【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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6.緑の血

「があああああああああああああああ‼」

「■■■■■■■■■■■■■■■■‼」

 

 夥しい量の緑の液体に濡れた、青い鎧の女騎士の放つ咆哮が、純白の鎧の異形の苦悶の咆哮と重なり、不快な不協和音を生み出す。

 無数の魔力の爆発を受けて傷一つつかなかった鎧に刻まれた裂傷。アインはその中心に刃を突き立て、渾身の力でしがみつきながら深々と刀身をめり込ませていく。

 それを行うアインの体は、全身のほとんどが焼けただれた痛々しいもの。動くだけで激痛が走るはずの状態なのに、アインに止まる様子はなかった。

 

「■■■■■■■■■■‼︎」

「ガッ…あああああ‼︎」

 

 異形は腕に張り付く騎士を忌々しげに見下ろし、ハエでも払いのけるように伸ばした腕を振り払う。

 突き刺した剣を支えに耐えていたアインだったが、やがて遠心力に耐えられず空中に放り出されてしまう。しかし海面に叩きつけられる寸前で翼を羽ばたかせ、激しい水しぶきをあげて再び異形に向かって飛び立った。

 

「うぇあああああ‼」

 

 弾丸の如き速度で迫るアインに、異形は境界を押さえつけていたもう一本の腕を伸ばして迎撃する。

 アインは咄嗟に体の向きを変え、異形の腕の表皮すれすれを飛行しながら剣を突き出す。ガリガリと火花が散り、甲高い金属音が尾を引き、異形の表皮に浅くも傷跡を残していく。

 大した痕ではない、しかしこれまで傷一つなかった純白の鎧に傷が残り、陽光を受けるたびに浮き上がる様を見れば、異形の方にも怒りのような感情が浮かび始めた。

 

「■■■■■■■■■■■■■‼︎」

 

 目前にまで迫るアインを、異形は引き戻した両腕ではたき落とそうと暴れ始める。真紅の翼を用いて縦横無尽に飛び回るアインを捻り潰そうと、その巨体からは考えられない敏捷さで空中を引っ掻き回していた。

 その光景を、なのはたちは離れた空中から呆然と見ていることしかできずにいた。

 

「アルデブラント……」

「アインさん…」

 

 獣の咆哮のような雄叫びと、この世のものとは思えない歪な咆哮が重なり、次いで鈍く重い金属音が響き渡る。緑の血に濡れた銀色の刃が巨大な異形の腕と激突し、激しい火花とともに凄まじい衝撃が発生する。

 アインは力任せに異形の腕を弾き、憤怒の形相となって異形の顔面へと勢いよく飛翔した。

 

【THUNDER, SLASH, MACH. LIGHITNING IMPULSE(ライトニング・インパルス)

「ウェエエエエエエイ‼︎」

 

 カードの中の魔物の力が解放され、異形の防御をかいくぐったアインによる連続の刺突が襲いかかる。高速で突き出される月の雨はまるで無数の落雷のように鋭く速く、異形の顔面に炸裂して激しい衝撃を与える。

 激しい火花に照らされ、不気味な目を閉じて顔を守ろうとする異形の憤怒に満ちた顔が見える。小さく弱い人間に一方的にやられているという屈辱が、異形の中で憎悪に変換されているようだった。

 

『な……なんて戦いだ。どちらが化け物か分かったものじゃない……‼』

 

 デバイスからの通信で、アースラでつぶやくクロノの気圧されたような声が聞こえてくる。

 なのはとユーノの隣に寄り添っていたサクソは、仮面の下でその光景を歯を食いしばりながら凝視する。

 かつての部下が痛々しい姿を晒して奮闘している光景に、ブルブルと拳を震わせて、内なる激情をこらえていた様子の彼であったが、不意にデバイスに入った通信で我に返った。

 

『マンデリン陸佐…! その子達を連れてその空域から離れてください。急いで!』

「………了解」

 

 わずかに逡巡した様子のサクソだったが、傍で不安げな表情を見せているなのはとユーノを見下ろしてかぶりを振る。

 サクソは唇を噛みながら、断腸の思いでアインに背を向け、なのはとユーノの肩を引いた。

 

「行くぞ、ユーノ・スクライア。高町なのは。すぐに離脱する」

「え⁉︎ はっ、はい!」

 

 人間の見せる戦いではない凄まじい光景に目を奪われていたユーノは、サクソに促されてようやく状況を思い出し、その指示に従う。

 だがなのははやはり、その指示には納得がいかない様子でその場にとどまろうとした。

 

「ま、待ってリンディさん! 私とユーノ君がいたら足手まといになるのはわかってます………でも、アインさんを一人にするんですか⁉︎」

「……悪いが、高町なのは。たとえ俺があの場に加勢しに行ったとしても……同じことだ」

 

 咎めるような悲痛な目でサクソを凝視し、そして今も異形の注意を引くために飛び回り剣を振るい続けるアインを見て、震える声をこぼすなのは。

 自分の人生の様々な場面で救ってくれた恩人に、全てを背負わせて逃げるような真似など許せるわけもない。

 しかしサクソもそれを痛いほどに理解しながら、その思いに答えることはできなかった。

 

「今のアルデブラントの近くに行けば、あいつの攻撃に巻き込まれる可能性が高い。……下手な加勢は却ってあいつの負担になる」

「そんな……」

 

 なのはの肩に置かれる手が、ブルブルと悔しさと怒りで震えている。それに気づいたなのはは絶句し、そして痛々しい表情で俯いてしまう。

 元部下の助けになれないことを悔やんでいるのは彼も同じこと。サクソは黙り込んでしまったなのはの肩を引き、アースラから指示されたポイントへと急ぐ。

 今アインのためにできる唯一のことは、彼女の戦闘の負担にならない場所へ一刻も早く子供達を退避させることだった。

 

 

「おおおおおおおおおおお‼︎」

「■■■■■■■■■■■‼︎」

 

 空にいくつもの青と銀の軌跡を残し、異形に向かって刃を振り下ろすアイン。数十数百と繰り返されてきた猛攻であったが、未だその剣は異形を仕留めることは叶わずにいた。

 鎧にはすでに無数の浅い傷が刻まれているが、そのどれもが表面をかすかに削るだけでほぼ攻撃とさえなっていない。一番最初ほどの威力の一撃はそうそう放てず、もどかしい時間が過ぎていった。

 

「■■■■■■‼︎」

 

 異形は身体中に増えていく傷に不快げに目を光らせ、原因であるアインを執拗に追い続ける。しかし異形の方もアインの飛行速度に追いつくことができず、大きく振るわれた巨大な腕は虚しく空を切ってばかりだった。

 アインは異形の頭上で旋回し隙を伺いながら、全くといっていいほど好転しない状況に、険しい表情で舌打ちした。

 

「チッ……無駄に硬い体してやがる…‼︎」

 

 なのはとユーノを離脱させるため、アースラが持ち直す猶予を得るために異形への囮を担ったアインだったが、あまりに固すぎる異形の防御にややその内心は焦りを見せ始める。

 異形に対して全力で攻撃を行ってきたアインだが、最初の不意打ち以外では有効打となりうる一撃は加えられず、異形の方にも疲弊する様子はない。

 しかし時間は、アインに考えている猶予さえ与えてはくれないようだった。焦れた様子の異形が、真に集中していた目をギロリと回し、転送ポイントで待機していたなのはたちの方に向けていたからだ。

 

「⁉︎ クソが‼︎」

 

 アインはすぐさま空中で踵を返し、異形がゆっくりと腕を伸ばしていく先へと急ぐ。しかしその寸前で雷撃が迸り、翼を羽ばたかせたアインは急停止してそれを躱すものの、大きく時間をロスする羽目になった。

 転送装置が起動するのを待っていたユーノは、止めるものがいない異形が再び襲いかかろうとしている姿に気づき、恐怖で顔を引きつらせてサクソにすがりついた。

 

「さ、サクソさん! こっちに向かってきてますよ⁉︎」

「くっ…‼︎」

 

 サクソは未だに動かない装置に苛立ったように舌打ちし、なのはとユーノをかばいながら銃を構える。せめて盾になるぐらいは、そう考えた彼だったが、アインに放たれた雷撃の規模を見る限りそれすらも叶いそうには思えなかった。

 

「私を無視するな、デカブツがぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 もう一度自分に注意を引き戻そうと、獣の咆哮のような怒号とともにアインが全力で剣を振るう。狙うは最初に傷をつけた片腕、傷跡の中心に正確な一撃を叩き込むつもりで、アインは遥か頭上から急降下した。

 だが刃が傷口に届く寸前、異形の目が突如アインの方に向けられ、もう片方の腕が持ち上げられる。

 そしてその直後、アインに向けられた異形の手のひらから、凄まじい勢いで真っ赤な炎が放出され始めた。

 

『炎……⁉︎ 雷の変換だけではなかったのか⁉︎』

「ぐぎっ…‼︎」

 

 津波のような勢いで溢れ出す業火の中に飲み込まれ、アインは全身を焼かれながら苦悶の声をこぼす。雷撃による負傷もまだ完全には癒えきっていない中で、更なる激痛がアインにもたらされた。

 しかしアインは、前身を焼かれ炭化させられながらも異形を睨みつけ、剣を手放すことなく片腕を盾にしながら接近を試みる。

 

「がああああ‼︎」

 

 焼かれた体が端からボロボロと崩れ落ち、少しずつ小さくなりながらそれでも灼熱の炎の中を進み続ける。盾にしている左腕がかろうじて骨を残す程度にまで燃やされ、熱がアインの眼球まで蒸発させていく。

 視界を潰されてもなお、アインは凄まじい形相のまま突き進みついには業火の中から脱し、自身の勘のみを頼りにして異形の顔面に斬りかかった。

 

「ウェ――‼︎」

 

 相手の面にも同じキズをつけてやろうと、後手に隠していた剣に雷電を纏わせ、渾身の力で振るう。最初の一撃にも匹敵する威力と鋭さのそれが、一直線に異形に向けて振り下ろされたその時だった。

 緑の血に濡れたアインの右腕が、剣とともに切り飛ばされた。

 

「ヒッ…⁉︎」

 

 その光景を目の当たりにしてしまったなのはが短く悲鳴をあげ、顔を引きつらせて後ずさる。

 いつの間にか異形の手には、その巨体に見合ったとてつもない大きさの剣が握られていて、アインのものであろう緑の血液が付着しているのが見えた。

 切り飛ばされた、正しく言えば剣の勢いで力任せに引きちぎられたアインの右肩から、夥しい量の鮮血が吹き出す。

 

「■■■■■■■■■■■■■‼︎」

 

 大きく目を見開き、口からも鼻からも大量の体液を吐き出すアインを見下ろし、異形が歓喜の咆哮をあげる。ケタケタと顎を揺らして体をふっるわせるその姿はあまりにも醜悪としか言えず、なのは達やアースラの局員たちも本能的な恐怖を覚えて硬直していた。

 悲鳴が上がり、反射的に目と耳を塞ぐ者達が続出したが、モニターは無慈悲にもその凄惨な光景を流し続けていた。

 アインが血飛沫とともに海面に向かって落下していくと、異形は勝利を何者かに指し示すかのように、巨大な剣を天に向かって突き上げ、さらなる哄笑をあげる。

 

『………なんなんだ、こいつは』

 

 デバイスを介して聞こえてくるクロノの声が、明らかな恐怖と焦燥をにじませていることに誰もが気づく。

 最強と謳われた騎士を簡単に墜とす、意思ある災害ともいうべき異形を前にして、歴戦の局員達はなすすべを見つけられない。誰もあの化け物には敵わない、そんな考えがわかりきった事実のように、彼らにのしかかっていた。

 

「■■■■■■■■■■‼︎」

 

 勝利の咆哮をあげる異形が、いつ自分たちの方へと興味を移してしまうのか。もしそうなったとしたら、どうやって生き残ることができるのか。

 まともに思考が働かず、刻一刻と迫る時間に滝のように冷や汗を流していた、その時だった。

 

「おい、デカブツ」

 

 ドスッ、と何の前触れもなく、肉を断つ音が響く。

 異形は唐突に聞こえてきたその音につい嗤うことをやめ、ついで右目に感じる違和感に訝しげに黙り込む。

 いつのまにか、異形の右目の視界の中心に奇妙な影が映り、わずかながら痛みが走っていることにようやく気付いた時には、異形の目前にアインが迫っていた。

 

「そんなに血が欲しけりゃ……好きなだけ浴びるがいい」

 

 右腕が肩ごと引きちぎられ、全身に異常なほどの裂傷を刻み、普通なら死んでいるはずの負傷を追いながら、女騎士は不敵な笑みを浮かべて異形の顔を覗き込む。

 目を見開く異形の前でそう告げると、アインは片方が欠損した翼を羽ばたかせて急加速し、異形の右目に向かって滑空する。そして瞳孔のど真ん中に突き立てたブレイラウザーの柄頭に渾身の蹴りを放った。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼︎」

 

 異形の瞳が、雷撃を纏った刃に貫かれる。さらには眼球の中で雷が弾け、凄まじい熱と衝撃が眼孔内をズタズタに切り裂き破壊し始めた。

 硬い表皮に守られた内側の肉体、それでも生物とはかけ離れた防御力を誇るものの、至近距離からの魔力の爆発を受けてただで済むわけがなかった。鎧の防御が仇となり、雷撃の爆発の衝撃は外に逃げることも叶わず、眼孔内に止まったまま肉体を傷つけ続ける。

 異形は思わず耳を塞ぎたくなるほどの凄まじい絶叫をあげ、自らの眼球に指を突っ込みながら悶え苦しむ。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼︎」

 

 バチバチと帯電する眼球を自ら引きちぎった異形は、アインと同じ緑色の体液を撒き散らしながら苦悶の声をこぼし、空中に止まっていたアインを片手ではたき落した。

 もはや動くこともままならなかったアインは真正面からその一撃を受け、耐えきれずまた海面に叩きつけられてしまう。

 水面に生じる水柱を、残ったもう片方の目で忌々しげに睨みつけた異形は、ズルズルと自らの巨体を境界の穴の中へと引き戻していく。

 呆然と立ち尽くすなのは達を最後に見ながら、異形はいびつな色彩の穴の中へ完全に姿を消し、やがて空にした穴も溶けるように静かに消えて行った。

 異形の咆哮の余韻が消え、元の波のさざめきのみが聞こえる静けさが戻ってきたのは、それからかなり時間がたってからであった。

 

『…………こ、高エネルギー反応…消失(ロスト)

『て、敵影、確認できません』

 

 ばくばくとうるさい自分たちの心臓の音を押さえつけようとしながら、オペレーター達が計器の示す数値を報告する。先ほどまで狂ったように数値を更新していたモニターは、今や不気味なほどに穏やかな変動を見せていた。

 何も危険のない、緊急事態を脱したことが伝わっても、誰も喜ぶことがでいないでいた。

 

「……チッ、逃げたか。いや…目的を達したからか」

 

 穏やかな波だけが浮かぶ海面上に、剣を拾ったアインが静かに降り立つ。

 ブレイラウザーは自身の限界値を党に超えていたのか、いまにも折れそうなほどに刃こぼれし、焦げ付いて黒く染まっている。無事なのはカードホルダーの中に収められたラウズカードだけで、柄からバチバチと弾ける火花があまりにも痛々しい。

 しかしそれは、今のアインの惨さと比べるまでもなかった。

 乱れた髪は肩口まで燃えて無くなり、こびりついた緑の血は全身に染み付いている。スーツは勿論、鎧も大部分が欠損し、彼女の豊満な肉体がほとんど露出させられてしまっている。

 失われた右腕から滴り落ちる鮮血は未だ止まる気配を見せておらず、真下の海面を徐々に緑色に汚し続けていた。

 

「あの子たちはもう逃げたか……いやなものを見せてしまったな。機会があれば謝っておこう」

 

 先頭に夢中で気づかなかったが、異形の標的の一つであったらしいフェイトの姿はすでになく、ただ青空だけが広がっているのが見えた。

 視線を移し、サクソに守られているなのはとユーノの姿を認めた瞬間、張り詰めていたアインの緊張が一気に緩んでしまった。

 長く縁のなかった、守るための戦いに勝ったのだとわかった瞬間、アインに急速に眠気が襲いかかってきた。

 

「………私、も……さすが、に……げんか、い…か………」

 

 実際にはたった数分間の出来事、しかし当人達からすれば数時間にも及んでいそうに感じられた戦いは、ようやく終わりを迎えた。

 ぐらりと歪む空を最後に目にし、アインの体がゆっくりと海面に向かって傾いていく。久方ぶりの満足感を得ていたアインは、頭上から急降下してくる白い影をぼんやりと見上げていた。

 

「アインさんっ!」

 

 どこか怯えのようなものを孕ませた、幼い少女の泣き顔と悲鳴。

 何度も聞いたその声を耳にしながら、アインの意識はぷっつりと途絶えるのだった。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

「………ハァッ! ハァッ……ハァッ……」

 

 玉座の上で荒い息をつく、時の庭園の主人たる大魔導師。

 フェイトとアルフに撤退を命じ、海上の様子を見届けたプレシアは、そこで見た光景のせいで胸の動悸が治らずにいた。

 次元を超えて出現した、おそるべき戦闘能力を有した異形の出現は、プレシアほどの魔導師であっても戦慄を覚える存在だった。

 

「なんだというの、あの化け物といい異形の群れといい………地球という世界はここまで魔境だったの…⁉︎」

 

 依然フェイトが遭遇した蜚蠊のような異形も、群としてみれば相当な危険性を持った異質な存在であった。そしてそれを一蹴するあの女騎士にも驚愕を禁じ得なかったが、今回の異形はそれをはるかに上回る脅威であると判断できた。

 まともな魔法どころか、高威力の魔法を連続で食らっても耐えうる強固な鎧に、二つの属性の魔法を同時に扱う両腕。しかし体の半分は境界の向こう側から出てこなかったため、戦闘能力はもっと高いものと考えられた。

 地球などという田舎世界の生物では考えられない、異常とも言える存在である。

 

「あの男……もう少し詳しく問いただす必要がありそうね」

 

 動悸が落ち着いてくると、自身の協力者である男の顔を忌々しげに思い浮かべ、プレシアは眉間にしわを寄せる。

 女騎士が囮とならなければ、フェイトはまず間違いなく奴の餌食となっていただろう。そんな未来を考えるだけでプレシアの背筋にはぞっと寒気が走り、震えが止まらなくなる。

 しかしそこでふと、プレシアの胸中には疑問が生じた。

 

(……私はなぜ、あんなことを)

 

 いままさにプレシアが抱いているのは、かつて我が子が危険にさらされたときに感じたものと同じ感情。

 娘などでは決してない、ただの都合のいい人形としか認識していないはずのフェイトに抱くなど、ありえないはずの心の揺れ。それがいま自分の胸中で渦巻いていることに、プレシアは戸惑うばかりだった。

 

(らしくないわね)

 

 魔が刺したのだと自分を戒め、プレシアは自身の心を凍りつかせてその考えを振り払う。あれを心配するなどバカなことを考えるな、ただ娘と同じ顔だというだけで、思わず感情移入してしまっているだけに違いないのだ、と。

 魔女としての冷たい表情に戻ったプレシアは、物憂げなため息をつくと、誰かに言い訳するような自嘲気味につぶやく。

 

「私に必要なのは、ジュエルシードだけ………あの子はそれを集めることしか、いいえ、それすらも満足にできない役立たずのお人形……私の娘は、アリシアだけ」

 

 そんなことわかりきっている。そう考え続けて、人形と顔を合わせる苦痛にも、日々体を蝕む病魔にも耐え続けてきた。

 たったいっときの気の迷いに揺さぶられる心など不要だと、思考の全てを凍りつかせていく。だが。

 

「なんだというの、この胸の痛みは」

 

 いまになって何故か、そう決心するたびにプレシアの胸には痛みが走る。

 自分自身が知らない自分が、その考えを咎め詰っているかのように、じくじくと胸の奥が痛みを訴えていた。

 その理由を、魔女は未だ理解できずにいた。

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