【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
『―――だからボクもなのはも…そちらに協力させていただきたいと』
ブリッジに映し出されたモニターの中から、フェレット形態のユーノが真剣な眼差しを向ける。
帰宅させてからまる一晩が経ち、帰ってきた返答にリンディは小さく息を飲んだ。アインが言った通りの展開ではあるが、たった一日でここまでの覚悟の顔を見せるとは思わなかったのだ。
「協力…ねぇ…」
『ボクはともかく…なのはの魔力はそちらにとっても有効な戦力だと思います』
「…まぁ、それはそうだけど…」
『ジュエルシードの回収、あの子たちへの牽制。そちらとしては便利に使えるはずですが…』
リンディたちに口を挟ませる暇も与えず、ユーノはなのはの力を例示し、必死に売り込んでいく。
その脳裏には、昨晩アインから秘密裏に伝わってきた念話の内容が流れていた。
―――もし、お前たちがこれから先もこの一件に関わりたいと、責任を取りたいと思うのなら、自分たちの明確な価値を提示しろ。
ただ手伝うだけではない。彼らにとって必要な存在であると自分たちをアピールしてみせろ。
自分と相手が対等な立場であることを示せ。
なのはのフェイトに対する想い、ユーノの事件を引き起こした要因としての責任、両方を叶えるためにアインが提示してくれた案だった。
―――リンディやクロノは民間協力者に対して高圧的な態度をとるような輩ではないが……他の連中はそうとは限らないからな。
できるだけそういったやつらに舐められないようにしておけ。
この世界ではあの子が当事者であり、我々こそが余所者だ。
後になって事件に関わり、主導権を横からかっさらっていったというように皮肉げにアインは語ったが、ユーノにはそれとは別の意図も説明していた。
事件の解決に関わることではない、事件が解決した後の懸念のことについてだ。
―――この一件が終息すれば、事件に関わろうが関わるまいが、なのはの持つ能力が管理局の本部の不埒な奴らの目に入るのも時間の問題だろう。
慢性的な人材不足にある管理局にとっては垂涎物の逸材だ……管理外世界ということを踏まえても、あの手この手で懐柔しようとしてくる可能性もある。
その言葉に、ユーノはハッと言葉を失っていた。
確かになのはの能力は並みの魔導師をはるかに凌ぐ資質を備えていて、管理局が簡単に放置するとは思えない。ユーノでさえ羨ましく思えてしまう大きな力が何も起こさない確証もないため、安易に野放しになどできないはずだ。
最も程度の軽いものなら、管理局へのしつこい勧誘。酷くなれば家族や友人の生活が脅かされるなどと言った脅迫で、無理矢理所属を迫ると言ったこともあり得る。
ただ力があるというだけで、なのはには今後様々な思惑がまとわりついてしまうのだ。
―――あの子の平穏を脅かされるのを防ぐには、ただのお人好しなガキではないと印象付ける必要がある。
どうにかして、
組織というものが常に一枚岩ではないことから、アインはまずリンディの派閥に属することを提案した。
おそらくは彼女なら、なのはを組織に縛り付けるようなことはしないだろうと、そう結論づけた。
(きっとリンディさんも…同じことを考えてくれている。信じていいんですよね、アインさん)
画面の向こうで考え込んでいる様子のリンディを見つめながら、ユーノはこの場にいないアインに問いかける。何度も助けられ、助言をもらい、十分すぎるほどの信頼を向けている彼女の言葉なら、信じることができた。
そしてリンディは、フッと柔らかな笑みを浮かべてユーノに視線を返した。
「それならまあ、いいでしょう」
「か…母さ……艦長⁉」
「手伝ってもらいましょう? こちらとしても切り札は温存したいもの」
反対意見を持っていたらしいクロノが慌て、思わず公私を混同しそうになりながら声を上げるが、リンディは楽観的な笑顔を浮かべて彼をなだめる。
「それになのはさんのあの潜在能力…目を見張るものがある。変な人たちに目を付けられないように、これからの成長を見守って育ててみたいじゃない?」
リンディの言葉に、緊張で身じろぎもできずにいたユーノは笑顔を浮かべる。
だが意味深にユーノを見つめる目を見るに、ユーノに助言を与えた人物がいることを察しているようだ。それが自分の友人だとわかると、リンディの表情には仕方がないと言うような苦笑が混じっていた。
「ね? クロノ執務官」
「は、はい……はぁ…」
上司の決定の手前、強く反対することもできないらしくクロには大きく肩を落とし、苦笑したエイミィに慰められている。
微笑ましい部下たちのやりとりに目をやってから、リンディは真剣な表情に戻ってユーノに向き直った。
「ただし条件は二つよ…よくって? 両名とも身柄を一時、時空管理局の預かりとすること…それから私達の指示を必ず守ること」
『はい…わかりました…‼』
自分の願いが叶ったことで、ユーノは思わずフェレットのまま満面の笑顔になっていた。
ユーノと一旦別れたなのはは、喫茶店の手伝いをしながら彼の交渉の結果を待っていた。自分の今後に関わる、自分の想いに決着をつけるために必要不可欠な決定ゆえに、表面上は平静を保っている少女の足はやや浮き足立っていた。
洗い終わった食器を片付けていると、コップを拭いていた桃子が優しく笑みを浮かべてなのはを労った。
「ありがとうね、なのは」
「うん!」
お手伝いを張り切り、満足げな笑顔を見せる娘に桃子も微笑ましさを覚える。しかしその胸中では、なのはが時折何か考え込むように手を止めたり、何かを待っているように時計に目を向けたりしていることを気にしていた。
そんな母の不安に、なのははまだ気づいていなかった。
〔なのは…!〕
一息ついていたなのはの元にユーノから念話が届き、なのはは思わず背筋を伸ばした。
管理局への提案が通ったか否か気になり、なのははグッと息を飲んでユーノに問いかけた。
〔ユーノくん…! どうだった…?〕
〔決まったよ……〕
〔うん……! ありがと、ユーノくん……〕
望んだ結果が得られたことで、なのははついガッツポーズを取りそうになるのをこらえて恐る恐る振り向く。
幸いにも、桃子はなのはから廊下側に視線を移していたため、いきなり笑顔になったりガッツポーズをしかけたりという奇行を見られずに済んでホッとした。
桃子はそれに気づかないふりをしながら、玄関に向かっていく士郎と恭也の元へ歩み寄った。
「さて…じゃあ桃子、なのは…。お父さんたちはちょっと出かけてくるからな」
「今日は久しぶりに公園で稽古をつけてもらってくるよ」
運動着に着替えた二人がそう残し、竹刀の入った袋を背負って、見送りに来た桃子となのはに顔を向けた。
「おつかれさま、少し遅くなるの?」
「いつもよりは…でも早めに戻るよ」
「気をつけて行ってきてね、お父さん、お兄ちゃん!」
「おう!」
「さて、行くか! 久しぶりだからな~ビシビシ行くぞ!」
「ああ…!」
妻と娘に見送られ、やる気をみなぎらせた士郎が力瘤を作って答える。恭也も最愛の妹に声援を送られ、爽やかに笑みを浮かべた。
早速出発しようとドアノブに手をかけた士郎と恭也だが、遅れて登場した美由紀が急いで二人の元に駆け出した。
「あ、待って待って…! 私も見学!」
「来るなら早くしろよ?」
「うん……ちょっと待っ……あいたぁぁ!」
準備のために一旦戻ろうとした美由紀だが、慌てていたために勢いをつけすぎ、廊下の角に頭をぶつけて悶絶する羽目になった。
いきなりドジを踏んだ妹に、恭也は思わずしかめっ面になっていた。
「……美幸…相変わらずだな、おまえは…」
「うう…っ」
辛辣な言葉に、頭の痛みに涙目で俯く美由紀に、士郎から笑い声が起きる。呆れた顔でため息をついていた恭也もいつしか笑い出し、道化のようになってしまった美由紀が抗議の声をあげる。
意地悪だとわかっていても、なのはも桃子もつい一緒になって笑い声をあげてしまっていた。
「さ……これでおしまい、と」
「うん…! おつかれさま、お母さん!」
三人の家族が家を出て、二人きりになったなのはと桃子。
課されたお願いをやりきって背筋を伸ばすなのはをじっと見つめていた桃子は、やがて真剣な表情を浮かべてなのはに向き直った。
「なのは…何か相談したい事があるんじゃない?」
「えっ…!」
「お手伝い中、ずっと考え事をしてたでしょう? お顔に書いてある…お母さんにはお見通し……言い難い事なの?」
「……ええと……」
今日一日結果を待ち、そわそわと落ち着かない様子を隠しきれていなかったなのはは、戸惑いながら答えに悩む。自分から言い出せなかったのは、反対されたらどうしようという不安の表れであった。
桃子の眼差しは真剣なものであったが、決して強要するような言葉は使わず、なのはが自分のペースで話してくれることを待っていた。
「お母さんとなのはだけの秘密…約束するわ」
「……うん」
家族全員ではなく、一人だけに打ち明けるのならまだ言い出しやすかろう、という桃子の提案に、なのははおずおずと頷き、話し始めた。
無論、魔法のことは話せない。しかしなのはが本当に伝えたい思いを、自らが望んで事件に関わり、見届けたいと思っていることを。そして、ずっと気になっている少女と関係に決着をつけたいということを、たどたどしくも余すことなく伝えきった。
桃子は途中で口を挟むことはなく、ただただまっすぐに娘を見つめて耳を傾けていた。
「もしかしたら…危ないかもしれない事なんだけど…大切な人たちと一緒に始めた事……最後までやり通したいの」
「………うん…そうね……」
「みんなに…お母さんにも……心配かけちゃうかもしれないんだけど…」
「それはもう…!」
不安げに溢れたなのはの言葉に、桃子は感極まったように自分の想いを吐露する。
大切な娘がそんな事態に関わるなど、本来であればあってはならないことだ。もしそれが巻き込まれた結果の出来事なら、なおさら放置しておきたくなどなかった。
「いつだって心配よ……? お母さんはお母さんだから……なのはの事がすごく心配! なのはがどっちにするか迷ってるなら、危ないことはダメよ…って言うとは思うけど」
目を熱くしながら、なのはに向けて偽ることのない本音を伝える桃子。
しかし何かを思い出しているのか、微笑ましそうな満足げなような不思議な表情で、なのはの目を見つめた。
「だけどね…なのはが何かに一生懸命に頑張ってるって事…お母さん知ってたわ」
なのはは内心で、桃子の言葉に驚愕を覚えていた。
怪我をして帰ったこともあるし、帰りが遅くなって心配させてしまったこともある。それでも悟らせまいと隠してきたと思っていたが、母には全て筒抜けだったようだ。
「それになのははちゃんと決めてるでしょ? その人たちと始めた事…最後までちゃんとやり通すって…なのはがあったその女の子と……もう一度話をしてみたい、って…」
「うん……!」
「じゃあ……いってらっしゃい……後悔しないように。お父さんとお兄ちゃん、お姉ちゃんは、お母さんがちゃんと説得しといたげる…ねっ」
「うん……! ありがとう、お母さん‼」
母が自分の想いを理解してくれたことに、信じてくれたことに、なのはは目頭を熱くしながら何度も頷いた。
決して破れない約束を交わし、なのはは大きな喜びを感じながら桃子の胸に抱きつき、桃子も娘を強く抱きしめ返した。
翌日、なのはは母に向けた手紙だけをダイニングの机の上に残し、自分のいくべき場所へと向かっていった。
わずかな物音を聞き、夫婦の寝室から自分の娘が旅立ったことを察した桃子は、寂しげな微笑みを浮かべて机の上に置かれた手紙を抱きしめる。
かつての経験からか自分から甘えることもせず、人の顔色を伺いながら何か自分が役に立つことを望んでいた少女の初めてのワガママを喜びながら、同時に手元を離れて行こうとしている物悲しさを感じていた。
「…いつの間にかこんなに大きくなって、驚きますよね……?」
小さく呟かれた言葉に、部屋の影に立っていたアインが遠い目を向けた。いつの間にか部屋に入っていたことに驚いた様子もなく、桃子は小さく苦笑した。
「ああ…子供はどんどん大きくなる…それだけに、その過程を見られなかったことが残念でならん」
「私も……少し目を離したすきにずいぶん自分の道を進んでいるようで、涙をこらえるのが大変でした」
「……親が子と一緒にいられる時間とは、こんなにも短いんだな」
感慨深げに呟くアインの表情は、桃子と似て非なる切なげな感情に染まっている。
アインはそこでじっと意味深な眼差しを向けている桃子に気づき、慌てて顔を背けて歩き出す。
玄関にたどり着いてから、アインはようやく立ち止まって重い口を開いた。
「……すまない、あの子と過ごす時間を奪ってしまって…止められなかった私を恨んでいい」
「いいんです……あの子が頑固なのは、私が一番わかっていますから」
律儀に謝罪するアインに、桃子は胸中の不安を押し殺して言葉を返す。
アインに対して言いたいことは多々ある。しかし彼女ができることを最大限に行った結果、自分の娘が選んだ道なのだとわかっているために、一方的に責めるようなことはできなかった。
最も、責めたとしてもアインはその罵倒を粛々と受け止めたであろうが。
「これまでもちゃんと守ってくれたんでしょう? だったら…」
「いや……ほとんどあの子自身が自分で切り開いた結果だ。私にできたことなど、たかが知れている」
「でもあの子が進もうとしている先には、確かにあなたの姿があったんですよ。母親の私が言うんですから、間違いありません」
いつしかなのはが見せていた、アインに対する尊敬の眼差し。
一体彼女たちの間でどんなことが起こったのかは知らないが、なのはが信頼に値するような行いをしたのは確かだ。それも、何か人生に深く関わる事柄で。
「こんなに親に心配をかける困った子ですけど、これからもお願いできますか…?」
「当たり前だ…!」
桃子の頼みを、アインは血を吐くように身を震わせて受け止める。
ギリギリと握りしめられる拳に、震える声に彼女の強い後悔と覚悟が滲んで見えて、桃子はまた悲しげに目を伏せた。
まただ。あの事件が起きてからずっと、彼女は過剰な責任を感じて罪を背負い続けている。決して彼女一人の罪などではないというのに、その全てを背負おうとしているようで、桃子は深い悲しみを覚えていた。
「…もう二度と、お前たちにあんな悲しみは背負わせない。あんな表情なんてさせない………次こそは、私のすべてを犠牲にしてでも」
「そんなことを望んでいるんじゃありません」
悲壮な覚悟を決めるアインの言葉を、桃子は即座に拒絶する。
傷ついて欲しいわけではない、死んで欲しいなどと願った覚えはない。ただあの時のようなことを繰り返して欲しくないだけ、元気なままのなのはとともに戻ってきて欲しいだけなのだ。
「あの人が戻ってこないかもしれないと思ったあの日……私はとても苦しかったわ…自分を犠牲にして戦い続けるなんて無茶なこと、無理にでも止めていればよかったと何度も思いました…!」
かつての痛みと苦しみを思い出しているのか、ブルブルと身を震わせて立ち尽くす桃子に、アインは何も返すことができない。
無言のまま、桃子の口から紡がれる必死な願いを背中で受け止めることしかできずにいた。
「あなたが本当にあの日のことを悔いているのなら……あの子と一緒に、また来てください」
涙に濡れた目で、桃子はアインを見つめる。
一度失われかけた大切な人は、ちゃんと戻ってきてくれた。
だから今度も、何も失うことなく帰ってきて欲しい。それだけであった。
「……今度こそ、ウチのケーキを食べに来てもらいますからね…?」
「………善処する」
背を向けたまま、アインはそれだけ答えて玄関をくぐり、硬い音を立てて扉が閉じられる。その無機質な音はアインの心を表しているようで、ますます悲しい気持ちが湧き上がる。
結局、アインは一度も桃子の目を見ることはなく、ただやりきれない想いだけが募り続けた。
「……約束は、してくれないんですよね…?」