインの方を引いて注意を引いた。途中で攫われて監禁されていたために、アインとシーマが交わす話の内容がわからなかったのだ。
「ねぇ、どういうことなの?」
アインは少し考えてから、シーマに視線を向ける。小さく頷いた彼に代わって、手早く省略しながらハジメから聞かされた古の戦いについて説明を始めた。
話を聞かされたリンディとサクソは、信じられないと言った様子でシーマを凝視していた。
これまで自分たちが関わってきた異形の絡んだ数々の事件。その発端は、世界の支配者になるための力を求めた異形たちによる身勝手なバトルロイヤルだったというのだから。
これまで数々の犠牲と被害をもたらしてきた事件の真相に、怒りよりも先に戸惑いが大きく生じていた。
「……遠い昔、〝バトルファイト〟は人間の祖であるヒューマンアンデッドの勝利で終わりました。今の人間の繁栄があるのは、その結果によるものなのです」
話し終えたシーマは、向けられる疑惑の眼差しにも憮然とした態度を崩すことはない。彼にとっては不変の事実であり、歴史であるからだ。
リンディも未だ納得しかねている様子であったが、口をついて出そうになる反論を抑え込み、また別の疑問を問うた。
「…にわかには信じ難いけど、でもその話が彼となんの関係があるの?」
「……アイゴ・ハジメは、そのヒューマンアンデッドの名なのです」
「え………?」
その答えに反応したのは、アインだった。以前話していた謎の言語のことから可能性の一つとしては考えていたが、こうもあっさりと肯定が返ってくると逆に不安になってしまった。
「なら奴は、アンデッドだということか?」
「そのことに間違いはありません……ですが、アルデブラント殿がおっしゃったハートの騎士は、また別のアンデッドの姿なのです」
アインたちの間に驚愕が走る。
シーマの見つめる先にあるのは、アインが書いた下手くそな絵。アインが見てきたものから判断するに、ハジメがアンデッドの力で姿を変えたのがハートの騎士ということになる。そこまではアインたちの持つライダーシステムと同じだった。
しかしシーマが言うことには、ハートの騎士そのものがアンデッドということになる。明らかな矛盾が生じていた。
「マンティスアンデッド……カマキリの祖たる存在こそが、カリスと言う名の戦士なのです」
「ちょ……ちょっと待って! 一体どういうことなの⁉︎ たった一人が二体のアンデッドの力を持っているとでも言うの⁉︎」
腰を浮かし、リンディが険しい形相でシーマに詰め寄る。
アインは興奮するリンディを抑え、静かに座らせると、真剣な眼差しをシーマに向けた。シーマも背筋を伸ばし、まっすぐにアインを見つめ返した。
「単刀直入に聞くぞ。ハジメは……一体何者なんだ?」
「……かのバトルファイトには、一つだけイレギュラーな存在がありました。52体のアンデッドが種としての支配権をめぐって戦い続ける中現れた、単に破壊と殺戮のみを求める存在ーーーその存在がもし、バトルファイトの唯一の勝者となった時は、バトルファイトのルールに則って全ての生物は滅ぼされることになっていました」
その言葉に、アインは大きく目を見開く。
勝手なルールに対する驚きもそうだが、シーマの語ったイレギュラーとやらに嫌な予感を抱き、彼女の背筋に寒気が走っていた。
「なんだと……⁉︎」
「ゲームを盛り上げるための障害物、たったひとつの例外として彼は生み出され、己の身の内の破壊衝動に従って戦いの場に駆り出されてきました」
シーマの表情も、緊張のためかやや硬さが見える。
アンデッドさえも恐れると言う存在に、リンディもサクソもゴクリと唾を飲み込んでいた。
「それが、最強にして最悪のアンデッド―――ジョーカーという存在です」