【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
「ここも空振りか……」
「……だね」
ひっそりと静まり返った森の一角で、フェイトとアルフは何もない空間を前にして、落胆した様子を見せる。
周囲の木々にはへし折られたり引きちぎられたような跡が残されていて、相当大きな戦いがあったことを示している。そしてわずかな魔力の残滓が、そこにいたのが高位の魔導師だということを表していた。
フェイトたちが探すジュエルシードの魔力の残滓も残っている。つまり彼女たちは今回、管理局に出し抜かれたということだ。
「やっぱ向こうに見つからないように隠れて探すのはなかなか難しいよ…」
「でも、ちゃんと集まってるから。だから……もう少し、頑張―――」
相棒を安心させようと、儚げな微笑を浮かべて立ち去ろうとしたフェイトだったが、不意にその足取りが乱れる。主人がぐらりと体を傾がせた瞬間、アルフが慌ててその軽く細い体を受け止めた。
「フェイト!」
血相を変え、その場に膝をついてフェイトを抱きかかえるアルフは、フェイトの体がいつも以上に軽く感じることに愕然とする。
ただでさえ過剰な魔法の行使で弱っているのに、最近では食欲まで衰えてきているのだ。栄養失調に寝不足、過度な運動と尋常ではない疲労が蓄積されていることは間違いなかった。
なのにフェイトは、アルフに弱みを見せまいとしてか、ふらつく体でどうにか自力で立ち上がろうとしていた。
「……気にしないで。ちょっとつまづいただけだから…」
「そんなわけないだろ⁉」
弱々しい笑顔でそう告げる主人に、使い魔は悲鳴のような大きな声で叫んだ。
フェイトは思わず言葉をなくし、俯くアルフを呆然と凝視する。フェイトを抱きしめる手はブルブルと震え、フェイトの肩をきつく掴んでいた。
自分の不甲斐なさで何度も心配をかけ続け、不安にさせることが多かったが、ここまで切羽詰まったことはなかったのではないか。フェイトは微妙にずれたことを考えながら、相棒にそうさせてしまっていることに深く自分を責める。
「もうだめだよ…フェイト! 管理局まで出て来たんじゃもーどうにもならないよ……」
今までは素人の魔導師一人が相手だったから、そしてもう一人は決して自分たちに危害を加えてこようとはしなかったから、なんとかなっていた。なんとかなっているように見えていた。
しかし今は、フェイトを上回る力を持った魔導師とその部下複数名、それをバックアップする面々を乗せた艦が相手なのだ。この状況が絶望的でなければなんだというのか。
「大丈夫……だよ……」
「大丈夫じゃないよ…! 本気で捜索されたら、ここだっていつまでバレずにいられるか…」
気丈に応えようとして、全く演じきれていないフェイトにアルフは目尻に涙を溜めていく。ペタンと耳を伏せさせ、いまにも決壊しそうになる思いを必死に抑える。
心も体もボロボロになりながらも、それでも願いのために健気に戦い続けようとする主人の姿を見ていることなど、性根の優しいアルフには我慢ならなかった。
だから、今すぐにでも彼女を連れて逃げ出したいと思っていた。
「フェイトはあたしのご主人様で……あたしにとっては世界中の誰より大切な子なんだよ…? 群れから捨てられたあたしを拾ってくれて……使い魔にしてくれて……ずーっと優しくしてくれた……フェイトが泣くのも悲しむのも……あたし、嫌なんだよ……‼」
初めて出会った時のことを思い出しながら、アルフは苦しげな表情でフェイトを抱きしめる。
病魔に侵され、群れから追い出された弱く惨めなかつての自分。存在する価値をなくした自分をフェイトは見つけ、そして優しく抱き上げて、それまでいた地獄から連れ出してくれた。
本来使い魔とは、一つの契約によって魔導師と繋げられ、目的のために使用される言ってしまえば道具のようなものである。契約が完了すれば、新たに再契約しない限りそのうち消滅してしまう、儚い存在なのだ。
事実、フェイトの母プレシアも一体の使い魔を有していたが、その契約はすでに完了し彼女は姿を消している。プレシアのような大抵の魔導師ににとっては、使い捨ての道具に近い認識であった。
しかしフェイトは、アルフに対してそんな接し方はしなかった。
アルフが嫌がることも、嫌うこともさせず、家族と呼んで暖かく迎え入れてくれた。生きていいのだと、存在する理由と価値を与えてくれた。
ただそばにいてほしい、ずっと一緒にいてほしい、そんな少女らしい他愛もない願いが、フェイトとアルフを繋ぐ
「ありがとう…アルフ……でもね…? 私、それでも……母さんの願いをかなえてあげたいの」
フェイトは儚げに微笑みながら、胸に顔を埋めて泣きじゃくるアルフを撫でて落ち着かせる。
何年もずっと一緒にいた相棒の言葉でも、フェイトの意思は揺るぐことはなかった。むしろ自分の願いで、相棒に耐えず負担をかけ続けることを悔やんでいるようであった。
自分の思いが届かないことを悔やむも、アルフはフェイトの胸の鼓動を聞きながら黙り込んでいた。
「あともう少し……最後まで、もう少しだから……だからお願い…」
「……うん」
アルフは悟る。自分の主人はもう、止まってはくれないのだと、この現状から逃げ出すつもりなどないのだと。
望んでくれさえすれば、アルフは今すぐにでもフェイトを連れて逃げ出すつもりになっていた。かつて彼女がそうしてくれたように、周りは敵だらけのこの世界から連れ出そうと思っていた。
しかしそれを望まないフェイトを救うことは、今のアルフにはできそうになかった。
「フェイトが悲しんでると、あたしの胸もちぎれそうに痛いんだ…いつも…あたしも目と鼻の奥がツンとして、どうしようもなくなる…」
「私とアルフは…少しだけど精神リンクしてるからね。ごめんね…アルフが痛いなら……私、もう悲しまないし、泣かないよ…」
「あたしは…っ、フェイトに笑って、幸せになってほしいだけなんだ…‼」
「ごめんね、ありがとう……アルフ」
泣き続ける使い魔を一旦離し、フェイトはその目を真正面から見つめ返す。赤い宝石の瞳が深い青の瞳に映り込み、不思議な色合いとなっている様子が見えた。
「でもね…私、母さんの願いをかなえてあげたいのは、母さんのためだけじゃない……きっと、自分のためなんだ。私自身が母さんを助けたいからなんだ」
それは、少女の抱く純粋な願いであった。
どれだけ辛くあたられても、愛情を感じられず寂しさが募ろうとも、少女は母のために懸命になる。振り向いてほしいからではなく、母の目に光を取り戻すため。認めてほしいからではなく、ただ母に喜んでほしいがために、少女は危険を顧みず困難に挑み続ける。
それは側から見れば、依存に他ならない。しかしフェイトにとってのそれは、間違いなく自分の中で生まれた願いであり、この世に存在する理由であった。
アルフはリンクを通じて伝わってくる思いに目を閉じ、涙を拭うと強い眼差しをフェイトに向けた。
「フェイト、約束して…あの人の言いなりじゃなくて……フェイトはフェイトのために、自分のために頑張るって…そしたらあたしは、必ずフェイトを守るから‼」
「うん…」
目を真っ赤にしながらそう誓う家族に、フェイトは嬉しそうに表情を綻ばせる。
その道の先に待っているのが幸福か破滅であるかもわからず、しかし少女たちは、目の前に続いている一本道をただ歩き続ける他になかった。
「あと……7個か」
荒々しく波が打ち付けてくる岩場、海鳴市の港から離れた海岸の端で、アインは一人佇みながら呟いた。
波飛沫が大量にかかってくるも気にした様子はなく、遠く広がる雲一つない青空と穏やかな水面を眺め、憂鬱そうなため息をこぼした。
ジュエルシードの捜索は、アースラクルーの助力もあって順調に進んでいた。発動よりも前に微弱な魔力の波動を感知し、該当箇所で待ち伏せ、発動とほぼ同時に確保するという迅速な対応のおかげで、目立った被害も騒ぎもなく状況は進みつつあった。
しかしこれまで姿を全く見せずにいるフェイトたちも、地道な捜索の効果でアースラよりも先回りすることがあり、残る全てのジュエルシードを手に入れられたわけではなかった。
そんな中、アースラは新たな問題に直面していた。
残り数個のジュエルシードの所在がつかめなくなってしまったのだ。発動した形跡がないのが幸いだったが、順調だった捜索はここにきて暗礁に乗り上げてしまっていた。
〔捜索範囲は地上以外にも広げていますが、あとは探すとなれば……〕
〔海…だな。まず間違いはないだろう〕
通信越しにエイミィがこぼすため息に、アインも億劫そうに肩をすくめて眉を寄せる。推理とは言えないほどの単純な答えに、双方気が重くなるようだった。
ゆえにアインは、先んじてこの場所に降り立っていた。己の直感と気配察知能力、そして脚を使った地道な捜索を行うためだ。
アースラのメンバーも海の中に観測機を回しているものの、水深数百から数千メートルの海中では歯が立たないらしく、どちらも芳しい報告はまだ上がってきていなかった。
〔だがどうする? いちいち潜って探し回るか? 砂漠で一粒の砂を探すようなものだろう?〕
〔いやいや、さすがにそれは冗談でも笑えませんよぉ~。……下手したらアインさん、上の人たちの命令でほんとに行かされますよ?〕
〔……さすがに深海で耐えられるかどうかは試してないな〕
やろうと思えばできなくはない、とアインは口には出さずに皮肉げな笑みを浮かべる。アインの体のことを考えれば確かに実行可能な策ではあったが、実際に行うには無駄が多く効率が悪すぎる。
だが確かに、上層部の耳にでも入れば嬉々として許可が降りるであろう。首輪をつけ、リードで繋がれた犬が逆らうことなどできないと確信し、楽観視している連中からしてみれば、うまい道具の使い方だと考えることだろう。
〔まぁ……ちょっとだけ待っていてください。どうにかこっちの計器で探し出せないか頑張ってるところですから〕
〔頼んだ〕
そんな作戦など到底認められないエイミィは、苦笑しながらアインにそう告げ、通信を切る。
空間モニターが消え、再び一人になったアインは青空を見上げ、さざめきと風の音を耳にしながら深いため息をついた。
「……はぁ。ヒマだな」
居心地の悪いアースラ艦内で出動を待つよりはと、半ば勝手に海辺へ降り立ってみたはいいものの、大した成果は得られずにいた。
確かにジュエルシードの気配は感じる。しかし匂いが水に流されてかき消されてしまうように、もともとかすかな反応しか見せない発動前のジュエルシードの気配がさらに薄れてしまっている。
「……さすがにこう遠くては、察知するのも難しいか」
今更華々しい活躍をしても出世などあり得ないし、もともと権力にも興味などない。自分が今この場で管理局に与していること自体がアインの望みに繋がっているために、任務を与えられないことに不満はない。
しかしそれでも、人生のほとんどを現場で過ごしてきたと言っても過言ではないアインには、何もさせてもらえないというのはまた別の意味で苦痛であった。
「…………ん?」
さてどう暇を潰そうかと空を仰いでいたアインは、ふとした瞬間に違和感を覚える。
いつの間にか風の流れが変わっている。先ほどよりも強く、そしてある一点に向かって吹き抜けている。それに伴い足元で弾けていた波飛沫も徐々に勢いを増し、岩場に打ち付けて大変危険な音を轟かせ始めていた。
明らかに自然的な現象ではない。何者かによる意図的な天候操作が行われている。
「これは…まさかあいつら……!」
アインは激しく波打つ海岸近くから跳躍すると、激流に攫われないように高い岩の上に乗り移る。
険しい表情で辺りを見渡せば、かすかに感じていたジュエルシードの気配が徐々にはっきりとしてくる。今はもう、正確な場所まで把握できそうなほどの反応の強さだ。
同時にアインは、その気配がするのと同じ方向に覚えのある魔力の気配を感じ取っていた。
「……最悪だ。あいつら…あそこまで馬鹿だったとはな……!」
忌々しげに歯を食いしばり、徐々に黒く染まっていく空と荒れ狂う海を睨みつける。
憤怒の表情で嵐の中仁王立ちするアインの耳に、デバイスに入った緊急通信からの声が届いた。
『エマージェンシー! 捜査区域の海上にて大型の魔力反応を感知!』
通信の声が合図になったかのように、海はさらに荒れ狂いその光景を戦慄のものに変えていく。
やがて気配の中心へと集っていく波がみるみるうちに渦を巻き、巨大な七つの激流の竜巻きへと変貌していった。まるで海に棲む龍が天へと登るように、大気を震わせる轟音を纏いながら暗雲の中へとそびえ立っていく。
常識を超えた脅威が今、海鳴市に迫りつつあった。