【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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5.例外なる者

 黄金の甲虫の異形が操る二股に分かれた肉厚な剣が、アインの脳天に向けて振り下ろされ、ブオンと空気を裂く音が響く。

 一瞬気圧され、思考が停止していたアインだったが、本能的なものか戦いに生きた習慣によるものか、意識することなくブレイラウザーを掲げ、振り下ろされた剣を受け止めることに成功する。

 しかしその重量は凄まじく、防いだはいいがそのまま叩き潰されそうになるほどで、アインの唇から苦悶の声が漏れた。

 

「くぅ…!」

 

 バキバキと足元が陥没し、気を抜けば平たく潰されそうな重力が襲ってくる。全身の筋肉を一本の鉄筋のようにまとめるように集中することで、どうにかそれに耐えていた。

 だがアインが押されているのは、三角槍甲虫(コーカサスビートルアンデッド)の持つ純粋な膂力ではない。同時に滝の激流のように降りかかってくる、異様な濃さの威圧感だった。

 

(なんという重い威圧感……! イストやティグルとも明らかに格が違う……やはり、こいつは!)

 

 数多くの中で研ぎ澄まされてきたアインの勘が、頭上から見下ろしてくる狂気に満ちた目の持ち主の正体を知らせてくる。

 アンデッドの中でも特に強力な力を有していた鷲の異形(イーグルアンデッド)孔雀の異形(ピーコックアンデッド)虎の異形(タイガーアンデッド)を凌駕する威圧感、それを持つ存在など、考えられる可能性は一つしかなかった。

 ギリギリと鍔迫り合いに応じるアインに、屋根の上であっけにとられていたサクソが、ようやく再起動を果たして叫んだ。

 

「気をつけろ、アルデブラント! カテゴリーKのアンデッドだ‼︎」

 

 サクソが告げた瞬間、アインはコーカサスビートルアンデッドの腹部に思い切り蹴りを放ち、わずかに体勢を崩させる。力の緩んだ大剣の下から抜け出すと、追いかけるように振るわれた刃を紙一重で躱し、高速で懐に入り込んでブレイライザーを薙いだ。

 しかし全力でふるったその一閃は、異形の左腕に備わった盾に防がれ、甲高い音を立てて弾かれてしまう。

 ビリビリと痺れる腕をかばい、険しい表情で後ずさったアインに、コーカサスビートルアンデッドは首を傾げながら声を発した。

 

『ねーねーなんで逃げるの? 僕ともいっぱい遊んで欲しいな?』

 

 まるで子供のような高い声で、しかし隠しきれない邪悪さをにじませて異形は女騎士に問いかける。

 その態度からは、微塵もアインに対する殺意を感じられない。例えるならば、逃げ惑う蟻の群れを見下ろし、笑顔を浮かべて踏みつぶそうとしているような、そんな危険な予感を味わわせる声だった。

 

「遊びだと…?」

『うん、遊び!』

 

 身構えるアインに、黄金の甲虫の異形は大剣と盾を掲げてゆっくりとアインに近づいていく。

 ズシンズシンと、地面に亀裂を走らせながら近づいてくる鎧の巨体に、アインはふと子供が小動物に触れに行こうと走り出す光景を思い浮かべる。

 子供からすれば、単純に愛でて遊びたいだけの好奇心。だが体格さのありすぎる小動物にしてみれば、力加減のできない子供が接近してくる光景はどれほどの恐怖であろうか。

 

『僕が君を追いかけて、追いついて殺せたら僕の勝ち』

 

 少なくともこの異形は、アインに対し尋常ではない害意を抱いていることは明らかだった。でなければ、鉄も岩も何もかも簡単に真っ二つにできる大剣を軽々と掲げたまま、余裕で人を踏み潰せる巨体で迫ってくるはずなどなかった。

 アインは殆ど勘で、その場から大きく跳躍して距離を稼ぐ。その直後に地面に食らいついた大剣に、アインの額から幾筋もの冷や汗が滴り落ちていった。

 

■■■■■■■■■■■■■■■(あはははははははははははははは)‼︎」

 

 コーカサスビートルアンデッドは高らかに笑いながら、防戦一方のアインに大剣を振るい続ける。

 狙いすました鋭さはない、ただ単純に凶器を見せつけ、圧倒的な力で追い詰めようとしているようだった。しかしそれでも、ブォンブォンと風を切って迫ってくる分厚い刃には本能的な恐怖が走り、アインは険しい表情で身を翻した。

 

「……ああ、クソ…! まるでガキだな」

 

 周りの家屋や人工物が真っ二つにされ、あるいは叩き潰されていく姿にゾッと背筋を震わせ、アインはブレイラウザーを盾にしながらじりじりと後ずさる。

 

「子供の残酷さを失わないまま、何でも壊せる力を持った最もとんでもないガキだ」

 

 自身に食らいつきかねない斬撃のみを受け流し、それ以外は鍛え上げた身体能力で最低限の回避を行うことで躱す。

 近接戦闘能力しか生まれ持てず、至近距離で幾度も凶悪な存在と戦い続け、研ぎ澄まされた感覚を会得したアインにしか出来ない芸当。だがそれを持続させる集中力も、人間をはるかに超える膂力と体力を持つ異形を相手にしていれば、あっという間に磨耗させられていく。

 徐々に大剣がアインの鎧をかすり、アインの表情に焦りが現れだした時だった。

 

【TURN UP】

 

 野太い電子音声とともに、無数の光弾がコーカサスビートルアンデッドの体表に炸裂し、火花が飛び散る。

 不意の衝撃に動きを止めた黄金の甲虫の異形の隙を突き、アインは土産とばかりに剣を一閃しすぐさま離れる。大きく後退したアインの近くに、鎧を纏ったサクソが降り立った。

 

「陸尉!」

「流石のお前も、こいつを相手にタイマンでは不利か」

「…お恥ずかしながら」

「ならば俺も、それなりに本気を出さねばな」

 

 チャッ、と銃口を上に上げ、サクソは苛立たしげに大剣を振り回す黄金の甲虫の異形を見やる。

 通常のアンデッドであれば多少痛がるくらいの威力だが、カテゴリーKの異形は蚊に刺された程度の反応しか見せていない。むしろ中途半端な衝撃を鬱陶しそうに払っていた。

 サクソはギャレンラウザーの撃鉄部分を展開し、カードホルダーを開く。その中から二枚のラウズカードを引き抜き、自身の左腕に装着したアインと同じ機械に読み込ませた。

 

【ABSORB QUEEN, FUSION JACK】

 

 サクソは新たに入手したダイヤのスートのカテゴリーQ、海蛇の異形(サーペントアンデッド)の力を使用し、孔雀の異形(ピーコックアンデッド)と自身を融合させる。

 途端にサクソの鎧は各所が黄金に染まり、背中には孔雀の尾羽のような三対の翼が展開する。そしてギャレンラウザーの銃口には、新たに金色の刃が装着された。

 

「うおおおおおおおお‼︎」

「はああああああああ‼︎」

 

 それぞれで飛行能力と基礎能力の上昇を得たアインとサクソが、雄叫びをあげて左右からコーカサスビートルアンデッドに襲いかかる。

 異形は迫り来る騎士達に大剣を振るうが、翼を得た騎士達はそれを軽々と回避し天空へと舞い上がる。

 アインは一気に急降下すると鋭い一閃をお見舞いし、サクソは天空から無数の炎の弾丸を発射し異形の鎧に火花を散らせる。

 接近を避けたヒットアンドアウェイ、ただの一撃が尋常でないカテゴリーKを相手にするためにとられた、苦肉の策だった。

 

『あははははは! 速いね! でも逃さないよ⁉︎』

 

 黄金の甲虫の異形は、それを全く意に介していない様子で嗤う。頭上を舞う騎士達をそれこそ蝿か何かのように目で追い、近づくたびに大剣を振り回す。

 剣の届く範囲を警戒し、距離を取っていたアインとサクソだが、異形が不意に大剣を思いっきりぶん投げてきたことで虚を突かれてしまった。

 

「ぐおっ⁉︎」

「陸尉!」

 

 回避行動を続けていたアインはなんとか躱せたが、狙撃に集中していたサクソはそれをまともに受けてしまう。

 空中でバランスを崩し、地面に落下したサクソに向かってコーカサスビートルアンデッドが近づいていくと、その前にアインが降り立ち塞がった。

 

【THUNDER, SLASH, METAL, MACH. LIGHTNING ASSAULT(ライトニング・アサルト)

FIRE, GEMINI, BULLET, RAPID. |BURNING GATLING(バーニング・ガトリング)

 

 アインがラウズカードを選択し剣のスリットに通していくと、サクソも同じく四枚のカードを抜いてスリットに通す。

 それぞれ剣撃と銃撃に力が付与され、騎士達は威力を大幅に上昇させた一撃を構える。そしてサクソが引き金を引くのに合わせ、アインが渾身の一閃を振り下ろした。

 

「ウェエエエエエイ‼︎」

 

 大きな火炎の弾丸が無数に宙を貫き、それにアインの雷の斬撃が合わさってさらに破壊力を増す。

 地面をも焦がす勢いで迫り来る攻撃を前に、黄金の甲虫の異形は大きく盾を振りかざし、思い切り横に薙ぎ払った。

 何物をも通さない鋼の盾は騎士達の連携攻撃を受け止め、やや押されながらもそれを抑え込み、やがて咆哮とともに振り払う。弾かれた雷撃と炎弾は、アイン達の元へと跳ね返されていった。

 

「なっ…ぐああ!」

「かはっ⁉︎」

 

 全力で放った攻撃を、ほとんどそのまま返されたアインとサクソは、雷撃と火炎に呑まれ吹き飛ばされる。

 宙を舞った二人は地面に叩きつけられ、強制的に鎧を解除させられ生身のまま地面を転がる。アインはまだ意識を保っていたが、怒涛の勢いで押し寄せた激痛により動けず、サクソに至っては転がった先でガックリと項垂れてしまった。

 

『ねぇねぇ…もう終わりなの? 案外脆いんだね、お姉さん』

 

 気を失ったサクソには目もくれず、コーカサスビートルアンデッドは立ち上がろうとも楽進に向けて一歩ずつゆっくり近づいていく。

 途中で地面に突き刺さった大剣を抜き、苦悶の表情で瓦礫をつかむアインの方へと向かっていくと、おもむろに大剣を持ち上げ、切っ先をアインの腿に突き立てた。

 

「ぐああああああああ‼︎」

 

 ズブッ、と肉が裂け、アインの脚から鮮血が吹き出す。立ち上がろうとしていた体は激痛で動きを止め、アインの悲鳴が痛々しくあたりに響き渡った。

 黄金の甲虫の異形はそれを愉しげに見下ろし、ニヤニヤと歪な口元を嗜虐的な笑みに歪める。

 

『でも結構面白かったよ……じゃあ、もういいや』

 

 痛みで身動きが取れないアインに向けて、黄金の甲虫の異形が頭上に大剣を掲げていく。

 傷口を手で押さえ、掌を真っ赤に染めるアインは苦痛に顔をしかめさせたまま、身じろぎさえできない。ギラリと鈍く輝く刃が、格好の獲物となった女騎士にの脳天に狙いを定める。

 

『死んで?』

 

 そう楽しげな子供の声で告げ、コーカサスビートルアンデッドが大剣を勢いよく振り下ろす。

 あわや女騎士の頭蓋が西瓜のように叩き割られると思った瞬間、カッと目を開いたアインが自身の体を転がし、大剣は地面を叩き割るだけに終わる。

 ゴロゴロと転がり窮地を脱したアインだったが、腿に走る痛みが激しくなりまた苦痛に顔を歪めた。

 

「くっ…ぐぅ!」

『あははははは! そうだよね! そうこなくっちゃね! 頑張って逃げてよお姉さん、だんだん僕も楽しくなってきたよ!』

 

 なんとか立ち上がろうともがくアインに異形は歩み寄り、女騎士の腹に爪先を食い込ませる。

 みぞおちに強烈な一撃を食らったアインは目を見開き、血液の混じった胃液を吐き散らして後ずさる。ぼたぼたと口から吐瀉物をこぼし、呻き声をあげる女騎士に異形は身を震わせ、恍惚とした声を発した。

 

『ああ…その声すっごい気分いいよ………もっともっと聞かせてよ!』

 

 コーカサスビートルアンデッドは後ずさるアインを執拗に追い、大剣で、大盾で、あるいは蹴りでその体を攻め続ける。女騎士の体には鋼の打撃を受けたことで深い傷が刻まれ、痣となって彼女の白い肌を汚していく。

 何度目かの殴打を食らって倒れ込んだアインは、それでもその目から力を失うことなく、下卑た嗜好を持つ異形を強く睨み続けた。

 

「ハァッ……ハァッ…! お前のクソみたいな遊びに付き合う暇は……ない!」

『駄目だよ…僕はまだ満足してないんだから。もっともっと殺させてよ……もっともっと苦しむ顔を見せてよ! もっと! もっと‼︎』

 

 腿の傷から鮮血を流し、身動きの取れないアインに向けて、黄金の甲虫の異形がもう一度大剣を振り上げる。

 今度は腕の一本や二本を切り落とせる勢いで、躱す余力もなくなった女騎士を狙い、鈍い光を放つ刃を構える。アインは歯を食いしばり、だが目からは決して光をなくすことなく相手を睨みつける。

 その手に握られた尖った石を確かめ、四肢のどれかを犠牲にする覚悟でじっと好機を待った。

 

【TORNADO, DRILL, FLOAT. SPINNING DANCE】

 

 だが、そこに割り込んできた竜巻きの刃により、アインとコーカサスビートルアンデッドは同時に別々の場所に吹き飛ばされる。

 騎士と異形はそれぞれで受け身をとるが、負傷したアインはうまく立ちどまれずその場に倒れ込んでしまう。だがすぐに、自分を庇うように立ち塞がるハートの意匠の騎士に、目を見開いた。

 

「ハジメ…!」

『なんだよ、お前。せっかく面白くなるところだったのに……』

 

 苛だたしげに大剣を地面に叩きつけ、黄金の甲虫の異形がハートの騎士に吐き捨て、ギロリと殺意を込めて睨む。

 ハジメはちらりと背後で這いつくばるアインを一瞥し、しばらくの間黙り込む。真に気づかれないようにきつく拳を握りしめた彼は、弓をヒュンと振りかざして構えをとった。

 

「この女に手を出すな」

 

 仮面の赤い目が明確な敵意を示し、コーカサスビートルアンデッドを射抜く。陽光を反射する、もしかすると己よりも格上かもしれない存在を前に、一歩たりとも引く様子を見せずに刃に手を添える。

 

「それ以上この女に傷をつけるというのなら……俺はお前を潰す」

『……邪魔を』

 

 ビキビキと己の顔に血管を浮き立たせ、黄金の甲虫の異形が剣を振り上げ、ハジメに向けて走り出す。一歩踏み出しただけで地面に亀裂が走るほどの踏み込みで、コーカサスビートルアンデッドはハートの騎士に躍り掛かった。

 

『するなぁぁぁぁぁぁ‼︎』

 

 苛立ちを込めた凄まじい咆哮が、目前で身構えるハジメを除くあらゆるものを吹き飛ばしていく。気を失ったままのサクソやムーヴ、あたりに散乱する瓦礫や伏せていたアインも、何もかもを薙ぎ払って粉々にしていく。

 攻撃でもない、ただの余波を食らわされたアインは、またも地面をゴロゴロと転がされ建物の壁に叩きつけられる。痛みに呻きながら、アインは二体の異形の戦いに目を向けた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■‼︎」

 

 ハジメの戦闘は、簡単に言えば巧かった。体格も膂力も勝る相手に対し、弓の刃を当てて受け流している。アインにも可能なことであったが、ハジメの場合は純粋に精度が高く、アインよりもはるかに長く防御を続けられていた。

 だがやはり、それだけでは王を名乗る異形には届かなかった。

 紙一重で重い剣撃を躱し受け流しているが、相手に対する決定打をぶつけることができないでいる。ラウズカードを使用する暇さえ、今のハジメには与えられてはいなかった。

 

「やはり……強い…! ハジメ…お前だけでは」

 

 どうにか加勢に迎えないかと、腿の傷を抑えて立ち上がろうとするアインは、ブルブルと震える自分の体に思わず苛立たしげに拳をぶつける。

 現在のアインの身体は、イストの罠にはまり致命傷を負い、ほぼ傷がふさがっていないのにイグニスとの戦いに赴き、流れ達の補充もままならない状態である。ここまで動けた彼女の根性が異常なのだが、それを指摘できるものはこの場のどこにもいなかった。

 強いて言うならリンディだが、機材の都合で戦闘中の姿を見られない今、アインの負傷状況を知る由もなかった。

 

「ぐっ…!」

『あはははは‼︎ まず一枚……いつまで君は堪えていられるのかな…⁉︎』

 

 そうこうしている間に、ハジメがコーカサスビートルアンデッドの体験の一撃を受けて大きく吹き飛ばされる。その際、ハジメの持つラウズカードの一枚が奪い取られ、黄金の甲虫の異形の手の中に収まる。

 ハジメはどうにか立ち上がり、奪われたカードを取り戻そうと挑み掛かるが、どう言うわけか彼の動きに先ほどまでのキレがなくなり、異形の怪力に翻弄されるがままになっていた。

 

「ぐはっ……!」

「ハジメ!」

 

 ついにはハジメの持つラウズカードが、ハートを除く全てを奪われ、ハジメは強制的に鎧を脱がされ地面を転がされる。

 呻き声を上げて倒れこむハジメの方に、アインは片足を引きずりながら駆け寄り、膝をつく彼の肩を掴む。

 視線を移せば、遠く離れた位置にサクソとムーヴの姿がある。先ほど吹き飛ばされた衝撃で目を覚ましたか、呻き声を抑えてこの場から離れようと状況を見定めているのがわかった。

 

「……ハジメ、もう十分だ。ここからは私がどうにかする……お前も早く逃げろ…!」

 

 後数秒時間を稼げれば、二人とも強敵の前から離れることができる。一度撤退し、体制を立て直せれば倒す手段は見つかるはずだ、とアインは敗走を受け入れようとハジメに促す。

 だがハジメは、それに応えなかった。

 

「グ……グルルルル…‼︎」

「……ハジメ…?」

 

 顔を伏せていたハジメから、獣のような唸り声が聞こえてくる。

 空腹の獣のような、縄張りに入った敵を迎え撃つような、とてつもない威圧感を放ち、ハジメはゆっくりと立ち上がっていく。

 強者と認めていた男に生じた異変にアインが言葉を失っていた時、その変化は現れた。

 

「ガアアアアア‼︎」

 

 白目を剥き、天に向けて顔をあげたハジメが、ビリビリと大気を震わせるほどの咆哮を放った。

 それと同時に、ハジメの全身に緑色の光が纏われ、その身体をあっという間に変色・変質させていった。

 黒の混じっ緑色の体に、漆を想わせる黒い鎧の皮を纏った、長い触覚を生やした昆虫に似た姿。悪魔のように悍ましく恐ろしい形相に緑の仮面が張り付き、全身からは鋭い棘が並んで生える。

 見た目通りの化け物が、アインの目の前で凄まじい咆哮を放ち、黄金の甲虫の異形を睨みつけていた。

 

「■■■■■■■■‼︎」

「グルアアアアアア‼︎」

 

 互いに吠え合い、二体の異形が勢いよく取っ組み合う。

 戦士同士の戦い方ではない、相手を確実に殺すと言う本能にのみ突き動かされた、身の毛もよだつほどの殺意に彩られた戦闘。

 強者として、誇りを持って戦い続けていたように見えた男の変貌ぶりに、アインは困惑した表情のまま固まってしまっていた。

 

「どうした…ハジメ……⁉︎」

 

 目の前の異様な光景に、彼女はもう逃げることも考えられない。

 異形同士が各々の武器を振り下ろすたびに、おびただしい量の緑の鮮血があたりに飛び散り、あらゆるものを汚していく。

 へたり込む女騎士にもそれは降りかかり、金色の髪を汚していく光景は、誰もが目をそらしたがるものであった。

 

(全てのアンデッドを屠る者…全ての生命をリセットするために、バトルファイトを制するために生み出された異形。その存在理由は……己以外の全てと戦うこと…‼︎)

 

 戦場から距離を取りながら、サクソはムーヴを抱えて後ろを振り返る。

 もはや近づくこともできないほどに戦いは苛烈さを増し、人の営みがあった場所を破壊し尽くしていく。バトルロイヤルなどと言う上等なものでは決してない、ただの殺し合いが繰り広げられていた。

 

「あれがアイゴ・ハジメの……ジョーカーアンデッドの真の姿か……‼︎」

 

 逃げることしかできないことに歯噛みし、戦場を睨むサクソの憤怒の表情。

 その目には、その地獄を作り出した異形達への嫌悪がありありと表れていた。

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