【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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3.天狗たち

「…それで、私に用とは何だ?」

 

 アースラ内部の通路を歩きながら、アインが前を歩くカムシンに問いかける。

 なのはとユーノ、二人の現地協力者という強力な手札を手に入れた今、アインに下される命令は限定される。それについての話し合いでも行うのかと尋ねれば、カムシンは小さく首を振った。

 

「今僕がいる部隊……その精鋭の者たちと顔合わせをしていただきたいんです。一度お会いしたとは思いますが、今後行動を同じくするものなら、多少は離しておいた方が円満に進むでしょう?」

「……ああ、あいつらか」

 

 アースラが地球に到着してすぐに現れた、自身の相棒に酷似したデバイスを所持する騎士とその仲間のことを思い出し、アインの眉間に皺がよる。

 忠告もなしに剣を向けてきた相手と再び会わなければならないことに、憂鬱な気分になる。かなり傲慢な態度を見せていたと記憶しているが、自分の立ち位置のこともあるためにあまりいい予感はしていなかった。

 一人悶々と悩むアインはそのままカムシンに導かれ、アースラ内部に設立されている訓練室に入る。そこにはすでに、件の三人組がリラックスした様子で腰を下ろし、談笑していた。

 

「! おーい副隊長! 待ちくたびれたぜぇ‼ …って」

 

 槍型のデバイスを持った、ツンツンと尖った髪の若い男がいち早く気づき、カムシンに手を上げてフランクに挨拶する。しかし隣にいるアインに気づくと、不機嫌そうに顔をしかめて目をそらした。

 ボウガンタイプのデバイスを持った女性も同じような嫌悪感の混じった表情を見せ、こちらは人目も憚らずに舌打ちをこぼす。たった一人、アインの剣と似た得物を持った少女だけが平然とした様子で微笑を浮かべていた。

 

「紹介します。槍を持った彼がジンガー・ケイマン陸曹長。ボウガンを持っているのがナディア・ミラジーノ陸曹。そして剣を提げている彼女がインシグニア・ジムニー准尉…この小隊の隊長です」

 

 一斉に黙り込んだ三人に苦笑しつつ、カムシンが代わりに紹介する。上官に説明させるなど組織の人間としてはあまりよろしくない行為に思えるが、命じたところで素直に聞きそうにないくらいの機嫌の悪さが感じられた。

 

「彼らが三頭狼(ケルベロス)と呼ばれる、ノア提督の精鋭部隊です」

「……よろしく頼む。私は……」

 

 初対面時からの態度の悪さに呆れながら、アインはカムシンの苦労を思って自分から握手のために手を伸ばす。

 仲良くできるなどと毛頭思っていないが、少なくとも同じ艦で活動する以上は会話程度は必要であろうと意思の疎通を図る。

 

「堅苦しい挨拶はなしにしようぜ? 先輩…」

 

 ややあってから、ジンガーと呼ばれた槍使いの騎士が億劫そうに立ち上がり、アインに目つきの悪い視線を向ける。

 階級のこともあろうが、ジンガーのその目に年上であるアインへの敬意は微塵もない。敵に向けるものとほぼ変わらない厳しい目が向けられていた。

 

「三等陸士ごときが頭が高ぇんだよ…てめェは一番下の陸士、こっちは曹長だ。同じ(ふね)に乗ってるからって同格だと思ってんじゃねェぞ……わかったら大人しく俺達に従ってやがれ、ババア」

 

 口汚く罵るが、他の二人も止めることもせず表情一つ変えない。特にナディアと呼ばれた女性は同じ考えであるのか、不機嫌そうに眉間にしわを寄せたままアインを睨みつけていた。

 流石に見過ごせなかったカムシンが前に出て、礼儀のなっていない部下たち諌めようとした。

 

「おい、お前たち…‼」

「カムシン陸尉…私はまだ、こんな女が局員としてのうのうとしていることを認めていません。いつまた私たちを裏切るか、分かったものじゃない……」

「この女に同調すんのは癪だが……おれも同じ意見だ。こんな女と一緒じゃ、まともに戦うどころかやる気も起きねぇよ。正直後ろから刺されやしねぇか不安で仕方ないぜ」

 

 過剰なほどに向けられる悪意、アインは慣れているかのようにため息をつき、やや困ったように首を傾けて腕を組む。

 サクソが以前言っていたように、この新人達の能力はともかく人間性まではうまく育てられなかったようだ。彼の苦労が偲ばれ、アインの胸中になんとも言えない虚しさが広がっていった。

 

「…そう構える必要はないさ」

 

 やがて不敵に笑みを浮かべたアインが、小馬鹿にするように騎士達に目を向ける。

 嫌悪の視線をものともしないアインの言葉に、ジンガーとナディアは鋭く目を光らせ、我関せずと言った様子で佇んでいた残りの一人もピクリと眉を上げて目を細める。

 

「私ならお前たち程度………背後を取る必要もない」

「なんだと…⁉︎」

「ふざけてるの…」

 

 お前達程度真正面から潰せるとでも言いたげなアインの返答に、騎士達は一気に殺気立つ。急激に張り詰める空気に、カムシンは若干狼狽しながら両者の間に立った。

 しかし両者は互いに引かず、先ほどの挨拶の意趣返しに甘く見られていると理解した二人が、思わずデバイスに手を出しかけたときだった。

 

『―――その辺にしておけ』

 

 訓練室にいた全員を見下ろすように、突如空間モニターが現れて低い声を響かせた。その中心に映っている初老の男性の視線を受け、ジンガー達は慌てて姿勢を正した。

 

「…‼ て、提督っ…」

『此度の事件、アルビローチへの対処のためにお前たちをねじ込んだのは私だ。そして何より…あれらの正体に最も近い位置にあるのはその女だ。文句があるのなら、私に直接言うがいい』

「い、いや……」

「私達は決して、そんなつもりで言ったんじゃ……」

「……アルビローチ?」

 

 バツが悪そうに目をしらす二人をよそに、聞き慣れない単語が気になったアインが聞き返す。

 ジンガー達の、そしてサクソやカムシンの現在の上司であるというノア提督は、訝しげな表情で見上げてくるアインにちらりと冷たい目を向けると、顎を上げて問いの答えを口にする。

 

『急遽決まった、あれらに対する仮称だ。ダークローチに酷似してはいるものの、その生態も発生条件も全く持って不明である奴らは、まさに先天性遺伝子疾患(アルビノ)のように色素が薄いことからそう名づけられた。…以後、奴らを呼ぶときはそうしろ』

「……承知いたしました」

『多少異なる特徴を持つとはいえ、奴らが再び現れるなどあってはならないことだ……結果を見せろ、アルデブラント陸士』

 

 高圧的な態度で命じるノアに、アインは首を垂れたまま一切視線を向けない。もし向ければ、うっかり目に表してしまっている苛立ちの表情が見られてしまうだろうからだ。

 

『では、健闘を祈る』

 

 そう言い残し、空間モニターが消滅すると、ようやくジンガーらとは緊張を解いて肩を落とす。

 そしてアインの方に目を向けると、不満げに眉間を険しくしながら目をそらした。

 

「……チッ」

「胸糞悪いわね……」

「まぁまぁ、そういわずにちゃんと仲良くしましょうよ」

 

 ぐちぐちと未だに言い募る二人を宥め、剣を備えた少女が柔らかい笑みを浮かべた。思わず敵意を忘れさせるほど可憐なその笑顔に、ジンガーもナディアも複雑な表情に変わって肩を落とした。

 アインは彼らよりも一回りは年下に見えるこの少女が、小隊の隊長だと言われていたことを思い出して目を僅かに瞠る。年下に宥められているというのに、二人がそれほど嫌がっていないことにも驚きを覚えた。

 

「…しゃーねぇな」

「シグニア…あんたは本当にお人好しなんだから」

 

 毒気を抜かれたように敵意を霧散させていく2人にクスクスと笑いかけると、シグニアと呼ばれた少女はアインにも柔らかな笑顔を向けて頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります、アルデブラント三等陸士。先ほどご紹介にあずかりましたインシグニア・ジムニーです。親しいものからはシグニアと呼ばれています」

「…そうか」

「先ほどは仲間が失礼しました。過酷な任務明けでの急な出張で、彼も気がたっていたのです」

 

 物腰といい、先ほどから常にニコニコと絶えない笑みといい、よくこんな天狗達の小隊を率いることができると素直に感心する。同じ穴の狢かと思えば、アインを相手にしていても嫌悪感を感じさせない礼儀を備えていた。

 

「どうかお許しを……このような田舎世界では彼の望むような刀槍剣戟は期待できませんからね。不満で仕方ないのでしょう」

 

 インシグニアの物言いに、アインの眉がピクリと反応する。

 変わらぬニコニコ笑顔だというのに、丁寧な言葉と柔らかい雰囲気に隠された負の感情を敏感に感じ取り、少女に対する敵意が再浮上した。

 

「おそらくですが……あなたの出番は今後ないでしょう。ずいぶん長くこの業界で働き続けてきたのです。表向きは艦の一員でしょうが、この機会にゆっくりなさってみては?」

 

 一度聞いただけでは、アインのことを気遣った労いの言葉にしか聞こえないが、隠された敵意を見抜いているアインにしてみればそれは全く別の意味を持つ。

 老兵はとっととすっこんでいろ、という意味に。

 アインよりも長く付き合っているらしいジンガーとナディアも、そしてインシグニアの内情を知っているカムシンもその意図に気づいたのか、頬を引きつらせて必死に距離を取り始めた。

 

「……お前、友達少ないだろう」

「……あなたに言われたくはないですね」

 

 アインとインシグニアは互いに口元に笑みを浮かべるが、その目は微塵も笑っていなかった。ハイライトが消え、隠す気もない敵意をあらわにした鋭い目で互いを射抜き、牽制しあっている。

 霜が降りそうなほどに訓練室の空気が冷え込んできたような錯覚に陥り、カムシンとジンガーは互いに身を寄せ合って顔を見合わせた。

 

「何で連れてきちまったんだよぉ………‼」

「すみません……本当にすみません……‼」

 

 もはやアインが嫌いとかの問題ではない、一瞬にして互いを敵と判断した二人の女の戦いに巻き込まれまいと、男達は必死に被害を避けようともがく。

 

「バーカ…」

 

 そんな情けない男二人を、ナディアは呆れたように見つめてため息をついていた。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

「………というわけで…」

 

 作戦会議室(ブリーフィングルーム)に整列する艦内の局員たちに向けて、リンディが朗らかな笑みを浮かべて話を切り出す。

 局員の大半は、緊張感を感じさせないリンディの態度に慣れた様子で苦笑を浮かべていたが、一部のことなる制服を纏った局員たちは若干渋い表情を浮かべている。

 彼らこそ、インシグニアたちと同じ部隊に所属している臨時の追加メンバーであり、ミッドチルダにて治安維持に勤めている者たちである。次元航行部隊に対する壁もそうだが、危険なロストロギアに関わろうというときに呑気そうに笑っていることが気に食わないのかもしれない。

 元々のアースラのメンバーたちも、艦長に対して良くない態度を向けている臨時メンバーに時々厳しい視線を向けていて、別の緊張感が漂っていた。

 リンディはその空気の温度差に気付きながら、小さく咳払いをしてから新たなメンバーを手招きして紹介を始めた。

 

「本日0時をもって、本艦全クルーの任務はロストロギア…ジュエルシードの捜索と回収に変更されます。また本件においては特例として、問題のロストロギアの発見者であり結界魔術師でもあるこちら…」

「はい…ユーノ・スクライアです」

「それから、彼の協力者でもある現地の魔導師さん…」

「高町なのはです!」

「以上2名が臨時局員の扱いで事態にあたってくれます」

「よろしくお願いします!」

 

 緊張のせいか、頬を少し赤くしてカチカチに体を固くしている少年少女たちを目にし、局員たちの間の緊張感が少し和らぐ。男性局員の大半は少女の可愛らしい動作に毒気を抜かれてしまっていた。

 正直者な部下や意地っ張りな子供のような態度を取る臨時のメンバーたちに苦笑したリンディは、しばらくすると表情を改める。真面目な顔になった彼女は、なのはたちの隣で佇んでいるもう一人の協力者に視線を向けた。

 

「…そして管理局特務三等陸士である」

「……アイン・K・アルデブラントだ」

「彼女にも今回、臨時のクルーとして任務に関わっていただきます」

 

 その名を聞いた瞬間、アースラメンバーに緊張が走る。刃のように鋭い、敵意や嫌悪感に満ちた視線が、あらゆるところから向けられる。

 そんな剣呑な視線を向けられながらもアインは無言で目を閉じ、人ごとのように自然に佇んでいた。

 

「アインさん…?」

 

 一瞬にして変貌してしまった艦内の空気に戸惑い、なのはが不安げな表情でアインに視線を向ける。同じ組織に所属しているはずの彼女が紹介された瞬間、ほとんどが向けていた歓迎的な視線が一気に拒絶的なものに変わったことに戸惑いを覚える。

 ぶっきらぼうながら、なのはには丁寧な対応をしてくれていたクロノでさえ同じように剣呑な視線を向けている。

 だが突如、彼の首に細い女の腕が巻きついてきたことで、わずかながら張り詰めていた空気が弛緩した。

 

「もークロノくんってば! かわいい女の子の前でそんな目しちゃだめでしょうが~!」

「痛てて!」

 

 いたずらっぽい表情でクロノにアームロックをかけるエイミィが、不穏な空気を払うように陽気な声を上げる。他の局員たちもそれで我に返ったのか、なのはに対して苦笑を見せ始めた。

 しかしそれでも、アインに対する視線の冷たさに変化はない。若干空ぶったような気分になったエイミィは、頬を引きつらせながら頭をかいた。

 

「あ…あはは……ま、まぁ人には合う合わないがあるから、この空気は気にしないでね?」

 

 まだ戸惑っている様子のなのはだが、ぞろぞろと局員たちが持ち場に戻っていく光景を見て肩をすくめる。

 ふと視界に入った、何も言わぬまま去っていくアインに手を伸ばしかけたが、何故だか話しかけづらい雰囲気を察して悲しげに手を下ろした。

 なのはの心境を察したエイミィもまた、少し悲しそうに目を伏せてなのはの方に手を置いた。

 

「みんないい人だから…ただちょ~っといろいろあって…あ、私はエイミィ・リミエッタ、16歳。通信主任兼・執務官補佐でこのアースラの管制官。クロノ君は直属の上官だけど、学生時代からの友人!」

「はい…こちらこそよろしくお願いします」

「ちなみにクロノくんのフルネームはクロノ・ハラオウン、14歳ね」

「へえ…」

 

 エイミィに紹介されたなのはとユーノの視線が、そっぽを向いたままのクロノに集中する。

 生真面目ぶっているが、なのはと視線が合うと何故か頬を赤らめて顔ごと背けている。嫌われてしまっているのかと悲しげに眉を寄せるなのはの横で、クロノの内心を察したユーノがじとっとした視線を送っていた。

 あれはどう見ても、照れをごまかすために興味のないふりをしているだけでしかない、と確信していた。

 

「ハラオウン…? あれ? もしかして…!」

 

 そこでユーノはふと、エイミィが言った苗字に聞き覚えがあることに気づく。確かその名は、最初にアースラに乗った時に聞かされたことがあったはずであった。

 まさか、とユーノが驚愕を顔に表していると、タイミングを図ったようにアースラの艦長・リンディが近づいてきた。

 

「あらためて…よろしくお願いしますね、なのはさん、ユーノくん。私はリンディ・ハラオウン…時空管理局・巡航L級8番艦次元空間航行艦船アースラ艦長です。そしてクロノの母親です」

 

「やっぱり!」

「ええ~!」

 

 ユーノは自分の予想が当たったことに納得の声をあげ、なのははただただ驚きの声を上げる。

 クロノは14歳と、自分より5つも年上であると聞かされたばかりだが、リンディがそのくらいの年頃の息子を持つような年齢には見えない。

 自分の両親も大概なことは気にせず、なのはは見た目ですでに騙されていたことに少なからずショックを覚えていた。

 

「クロノは素直じゃないところもあるけど…仲良くしてあげてね」

「はい!」

「わかりました」

 

 リンディからのお願いに、なのはとユーノは同年代の友達の母親に頼まれているような気分になりながら頷く。

 本当に若いなと感心していると、先ほど去って行ったアインもリンディと近い年齢なのだろうかと気になった。二人が会話をしているのを思い出してみると、かなり近しい関係というか、大人の友達同士の関係性に見えていた。

 しかし、彼女が向けられていた剣呑な視線を思い出してしまい、なのははまた不安げな表情を浮かべてしまっていた。

 

(……仲間、なんだよね…?)

 

 同じ組織の人間なのに、アイン一人を全ての局員が敵視しているかのような居心地の悪い空気。

 その気味の悪さに戸惑いながら、なのははアインが去っていった方向をじっと見つめていることしかできなかった。

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