【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
「■■■■■■■■■■‼︎」
「ガァァァァァァァァァ‼︎」
体の芯まで震えるほどの二体の異形の咆哮が轟き、黄金と翠が激突する。
大剣と腕に生えた刃が噛み合い、バチバチと火花を散らして削り合い、耳障りな甲高い金属音を響かせる。その衝撃は、一瞬周囲の瓦礫が宙に浮き上がるほどで、直後には弾丸のような勢いであたりに撒き散らされる。
アインもまた、異形同士の激突により宙に浮き上がらされ、瓦礫の上を転げ回る羽目になった。
「うっ……くそっ!」
頭を抱えて防御姿勢をとるが、それでも背中や肩にガツンガツンと瓦礫がぶつかり痛みが止まらない。加えて尖った先端が刺さったのか、衣服を突き破って全身に傷跡を刻みまくられる。
何とか衝撃に耐え、位置を保っている大きな瓦礫にしがみつくと、アインは陰から凄まじい戦いを覗き見た。
(近くにいるだけでも……巻き込まれそうだ!)
本性を露わにした二体の異形は、互いの肉を喰らい合うかのように刃を振り回し、緑色の体液を撒き散らして暴れまわる。すでに互いのことしか目に入っていないのか、金属音が鳴り止むことはなかった。
足を負傷し、全身あざだらけになった今の状態であの間に割り込むほどアインも馬鹿ではない。だが、物陰に潜んでいても巻き添えになりそうなほど激しい戦いに、内心で焦りを抱き始める。
だがふと、アインはあることについて疑問を抱いた。異形の一体が見せた豹変についてだ。
(だが、なぜハジメは急に暴れ始めたんだ…⁉︎ 奴にラウズカードを奪われた途端に、何かの箍が外れたように………!)
ジョーカーアンデッドと化したハジメは、その目に自分が相対している黄金の甲虫の異形しか映していないように見える。
騎士の姿で戦っていたときには見えていた理性が、異形の姿に変わった途端跡形もなく吹き飛んでしまったようだ。
「ガァァァァァ‼︎」
旋律の視線を向けるアインに構うことなく、ジョーカーはケダモノの雄叫びをあげてコーカサスビートルアンデッドに踊りかかり、腕に備えた刃で鋭く切り裂く。
対するコーカサスビートルアンデッドも、大剣を振りかざしてジョーカーの体に深い傷を刻み、大きく跳躍して距離を取る。
互いに被害は同等、そして不死の能力により瞬く間に傷を修復し、異形同士の戦いは一進一退の互角の体を成しているように見えた。
『フフフフ……このまま戦うのも面白そうだけど、もっと面白そうなことを思いついちゃった…!』
不意に黄金の甲虫の異形が不気味に笑いながら呟き、大剣を肩に担いで殺気を弱める。
一方が戦意をなくしたにも関わらず、ジョーカーは燃え上がるような鋭い視線を保ち、再びコーカサスビートルアンデッドに斬りかかった。
「■■■■■■■■■■‼︎」
迫り来る刃を前に、コーカサスビートルアンデッドは大剣を頭上に掲げ、地面に向けて思い切り振り下ろす。分厚い刃は土を容易く砕き、あたりに粉塵の暗幕を作り出した。
突然視界を遮られ、それでも獲物を求めて腕の刃を振り回すジョーカーアンデッドだったが、土埃が次第に晴れ、黄金の甲虫の異形が忽然と姿を消していることに気づき愕然となった。
「ガァァァァァァァァ‼︎」
己の本能が求める、全力で刃を向けられる相手がいなくなったことで、ジョーカーアンデッドは怒りと悔しさに満ちた凄まじい咆哮を上げて天を仰ぐ。
大気を振動させ、腹の底まで響いてくる叫びに、物陰から身を乗り出したアインがゴクリを息を呑む。
その時、アインの足元に小石が一つ転がり落ちる。小さな瓦礫のかけらで生じた乾いた音は、獲物を求める異形の耳にしっかりと届いてしまった。
「…おい、待て。嘘だろう…⁉︎」
くるりと、異形がアインの方に振り向き、漆黒の闇の目がまっすぐに捉えてくる。
嫌な予感で大量に冷や汗を書いたアインが立ち上がりかけた直後、ジョーカーアンデッドは口から唾液を垂れ流しながら、再び咆哮を上げてアインに襲いかかった。
「ガァァァァァァァァァァァァ‼︎」
「うああああっ⁉︎」
弾丸のような勢いで向かってくる異形の刃を、アインはほとんど反射的に体を逸らして躱す。しかし完全には躱しきれなかったようで、制服の胸元が裂かれて肌にわずかに血が滲んだ。
ぱっくりと口を開けている制服に目を見開いていると、ジョーカーアンデッドはすぐさま追撃の斬撃をアインに振るってくる。紙一重でそれを凌ぐも、異形はためらいなくアインの鳩尾に蹴りを放ち、軽々と蹴り飛ばしてきた。
「くっ……ガハッ……! しっかりしろ、ハジメ‼︎」
地面にまた這い蹲り、泥まみれになりながらアインは必至の表情でジョーカーに、ハジメに呼びかける。
まだわずかでも理性が残っていることを期待しての叫びだったが、もはや今の彼に説得に応じる気がないのは明らかだった。女人の体など簡単に切断できる鎌の刃を、首に向けて振るってきているのだから。
「聞く耳持たずか…! 変身!」
【TURN UP】
自身の傷を度外視し、アインはもう一度ライダーシステムを使用する。
血を流しすぎた影響か、頼もしいはずの鎧が重く枷になっている気もしたが、窮地を乗り越えるために耐えることを決めた。
「こっちは余裕がないんだ……力尽くで大人しくしてもらうぞ…!」
腰に佩いた剣を引き抜き、アインは唸り声を上げるジョーカーに切っ先を向けて構える。
現在の自分の状態で勝てるとも、まともに戦えりとももちろん思ってはいない。だがせめて手傷を追わせることぐらいはできねば、この場で殺されることは容易に想像できた。
アインは剣の刀身に片手を添え、姿勢を低くしながらじりじりと隙を伺う。
「ウェエエエエエイ‼︎」
「ガァァァァァァァ‼︎」
女騎士と異形は全く同時に雄叫びをあげ、それぞれの獲物を携えて真正面の獲物に向かって走り出す。
ジョーカーはアインの首に向けて、湾曲した自身の腕の刃を走らせて一息に両断しようと狙う。だがアインはそれを見極め、剣先をそっと当てて軌道を逸らさせ、軽く弾いて逆にジョーカーの懐に入った。
「うぇあああ‼︎」
前髪の何本かを犠牲にしつつ、アインはとっさに放てる最大出力の一撃を叩き込もうと、デバイスに残った自身の魔力の全てを注ぎ込む。
だが、いざ力を解き放とうとした瞬間、ジョーカーアンデッドのもう一方の手が勢いよく突き出され、危うくアインの目が貫かれそうになる。
即座に身を引くが、そのせいでバランスを崩し、戻ってきたジョーカーの刃に脇腹を切り裂かれる羽目になった。
「がっ! ぐっ……がはっ⁉︎」
無意識に傷口を手で押さえると、ジョーカーは容赦なくアインに刃を振るい、遠慮なく蹴りをぶつけてくる。
本当に本能に突き動かされているのかわからないほど、鳩尾や脇腹、喉と人体の急所を的確に狙い、アインの体をさらにボロボロにしていく。
度重なる負傷にアインはついに膝をつき、剣とベルトを落としてその場に倒れ込んでしまった。
「ガァァァァァ‼︎」
(畜生が…! カリスの時よりも強いじゃないか…⁉︎)
新たに刻まれた傷口に走る痛みに、アインはきつく歯を食いしばって呻く。これでは隙を見て逃げるどころではない、抗うこともできずになぶり殺しにされるだけだった。
何とか起き上がろうともがくアインの腹を、冷たい目のジョーカーが踏みつける。
「あぐっ…⁉︎ ハ…ジメ…‼︎」
息が詰まりそうになり、徐々に体重がかけられてアインは苦悶の表情を浮かべる。
何故かもう、逆らう気など起こらない。自信を足蹴にしている異形が知った誰かだと思うだけで、アインはそれに剣を向ける意志さえ抱けなくなっていた。
「ガァァァァァ‼︎」
霞む目で見上げてくる女騎士に、異形は残虐な光を目に宿して刃を掲げていく。向けられる刃は女騎士の血に濡れ、鉄の匂いが辺りに充満して吐き気を催させた。
(……これが、本当に最後か)
刃を振りかぶる異形を前に、覇気をなくしたアインが脱力し、迫り来る刃を見つめながらつまらなそうなため息をつく。
多少の縁にこそ恵まれたものの、思い出されるのは決して幸福とはいえないろくでもない思い出ばかり。思い出すことさえ億劫になる程貧しく価値のない生であったと、思わず乾いた笑みがこぼれる。
これが自分の終わりか、と目を閉じたアインは。
自身の瞼の直前で停止した異形の刃に気づき、訝しげな表情で固まった。
「………! ハジメ…」
「ガ…ァァァァァ‼︎ ガァァァァァァァ‼︎」
何が起きたのか、と眉間にしわを寄せてジョーカーアンデッドを見上げるが、当の異形自身も突然頭を抱え、狂ったように吠えてその場から走り出してしまった。
反射的に後を追いかけようとしたアインは、全身に走った激痛に硬直し、うつ伏せに倒れこむ。
どうにか痛みをこらえて顔をあげた時には、その場から異形の姿は跡形もなく消えてしまっていた。
「……あれは格が違いすぎるわね」
和風な小物に囲まれた自室で、ぐるぐると包帯を巻きつけるリンディがアインに呟く。
いつかのように傷だらけになり、処置をしたそばから血をにじませる親友に呆れながら、リンディは今後の行き先が暗雲に閉ざされていく感覚を覚えた。
「ああ…正直手も足も出せなかった。自惚れていたわけではないが、あそこまで一方的にやられるとクるものがあるな……」
「謙遜しなくても貴女はミッド最強の騎士よ。貴女が敵わないんじゃ……他のどんな魔導師も騎士も手に負えないと思うわよ」
「………そうか」
どこか不服そうな表情で目を伏せるアインに、リンディはため息をつく。
アインの言葉は自惚れでもなんでもない。現にミッドチルダで、いや大半の次元世界において彼女ほどの実力を有する騎士はおらず、最強の女騎士という呼び名は公然のものとなっている。
この任務について彼女が苦戦していたのは、なれないデバイスのシステムの使い方に慣れていなかったから。今となってはそのハンデもなくなりつつあり、再び最強と呼べる存在に戻りつつある。
そんな彼女が歯が立たなかった相手がまだ何体もいる、それはとてつもない不安をリンディに抱かせた。
「……気にしているのはカテゴリーKだけじゃないわね」
「っ……」
物思いにふけっている様子のアインにリンディがカマをかけると、彼女は一瞬息を呑み、やがて大きなため息をつく。
誰のことを思い浮かべているかなど、問うまでもなかった。
「ハジメさん…本当にジョーカーだったのね。機材にとんでもない数値が表れていたわ。並のアンデッドじゃ比較にならないぐらい……」
「………予兆はあったんだ。だが私は……それに見ないふりをしていた」
人間の姿でいる時には、ハジメはかなり穏やかな態度のままであった。だが必要以上に人と関わろうとはせず、むしろ一定の距離を保ち続けていた。
だが戦いの場に赴けばそれは一転し、凄まじい力を振るう戦士と化す。まるで何かの枷が外れたように、あるいは別の何かに衝動を叩きつけるかのように。
「クソッ…! あの野郎……ずっとあの衝動を抑えながら戦っていたのか…! 何もかもをぶっ壊したくなるのを必死に堪えて、騎士としての戦いを貫き通そうと………畜生が」
眉間に深いしわを寄せ、アインは悔しげに歯をくいしばる。窮地を救われたかと思えば片手間で一蹴され、いつも上から目線で答え、そのくせ自分がまた命の危機にさらされれば助けに入る。
そんな行動の読めない、憎たらしい男が実は、己の本能と理性の狭間で苦しみ、それでもなお己の意思を徹そうとするような男だったと知らされ、アインの思考はぐちゃぐちゃになる。
何もかもが負けた気がして、苛立ちや悔しさ、羨望が入り混じってしまう。
「無駄に……格好つけやがって。イレギュラーだか何だか知らんが……一人で抱え込んで片付ける気だったのか。ふざけやがって………‼︎」
虚空を見つめ、なおも収まらない怒りを拳を握りしめることで表すアイン。
そんな彼女の横顔を見つめていたリンディは、しばらくぽかんとした様子で座り込んでいたが、やがて疑うような細目を向けて問いかけた。
「……アイン、もしかしてハジメさんに変な感情抱いてない?」
リンディがそう尋ねた直後、アインの動きがピタリと完全に停止する。予想外の操作を受けてフリーズした機械のように、呆気にとられた様子で硬直する。
そしてじきに、女騎士の凛々しい顔はボッと赤く染まっていき、ワナワナと親友を凝視したまま震え始めた。
「は……ハァ⁉︎ にゃ、何をいきなり…⁉︎ 突拍子もないことを口にするな‼︎ この非常時に…!」
「だって貴女…何だか切なそうなんだもん。こう……構ってもらえなくていじけてる女の子みたいな感じなのよね、今の貴女は」
「馬鹿者が! そんな訳があるか⁉︎ 奴は敵、アンデッド! 恋愛感情など持ち出すはずがないだろうが‼︎」
同様のあまり噛んだことにはあえて追求せず、リンディは見たこともない表情を見せるアインをじっと見つめる。
目をそらして眉間にしわを寄せるアインは、心外だと言わんばかりに行儀悪くあぐらをかき、いまだにぶつぶつと文句を垂れている。しかし赤く染まった肌は耳まで広がっていて、顔をそらしただけでは隠すことなど到底できるはずもない。
普段であれば、無茶に付き合わされる意趣返しにここぞとばかりにいじり倒すつもりのリンディだったが、今回ばかりはその気にはなれなかった。
(…………恋愛感情なんて、一言も言ってないんだけどねぇ)
アインは強く否定しているが、きっと彼女はあの異形の男に強く惹かれてしまっている。戦友や友人としてではなく、一人の男として。
母は死に、地のつながりがあった親族にろくな者はおらず、唯一助けてくれた人も今は遠い空の彼方。痛みしかもたらさない世界で必死に生きてきた彼女にとって、強さは全てにおいての基準であった。
そんな人生に突如現れた、己を遥かに凌ぐ強者。それまで彼女が男性に対して抱いていたイメージを払拭させるには、十分すぎただろう。
(正直、アインが自分で言っていた条件にぴったりなのよね……この子より強くて、誇り高い騎士の心を持ってる。そして……本能にさえ逆らう強い心を持ってる。アインの理想そのものだわ…)
何より、自身がそばにい続けても簡単に死ぬことのない存在は、アインにとって何を代価にしても欲しいと思う存在のはずだ。
だがだからこそ、リンディの表情には影が差していた。
(それだけに、不憫な話だわ)
初めて惚れた男が、人類にとって害でしかない凶悪な異形。
次元世界の平和を担う時空管理局としては決して見過ごしてはならない問題が、アインの目の前には立ちはだかっている。
いずれアインが自身の気持ちに気づく時、その問題とも直面することになるだろう。
「本題に戻りましょうか」
自身の思考を切り替え、リンディはアインと向き直る。
親友の抱いた想いが今後どういう結末を迎えるにしても、一局員であるリンディが目の前の問題を片付けない理由にはならない。
そうすることが、自分と親友にどんな結果をもたらすかは、今は考えないことにした。
「……まず始めに、あの怪物をどうするのか。そして、暴走する確率の高まったハジメさんをどうするのか。……早速暗礁に乗り上げてる気もするけどね」
リンディの言葉に、アインはまだ暑いままの体をすぐに落ち着かせ、者の数秒で元の平静を取り戻す。
しかし、リンディが不安げな面持ちで俯いているのに対し、アインはさして考え込んでいる様子はない。その表情に、リンディはアインが喋り始めてから気づいた。
「そのことだが、私の勘が正しければ一方の解決がもう一方の解決に繋がるんじゃないかと思っている」
「……⁉︎ どういうこと…?」
はっと顔を上げたリンディは、自分を見つめてくるアインの瞳に覚悟の火が宿っているのに眉間にしわを寄せる。
訝しげなリンディの視線に、アインは真剣な声で問いかけた。
「……忙しくなる。手伝ってくれるか」
「………ここまできたら、一蓮托生ってものでしょ」
アインの今更な質問に、リンディはどこか投げやりな不敵な笑みで答えてみせた。