【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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7.御神の剣士

『ハンター0から総員へ、ゲストが到着した。繰り返す、ゲストが到着した』

 

 インカム越しに聞こえるリーダーの声が、男に任務が開始されたことを伝える。

 黒いスーツに身を包み、同じく黒いサングラスで視線を隠した装いで、彼―――高町士郎は己が心を引き締め直す。一瞬の気の緩みが取り返しのつかない事態を招くこともあった。

 今ここに集まっているのは、日本という国を動かしているといっても過言ではない影響力を持つ、各界の著名人だった。彼らに何かあれば、まず間違いなく士郎や同業者達の首が物理的に飛ぶことになるだろう。

 

『各員配置につき、任務につけ。周囲の状況変化に注意し、非常事態発生時に備えよ』

『ハンター1、2、3了解』『ハンター4、5了解』『ハンター6、7了解』

 

 ホールの各地に配置された同業者達が、別口で雇われた同業者達の様子にも気を配りながら応答していく。

 それを聞きながら士郎が横目を向ければ、窓の外から見える玄関口に一台のリムジンが到着し、後方のドアから一人の初老の男性が姿を現すのが見えた。幾人もの黒服達に囲まれながら、初老の男性は士郎のいるパーティーホールへと入っていった。

 士郎の隣に立つ、もう一人のスーツとサングラスの男性とうなずき合い、準備が整ったことをインカム越しにリーダーに伝えた。

 

「ハンター8、9了解……」

 

 腰に備えた得物、士郎の流派である小太刀二刀流に最適な二振りの剣の重みを実感しながら、士郎は懐から一枚の写真を取り出してじっと見つめる。

 ゲストが到着するわずかな時間、彼はそれを見て改めて英気を養う。それは仕事前に勇気をもらうために持ち歩いている、彼の家族全員が写った写真だった。

 その口元に笑みが浮かんでいることに気づき、もう一人の黒服の男、士郎の同業者がわずかに表情をほころばせた。

 

「…ご家族ですか? 仲がよさそうで羨ましいですね」

「ええ…こんな仕事ですから、みんな家内に預けっぱなしになってしまっていますが……命に代えても守りたいと思う存在ですよ」

 

 笑顔でカメラの方を向いている妻、息子と娘二人。

 それこそが彼が生きる理由であり、彼がこの世で強く生を願う楔であった。彼女達の存在があるからこそ、士郎は危険な仕事にも臆することなく向かい、必ず変えるという鋼の意志を持つことができるのだ。

 大切な家族の声を思い出し、戦意をたぎらせた士郎は写真を元の場所にしまい込んだ。

 

「末の子が特に甘えん坊で……まぁ、甘えてくれればくれるほど力になるんですけどね」

「ただの惚気じゃないですか」

「ハハハ…」

 

 あくまで任務に支障をきたさない、暇つぶし程度の雑談に興じる二人。

 すると、ホールににゲストが到着した連絡が入り、すぐさま士郎と同業者は背筋を正す。英気は十分蓄えられた。あとはパーティーが終わるまでの間、任務に没頭するだけだ。

 

「さ、そろそろ世間話は終わりにしなければ。切り替えましょう」

「ですな」

 

 黒服達から少し距離を取ったゲストの男性が、知人らしき裕福な服装の男性に近づいて挨拶を交わすのが見える。一見親しげだが、会話の裏に隠れているのは黒い腹の探り合いである。

 耳を傾ければあちこちから似たような会話が聞こえてくるため、士郎は意識的にそれらをより分け、不穏な音や会話が聞こえないかどうかに集中する。精神的な負担もそうだが、意識をそちらに削がれるわけにはいかないからだ。

 

「……ん?」

 

 異様と言えるほどの集中力で、会場の監視に全力を注いでいた士郎だったが、ふとホールの一角に違和感を覚えた。

 意図的にゲスト達の会話をシャットアウトしていた士郎だったが、その一角からは全くそういった会話どころか、人の話し声さえ聞こえなかったのだ。

 その一角にいたのは、たった一人のドレスを纏った金髪の女性だった。

 

(……いつからいた? あの女性は……)

 

 女性は群青色の体のラインが現れたマーメイドドレスを纏い、その豊満ながら均整の取れた体つきを惜しげも無く見せつけている。ボリュームのある髪は後頭部でまとめられ、白く艶めかしいうなじを露わにしていた。

 化粧はほとんど施されてはおらず、なのにハッとするほど白い肌や艶やかな唇が異風を放っている。切れ長の目を縁取るまつげは長く、そこから除く瞳は真紅に輝いてホール内に鋭く向けられている。

 誰もが目を奪われそうな美貌を隠すことなく、堂々とその場に佇んでいるというのに、誰も彼女に意識を向ける様子がなかった。

 

(………あの女性、一見少し背が高いだけの令嬢に見えるが…あの佇まい。なんらかの武術を心得ているのか……?)

 

 非常に高い戦士としての才を持つ士郎でさえ見逃しかけたほど、女性は見事に気配を絶っていた。肌のほとんどを覆っているが、体格がよくわかる装いのために、女性の体つきが同じホール内にいる令嬢達とは明らかに異なることに気づく。

 しなやかなカモシカのような脚といい、組まれた腕の筋肉の盛り上がりといい、おそらくは女性の大半が羨むであろうくびれ具合といい、相当な訓練を積んでいることがうかがえる。

 何よりも彼女の見せている鋭い目つきが、常人では決して得ることの叶わない殺伐とした鋭さを見せていた。

 

(…私と同じ目だな)

 

 いつだったか、任務終了後に鏡で自分の目を見返したときのような、抜き身の刃を目の前にしたような感覚が蘇る。

 彼女の目がこちらに向いていれば、おそらく自分は無意識のうちに得物に手をかけていたかもしれない、そんな殺伐とした気配が、達人である士郎には透けて見えていた。

 

(…警戒すべきか)

 

 もし彼女が襲撃者だったら、そんなことを考えるが、会場に堂々と姿を晒しなおかつ目立つ容姿を見せるだろうかと考え直す。

 少なくとも要注意人物として記憶しておこうと、士郎は謎の令嬢に気取られないように細心の注意を払ったまま、彼女をじっと観察した。

 が、その注意が不意に途切れてしまった。

 

『……ハンター4から全員へ』

「!」

『現在、別館廊下にて不審な人物を発見した。危険なものを所持していないか確認する。そちらにも同様の人物がいないか、注意されたし』

 

 別の場所を、特に会場である本館と別館の間の通路を監視していた同業者からの報告に、士郎はわずかに注意をそらしていた。

 令嬢の気配を掴んだまま、忠告されたように他に不審人物がいないかを探り当てる。

 

「ハンター9、了解した」

 

 しかしインカムを操作し、短く返答した士郎が視線を戻した時には、令嬢の姿はもうどこにも見えなくなっていた。盲点に入ってしまったように唐突に、士郎に対して気配だけをつかませたまま、煙のように消え失せてしまっていた。

 

(……見失った、いや、してやられたか)

 

 士郎は苦い表情で、令嬢の姿があった場所をサングラスの奥から睨みつける。あの令嬢は気配を隠していただけではない、士郎のような手練れのために敢えて僅かに気配を残し、なんらかのきっかけを待ってその場を離れたのだ。

 蜥蜴が自分の尻尾を切り落とし、自切した尻尾の方に注意を向けさせている間に逃走するやり方と同じだ。

 自分の実力を過信したと、士郎が思わず令嬢の姿を探しかけた時だった。

 

『ハンター1! ハンター1! こちらハンター4! ゲストを連れて会場を離脱せよ! こちらは何者かに襲撃を受けている‼︎』

 

 パンパンと乾いた破裂音や地響きが鳴り響き始めたのちに、インカムから同業者達の切羽詰まった声が聞こえてくる。

 会場内のゲスト達にもその音は聞こえているようで、ざわざわとどよめきが上がると次第に悲鳴が響き渡ってくる。自分たちが危険に晒されていることに気づいてしまったらしい。

 狂騒(パニック)が起こり始める直前に走り出した士郎は、自分が依頼を受けたゲストの方へ向かいながらインカムからの音声に集中した。襲撃者の情報、あるいはそれに関連する音を得るためだ。

 

『なんなのこいつら…⁉︎ 人間の動きじゃない……きゃああ⁉︎』

『ハンター3がやられた! ハンター3がやられた‼︎』

『気をつけろ! 敵はまともな相手じゃない! 速やかにゲストを現場から退避させよ‼︎』

 

 しかし、聞こえてくる音声はまともなものではなかった。突然の襲撃に同業者達も冷静さを失っているらしく、そこから正確な状況を把握することはできなかった。

 士郎は眉間にしわを寄せ、同じ位置にいた同業者とともにゲストの元へ駆け寄ると、緊急時の避難ルートへと案内した。

 

「こちらへ…!」

「うっ…うむ」

 

 ゲストの男性は多少戸惑ってはいるものの、他のゲストよりは幾分肝が座っているらしくかなり冷静な様子だった。

 他のゲスト達にもSPからの誘導が行われているのを確認し、素人同業者は急ぎ足でホールの出口をくぐっていった。

 パーティーの入り口はもう使えない。これがゲスト達を狙っての騒ぎであれば、どこからか狙われている可能性もあるからだ。故に士郎達は、有事の際はホールに作られた緊急用の通路を使用することを予め決めていた。

 設備がむき出しになっている特別な通路を走っていた士郎達であったが、不意にその足がピタリと止まった。

 外へとつながる通路の先に、異様なシルエットの存在が待ち受けていたからだ。

 

「な…んだ、アレは」

 

 同業者のつぶやきが通路の中で妙に反響する。士郎もまた、己の得物に手をかけながら、目の前に現れた異形の姿に目を見張っていた。

 それはまるで、小説や特撮作品にでも登場しそうな異様な風体をした存在だった。

 赤と黒に彩られた体は機械と生物が融合したような奇妙な質感を見せ、全身に張り巡らされたコードの束が異様さを醸し出している。恐ろしげな形相の髑髏の仮面を貼り付けたそれは、紫に輝く瞳を士郎に、性格には己の前にある存在すべてに向けていた。

 

「………なるほど、確かにこいつはまともな人間ではなさそうだ」

 

 士郎がつぶやくと同時に、異形はその巨体に似合わぬ敏捷な動きで襲いかかってくる。

 咄嗟に士郎が小太刀で受け止め、その隙に同業者がゲストを連れて脇に退く。鋼鉄の腕が振り下ろされ、激しい火花を散らしながら士郎をその場に押さえつけた。

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎‼︎」

「くっ…!」

 

 巨大な岩石に押し潰されているような重力を受け、士郎は思わず苦悶の声を漏らしながら眉間にしわを寄せる。どうにか小太刀で受け流し、重力から逃れたものの、異形はその目に激しい殺意を宿しながらなおも襲いかかってきた。

 異形が腕を振り回し、士郎の構える小太刀に狂ったようにぶつけてくる。ただ力任せな攻撃だったが、その威力は脅威であった。

 

「これは……少しまずいな」

 

 衝撃を受け流し流しているうちにビリビリと痺れ始めた両腕の感覚に、士郎が思わず苦笑を浮かべる。

 幸いなことに異形の標的は士郎に絞られているらしく、同業者に連れ出されて行くゲストの方には見向きもしていない。

 しかし、警護対象が離れても士郎の不利は変わらなかった。

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎‼︎」

 

 異形は奇妙な咆哮を放ちながら、先ほどよりも早く鋭く両腕を振り回す。

 それを紙一重で躱し、異形に向けて小太刀を一閃する士郎だが、神速の如き刃の煌めきは異形の表皮をわずかに削るだけであった。

 不意に異形が少ししゃがみこみ、下から士郎に向けて拳を振り上げる。小太刀を交差させて防御した士郎は、そのまま後方に弾き飛ばされてしまった。

 

「ぐっ⁉︎」

 

 難なく着地する士郎だが、そのこめかみには一筋の冷や汗が伝っている。刃が立たない相手をどう攻略すべきか、油断なく相手を睨みつけながら士郎が考える。

 その時だった、士郎の背後から、甲高い靴音が響いてきたのは。

 異形の注意も一瞬そちらに向き、ぐるぐると威嚇するような唸り声が響き渡った。

 

「⁉︎ あれは…」

 

 背後を振り返った士郎は、ゆっくりと歩み寄ってくる人影に見覚えがあることに気づく。

 通路の暗さが隠しているものの、わずかな光源を受けて輝いている金の髪や赤い瞳は忘れるはずもない。士郎がホールにて一度見失った、あの美女である。

 なぜ彼女がここにいるのか、それを士郎が問いただすよりも前に、女性は背後から取り出した何かの機械を腰に巻きつけた。

 

「変身…!」

【TURN UP】

 

 女性が機械についたレバーを引いた瞬間、ベルトとなったそれから勢いよく青い半透明のスクリーンが出現し、士郎の前で唸っていた異形を弾き飛ばした。

 呆然となる士郎の横を女性が通り過ぎたかと思えば、飛び出したスクリーンが女性の体に張り付き、一着の鎧を形成するのが見えた。

 

【THUNDER, SLASH. LIGHTNING SLASH】

「ウェエエエエエエエエイ‼」

 

 スペードを模した銀の鎧を纏った女性は、腰にさげた剣を抜くと、刀身に凄まじい雷撃を纏わせて斬りかかる。

 激しい電流が異形の体に走り、異形は全身から煙を吹き上げながらたたらを踏んで後ずさって行く。両の目に先ほど以上の殺意が灯るが、受けた電流の残滓に苦しんでいるのか、立ち上がることもできないようだった。

 

「まさか…こんな辺境の次元世界にまで手を伸ばしていたとはな。見つからんわけだ」

 

 剣の切っ先を異形に向けながら、女騎士は冷たい眼差しで敵を射抜く。

 士郎は女騎士を訝しげに凝視したまま、彼女が放つ凄まじい覇気に小さく息を呑む。幾度も死線をくぐり抜けた彼でさえ、女騎士ほどの殺気の持ち主を目の当たりにするのは稀であった。

 

「……あなたは一体、何者だ……?」

 

 呆然とつぶやく士郎に対し、女騎士―――アインはジロリと横目を向ける。

 小太刀を持ったままの彼にも、なんの感慨も浮かばないような無表情を向け、気だるげに口を開いた。

 

「―――ただの狗だ」

 

 名乗ることも騙ることもせず、どこか投げやりな様子のアインは、視線が外れている間に逃げようと動いていた異形の首元に剣を突きつけ、逃走を妨害する。

 視線を異形の方に戻すと、アインは士郎に背を向ける。彼に聞こえないように小さく抑えたため息をつくと、面倒臭そうに口を開いた。

 

「…迷惑をかけるな。コレはもともと私の獲物なんだ……だがまさか、こっちの連中の前で堂々と魔法生物をけしかけてくるとは思わなかった」

 

 異形に対する苛立ちをあらわにしたような、低く平坦な声で語るアインは、そのまま異形の巨体を蹴り上げる。

 サッカーボールのように高々と蹴り上げられた異形は天井にぶつかり、瓦礫にまみれながら再び地面に叩きつけられた。

 もう反抗する気力もないように、呻き声を漏らす異形を見下ろしながら、士郎はもう一度アインに問いかけた。

 

「あなたもどこかの組織に所属しているので…?」

「語る必要はない…語る暇もない」

 

 剣を肩に担ぎ、アインは士郎と目を合わせないまま乱暴に答える。

 崩れた瓦礫を踏みつけ、苛立ちをぶつけるように蹴り飛ばすその様はチンピラのようで、先程のような流麗な剣技からは想像もできなかった。

 

「私もこいつと同じ、余所者には変わりない。私はどこぞの科学者が生み出した奴らを殲滅するように言われただけ。終わればすぐに関わりをなくす……聞くだけ無駄だ」

 

 常人ならば無愛想で粗野な印象を受けるが、士郎にしてみればコレは彼女なりの距離の取り方に思えた。

 遠ざけようという意思は感じられても、邪険にするような態度ではない。士郎をなるべく自分に関わらせないという考えが透けて見えた。

 アインをじっと観察していた士郎だったが、ふと背後に気配を感じてハッと振り返る。

 気づけばいつの間にか、さっき通ってきた通路の方にも先ほどのものと似たような異形が現れ、士郎とアインに鋭い殺気をぶつけてきていた。

 それも一体だけではない、四体もだ。

 士郎が体勢を変え、背後の異形たちに向けて構えた時、ヒュンッと剣を振りかざしたアインがその肩を掴んで引き止めた。

 

「私が奴らを引き付ける。その間に貴方達はクライアントを保護して脱出してほしい」

「しかしそれではあなたが…」

「もともとあれらは私の獲物だといったはずだ……これ以上貴方達に迷惑をかけたくない。行ってくれ」

 

 言うが早いか、アインは剣に纏わせた雷撃を振りかぶり、異形たちに向けて解き放った。

 自然界のものとなんら変わりのない強烈な閃光と轟音、そして電流が異形たちに襲いかかり、ガクガクとその体を震わせる。

 しかし少しすると彼らの痙攣は波紋のように穏やかに止まり、思い出したかのように鋭く尖った腕を振り上げて襲いかかってきた。

 

「ウェエエエエイ‼︎」

 

 アインは鋭い咆哮とともに剣を構え、向かってくる異形たちを斬り伏せていく。急所を正確に切り裂かれ、異形たちは悲鳴をあげてバタバタと崩れ落ちていく。

 しかし刃が異形の体に食らいつくたびに、夥しい量の毒々しい色の体液が噴き出すが、しばらくすると端から傷口が塞がって体液も消えていく。

 ただ頑丈なのではない、文字通りの不死の力によって、異形たちは決して倒れることがなかった。

 

「チッ…!」

 

 思わず舌打ちしたアインの背後から、紫色の配色の異形が襲いかかった。音もなく至近距離にまで接近していた異形にアインは反応できず、あわや異形の爪が眼球に突き刺さる寸前にまで至った。

 それが叶わなかったのは、真横からぶつかってきた斬撃の風によって、異形の体が軽々と吹き飛ばされたからだ。

 間一髪で救われたアインだったが、それをなした相手に向ける視線は冷たく呆れた様子のものだった。

 

「……行けと言ったはずだぞ」

「ここから最も近い出口は、あいにくこの先でしてね。それに、()()()を全員無事に連れ出すのが私の仕事ですから」

 

 爽やかな笑みを浮かべてそう告げる士郎に、アインは深いため息をついて視線をそらす。

 ゲストもなにも、あの異形たちを追うために紛れ込んだだけで、守られるような立場ではなかったはずである。はっきり言って厄介ごとに巻き込んでしまったのに、それに文句を言うことなく手助けしようと持ちかけている彼のお人好し加減に、呆れるばかりだった。

 

「…好きにしろ。命の保証はしない」

「……仕方のない人だ」

 

 そっぽを向きながらアインが告げると、士郎は苦笑しながら小太刀を構える。

 先ほど吹き飛ばした異形はすでに傷口を再生させ、忌々しげに唸り声をあげながら威嚇してきている。他の異形たちも、新たな脅威が現れたのだと判断してか、身に纏う殺気を強めていた。

 

「ーーー!」

 

 改めて敵の姿を司会に捉えたアインと士郎は、示し合わせたように同時に動いた。

 アインの剛剣が異形たちを押しとどめ、力ずくではじきかえす。激しい火花を散らせながら激突する両者だが、数に差があるにも関わらずアインがはるかに押して見せていた。

 異形たちの中には、知恵を回してアインの剣を躱し背後を取ろうとする個体もあったが、すかさずその異形の背には目にも留まらぬ斬撃が食らいついていた。

 神速と呼ばれる、士郎の流派に伝わる奥義の一つが、異形の硬い表皮にも届き、決して浅くない傷を刻みつけていた。

 アインが防ぎ、士郎が攻める。互いについて何も知らない彼らだったが、互いの力量を測り、隣に立って戦っている今は、互いの邪魔をしない戦法を取れていた。

 

【THUNDER, KICK. LIGHTNING BLAST】

「ウェエエエエエエイ‼」

 

 異形たちが引いた隙に、アインが剣の刀身に数枚のカードを差し、スライドさせる。発動した力がティアラ型の角に収束し、刃を突き立てると右足に集まっていく。

 その場で高く跳躍したアインは、異形たちに向けて青白い稲妻を帯びた飛び蹴りを食らわせた。

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎‼︎」

 

 異形の一体は断末魔の悲鳴をあげ、雷電に焼かれながらその体を崩れさせていく。

 異形の体を大にもう一度跳躍したアインが降り立った瞬間、異形はズルズルと出来損ないのスライムのように体を崩壊させ、跡形もなく消え去ってしまった。

 残された異形は、アインに対して慄くような態度を見せると、やがて通路の天井を突き破って逃走を開始した。

 

「待て!」

 

 すぐさまアインが後を追い、天井にできた穴をくぐって異形たちの後を追いかけていく。

 士郎はアインを一人にすることに罪悪感を覚えたが、不意に襲ってきた疲労感にその場で膝をついてしまった。強がってはいたものの、これ以上人外の怪物を相手にするほどの余裕はなかった。

 しばらく背を丸め、荒い呼吸を繰り返していた士郎は、やがて通路の先から駆け寄ってくる同業者たちに気がついた。

 

「…! お、終わっていたのか?」

「あいつらを一人で…! さすがは御神の剣士だな!」

「あ、いや私は…」

 

 異形の姿がないことで、士郎が一人で片をつけたのだと解釈したらしく、同業者他とは口々に士郎を称賛する声をあげる。

 困った顔で眉を寄せた士郎は一人、天井に空いた穴を見上げてため息をつくばかりであった。

 

「…名前も聞きそびれてしまったな」」

 

 少し残念そうに眉尻を下げた士郎は、同業者に肩を借りて立ち上がり、よろよろと施設の外へ向かう。

 任務はクライアントの無事を確保すること、まだまだ終わりではないのだと、士郎は軽く首を振って気持ちを切り替え、凛とした顔で顔をあげるのだった。

 

 

 士郎たちが姿を消してから数秒後、天井の穴からアインが降り立ち、士郎が去った方を見やってため息をついた。

 

「……侮っていたな。魔力を持たない非魔導師が、これほどの戦闘能力を有しているとは……」

 

 興味がない風に装っていたが、アインも士郎の戦闘能力の高さに息を飲んでいた。

 逃げた異形たちが見つからなかったため割と早く戻ってきたが、士郎の元に駆け寄ってきた同業者たちを見て、思わず隠れてしまった。もしあいつらが士郎と同等以上の力量を有していていたならば、少し厄介な事態になっていたかもしれない。

 

「……ん?」

 

 腰に手を当てて佇んでいたアインは、ふと足元に見覚えのあるものが転がっていることに気づいた。

 拾い上げてみれば、やや焦げ付いているそれは確か、倒した異形が腰に巻いていたものと同じに見える。

 奴が落としたのか、と考えたが、そこでわずかに違和感を覚えた。

 

「ベルトだけ…?」

 

 異形はアインの一撃を食らったあの後、崩れ落ちて消えてなくなってしまったように見えた。無論、機械の部分も生物の部分も分け隔てなく。

 なのにベルトだけが残っていることが、不可解に思えてならなかったのである。

 

「……チッ」

 

 首を傾げて立ち尽くすアインに向けて、どこからか舌打ちが聞こえてきたが、本当に些細なものだったそれは、アインの耳に届くことはなかった。

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