【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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3.闇に囚われた心

 人気のなくなった街路、虚しく風が吹き抜けていくその道を、緑の鎧を纏った騎士が槍を支えにしながら歩く。その足取りは重く、異形にやられて鈍痛が続く腹を抑えてよろよろと歩き続けていた。

 だが、苦しんでいるのは肉体的な苦痛のせいだけではないらしい。頭痛も感じているらしく、時折頭を片手で抑え、霞む視界を払うように顔を横に振っていた。

 

「…くそ、チクショウが……これからって時によ…!」

 

 口汚く、どこかの誰かに向けて忌々しげに罵り、体を引きずりながら歩き続ける。途中で脇道を見つけると、急いで身を潜めるように入り込み、物陰に潜り込む。

 だがそこで、疲れ切った体が限界を迎えたらしく、ズルズルとその場に崩れ落ち、膝をついてしまった。

 

「俺はまだ……満足しちゃい…ね……」

 

 悔しげに呟いた騎士の体が、横向きに倒れこむ。その際、左右に展開していたベルトの前面が戻り、青い蜘蛛の絵が描かれたスクリーンが飛び出し、騎士に重なっていった。

 スクリーンに呑まれた騎士は、一瞬で纏っていた鎧を消され、一人の青年の姿に変わる。

 細い線の穏やかそうな顔立ちに、どことなく不安げに歪められた表情。先ほどまで口にしていた乱暴な口調が全く似合いそうにないほど、年端もいかぬ儚げな見た目の青年だった。

 

「あぁ……まただ」

 

 全身に残る気だるさと痛みに、青年は深いため息をついてうなだれる。ガリガリと頭をかいて苛立ちをあらわにし、もう一歩も動きたくないと意思表示するように小さくうずくまる。

 しかし自分が動かなくなれば、脳裏に先ほどまでの自分が行っていた愚行の数々が否応なく思い出させられ、どちらにせよ苦しめられてしまう。

 精神を苛む、醜い自分自身の姿に、青年は顔をしわくちゃにしながら泣き言をこぼした。

 

「……なんで、どうして…僕がこんな目に…」

「ここにいたか」

「うわあああああ⁉︎」

 

 不意に、青年の耳元に凛々しい女性の声が届き、青年は大きく目を見開いてその場から飛びのく。

 対する女性、青年の後を追いかけてきたアインは、普通に声をかけただけなのに、まるで化け物と遭遇したかのような悲鳴を挙げられたことが気に入らず、不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。

 

「うるさい、黙れ…いや、すまない。急に話しかけてすまなかったな」

 

 前回、幼い女の子に怯えられた経験を踏まえ、アインはまずは相手を安心させるために一歩後ろへ下がる。

 認めたくはないが、どうやら自分の目つきはかなり威圧的なものに見えるらしく、一般人や精神的に弱い相手は気圧されてしまうらしい。

 リンディに指摘されたことを思い出しながら、アインはその場で膝をつき、小さな子供にやるように青年と視線を合わせた。

 

「君が、ムーヴ・カムシンだな? 私はアイン・K・アルデブラント……時空管理局から出向している騎士だ。…少し、話をしないか」

 

 なるべく口調も圧を感じさせないよう気をつけ、咥えて嘘偽りを一切許さないといった様子でじっと青年、ムーヴを見つめる。

 しばらく青い顔でアインを見つめ返していたムーヴは、アインが急かすこともせずに答えを待っているのに気づき、徐々に肩の緊張を抜き始めた。幾分か、強張っていた表情も柔らかくなってきた。

 相手の壁が薄くなったことを察したアインは、ムーヴを見つめたまま口を開いた。

 

「…私が見るに君は、戦いには向いていないようだが………何故レンゲルバックル(それ)を持っているんだ? 適合者が現れるまで、厳重に保管されているはずだが…」

「……」

「咎めているわけじゃない。ただ、BOARDが襲撃されてから情報が集まりにくくてな…協力がほしいんだ」

 

 やはりまだ初対面のアインを信用しきれないのか、硬い表情で体を縮こませるムーヴだったが、しばらくすると観念したようにうつむき、ポツポツと語り始めた。

 

「……ある時、学校の帰り道でいきなり……黒服の男達が僕の前に現れて」

 

 ムーヴの脳裏に浮かぶのは、いつも通りの代わり映えのない生活が一変したとき、正体不明の男達が現れた時だった。

 気が弱く、おとなしい性格で学校でも目立たない存在だった彼は、クラスメイトと下校することもなく一人で帰路についていた。

 それを狙ってか、ただの偶然か、歩道を歩いていたムーヴの至近距離に停車した黒塗りの車から何人もの黒服の男達が現れ、ムーヴを車に引きずり込んであっという間に連れ去ってしまったのだ。

 顔を袋のようなもので覆われ、視界を奪われたムーヴはパニックに陥るも、左右に座る黒服達に威圧されて声もあげられなかった。

 しばらくして、停車した車から降ろされると、長い通路を前後左右を囲まれながら歩かされ、どこかの部屋に連れ込まれる。

 そこでようやく目隠しを取られ、ムーヴはその男と対面することとなった。

 

 ーーー手荒な真似をしてすまなかったね。

    だがこれは必要なことだったんだ、カムシン君…。

 

 地下なのか、異様に暗い空間に設置されたデスクの向こう側から、その男は丁寧な口調でムーヴに語りかけた。

 口元には笑みが浮かび、敵意を感じさせない紳士的な態度に見えたが、その時のムーヴはそこはかとない不気味さを感じていたという。同じ人種を相手にしていないような、根拠のない漠然とした嫌な感じがしたのだと。

 

 ーーー実にめでたい事に、君は戦士の力を手にする資格を得た。

    人々を襲う怪異を退治できる唯一の力だ。

    君には是非、この力を受け取って我々の騎士となってほしい。

    何も心配する必要はない……この力を手にした時から、君は無敵になれるんだ…!

 

 男はデスクの上に、トランプのクラブを模したバックル型のデバイスを置き、ムーヴに受け取るよう促した。

 デバイスはムーヴにとっては、あまりお目にかからない代物だった。両親も友人も一般市民で、ムーヴ自身も魔力適正の低いただの学生。高性能なデバイスを目にすることはほぼなく、訝しさや恐怖と同時に物珍しい気持ちも湧いていた。

 迷うムーヴだったが、いつしか周囲に立っている黒服達に押されるように、デバイスに向けて手を伸ばしていた。

 

「…怖かったけど、言う通りにしないともっと恐い目に遭う気がして。それで受け取って、言われた通りに起動させたら……」

「…心を乗っ取られた、と」

 

 語り終えたムーヴは沈痛な表情でうつむく。恐怖に負けた自分がどれほど愚かな選択をしてしまったのか悔やむように、情けなさと悔しさがないまぜになった顔で歯を食い縛っていた。

 アインは青年から聞いた話の内容に、自分も確かに多様な経験があることに思い至り、うなだれているムーヴにさらに問いかけた。

 

「その男の名は聞いたか」

「尋ねはしましたが…僕の質問には何も答えませんでした。ただなんていうか……僕、というか人を自分を対等に見てないっていうか、すごく冷たい目をした人でした」

「……あの孔雀野郎か?」

 

 自分やサクソを利用し、ずいぶん勝手に暴れてくれた上級アンデッドの一体のことを思い浮かべる。

 サクソの手によって封印された今、懸念材料とはならないように思ったが、どうにも違和感が拭いきれない。出会ったこともないのに、油断していれば足元をすくわれそうな、そんな予感がしていた。

 

「あとはもう、僕の手に負えないことばかりで…あの化け物が現れると、急に戦いたいって、暴れたいって気持ちが溢れ出してきて……もう、止められなくて」

 

 それだけ口にすると、またしても恐怖が蘇ってきたのか、ムーヴは頭を抱えて体を震わせる。

 操られて自分の意思を奪われるわけではない、己の闘争本能が暴走させられ、望まぬ戦場に走らされる。己でそれを止めることはもちろんできず、刀槍剣戟の中に躍り出ることとなる。まるで自分が自分じゃなくなるような恐怖が、彼の中に巣食ってしまったのだろう。

 その哀れな姿は、つい数日前に別の人間にも見たばかりだった。

 

(…陸尉と同じような症状だな)

「…僕はもう嫌だ…! あんな化け物と戦うのも、怖い目に遭うのももうたくさんだ! 嫌なのに…!」

 

 ブルブルと顔を横に振り、蘇りそうになる戦闘中の光景を振り払おうとしているが、槍を振り回した手の感触が残っている限りそれは叶わない。

 しまいには視界の全てを拒絶するように、頭を抱えてうなだれるが、しばらくすると諦めたように脱力し、アインに向けて頭を下げた。

 

「……今日は、ごめんなさい。僕もできるだけ、衝動を抑えられないか頑張ってみますけど…でも」

「お前……」

「さよなら……もう、会うことはないでしょうけど」

 

 視線を合わせることさえ辛いのか、ムーヴはアインの方を見ることなく立ち上がり、ふらふらとおぼつかない足取りのまま歩き出した。

 アインはその頼りない背中になんとも言えない哀れみを覚え、呼び止めることもできずただ見送ることしかできない。少し触れただけで崩れ落ちてしまいそうなほど弱々しい、儚い後ろ姿は、見ているだけでため息を誘った。

 

「あれでは、共に戦ってくれなどとは……口が裂けても言えんな」

「賢明な判断だな」

 

 思わず溢れたつぶやきに返ってきた声に、気配を感じていたアインは深いため息をついて振り向く。

 無言のまま、足音もなく近づいていたハジメに咎めるような視線を送り、アインは腕を組んで壁にもたれかかる。別に忍ぶ必要もあるまいに、声もかけずに傍に寄っているこの男には、デリカシーというものはないのだろうか。

 ハジメはアインの視線に気にした様子もなく、立ち去っていく青年の背中を見やり、呆れた声を上げた。

 

「アレは戦士と呼ぶにはあまりにも脆い……この先の戦いを生き残れるとは到底思えんな」

「ハジメ…」

 

 いつも通り、人間に対して隔意を感じさせる物言いに、アインは思わず眉間にしわを寄せる。

 アンデッドと疑わしきこの男にとって、例の遊戯に参加する資格のない弱い存在は気に入らないのかもしれない。絶対的強者に立つがゆえに、弱き者が持つ屈辱や苦痛が分からないのかもしれない。

 しかし、ハジメの告げた言葉は確かに的を射ている。実力差があり過ぎれば、同じ戦場で背中を預けることなどとても考えられない。

 

「ライダーシステム……その実態はアンデッドと一時的に融合し同質の力を得るということ。あの騎士や少年のように心に隙があれば、簡単に衝動に呑み込まれる」

 

 ピクリと、気になる言葉を耳にしたアインがハジメを訝しげに睨みつける。また何か重要な情報を気軽にもたらしたような、そんな違和感が生じた。

 しかしハジメは気にせず、反対にアインを厳しく睨みつける。まるでアインに、軽率な行動を控えるように忠告しているような態度だった。

 

「足手纏いを気にかける暇が…お前にはあるのか?」

 

 じっと見下ろしてくる、自分よりも上に位置する力の持ち主に対し、アインは黙ったまま視線を返す。

 やがてその口がフッと笑みの形をとり、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 

「………何を言っているのやら」

「…どういうことだ」

 

 意味深な態度で目をそらすアインを訝しみ、ハジメが鋭い目を向ける。ハジメの忠告をどうでもいいことのようにあしらったのが気に障ったのか、その目にはわずかに怒りが滲んでいる。

 ニヤリと笑みを浮かべたまま、ムーヴの方を見やっているアインにしびれをきらし、ハジメはアインの肩に手をおいて無理やり振り向かせようとする。

 その瞬間、アインの連絡用デバイスに着信が入り、アインはハジメの手を払って通信に応じた。

 

「なんだ?」

〈アイン! また反応があったわよ! 今度はすぐ近くでいくつも!〉

「今日はえらく忙しいな……」

 

 切羽詰まった様子のリンディに対し、アインは残業の仕事でも前にしているような苦笑を浮かべる。

 何か言いたげなハジメが、目の前を横切っていくアインを睨んでいると、ふとその視界に妙ななるものを見つけた。

 

「…あれは」

 

 いまにもまた倒れ込みそうな様子で歩いていたムーヴが、突如頭を抑えたかと思うと、まるで頭痛に耐えているように指を食い込ませていた。

 アンデッドの出現を、融合したアンデッドが感知し戦場に向かわせようとしているのだろうとハジメが考えていると、どうにも様子がおかしいことに気づく。

 片方の足が前に出ようとするのを、青年の手が必死に止めようとしている。歩く力の方が強いのか引きずられているが、それでも青年はめげることなく自分の体を押さえつけようとしていた。

 その様子に、ハジメは思わず驚愕で大きく目を見開いていた。

 

「……抑え込もうとしているのか」

「あの子が弱いって? …あれを見ても同じことが言えるか、ハジメ」

 

 鬼の首でもとったような不敵で得意げな表情で、アインはハジメを見やる。青年の抵抗をまるで我が事のように誇るアインに、ハジメはすぐに表情を無に改めた。

 

「あの子は抗っているのさ……自分に襲いかかる悪意に、ずっと」

 

 アインは笑った顔のまま、歯を食いしばりながら移動していく青年を見つめ、小さくため息をつく。

 今は確かに、アンデッドに突き動かされる衝動に負けてしまっている。だが、それがいつまでも続くわけではないとアインは確信していた。

 気の弱い青年が、恐怖の対象に必死に抗う姿は、見苦しくも目を離せないものだった。

 

「そういう根性のある子は、ついつい手助けしたくなってしまうのさ……いくぞ、リンディ。オペレートを頼む」

 

 そう言ってアインは、懐からブルースペイダーを取り出し、空中に放り投げる。

 瞬く間にバイク携帯に変形したそれにまたがると、アインは急ぎリンディとの通信を再開し、後輪を回し疾走を開始するのだって。

 

 

「……ムーヴ・カムシン」

 

 アインが去った後を、ずっと様子を伺っていたシーマが物陰からのぞいていた。

 彼の目には、引きずるような足取りでどこかへ向かう青年の姿が映り、記憶に焼き付けられていく。優しい性格のシーマといえど、過剰に思えるほどに青年のことが気にかかっていた。

 

「レンゲル…クラブのスートの騎士、私のラウズカードを持つ者」

 

 争い続ける青年に向けて、平和を思う異形の男は覚悟を決めたような目を見せ、同時にいつしか微笑みを浮かべていた。

 

「手助けしたくなる子か……ああ、確かにその通りだな」

 

 アインが呟いていた一言を自身の胸にも刻みながら、シーマは静かに歩き出し、緑色の光を纏ってその場から大きく跳躍して行った。

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