【完結】魔法少女リリカルなのは ーThe Ace Chronicleー   作:春風駘蕩

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2.蛇の誘惑

 悲しげな表情で、虚空を見上げながら膝を抱えるフェイト。

 彼女がこの体勢になってからもう何時間も経過し、元から儚げだった横顔はさらにやつれて見える。食事さえまともに取らなくなり、痩せていた体は折れそうなほどに弱々しくなっていく。

 

「…フェイト」

 

 そんな主人の姿を見ていられず、アルフはどうにかフェイトに気力を持ち直してもらおうと話しかけるが、続く言葉になにを言えばいいのかわからず、まだ黙り込んでしまう。

 地球から引き上げてから、何度も繰り返してしまっている一連の習慣にアルフは歯噛みし、やがて意を決して表情を変え、フェイトに向き直った。

 

「だ、大丈夫だよ。あの女が何者なのかはよくわかんないけど、あれだけの力があるなら無事だって。きっとまた……」

 

 フェイトを勇気付けようと、無理やり笑顔を作って鼓舞するアルフだが、すぐにその脳裏に数日前の記憶が蘇る。

 白い少女との共闘、その後に現れた、得体の知れない怪物。圧倒的な力で少女達を追い詰め、命を刈り取りかけた死神。そんな怪物に一人立ち向かい、自らの負傷を代価に退けることに成功した女騎士の最後の姿。

 緑の血を流し、異形の本性をあらわにしながら海へと墜ちていった彼女の姿が、頭から離れなかった。

 

「また……出て、来るんだよね」

 

 それは怪物に対して、また命の危機を迎えることへの恐怖のためか。女騎士に対して、これまでと同じ態度を貫けないことへの申し訳なさか。

 あまりに多くの自体の変化を経験してしまったアルフには、それに立ち向かう気力は残されてはいなかった。

 

「…もう、やめようよ。あんなのもう、あたしたちじゃ手に負えないよ。プレシアだってそう思うさ。ジュエルシードのことは諦めて、もうどこかに逃げちまおうよ」

「…それは」

「勇気と無謀は違うって言うじゃないか! あんなとんでもない奴相手に命かける意味なんてないだろ!」

 

 フェイトの意思を変えさせようと、必死に叫ぶアルフの目には涙がにじむ。主人を助けてあげることができない不甲斐なさで、アルフの胸が締め付けられるように痛む。

 そんな痛々しい姿を見てしまったフェイトはますます顔を歪め、唇を噛み締めて俯いてしまう。気づけばアルフも、黙り込んでしまったフェイトにすがりつき、きつく抱き締めていた。

 

「……お願いだからフェイト、そんな苦しい顔しないでおくれよ」

(違う……違うんだよ、アルフ…)

 

 暖かいアルフの胸の中に包まれるフェイトは、使い魔の抱く悲しみでより一層の苦痛を抱く。

 アルフはフェイトが、あれだけの危機に直面してなお退けずにいることを嘆いていたが、そうではなかった。確かに未だ、母の願いを叶えたいと思っていることは事実だが、フェイトの心を占めているのはまた違うことだった。

 

(これは恐怖からくる苦しみじゃない……私自身への怒りと、失望のせいだ)

 

 突如現れた異形から、身を呈して守ってくれたアイン。しかしフェイトは、その後の姿を目にした途端、感謝の気持ちを忘れて恐怖を抱いてしまっていた。

 最初の頃の警戒心が薄れ、好意にも似た感情が芽生え始めた矢先に目撃してしまった、女騎士の本性。人と同じ外見の裏側に隠された異形の片鱗に、フェイトは本能的な嫌悪を抱いてしまっていたのだ。

 その事実がたまらなく、フェイト自身の心を締め付けた。

 

(あの人を怖がってしまった……恩人のあの人を、化け物だと思ってしまった。私…最低だ……)

 

 元はと言えば、彼女があの姿を見せたのは自分達を助けようとしたから。あの自体を自力で回避できる実力が自分にあれば、それを知らずに済んだのだ。

 後悔ばかりが募り、フェイトの表情は際限なく暗くなっていく。

 アルフが心配そうに見つめるそばで、やがてフェイトはアルフの手を押し、辛そうにふらつきながら立ち上がる。涙目で見上げてくるアルフに、フェイトは儚げな微笑みを見せた。

 

「大丈夫……ちょっと、休みたいだけだから。しばらく…そっとしておいて」

「……うん」

 

 フェイトに言われ、アルフは渋々頷き目を伏せる。そのままアルフは背を向け、陰鬱な雰囲気を背負ったままフェイトのいる部屋から立ち去っていく。

 フェイトはその背中につい手を伸ばしかけるが、すぐにその手は力なく落とされ、二人の間の扉が音もなく閉じられた。

 

 

 誰もいない通路を一人歩き、アルフはきつく歯をくいしばる。

 主人が抱えている後悔の念に、アルフ自身も強く苦痛を感じさせられていた。本人の意思がなくとも、流れ込むその感情は抑えられはしなかったのだ。

 

(お願いだからさ、フェイト…一人で抱え込まないでおくれよ。言っただろ? フェイトとは心で繋がってるから、フェイトの思いは全部わかってるって……)

 

 家族として大切に思う故に、苦しみも悲しみも隠し通そうとする健気な少女だが、繋がりがある以上それは叶わない。互いの思いやりが混じり合うようで、二人は倍以上の心の痛みに苦しみ続けていた。

 

(あいつに向けちまった恐怖も、その後悔も全部あたしに伝わってるんだよ……フェイトが最低って言うなら、あたしだってそうさ)

 

 フェイトは自分一人が、アインに恐怖と嫌悪を抱いてしまっていると後悔していたが、それはアルフも同じことだった。

 獣としての本能によるものか、アインが見せた異形の一面に対してフェイトよりも強く深い恐怖を抱き、敵意さえ抱いてしまっていた。

 そんな自分自身が、情けなかった。

 

「どうすりゃいいのか、わけわかんないよ…!」

 

 苛立ちと苦悩をぶつける対象を欲し、近くの壁を殴りつけるが、ただ自分の手が痛むだけで気持ちは一切晴れない。なんの意味もない行為に、虚しさが募るだけだった。

 その耳が不意に、誰かの足音を捉えてピンと伸びる。ハッと表情を変えて振り向いたアルフは、無言で近づいてくる黒髪の魔導士に気づき、眉間にしわを寄せた。

 

「…! プレシア…!」

 

 数日ぶりに顔を見た魔女は、相変わらず何を考えているのかわからない無表情でアルフを見つめていた。

 ここにこの女がいるということは、またフェイトに役目を果たすように急かしに来たのかもしれない。ただでさえ精神的にまいっているフェイトがこれ以上戦えば、完全に心を壊してしまうかもしれないのに。

 じっと凝視してくるプレシアに、完全に敵を見る目で睨みつけていたアルフだったが、魔女はさしてそれを気にした様子はなく、おもむろに口を開いた。

 

「…フェイトの調子は?」

「え…?」

 

 耳に届いた声は、思っていた以上に優しかった。

 抑揚に乏しく、ただ単に確認するだけの声音だったが、フェイトが動けずにいることへの苛立ちや焦りはあまり感じられない。以前よりも確実に、穏やかな表情と態度を見せていた。

 困惑したまま立ち尽くすアルフに、プレシアはかすかに眉間にしわを寄せ、ため息混じりに軽く睨んだ。

 

「早く教えなさい。ぐずぐずしている暇はないのよ」

「……だいぶ、参ってるみたいだよ。あんなのに出くわしたんじゃね」

「…そうね」

 

 同意の言葉を聞き、アルフはますます混乱する。アルフの知るプレシアは、フェイトに対して敵意にも似た激情を向け、とても親とは思えない非道を繰り返してきた、まさに魔女といった女だった。

 だが、目の前にいるのは一体誰なのか。アルフを邪魔そうに睨むことなく、フェイトに怒鳴り付けようとする気迫は感じられない。まるで別人のように、プレシアはそこに立っていた。

 

「しばらく様子を見るわ。またあんなのに出てこられても困るし、今後の方針も練り直さなくてはいけないもの」

「あ、ああ…」

 

 言いたいことだけ言い終えると、プレシアはアルフに背を向けて立ち去っていく。

 残されたアルフはプレシアの背中を凝視し、パチパチと目を瞬かせて立ち尽くす。今度出くわしたら存分に感情の全てを叩きつけてやろうと構えていた分、肩透かしを食らって気が抜けてしまていた。

 

「………あのババア、こないだより増して妙に優しくなってないかい? どう言う風の吹き回しだい…」

 

 激情のぶつけどころをなくしたアルフは、その場に棒立ちになったまま、呆然と呟く他になかった。

 

♤ ♢ ♡ ♧

 

「……今後、か」

 

 玉座に腰かけたプレシアは、自分が口にした言葉を自嘲気味に鼻で笑う。らしくもない、次の瞬間さえ生きている保証がない自分にしては、楽観的すぎる台詞である。

 魔女の掌の上に、魔法の宝石側になって浮かぶ。その数は人形が死線をくぐり抜けた回数に比べて少なく、心許なかった。

 

「たった5つ……これでは次元震は起こせても、アルハザードへは届かない」

 

 以前であれば、長い時間をかけてこの程度の成果しかあげられなかった人形に対し、強い憎悪と憤怒を抱いていた魔女であるが、今は違った。

 自分が激情を抱く存在が、別に存在していたからだ。

 

「管理局の連中に先を越されたこともだけど、何よりの計算外はあの化け物…! それさえなければ、あの子だって出し抜かれることは……‼︎」

 

 脳裏に蘇る異形の巨人の姿、そして以前に出現した無数の蟲兵。事前知識には一切登場しない謎ばかりを残す怪異の出現に、魔女は翻弄されっぱなしだった。それこそ、人形の失敗になど怒りを抱く余裕もないほどに。

 険しい表情で、プレシアは髪をかきむしる。怒りのままに髪の束を握りしめるが、自分の頭皮が痛むだけで全く気が晴れる気がしない。

 

「全て……全てはあの化け物が…!」

『また派手に荒れているね……機嫌でも悪いのかね?』

 

 眉間に深くしわを刻み、唸るようにつぶやいていたプレシアの目の前に、前触れなく空間モニターが出現する。

 ノイズで隠された画面から聞こえてくる男の声に、プレシアはますます不機嫌そうに顔を歪めた。ただでさえ不足の事態の数々に苛立っているというのに、この男の耳障りな声は非常に癪に触るのだ。

 

「あなたは私を苛立たせるために話しかけているの…⁉︎ 次から次へとイレギュラーなことばかり………なんだというのこの世界は⁉︎」

『私に当たられても困る……こちらも調べてはいるが、第78管理外世界にあのような異形が棲み着いているなど、ましてやあんな怪物の情報などどこにもありはしなかったのだからね』

「白々しいことを…!」

 

 声に悪びれた様子はなく、逆に憤慨するプレシアを面白がっているそぶりを見せる。

 常人であれば震えて動けなくなるほどの殺気を向けられながら、モニターの向こう側の男は平然としている。魔女の怒りなど、どうとでもできるという余裕の表れのように。

 

『まぁ考えても仕方がない。所在が不明だったジュエルシードは全て発見された。あとは……連中から奪い取るより他に無いだろう』

 

 プレシアはまだ言い足りないようだったが、優先して考えるべき事案は確かにあると、渋々と肩を落として自分を落ち着かせる。

 だが、男の声で目的を果たす上で目の前に横たわっている問題を思い出し、その困難さに険しい表情のままため息をついた。

 

「…今のあれに挑めというの? あの化け物に襲撃された後とはいえ、精鋭が何人も揃っているのよ。流石に、そこまで愚かではないわよ」

 

 今のフェイトは精神的に大きな負担が残り、プレシア自身も全力で活動できるほど余力は残されていない。男の提案は正しいが、現実味にかける考えで魔女は思わず呆れた目を向ける。

 

『何も真正面から挑めといっているわけではない。……あの子、白い魔道士の子はなんと言ったかな』

 

 男はそれに、くつくつと耳障りな笑い声をこぼして応える。

 訝しげに眉を寄せるプレシアを小馬鹿にするように、男は見えないモニターの向こう側で醜悪な笑みを浮かべていた。

 

『ずいぶん君の人形を気にかけているようだ……利用するには一番都合がいいのではないかね?』

「利用…?」

『ああ、そうだ。そうだな……例えばこんなのはどうかな?』

 

 疑わしげに睨むプレシアに、男は自身の提案を示す。

 プレシアは無言でその考えを聞き、内容を理解して行くと同時に徐々にその表情を険しくしていく。モニターに向けられる目はさらに鋭くなり、嫌悪感が表情全体に広がっていく。

 男が案を語り終えると、プレシアは厳しい顔で考え込む。やがて顔を上げると、答えを待つように沈黙する男に冷たい声で告げた。

 

「………その案だと、あの子を切り捨てることになるわね」

『君にとっては都合がいいのではないかね? 捨てる時期に悩んでいたようだし、何より……最後に役立ててあの人形も本望ではないかい?』

 

 男の試すような声に、プレシアは小さく聴こえないくらいの舌打ちをこぼす。こちらの内心を把握しているような、確認するような台詞を聞かされるのは、相手を利用している立場と自負している魔女にとっては、非常に腹立たしいことだった。

 

「…それで? 捨てられたあの子をあなたが拾うつもり?」

『乞食のような真似は好みではないが………それも悪くはなさそうだ』

「……好きにしなさい」

 

 ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべているであろう男から、プレシアは鬱陶しそうに目をそらす。

 男はそれを気にせず、むしろプレシアの返答を喜ぶように高揚した声をあげた。

 

『では、具体的な日時は君に任せるよ。健闘を祈る…』

 

 ブツリと音が切れ、玉座の間に久しぶりの静寂が訪れる。

 聞いているだけで嫌だった男の声が聞こえなくなって、プレシアはようやく一息つくように玉座に背中を預ける。張っていた方から力を抜き、額に手を当てて天井を仰ぐ。

 しばらく黙り込み、気分の悪さが体から抜けて行くのを待ってから、プレシアは深いため息をついた。

 

(……こんな辺境の管理が異世界にくるようなお人好したちなら、あの子を無碍に扱ったりはしないでしょうね)

 

 脳裏に浮かぶのは、時の庭園の自室に引っ込んでいる自分が作った人形のこと。

 今はまだ動くことはできないだろうが、自分が命令すればきっとまた立ち上がることだろう。そういう風に育て、そういう風に命令してきた。

 男の案が結構されれば、結果がどうなろうと彼女の役目は終わる。そのあとは、自分でどうとでもできるだろう。

 

(あの出来損ないの使い魔も、あの白い魔道士の子も、あの騎士もいる……あの子が孤立することは、きっとない)

 

 それだけ考えて、プレシアはフッと自嘲気味に笑う。

 ただひたすら憎かっただけなのに、使い潰しだけだったのに、ここまであの人形に気を配ることが、自分でもらしくないと思わされて笑いがこぼれてしまう。

 いつの間に自分はここまで変わったのかと、戸惑うばかりであった。

 

「…俗物が、お前にだけは決して渡しはしない」

 

 小さく呟き、決意を口にする。

 自分の終わりの時が、刻一刻と迫り続けていることを実感しながら。

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