【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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4.夢を真に

「ハァ……これでまた始末書地獄の再来だな。今度は何ヶ月拘束されることやら」

 

 近づいてくる竜巻を剣撃で弾き飛ばし、アインは気だるげにそう呟く。

 よく見れば、竜巻同士は互いに融合しようと近づいてきているのだとわかる。一つずつ力尽くで魔力を霧散させ、一時的に動きを止めることは可能だが、残る六つを放置するには少し危険な状況のようだ。

 格好つけて介入したはいいが、結局はフェイトの盾にしか慣れていないことに気づき、アインの眉間に小さくシワが寄った。

 

「……あんた、どうして」

 

 微妙な表情で立ち尽くすアインの背に、戸惑い気味のアルフの声がかけられる。満身創痍に近い状態のフェイトに寄り添いながら見つめてくるその目には、アインへの疑いと主人が無事だったことへの安堵が入り混じっていた。

 迫り来る竜巻を蹴り飛ばし、唖然としたままのアインはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

「大した理由じゃない。……子供を守るのは、大人の役目だ。ただそれだけのことだよ」

 

 アインがそう告げると、アルフはますます懐疑的な視線を向けてくる。

 別に笑いを取りたかったわけではないが、一切気を許す気配を見せない二人の態度に若干アインのやる気が減ってしまう。それなりに交流があるのだから少しぐらい態度を軟化させてくれてもいいのではないかとも思ってしまう。

 どうしたものかと虚空を見上げていたその時、アースラと繋いだままであった通信から何やら騒がしい声が聞こえてきた。

 

『ごめんなさい‼ 高町なのは…指示を無視して勝手な行動をとります!』

『君…⁉』

『なのはさん…⁉』

 

 アインにとっては弟子に近い少女の慌てた様子の声と、それを止めようとするアースラの面々の声に、アインの片眉が上げられる。

 久々に聞いたなのはの声は明るく弾んでいて、どこか吹っ切れたような軽さを持っている。最後に顔を見たときは打ちのめされたような表情にしてしまったのに、何があったのかとアインは首をかしげる。

 

「……あいつら」

 

 罰を受けるのは自分一人でいいと考えていたアインにとっては招かれざる客である。しかし違反行為を行っているアインが注意するわけにもいかず、同時になぜか胸の奥から暑い感情が湧き出してくるのを感じた。

 転送装置の光の中から、純白のバリアジャケットをまとった少女が飛び出してくるのを見守り、アインは自分でも知らない間に微笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 クロノは怒り心頭といった様子で、モニターに映る大災害の中に乱入する少女と少年を凝視する。

 妙な度胸のある少女達だと言うことはわかっていたが、あの騎士に影響されてここまで堂々と命令違反を起こすとは思ってもみなかった。最初に顔を合わせた時の素直な良い子という印象が、あっという間に塗りつぶされてしまった気分だ。

 

「君たちまで何をやっているんだ! マンダリン陸佐の話を聞いていなかったのか⁉」

 

 しかしこのまま放置するわけにはいかない。今の所フェイトに攻撃してくる気配はないが、それでも十分危ない行動に出ている。彼女達への危険を考えれば、今すぐにでも連れ戻すべきであった。

 しかしそれを、クロノの肩に手をおいて止める者がいた。

 

「やめておけ、クロノ。もう無駄だ」

 

 呆れたような、あるいは安堵したようなため息をついたサクソが、眩しい者を見るように目を細めてアインとなのは達が集まっている光景を見つめる。

 隣に立つムーヴも懐かしい者を見るような穏やかな表情を浮かべ、フェイトに必死に語りかけるなのはと疑いながら距離をとっているフェイトを見つめる。

 フェイトはアインを盾にするように身を隠し、なのははそんなフェイトの態度に悲しげに眉尻を下げている。災害の中にいるとは思えないような微笑ましい光景が、そこには広がっていた。

 

「一度これと決めて走り出したあの子たちは、もう俺たちの手では止められまい」

 

 もうすでに説得を諦めているようなサクソの言葉に反論しようとするクロノだったが、澄んだ真っ直ぐな目でじっと見つめ返されると形容しがたい何かを感じ取ったようで、やがて苦虫を噛み潰したような表情で口を閉ざした。

 サクソは黙り込んでしまったクロノの肩を軽く叩き、ムーヴとともになのはが使用した転送装置に向かって歩き出した。

 

「さて、では俺たちも行くとしようか」

「そうですね」

「マンダリン陸佐‼︎ カムシン陸尉まで‼︎」

 

 ハッと我に帰ったクロノは、物のついでだと言わんばかりに軽い態度で現場に向かおうとしている二人に目を剥く。

 放置するならまだしも、まさか一緒になって命令違反を行おうとするとは思っておらず、不敵な笑みを浮かべる二人を信じられない者を見る目で凝視していた。

 

「あなたたちまでアルデブラント陸士の言うことを……!」

 

 全ての原因とも言えるアインを苦々しげに睨みつけるクロノだったが、すでに通信は切られてしまったために文句をいうこともできない。

 味方を危険に巻き込む迷惑な存在と認識し、険しい表情で黙り込むクロノに、サクソはため息をつきながら告げた。

 

「あの子たちにとって、俺たちは魔法使い―――夢と希望を叶える存在だ。その夢を、俺たちが潰すわけにはいくまい」

「そんなもの……屁理屈です‼︎ 夢で任務は果たせない……いつか夢は覚め、子供は現実に押しつぶされる‼︎」

「だからこそ、俺たち大人が子供の夢を守らねばならんのだよ」

 

 サクソは苦笑しながら、自分に言い聞かせるように吠えるクロノを見やり、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 表面上は見えないが、内心では激しい葛藤と戦っている少年が、サクソにはいじらしくて仕方がなかった。

 

「当然、お前もだぞ。クロノ」

「…………!」

 

 口では厳しいことを言うクロノだが、実際は真っ直ぐな信念を持った熱い男である。犯罪に加担しているとはいえ、いたいけな少女が苦しむ姿を見て何も思わないわけではない。

 しかし根が真面目なため、セオリー通りにしか動けない融通の効かなさがあった。少女一人の無事と確実な任務の遂行、それらを天秤にかけてどちらを優先すべきかと言う答えを、一つしか見つけられずにいた。

 

「クロノくん、ここは君の負けだよ」

「! エイミィ……」

 

 迷うような表情のクロノに、いたずらっぽい笑顔を浮かべたエイミィが告げる。

 フェイトが苦しむ姿にわずかに表情を歪めていた彼女だったが、いまはもう心底安堵した様子で肩の力を抜いている。

 気づけば、他のオペレーターや魔導師達もいつのまにか、同じように安堵の表情を浮かべていた。

 

「子供の夢を守る、世界も守る。両方やらないといけないのが、管理局(わたしたち)の辛いところよね」

 

 リンディも苦笑し、モニターの向こう側で二人の少女に挟まれて頬をかいているアインに目を向ける。

 無茶ばかりをやっていた昔と何も変わらない、きっとずっと変わることのない、身勝手で向こう見ずな彼の騎士の姿。その光景に、諦観とともに安堵も覚えてしまうのだから、自分も相当彼女に毒されてしまっているようだ。

 同じく憑き物がとれたかのような上司の、母に様子にクロノはすっかり呆れ、深いため息とともに肩を落とす。

 

「甘すぎる……全くもって甘すぎる……!」

 

 ジンガーもナディアも、リンディ達の態度の変化に納得できなさそうに表情を歪め、アインをモニター越しにきつく睨みつける。

 しかしそれは、命令一つ聞けない身勝手な裏切り者に対する憎悪などではなく、やるべきことを先取りされた嫉妬の感情のように見えたが、二人ともそれに気づくことはなかった。

 他の地上本部の面々も悔しそうに歯をくいしばる中、インシグニアだけがどこか見直したような穏やかな表情を浮かべていた。

 

「仕方がないわね。たった今より、マンダリン陸佐、カミジョウ陸尉両名の戦闘行為を許可します! ジュエルシードの暴走を抑え、高町なのはら4名の安全を確保すること! ……それと」

 

 ため息をこぼすと、その直後にリンディは艦長としての威厳を戻し、部下達に新たな命令を下す。

 しかし口元にだけわずかに、聞き分けのない子供に向けるような呆れ気味の笑みを浮かべてみせた。

 

「勝手に出ていった大きな子供にお説教をしなければならないので、引きずってでも連れてくること。……いいですね?」

「フッ……了解した」

 

 

「あ、あんた達…」

 

 転移の魔法の光の中から現れた二人の魔導師、なのはとユーノの姿を目にしたアルフは、信じられないといった様子で立ち尽くす。

 普段の彼女であれば、二人をフェイトの邪魔をする障害として全力で排除しようとしたかもしれない。それほどまでにアルフには余裕が失われ、フェイトを守ることに必死になっていた。

 

「ユーノ、しばらくこいつらを抑えつけろ。一撃で仕留める」

「はい!」

 

 横目だけを向け、淡々と与えられるアインの指示に、ユーノはやる気をみなぎらせた声で応じ、両手から緑色の鎖を発射させる。

 魔法の鎖は激流の塊である竜巻を縛り、その進行方向を無理やり一点に絞られる。しかしやはり七つ同時に拘束するのは難しいのか、脂汗を流すユーノはきつく歯を食いしばり、ズルズルと引きずられつつあった。

 

「手伝って、フェイトちゃん。みんなであのジュエルシードを止めよう」

 

 しかしアインの切なげな言葉に、そしてなのはの真っ直ぐな瞳に見つめられ、彼女達を敵と見なすことができなくなっていた。

 だがそれでも、目の前にいるのはずっと敵対し続けていた相手である。心無い言葉を浴びせかけたこともあれば、傷つけたこともある。ずっと差し伸べられてきた手を振り払ってきた自分たちが、どうしてその手を掴めるだろうか。

 

「……私は」

 

 冷たく振る舞い続けていたフェイトの表情に、迷いが表れる。苦しくて辛い、痛む心が差し出された手を望んでいるのに、これまで犯してきた罪への罪悪感がそれを掴むことを邪魔する。

 なのはの、アインの想いを疑ってしまい、無意識に見えない壁を作り始めてしまったフェイトが、うつむき気味に目を逸らす。

 

【Divide energy.】

「……!」

 

 レイジングハートの宝玉が赤く輝き、バルディッシュの金の宝玉に向けて桜色の波を届かせる。なのはの持つ魔力を半分、デバイスを介してフェイトに流したのだ。

  なのはのフェイトに勝るとも劣らない豊潤な魔力が、墜落しかけていたフェイトに活力を取り戻させる。そこらの魔導師ではできない、なのはのような魔導師にこそできる荒技であった。

 

【Power charge.】

「二人できっちり……はんぶんこ!」

【Supply complete.】

 

 ちょうど同じ魔力量を与えられ、バルディッシュに光が戻る。同時に不安定だったフェイトの飛行も落ち着き、青かった表情もかなり回復する。

 それでもためらいの表情を浮かべるフェイトを見て、アルフは渋い表情でなのはとアインを睨み、そして竜巻とそれに対処するユーノに目を向ける。複雑そうに眉間にしわを寄せていたアルフは、やがて諦めたようにため息をつき、その手から橙色の鎖を射出した。

 

「あーあー。見てらんなくて手伝っちゃったよ」

 

 呆れたような、しかしそれでいて喜ばしそうな声でアルフがぼやき、竜巻に鎖を巻きつけて思いっきり引き寄せる。

 竜巻を押さえつける力が増やされ、徐々に一点に集められていくと、ユーノはホッとしたように表情を綻ばせ、不敵な笑みを浮かべるアルフと視線を合わせた。

 

「ユーノ君とアルフさんが止めてくれているうちに! 私たち三人で、せーので一気に封印‼︎」

 

 標的が一箇所に集められていくのを確認し、なのははレイジングハートに魔力を注ぎ込み、封印砲の準備を進める。いつもより魔力がみなぎっている気がし、かつてない威力の魔法が完成していく。

 何も答えられず立ち尽くすフェイトは、手に持ったままのバルディッシュの刃が修復されてく光景を目にして言葉を失う。

 命令したわけではない。バルディッシュが自らそれを行なっているのだ。

 

「バルディッシュが…自分の意志で…!」

 

 愛機からの言葉はない。しかし力強く輝くその光の刃が、まるでフェイトにこう告げているようだ。共に、戦えと。

 フェイトの瞳に宿っていた迷いが薄れ、キッと決意の光が宿るのを目にすると、アインはニヤリと笑みを浮かべて竜巻の方へと視線を戻した。

 鎖で拘束された竜巻は一定の距離を保ったまま、一箇所にまとめて繋ぎとめられている。あとはもう、暴走する魔力をまとめて吹き飛ばせるだけの一撃を叩き込んでやるだけだった。

 

「さぁ行くぞ‼︎ 思いっきりぶっ飛ばしてやれ‼︎」

 

 真紅の翼を広げ、アインはブレイラウザーを掲げるとホルダーを展開し、四枚のカードを抜き出して剣の溝に差し、スライドさせていく。

 

【SLASH, THUNDER, METAL, MACH】

 

 斬撃の蜥蜴、雷撃の鹿、鋼鉄の三葉虫、疾走の豹。四種の異能力を持つ魔物の力が解き放たれ、アインの甲冑に集められていく。

 雷のような光となってティアラから放たれた雷電が、甲冑を伝わって剣へと移っていくと、凄まじい嵐のような力が放出され始めた。アイン自身が暴風となったかのような、そんな迫力を醸し出し始めていた。

 

(うん、やっとわかった)

 

 竜巻に向けて、三人の魔導師が向かっていく光景を目にし、なのはは小さく笑みをこぼす。

 フェイトに会った時から、アインと自分の因縁を聞かされた時からくすぶっていたモヤモヤとした気持ちが、いまこの瞬間かき消されていくのを感じる。

 見えなくなったことに不安を抱き、無意識に視線を逸らし続けていたものがいま、はっきりと見えてくる。

 

(一人ぼっちで寂しくて悲しい時に、一番してほしいことは……大丈夫?って聞いてもらうことでも、優しくしてもらうことでもない)

 

 隣に立っている二人を見やり、くすぐったそうに笑うなのはの手の中で、桜色の光が徐々に収束していく。

 迷いが晴れた少女が紡ぐ魔法は、これまでとは比べ物にならない精度を誇る。全身のコンディションは最高潮に達し、スムーズに体内の魔力が魔法陣に送られていく。

 

(あの日、一人ぼっちになりそうだった私に、あなたが教えてくれた)

 

 金色の光を大鎌に集めていくフェイトのさらに隣で、青い雷光を纏うアインの姿が見える。

 彼女はずっと変わらないままだった。泣いているばかりだった自分のそばにいてくれたのは、贖罪のためだけではなかった。それが彼女にとって、なのはに必要なことだと思ったから、そうしてくれたのだ。

 ただ隣にいることがどれだけ救いになるのか、それが今なのはにはようやくわかった。

 

(今度は私が、フェイトちゃんに伝える番だ……‼︎)

 

 桜色と金色の光が、曇天の下で眩しく輝きを放つ。限界まで放出された魔力がデバイスに集い、強大な力を生み出していく。

 三人の間にはまだわずかに距離が空いている。しかし今は、同じ方向を向いている。そのわずかな一歩が、なのはには嬉しくて仕方がなかった。

 

「せええ―――のっ‼︎」

 

 なのはが率先して音頭を取り、封印砲の砲口を竜巻に向けて構える。キラキラと輝く桜色の星と放電する金色のいかづちがひときわ輝きを増していく。

 そして次の瞬間、なのはの声でタイミングを合わせた三人の魔導師は、限りなく同時に魔法を発動させていた。

 

「サンダー…………レイジッ‼︎」

「ディバイ―――ン、バスタ――――っっ‼︎」

雷鳴の暴風(ライトニング・テンペスト)ォォォ――――‼︎」

 

 金色の巨大な斬撃が、桜色の閃光が、青色の暴風が竜巻の集合体に向けて放たれ、一つに合わさって激流を吹き飛ばしていく。

 轟々と渦を巻いていた激流はさしたる抵抗もままならずに消し飛び、残された七つのジュエルシードは三色の閃光の中に飲み込まれていく。邪悪な輝きが、一瞬にして神々しい光に塗り潰されていったた。

 

 天に渦巻いていた黒雲までもが散り散りに吹き飛ばされていく光景に、アースラ艦内の面々は呆然と立ち尽くしていた。

 

「すごい……! ジュエルシード7個、一発で完全封印‼︎」

「なんてデタラメな……」

「でも、凄いわ……!」

 

 クロノは頬を引きつらせ、エイミィとリンディは戦慄の表情を浮かべながらも、興奮したようにモニターを凝視している。インシグニアも同じように、とてつもない一撃を見せつけたアインをこれでもかと目を見開いて凝視する。

 ジンガーやナディア、地上本部の局員たちは派手な大技を披露した年下の少女たちと嫌われ者の女騎士を悔しそうに凝視し、しかしそれでも感嘆に似た唸り声をあげる。

 転送装置の前で備えていたサクソとムーヴは、すでにジュエルシードが反応を消していることにふっと苦笑を浮かべた。

 

「…我々の出番は、なかったようですね」

「そういう日もあるだろう」

 

 二人ともやや不完全燃焼気味だったものの、何処と無くわかっていたようにため息をつき、晴れ渡った空の下で佇む少女たちをまぶしそうに見やる。

 じっとまっすぐな瞳で見つめ合う二人の少女たちを、大人たちは微笑ましそうに見つめていた。

 

 

「フェイトちゃんに言いたいこと……やっとまとまったんだ」

 

 すっかり凪いだ風の中、漣の音だけが聞こえてくる心地のいい空間の中で、なのははフェイトを見つめながら告げる。

 フェイトはその表情に緊張と戸惑いを織り交ぜ、答えを見出したような明るい表情を見せる少女を見つめ返す。数日前までは迷ってばかりだったはずの少女が、今は逆に自分を圧倒する決意を見せていることが不思議で仕方がなかった。

 

「私はフェイトちゃんといろんなことを話し合って……伝え合いたい」

 

 なのはは戸惑うフェイトの気持ちも察しながら、優しい微笑みを浮かべて手を伸ばす。

 最初に鮮烈な出会いを経験し、敵意と拒絶を受けながらもどうしても見過ごすことができなかった相手。どうして出会ったばかりの女の子にそんな想いを抱くようになったのか、なのははもう気づいていた。

 

「友達に、なりたいんだ」

 

 くすぐったそうな、気恥ずかしそうな笑顔を浮かべ、なのははフェイトにそっと手を差し出す。

 自分のためではない、誰かのために一生懸命に頑張る、一人ぼっちの寂しそうな女の子にできる最も大きなお節介。自分がかつてしてもらえたことを、目の前の女の子にもしてあげたかった。

 

 フェイトはただ、困惑した様子で差し出された手をなのはの目を見比べ、不安げに目を伏せて視線をそらそうとする。

 しかし目の前の少女が決して目をそらそうとしないことに気がつくと、助けを求めるように使い魔を、そして青い騎士に目を向ける。

 使い魔もまた戸惑い反応を返すことができず、騎士は微笑みを浮かべながらフェイトを見つめ返す。

 

 なのははただ、静かにフェイトの答えを待っていた。

 徐々に、徐々に距離を詰めていく少女たちの手が、そっと触れ合いそうになった時。

 

 ビキッと、何かが割れる音がした。

 

「―――⁉︎」

 

 少女たちは目を見開き、視界の端に映る奇妙なものに目を奪われる。

 ガラスにヒビが入ったような、しかし今まで聞いたことのない耳障りな音の正体。それを目にした瞬間、少女たちは言葉も忘れてその場で凍りついてしまっていた。

 空に入った亀裂―――比喩ではなく空間そのものが砕かれ、どこへつながっているかもわからない穴がぽっかりと口を開けている。底なしの穴を覗いたかのような恐怖が噴き出し、少女たちをその場に縫い付けていた。

 その穴の奥から、一対の真っ赤な目がギロリと、こちら側を覗いているのが見えた。

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