【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
遊具の残骸が散乱する、元は公園であった広い場所で、虎と象の二体の異形が激突している。
分厚い筋肉の鎧に加え、フレイルやハンマーといった厳しい武装で身を守る巨体の持ち主が、鋭い爪を有する女性体の異形の猛攻にに苦戦を強いられていた。
生半可な攻撃が通らないはずだが、襲いくる速さに鈍重な象の異形は対応することができていなかった。
「■■■■■■■■■‼︎」
苛立ちの咆哮をあげ、武器を振り回し迎撃に挑む象の異形だが、虎の異形はそれを軽々と躱し続け、逆に相手の装甲の隙間に鋭い一撃を叩き込む。
急所に強烈な一撃を食らった象の異形はたまらずその場に倒れ込み、苦悶の声をあげながら悶えた。
『……なんて虚しい戦いだよ。心も踊らないし、達成感もない………何でこんな戦いに参加し続けなきゃいけないんだい…?』
倒した強敵を見下ろし、虎の異形は虚ろな声でそう呟く。
バトルロイヤルで一勝を得た喜びは今の彼女にはない。どこかの何者かによる悪意で呼び起こされ、駆り出された戦いなど胸くそが悪いだけで、心が微塵も奮いはしない。
戦うたびに、虎の異形の心には不満が募り続けていた。
『いっそのこと……と言いたいが、それも癪だね』
一瞬だけ、自らの意思でこのバトルロイヤルを降りる考えを抱くが、どんなに不満があろうと己は戦士の一人であるという自負がそれを押しとどめる。己に誇れぬ戦いをするつもりはなかった。
この苛立ちをどう解消したものかと立ち尽くし、虚空を見上げていた時だった。
「ーーーハァッ‼︎」
不意に背後から迫る裂帛の声に、虎の異形は振り向きざまに爪を構えることで応戦する。
振り下ろされた槍の刃と爪が激突して多くの火花が散り、乱入したクラブの騎士の仮面を照らし出した。
『またお前かい…?』
タイガーアンデッドは面倒臭そうに振り向き、荒々しく槍を振り回して迫ってくる騎士と会いたいし、向けられた刃を爪で受け止める。
以前に彼我の実力差を見抜けず一方的にやられただけでなく、その後乱入した別の相手に簡単にのされていた青年が再び挑んできたことに、タイガーアンデッドは心底鬱陶しそうに肩をすくめた。
『しつこい男は嫌われるよ』
「……! 何を言われたって……僕はもう………退けない!」
『…? お前…』
適当にあしらうことを考えていたタイガーアンデッドだったが、クラブの騎士が見せるこれまでにない気迫にふと振り向く。
以前まで見せていた凶暴性がわずかばかり引いて見える。荒れ狂う負の感情を理性で押さえつけながら、それでもなお敵に対する闘志を失わず、槍の切っ先を向けてきている。まるで前回とは別人のような変貌ぶりに、タイガーアンデッドは返す言葉をなくしていた。
「うおおおおおお‼︎」
雄叫びをあげ、ムーヴは槍を振り回しタイガーアンデッドに向かって突進していく。
激情に押されるままの力任せの一撃だったが、思った以上に体重がかけられた強烈なもので、真正面から受け止めたタイガーアンデッドは思わず後ずさる。
続けざまに振るわれる突きは鋭く風を貫き、躱したはずのタイガーアンデッドの鎧に浅く傷を刻む。かすかについた裂傷を見下ろしたタイガーアンデッドは、思わずニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
『…へぇ、この間よりは随分マシになってきたんじゃないか?』
「僕は……おれは………僕は、戦う! 他の誰に言われたわけじゃない…僕の意思で、お前達と戦う……‼︎」
爪と槍がぶつけられ、激しい火花が異形と騎士の間に散る。クラブの騎士はヒュンヒュンと曲芸のように槍を振り回し、タイガーアンデッドを翻弄するように迫る。
向けられた爪の斬撃を紙一重で躱し、薙でタイガーアンデッドを弾き飛ばすと、宙に浮いたその真下でラウズカードを引き抜き、石突きのスリットに挿した。
【BLLIZARD, BITE . BLLIZARD CRASH】
「でやああああああ‼︎」
食うちゅで身動きが取れないタイガーアンデッドに向かってムーヴは跳躍し、その腹を吹雪の力を纏わせた両脚で挟み込み、地面に向かって思い切り振り落とす。
地面に落下したタイガーアンデッドは、体の各所を凍結させられながら転がっていき、唸り声を上げてうつ伏せになる。だがすぐに体を起こし、四つん這いの体勢になってムーヴを睨みつけた。
『面白くなって……⁉︎』
未熟が過ぎ、強大な力に操られ流されるままであった青年。そんな彼がここにきて見せた戦士としての顔に、タイガーアンデッドの乾いていた心が奮える。
今こそ己が望む全身全霊の戦いに挑めると、改めてムーヴを見据え構えようとした、その時だった。
「■■■■■■■‼︎」
駆け出そうとしたムーヴの背後から
スートもバラバラのアンデッドたちは、まるで示し合わせたかのようにタイガーアンデッドと相対するムーヴに向かい、無防備な背中に無慈悲な攻撃を加えていった。
「くっ…! こんなところで…!」
すかさず反応するムーヴだが、迫り来るアンデッドたちの数の多さに圧倒され、ついにはその場から大きく弾き飛ばされてしまう。
やる気を高めていたタイガーアンデッドは、突然の事態に呆然となるも、ふつふつと湧き上がる怒りに拳を震わせ、ムーヴを襲うアンデッドたちに鋭い目を向け始めた。
『邪魔を……するな!』
怒りに任せ、タイガーアンデッドは群がるアンデッドたちに爪を振るい、青年から力ずくで引き剥がしてほうり捨てる。
タイガーアンデッドは転がした異形たちに踊りかかり、無茶苦茶に暴れまわる。公園はあっという間に乱戦の場に変わり、異形たちの耳障りな咆哮が飛び交う惨状へと変わり果てた。
アンデッドたちから抜け出したムーヴは、いまもなお騒ぐ衝動に苦悶の声をあげながら、もう一度立ち向かおうともがく。
【FIRE, RAPID, BULLET. BURNING SHOT】
すると、突然アンデッドたちに無数の炎の弾丸が降り注ぎ、激しい爆発を起こして異形たちをまとめて吹き飛ばしてみせた。
ムーヴは目を見開き、バイクに乗って乱入してきた銀と紅色の鎧の騎士を凝視する。ダイヤの騎士もまた、バイクを停止させてムーヴの方に振り向いた。
「無事か、カムシン!」
「……! あなた、は…?」
「返事ができるならいい。下がっていろ」
いつだったか、一度だけ面識のある騎士に案じられ、ムーヴは戸惑いつつも反応する。
サクソはムーヴに一瞥だけくれると、バイクから降りて銃を構え直し、起き上がったアンデッドたちに向けて銃口を向ける。
「おおおおおおお‼︎」
一斉に向かってくる異形の群れに、サクソは雄叫びとともに発砲しながら、真正面から突撃していった。
激しく激突し、火花や土煙を起こす騎士と異形たちの戦いを、膝をついたままのタイガーアンデッドが眺める。その目には、復活しかけたやる気を削がれた落胆の気持ちが大きく表れていた。
『…また横槍を入れられちまったよ……そういうのはもう、うんざりなんだけどね』
ようやく満足のいく結果にありつけると思ったのに、結局楽しみの邪魔をされるろくでもない結末。
何もかもを投げ出したくなってしまったタイガーアンデッドがふと視線を動かし、槍を支えにもう一度立ち上がろうとしているムーヴに向けられる。
なおも立ち向かおうと抗っている青年の意地に、異形は知らぬ間に小さく笑みを浮かべていた。
『……まぁ、一度くらいはこういう最期も悪くはないか』
仮ため息をついたタイガーアンデッドは、肩をすくめながら立ち上がり、ムーヴの方へと歩み寄っていく。
もがいていたムーヴは近づいてくる虎の異形に気づき慌てて身構えるが、異形が一切の敵意を見せず、その場にしゃがみこんだことで困惑の眼差しを向けた。
「……⁉︎ 何を…⁉︎」
ムーヴは彼女が、槍に収められた空のラウズカードの一枚を抜き出し、自分の胸に突き立てたことでぎょっと目を剥く。
タイガーアンデッドはムーヴを見つめたまま、緑色の光に包まれカードに封じられる。その際、呆れた様子の声がムーヴの耳に届けられた。
ーーーせいぜい足掻きな。
どうせなら、お前の力として戦うのも悪くはない…。
呆然と自分の手の中に収まるカードを見下ろし、自分の中に溶けていく声に言葉をなくすムーヴ。
ただの敵でしかない、人類を窮地に陥れる存在としか認識していなかった相手の予想だにしない行為に、周囲の状況すら忘れて固まってしまう。
彼が我に返ったのは、すぐ近くにサクソが吹き飛ばされ、地面を転がってきたためだった。
「ぐおっ…!」
銀の鎧の各所を陥没させられたサクソはすぐさま起き上がり、徒党を組んだアンデッドたちを睨みつける。
その時、倒れた衝撃でサクソの腕から外れたラウズアブゾーバーが目の前に転がる。それを見た瞬間、ムーヴの脳裏に聞き覚えのある声が響いた。
ーーー今こそ、私たちの力を使う時だ……!
ムーヴは自身のすぐ近くに、自分を想う二つの意思を感じて目を見開く。
その声に促されるまま、そして相変わらずの破壊衝動に耐えながら、ムーヴは足元のラウズアブゾーバーを拾い上げ、左腕に装着した。
「…! 君は、何を…⁉︎」
「すみません………力を…借ります…!」
【ABSORB QUEEN, EVOLUTION KING】
ムーヴはサクソの声に応えることなく、自身の持つカテゴリーQとKのカードをホルダーから引き抜き、左腕のデバイスにに差し込む。
その途端、デバイスから金色の土蜘蛛の紋章が描かれたスクリーンが出現し、ムーヴの体に重なっていく。同時に、ムーヴの全身から気味の悪い紫色の光が発生し始めた。
「ぐっ…ぐああああああ‼︎」
体から溢れる異様な光にムーヴは苦悶の声をあげ、バチバチと帯電しながら棒立ちになる。
金色の光はムーヴの全身を包むと、まるで自らが鎧となるように彼から紫色の光を弾き飛ばす。その直後、鎧を生み出した時と同じ紫のスクリーンが出現し、その中から一体のアンデッドが姿を現した。
「■■■■■■■■■■■■‼︎」
「こいつは……スパイダーアンデッドか!」
金色の光に追い出されるように出現した
だが狼狽する彼の目の前に、青年の姿へと戻ったムーヴが立ちはだかり、アンデッドたちの方へ向き直った。
「もう、お前たちに好き勝手させるのはこりごりだ! 今度こそ僕の手で……封印する!」
そういってムーヴが構えたのは、鎧をまとっていなければ現れないはずの武装、醒杖レンゲルラウザー。
生身の体では重すぎる得物を振り回して、ムーヴは鋭い目でアンデッドたちを見据え、一気に駆け出した。
「うおおおおおお‼︎」
雄叫びとともに、おぞましい異形の集団に向かって突撃していくムーヴ。そこに策などあるはずもなく、がむしゃらに突っ込んでいるようにしか見えない。
無謀な特攻を止めようとサクソが手を伸ばしかけた時、サクソの目に青年とは異なる姿が映った。
「■■■■■■■■■■■‼︎」
醒杖を携えて駆け出していたのは、蜘蛛の異形よりも凶悪な形相で大柄な土蜘蛛の異形。封印されたはずの、争いを好まない優しい男性の姿を見せていたアンデッドが、青年と重なるように姿を現していた。
信じられない光景に絶句するサクソの目の前で、異形の姿を借りたムーヴは醒杖を振り回し、アンデッドたちに襲いかかる。
アンデッドたちはその気迫に圧倒されたように後ずさり、致命的な隙を晒し、次々に刃の餌食となっていく。
「■■■■■■■■‼︎」
「これで……終わりにする!」
最後に残ったスパイダーアンデッドが、鋭い全身の脚を伸ばしてムーヴに躍り掛かる。
キッと鋭い目を向けたムーヴは、迫り来る異形に一切のためらいを見せることなく突っ込み、すれ違いざまに刃を振るう。
「■■、■■■■■…!」
その身に深い傷を負わされたスパイダーアンデッドは数歩よろめくと、振り向きながらムーヴに忌々しげな目を向け、やがて仰向けに倒れ込み、爆発を起こして炎に飲み込まれた。
ムーヴはそれを見届け、炎の中に倒れこむスパイダーアンデッドに向けて、空のラウズカードを投擲し、その中に封印を施す。
あっという間に行たちの姿はかき消え、しんと静まり返った。
「カムシン……」
「カテゴリーA、封印完了…!」
サクソが凝視し、炎が踊る中、蜘蛛の描かれたカードを握ったムーヴが小さく呟く。
運命に抗い切ってみせた青年は、その成果であるラウズカードをじっと見下ろし、険しい表情で佇み続けるのだった。
「があああああ⁉︎」
悲痛な声とともに、空中に吹き飛ばされたアインが地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がっていく。
樹木の幹にぶつかってようやく停止し、アインは肺に溜まった血を吐き出して悪態をつき、悠々と近づいてくる黄金の甲虫の異形を睨みつけた。
『あはははは…! ねぇ…まだ終わりじゃないでしょ? もっともっと遊ぼうよ!』
「…! 生憎だがね……私はお前程度と遊んでいる暇はないんだ。それにな……お前にもその時間は与えるつもりはない…!」
『そんなにボロボロになってなに言ってるの? 面白いねぇ、お姉さん…』
憮然とした態度でもう一度剣を構えるアインだが、両足は膝をついたまま動いてはくれず、ガクガクと痙攣を続けている。
全身からじくじくと痛みが走るのは、おそらく包帯で塞いだだけの傷口が開きかけているからだろう。前回執拗に食らわされた無慈悲な猛攻の苦痛が思い出され、心よりも先に体が悲鳴をあげていた。
[アイン! やっぱりそいつの相手は無理よ! 一旦撤退して陸尉と合流しましょう!]
「……賢い選択だが、私にはできんよ」
[どうして…⁉︎ まだ時間はあるはずよ⁉︎]
通信越しに、限界を党に超えているアインを案じたリンディが悲鳴のような声をあげるが、アインはそれに頷くことはできない。
リンディの言葉に間違いはない。自分よりも遥かに格上の敵、それも自分に次ぐ実力者であるサクソとともに挑んでも勝てないほどの強敵。単独で戦ったところで勝機はまずない。
しかしだからこそ、アインは目の前の異形に挑み、勝利を手にする必要があった。
(ハジメを救うには……カテゴリーKのアンデッドを、こいつと同程度の強者を倒さねばならない)
バトルファイトに参加するアンデッドの中でも、最強の一角を担っているというコーカサスビートルアンデッド。
助けを求めることは容易い。だがそれは、時空管理局員として最善の行動。ジョーカーアンデッドであるハジメを救うのは、アインの個人的な意思であり、管理局の方針とは大きく外れるもの。
本気でそれを成すつもりならば、アインはこの強敵に己一人で挑まなければならない。
(……あの時、私の力は確かにあいつに届いていた。慣れないデバイスに苦戦していたはずの体も思っていた以上に動き、全力で戦うことができた……その時抱いていた気持ちは、何だ?)
思い出されるのは、上級アンデッドである鷲の異形とたった一人で戦った時の記憶。
最初は一方的に打ち負かされるだけであった戦況は、イーグルアンデッドに叱咤され、己の覚悟を再確認してから大きく変化した。
その時に抱いていた感情は、一体なんだったのか。
(怒れ…怒れ……! 思い出せ……私自身の過去を……忌まわしき因縁を………‼︎ 私を生み出した闇の全てを……‼︎)
ハジメが〝愛〟と称したその感情は、アインが出会い言葉を交わしてきた者達に向けた正の感情。
対して、目の前で大剣を担ぎ、嗜虐的な笑みを浮かべて近づいてくる異形に向けているのは、それらをことごとく踏みにじろうとしている敵に対する負の感情。
相反する感情を糧にアインは再び立ち上がり、鋭く敵を見据えた。
(奴を許すな…! 血塗られた奴の手を見ろ……守れなかったちっぽけな自分を再確認しろ……! お前は何のために騎士となった…⁉︎ なんのために剣を握る決意を決めた……⁉︎)
「■■■■■■■■■■■‼︎」
生まれたばかりの子鹿のように覚束ない、今にも倒れそうなアインに向けて、コーカサスビートルアンデッドが咆哮とともに突進してくる。
迫り来る異形の巨体を凝視したまま、アインは杖代わりにしていた剣を地面に突き立て、きつく拳を握りしめる。
(退くな……慄くな…! どれだけ血を流そうと、地に這い蹲ろうと……!)
[アイン! 無理よ! 逃げて!]
震える自分の四肢、うるさく脈動する心臓、空気を求めて伸縮する肺。武器を自ら封じたアインは、それらの悲鳴を無理やり押さえつけ、自分の身体のみを構えて異形を待ち構える。
一歩も退く様子を見せないアインに、なおも撤退を願いリンディだったが、その表情が不意に驚愕で凍りついた。目の前にある機材が、異様な数値を叩き出してたからだ。
[これは……アインの適合係数が…急上昇している……⁉︎ 何をしたの⁉︎]
「ウェエエエエエエエイ‼︎」
リンディの疑問に答えるそぶりなど一切見せず、アインは獣のような怒号をあげて走り出す。
コーカサスビートルアンデッドはそれを叩き潰そうと、大剣を振り上げて待ち構えていたが、アインは脳天に落とされたそれを思い切り殴りつけ、力尽くで弾き飛ばして見せた。
『は…え…⁉︎』
自分の手からすっぽ抜けた剣を凝視し、黄金の甲虫の異形は間抜けな声をあげて立ち尽くす。
アインはその隙を見逃さず、突っ立ったままの異形の鳩尾に渾身のフックを叩き込んだ。
「ウェイ‼︎」
「■■■■…!」
女の細腕とは思えぬ重い一撃が異形を襲い、黄金の甲虫の異形は緑の血反吐を吐いて後ずさる。
アインは休む間など与えず、異形の顔面に、脇腹に、胸に、情け容赦なく拳の連撃を突き入れていく。怒涛の勢いで放たれる乱打に異形は苦悶の声をあげ、あり得ないとばかりにアインを凝視していた。
『な、ん…で……⁉︎ この間と…全然違う…!』
かすかに、異形の出す少年の声に怯えが混じって聞こえる。
コーカサスビートルアンデッドは、最強を自負する自分がそんな情けない声を発していることに気づき、すぐさま怒りに血管を浮き立たせた。
『ふざ…けるな人間がああああああ‼︎』
苛立ちをぶつけるように、黄金の甲虫の異形が片腕を振るってアインを吹き飛ばす。しかしアインは自ら後方に飛んで衝撃を緩和させ、突き立てた剣の位置にまで後退する。
展開したホルダーから三枚のラウズカードを引き抜き、剣のスリットに挿し、アインは迸る雷光を右腕に纏わせ、走り出した。
【
「おおおおおおおお‼︎」
「■■■■■■■■‼︎」
赤い血を滲ませるアインと緑の血に濡れるアンデッドが、真正面から拳を振り上げて接近する。あっという間に両者の距離はゼロになり、固く握られた拳が迫る。
そして、かすかに速かったアインの拳がアンデッドの顔面を打ち抜き、硬い鎧を砕いて破壊し、さらに鮮血を噴出させた。
『……嘘だ…こんなの……!』
割れた兜の中、大きく目を見開いたコーカサスビートルアンデッドが、なおも信じられないと言った様子で呆然とつぶやく。
巨体がゆっくりと傾いでいき、重い音を立てて地面に倒れこんだ異形は、やがてその顔を不気味に歪め、声をあげて高らかに笑い始めた。
『あは…ははははは…! き…気をつけなよ…。レンゲルのように、封印したつもりで僕に支配されないようにね…』
「……余計なお世話だ、クソガキが」
『君がどんな最期を迎えるのか……楽しみにしてるよ。あは…あははははははは…!』
アインは不穏な予言を残す異形に一瞥をくれると、自身の有する最後の空のラウズカードを取り出し、気怠げに投げる。
黄金の甲虫の異形は不気味に笑ったまま、緑色の光に包まれ封じられていく。その最期の姿である、赤いスペードの紋章と紫紺の甲虫が描かれたカードを手にし、アインは真剣な表情で立ち尽くしていた。
「……これが、カテゴリーK……!」
最強の異形の力が秘められた、最後の一枚。
凄まじい威圧感を放つそれを、アインはただじっと見つめ続けていた。