【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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5.邪神降臨

 それは、なのはとフェイト、アインが高出力魔力法を発動し、七つのジュエルシードを一斉に封印するわずか数秒前のことだった。

 アースラの機材が一斉にアラートを鳴らし、艦内の全員に事態の危険度を叫び伝える。オペレーターたちの前の景気は全て異常な数値を叩き出し、センサーの類が壊れるのではないかというほどの変動を見せていた。

 

「次元干渉……⁉︎ 別次元から本艦・および戦闘空域に向けて高次魔力きます‼︎ あ、あと6秒⁉︎」

「な……⁉︎」

 

 エイミィの報告に、クロノもリンディもその表情をさっと変える。

 途端に時空間に停留しているアースラに、大きな揺れが襲いかかる。局員たちは震える艦内で必死に踏ん張りながら、職務を全うしようと計器にしがみつき、モニターを睨みつける。

 リンディも艦長席で踏ん張り平静を保とうとするが、その表情には隠しきれない狼狽が現れていた。

 

「こ、これは一体……⁉︎」

「まさか、これってクロノくんが言っていた……⁉︎」

 

 次元を跳躍する力は生半可なものではなく、非常に膨大な魔力と技術力が必要となる代物である。もしも個人でそれが使用できる場合は、想定外の場所からの強力な魔法攻撃にも使用できる。

 そうそうそんな実力者は存在しないが、今回の事件について調べていたエイミィにはそれを可能とする人物に心当たりがあった。

 

 本事件の重要参考人、ジュエルシードを求める謎多き少女フェイトが名乗るテスタロッサの名。それと同じファミリーネームを持つ、悪名を轟かせる魔導師の名が、エイミィの脳裏には浮かんでいる。

 彼女であればそれが可能である。そう考えていたエイミィだったが、計器に表示される数値をもう一度確認していると、徐々にその表情に変化が現れた。

 

「え……違う‼︎ 何、この反応⁉︎」

 

 エイミィが凝視する、エネルギーの動きを表したモニターには、先ほどまで時空間を貫く膨大な力が映されていた。

 しかし数秒たった今、その様子は変わっている。時空に穴を開けた〝力〟が、その穴をこじ開けるかのように形を変え、身を乗り出そうとしているように見えた。

 

 

 それは、明確な悪意を持ってその場所に現れた。

 そら、正確には空間の壁をガラスの様に砕いて顔を出したそれは、血のような赤い瞳でなのは達を睥睨し、奇妙な唸り声を響かせる。長く太い一本の角が生えた兜のようなものの下から覗くその目には、すべての生物に対する邪悪な感情が隠しきれていない。

 ところどころに金色の装飾が施された、四つの肩の前にトランプと同じ紋章(シンボル)を刻んだ純白の鎧を纏い、数十階建てのビル程はある巨体で今もなお境界を割り裂いて乗りこもうとしていた。

 四本の腕で境界を掴み、バキバキと世界そのものを軋ませ、徐々に徐々にこちら側の世界へと入り込んでくる光景は、なのは達にはもはやこの世のものとは思えなかった。

 

「―――なに、あれ?」

 

 なのはは空中で呆然と立ち尽くしながら、異空間の向こう側から近づいてくる巨大な異形を凝視し続けるほかにない。

 異形ならばジュエルシードが取り憑いた暴走体と何度も相対し、その都度倒して封印してきた。何度か遭遇した白い群体の異形も、アインが率先して相手をしてきたために、無意識のうちにさしたる脅威とさえ認識していなかった。

 だが、今目の前にいるこの存在だけは、明らかに格が違うとなぜか認識していた。本能的な恐怖が、あの巨大な異形に立ち向かうことを拒絶させ、その場から逃げ出す気力さえも奪い去ってしまっていた。

 

〔フェイト……‼︎〕

「⁉ か、母さん……⁉︎」

 

 同じく立ち尽くすフェイトのもとに、時の庭園の母からの念話が届く。

 慌てて我に返ったフェイトは、母の方から連絡を受けたことなど初めてであることを思い出し戸惑いながらも、突如顔を出した異形から目を離さないまま念話に応じる。

 念話越し故に、母の顔は全くうかがうことはできない。しかしたとえ顔が見えなくても、上擦った声と早まる口調から、プレシアがかつてないほどに狼狽し、焦っていることは明らかであった。

 

〔今すぐにそこから離れなさい‼︎〕

 

 プレシアがそう叫んだ直後、巨大な異形が新たな動きを見せた。

 ぎょろりと不気味に光る赤い瞳を動かしたかと思うと、視界に少女たちと、そして宙に浮かぶジュエルシードを捉え、面頬に似た仮面の口を大きく開いた。

 その瞬間、なのはとフェイトの愛機たちがそれぞれ輝き、独自の判断で魔法を発動させていた。

 

【【Protection!】】

「―――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼︎」

 

 放たれたのは、凡そ生物に出せる咆哮ではなかった。無数の金属片がこすれあうような、無数の獣が吠えるような、様々な不快な音を全て混ぜて一息に放ったかのような騒音が、なのはたちに襲いかかった。

 その声事態に特殊な効果があったわけではない。しかし突然目と鼻の先の距離から発せられたその音は、ジュエルシードの封印という大事を終えた後に油断した彼女たちには、あまりにも有効だった。

 

「く……あ……‼」

「なん…だ……この声…‼」

 

 大気が震え、体の奥底にまで振動が伝わってくるほどの巨大な音に誰もが耳を塞ぐが、その程度で異形の咆哮を防ぎきることなどできない。防御魔法が間に合っていなければ、全員の鼓膜はなす術なく破られていたであろう。

 ビリビリと臓腑が震えるという気持ちの悪さから、即座にその場を離れるという判断ができなかったのは仕方のないことだった。

 しかしその誤った判断が、命取りとなった。

 

「! なのは、危ない‼」

「ふぇ⁉︎ な…なに⁉︎」

 

 レイジングハートの防御壁に守られるユーノが事態に気づき、すぐ近くで騒音に耐えていたなのはに叫ぶ。だが自らの手のひらで耳を抑えていたなのはは、ユーノがなんといったのかもわからず振り向いて聞き返そうとする。

 しかしその瞬間、なのはは自分が巨大な影に覆われていることに気づいた。

 軋む人形のようにぎこちなく振り向いてみれば、空間を割り裂いていた巨大な異形の片腕が、ゆっくりとなのはの方へと近づけられているのが見えた。太く長い骨のような、三本の鋭く尖った指を持つ異形の腕の影が、なのはの小さな体を覆い潰すように迫っていたのだ。

 

「あ……あ…!」

 

 比較することすらも馬鹿らしくなる巨大な掌を目の前にして、なのはの思考は完全に停止する。

 なのはに向けられる異形の腕が、唐突にバチッと雷電を帯びる。どこか見覚えのある青い稲妻を凝視しながら、傍からのユーノの声やフェイトとアルフからの声も耳に入らず、恐怖で表情を引きつらせたまま硬直してしまう。

 

「―――⁉︎」

 

 突然、そんな彼女の襟首がぐいっと後方に引っ張られる。突然のことになのはは一瞬で我に返り、自身を押しのけた人物の背中を凝視して言葉を失う。

 なのはとユーノを同時に押し出し、代わりに己が前に出ている青と銀の鎧。眩しい雷光に照らされながら、必死の形相で異形の前に立ちふさがる騎士に、なのはは別の理由で顔色を変えた。

 

「アインさんっ⁉」

 

 弾き出されたなのはが叫んだ直後、異形の手のひらに集まっていた雷電が異様なほどの閃光を放つ。

 視界が一瞬で真っ白に染め上げられ、現場にいた者やアースラ艦内の局員たちは皆同時に目を塞ぐ。失明していてもおかしくないほどの眩しさに誰もが呻き声を上げ、微塵も状況を把握できなくなっていた。

 

「―――かはっ…」

 

 視界を潰す真っ白な光の中、割れた器から空気が漏れるような儚い声が聞こえてくる。

 眩しさでまた閉じそうになる瞼を無理矢理こじ開けたなのはは、徐々に収まっていく閃光の中で照らし出される、真っ黒な影を見つける。

 肉が焦げた鼻につく匂いとしゅうしゅうと煙の上がる音、そして空に噴き出す緑色の霧。青と銀の鎧が真っ黒に染まり、ところどころが抉れた歪な影が、かろうじて人の姿を残していることに気づく。

 燃える金色の髪と赤い翼の断片が、それがいったい誰であるのかを表していて、なのははようやく事態に気づくことができた。

 

「い……いやあああああ⁉︎」

 

 師のひとりの変わり果てた姿に、なのはの口から悲鳴が上がる。

 その声に応えることはなく、全身を真緑に染め上げ、炭化し崩れた手足をボロボロとこぼしながら、アインは真っ逆さまに海に向かって墜ちていった。

 確認するまでもなく、生きているとは思えない酷い状態の彼女を目の当たりにして、なのはは完全にパニックに陥っていた。

 

「なのは、危ない…‼」

「でも、アインさんが…‼」

 

 必死になのはを羽交い締めにし、異形から逃れるために引きずっていくユーノの声さえもなのはは半狂乱になって拒絶する。

 ユーノとてアインが墜とされたことに対して混乱していた。しかし自分よりも取り乱すなのはを見て逆に冷静になれたことで、彼らはわずかに窮地を脱しようとしていた。

 同じく我に返ったフェイトとアルフもすぐさま退避しながら、言葉を失っていた。

 

「何なんだいあれは…⁉」

 

 

「…なん…だぁ、ありゃあ…」

 

 アースラの艦内もまた、異常な緊張と喧騒が渦巻いていた。異形の放つ反応の異常さに計器は悲鳴をあげ、それを確認するオペレーターたちは己の正気を疑いつつある。

 待機していた武装隊員や地上本部の面々も、これまで遭遇したことのない怪物を目の前にして固まってしまっていた。

 

「魔力数値急上昇! ま……まだ上がってる…⁉︎」

「周囲の磁場に異常な乱れを観測! け、計測しきれません!」

 

 モニターの数値は異常な速度で変動を繰り返し、アラートが絶えることなくなり続ける。さらには異形の放つ力が影響を及ぼしているのか、モニターは先ほどからノイズが混じりっぱなしでまともに映すこともできないでいる。

 歴戦の局員たちでさえ対応しきれない異常事態が起き、誰もがその場で呆然となっていた。

 

「なんなの…この異常な反応⁉︎ あの巨人が起こしてるの⁉︎」

 

 

 全ての人間の視線を独占し、一撃でアインを墜とした異形は再びゆっくりと、己の巨大な腕を伸ばしていく。

 その向かう先に青い七つの宝石の輝きがあることに気づくと、アルフはすぐさま血相を変えて動いた。

 

「! させるかよ!」

 

 あれが何者なのかも、どうやって姿を現したのかなど何もわからない。しかしその目的が自分たちと同じとわかった以上は、これ以上好き勝手にやらせるわけにはいかなかった。

 先ほどの雷撃に注意しつつ、疲弊したフェイトの代わりにジュエルシードに向かって一直線に飛翔するアルフ。

 だが異形の腕を追い抜こうとした時、太く思い大樹のような腕がいきなり方向を変えた。

 

「うわっ⁉︎」

「きゃああっ‼︎」

 

 ジュエルシードに手を伸ばしていたアルフは、とっさに防御の体制をとったものの巨大な壁に激突し、フェイトの方にまで弾き飛ばされてしまう。

 障害物のない空中ではうまく止まれず、異形がジュエルシードを手の中に収める光景をまざまざと見せつけられる羽目になった。

 

「ち…くしょうっ!」

 

 顔をくしゃくしゃにして悔しがるアルフを、同じくらいに険しい表情で受け止めるフェイト。

 未だ混乱の中にあるなのはを抱えたユーノは、比較的冷静に異形を観察し、その行動を分析しようとしていた。

 

「アイツ……ジュエルシードを‼︎」

『右舷損傷! システムも一部ダウンしています‼』

『次元跳躍攻撃……⁉︎ まさかあの巨体で、魔法まで使えるとでもいうの⁉』

 

 危険なロストロギアを求める謎の異形の意図を考えていたユーノは、レイジングハートによる通信から聞こえてくる、リンディらの切羽詰まった声に目を見張る。

 時空を超えて移動してきただけではなく、離れた場所にあったアースラにまで先ほどの雷撃が放たれていたという情報に、ユーノは信じられないといった様子で言葉を失う。

 つまりどこにいようともどこに行こうとも、あの異形から逃れる術はないということだ。

 

『なのはさん! ユーノさん! 速くその場を離れてください! あれはあなた達の手に負える相手ではないわ!』

「そ、それはもうわかってますけど…!」

「で、でも! アインさんが‼」

『あの子はあれぐらいで墜とされるような軟な体じゃないわ‼ いいから早く‼』

 

 アインの身を案じ、危険地帯に留まるなのはにリンディは厳しい声で叱りつける。冷酷な言葉にしか聞こえないが、()()()()()()を知るリンディからしてみれば彼女よりもなのは達の身の安全の方が確実に重要事項であった。

 しかしなのはが躊躇っているうちに、ジュエルシードを手にした異形の視線はなのは達の方へと戻ってきてしまう。赤い二つの目が確かになのはを捉えていると、サーッと顔色を真っ青にしたユーノは凍り付いてしまう。

 異形の腕が再び、なのはの方に向けられていった、その時だった。

 

【FIRE, BULLET. FIRE BULLET】

 

 空間の境目から身を乗り出していた異形の顔面に、数発の火炎の弾丸が炸裂していくつもの爆発を起こす。ダイナマイトのごとき強烈な爆発により、わずかな間異形の顔面付近が黒い煙に飲み込まれた。

 しかし岩石程度であれば簡単に破壊できる爆発を受けても、異形の体表にさしたるダメージを負った様子はない。巨体に対してあまりにも乏しい威力であったが、その音と衝撃は十分に異形の注意を引いていた。

 

「………まさか、こんな事態が起きようとはな」

 

 ギョロリと目を向け、伸ばしていた腕を止める異形の前に、三対の翼を生やした赤いスーツの騎士が舞い降りる。

 アインの鎧に似てところどころに金色が入った、トランプのダイヤを模した鎧を纏うサクソが、銃口に刃を備えた銃を手に現れたのだ。

 

「その声…サクソさん!」

「下がっていろ、高町なのは。ああいう化け物は……」

 

 ホッとした笑みを浮かべるユーノを手で制し、異形を鋭く見据えたサクソは、孔雀の羽を模した翼を羽ばたかせ一気に天高く飛翔する。

 釣られて視線をあげ、引っ込めた腕を再び勢いよく伸ばしてくる異形を前にしながら、サクソは銃を展開してカードを抜き出し、スリットに差して能力を発動させた。

 

「俺達の獲物だ」

【FIRE, BULLET, RAPID. BURNING SHOT】

「ハァッ‼︎」

 

 サクソの銃から、先ほどよりも大量の銃弾が吐き出され、異形の体表に突き刺さっていく。絶えることなく生じる爆発を異形はただ受け止めるだけであったが、やがて鬱陶しそうにサクソに向けて腕を振るう。

 サクソは空中で軽々とそれを躱すと、迫る巨腕の表面スレスレを飛行しながら銃口の刃を突き立て、飛行の勢いに乗せて切り裂いていく。

 異形の体表に傷は入らなかったが、金属同士が擦れ合う不快な音が異形にも効いているようで、着実にサクソに対する敵意が集まっていった。

 

「そうだ……こっちへ来い!」

 

 狙い通りに敵が動いていることに、サクソは仮面の下でニヤリと笑みを浮かべ、なのは達から遠ざかるように方向を変えて飛翔する。

 明後日の方向に飛んで行くサクソに、しばらく悩むような表情になっていたアルフは意を決したように目を伏せ、フェイトの元へ急いだ。

 

「フェイト…‼」

「ア…ルフ……」

「ここはあの女の言う通りいったん逃げよう‼ 今の状態であんな化け物とやりあうなんて無謀すぎるよ‼」

「でも……ジュエルシードが……」

 

 アルフの言葉の正当性を理解しながらも、フェイトはなおも異形の方へと渋る表情を見せる。魔力のほとんどを消費して封印したジュエルシードは、ただの一つも手に入れられていないからだ。

 アルフもそのことに関しては非常に悔しげに顔を歪めていたが、己が最も大切に思うもののためにあえてその悔しさをねじ伏せる。

 

「ごめんよ、フェイト…‼ でも今は、こっちの身の安全を確保するのが先だ‼」

 

 アルフはそう告げると、問答無用でフェイトを抱きかかえて一目散にその場から離脱する。

 すでに体力の大半を消費したフェイトを連れ出すのは簡単なことで、同時にそこまで主人を弱らせてしまったことへ罪悪感も覚えながら、アルフは爆音が響き渡る戦場に背を向けた。

 

【DROP, FIRE. BURNING DROP】

「でえやあああああああ‼」

 

 炎を両足に纏ったサクソが、雄叫びとともに異形の頭頂部に両足の踵を振り下ろす。二振りの斧のような打撃が炸裂し、ご銀と鈍い音とともに爆炎が弾けた。

 しかし異形が動き出すと火炎はあっさりとかき消され、傷一つない頭頂部が晒されることとなり、それを見たサクソが苛立たしげに舌打ちした。

 

「クソ! 硬いっ‼︎」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼」

 

 頭上を舞うサクソを鬱陶しがるように、異形は奇妙な咆哮を上げながら片腕を振り回し、力任せに騎士をはたき落とそうと暴れる。

 急旋回したサクソはそれをやすやすと躱していたが、自分の持つ攻撃も決定打にならないことを察して、仮面の下の表情を忌々しげに歪めて唸る。

 

『気をつけてください、マンダリン陸佐! そいつの魔力数値はまだ計り知れません‼ 接近はあまりに危険すぎます‼』

「了解…!」

 

 エイミィの指示を受け、サクソは一旦策を寝るために後退して異形から距離を取り始める。

 すでになのはとユーノは、転送可能な場所まで移動するため、豆粒ほどの大きさにしか見えない距離に退避しているため、サクソは己の安全のみを考えながら慎重に異形を見定めていた。

 

「■■■■■■……‼」

 

 だが、ある時を境に異形はピタリとサクソを追うことをやめ、伸ばしていた片腕を引っ込め始める。

 以上に気づいたサクソが停止したときには、異形はその目をギョロリと動かし、彼とは全く違う方向へ向けると、何かに怒っているかのような凄まじい咆哮を放った。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■‼」

「むっ…⁉」

 

 身構えるサクソだが、異形は今度はダイヤの騎士には目もくれず、彼が必死に引き剥がそうとしていた方へと体を向けようとしている。

 最優先でアースラに回収してもらうはずだった、なのはとユーノの方に。

 

『な、なんで陸佐を無視しているの⁉』

 

 サクソに指示を与えていたエイミィは、自分の策が失敗したことでやや狼狽した様子を見せている。冷静さを失っているなのはを真っ先に救出するためにサクソに無理をしてもらったのに、異形の気まぐれのせいで全てが台無しにされつつあった。

 サクソもまた唖然としながら、異形の見せていた行動を思い出してハッと目を見開いた。

 

「もしや奴は……膨大な魔力に反応しているのか⁉」

 

 ジュエルシードを狙っていたことや、なのはとフェイト、そしてアインを優先的に狙っていることからそんな考えが浮かんだが、今はそんな場合ではないと頭を切り替える。

 異形の目、鎧のような体表以外の場所を重点的に狙い、自分こそが相手にとって危険な存在であるとアピールし、なのは達から注意を引きはがそうと試みた。

 

「こっちを向け、化け物…‼」

 

 サクソは内心で大いに焦りながら、懸命に引き金を引いて異形の頭部を狙撃し続ける。

 しかしそんなに近くで爆発が起きても、異形はそれを微塵も脅威と感じていないのか、それともより優先すべきものに惹かれているのか、サクソの挑発に全く反応を示す様子がない。

 そうこうしているうちに、異形の伸ばした腕がなのは達のすぐ近くにまで迫ろうとしていた。

 

「ヒッ…⁉」

「なのは‼」

「待て‼ そっちへ行くなぁ‼」

 

 小さな悲鳴をあげ、青い顔で凍りついたかのように動きを止めてしまうなのはを、ユーノが必死の形相で引っ張る。

 サクソの叫びや、アースラからの通信がどこか遠くからしているように感じながら、なのはは自分の周囲の時間が遅く流れているような錯覚に陥っていた。

 圧倒的な恐怖が胸の中から溢れ、少女の体を見えない鎖でがんじがらめにする。

 漠然とした〝死〟の予感に諦めかけた、その時だった。

 

「―――おい」

 

 聞きなれた、そして待ち望んでいた声が聞こえた。

 そう思った瞬間、なのはに向けて伸ばされていた異形の腕に火花が散り、決して浅くはない傷跡が刻まれていた。人間でいうところのどこか筋繊維を切断されたのか、まっすぐ伸びていた異形の手ががくりと落ちているのが見える。

 その傷の中心に、一人の女が剣を突き立てて膝をついていた。

 三つ編みでまとめていた髪は乱れ、黒く焦げた鎧には毒々しい緑の地を付着させながらも、その女は獰猛な笑みを浮かべ、異形を睨みつけていた。

 

「私の教え子に……‼ 手を出すなああああああ‼」

 

 凄まじい咆哮のような怒号とともに、血濡れの騎士―――アインは汚れたブレイラウザーを振りかざし、異形の傷口に向けて深々と突き刺して見せた。

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