【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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第Ⅵ章 時空を護る者達
1.喉から手が出るほどに


 アースラ内部、大型のモニターが設置されたその部屋には、三人の男女が集まっていた。

 アースラ所属の執務官クロノ、執務間補佐のエイミィがモニターの前に集まり、その後ろから覗き込むように一人の茶色の制服を纏った男性が立っていた。

 温和そうな顔立ちの、二十代後半あたりの整った顔立ちの彼もまた、興味深そうにモニターを見つめる。

 

「へええ…! これは凄いわ……どっちもSSSクラスの魔導師よ」

「ああ…魔力の平均値を見ても、白い子で127万…黒い子が143万…最大発揮時はさらにその3倍以上…」

 

 モニターに映し出される二人の少女、白い子と称されたなのはと黒い子と呼ばれたフェイト。その戦闘記録を閲覧していたエイミィが興奮気味に述べると、クロノは重苦しい口調で答える。

 一見見れば冷静に見えるが、次元の辺境に現れた新たな魔導師の力を目にし驚嘆している様子の彼に、エイミィは面白がるような笑みを浮かべた。

 

「………クロノ君より…魔力だけなら上回っちゃってるねぇ…?」

「魔法は魔力値の大きさだけじゃない…状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力だろ」

「その通りですよ。そうでなければ…ハラオウン執務官より数段魔力量の劣る僕の立場がありませんからね」

「あ…っと、すみません……」

 

 苦笑する男性に、エイミィは慌てて首を回して頭を下げる。クロノからの咎めるような視線に苦笑いを浮かべるエイミィだが、見えないところで小さく可愛らしく舌を出していた。

 それに気づかないふりをしながら、クロノはカムシンに気の毒そうな目を向けた。

 

「カムシン陸尉…あなたも苦労してきたことと思います。魔力の大きさと実力が伴わない連中が、ここ最近は特に多いですから」

「アースラの切り札であるハラオウン執務官にそう言っていただけて気が楽です。魔法至上主義なんて………得をするのは一部の魔導師だけですからね」

 

 異なる色彩の制服を纏う二人は、互いの苦境を労い合うような腰の低い態度で語り合っている。

 クロノの纏う群青の制服は次元航行部隊(うみ)のもの、カムシンと呼ばれた男の茶色の制服は地上本部(りく)のもの。次元の側が毎年多数の局員を引き抜いていくために、地上本部は慢性的な人手不足に陥っていると言う背景があるために、本来このように並んで立つ姿は見られなかったはずだった。

 しかし今回の一件は特殊な問題を抱えているために、数少ない対処できる人材を連れてくるために一時的な共闘関係が出来上がっていた。

 その問題の一つに、クロノはギロリと鋭く横目を向けた。

 

「…どこかの誰かさんは無駄に魔力を持っていながら活用できていませんけどね」

 

 部屋の入り口の前で無言で佇んでいたアインは、クロノたちの前に姿を見せると向けられる敵意の主をちらりと一瞥する。面倒臭そうにため息をつき、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて腕を組んだ。

 

「……この数年でずいぶん口が悪くなったな、クロノ。また訓練で泣かせてやろうか?」

「泣かされるのははたしてどちらなのか…」

 

 飄々としながらニヤリと獰猛な獣のような笑みを浮かべるアインに対し、クロノは今にもデバイスを抜きそうな剣呑な目を向けあからさまな挑発を返す。

 一触即発の空気になりかけ、先ほどまでクロノをからかっていたエイミィも冷や汗を流してゴクリと唾を飲み込む中、その空気を払うようにカムシンが二人の間に割って入った。

 

「お久しぶりです、アルデブラント陸士。お変わりないようで」

「………お久しぶりです、陸尉殿」

「堅苦しい挨拶はなしにしましょうよ、せっかくの再会なのですから。それに階級こそ上がっても、僕はまだあなたの後輩であることには……」

「…ケジメをつけておかねば、他の者に示しがつきませんから」

 

 硬い口調で視線をそらすアインに、カムシンはどこか寂しそうな笑みを浮かべて黙り込む。見た目はカムシンの方が年上に見えるが、態度や言葉遣いを見るに彼の方が後輩のように聞こえた。

 さっきよりも重苦しい雰囲気になりかけ、慌ててエイミィが話題を探す。和気藹々とまでは行かなくても、もっと軽い空気でこれからのことを話そうと思っていた彼女にしてみれば、この状態が延々と続くのは勘弁して欲しかった。

 

「あー…えーっと! アルデブラントさんから見てあの子たちはどうでしたか⁉ 会話とか…あ、白い子の訓練につきあったりしたんでしょう?」

「………はっきり言って、どちらも天才だな。経験不足や度胸に関してはまだ伸びしろがあるが……いずれ口出しする必要もなくなるだろう。2、3年たてば並の魔導師では太刀打ち出来なくなるさ」

「うひゃー…おっかない」

 

 次元世界最強と謳われる騎士からのお墨付きに、エイミィはモニターに映る少女たちを見やってため息をつく。

 ともかく、空気の流れを変えることに成功したエイミィはちらりとアインとクロノに目を向ける。クロノの敵意がやや薄れていることを確認すると、エイミィは少し心拍を落ち着けてから次の話を切り出した。

 

「しかしまあ…黒い子を逃がしたのはさすがに問題だったんじゃないですか?」

「……あの場で捕らえることは確かに可能だったが、それでは問題の根本的な解決にはなるまい」

「…泳がせるつもりで?」

「それもある。………だがそれ以上にあまり手荒な真似はしたくない。彼女は何と言うか……危ういからな。そのうち何かしでかしそうで…いつか壊れてしまいそうで怖い」

 

 ひどい棒読みでクロノの妨害をし、その上地上舞台の精鋭たちとやりあったアインの暴挙について咎めるクロノだが、当のアインはまるで気にした様子がない。

 理屈よりも私情の方が強く影響している気がして、クロノの目が呆れたように細められた。

 

「…甘いですね、あなたは。とても次元世界最強と謳われた武人とは思えません」

「お前が厳しい分、私が甘くしているんだ。……もう、あまりあの子たちと関われなくなりそうだからな」

 

 冷たいクロノの視線にも意を介さず、アインはモニターに映る黒い少女を見つめる。

 無表情ながら、その渇いた目の奥には優しい光を宿しているアインを見つめていたエイミィは、ついクスリと笑みをこぼしていた。

 

「アルデブラントさんって……もっと怖い…ううん、冷たい人だと思ってました。最初に会った時も……すごく険しい顔してたし」

「………最初?」

「なんでもないです」

 

 片眉をあげて尋ねたアインに、エイミィは小さく笑みを浮かべて視線を外す。その笑みがどこか寂しげに見えたのは、気のせいであろうか。

 

「仕事中だぞ、エイミィ主任。真面目にモニタリングしろ」

「はいはいっと…」

 

 クロノの注意で、エイミィはモニターに視線を戻す。大体の情報は観測済みだが彼女たち、特に黒い魔法少女については今後もより詳しい情報が必要になる。

 エイミィがしばらく作業に集中していると、自動扉が開いて新たな訪問者を迎え入れた。

 

「おつかれさま、みんな…と、アルデブラント陸士」

「あ…艦長」

「おつかれさまです」

「お疲れ様です。それと、あらためて…ご無沙汰しています」

「しばらくぶりね…うん、なかな大変そうね」

 

 無言で佇むアインには若干よそよそしげに、カムシンに対しては懐かしそうに目を細め、リンディは部下たちの集まる部屋に入室した。

 リンディはなのはたちの映るモニターに目を向け、腰に手を当てて興味深そうな表情を浮かべた。

 

「…エイミィ執務官補佐、あの二人の分析の結果はどうかしら?」

「はい、こちらに…」

 

 エイミィが分析した、少女たちの能力値を表した書類を眺め、リンディは思わず唸り声を上げる。何人もの優秀な魔導師を見てきた、ついでにいえば身内に高い能力を持つ魔導師がいる彼女にとっても、なのはたちの持つポテンシャルには目を瞠るものがあったのだ。

 将来の有望性だけではない、その力が生み出すかもしれない危険性に対しても。

 

「なるほど…やっぱり凄い子たちね…これだけの魔力がロストロギアに注ぎ込まれれば…次元震が起きるのもうなずけるわ」

「黒い少女の方もそうですが…特に白い少女…なのはちゃんですね。彼女が保有する莫大な魔力量と瞬間出力…そして優れた遠隔制御能力……管理局でも全体の5%にすら満たない稀有な才能の持ち主かも知れませんね…」

 

 毎年多数の魔導師をスカウト、または引き抜いている次元航行部隊ではあるが、広大にして多数な次元世界を管理する組織であるがゆえに慢性的な人手不足に悩まされている。その上高い実力や才能を持った人材ともなれば組織の中のほんの一握りという惨状でもあるのだ。

 しかしその状況を省みなくても、なのはの持つ力は凄まじいと言うほかになかった。まさに管理局が喉から手が出るほどに欲しがる存在であった。

 

「…最大速度と瞬間加速にこそ優れていますが……設置系や時間差系といった小技を使えないのか……これでは動きの速い相手には格好の的になる…」

「ユーノもさすがにそこまで多様な魔法は習得できていないようでな……私も教えられたのは簡単な接近戦くらいなものだ。他はほとんど自分で何とかやってのけている」

「避けるのではなく受けて反らす、あるいは正面から受けきる。細やかな動きはせずに攻撃と防御の身に集中しているのね。確かになのはさんの魔法には、たとえ10発撃たれても…それを耐えきって一発撃ち抜けば逆転できる威力がある」

 

 幼く、体がまだ出来上がっていないために、なのはの技術はまだまだ未熟。経験不足であるために使える手札の数も限られ、魔導師としてはまだ原石のような程度だ。

 もともと事件に深く関わらせるつもりもなく、最低限の鍛錬に付き合うだけだったアインも、彼女が自力で編み出しつつある技術に圧倒されることもしばしばあった。

 

「…十分な訓練や経験を積まずに実戦に出ざるを得なかったからこそのスタイルね…魔法の訓練を初めてひと月も経っていないそうだから」

「ええっ⁉」

「…気持ちはわかるぞ、エイミィ。私は軽く自信を無くした」

 

 流石にギョッと目を見開くエイミィの肩を、アインは複雑そうな表情でポンと叩く。ここにいる大人たちが数年かけて身につけてきたものに匹敵する強さに、たったひと月練習しただけの素人の少女が到達しつつあるのだから。

 頬をひきつらせるエイミィに苦笑したアインは、なのはの画像を見つめて憂いを帯びたため息をこぼした。

 

「本当なら、あの子は戦場に出る必要などなかった……ただの一人の女の子として、魔法などという危険な力に目覚めることもなく平和に暮らせていたはずだったんだ……」

「…そうね、困ったことだわ……」

「何がです?」

「これだけの魔導師となると…正式な認可を得ずに管理局の管理外の世界…まして魔法の存在が認知されていない世界に、これまでの生活を何一つ変えることなく滞在し続ける…というのは難しいかもしれない…」

「…確かに…この第97管理外世界(地球)では……厳しいかもしれませんね…」

 

 しみじみと呟くリンディとエイミィ。その表情は理不尽に事件に巻き込まれ、その結果これまでの日常を奪われるかもしれないことへの同情の他に、これだけの才能を持つ逸材に対する渇望も含まれている。

 

「くだらない法律だ………巻き込んだのは我々の方だろうが」

 

 吐き捨てるようにアインが呟くと、クロノは苦虫を噛み潰したような表情で目をそらす。

 再び険悪になりつつある空気の中、リンディはこほんと咳をつき、自分に注意を向けさせる。クロノは我に返ると、どうにか自分の中の黒い感情をなだめた。

 

「…その件の対応については、本件が落ち着いてからでもゆっくりと。今は返答待ちでもありますし」

「そうね」

「うーん、すごく良い子だし…管理局的にも放っておくにはもったいない逸材ですよねー」

「うるさいぞ、エイミィ」

 

 単純な戦力としてではなく、もし今後も捜査を手伝ってくれる仲間になってくれたらという期待の言葉をこぼすエイミィだが、クロノにとってはあまり喜ばしくない提案のようだ。

 自身が正義の組織の一員という意識が強い彼にとって、民間人をこれ以上巻き込むことには忌避感があるのかもしれない。そのために事件を未然に防げず、少女たちを巻き込んでしまったアインには強い嫌悪感を抱いているらしい。

 時折見せる憎悪の眼差しは、それ以前からある根の深いもののようだが。

 リンディは自慢の部下が抱いている悪感情に困ったような笑みを浮かべていたが、やがてモニターに映るもう一人の少女に視線を移した。

 

「あの子たち…なのはさんとユーノくんがジュエルシードを集めてる理由はわかったけど…こっちの黒い子は……どうしてなのかしらね?」

「……フェイト・テスタロッサか」

 

 ジュエルシードの墜落から、度々なのはたちの前に現れては襲撃を繰り返してきた謎の多い少女。解析した少女自身の能力や戦闘能力に長けた使い魔の情報から見ても、相当な実力者であることは確かだ。

 なのはとそう変わらない年齢で、それだけの強さを持つからには其れ相応の訓練を積んできたことは確かであり、それゆえに心配な気持ちが募る。

 実際に戦い、面と向かって話をしたアインは、その不安を最も強く感じていた。

 

「…彼女たちは随分と必死な様子でした……何か、よほど強い目的があるのか…」

「目的……ね……あなたは何か聞いていないの?」

「…………聞かなかった。聞けなかった…というべきか」

 

 リンディたちには、拾ったジュエルシードの一つを渡したことは伝えていない。局員の端くれとして正しい行為ではないことはわかっていたが、そのまま叩きのめしてジュエルシードを持ち帰ることは何故か躊躇われた。

 少女の表情から、瞳の奥に見えた何かに、小さな体にのしかかっているように見えた重荷に、体が勝手に動いてしまっていたのだ。

 

「まだ…小さな子よね…」

「ええ…普通に育っていれば…まだお母さんに甘えていたい年頃でしょうに…」

 

 親に甘えることもなく、ただただ危険な戦いに身を投じる金色の少女。

 その寂しげな目に、アインはそこはかとない既視感を覚えるのだった。

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