【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

5 / 98
第Ⅱ章 紅き種は妖しく嗤う
1.青き騎士


「時空管理局所属、アイン・K・アルデブランド陸士だ。……君は、スクライアに連なる者だな」

 

 獅子の鬣のようにボリューミーな金色の髪をたなびかせた女性ーーーアインが、目だけをフェレットに変身している少年・ユーノに向けて尋ねる。鋭い視線を向けられたユーノは、どうやったのか動物である自分の顔をパァッと明るくした。

 

「時空管理局……! 来てくれ、たんだ……!」

「時空……管理局?」

 

 へたり込んでいるなのはには、ユーノとアインが何の話をしているのか皆目見当もつかない。だが、二人がお互いについて何かしらの情報を持っていることだけはわかった。

 そして何より、この女性が自分たちを危機一髪のところで救い、守ってくれているのだということは、確信することができた。まるで、今日の夕方の再現だ、と脳裏に思い浮かべた。

 

「そこにいてくれ。あまり近づくと危険だ」

 

 なのはとユーノが無事であることを確認したアインは視線を前方に戻し、怪物を油断なく睨みつけたままなのはに話しかける。

 獲物を狩る邪魔をされたことへ怒りを感じているのか、ヘドロ状の怪物は先ほどよりも激しい唸り声をあげて、邪魔者であるアインを威嚇している。常人であれば失禁してもおかしくない状況にありながら、アインは全く動じた様子を見せなかった。

 アインはグローブに包まれた拳を握りしめ、その中でバキバキと関節を鳴らす。微塵の表情も浮かんでいないその目からは、全てを凍り尽くさんばかりの殺気が迸っていた。

 その気迫に押されていたユーノは、アインが武装も施さずに怪物の方へと向かっていくことに気が付き慌て始めた。

 

「ま、待ってください‼︎ そいつらは思念体……実体を持っていません‼︎ 物理攻撃はーーー」

 

 ユーノの警告も虚しく、アインに向かって三体の怪物たちが一斉に飛びかかっていく。コンクリート程度であれば簡単に押しつぶせる質量を持った怪物の動きは見た目に反して素早く、数メートルの距離を一瞬で狭めて、鋭く尖った触手を放たれた矢のごとき勢いで突き出していく。

 避けるそぶりを全く見せないアインに黒い影が迫る光景を目の当たりにし、なのはは口元を覆って声にならない悲鳴をあげる。膝の上でユーノが叫ぶ声も届かず、おぞましい触手が命の恩人に迫っていく光景を前に硬直し、その体が貫かれる姿を幻視した。

 

「ウェエエエエエイ‼︎」

 

 だが、アインが突如あげた雄叫びと共に、恐怖は一瞬で吹き飛んだ。

 ドンッ‼︎とアスファルトに大きくヒビが入るほど踏み込んだアインは、握りしめた拳を振りかぶり、そのまま怪物の顔面のど真ん中に強烈な一撃を加えて見せたのだ。

 拳を真正面から受けた怪物の顔は深くめりこみ、そこを中心に大きく波紋が広がっていく。水面に石を投げ込んだかのように波紋は怪物の全身へと伝わっていき、荒ぶる力が余すことなく浸透していく。空中で静止した怪物の体内に叩き込まれた衝撃は逃げる場所を失い、ついには反対側から飛沫となって噴出した。

 粘体の体は一瞬で粒状に千切れ飛び、ペンキをぶちまけたかのようにあたりの壁や地面を破壊しながら周囲にこびりついていく。他の二体の怪物もその余波を受け、一部が風圧によって吹き飛ばされて消滅させられてしまい、アインの前から離れてゴロゴロと転がって行った。

 そんな光景を、当の本人は気の抜けたような無表情で眺め、呆れたようなため息をついた。

 

「……なんだ。存外脆いな」

 

 期待はずれだ、とでもいうような態度でアインは肩をすくめ、半目で飛び散った怪物の残骸を見下ろした。

 

「ーーー効かない……はずなんだけど……」

 

 忠告しようとしたはずのユーノが、逆に驚かされている。隣にへたり込んでいるなのはも、恐ろしい怪物が一撃で吹き飛ばされ、細切れにされている光景を見せられ、間抜けな顔で「わぁ〜…」と呆けた声を上げていた。

 だが、すぐにまた全員の表情が変わった。散り散りに吹き飛び、辺りに散らばっていた怪物の残骸が蠢き、徐々に一つに集まり始めたのだ。遠くに転がっていた怪物もゆっくりと動き始め、触手を伸ばしながら再びアインに敵意に満ちた眼光を向けていく。

 

「……なるほど、長持ちはしそうだ」

 

 アインは好戦的な笑みを浮かべ、拳を鳴らして怪物たちに向かって構える。そして再び伸ばされてくる触手に向けて、雄叫びをあげて砲弾の如き豪腕を振るって見せた。

 背後の存在を守り、怪物たちを迎え撃っているアイン。より好戦的に挑みかかっている彼女とは裏腹に、ユーノは難しい顔で怪物たちを見据えていた。

 

「! ダメだ……再生を始めてる。やっぱり封印しないと!」

「……ね、ねぇ」

 

 これまで状況の変化についていけず、流されるばかりであったなのはがユーノに呼びかける。

 腕の中の小さな存在に向ける表情は不安げながら、何かをしたいという意思を帯びている。視線はわずかに揺れながら、状況を理解しているはずのユーノをまっすぐに見つめ、そらそうとしなかった。

 その視線の強さに、ユーノは思わず息を呑んだ。

 

「よくわからないんだけど……このままじゃ、ダメなんだよね? 攻撃しても治ってるって……封印しなくちゃいけないって。あの人だけじゃダメなんだよね?」

「……うん。あのジュエルシードの思念体は、物理攻撃を受けてもすぐに再生を始めてしまう。あの人が封印術式を持っていればいいんだけど、さっきの様子から持ってない可能性の方が高い。……あの人の実力なら、危ないことにはならないはずだけど」

「…………私なら、なんとかできるの?」

 

 なのはにはなぜか、確信があった。

 自分にだけ聞こえてきたあの声が、自分の元に逃げてきた彼が、渡された宝石から感じたあの温もりが。自分の力を求めているようにしか思えないのだ。

 目覚めよと、そう言っている気がしてならないのだ。

 

「あなたはさっき、私には力があるって言っていた。それって、私なら、あのお化けたちをなんとかできるってことなの?」

「…………」

 

 ユーノはわずかな間迷い、ややあってからキッとなのはを見つめた。

 

「……危険な目に合わせた僕がいうのはおこがましいかもしれないけど……けど、お願いします! 力を貸してください! あの暴走体を止めるために、君の力を!」

 

 悲痛な声で、ユーノは深く頭を垂れる。

 幼い少女に頼ることも、危険な目に合わせたことも不甲斐なく、自分が情けなくて仕方がない。今もなお無関係の女性に時間を稼いでもらいながら、頭を下げるしかない自分を恥じる他にない。

 だが、資格のない自分には頼る他になかった。

 そんな彼をしばらくじっと見つめたなのはは、やがて笑みを浮かべた。若干不安に引きつりながら、それでもそれを感じさせまいとするような、硬い意志を感じさせる笑みを。

 

「ーーーうん、わかった。私、やるよ」

 

 なのはの答えを聞いたユーノはぐっと息を呑み、安堵の表情を浮かべてまた頭を下げる。

 

「お礼は……きっとこのお礼はします!」

「お礼なんていい……だから教えて。私は何をすればいいの⁉︎」

 

 なのはの催促に、フェレットは再び首から下げた宝石を差し出した。先ほどなのはが触れた、あの赤い宝石だ。

 

「さっきの続きだ。もう一度、僕の後に続いて!」

「う、うん!」

 

 ユーノが叫び、再び二人の足元に桜色の魔法陣が展開される。

 ちらほらと、なのはたちの周囲に浮かんだ蛍のような光が天に向かって昇り、幻想的な光景を描き出す。その周囲だけ、怪物との戦いに殉ずる女戦士の喧騒と隔絶されているように見えた。

 

「『我、使命を受けし者なり』」

「……我、使命を受けし者なり」

 

 ユーノの詠唱に、緊張しているのかなのはがたどたどしく追いすがる。次第に光が濃くなる魔法陣に反応したのか、怪物がより一層激しく吠えたが、アインが鉄壁の防御を以って通さない。

 

「『契約のもと、その力を解き放て』」

「……契約のもと、その力を解き放て」

 

 詠唱の度、なのはの声も落ち着きを取り戻し、澄んだ声で輪唱を重ねていく。同時に魔法陣の光もそれにおいじて光を強め、あたりに真昼よりも神々しい光が満ちていく。

 

「『風は空に、星は天に』」

「風は空に、星は天に、そして……」

 

 もはや、ユーノの先導は必要無くなっていた。迷うことなくなのはは祝詞を重ね、自身の体の内側から力が湧き上がっていくことを実感した。

 かりそめの万能感が全身に浸透し、周囲に風が荒れ狂い、ポカポカと暖かい光が溢れ出す。

 

「『不屈の心はこの胸に』!〝レイジングハート〟セットアップ‼︎」

 

 そして桜色の光の中、己の使命と役目を完全に把握したなのははカッと目を開き、残された呪文のフレーズを口にする。その直後、嵐が巻き起こったかのような魔力の暴風が吹き荒れ、なのはの全身を包み込んだ。

 上着の裾を、スカートを巻き上げる桜色の風の中で、なのははイメージする。自分が想像する、彼女の力になれる格好をーーー彼女を助けられる〝魔法使い〟の姿を。

 

【Stand by ready】

 

 その瞬間、彼女の格好に変化が現れた。なのはが身にまとっていた服が光の羽となって消滅し、一糸纏わぬ姿へと変わる。

 真っ白な素肌を晒し、生まれたままの姿へと戻ったなのはは、地震の目の前に浮遊した宝石ーーーレイジングハートにそっと口づけをする。

 一層激しい輝きを放ったレイジングハートに、次々に新たなパーツが集っていく。大きくなった宝玉を支える三日月型の装飾、トリガーとマガジン、無数の部品、それらが組み合わさり、レイジングハートは一本の杖へと変わる。

 

【Barrier jacket set up】

 

 なのはの半身を覆うように光が凝縮し、黒のインナーが生み出される。さらにその上に青いラインの入った純白のベストが追加され、胸元に金色の装甲が装着される。次に胸の中心にレイジングハートと同じ色の宝玉が出現し、流星に似た装飾となってなのはの胸に宿った。

 なのはの腰元に金属製のリングが生み出され、ウェストを締めるとか半身を覆う純白のスカートが生み出され、風に揺れて大きく広がる。上半身にも光が集まり、なのはの学校の制服に似たブレザーとなって纏われる。袖口には青い籠手型の装甲が追加され、金のラインと赤い宝玉が輝きを放った。

 最後に彼女の足を守る純白のブーツが生み出され、なのははふわりと軽やかに真下に降り立った。その直後、凄まじい魔力の奔流が吹き荒れ、木々を激しく揺らしてザワザワと騒がしく鳴らした。その光景は、まるでなのはの持つ力に恐れおののいているかのようだった。

 

「す、凄い……なんて魔力だ」

 

 なのはが姿を変えるまでを見届けたユーノは、なのはの潜在能力の高さに改めて戦慄と期待を感じ入る。

 一方で怪物の進撃を片手間で止めていたアインは、片眉を上げて興味深そうに見やった。

 

「……ここまでのポテンシャルを持っていたのか」

 

 様々な視線を受けながら、なのはの魔力の奔流が徐々に落ち着いていく。周囲の喧騒が途絶えてはじめ瞳を開いたなのはは手に持った杖と、そして変化した自身の姿を呆けた様子で凝視して、数刻遅れて目を見開いた。

 

「……ふぇ? え、ええええええええええ⁉︎」

 

 奇妙な叫び声をあげて、変わり果てた自身の格好を触りまくるなのは。

 

「な、何なのコレ⁉︎」

Welcome, new user.(はじめまして、新たな使用者さん )

 

 ワタワタと慌てながら自身の格好を見下ろし、ひらひらとスカートの裾を揺らすなのはに向かって、レイジングハートがチカチカと光を放った。

 

Your magic level qualifies you to use me. (あなたの魔法資質を確認しました。 )Is was there was very well that(デバイス・防護服ともに、) I selected the optimum configuration for the(最適な形状を自動選択しましたが、) Barrier Jacket and the Device?(よろしいですか? )

「ふぇ⁉︎ と、とりあえずよろしくお願いします‼︎」

 

 いきなりの挨拶に相当混乱しているのであろう、なのはは自分が持った杖に向かってぺこりと頭を下げた。

 

「成功だ‼︎ コレで逆転できる‼︎」

「……え、えっと。コレであとはどうすればいいの?」

 

 グッと拳を握るユーノを、なのはは不安げな表情で見つめた。言われるままに〝契約〟をかわしてしまったが、一体何をどうすればいいのか全くわからなかった。

 そんな彼女の元に、凛とした落ち着いた声が届いた。

 

「落ち着け」

 

 思わずハッと表情を変えて振り向いたなのはに、アインは怪物たちの前に立ちはだかりながら笑みを見せた。なおも近づこうとする怪物の顔面を殴りつけ、雄々しく仁王立ちしたまま笑みを浮かべる。

 

「あとは……君の相棒が教えてくれる。心を落ち着け、耳を澄ませ!」

「……この子が」

 

 手の中にあるレイジングハートを見下ろしたなのはは、そう反芻して握る力を強める。

 すると、状況が悪い方向に傾いてきたと察した怪物たちが、突如グルンと体を丸く固め、アインの前から一斉に跳びのき出した。まるでボールが跳ねるように高く飛び跳ね、アスファルトやコンクリートを粉砕しながら逃げ出したのだ。

 

「チッ、逃すかァ‼︎」

 

 アインは怒りの形相のまま自身のペンダントを取り出し、空中に放り投げる。放り上げられたペンダントは青い光とともに、空中に大きな魔法陣を描き出した。

 スペード型のペンダントが光を放ち、先ほどの逆再生のように形を変えていく。無数のパーツが集まってエンジンが構築され、管が伸びてサイレンサーとなり、ゴムのカケラと鉄の棒が集まってタイヤとなり、ガッシャンと地面に着地した。

 青い光沢を放つバイクへと変貌した相棒にアインは跨り、ギアを全開にして爆音を響かせた。

 

「ブルースペイダー‼︎ 追え‼︎」

Yes,sir!(了解!)

 

 渋いバリトンボイスで答えたバイクは後輪を滑らせ、怪物を追って疾走を開始する。滑る後輪が摩擦で煙を巻き上げ、唸るエンジンが待機をビリビリと振動させた。

 

「お、お姉さん⁉︎ 待って!」

Flier fin(飛びます)

「わっ⁉︎」

 

 駆け出そうとしたなのはの両足首に小さな桜色の光の羽が生え、ふわりと少女の体が宙に浮かぶ。急な浮遊感に慌てるなのはだったが、すぐにその感覚に慣れたようでその場から力強く飛び立った。

 ユーノが慌ててなのはにしがみつき、二つの影はあっという間に空高く昇っていった。

 

「と、飛んでる……!」

 

 目の前の現実を現実と認識しきれないまま、なのはが呆然と呟く。こんな小さな羽だけで、まるで風のように軽やかに天を舞っているなど、信じられなかった。

 混乱しながら、自らの体で風をきる感覚を知って知らぬ間に恍惚としていたなのはの元に、凛とした女性の電子音声が届いた。

 

How much do you know about magic?(魔法についての知識は?)

「ぜ、全然、全くありません!」

Then I shall teach you everything.(では、全て教えます。) Please do as I say. (私の指示通りに)

 

 なのはは謎の安心感を感じながら女性の、レイジングハートの声に従って飛行し、アインの後を追う。アインの追う怪物たちはぴょんぴょんと建築物の屋根の上を跳躍しながら、アインを翻弄するように縦横無尽に逃げ回る。だが向かう方向は決まっており、その先には煌々と光を放つ街が見えた。

 

「このままじゃ……」

To seal, (封印のためには、)either get closer and invoke the sealing magic(接近による封印魔法の発動か、) or use more powerful magic. (大威力魔法が必要です。)

「どうすればいいの⁉︎」

Imagine (あなたの思い描く)you're about to strike.(強力な一撃をイメージしてください。) Hold out your strongest hand. (利き手を前に出して 。)

 

 なのはの手の中で、レイジングハートはチカチカと宝玉を点滅させ、なのはに指示を告げる。

 しかし友達と喧嘩したことはあっても、戦ったことなどないなのはには強力な一撃など思いつくはずもない。しかしなのはの内に感じる熱が、今まさに出口を求めて高ぶっているような感覚を覚え、そのイメージが固まっていく。

 なのはは言われた通り利き手を前で出し、集中する。すると手のひらに桜色の光が収束し、いくつかの光球が生み出されていく。汗を流すほど集中し生み出されたそれは、レイジングハートの合図のよって勢いよく解き放たれた。

 

【Shoot it!】

「えいっ‼︎」

 

 放たれた数発の光球は曲線を描きながら空を裂き、怪物たちに向かっていく。それらは一発も外されることはなく、見事に怪物たちに直撃した。

 ボンッ!と閃光が弾け、炸裂した光球の衝撃によって怪物たちを三体とも撃墜させることに成功した。

 

「そうだ! なかなかうまいぞ!」

「は、はいっ!」

 

 真下を走るアインが、なのはにグッと親指を立てる。なのはは急な称賛にびっくりしながらも、誇らしさを感じて頬を染める。

 しかし、撃墜した怪物が即座に起き上がり、先ほどよりも高く跳躍し大きく距離を取られてしまった。

 

「逃がさん……待てよ出来損ないどもが‼︎」

 

 アインは獰猛な笑みを浮かべてギアを回し、猛スピードでの追跡を再開する。獣の咆哮のようなエンジン音が響き、テールランプが闇の中に軌跡を描き出した。

 なのはは遠ざかっていく怪物とアインを見つめ、ついでレイジングハートを見下ろした。このままでは置いていかれてしまう、その前になんとかするにはどうしたらいいのか、手の中の協力者に尋ねた。

 

「………さっきの光………あれを遠くまで飛ばせれば……できるかな⁉︎」

If that's what you desire. (あなたがそれを望むのなら)

 

 なのはの問いに、レイジングハートは優しく答える。その強い返答に、なのははぐっと表情を引き締めて頷いた。

 空を舞い、なのはは無人となったビルの屋上に降り立つ。しがみついていたユーノを下ろすと、闇の中を走り抜けていくバイクのテールランプを探し、その先にいる怪物の姿を探し出すと、レイジングハートを両手で持ち、宝玉を怪物たちのいる方に向けて構えた。

 

That's right.(そうです。) Focus your internal spiritual heat through your arms.(胸の奥の熱い塊を両腕に集めて)

 

 なのはにそう指示し、レイジングハートは自らの体を変えていく。三日月の装飾はより鋭利なものになり、槍の穂先のような形状に変わる。柄の半ばにトリガーとグリップが追加され、杖は長銃に似た特徴を得ていった。

 

【Mode change. Cannon Mode.】

 

 砲撃形態(キャノンモード)へと変化したレイジングハートを携え、なのははその砲口を怪物に向ける。足元に丸い魔法陣が展開される中、なのはは両腕に集まっていた熱をレイジングハートの砲口に急速に収束させていった。

 みるみるうちに凄まじい熱量を帯びていくレイジングハートを見て、ユーノは驚愕に目を見張った。

 

「これはまさか、封印砲……この子、砲撃型⁉︎」

 

 ビリビリと感じる威圧感が、彼女の潜在能力の底知れなさを否応なく伝える。

 

Immediate fire when target is locked.(ロックオンの瞬間にトリガーを。)

 

 なのははレイジングハートの指示に従っているだけ、だがそれを確実な形で実現させていることは並大抵のことではない。なのに魔法に触れたことのなかった素人が、凡人の域を軽く超える成果を見せようとしていることは、異常とも言えることだった。

 そんなことは知らないなのはが、逃げ続ける怪物を目で追い続け狙いを定める。高スピードで逃げ続ける標的に、なのはは尋常ではない集中力で追いすがる。そして、ターゲットの位置を正確に把握した瞬間、なのははぐっとトリガーを引き絞っていた。

 直後、ビルの屋上から桜色の閃光が走った。

 流星と見間違わんばかりに眩い光が夜の闇を貫き、まっすぐに一点に向かって走り抜ける。その閃光は逃げ続ける三体の怪物を飲み込むように直撃し、凄まじい熱量を持って端から消滅させていく。怪物たちは悲鳴をあげる暇もなく肉体を崩壊させ、やがて完全に消え去っていった。

 一拍おいて、ドンッ!と鈍い音が大気にこだまする。音速を超えた一撃が、齢10にも満たない少女によって放たれる瞬間を見たアインは驚愕に言葉を失い、少女のいるビルの屋上を凝視した。

 

「これほどの大威力の封印砲だと……⁉︎」

 

 ただの子供だとは思っていなかったが、ここまでの結果を見せたことにアインは呆然となるも、やがて表情を引き締めてバイクを駆った。まだやることは残っているのだ。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

「す、すごい……」

 

 なのはの肩に乗ったユーノが、怪物たちを仕留めた方に向かって飛行するなのはの横顔を見ながら呟く。

 資質はあると、最初に会った時から、そして念話がはっきりと届いた瞬間からわかっていた。だがここまでの才能を持つまでとは思いも寄らず、未だ困惑したように眉を寄せている少女を凝視してしまった。

 なのはが目的の地点に降り立つと、すでにアインが到着していた。険しい表情で、空中に浮遊している三つの光を睨みつけている。

 なのはが近づくと、アインはちらりと視線を向けて道を開け、なのはに来るように促した。

 

「……そのデバイスで、これに触れてくれ」

 

 感情を押し殺したような声で、アインはなのはに頼む。なのははおっかなびっくり光に近づき、それを見つめた。

 空中に浮遊していたのは、ひし形の青い宝石だった。生物の瞳を連想させるような美しいものだったが、力に覚醒したなのはにはそれが凄まじい力を秘めたものだと理解し、同時に先ほどの怪物の正体であると察する。

 まだ恐怖感はあった。だがそばに立っているアインの顔を見上げると安心感がわき、近づくことができた。

 浮遊している宝石に、なのははレイジングハートの宝玉を近づけ、触れさせた。

 

【Internalize No.s 18, 20, 21.】

 

 すると、レイジングハートの宝玉が光を放ち、ジュエルシードを包み込む。浮遊した宝石は宝玉の中に入り込み、徐々にその光を弱めていく。

 後に残ったのは、任務を終えて誇らしげに輝くレイジングハートと何もない空間だけだった。

 

「……多少荒いが、なかなかの逸材だな。磨けば面白いことになりそうだ」

 

 天空の雲をも貫きそうな桜色の砲撃の跡を眺めたアインは、内心冷や汗を流すような心地でそう呟く。敵の不意打ちもあり危ない場面もあったが、自分の助けがなくても案外なんとかできたのではないだろうか。彼女が放った砲撃を思い出すと、ふとそんなことさえ思ってしまった。

 

「……お、わった、の?」

 

 当のなのはは、恐々とした表情で異形の消えた夜天を見上げ、レイジングハートの砲口を下げた。

 あの恐ろしげなうなり声がも聞こえないことを改めて認識すると、へなへなと力なくその場に崩れ落ちた。レイジングハートを抱きかかえ、心底安堵した表情でぺたんと女の子座りになり、深い深い息を吐き出した。途端に衣装が光に包まれ、自身の格好が元に戻った。

 

「はぁぁああ……」

「よく頑張ったな。偉かったぞ」

 

 バイクを押して戻ってきたアインが、へたり込んでいるなのはにそう言って笑いかける。その笑顔を見て、もう大丈夫なのだと安堵したなのはは力ない笑い声をこぼした。

 すると、なのはの方から降りたユーノが、なのはとアインの二人に深々と頭を下げた。

 

「本当に助かりました……あなたたちがいなかったら、どうなっていたか……」

「え、えへへへ……」

 

 なのはは照れながらも笑い、アインはふっと優しげに微笑む。なのはにとっては最初から最後までアインやレイジングハートに助けられてばかりだった気がするが、それでも誰かの助けになれたというのは嬉しいものだった。

 アインは何も言わなかったが、その顔はどこかくすぐったそうでてれも混じっているようにも見えた。

 

「本当に……ありが……」

 

 なんども礼を繰り返そうとしたユーノの体が、ぐらりと傾く。慌ててなのはが駆け寄り、小さなあらだを抱きしめる。

 

「あ、だ、大丈夫⁉︎」

 

 なのはが呼びかけるも、ユーノ杯tが切れた人形のようにぐったりとして動かない。

 不安げにユーノを見つめたなのはは、近づいてきたアインをじっと見つめて目を潤ませた。

 

「どうしよう……」

「……先に、ここから離れたほうがいいんじゃないか?」

「ふぇ?」

「ホラ、アレ」

 

 アインが指差す方向を見てみると、何やら音が聞こえた。赤い光が点滅し、ファンファンとサイレンの音が近づいてくる。

 ついで、辺りを見渡してみる。怪物が飛んでつけた陥没や、へし折った看板、その他壊れた諸々が散乱し、酷い有様になっていた。

 ブワッと、なのはの背に嫌な汗が一気に噴き出した。

 

「あ、あああああ‼︎ ど、どうしよう⁉︎」

「……やれやれ」

 

 アインは呆れたようにため息をつくと、再びバイクに跨がる。ハンドルをいじってモーター音を響かせると、もう一つのヘルメットを取り出してなのはに投げ渡した。

 

「!」

 

 びっくりして目を丸くするなのはに、アインは腰をひねって振り返り、座席の後ろをトントンと差し示した。

 

「後ろに乗ってくれ。それをしっかりかぶるんだ」

「え? は、はい!」

 

 半ば急き立てられながら、なのははヘルメットを危なっかしく被り、フェレットを大事に抱きかかえてアインの後ろに跨る。

 アインは小さな手が自身の腰に回されるのを確認すると、強くギアを回して地面を蹴る。

 バイクはすぐに推進力を発揮し、エンジンの唸り声を響かせながら後輪を激しく回し始める。そして二人と一匹を乗せたバイクは、ちらほらと灯りが燈り始めた夜の住宅街の合間を駆け抜けていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。