【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー 作:春風駘蕩
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「……と…そんな感じの10日ほどだったんですよ」
「あらー…そうなんですかー」
差し出されたコーヒーを口にしながら、桃子と向き合ったリンディが朗らかな笑顔でそう話すと、桃子もつられて笑顔になる。
一見母親同士の穏やかなコミュニケーションが取られているようにしか見えないが、リンディの語った内容のほとんどが嘘偽りであることを知っているユーノには、冷や汗が止まらなかった。
〔リンディさん……見事なごまかしというか、真っ赤な嘘というか…〕
〔本当のことは言えないんですから、ご家族にご心配をおかけしないための気遣いと言ってください〕
念話でそう言われても、ユーノはうまく反応を返すことができない。
幸い自分がフェレット形態でカゴに入れられ、会話に混ざる必要がないことが幸いだった。心配することといえば、高町家のほかの面々がいるこの場で妙な反応を見せないようにすることか。
「でも、なのはさんは優秀なお子さんですし…うちの子にも見習わせたいくらいで」
「あらあら〜またまたそんな♪」
「うちのクロノはどうも愛想がありませんで…」
聞こえてくる会話はやはり、事件を一切感じさせない世間話でしかない。
しかしその実態は、なのはが関わっている事件の危険性を悟らせず、桃子達に疑念を抱かせないためのフェイク。大人が見せるやや黒いやり方で、ユーノは思わず背筋を震わせる。
ニコニコとした笑顔を浮かべていた桃子だったが、ふと傍に座るなのはが黙り込んでいるのに気づき、眉をひそめた。
「……なのは、大丈夫?」
「え…?」
「さっきからずっと黙り込んで、どうかしたの?」
虚空を見つめ、不安げな表情をしていた娘は、心配そうに見つめてくる母の声で我に返り、慌てて平静を取り繕った。
「な、なんでもないよ! なんでも……」
「そう? 悩んでるみたいに見えたけど…もし何かあるなら遠慮なく言ってよね?」
「う、うん」
ややぎこちない返答だったが、何かを察したらしい桃子はそれ以上追求することなくリンディに向き直る。
ホッと安堵の息をついたなのはを見上げていたユーノは、まだ暗い顔をしているなのはに念話で語りかけた。
〔…なのは、もしかして昨日のリンディさんの話……アインさんのことで…?〕
〔…うん〕
俯いたなのはの脳裏に蘇るのは、傷つき死に体となったアインの姿。そして昨日リンディから聞かされた、女騎士の辿ってきた凄惨な生き様。
一人が背負うにはあまりに重過ぎる宿命を知ってしまったなのはが、まるで我が事のように落ち込んでいる姿に、リンディは自身の行為を後悔した。
〔ごめんなさい、なのはさん…あなたに聞かせるには辛い話だったかもしれないわ……〕
〔そんな…私が知りたくて聞いたのに〕
〔それでも、あなたの心にそこまで傷をつけてしまったなら………話すべきではなかったわ」
桃子に感情の変化を悟らせないように、リンディは必死で表面上の笑顔を取り繕いながら謝罪する。
大人びているとはいえ、なのはやユーノはまだ子供。大人の世界で起こった理不尽さや残酷さは、少女に多大なトラウマを刻んでしまっただろう。保護している立場なのに、あってはならないことである。
〔あの子のことを尊敬してるあなたを、幻滅させてしまったかもしれない。でも、私としても、あの子が誤解されたままなのは避けたかったの……本当にごめんなさい〕
〔……幻滅なんて、してないです〕
リンディの不安げな問いかけに、なのはは微笑を浮かべながら首を横に振る。
数日前、インシグニアに告げられたことでアインに疑惑を抱いてしまったが、今はもう解消されている。リンディの話を聞いたおかげでむしろ、らしい選択だと納得できたくらいだった。
なのはの様子が少しいつも通りに戻ったことに気づき、それまで聞く側に回っていた美由紀が視線を向けた。
「ねね、なのは」
「っ! なーに、お姉ちゃん?」
「今日明日くらいはおうちにいられるんでしょ?」
「うん!」
「アリサちゃんもすずかちゃんも心配してたぞ。もう連絡はしたか?」
「うん…さっきメールを出しといた。すずかちゃんからはお返事も来たよ」
携帯電話を取り出し、メールのフォルダを開くと、結構な量のメールが届いているのが見える。
その数がなのはを案じる気持ちの強さを示し、同時にどれだけ心配させたかを表しているかがわかって、なのはの表情に影が差した。
「みんなに心配かけちゃってるなぁ…」
「そうだよー、なのはがいない間寂しかったんだからっ」
「その分最後まで投げ出さずに頑張るんだぞ。理由は秘密だそうだが…」
「…うん!」
士郎の言葉に、なのはは元気を見せようと力強く頷く。
無理を言って、心配する気持ちを押して送り出してもらった以上、自分がなすべきことをやり遂げなくてはならない。今は動けない彼女の分も、自分がしっかりと頑張らなければと、なのはは再び意気込んだ。
しかしふと、その視線が虚空に、どこかに浮いているであろうアースラに向けられた。
(…アインさんは、全部を守りたくて一生懸命だった。誰かに恨まれても、憎まれても、自分の大切なもののためにどこまでだってできた)
彼女は最後まで、自分のやりたいことを成し遂げた。
誰かに賞賛されるためでも、誇るためでもない、自分の願いを叶えるために戦い抜いた。それを否定されようと、憎まれようとも戦い続けた。
そんなことが他の誰かにもできるのだろうかと、なのはは自分と比べて考えてしまう。
(……私もいつか人を好きになったら、そこまでできちゃうのかな)
だとしたら、人が人を想う気持ちとはどれほどの力があるのだろうかと、なのははぼんやりと考えてしまうのだった。
♤ ♢ ♡ ♧
「うおらああああああ‼︎」
赤く目を光らせる、黒い外殻を持つ犬型の異形に向けて、Aを模した槍が振り下ろされ、一太刀で真っ二つに両断する。
息の根を止められた異形は地面に倒れ込み、次の瞬間ノイズと共に消滅する。現実に存在する生物ではなく、立体映像として出された訓練用の異形を斬り捨てると、緑のAの騎士は次に現れる標的に狙いを定めた。
「くそっ…かかってきやがれオラァァァ‼︎」
わらわらと現れてくる標的を片っ端から薙ぎ倒し、ジンガーは荒い息のまま吐き捨てる。
訓練機材が生み出すホログラムは実にリアルで、見た目だけでいえば現場とそう変わらない緊張感を味わわせてくれるが、ジンガーには不満が募るばかりだった。
槍を使った近接戦闘を主とするジンガーには、感触の残らないホログラムなど相手にする甲斐がない。物足りないだけだった。
「チッ…胸糞悪ィ」
最初に設定した標的の全てを狩り終えるが、ジンガーの中にくすぶる苛立ちは衰える様子を見せない。標的に手応えがないことではなく、別の対象に向けての苛立ちはむしろ大きくなるばかりだった。
少し離れた場所で、退屈そうにその様子を見ていたナディアは、深いため息をつくとじとりとした目を向けて尋ねた。
「それはどっちに対して? 裏切り者? それともあの女? ……まさか」
「んなわけあるかよ! あいつら全員に決まってんだろ! ムカつく話聞かせやがって…!」
八つ当たりのように怒鳴りつけ、ジンガーは新たな標的を呼び出そうと機材の方に向かっていく。
彼がこうなっているのは、昨日リンディがアースラ艦内の全局員に向けて語り聞かせた、裏切り者の女騎士の過去を知らされてからだった。
ただ一人だけが語るだけで、真実と証明する術はない。だがそれを疑うことは、なぜか誰にもできずにいた。
「……管理局が、全員ここの奴らみたいに正義大好きのお花畑なわけじゃないのは知ってるでしょ。何を今更イラついてるのよ」
「だから違うっつってんだろうが! そりゃあ……何も思わねぇわけじゃねぇけどよ」
「…私だってそうよ」
居心地悪そうに喚くジンガーから、ナディアは自分でも気づかないうちに目を逸らす。
ジンガーには家族を失った背景にアインが関連していたことから、言い方は悪いが正当に恨む理由があった。しかし彼女の過去と事件の裏側を知ってしまった今、憎しみのぶつけどころをなくしてやるせなくなっているのだろう。
ナディアに関しては事件に直接の関与はしておらず、世間一般的な評価からアインを嫌っていたが、その前提から覆されて戸惑いを覚えている。
ほんの僅かにだが、ジンガーもナディアもアインに対する感情が変化し、距離感を測りかねていた。
「別にさ、あんな話聞かされたところで、あの女がやった罪が軽くなるわけじゃないし、こっちの意識が変わるわけじゃないけど……少なくとも、そういう気にはなれなくなっちゃった」
面倒臭そうに頬杖をつき、ナディアが呟く。知ったところで、一方的に罵倒し嫌悪していたことについて謝意を抱いたわけでもなく、ただ感情を持て余してしまった。
それまで黙り込んでいたインシグニアも、壁に背を預けたまま遠い目でため息をついた。
「…………僕は、彼女が無能を晒して封印まで時間がかかったって聞かされていました。ですが、あの話が真実ならば…上の考えが多少わかります」
インシグニアが考えていたのは、アインのことではなく管理局上層部の思惑について。
途中に多くの失態があったとしても、アインは事態の収束を成し遂げた功績がある。異形に堕ちた身といえど、これまで聞かされていたほどに悪評を押し付けられる必要があったのか。
その理由について考えていた彼女は、険しい顔で口を開いた。
「世界を滅ぼしかねない二体のアンデッド…その存在の隠蔽、そして、ミッドに生じた被害の責任を全て彼女に押し付けることで、管理局への信頼の失墜を防ごうとした。……大体の思惑はこういうことでしょうか」
インシグニアの考察に違和感はなく、ジンガーもナディアもそれが真相であるかのように納得する。証拠は何もないただの想像だが、インシグニアに絶大な信頼を置いている二人でなくとも、信憑性の高い考えだった。
「彼女自身にも罪がある。それを利用することで、都合のいいスケープゴートを作り出した………そういうことでしょうかね」
「……所詮私たちは、上の連中の都合のいい道具でしかないのよね」
本気で鬱陶しそうにナディアがぼやき、やれやれと肩をすくめる。ジンガーもいらだたしげに拳を握りしめ、しかしそれを吐き出すことはなく、身を震わせながら立ち尽くす。
最初から知っている、どうしようもないことだとわかっているがゆえに、騎士達はふと胸中に沸き立つどす黒い感情を持て余してしまっていた。
「…提督は知ってるのか。このことを」
「さぁ? 知らないからこうして私達を、すでに首輪がついてるあの女に監視目的で送り込んだのかもしれないわよ」
一度疑い始めると、自分たちの上司である男性の考えまで怪しく思えてきてしまう。そんなことはありえないと思いつつも、もしかいたらと疑念が止まらなくなってしまっていた。
インシグニアは険しい顔で黙り込む二人の仲間を見やり、深いため息と共に肩を落とした。
「……まったく、こうもややこしい心を持っているから、人間とは度し難い」
小隊長の言葉にジンガーとナディアは一斉に振り向き、胡乱げな視線を向ける。先ほどの言葉はどこか他人事のような、全く別の立場からはいた言葉のように思えたからだ。
「何目線だよ、シグニア」
「まるで自分が人間じゃないみたいに」
呆れた顔で見つめてくる二人に、インシグニアは苦笑を返す。自分でもおかしなことを口にした自覚があったのだろう、照れたように頭をかきながら、誤魔化すように目をそらしていた。
「さぁ、自分でもよくわかっていません」
意味深な言葉を残し、少女は笑みを浮かべたまま、遠い眼差しで佇んでいた。