【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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2.四人目の騎士

 人一人いなくなった街道を、ブルースペイダーに跨ったアインが猛スピードで通り過ぎていく。

 法的遵守速度を大幅に超えた速度だったが、それを咎めるものは誰もいない。なぜなら通報する人間も取り締まる人間も、とっくに異形が出現した箇所から避難し終わっているからだ。ただしそれだけ、アインの出撃が後手に回ってしまったという痛い事実があるが。

 その分の遅れを取り戻すべく、アインはアクセルを全開にして愛機を走らせていた。

 

〈そこからさらに800メートル……森林公園の入り口付近よ。一体だけしか確認できないけど気をつけて〉

「……休む暇もないな、私もお前も。だが、頼りにしている」

 

 通信デバイスからは、かなりオペレートに慣れてきたらしいリンディの声が頼もしく届く。

 ケインズの話を引きずっているのではないかと、内心案じていたアインだが、聞こえてくる通信の様子からそのような素振りは伺えず、フット笑みをこぼす。

 しかしなぜか、リンディからは全く別の理由で嘆き憂うような雰囲気が、通信越しに伝わってきた。

 

〈……気づいたらあなたの仕事をどっぷり手伝い続けてるけど、このまま無断欠勤で退職とかにはならないわよね?〉

「…その、なんだ。いざとなったら陸尉になんとかしてもらおう」

〈恨むわよアイン…!〉

 

 巻き込んだ手前、かける言葉が見つからないアインが目をそらす。管理局から任されている役目であるが、その部署が物理的に壊滅した場合は機能していることになるのだろうか。

 本気で転職を考えるべきか悩みつつも、アインはやや気を紛らわせるように頭を振り、進路を見据えてギアをひねった。

 

 次第に辺りには、何らかの力による破壊の跡が目立つようになっていく。一見すると前回のように、異形の出現に対し武装隊が出動していたのかと思いきや、よく見ればそういうわけではないらしい。

 破壊の跡は多種多様だった。高熱で灼かれた場所もあれば爆発したのか粉々になっているところもあり、別の場所では腐食しているのか煙をあげている場所もある。もし武装隊であればまず使用されないだろう攻撃の跡で、全く別の存在によるものだと断定できた。

 

「……嫌な予感がする」

 

 険しい表情で前を向くアインは、やがていくつかの遊具が並ぶ整地された公園へとたどり着く。入り口まで移動するのが面倒で、勢いよくタイヤを回して柵を飛び越えると、リンディの指示通りに反応のある場所へとバイクを駆った。

 疾走する直線上に目当ての異形の姿を捉え、アインは表情を張り詰めさせた。異形の足元に臥せる、男性の姿を捉えて。

 

「…こちらアイン。目標を捕捉、これより戦闘を開始する!」

〈了解……存分にやっちゃって!〉

 

 リンディに報告し、アインはラウズカードを挿入したバックルを取り出し、一瞬で腰に巻きつける。

 怒りをエネルギーに変換しながら、獲物を前にガチガチと牙を鳴らす蜻蛉の異形(ドラゴンフライアンデッド)を真正面に定め、バックルのレバーに手をかけた。

 

「さぁ、仕事の時間だーーー変身」

【TURN UP】

 

 バックルの前面が展開し、出現した甲虫が描かれたスクリーンにバイクごと突っ込み、輝く銀と紫紺の鎧を纏う。

 アクセルを全開にしながら遊具の間に突入したアインは、剣から抜き取ったラウズカードをバイクに装着されたカードリーダーに差し込み、スライドさせる。

 

【MACH】

 

 剣と同じ音声が鳴り、アンデッドの能力を行使できる特殊装備の力でブルースペイダーは音速の疾走能力を纏い、ドラゴンフライアンデッドに迫る。

 アンデッドが気付いた時にはブルースペイダーは目前にまで迫り、持ち上げられた前輪が顔面に叩きつけられ、凄まじい衝撃をもって勢いよく吹き飛ばしていた。

 ドラゴンフライアンデッドはまともな防御も取れず、獲物から遠く引き離されて宙を舞い、森林の中を転がっていく。アインがバイクを唸らせて近づくと、ドラゴンフライアンデッドは忌々しげにアインを睨みつけた。

 

「■■■■■■…!」

「食事の途中に不躾で悪いな……だが作法がなっていないのはお互い様だろう」

 

 ブルースペイダーから降り、待機形態に戻すとアインは改めて剣を構える。

 目前にした気配から、以前現れたイーグルアンデッドほどの脅威は感じ取れない。しかし決して油断は禁物だと己に諭しながら、切っ先を異形に向けて腰を落とした。

 強烈な殺気を受け、ドラゴンフライアンデッドもアインに対して非常に強い警戒をもったらしい。隙を探るようにゆっくりと後ずさり、構えた両刃のダガーを突きつける。

 

「■■■■■■■‼︎」

 

 そうして徐々に背後の池へと近づいていくと、異形の動きが変わった。

 方から生えた小さめの羽を震わせたかと思うと、空中に浮かんで池の中心へと後退し始めたのだ。今更ながらにアインは、敵が蜻蛉の祖先であり、高速飛行とホバリングという高度な能力を持っていることに思い至った。

 

「速っ…っておおっ⁉︎」

 

 目を見開くアインに、ドラゴンフライアンデッドは加速をつけた突進で襲いかかってくる。

 すぐさま反応したために攻撃は掠ることもなかったが、ドラゴンフライアンデッドは反撃の隙も与えずまた宙に浮かび、アインの剣が届かない場所に行ってしまう。

 真っ向勝負に強い自身にはかなり厳しい相性に、アインは舌打ちをこぼした。

 

「クソ…! こちとら飛行魔法もできんどころか魔法適性がないというのに。…だが、別に打つ手がないわけじゃないさ」

【THUNDER, SLASH, MACH. LIGHTNING EDGE(ライトニング・エッジ)

 

 三枚のラウズカードを組み合わせ、刀身に雷を迸らせる。

 魔力を魔法に変換できないアインは、アンデッドの能力の特殊性を利用し、擬似的な遠距離攻撃魔法を新たに独自に編み出す。そうして完成させた雷の刃を、アインはブーメランのように撃ち放った。

 だが、相手もそう単純ではない。空中を自在に飛行できるドラゴンフライアンデッドは、迫り来る雷撃を軽々と躱し、嘲笑うように牙を鳴らした。

 

「ちょこまかと…!」

 

 何十と雷の刃を放ち、飛び回る敵を狙い撃つアインだが、ただの一発も体表を掠ることさえ叶わない。

 放たれる刃はジリジリとアインの魔力を削り続けていて、攻撃を加えるアインの方が次第に追い詰められていく。

 だがアインの表情に焦りはない。

 打ち出してきた雷の刃が、自ら意思を持っているように反転し、弾幕のようにドラゴンフライアンデッドに迫っているからだ。

 

「所詮は蜻蛉だな! もらった‼︎」

 

 己の失態を悟ったドラゴンフライアンデッドが逃げ出そうとするも、迫り来る刃に通り抜ける隙間は見つからない。

 動きを止めた異形に、アインが渾身の斬撃を叩き込もうと身構えた時だった。

 

BLLIZARD(ブリザード)

 

 聞き覚えのある電子音声とともに、突然アインに向かって白い風が襲いかかる。空気さえも凍てつかせる冷たい風圧が、刃を振り抜こうとしたアインの半身に噛みついたのだ。

 

「なっ……ぐぁああ⁉︎」

 

 突然のことで反応が遅れたアインは、咄嗟に片腕で顔を覆って防御態勢に入る。両腕がバキバキと氷に包まれて激痛を感じながら、武器を持つ手と視界は塞がれないようにと耐え続けた。

 次第に風圧に押され、大きく後ずさったアインの足元に、先ほど自身が放った雷の刃が次々に突き刺さっていく。

 吹雪が収まり、ようやく視界を取り戻せたアインは、これ幸いと飛び去っていくドラゴンフライアンデッドの姿に舌打ちする。そして、風圧が向かってきた方向を忌々しげに睨みつけた。

 

「くっ…何者だ⁉︎」

「名乗るほどの者じゃねぇよ……とでも言おうか?」

 

 片腕をほぼ凍結させられながらそう怒りをあらわに剣を突きつけるアインに対し、そう聞き覚えのない声が答える。

 アインに対し嘲笑の意を示す、鼻につくような喋り方にさらに苛立ちが募る。サクサクともったいぶったように草地を歩く音が、徐々に木陰から近づいてくる。

 そうしてようやく現れた、三つ目の仮面を被った一人の騎士に、アインは険しい形相で息を呑んだ。

 

「初めまして、ミッドチルダ最強の女騎士様……俺はムーヴ・カムシン。見ての通りの騎士(同業者)さ」

「同業者だと……?」

 

 先端にリング状の刃が備わった槍を携えた、緑を基調としたスーツに金の甲冑を纏う、紫の三つ目の騎士。

 どことなく、アインの纏うそれと似通ったデザインのそれに、紫紺の騎士は嫌な予感を抱く。特に、謎の騎士の腰に巻かれている一本のベルトを目にして。

 

「その、ベルトは……お前が、レンゲルの適合者なのか?」

 

 出撃前に少しだけ聞いた、三つ目のライダーシステム。

 つい最近適合者が現れたばかりだというそれを有しているということは、やつこそがその適合者だということなのだろうか。

 しかしそれならばと、アインの胸中には疑念が渦巻く。ライダーシステムはアンデッドを封じるための人類の手札、なのに先ほど振るわれた力は、明らかにアインに対する悪意が込められていた。

 

「なぜ邪魔をした。あれを放置しておけば、そのうち民間人に被害が及ぶのは考えずともわかるだろう……それとも、それすら思いつかないほどに馬鹿なのか?」

「………ククッ」

 

 険しい形相で詰問するアインの前で、謎の騎士は仮面の下で気味の悪い笑みをこぼす。

 常人どころか、サクソのようなベテランでも微かに臆するくらいの殺気を向けられているのに、騎士にそんな素振りは見受けられない。むしろ、アインが向ける敵意を楽しんでいるようだ。

 

 得体の知れない反応に、アインの眉間にしわが寄る。

 すると次の瞬間、槍を構えた騎士が雄叫びをあげながらアインに向かって飛びかかってきた。刃を人に向けることに、一切の遠慮や躊躇も見せずに。

 咄嗟に剣で受け止められたのも、アインほどの実力と経験があってのことだった。

 

「何をする……⁉︎」

「何ってぇ? バトルファイトに決まってんだろうが‼︎ 何のために俺が奴を()()()()()()()と思ってんだ⁉︎」

STAB(スタッブ)

 

 仮面越しにもわかる醜悪な笑みを浮かべて、騎士はラウズカードを挿した槍を構える。先端のリングが三方向に展開し、クラブのマークように変わったそれを、アインめがけて鋭く突き出した。

 

「やめろ…ライダー同士で争ってどうする! お前の敵は私じゃないはずだ‼︎」

「説教なんていらねぇんだよ‼︎ 俺のやることに口を挟むんじゃねぇ‼︎」

 

 怒涛の勢いで放たれる突きを横から剣で弾き、アインはじりじりと後退していく。戦闘よりも思考に重きを置いているため、側からはアインが一方的に責められているように見える。

 最強と謳われる女騎士を圧倒している事に酔っているのか、騎士はケタケタと笑いながら槍を振り回し続けた。

 

「ハハハハハ‼︎ どうしたおい…最強の騎士様の力はそんなもんか⁉︎」

 

 ガキン、と甲高い音が響き、火花が散る。激突した両者の武器は激しい衝撃を生み、体重差のあるアインを軽々と吹き飛ばした。

 空中に浮いたアインはクルクルと回転し、少し離れた木陰に一旦身を潜める。騎士の方も衝撃でよろめいたらしく、一瞬で移動したアインをしばらくの間見失っていた。

 

「クソ…! 所長め、レンゲルの適合者がこうもひねくれてるなんて一言も言わなかったぞ……ああ、言おうとしたのはそれか」

 

 悪態をつこうとして、出撃前の会話について思い出す。さしたる情報も聞かないうちに出てきてしまったが、そういえばケインズが何か口に仕掛けていたような気がする。

 まさか聞いたそばでこのような出会いを果たすなどとは思いもよらず、アインは自身に降りかかった偶然に言葉をなくしていた。

 

STAB(スタッブ), SCREW(スクリュー), RUSH(ラッシュ). SPIRAL STAB(スパイラル・スタッブ)

「おらああああああ‼︎」

 

 騎士はアインを見失ったことで苛立ったのか、槍に回転と連撃の能力を付与し、あたり一帯に無茶苦茶に刺突を繰り出していく。放たれた槍の一撃一撃が凄まじい威力を誇り、聳え立つ木々の幹を抉って片っ端からへし折っていく。

 無慈悲で無差別な攻撃により周囲の木々は伐採され、みるみるうちに見通しが良くなっていく。

 

 相手を追い詰めていることに笑みを浮かべる騎士だったが、不意にその表情がひきつる。自分の脇腹に突き立てられる、青い片刃剣の柄を見下ろして。

 騎士は小さく吐血し、資格から不意打ちを食らわせた女騎士を振り払おうと槍を薙ぐが、アインはそれを一切の狼狽なく躱してみせた。

 

「ぐっ…クソが!」

「なめるなよ小僧……私が一体何年視線をくぐり抜けてきたと思っている。その程度で隙をついたなどと思うな」

 

 激昂し、無茶苦茶に槍を振り回す騎士にアインは呆れた様子で目を細める。付与されたアンデッドの力はまだ健在で、触れただけで大怪我を負う威力を伴った攻めも、当たらなければ意味がない。

 アインがは騎士に対し過剰な警戒を抱いていたことを恥じ、そしてこれまでの攻防にそれほど労力を感じていないことに、非常に強い落胆を覚えていた。

 

「その偉そうな口調の割に、お前大した腕前じゃないな……せいぜいチンピラに毛が生えた程度か」

「てめぇ…! 調子に乗るんじゃねぇ!」

 

 絶えず向けられる挑発の言葉に、怒りを爆発させた騎士が槍を大振りに構える。

 アインはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、注意がおろそかになっている騎士の足を払い、あっという間に組み伏せてしまった。騎士は何が起こったのかもわからないままに、首に突きつけられた刃に戦慄の声を上げる。

 

「その仮面を力尽くで剥いでやろうか?」

 

 思った以上に楽に捕らえられたことで、アインの声には余裕が混じる。一度捕まえてしまえば、あとは調教なり再教育なりどうとでもなると。

 だが次の瞬間、その考えは甘かったと悟らされた。

 

「………たす、け…て…」

 

 俯せに組み伏せた騎士から、か細い泣きそうな声が聞こえた。先ほどとは打って変わって、弱々しく折れそうな悲痛な声に、アインの表情は凍りついて動きがピタリと止まる。

 思わずまじまじと騎士を見下ろせば、今度はこれまでと同じ不遜な態度でもがいている。しかしアインには、先ほどの態度が自分の見間違いや騎士の演技とは到底思えなかった。

 そうしているうちに、アインの中にある可能性が浮上した。

 

「お前……まさか」

「チッ…! 鬱陶しいガキが、大人しくしてろっての!」

 

 声を荒げた騎士が力尽くでアインを跳ね除け、槍を支えに立ち上がる。

 獣のような荒い呼吸でアインをギロリと睨みつけるが、アインは呆然と騎士を凝視したまま構えることさえしていない。気づいてしまった騎士の真相に、どう行動すればいいのかわからなくなったからだ。

 それを見た騎士は、チッと舌打ちして踵を返した。

 

「しゃぁねぇ…今日はもうやめだ」

SMOG(スモッグ)

「⁉︎ 待て!」

 

 立ち去る騎士を慌てて追いかけようとするが、騎士が使ったラウズカードによってあたり一面に真っ黒な煙が充満し、視界が完全に塞がれてしまう。

 ようやく煙が晴れ、視界を取り戻した時には、騎士の姿はどこにも見当たらなくなっていた。

 

「……聞いていたか、リンディ。レンゲルの適合者を………ムーヴ・カムシンを見つけた」

〈聞こえていたわ……面倒なことになりそうね〉

「おそらくお前が思っているよりも厄介だぞ。…下手に手を出すわけにもいかなくなったな」

 

 通信越しに、リンディの悩む声が聞こえてくる。先ほどまでの騎士とアインのやり取りは勿論、捕らえた際に聞こえてきた気弱そうな声も聞こえていたらしい。

 そして、除いた一面から思い浮かべられた可能性に、リンディも至っていたらしい。

 

(…とても、戦士には向かぬ者の声だった)

 

 聞こえてきたその声が、アインの耳に強く残る。

 若い、むしろ幼いと評するべき力なき声だった。就業年齢に制限がないとはいえ、まだ親の庇護下で守られているべき年端もいかない青年の声だったと実際に耳にしたアインは確信していた。

 なぜそんな子供が、あれほどまで豹変し危険な武器を手にしているのか、その答えは一つだ。

 

「……弱い心を、アンデッドにアンデッドにつけ入られたか」

 

 激しい爪痕を残し、姿を消した四人目の騎士を思い浮かべながら、アインは険しい表情で立ち尽くすばかりであった。

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