【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
「……数がかなり……減った。残るアンデッドの気配も、そう多くはないな…」
深い森の中で一人佇むハジメは、本能によりうっすらと感じていた他の同類たちの気配が少なくなっていることに気づく。
カテゴリーAから10の下位アンデッド達だけではない、上位のアンデッドたちも続々と討ち取られていることに内心驚きながら、徐々に自身に迫る決断の時を思う。
残された時間がそう長くはないことを察しながら、歩き出そうとしたハジメの顔が不意に歪む。
「くっ…」
胸を押さえ、樹の幹に寄りかかったハジメは苦悶の声をあげ、体の内側から湧き上がる衝動を必死に押さえつける。
以前にスペードのスートのキングと激突した時から起きていた破壊衝動。それが日増しに強くなり、抑え込むこともままならなくなり始めているのは明確だった。
「……限界、か」
正気を保てている時間もそう長くはない。いずれは本能に突き動かされるだけの、ただの醜いケダモノに成り果てるのかと思うと、虚しさが募る。
そんな姿を見たあの女騎士が、いったいどんな表情を見せることになるのか。それを思うと、ハジメの胸中は重く沈んでいく。
なるべく遠く、誰もいない場所に行こうと踏み出しかけた時だった。
「随分侵食が進んでいるようだね、アイゴ・ハジメ…………いや、ジョーカー」
聞きなれない声に、ハジメは歩き出そうとしていた体を止めて振り向く。
その視線の先、木々の影から姿を現した、冷たい目を持つ中年の男を見つけると、ハジメの表情は険しく歪められた。男が浮かべている意味深な笑みが気色悪く、苛立ちを覚えさせられる。
「……お前は、何だ」
「名乗る必要なんてないよ……実験動物にいちいち挨拶を送る殊勝な人間がいると思うかい? くだらない」
「…どうやら死にたいようだな」
話しかけておきながら、一方的に見下す態度をとる男にハジメはさらに苛立ちを募らせ、両の目から剣呑な光を発する。
己を抑え込もうとしていた理性の鎖を自ら解き放ち、ハジメは一瞬にして体の輪郭を歪め、悪魔のような形相の異形へと変貌した。
「ガァァァァァァァァァ‼︎」
大気を震わせる咆哮を上げ、殺意を全開にして男に向かうジョーカーアンデッド。その目に人間を手にかけることへの忌避感はほとんどなく、いまにも飛びかかりそうな気配を帯びている。
だが対する謎の男は、全く狼狽する様子も見せず、不気味な笑みを浮かべたまま佇んでいた。
「残念だが君の相手は私ではない……」
意図を読ませない男の異様な気配に、ハジメはじりじりと距離を保ったままその場から動かない。いや、動けない。
ただの人間でしかないはずの男に、過剰なまでの警戒を抱いていたジョーカーだったが、不意に背後に感じた悪寒に目を見開き、振り向いた。
「■■■■■■■■■■‼︎」
振り向きざまに向けた片腕の刃が衝撃を受け、激しい火花が辺りに飛び散る。
叩きつけられた巨大な爪と、その持ち主を睨みつけたジョーカーはわずかに目を見開き、すぐに怒りをあらわにして謎の男を見据える。
目の前に現れたのは、首の上だけでなく両肩にも顔を持つ、異様な姿の怪物。感じられる気配からそれがアンデッドだということはわかったが、三つの首を持っているなど、どの生物の始祖とも思えない明らかな異形だった。
「グルルルル…!」
ジョーカーアンデッドはおぞましい唸り声をあげ、敵意を向けてくる三つ首の異形を見る。
単に敵が現れたからだけではない、その異形から感じ取れる気配が、
「さぁ、観測開始だ。存分に暴れたまえ」
「ガァァァァァ‼︎」
「■■■■■■‼︎」
謎の男の言葉が、二体の異形の戦いの火蓋を切って落とす。ジョーカーが従ったはずもないが、目の前の異形が放つ敵意が彼の闘争本能を否応なく刺激し、駆り立てる。
耳障りな咆哮をあげ、再び激突するジョーカーアンデッドと謎のアンデッドは、互いに夥しい量の体液をぶちまけながら殺しあう。何者とも縁のない、戦うことしか考えられないよう生まれた異形達は、周りの木々をへし折りながら力の限り暴れまわった。
その様子を、あらゆる命が巻き込まれ踏み潰されていく光景を、謎の男は興奮した様子で凝視し、笑顔を浮かべていた。
「素晴らしい…! ジョーカーアンデッドを正面から渡り合えるあの膂力……そして戦闘を厭わない純粋な殺意………! まさに戦うために生まれた個体…私に理想通りの生命体だ……‼︎」
周囲に破壊と死をもたらし、それでも止まることなく命を削りあう異形達に、謎の男が浮かべるのは恍惚とした笑み。正気を疑うほどに醜悪に歪んだその笑顔は、長年待ち望んでいた存在を見つけたことへの歓喜で満ちていた。
本能に促されるまま、辺りを緑色に染め上げ荒れ狂う二体の異形。彼らが起こす轟音は、気配を感じて慌てて飛んできた女騎士をその場に呼んだ。
「ハジメ!」
撒き散らされた樹々の破片をかき分け、激戦の場へ飛び込んできたアインは、ぶつかり合う緑と三つ首の異形達を見つけて瞠目する。
アインの目にも、三つ首の異形の姿は異様の一言に尽きた。まるで何者かが異形達を無理矢理混ぜ合わせ、人為的に生み出したような醜悪な姿に、言葉をなくして立ち尽くしていた。
「何だあの化け物は…⁉︎」
「…いいところに来たねぇ、アルデブラント陸曹長。ここまで協力してくれた君にはぜひ、アレの晴れ舞台を見届けて欲しいと思っていたんだよ」
目を奪われていたアインは、すぐ近くから向けられた気色の悪い笑い声にハッと表情を変えて振り向く。
不気味な笑みを顔に貼り付けて話しかけてきた見覚えのない男に、アインは訝しげに眉をひそめる。だが、男の見せる見下したように冷たい眼差しに、ある青年の話を思い出した。
「お前は…そうか…お前がムーヴにレンゲルの力を渡した男だな」
「耳が早いねぇ……そう、私はビスタ・ヘヴンズロード。君達の組織BOARDの設立者にして、ライダーシステムの生みの親………つまり君達にとっては主人に値する者だ」
「…⁉︎ お前が…⁉︎」
覚えのある名を聞いたことで、アインの目の前にいる男に対する警戒心がさらに跳ね上がる。
これまで姿を見せてこなかった、事件に対する最大級の功労者。その人物が現れたことに驚くも、決して味方と思うことができず、アインは鋭い目でヘヴンズロードを見据えた。
「…主人とは笑わせる。今まで表に顔を出さなかったくせに散々現場を引っ掻き回しやがって……いや」
冷え切った爬虫類のような目を見て、そして今もなお暴れ回る三つ首の異形を見やり、アインはふと抱き続けていた疑惑を思い出す。
根拠は何一つない、しかしひしひしと感じられる危険な気配により、根付いていた疑いが確信へと変わりつつあった。
「そもそもお前こそ、バトルファイトの復活の原因で、この事態の黒幕ってやつじゃないのか? ……あんな化け物を見る限りな」
「黒幕とは心外だな。私はただ……自分の夢を実現させようとしただけだというのに」
「夢だと…?」
否定が返ってこなかったことに舌打ちし、アインは続けて聞こえてきた意味深な言葉に眉を寄せる。
これでもう、この男がアンデッドを解放しミッドチルダに混乱をもたらした元凶だということは確定した。隠す様子もないのは気になるが、悪びれる様子がないことが腹立たしく感じられて仕方ない。
だが今はそれ以上に、この男が何を望んでいるのかがわからない。凶悪な異形達を解放し、新たな怪物を作り出すことで何が満たされるというのか。
無言で詰問するアインの眼差しに、ヘヴンズロードは良くぞ聞いてくれたというように笑みを浮かべ、三つ首の異形に恍惚とした目を向けた。
「君はこの世界が……たまらなく醜く思えることはないかい?」
その言葉に、アインの肩がわずかに揺れる。ヘヴンズロードに向けられていたさっきがかすかに薄れ、言葉の真意を探るように視線が鋭くなった。
「私は耐え難い…! これほどまでに醜く、薄汚く、汚れに満ちた生命体が世界の支配者を気取っていることが! ちっぽけで、そのくせ見栄っ張りなどうしようもない人間が、我が物顔でこの世界に君臨していることが!」
異形達のもたらす破壊音をBGMに、ヘヴンズロードは激情のままに語ってみせる。本心からの怒りを、ここぞとばかりにたった一人の観客に向けてぶちまける。
口調こそ義憤で悪事を成そうとしているように聞こえるが、アインの目にはそうは映らない。虚空に向けられているヘヴンズロードの熱に浮かされた目は、明らかにそんな大義を掲げているようには見えなかった。
しばらく騒いでいたヘヴンズロードは急速にその熱を下げていき、無言で佇んでいるアインに不気味な笑みを見せた。
「リセットが必要なのだよ……何者よりも強く、美しいアレのような存在が世界を牛耳るためにね!」
「…語るに落ちたな、クソ野郎が」
思った通りだと、アインは冷たい目でヘヴンズロードを見つめる。
どれだけ大層な理由を正義として掲げようが、本人の欲望を隠し切ることができていない。口にする言葉の全てが、単なる張りぼてにしかなっていなかった。
じっとヘヴンズロードを見据えていたアインは、一際大きな爆音の方に目を向ける。血を流して倒れこむジョーカーアンデッドに気づくと、アインは苛立たしげに歯を食いしばった。
「ハハハハハ…! 見たかね、最強の騎士よ‼︎ これが私が創造した新たなる種……この星を統べる新たな支配者、ケルベロスだ‼︎」
「■■■■■■■■■■‼︎」
ヘヴンズロードの紹介に応えるように、三つ首の異形はそれぞれの顔からおどろおどろしい咆哮を上げてみせる。
体を起こしたジョーカーアンデッドはそれを睨みつけ、憎悪に満ちた唸り声とともに腕の刃を振り上げ、同じく咆哮をあげた。
「この力でケルベロスは人類を滅ぼし……全ての生命の頂点に立つ‼︎ 私は新たな支配者を創造した、神に等しき人物となるのだ‼︎」
己のなした事を誇り、ヘヴンズロードは満面の笑みとともに両手を広げる。誰も成せなかった偉業を見せつけるように、正気を失った目で誰もいない観客席に向けて胸を張る。
聞こえるはずのない感性に陶酔しているような表情の彼だったが、返ってきた深いため息に現実に引き戻された。
「……くだらんな」
アインは心底あきれた様子で、硬直するヘヴンズロードとジョーカーを相手に暴れまわるケルベロスアンデッドを見やる。
異形は自分の相手と戦う事に忙しいのか、冷めた目を向けるアインには気付かず吠えながら暴れ続けている。知性のかけらもない、とても高等とは思えない存在に、アインはむしろ哀れみに似た眼差しを送っていた。
「そんなろくでもない話で私に同意を得られるとでも思ったのか。結局、お前が言っているのは聞くに耐えない妄言じゃないか」
鬱陶しそうに眉間にしわを寄せ、アインはデバイスを取り出し、ラウズカードを差して腰に巻きつける。
赤いベルトが巻かれ、待機音声を鳴り響かせると、アインはその目に怒りの炎を燃やしながらゆっくりと構えをとった。
「私も……あいつも、そんなものに付き合っている暇はない。変身!」
【TURN UP】
レバーが引かれ、デバイスから飛び出した青いスクリーンがアインの体と重なる。
甲虫の紋章がアインと融合し、一瞬にして銀と紫根の鎧が纏われると、アインは険しい表情のまま腰に佩いた剣を引き抜いていく。
ヘヴンズロードはアインが戦意をあらわにしたことにあきれ、軽くため息をついて肩をすくめる。自分が生み出した最強の存在に、この女は無謀にも挑もうと言うのかと。
「今更君に何ができる……」
落胆したように吐き捨てたヘヴンズロード。だがその見下した顔は、アインが取り出したラウズカードの束を目にした途端一変した。
「…! まさか、いつの間にそれを…⁉︎」
「受け取れ、ハジメ‼︎」
初めて、明らかな狼狽を見せたヘヴンズロードに構わず、アインは吠えるジョーカーに向けて、13枚のラウズカードをまとめて投げつける。
カードが散らばるのと同時に、アインは三つ首の異形の元へ駆け抜け、ブレイラウザーを掲げて躍り掛かった。
「……ケンザキ………まさか、お前……!」
ラウズカードの束を見下ろしたジョーカーアンデッドの姿が、すぐさま青年の姿に変化する。
呆然とカードを拾い上げて立ち尽くしているハジメを背にし、アインはケルベロスアンデッドを殴り飛ばし、一時距離を取る。その隙に、カテゴリーQのカードを左腕のデバイスに挿入した。
【
「……キング、私に力を貸してもらうぞ」
そう呟き、真剣な表情で見下ろすのは、先日封印したばかりの三本角の甲虫が描かれた一枚。
王を意味する文字が刻まれたその一枚をじっと見下ろしたアインは、それをデバイスのスリットに差し込もうとした。
ーーー気をつけなよ。
レンゲルのように、封印したつもりで僕に支配されないようにね…。
不意に、封じられた黄金の異形が最期に口にした言葉が脳裏をよぎる。負け惜しみのような忠告が、今になって生々しい嫌な予感をもたらし、アインの動きを止める。
だがアインは、もう一度表情を引き締め、意を決した様子でラウズカードをスリットに通した。
【
野太い男の声とともに、アインのデバイスから青い閃光が走る。
その後ろで、覚悟を示したアインに続くようにハジメも一枚のラウズカードを、
【
進化を意味する単語が紡がれ、女騎士と異形の戦士の体にそれぞれ黄金の閃光が迸る。
肉体に走る強大な力に、ハジメは平然とした様子で佇むも、アインは途端に苦悶の声をあげて体をくの字に折り曲げ始めた。
「ぐっ…がっ、ぐっ‼︎」
大きく目を見開き、胸の内から溢れる力で弾けそうになる衝動に必死に耐える。デバイスから発せられた力が全身を貫き、とてつもない圧迫感と激痛をアインにもたらしていた。
ケルベロスアンデッドやヘヴンズロードが怪訝そうな視線を送る中、天を仰いだアインの全身が金色の光を放ち始めた。
「ぐっ……うあああああああああああああああああああああああ‼︎」
アインの絶叫に応じるように、アインの持つ13枚のラウズカードが宙に浮かび、アインの周りを回り出す。同じくハジメの周囲にもラウズカードが浮かび、円陣を組むように旋回する。
黄金の光を纏ったラウズカードは、アインとハジメの体の各所と融合し、新たな鎧へ変化していく。
黒いドレスに身を包み、肩・上腕・下腕・腿・膝・脛、そして胸に異形達の形を模した、金色の紋章を飾ったアイン。胸に緑のハートを飾り、真紅の鎧とスーツを纏ったハジメ。
一瞬にして、王の力を身に宿した二人の騎士は、新たな姿へと進化を遂げていた。
「…⁉︎ これは……一体…⁉︎」
アインの戦闘を観測していたリンディは、急激に変動し始めた数値に驚愕をあらわにする。
ここまでの変動は、前回のカテゴリーKとの戦いにおいてカテゴリーJと融合した時と同じ、いや、それをはるかに上回る変動を表している。
それが単に、コーカサスビートルアンデッドの力が強力だというだけではないことは明らかだった。
「カテゴリーKとの融合………いや、それだけじゃない」
「どういうこと…⁉︎」
同じく数値に目を釘付けにされていたケインズが、二体の戦士に起きている変化を冷静に分析する。だが、やはり驚愕が大きいのか、こめかみから一筋の脂汗が伝って落ちていった。
「ケンザキとアイゴは今……13体のアンデッドと融合している」
「何ですって…⁉︎」
リンディにもケインズにも予測できなかった、アインとハジメの進化。
黄金の鎧と真紅の鎧を纏った異形の戦士達は、それぞれの手に現れた新たな武装を手に、獰猛な咆哮をあげる三つ首の異形に向けて身構えた。
「おおおおおおおおおお‼︎」
「ああああああああああ‼︎」
アインは紫紺と金で、甲虫の形の装飾が施された大剣を、ハジメは二振りの小型の鎌を構え、左右からケルベロスアンデッドに向かって突進する。
策など何も考える暇はない。湧き上がる力に促されるままの無我夢中の突撃だった。
「■■■■■■■■■‼︎」
唸り声をあげ、三つ首の異形は真正面から二人の突進を受け止める。
だが、アインが振り下ろした大剣は凄まじい重力をケルベロスアンデッドにもたらし、地面もろとも異形を叩き潰す。深く地中にめり込まされ、アンデッドは混乱に陥れられながら苦悶の声をあげる。
「おおおおおお‼︎」
地面にねじ伏せられ動けないケルベロスアンデッドに、次にハジメの振るう鎌が食らいつく。
蟷螂を模した構えから繰り出された二閃は容易く異形の鎧を切り裂き、緑の血を大量に噴き出させる。傍目からは致命傷、しかし不死に近い肉体を持つ三つ首の異形はただ、体に走る激痛に苦しむばかりだった。
「■■■■■‼︎」
「うるさい!」
狂ったように刃を振り回す異形に、アインは鋼鉄の籠手による拳をめり込ませ、思い切り吹き飛ばす。
異形の体は木々を粉砕しながら宙を舞い、木片にまみれながら地面に叩きつけられる。過剰なほどの損傷を受け続け、ケルベロスアンデッドは悲鳴のような咆哮を上げていた。
もはやそこで起きているのは戦いなどではない。圧倒的な力を持て余した強者による、一方的な殲滅だった。
「馬鹿な…⁉︎ なぜケルベロスがここまで押されている⁉︎」
ヘヴンズロードは目の前の光景を信じられず、ただ打ちのめされるままのケルベロスアンデッドを凝視する。
全てのアンデッドの細胞を組み込み、研究の果てに完成した最強の生物。全ての生物を凌駕しうるはずの絶対の存在が、ただの人間の女と過去の遺物に叩きのめされている。
だが、ヘヴンズロードの目に悲観はない。異形と騎士達の戦いの全てを、その目に刻み込もうとしていた。
「ウェエエエイ‼︎」
「はぁぁぁぁぁ‼︎」
アインとハジメの振るった斬撃が、ケルベロスアンデッドの胸部を切り裂き激しい火花を散らせる。
地面や岩場を砕いて吹っ飛ばされた異形を見やり、アインは空中に手を伸ばす。そして現れた金色の輝きを放つ五枚のカード、ギルドラウズカードを手にし、大剣に呑み込ませていった。
【SPADE 10, SPADE JACK, SPADE QUEEN, SPADE KING, SPADE ACE】
同じくハジメも、何もない空中に手を伸ばすと、唐突に現れた一枚のカードを掴み、目前に掲げる。
二振りの鎌を折りたたみ、柄を合わせると弓に組み込み、一つの刃に変える。そして手にしたカードを、弓のスリットに差して読み込ませた。
【WILD】
アインとハジメの持つ武器に金色の光が灯り、刃に吸い込まれて一層鋭さを増していく。その光は大気さえも焦がし、地揺れのようにビリビリと振動を辺りにもたらした。
ケルベロスアンデッドはその二つの輝きを見た瞬間、身のうちから湧き上がる衝動で走り出したくなるのを感じる。それこそが恐怖で、本能が闘争を促しているのだと理解するには、あまりに遅すぎた。
【
「ウェエエエエエエエエエエエイ‼︎」
「うおおおおおおおおおおおおお‼︎」
凍りついたように立ち尽くすケルベロスアンデッドに向けて、アインとハジメが金色の刃を振りかざして駆け抜ける。
棒立ちの標的に、金色の刃が左右から挟み込むように食らいつき、バチバチと火花を散らせて食い込んでいく。肉体が徐々に斬り裂かれていく激痛に、三つ首の異形は甲高い絶叫をあげもがき苦しむ。
そして、一気に刃を振り抜かれ、異形の上半身と下半身が完全に分かたれた。
「■■■■■■■ーーーーー‼︎」
真っ二つに両断された異形は次の瞬間、あっという間に炎に包まれ、凄まじい爆音を響かせて四散する。
爆風に髪を嬲られ、バタバタとドレスの裾をはためかせたアインが、ブンと大剣を振るって緑の血糊を払いのける。
「…逃がし、たか」
自分の視界に、自体の元凶たる憎々しい男の姿が映らないことに、アインは小さく舌打ちをこぼして、バックルを外す。
鎧が音もなく消え去ると、ハジメのまとっていた鎧も霞のように消える。青年の姿に戻ったハジメは、破壊衝動の起こらない自身の変化に戸惑い、それをなしたアインにじっと視線を向ける。
「……っ」
「! ケンザキ!」
不意に、ぐらりと体を傾がせたアインに気づき、ハジメは慌ててその体を受け止める。
苦悶に満ちた表情で荒い息をつく女騎士を抱きかかえ、ハジメはどこか苦しげな、厳しい表情で立ち尽くしていた。