【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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8.生きろという願い

 ―――女の名は、バサラ・ケンザキ(剣崎刄沙羅)と言った。

    齢21で時空管理局戦技教導官に任命されるほどに近接魔法戦闘に優れた騎士で、地上本部において知らぬ者はいないと知らしめた武人であった。

    現在において、地上本部の守護神と謳われるレジアス・ゲイズとも旧知の仲であり、彼の指示のもと、無数の名だたる犯罪者たちとの戦いをくぐり抜けてきた歴戦の猛者だった。

    幾千もの闘争剣戟の中に身をおいた彼女は数多くの事件を解決に導き、そしていつしか〝無双の戦姫〟の異名で知れ渡り、敵からも味方からも恐れられるようになっていった。

 

    しかし猪突猛進型の彼女は他の魔導師と衝突することも多く、度々諍いを起こしては手を出してしまい、幾度も厳重注意を受ける問題児でもあった。

    それが原因かは知らないが、ある犯罪者が起こした事件の制圧に参加した後、バサラは唐突に管理局を辞め、ミッドチルダから姿を消してしまった。

    レジアスを含む多くの人間がそれに待ったをかけ、引き留めようと近づいたが、バサラは結局痕跡さえ残さずにミッドチルダを去った。

 

    そんな彼女が気まぐれにミッドを再訪し、自分がかつて育った施設を訪れ、アインを見つけて引き取ったという話は、あまりにもできすぎた偶然のような話だった。

 

 

 施設から引きずってきたアインを遠く離れた自宅……家と呼ぶには少々心もとないあばら家に連れ込んだバサラは、ボサボサの髪を撫でてすぐさま行動に移る。

 

「まずは風呂だな。ガリガリのお前には飯を食わせたいところだが、まずは手を洗うのが食い物に対する礼儀だ。だがお前は手以前に全身が汚い。丸洗いしてやるから脱げ!」

「…………」

「何だぁ? 一人じゃ脱げねぇってのか。しょうがねぇから手伝ってやるよ、ホレ! ……ガリガリのくせにここは一丁前だなおい」

 

 石を組んだ上に乗せたドラム缶に水を張り、真下で火を炊くと座り込んだままのアインの衣服を剥ぎ取る。

 あちこちに残る傷跡や手の跡に、心ない陵辱の痕跡を見てバサラの表情にシワがよるが、彼女はそれに見なかったふりをし、隅から隅まで泡が黒くなくなるまで洗い尽くす。そして十分に磨けたら、アインが溺れないように注意しながらドラム缶の湯船の中にゆっくりと沈めてやった。

 しかしいつのまにか湯を沸かしすぎ、普通の人間なら触れることも叶わないほどの高温になっていたことに気づき、慌てて身体中を真っ赤にしたアインを引き摺り出す羽目になった。

 危うく全身を火傷させるところであったアインは、それでも声ひとつあげなかった。

 

 

 次にバサラは、台所らしい石窯や調理台のある空間に入ってしばらくすると湯気の立つ皿を持ち出してきた。

 しかし皿に乗ったそれは、お世辞にも料理とは言えそうにない歪な出来であり、アインでなくとも遠慮するような代物だった。

 

「自慢じゃ無いが、自給自足の一人暮らしを始めてから、あたしは自炊が上手くなった自信がある。味も良くて空きっ腹が驚かない飯を食わせてやるから、残さず食えよ?」

「…………」

「見た目はアレだが味は保証するって。箸の使い方はおいおい教えてやっから、とりあえず口に入れやがれ」

 

 自覚がないのか、それとも開き直っているのか、バサラは笑みを浮かべながら皿の上の物体を手作りのスプーンですくい、グイグイとアインの口に押し付ける。

 アインは近づけられる物体の刺激臭にも反応を示すこともなく、虚ろな目を浮かべていた。どれだけ近づけられても口を開けようとしないアインに焦れ、バサラは見せつけるように自分で口にしてはその出来の悪さに思わず吐き出す。

 笑えるから周りを見せるバサラだったが、しかしそれでもアインの表情が動くことはなかった。

 

 

 夜になり、就寝しようと着替えたバサラは、寝心地の悪いベッドに連れて行こうと思っていたアインが部屋の隅で膝を抱えていることに気づき、深いため息をついた。

 

「どこに行ったのかと思えば……そんな部屋の隅に行かなくてもあたしのベッド使えっての。一緒に寝てやるからよ」

「…………」

「あたしにいちいち荷物みてぇに運ばせる気か? 仕方ねぇな……あー、子供の体温ってあったけー」

 

 バサラに手を引かれ、アインは引きずられるままに妙にゴワゴワする布団の中に入れられる。

 そのままバサラに抱き枕のように抱き寄せられ、豊かなふくらみに包まれる。バサラの鼓動の音が耳に届くように、赤子が安心するような体勢で抱き寄せ、バサラは静かな笑みをたたえて目を閉じる。

 しかしやはりアインは、虚ろな目に光を取り戻す様子はなかった。

 

 

 何日も、何週間もそんな生活は続いた。

 アインに人並みの反応をさせようと、不器用を通り越して下手くそな施しを続けるバサラと、それに無表情を貫くアイン。

 もどかしい、代わり映えのない毎日に先に根をあげたのは、バサラの方だった。

 

「おーい。なんでもいいから反応ぐらい返したらどうだ~?」

 

 何度やっても上達しない料理を箸で掴み、アインの口元に突き出す。

 アインの顔色は、出会った時よりは格段に良くなっている。固形の食べ物を食べさせることはまだできていなかったため、錠剤などを溶かした飲み物を半ば無理やり口移しで飲ませ、ようやくマシな状態に戻してきたのだ。

 

「…………」

 

 しかしアインは、自ら生きようという意思を見せずにいた。

 生まれた時から生きる理由を与えられずに、母の命を食いつぶした罪悪感でのみ生きながらえていた少女。母を喪って、存在する理由を奪われた後は、人間である資格さえ奪われたあまりに悲しすぎる道のり。

 気を遣い、決して無理強いをしようとはしなかったバサラだったが、そんな生活が長く続いたある日、我慢が限界に達した。

 

「………オーケー、わかったよお嬢さん」

 

 フッと微笑み、頬を引きつらせながら目を伏せる。過去の苦しみに同情はするし、心が痛くて仕方がないのはわかるつもりであり、できるだけ意思を尊重させたいとも思っていた。

 だが、それとこれとは別の話。バサラの目が突如ぎらりと光り、俯いていたアインの口に無理やり箸でつまんだ肉の塊が突っ込まれた。

 

「上等だコラ! 死ぬ気で食いやがれ!」

「んぶっ⁉︎」

 

 いきなり喉奥につっこまれた刺激臭・衝撃的な味の物体に、アインは吐き出す暇もなく咳き込んでしまう。

 どうだと言わんばかりにどや顔で見つめてくるバサラに、アインは問いかけるような眼差しを送る。ある種の劇物のような刺激がアインの感情に揺さぶりをかけたのか、アインはゆっくりとだが人間になりかけていた。

 

「ゲホッ…えほっ……なん、で……」

「あん? なんか言ったか?」

「なんで……死なせ、て…くれ、ないの………?」

 

 アインの呟いた言葉に、バサラはわずかに目を見張る。ずっと耳にすることがなかった少女の声が、途切れそうなほどに弱々しくも確かに紡がれた言葉を、聞き間違いではないかと疑ってしまう。

 生きる理由はもうとうの昔にない。死ねない柵も、屋敷に閉じ込めていた悪魔たちがみないなくなったことでなくなっている。アインはもう、ゆっくりと近づいてくる最期の時を迎えるだけでよかったのだ。

 

「だれ、も、わたし、を……のぞん、で…ない……だれも…ひつよ、と……してない………かあさんも……あい、して…くれ、なかっ、た…!」

 

 優しく、自分を守ろうとしてくれていた母も、最後は自身に襲ってきた苦しみに苛まれるうちに、アインを疎ましく思うようになっていった。

 父親が求めていたものも、権力と財を成すための都合のいい道具。用が済めば捨てられるどうでもいい存在でしかなく、アイン自身を必要としている者は誰もいなかった。

 施設にいた時もそうだった。預かった子供であるアインが死ねば、自身らの立場が危うくなることがわかっているから、どうにか死なないように努めていただけのこと。誰も、本心からアインが存在することを望んでいなかった。

 

「いき、てるのが、つら、い………もう、ほっといて…ほしい……死な、せて」

「駄目だ。それはあたしが許さねぇ」

 

 涙さえ枯れた、死人の一歩手前の表情でそう呟くアインに、バサラは険しい表情でそう答えた。

 アインは苦しそうな目で、全てを放り出して楽になりたいアインの願いを否定するバサラを見上げる。だが、その目が次の瞬間大きく見開かれた。

 

「誰がお前に何と言おうと、お前が望んでいなかろうと、お前に死ぬことは許さねぇ。……どこぞの誰かに苦しめられて死ぬなんざ、絶対に許さねぇ」

 

 アインを見下ろすバサラの眼には、怒りが宿っている。

 だがそれは、アインが見てきた怒りとは異なるものだった。

 屋敷にいた悪魔が見せていたのは、言うことを聞かない道具や家畜に苛立ちを募らせ、八つ当たりするような理不尽で身勝手なもの。しかしバサラが見せているのは、アイン自身ではなくアインのまわりのものに向けるような、どこか遠くを見るような眼差し。

 アインがこれまで見た事がない感情が、そこにはあった。

 

「たとえお前が死を望んでいようと……あたしはお前に生を望む。苦しみの中で死のうと思うな。お前らガキは……苦しみを塗りつぶせるだけの喜びを抱いて死にやがれ」

 

 そう告げるバサラに、アインはいつの間にか視線を逸らせなくなっていた。施設の人間が言っていたような上っ面だけの言葉ではない、アインの眼の奥の奥まで覗き込み、自分の言葉を届かせようとするような、そんな力強さがあった。

 やがて、アインが差し出された箸に口を開くようになるのは、そう遠くない事であった。

 

 

 ―――果たして彼女が身元引受人にふさわしかったどうかは、誰にも分らない。彼女は優しさや丁寧さとは微塵も縁がなかったし、生活が快適だったかと問われれば首をかしげるほかになかった。

    しかし少なくとも、彼女はアインを途中で放り出すような真似はしなかったし、他の誰よりもアインを気遣い慈しんでいた。赤の他人であることを感じさせないほどに、常にアインのそばに寄り添い語り掛け続けていた。

    施設の人間たちがいち早く匙を投げたのと同じ数週間が過ぎても、数ヶ月が過ぎても、バサラはアインのそばに居続けた。

 

 

「……あなたは、私に何をさせたいのですか?」

 

 二人の生活が続き、一ヶ月と少し。ゆがんだ床の上で寝転んでいたバサラに、洗った食器を拭いていたアインは問いかける。

 もはやアインの表情に出会った当初のような悲壮感はなく、肌は子供らしい瑞々しさを得つつある。体つきに至ってはすでに同年代の平均を上回っていたものが、十分な栄養を得ることによってより凹凸に富んで来ていた。

 

「何だ、藪から棒に」

「あなたは私に生を望むとおっしゃいました。…ですがただ生きることを望むには、この待遇はあまりに恵まれすぎていると思うのです」

「恵まれてるって……炊事洗濯まであたしから奪っておいてまだ何かやりたいってのか? お前ちょっとワーカーホリック気味じゃねぇか?」

「こうでもしなければ私が気分が悪いんです。というかあなたの生活は正直だらしなさすぎます」

 

 一から十までアインの世話を焼こうと奮闘していたバサラだったが、いつしかアインの手伝いたいという希望を聞き始めると、あっという間にほとんどの家事の役割を奪われることとなっていた。

 もともと病弱な母の身の回りの世話をしていたアイン。質はともかく、戦うことしかしてこなかったバサラが敵うはずもなかった。

 疑わしげな目で見つめてくるアインに、バサラは悩むように眉間にしわを寄せる。いまだに、見返りもなく自分を引き取る理由がわからなかった。

 

「……本当はもっと体が出来上がってからにしようと思ってたんだがな。だが、まぁいいか」

 

 じっと見つめてくるアインに観念したように、バサラは腰をあげると近くの棚に向かう。

 その一角に置かれていた小さな箱を手にとると、バサラはその中に収められていたデバイスを起動させ、一振りの剣へと変えさせた。

 

「お前には、私の剣の全てを受け継いでもらおうと思ってる。…ああ、お前がアルデブラントだから引き取ったわけじゃねぇぞ? 単純にお前が一番目立ってたからだ」

 

 初めて見る魔導師のデバイスを興味深そうに凝視するアインに、バサラは真剣な眼差しで告げる。

 アインはバサラの強い眼差しに何かを感じとったのか、表情を引き締めてその目を見つめ返し、固く口を閉ざした。

 

「あたしは騎士として、弱者を弄ぶ下衆どもが蔓延らないように努めてきた。……だがふとあるとき思ったんだ。あたしだけが強いんじゃ、いずれあたしがいなくなったとき世の中はどうなるんだってな」

 

 とある理由で、バサラは前線で戦い続けることが困難になった。魔導師としても騎士としても致命的な弱点を負ってしまったことで、常に全力で戦い続けることができなくなってしまったのだ。

 故に管理局を辞めざるを得なかった。仲間たちには引き止められたが、自分自身が足手纏いになることを嫌ったバサラは自ら戦士の資格を放棄した。

 だがそれでも、胸に抱いた義の心は衰えることはなかった。

 

「あたし一人がいなくなったところで世界が滅ぶわけでもねぇ。でも少なくとも、鍛えてきたこの剣が無になるのは辛いなって、そう思ったんだ」

「……だから、私を」

「心の痛みを知り、胸の痛みに耐え抜いた者は必ず強くなる。…あたしの持論だ」

 

 アインと出会ったには全くの偶然だったが、バサラにとっては願ってもみない邂逅であった。

 才能などでは測れない、アインの目に宿っていた絶望と悲劇を目にし、バサラは確信した。当時は確かに、心も体もボロボロで再起など叶いそうにない状態だったが、必ず立ち上がる未来を見たのだと、バサラは告げた。

 

「私は強くなどなれるのでしょうか……父親に裏切られ、母に置いていかれ、誰の手も取ることができなかった私が」

「それでいいじゃん」

 

 俯くアインに向けて、バサラはニッと笑いながら断言する。

 訝しげに顔を上げるアインの不安を笑い飛ばしながら、デバイスを突きつけ、アインの揺れる瞳を覗き込んで自分の目の奥を見せる。

 誰よりもアインに存在することを望んだ女が見せる、決して揺らぐことのない確信の光を見せた。

 

「100回人を裏切ったやつよりも、100回裏切られて馬鹿を見た人間の方が、よっぽど上等な人間だろうが」

 

 惚けたように目を見開き、バサラを凝視し続けていたアインはしばらく黙り込んでいたが、やがて差し出された剣の柄を握り、強い光を宿した目でバサラを見つめ返した。

 バサラはアインの見せた瞳の強さに満足げに頷き、おもむろに立ち上がる床屋の外へ向かって歩き出した。

 慌ててアインが後を追うと、バサラは小屋の外の壁に立てかけてあった二振りの木の棒を掴み、ブンブンと振って使い心地を確かめると、片方をアインに向けて投げ渡した。

 

「いいか? あたしがお前の一切を引き受けるからには、あたしがお前の神だ。あたしが許さない限りお前には死ぬことは許さないし、死のうとも思わせない。忘れるなよ」

「…わかりました」

 

 取り落としそうになりながらも、受け取った木刀を構えたアインに向けて、バサラは同じく木刀を担いで説く。

 これから教えるのは、戦うための力の使い方。魔導師のデバイスには非殺傷設定という都合のいいものがついているが、騎士の技はそこまで生易しいものではない。

 剣で斬れば肉が裂け、槍で突けば穴が開き、槌で殴れば骨が砕け、弓で射れば急所を貫く。容易く相手の命を刈り取ることもあり得る、細心の注意が必要とされるもの。

 アインもそれを、バサラのいつもとは異なる表情を見て察していた。それが自分に向けられることまでを想像し、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 そんなアインの反応に、バサラはより嬉しそうに笑みを深めた。

 

「じゃあ、死ぬなよ?」

「…………え?」

 

 身構えていたアインは、なんの前触れもなく自分の目と鼻の先に現れたバサラに驚愕し、思わず目を見開いていた。

 咄嗟のことで反応が遅れ、足をもつれさせて後ろに倒れ込んでいなければ、今頃バサラの振るった容赦のない横薙ぎの餌食になっていただろう。

 

「ヒィ⁉︎」

「目を逸らすな‼︎ 敵はお前が臆する姿を見せればすぐにその首を取りに行くぞ‼︎ 刃から目を離すな、腰を引かせるな、常に前に進み続けろ‼︎」

「そんな無茶な……ひぃん⁉︎」

 

 厳しい声で激励し、バサラが的確にアインの首を狙って木刀を振るう。ヒュン、と無駄のない音が尾を引き、一瞬前に自分の首があったところを木刀が通り過ぎた。

 無論多少の加減はしているだろうが、それでも木刀を渡されたばかりの素人にはあまりにきつすぎる稽古に、アインは冷や汗を流して頬を引きつらせた。

 

「こ、殺す気ですか⁉︎」

「あたしにわかりやすく優しく教えてもらおうなんざ考えるな! やるとお前が決めたなら……死ぬ気で体で覚えな‼︎」

「無茶苦茶です! スパルタにもほどがあるでしょうがひやぁ⁉︎」

 

 涙目で木刀を掲げるアインは、ガツンとぶつけられたバサラの横薙ぎの衝撃でよろめき、たたらを踏んで後ずさった。

 期待しているとバサラは言った。そして自分の後を継げるとも。そのことに嬉しさを覚える暇もなく、もはや拷問の域にさえ達しかけている気がするしごきをどうにか乗り越えねばと、振るわれる木刀を睨みつけた。

 

(なぁ、――――。あたしはお前を見つけたのは偶然だって言ったけどな、ほんとはアレ嘘なんだ)

 

 バサラは執拗にアインを狙いながら、胸の内で隠していた本音を吐露する。

 バサラは本当に後継者を探していたわけではなかった。戦士としての道を離れ、あてもなく彷徨っているうちに自分の出身地である養護施設にたどり着いていただけで、考えがあったわけではなかった。

 そして、出会った。幼い少女が、見ているだけで痛々しい姿でその場に座り込んでいるのを。泣くことも悲しむこともなく、ただそこに在るだけだった少女を。

 バサラはその姿を見た瞬間から、強い既視感に襲われていた。

 

(お前はあたしだ。過去のあたしだ。心も体もボロボロで、誰にも助けてもらえなかったお前は、昔のあたしがそこにいるみたいで、放って置けなかった………あたしを拾ってくれた、あの人のように)

 

 だから本当に、ただ助けたいという考え以外は持ち合わせてはいなかった。一人ぼっちで死に向かって時間をすり減らしていく姿を見ていられなくて、気づけば無理やり手を取っていただけだった。

 だが、それでよかった。

 

「この……脳筋師匠が‼︎」

 

 一方的に攻められ続け我慢が限界に達したのか、ついにアインは自ら攻撃する側に立った。

 かろうじて身につけようとしていた受け流しを土壇場でなんとか形にし、バサラの間合いの中に入り込むと力強く地面を踏みしめ、木刀を握りしめる力を強めた。

 

「あああああ‼︎」

 

 あまりにも下手くそな、見て体で覚えろという無茶苦茶な指導に対する怒りが、アインに一時の力を与える。力が腕だけではなく全身に張り巡らされ、木刀の重みを利用した見事な一撃が完成する。

 バサラはとっさに自分の木刀を引き戻し、アインの振るう一撃を受け止める。すると、アインの見た目からは想像がつかない思い一撃が入り、衝撃でバサラの腕にはビリビリと痺れが走った。

 

「……そうだ、それでいい」

 

 もとより自分が上手に教えられるとは思ってなどいない。できることといえば、己が敵となることでアインに対戦の経験を与え、自ずと戦い方を学ぶことを覚えさせるつもりだった。

 しかし今の一撃は、バサラの予想を大きく上回った。

 今はまだ拙い児戯に等しい剣技。しかしアインは覚えがいいのか、それとも血がそうさせるのか、バサラの想定した以上の結果を見せていた。

 

「お前には才がある。経験さえ積んでいけば、この私さえ超える騎士になれる。……力は武器だ。この残酷な世界を生き抜くための。武器と戦い方さえ学べば、どんな敵にだって立ち向かえる」

 

 本当に後継者になって欲しかったわけではない。

 ただ、自分の身を守れる力を、自分で道を切り開ける力を持って欲しい。

 それだけが、バサラの願いだった。

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