【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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2.二人の訪問者

 真っ暗な闇の中を、一筋の光が突き抜けてゆく。闇の中を走るブルースペイダーのヘッドライトの光がラインを描き、エンジン音とともに余韻を残す。

 人気のない住宅地の道路をゆくアインの背にしがみつきながら、なのははアインの背中を見つめていた。肩幅が広く背が高いせいか、とてつもなくその背中は大きく見える。年齢は兄とそう変わらないように見えるのに、醸し出す雰囲気はずっと年上に思えた。

 

「あの……アルデブラント、さん」

「言いづらいなら、アインでいい。皆そう呼ばせている」

「はい……じゃあ、アインさん。……あ、その、私の名前は高町なのはです」

「ぼ、ボクはユーノ・スクライアです」

「……そうか」

 

 ずっと名乗っていなかったことを思い出し、ようやくユーノとともに名乗ることができたが、それだけで会話が終わってしまった。沈黙に耐えきれず切り出したが、なおも居心地の悪さは変わらなかった。

 恩人に対して何も言えず、ずっとアインの腰にしがみついていたなのはだったが、落ち着いてくると次第に申し訳なさが募ってきた。

 

「……ごめんなさい。迷惑かけて」

 

 なのはがポツリとこぼした謝罪の言葉に、アインは小さくため息をついた。

 

「気にするな。むしろ君は、危険も顧みずに飛び出して行ったことを反省しろ。志は立派だが、力のない君じゃどうなっていたかわからんぞ」

「うう……」

「そうだよ。……それに本当は、僕が悪いんだから」

「あ、ち、違うの! そんなつもりで言ったんじゃないの!」

 

 うつむくなのはをユーノがなだめるが、今度は彼のほうが落ち込んでしまった。なのはは自分が落ち込ませてしまったと思ったのか、慌ててユーノを抱き直して目を合わせる。そしてまた配慮の足りない自分に嫌悪を抱き、表情を暗くさせた。

 アインは互いを慰め合い後ろで勝手に暗くなる二人に呆れ、ヘルメットの中で半目になって前方を見据えた。

 

「その辺にしておけ。とりあえず、話はついてからにしよう」

「……はい」

 

 静かに二人を諌めるアインに、なのはもユーノもそれ以上口を開かなかった。

 それでも二人の表情が晴れることはなく、落ち込んだままバイクに揺られている。アインは雰囲気だけでそれを察し、今度は少し厳しめの声で二人に告げた。

 

「それにな、君たちに何かあれば悲しむ家族がいることを忘れるな。……絶対にな」

 

 最後の一言により強くこもった実感を捉え、なのはとユーノは困惑しながらも頷く。二人のことを思っているというよりは、自分がそんな光景を見たくないと言っているような気がしたのだ。

 自己嫌悪の念から抜け出たなのはは、ユーノを大事に抱きしめたままポスンとアインの背中に身を預ける。その時に感じたものに、なのははひどく既視感を覚えていた。

 

(この感じ、前にも感じたことがある……なんでだろう……? でもすごく安心するような)

 

 しばしアインの背に体を預け、なのははバイクが止まるまでの間に安堵に浸っていた。

 

 

 しばらくして、アインのバイクは高町家の門の前に到着した。近所に配慮し、なるべくエンジン音を抑えてもらったなのはは、姿勢を低くして忍び足で門に手をかけ、音を出さないように気をつけながら入っていく。

 心配をかけたくないばかりに黙って出てきてしまったが、気づかれないように静かに出てきたためバレてはいないはず、と思っていたなのはの背中に、アインが呆れた視線を送った。

 

「なのは。残念ながら……カンカンになっておいでだ」

「ふぇ?」

 

 呆けた顔で振り向くなのは。その背後に、二つの影が音もなく現れ、鋭い視線をなのはに向けた。

 

「…………何か申しひらきはあるか? なのは」

 

 突如、背後から聞こえてきた声になのははピーンと直立の姿勢になり、猫のようにツインテールを逆立てた。だらだらと冷や汗を流した哀れな少女は恐る恐るといった体で振り向き、玄関の前で仁王立ちしている二つの人影を居心地悪そうに見つめ返した。

 

「お、お兄ちゃん……お姉ちゃん」

 

 不機嫌そうに腕を組む恭也と心配そうに眉尻を下げている美由紀。二人の視線を受けたなのははパッと後ろ手にユーノを隠し、亀のように首を縮めて俯いた。

 

「今が何時だかわかっているのか⁉︎」

「はぅっ⁉︎」

「もう! 心配したんだよ⁉︎」

「ご、ごめんなさい!」

 

 滅多に怒られたことないなのはは、兄の剣幕と姉の不安げな表情に心を締め付けられ、瞳を潤ませる。後先考えずに飛び出してしまったが、こんなにも家族を心配させてしまって良心が苛まれていた。

 だがそこへ、様子を伺っていたアインが前へ出て静かに言葉を挟んだ。

 

「そう叱らないでやってほしい。この子が飛び出したのは、他の誰かのことを思ってのことだ」

 

 第三者が会話に混じったことに、恭也も美由紀も訝しげな視線を向ける。そして、街灯に照らされて姿を見せた金髪の女性の顔を目にし、驚愕で目を大きく瞠った。

 

「……アイン、さん?」

 

 美由紀が、信じられないものを見たような様子でその名前を口にし、アインの顔を凝視する。口元を手で覆い、溢れ出す感情が声になるのを防ぐようにしながら息を呑んでいた。

 その隣の恭也もまた驚愕の表情を浮かべていたが、同時に拒否感も混じったような複雑な表情を浮かべていた。まるで、彼女とは会いたくなかったとでもいうかのようだ。

 

「アインさん……本当に久しぶりね」

「……変わりないようだ」

「ああ。……久しいな、恭也、美由紀」

 

 美由紀と恭也が目を泳がせながら、言葉を選ぶように迷いながらそう言うと、アインは無愛想にそう答える。

 なのはが困惑の表情で両者を交互に見つめるのをよそに、高町家の玄関には長く重い沈黙が降りていた。両方が切り出す言葉に悩みながら見つめ合い、一歩も動けずに佇むままであった。

 やがて、沈黙に耐えきれなくなった恭也が口を開き、少し厳しめな声を発した。

 

「……なぜ、ここに?」

「なに、そちらのお嬢さんがこいつのことを気にかけてうろついていたようでな。安全を考慮して送らせてもらった」

 

 そう言ってアインは、なのはが後ろ手に隠していたユーノの首根っこを掴んで二人の前に差し出した。プラーンと吊られたユーノの姿は、襟巻のようで哀れに見えた。

 顔を出した愛くるしい顔の小動物を前に、居心地悪そうに視線をそらしていた美由紀がパッと表情を明るくし、ユーノに飛びついた。

 

「わぁ、可愛い……!」

「動物病院から逃げ出してきていたようでな。なのはが保護したところに私も出くわしたんだ」

「……そういうことでしたか。まぁ、俺としてもなのはが無意味にこんなことをするとは思ってはいませんでしたが」

 

 恭也はアインの説明に、吊り上げていた眉を下げて怒気を収める。もともと、おとなしく真面目ななのはが真夜中に家を抜け出すなどという大それたことをするとは思わず、困惑していたのだ。

 恭也が溜飲を下げたことを察したアインはフッと表情をほころばせ、恭也たちに背を向けて歩き出した。

 

「ではな、なのは。……美由紀、恭也。士郎と桃子によろしく言っておいてくれ」

「あ、ああ……」

 

 アインは恭也への返事もおざなりにし、さっさと相棒のバイクの方に戻っていく。戸惑ったままの二人を置いて、ブルースペイダーのシートに跨ってヘルメットを装着し、そのままギアを回してバイクを発進させてしまう。

 聞こえてきたエンジン音に、なのははようやく我に返って振り向いた。

 

「あ、アインさん!」

 

 なのはの声にも答えることなく、アインの乗ったブルースペイダーは夜の闇の中へと消えていってしまった。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

 結果的に言えば、ユーノは高町家の一員として受け入れられることとなった。

 家族全員が集合したリビングにて再び説教を食らったなのはが説得し、ユーノを置いてもらうことを了承してもらったのだ。ユーノが見せてしまった動物らしからぬ賢さについて言及された時は冷や汗を流したが、その後のユーノの恥を捨てた全力の可愛さアピールが後押しをしたのだろうか、今後はなのはが全面的に面倒を見ることを条件に、あっさりと飼うことを許してくれた。

 だがなのはには、それ以上に気になっていることがあった。

 再び風呂に入り、寝巻きに着替えたなのははアリサやすずかにユーノについての報告のメールを済ませると、ポスンとベッドの上に倒れて天井をじっと見つめ、考え込んでいた。

 

「……た、高町さん?」

 

 なのはがベッドの上で寝転がっていると、勉強机の上で休んでいたユーノが声をかけた。

 

「ふぇ? あ、えっと、なのはでいいよ。私もユーノ君って呼ぶから」

「じゃ、じゃあなのは。どうかしたの? さっきから何か……難しい顔してたから」

「……うん。さっきのお父さんたちについて、ちょっとね」

 

 虚空を見上げながら、なのはは家族の様子が微妙におかしかったことを思い出していた。

 無事にユーノについての説得を終えてなのはが喜んでいた時に、恭也がアインのことを話したのだ。すると途端に高町家のリビングには沈黙が降り、例えづらい重い空気が立ち込め始めた。

 まるでタブーを口にしてしまったかのようで、なのはは雰囲気の変わった家族に不安げな視線を向けた。桃子や美由紀は慌てて取り繕うようなぎこちない笑みを浮かべ、恭也は相変わらず複雑そうな表情のまま黙す。ただ一人、士郎だけが懐かしいなを聞いたような、そんな寂しげな微笑みを浮かべていて、なのははますます困惑する他になかった。

 そんな空気の中、士郎はただ一言小さく呟いた。

 

 ーーー……そうか、彼女は元気だったか。

 

 それっきり士郎は口を閉じてしまい、アインについて何も教えてはくれなかった。いや、あまりにも真剣な表情で黙り込んでしまったため、なのはの方が尋ねる気になれなかったのだ。

 気づけば、母や兄、姉でさえも同じような雰囲気になってしまっていて、なのはは妙な疎外感を覚えてしまっていた。自分だけが蚊帳の外にされているのはやはりいい気分ではなかったが、どうしても気軽に尋ねてはいい様子ではなかったため放置してしまったのだ。

 結局微妙な空気のまま解散ということになり、なのはは就寝を余儀なくされてしまった。

 だが、自分の中でその疑問が大きくなっていき、モヤモヤとした感覚が自分の胸の中に居座ってしまっていた。この感覚は、いつも見る不思議な夢を見た後と同じ気分だ。

 

「……一体、アインさんとどんな関係だったのかなぁ」

「私がどうかしたのか?」

 

 思わず呟いたなのはの耳に、つい先ほど別れたばかりのはずの声がくぐもって届いた。一瞬思考が止まったななのはは慌ててバッと身を起こし、カーテンを開いてみて思い切り目を見開いた。

 なのはの部屋の窓の前に、アインが無愛想な無表情を携えて立っていたのだ。それも足場などろくにない、狭い屋根の上に立った一人で。

 なのはは慌てて自室の窓を開け、アインに入口を用意した。

 

「あ、あ、あ、アインさん⁉︎ どこから入ってきてるんですか⁉︎」

「私のような得体の知れん女が正面から入るには少し抵抗があるだろうからな。こっちから失礼するぞ」

「……窓から入ってくる方が怪しいと思うの」

 

 よっこらせ、となのはが開けてくれた窓の枠に足をかけて、アインは部屋の中に億劫そうに侵入する。その間一切の音を出すこともなく、まるでこういった行動に慣れているかのようだった。

 丁寧に靴まで脱いだアインは床に降り、その場であぐらをかく。ベッドの上に座っていたなのはとユーノも、アインの放つ雰囲気に飲まれて思わず背筋を正し、アインに向き直った。

 

「ーーーそれでは、事情聴取といこうか? ユーノ・スクライア君」

 

 一瞬で、アインの放つ空気が別物に変わる。

 まるで抜き身の剣が周囲から突きつけられているかのような、その場から微塵も動くことを禁じられたかのような冷たい感覚に、ユーノはごくりと息を呑んで身を強張らせた。嘘偽りも、質問の拒否さえも微塵も許さないと言外に告げられているようだった。

 

「……えっと、できればもう少し穏便に?」

「君は少し黙っていようか」

 

 有無を言わさず、アインはなのはに余計な口出しを許さない。渋々なのはは口を閉じ、ベッドの上で縮こまるにとどまった。

 アインはユーノに厳しい目を向け、黙認できそうなほどの威圧感を迸らせながら再度尋ねた。

 

「魔法文化のない管理外世界に、なぜあんな危険なロストロギアが紛れ込んだのか。そしてなぜ、君があんなものを追っているのか。詳しく聞かせてもらおうか?」

 

 ユーノはその気迫に若干気圧されていたようだったが、しばらくしてから覚悟を決めたように息を吐き、訥々と語り始めた。

 

「……ボクの、せいなんです」

 

 ユーノの話は、こうだった。

 地球とは違う異なる世界、遺跡の発掘を生業としていた彼の故郷で古い遺跡の中から発見されたのが、願いを叶える力があるとされる古の遺産(ロストロギア)・ジュエルシード。しかしそれは少しの衝撃で暴走する危険性を持った、制御不可能なエネルギー結晶体だった

 世界を守る組織・時空管理局に依頼し、危険な力を秘めた21個の宝石を保護してもらおうと思ったが、ユーノが手配した次元船は原因不明の事故に遭いーーー。

 

「ーーーこの地球へ、散らばってしまったと。なるほどな」

 

 話を聞き終えたアインは、じっとユーノを見つめていた。

 

「そして僕は、同じく遺跡で発掘されたこのレイジングハートをもってこの世界にやってきたんです。……ですが、一つだけ回収しただけでボクは力を使い果たして…」

 

 ユーノが悲痛な表情でそう呟くと、アインはじっと厳しい視線を向け続ける。その心の奥底を見透かすような鋭い視線に、ユーノはキュッと縮こまった。

 

「……無謀だな、君は」

「うぅ……」

 

 思った通りの叱責の言葉に、ユーノはくしゃっと顔を歪める。あれほどの力を持つ古代の遺物を、たった一人で21個も相手取ろうとしたのだ。そう言われても文句は言えなかった。

 なのはは一方的に叱られているようにも見える二人に割って入ることもできず、困ったように二人を見つめるばかりだ。

 だが、アインはやがてその口元を笑みに歪め、優しげな眼差しをユーノに送った。

 

「だが、そんな子供は好ましい」

 

 無愛想で厳しい態度ばかりとっていたアインからの思わぬ一言に、ユーノもなのはも惚けた表情で固まってしまう。

 アインはすぐに微笑みを消してしまったが、ユーノはその一言に若干救われたように肩の力を抜き、安堵しているように見えた。

 

「……あの、聞いてもいいですか? どうしてあなたも、この世界に単身で訪れたんですか?」

「ん? ああ、休暇だよ」

 

 恐る恐る尋ねたなのはへアインが語った理由に、ユーノとともに意外そうな表情になった。

 時空管理局の者だというのなら、この人もまた異世界から来たのだろう。ならば、ユーノのように何か特別な理由があるのかと思えば、特に変わった理由でなかったことに驚かされたのだ。

 二人の表情に目を向けたアインは、苦笑しながら詳しく話した。

 

「上から急に言い渡されてな。ちょうど用事もあったからこの街に立ち寄ったんだ。……まぁ、こんな事態に巻き込まれるとは思わなかったがね」

「……すみません」

「構わん。用事も済んでいたし、急いでいたわけでもないからな」

 

 アインは申し訳なさそうに俯くユーノをなだめると、立ち上がりながらなのはとユーノに視線を向けた。

 

「さて、ではこの先のことは私も付き合おう。と言っても、あまりできることはないだろうがな」

「そ、そんなこと!」

「実際、私は現状ではそれほど戦えるわけではないんだ。さっき言ったように私は休暇中だからな、デバイスの使用許可が降りていないんだ」

「……そんな状態であの戦闘を……」

「鍛えれば誰だってできるさ。まぁ、敵があの程度ならそのデバイスの封印術式さえ使えれば問題はあるまい」

 

 驚愕を通り越して半ば呆れているユーノを傍に置き、アインは次になのはの方に視線を向けた。鋭い視線を向けられたなのははピンと背筋を伸ばし、緊張しながら視線を合わせた。

 

「君は、もう関わる必要はない。そのデバイスに封印術式があるなら、彼にまた使ってもらえばいい。今度からは私がフォローするから大丈夫だ」

「え……で、でも……」

 

 なのはの中の正義感が、このままこの事件を丸投げすることを拒んで良心を苛む。ユーノがこんなにも困っているのに、自分は何もせずに日常に帰れといわれるのは受け入れ難かった。何よりも、無力な自分にも何かできるのかもしれないと思えてきたのに、その力を明け渡す気にはなれなかった。

 だが、アインはなおも厳しい表情のまま、なのはが無意識に握りしめたレイジングハートに手を差し出す。

 

「君ははっきり言って素人だ。こう言う仕事は私のようなプロに任せろ」

「むぅ……」

「いいから、渡しなさい」

 

 なのはの了解も聞かないまま、アインはレイジングハートを力ずくで奪おうと手を伸ばす。しかしなのはもそれには頷かず、アインから距離を取るように身をよじった。

 ユーノはきつく叱責されながらも必死に拒むなのはを見て、思わず口を挟みそうになるが、無関係な少女を巻き込んだ意識から重い口をひらけなかった。

 アインの言ったことは間違ってはいない。事件解決よりも民間人の保護を優先し、戦場から引き離そうという考えにはユーノも賛成であった。もし今夜アインが来ていなければ、静かになのはの元を離れてまた一人でジュエルシードを探しに行くつもりであった。

 アインが困ったようにため息をつき、無理やりなのはから没収しようと身を乗り出した、その時だった。

 バチィッ!と閃光が走り、なのはとアインの間で激しい火花を散らせた。閃光はアインの手を拒むように、逆になのはを守るように強く迸り、わずかながら衝撃を辺りに放った。

 

「ぐっ!」

「キャッ⁉︎」

 

 不意のことにアインも反応できずに後ずさり、なのはも目をそらして悲鳴をこぼす。宝玉が放った光に照らされ、ユーノもとっさに視界を小さな腕で覆う羽目になった。

 予想以上に大きな声と音が出たことに気づいたなのははハッとなり、慌てて口を押さえるが幸い家族には聞こえなかったようで反応はない。ホッと安堵したなのはは、ややあって不安げにアインの方にそろそろと視線を向けた。。

 パリパリと桜色の電流が流れる右腕を押さえたアインは、なのはの腕の中でほのかな光を放つ宝玉に鋭い視線を向け、わなわなと幽かな怒りに震える口を開いた。

 

「……どういうつもりだ?」

My master is the only her.(私の主人は、彼女だけです。)

 

 微量ながらも殺気まじりに尋ねるアインに、レイジングハートははっきりと答える。痺れが残る腕を一振りしたアインは、先ほどよりも鋭く魔法の宝石を睨みつけた。

 

「本気で言っているのか? どれほど危険かお前が一番わかっているはずだろう】

It is of course.(もちろんです。) But I‘m sure that she has no one(ですが彼女以上に私を使いこなせるものは) mastered me to the other.(いないと確信しています。)

「ガキのお遊びじゃないんだぞ。魔法に触れたばかりのズブの素人が関わって、ろくなことにならないと私は思うがな」

【……But I do not allow m(それでも私は彼女以外を)y master other than her.(主人とは認めません。)

 

 レイジングハートはなおも強くアインの言葉を否定し、触れることを拒絶するかの方に淡い光を放つ。呆けた様子で見下ろすなのはの掌の上に鎮座するその姿は、どこか不遜で誇らしげに見えた。

 しばらくの間、レイジングハートを射殺すように睨みつけていたアインだったが、やがてその殺気を霧散させた。深いため息をつき、疲れを見せる憂いの表情を浮かべた。

 

「……ハァ、とんだ頑固者だな」

 

 唯一封印術式を使用できるレイジングハート(デバイス)自身に拒絶されてしまっては、今後力を借りることは不可能であろう。無理矢理なのはから引き離し、行使しようとすれば、今度こそへそを曲げられかねない。

 レイジングハートの説得を諦めたアインは、申し訳なさそうな表情でなのはに向き直った。

 

「ならば君からーーー」

「イヤです‼︎」

 

 今度はなのはから力強く拒絶されてしまい、アインは額に手を当てて天井を仰いだ。何度も危険だと言ったのに、それなりにきつく言いつけておいたはずなのに、なぜこんなにも反抗的なのか。

 なのはは呆れて言葉もないアインにふんすと鼻息荒く向き直理、畳み掛けるように反論を開始した。

 

「さっきのお化けみたいなのは怖かったけど……でも、だからって何もせずに見ないふりなんかしたくないです‼︎ 私も、ユーノ君のお手伝いをしたいです‼︎」

「…………」

 

 アインは天井を仰いだまま、正義感を爆発させている少女の言い分に眉を寄せる。気持ちはわからなくもない。自分の周りに爆発寸前の危険物が転がっているのかもしれないのに、その命運を他人に任せるなど気分は良くないであろう。

 しかし、これは魔法に触れたばかりの素人でどうにかできる問題ではない。知識も技術も疎い一般人がむやみに関われば、命の危険だってありうるものなのだ。

 そう説明しようとしたアインだったが、なのはの目を見て早々に諦めた。

 利益目的ではない、完全な善意によるゴリ押しは非常にタチが悪い。どんなに理路整然と語りきかせても、ほっとけない助けたいと精神論で返してくるためなだめるのが困難なのだ。無理に押さえつけようとすれば、より強く反抗心を持って向かってくるため終わりが見えない。

 アインはなのはに見えないように情けない表情になると、「こういう手合いはやりづらいんだよなぁ」と小さくこぼし、深く深くため息をついた。

 

「それに、この子ーーーレイジングハートは私しか認めていないんですよね? それに、さっきみたいなのを封印するにはレイジングハートの力が必要……なんだよね?」

「えっ……う、うん」

「じゃあ、私が力を貸さないとダメってことなんですよね?」

 

 いいことを聞いた、と言わんばかりになのはの表情は明るい。逆にユーノは、ニコニコとしているなのはに引きつった顔を向けていた。

 確かにそうだ。いちばんの問題は、少女の手の中にあるデバイスが少女以外のものに手を貸してくれないことなのだ。なのはが命じない限り、レイジングハートは決して封印術式を使ってはくれないだろう。

 逆に言えば、なのはが命令すればレイジングハートは嬉々として魔法を展開し、アインの力にもなってくれるだろう。ついでに未熟ながら類稀なる才能を持った新米魔道士もおまけでついてくるという、大変お得な話だ。人員も全くいないこの状況であれば、垂涎ものの条件であろう。

 要するになのははこう言いたいのだ。代わりに封印してやるから私も連れて行け、と。

 

「……大人を脅すとは、大したガキだな君は。まぁ、確かにその通りなんだが」

 

 アインは目を覆い、見た目はおとなしくいい子に見える少女に戦慄を禁じ得ない。設定していたバリアジャケットも純白で、可愛らしい姿は天使にも見えるのに、言っていることはまるで悪魔のような凶悪さだ。なぜか、なのはの背後に小悪魔の尻尾と羽が見えた気がした。

 

「まったく……人の弱みにつけ込みやがって。最近の子供は強かすぎやしないか……?」

 

 アインは長い間ブツブツと唸りながら、真剣な表情で見つめるなのはと不安げに見つめるユーノの間で板挟みになり、じっと同じ姿勢で固まったままでいた。

 するとやがて、アインは降参だと言うように両手をあげ、呆れた視線を向けた。折れる以外に、この沈黙を破る方法が見つからなかったのだ。

 

「分かった分かった……私の負けだ。ついてくるななんてもう言わない」

「じゃあ……!」

「ただし!決して私の許可なしに勝手な行動はとるなよ。それで怪我を負っても、私は一切責任は取れないからな」

 

 そこだけはっきりと言い残し、きつく言い聞かせることを忘れない。それでも勝ったといわんばかりにニコニコと笑っているなのはを横目に、アインは窓枠を踏み越えて外に出て行く。視線の端では、なのはがユーノの小さな手を取ってぶんぶんと振って喜びをあらわにしている。先ほどの悪女っぷりを微塵も見せない、無邪気な様子だった。

 

「頑張ろうね! ユーノ君!」

「う、うん……でも、本当にいいの? 危険な目にあったばかりなのに」

「平気だよ! 私、頑張るからね! よろしくね、レイジングハート!」

 

 和気藹々とユーノやレイジングハートを相手にはしゃいでいるなのはを横目に、窓の外に出たアインは深く深くため息をついて情けない顔を晒していた。今まで鉄仮面のようにあまり表情の変わらなかった彼女が見せた表情は、疲れ切った老人のように憂いを帯びたものだった。

 

「……クソ、あいつらになんて顔して会ったらいいんだ?」

 

 腹立たしいほどまでに晴れ渡った、満天の星空の方を向いて誰にともなく呟いたその言葉は、誰にも届くことなく虚空に消えるのだった。

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